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網膜動静脈交叉現象と網膜静脈分枝閉塞症の病理組織学的研究 ─検眼鏡所見との対比検討─

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(117)17250910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(12):17251730,2008cはじめに網膜動静脈交叉現象は交叉部の検眼鏡所見において動脈下の静脈が圧迫され血柱が遮閉されているようにみえる.この所見は真の動脈による静脈への圧迫か,または血管壁の病変か,血管周囲組織の変化か,以前から多くの光学顕微鏡(光顕)的観察報告があるが一致した見解は得られていない1).今回,この問題について光学および電子顕微鏡(電顕),実体顕微鏡を用いて追究し検眼鏡所見と対比して興味ある知見〔別刷請求先〕木村毅:〒421-0206静岡県焼津市上新田829-1きむら眼科Reprintrequests:TsuyoshiKimura,M.D.,KimuraOphthalmologicInstitute,829-1Kamishinden,Yaizu-shi,Shizuoka-ken421-0206,JAPAN網膜動静脈交叉現象と網膜静脈分枝閉塞症の病理組織学的研究─検眼鏡所見との対比検討─木村毅*1溝田淳*2安達惠美子*3*1きむら眼科*2順天堂大学医学部附属順天堂浦安病院眼科*3千葉大学大学院医学研究院・医学部視覚形態学HistopathologicalStudiesofRetinalArteriovenousCrossingPhenomenonandBranchRetinalVeinOcclusionTsuyoshiKimura1),AtsushiMizota2)andEmikoUsamiAdachi3)1)KimuraOphthalmologicInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,JuntendoUniversityUrayasuHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicineChibaUniversity目的:網膜動静脈交叉現象における動脈下の静脈血柱遮閉の原因とさらに網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)における交叉部血栓部位についても形態学的に検討する.対象:眼球摘出を行った上顎癌患者2例2眼(62歳,74歳),BRVOの認められた絶対緑内障患者眼1例1眼(68歳),網膜芽細胞腫患者1例1眼(4歳)を試料とした.これらの眼の網膜動静脈交叉部を光学および電子顕微鏡,実体顕微鏡により観察した.結果:交叉現象部位の動静脈壁は正常交叉部のそれらと対比しても顕著な相違はみられない.交叉部周囲の神経線維の変性が著しく,グリア細胞突起の増加も認められる.交叉現象は血流の途絶した摘出眼球にも認められる.さらに1例ではあるがBRVOの血栓部位の交叉部静脈壁では内皮細胞の小顆粒状の変性,萎縮,不連続性が認められた.結論:交叉現象における静脈血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではなく神経線維変性を主とする血管周囲組織の変化である.BRVOの血栓部では交叉部静脈内皮細胞の変性から出血は漏出性と考えられる.Thehistopathologicalchangesofcrossingphenomenaandbranchretinalveinocclusion(BRVO)wereexamined.Ophthalmoscopy,lightandelectronmicroscopyandbinocularmicroscopywereperformedoneyesobtainedfrompatientswithmalignantorbitaltumorandabsoluteglaucoma.Twooftheeyeshadretinalarteriovenouscrossingphenomenainsclerosis;oneofthesehadBRVO.ThecrossingphenomenonisoftenseeninthehemorrhagicareainBRVO.HistopathologicalexaminationrevealedthatthevenousbloodcolumnwashiddenbyswollennervebersandextendingMullercellprocessessurroundingthecrossingportions.Theintervesselsheathwasnotfound.Thecrossingphenomenonwasalsoobservedbybinocularmicroscopyafterenucleationoftheeye,eventhoughbloodlowintotheoverlyngarteriolarlumenhadceased.ThearteriovenouscrossingportioninBRVOwasexamined.Theendothelialcellsinthisveinweresmallandround,andwerearrangeddiscontinuously.Accordingtothisnding,theerythrocyteextravasationfromtheveinwallinBRVOappearstobecausedbydiapedesis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17251730,2008〕Keywords:網膜動静脈交叉現象,網膜静脈分枝閉塞症,網膜神経線維変性,網膜静脈内皮細胞.retinalarterio-venouscrossingphenomenon,branchretinalveinocclusion,retinalnerveberdegeneration,retinalveinendothelialcell.———————————————————————-Page21726あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(118)を得た.さらに網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)患者眼の交叉部血栓部位の電顕的観察報告はきわめて少ない2).今回,BRVOの動静脈交叉部における血栓形成部の静脈壁内皮細胞を中心に電顕的観察を施行し,静脈壁からの赤血球脱出がどのように行われるかを推測した.I症例〔症例1〕62歳,男性.右の上顎癌のため1985年に弘前大学医学部附属病院耳鼻科にて上顎癌摘出術施行.その際右眼球摘出も行った.術前の検眼鏡所見は網膜動脈反射亢進,外側上方の動静脈にtapering(先細り)とみられる交叉現象が認められた(図1).〔症例2〕74歳,男性.上顎癌のため同病院耳鼻科にて全摘出と同時に右眼球摘出を施行,術前の検眼鏡所見では網膜動脈反射亢進,外側下動静脈にconcealment(隠伏)とみられる交叉現象が認められた(図4).〔症例3〕68歳,男性.1984年10月,右眼高度の視力障害と眼痛のため弘前大学附属病院眼科を受診,右眼視力光覚弁,左眼視力0.6(n.c.)であった.右眼眼圧54mmHg,右眼角膜全層混濁のため眼底は観察不能であった.右眼急性緑内障,角膜白斑の診断のもとに諸種治療を行ったが改善せず,3カ月後,右眼視力光覚弁も消失したため,眼球摘出を施行した.本例には長期にわたる高血圧の既往があり,左眼眼底には顕著な硬化性変化が認められた.〔症例4〕4歳,男児.右コントロール眼.白色瞳孔を訴え,千葉大学医学部眼科を受診した.右眼網膜は約2分の1が白色腫瘍となり諸検査後,網膜芽細胞腫として眼球摘出を施行した.病理学的にも網膜芽細胞腫であった.以上の4症例とも摘出前治療研究に対する十分なインフォームド・コンセントを行い同意を得たうえで施行している.II方法実体顕微鏡観察および試料作製摘出眼球は前眼部と後極部に切半し0.1Mカコジレートバッファーを含む2.5%グルタールアルデヒド溶液に20分間固定した.症例1,2では眼球摘出後,切半された眼球の後極部交叉現象部位を実体顕微鏡下にて撮影した.そして症例3では外側上静脈分枝の動静脈交叉部から末梢にかけて静脈に沿って線状で末梢に向かってやや幅広いBRVO類似の小出血斑を観察した.症例1,2,3とも交叉部を切除して網膜小片とし,さらに症例4の健常部網膜動静脈交叉部もコントロールとして切除した.これらの網膜小片はカコジレートバッファーを含む四酸化オスミウムで後固定,エタノール系列で脱水後,Epock包埋しPorterBlumミタロトームにて準超薄切片(0.1μm),超薄切片を作製した.準超薄切片は1%トルイジンブルー染色を施行し,さらに1%メチレンブルー,1%マラカイトグリーン,1%塩基性フクシン染色を行い光顕用試料とし,超薄切片は酢酸ウラン,クエン酸鉛の二重染色を施行し日立電子顕微鏡にて観察した.III成績図1に示した症例1の動静脈交叉現象部位の光顕所見を図2に示した.動静脈は網膜内層をほぼ同じ深さで走行し交叉部にて静脈は急激に動脈下に陥凹する.その際,交叉隅角部では動静脈の外膜が接し共通壁となる(図7)が,交叉中央部では硬化性変化があれば基底膜物質増加により中膜まで共有する.この所見は連続切片で追究しても正常交叉部でも同様で硬化性変化でも鞘とすべき交叉部をとりまく新生された特殊な組織はない.したがって動脈壁の筋細胞の萎縮,減少などの硬化性変化を除き血管系に顕著な変化はない.病変は交叉隅角部周囲組織を中心とした神経線維の腫大とMuller細胞突起の増加である(図2).この所見は電顕で観察すると神経線維の腫大と内部の細胞質内小器官の変性などがみられ,Muller細胞突起の増加も認められる(図3).これらの所見がおもな変化であり動脈による静脈への圧迫はない.また交叉隅角部では動静脈外膜が結合するので厚さがやや増加するが,これは正常交叉部でも同様であり,いわゆる鞘形成というほどのものは認められない.それ故,静脈血柱遮閉の原因は交叉部周囲組織の変化である.図4は症例2の眼底写真であるが,外側下方の動静脈に交叉現象が認められる.上顎癌のため眼球摘出後の実体顕微鏡写真が図5である.血流がないにもかかわらず交叉現象が認められる.したがって動脈下の静脈の血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではない.つぎに,図6の挿図bは症例3の血栓形成部位の動静脈交図1症例1:62歳,男性の右眼検眼鏡所見外側上方網膜動静脈に交叉現象が認められる(矢印).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081727(119)図2図1の交叉現象部位の光顕所見動静脈は結合しているが,動脈(A)による静脈(V)への圧迫はない.交叉隅角部を中心とした血管周囲の神経線維の腫大が著しい(矢印).(1%トルイジンブルー染色,×200)m図3図2の交叉現象部位の交叉隅角部の電顕所見細胞質内小器官の変性を含む神経線維(NF)の腫大とグリア細胞突起の増加が見られる(矢印).A:動脈,V:静脈.挿図はこの部位に近い部位の光顕所見.(酢酸ウラン,クエン酸鉛染色.挿図は1%トルイジンブルー染色,×400)———————————————————————-Page41728あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(120)図4症例2:74歳,男性の右眼検眼鏡所見外側下方に交叉現象が認められる(矢印).図5症例2における眼球摘出後の実体顕微鏡による眼底写真図4と同じ部位であるが,血流がないにもかかわらず同様に交叉現象が認められる(矢印).静脈血柱遮閉は動脈による静脈への圧迫ではないことを表している.図6症例3:68歳,男性の血栓部の網膜静脈壁の電顕所見右眼底外上方のBRVO類似の小出血斑部位にみられた動静脈交叉部(挿図b)近くの静脈壁の電顕所見.管腔は赤血球の集塊によって閉塞され内皮細胞は変性し小顆粒状を呈し不連続となっている(挿図c).交叉部から末梢側では静脈壁外に赤血球(Er)脱出が著しい(挿図a).(酢酸ウラン・クエン酸鉛染色,挿図は1%トルイジンブルー染色,aは×100,bは×200)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081729(121)叉部であるが,静脈は赤血球の集塊によって閉塞され赤血球は管壁に多数脱出している.また動脈腔内にも赤血球が充満し血漿成分に乏しく血流は緩除であると考えられる.動脈の静脈への圧迫はみられず,鞘のような交叉部をとりまく結合織の増生はみられない.図6はこの静脈壁の電顕所見であるが,内皮細胞は小顆粒状となり不連続となっている(図6c).内皮細胞の増殖は認められない.さらにこの出血部位では末梢の方向に静脈に沿って多数の網膜内赤血球脱出がみられた(挿図6a).IV考按交叉現象の病態については1960年代くらいまでは病理組織学的に比較的多くの研究1)があるがその後はきわめて少ない3).これらの研究から静脈血柱遮閉は血管自体の病変か血管周囲組織の病変かに大別されるが一致した見解には至っていない.しかし動脈が静脈を圧迫しているという説は病理学的には否定的である.これらの報告の多くはパラフィン,セロイジン包埋を主とした光顕時代の観察であり,標本作製過程から神経線維の脱落を生じやすく,また死後変化の問題もある.筆者は現代の方法であるEpock包埋による電顕的試料作製法に従い光顕には1μmの準超薄切片を,電顕には超薄切片を用いた.さらに死後変化による神経線維の変性を避けるため,悪性腫瘍のため摘出された眼球を試料とした.今回の光顕,電顕および血流の途絶した眼底の交叉現象部位の実体顕微鏡観察では動脈による静脈への圧迫はなく,静脈血柱遮閉は交叉部における血管周囲組織の変化である.このような所見は,静脈血柱遮閉の原因として外膜様組織の増加とグリア細胞増殖とするSeitz1)の説にやや近いが外膜組織は血柱遮閉するほど多くはなく,正常交叉部にも同様に認められる(図7).この血管周囲組織の変化は動脈硬化に加え,交叉部における静脈の急激な走行変化によって生じる血流障害の2次的な反応結果と推測される.BRVO患者眼の光顕所見は記載4)があるが,電顕所見はきわめて少ない3).図6はBRVO類似の小出血部位の動静脈交叉部の所見であり組織学的にもBRVOである.血栓形成は赤血球の集塊から成り内皮細胞の変性はそのrollingのためと考えられる.内皮細胞の増殖はみられない.赤血球脱出は不連続となった内皮細胞の間隙からと萎縮した内皮細胞からと推測される.いわゆる血管の破綻ではなく漏出性出血とみなされる.BRVOは発症後,月日を経ると管壁に2次的病変が生じるので組織学的にも陳旧性の症例では発症時のBRVO自体の病変の判明が困難となる.今回の症例では摘出前の眼底検査は不能であったが,組織学的に管壁の細胞成分の形態や赤血球内にヘモグロビンを放出していないものが多いことから発症後の経過はそれほど長いものではないことが考えられる.症例3は重篤な緑内障眼であり,小範囲な出血を示したBRVOがその原因となったとは考えられない.そしてこの網膜出血が高血圧,動脈硬化に由来するものか,緑内障性の出血かは判別困難であった.このような問題についての追究は今回できなかった.臨床的にはBRVOにおける硝子体手術の併用術式としての交叉部鞘切開術がある510).BRVOでもしばしば出血部位の交叉部に交叉現象が認められる.筆者の観察では交叉部において動脈による静脈への圧迫はなく,鞘形成もないためBRVOの手術その他臨床面にも関係する組織学的所見と思われる.図7症例1の正常交叉部の光顕所見神経線維などの動静脈周囲組織に異常はみられない.近接した動静脈外膜は共通となり両血管を橋状に連結している.右上および左下の静脈(V)は同一静脈.A:動脈.(メチレンブルー,マラカイドグリーン,塩基性フクシン染色,×400)———————————————————————-Page61730あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(122)文献1)SeitzR(TranslatedbyBlodiFC):TheRetinalVessels.p20-33,TheCVMosbyCompany,SaintLouis,19642)KimuraT,MizotaA,AdachiUEetal:Histopathologicalstudyofacasewithbranchretinalveinocclusion.AnnOphthalmol38:73-76,20063)KimuraT,MizotaA,FujimotoNetal:Lightandelec-tronmicroscopicstudiesonhumanretinalbloodvesselsofpatientswithsclerosisandhyportension.AnnOphthalmol126:151-158,20054)FrangishGT,GreenWR,SomersERetal:Histopatho-logicstudyofninebranchretinalveinocclusions.ArchOphthalmol100:1132-1140,19825)OpremcakEM,BruceRA:Surgicaldecompressionofbranchretinalveinocclusionviaarteriovenouscrossingsheathotomy.Aprospectivereviewof15cases.Retina19:1-5,19996)ShahGK,SharmaS,FinemanMSetal:Arteriovenousadventitialsheathotomyforthetreatmentofmacularedemaassociatedwithbranchretinalveinocclusion.AmJOphthalmol129:104-106,20007)藤本竜太郎,荻野誠周,熊谷和之ほか:網膜静脈分枝閉塞症に伴う黄斑浮腫に対する動静脈交叉部切開術の効果について.日眼会誌108:144-149,20048)山田潔,小椋祐一郎:網膜静脈分枝閉塞症に対する網膜動静脈鞘切開術.眼科46:283-285,20049)FeltgenN,HerrmannJ,AgestiniHetal:Arterio-venousdissectionafterisovolaemicheamodilutioninbranchretinalveinocclusion:Anonrandomisedprospectivestudy.GraefesArchClinExpOphthalmol244:829-835,200610)KumagaiK,FurukawaM,OginoNetal:Long-termoutcomesofvitrectomyinbranchretinalveinocclusion.Retina27:49-54,2007***