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ペニシリン耐性肺炎球菌結膜炎の1 例

2009年3月31日 火曜日

———————————————————————-Page1376あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(00)376(94)0910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(3):376378,2009cはじめにペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistantStreptococ-cuspneumoniae:PRSP)は,ペニシリンG(penicillinG:PCG)の最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentra-tion:MIC)が2μg/ml以上を示す肺炎球菌と定義されている.PRSP感染症は,Hansmanら1)によって,1967年に世界で初めて報告された.わが国では,1988年に報告2)されて以来,他科領域では分離頻度が増加している35).そのためPRSP感染症は,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」において第五類感染症として登録され,全国各地でのPRSP分離状況は,行政による基幹定点把握が実施されている.しかし,わが国の眼科領域におけるPRSPに関する報告は,筆者らが知りうる限り3編68)のみである.そこで本論文では,PRSPが起炎菌であることが明らかな結膜炎症例について,その報告が少ないことに対する若干の考察を加えて報告する.I症例患者:88歳,女性.主訴:両眼の充血と眼脂.家族歴:特記すべきことなし.既往歴:数年来,両眼に鼻涙管閉塞症を伴わない慢性結膜炎があり,数種類の抗菌点眼薬投与で緩解し,起炎菌は同定されていなかった.その他,高血圧と心不全で加療中であった.現病歴:数日前から両眼の充血と眼脂を訴え,無治療の状態で平成20年2月に医療法人三野田中病院を受診した.〔別刷請求先〕江口洋:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部感覚情報医学講座眼科学分野Reprintrequests:HiroshiEguchi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima-shi770-8503,JAPANペニシリン耐性肺炎球菌結膜炎の1例江口洋*1桑原知巳*2大木武夫*1塩田洋*1田中真理子*3田中健*3*1徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部感覚情報医学講座眼科学分野*2同生体制御医学講座分子細菌学分野*3医療法人三野田中病院ACaseofConjunctivitisCausedbyPenicillin-ResistantStreptococcuspneumoniaeHiroshiEguchi1),TomomiKuwahara2),TakeoOogi1),HiroshiShiota1),MarikoTanaka3)andTakeshiTanaka3)1)DepartmentofOphthalmology,2)DepartmentofMolecularBacteriology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3)MinoTanakaHospitalMedicalCorporation眼脂のグラム染色像と培養結果,および臨床経過から,ペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistantStreptococ-cuspneumoniae:PRSP)結膜炎と診断した症例を経験した.結膜炎は軽度であり,セフメノキシム点眼薬で容易に治癒した.わが国においてPRSPに関する報告は少ないが,日常診療で見逃している可能性がある.結膜炎症例では,眼脂の塗抹鏡検をすべきであり,その結果本症を疑った場合,薬剤の選択には注意が必要である.Wediagnosedacaseofpenicillin-resistantStreptococcuspneumoniae(PRSP)conjunctivitisonthebasisofgramstainingofthedischarge,cultureresultsandclinicalcourse.Theclinicalsymptomsweremildandeasilycuredusingcefmenoximeophthalmicsolution.PRSPconjunctivitiscanbeoverlookedbymanyophthalmologists,whichmaybewhyfewreportsarepublishedontheconditioninJapan.Inconjunctivitiscasesweshouldexaminethedischargesmear,andwhenPRSPissuspectedofbeingthepathogen,attentionshouldbefocusedonthedrugofchoice.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(3):376378,2009〕Keywords:ペニシリン耐性肺炎球菌,結膜炎,眼脂の塗抹・鏡検.penicillin-resistantStreptococcuspneumoniae,conjunctivitis,smearexaminationofdischarge.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009377(95)眼所見:視力は右眼(0.8),左眼(1.2),眼圧は両眼とも正常,両眼の瞼・球結膜の中等度の充血と,粘性で白色の眼脂,および軽度の眼瞼炎を認めた(図1).その他,両眼とも中等度の白内障があり,眼底には特記すべき所見は認めなかった.経過:眼脂のグラム染色(図2)では,多核白血球と,莢膜をもつグラム陽性のレンサ球菌を確認し,Streptococcus属の感染を強く疑う像であった.眼脂の培養を検査機関に依頼したところ,PRSP疑いのStreptococcus属(2+)と報告を受けた.そこで同菌を検査機関より収集し,E-testストリップ(ABBIODISK,Solna,Sweden)でPCGのMICを測図1治療前の前眼部(左:右眼,右:左眼)両眼に,粘性白色の眼脂,軽度の球結膜と瞼結膜の充血,および軽度の眼瞼炎を認める.図2眼脂のグラム染色像好中球と,莢膜を有するグラム陽性双球菌を認める.図3EtestストリップでのMIC測定一見すると阻止帯中と思われる部位にコロニーが存在する(→)ため,MICは4μg/mlであった.表1各種抗菌薬のMIC(μg/ml)薬剤CTRXPCGDOXYEMNFLXLVFXGFLXMFLXTOBGMCPIPMVCMTEICMIC1484810.250.12532840.250.50.125テトラサイクリン系,マクロライド系,アミノグリコシド系には中間,または耐性を示した.CTRX:セフトリアキソン,PCG:ペニシリンG,DOXY:ドキシサイクリン,EM:エリスロマイシン,NFLX:ノルフロキサシン,LVFX:レボフロキサシン,GFLX:ガチフロキサシン,MFLX:モキシフロキサシン,TOB:トブラマイシン,GM:ゲンタマイシン,CP:クロラムフェニコール,IPM:イミペネム,VCM:バンコマイシン,TEIC:テイコプラニン.———————————————————————-Page3378あたらしい眼科Vol.26,No.3,2009(96)定したところ4μg/mlであった(図3).他の抗菌薬に対する感受性(表1)では,ノルフロキサシン以外のキノロン系やセフェム系に対する感受性は良好であったが,マクロライド系,テトラサイクリン系,アミノグリコシド系には,中間または耐性であった.眼脂のグラム染色像,薬剤感受性試験の結果,および臨床経過が合致したため,本症例をPRSP結膜炎と診断した.結膜炎および眼瞼炎は,セフメノキシム点眼薬1日4回1週間の治療で迅速に改善した.II考按他科に比べて,眼科領域でのPRSP感染症の報告が少ない理由には,以下の2点があると推測される.まず1点目は,培養時・結果報告時の見逃しの可能性があげられる.通常Streptococcus属は微好気性菌であり,培養には45%炭酸ガス培養が必要となる.検体採取後,輸送培地をそのまま静置していると,好気条件で旺盛に増殖する菌が優勢となり,検体中のStreptococcus属が確認されにくくなる可能性がある.細菌検査機関のなかには,依頼がなければ眼科の検体は好気培養しか実施しない施設もある.Streptococcus属が分離された場合でも,やはり依頼がなければPCGのMIC測定は実施しない施設が多い.2点目として,眼科医による見逃しの可能性があげられる.日常診療における軽微な結膜炎症例のなかには,眼脂の塗抹・鏡検を実施せずに,何らかの抗菌点眼薬を投与され治癒しているものが多数例あると思われるが,そのような症例のなかにPRSP結膜炎が潜んでいる可能性がある.本症例の眼脂を提出した外部委託の検査機関では,眼科からの検体について,依頼の有無にかかわらず好気培養と炭酸ガス培養を実施していた.また,Streptococcus属が分離され,ディスク法でオキサシリンの阻止円が19mm以下の場合は,「ペニシリン耐性または中間の肺炎球菌の可能性がある」との報告をしていた.さらに今回は,検体提出日に検査機関の担当者に,Streptococcus属感染症を疑っている旨を,眼脂のグラム染色像を呈示しながら直接連絡をしていたことで,スムーズな菌株収集とPCGのMIC測定ができた.したがって,本症例の早期診断には,厳密な培養と眼脂の塗抹・鏡検が必須だといえる.感染症治療の第一歩は病巣からの起炎菌の検出であり,そのためには,軽微な結膜炎であっても,眼脂のグラム染色を施行する必要があることを,本症例は表している.他科領域では,PRSP感染症は大いに臨床的意義があると考えられているが,眼科領域では,現時点で重篤なPRSP感染症の報告がないためか,その臨床的意義が少ないかのような印象を受ける.本症例も,結膜炎は重篤な印象はなく,セフメノキシム点眼薬を,1日4回点眼で1週間使用したところ,容易に治癒せしめることができた.しかしPRSPにおいて,キノロンを含め,多剤耐性化が進行しているとの報告9)があり,さらには形質転換に伴い,病原性が変化する可能性も考慮しなければならないと思われる.わが国の眼科領域では,キノロン系抗菌点眼薬が頻用されており,前記のごとく眼脂の塗抹・鏡検をせずに,キノロン系抗菌点眼薬で治癒せしめている結膜炎症例が多いのであれば,注意が必要である.また,耳鼻科領域でPRSPの分離頻度が高いことや,涙炎とPRSPに関する眼科領域の報告6,7)があることから,涙道と関連のある慢性結膜炎では,本症を念頭に置く必要がある.そして,軽微な結膜炎症例でも,眼脂の塗抹・鏡検で起炎菌の観察を試みるべきである.その際Streptococcus属による感染症を疑ったら,検査機関との連携のもとPCGのMICを測定し,PRSPであった場合,薬剤の選択には注意を払うべきと思われる.謝辞:菌株収集にご協力頂いた,三菱化学メディエンス株式会社に深謝いたします.文献1)HansmanD,BullenMM:Aresistantpneumococcus.Lan-cet2:264-265,19672)有益修,目黒英典,白石裕昭ほか:bラクタム剤が無効であった肺炎球菌髄膜炎の1例.感染症誌62:682-693,19883)岩田敏:耐性肺炎球菌感染症にいかに対処するか.3.小児科の立場から.化学療法の領域16:1285-1293,20004)高村博光,矢野寿一,末竹光子ほか:耐性肺炎球菌感染症にいかに対処するか.6.耳鼻咽喉科の立場から.化学療法の領域16:1311-1318,20005)UbukataK,AsahiY,OkuzumiKetal:Incidenceofpeni-cillin-resistantStreptococcuspneumoniaeinJapan,1993-1995.JInfectChemother2:77-84,19966)大石正夫,宮尾益也,阿部達也:ペニシリン耐性肺炎球菌による眼科感染症の検討.あたらしい眼科17:451-454,20007)今泉利雄,松野大作,神光輝:ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)による涙炎の3例.あたらしい眼科17:87-91,20008)KojimaF,NakagamiY,TakemoriKetal:Penicillinsus-ceptibilityofnon-serotypeableStreptococcuspneumoniaefromophthalmicspecimens.MicrobDrugResistance12:199-202,20069)福田秀行:Streptococcuspneumoniaeにおけるキノロン系薬の作用機序に関する遺伝子解析.日化療会誌48:243-250,2000***