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ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎の1例

2016年5月31日 火曜日

《第52回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科33(5):724〜727,2016©ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎の1例齊藤千真*1袖山博健*1戸所大輔*1山田教弘*2細谷隆一*3岸章治*4*1群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学*2埼玉医科大学病院眼科*3群馬大学医学部附属病院検査部*4前橋中央眼科ACaseofEndogenousEndophthalmitisduetoMucoidTypeStreptococcuspneumoniaeKazumaSaito1),HirotakeSodeyama1),DaisukeTodokoro1),NorihiroYamada2),RyuichiHosoya3)andShojiKishi4)1)DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversityHospital,3)DepartmentofClinicalLaboratory,GunmaUniversitySchoolofMedicine,4)MaebashiCentralEyeClinic緒言:侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)は肺炎球菌が血液または髄液に存在する病態をいう.筆者らはムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎を経験した.症例:70歳,男性.白内障手術,糖尿病,脳梗塞,心筋梗塞,認知症の既往歴あり.1カ月半前から離床困難,2週間前より右眼の腫脹が出現し当院眼科を紹介受診した.右眼は光覚なく,全眼球炎の所見.血液検査で白血球数およびCRPの高値を認めた.全身CTで原発巣は不明だった.前房水の塗抹検鏡でグラム陽性双球菌を認めた.全身状態不良なため,抗菌薬の全身投与および点眼・硝子体内注射による保存的加療を開始し,翌日内科へ転院した.前房水培養にてムコイド型肺炎球菌が同定され,血清型3型と判明した.血液培養は陰性だった.考察:本症例は莢膜血清3型肺炎球菌によるIPDと考えられた.今後,高齢者に対する肺炎球菌ワクチンが定期接種になったことによるIPD発症の抑制が期待される.Introduction:Invasivepneumococcaldisease(IPD)isaninfectionofbloodorcerebrospinalfluidbyStreptococcuspneumoniae.WereportacaseofendogenousendophthalmitisbymucoidtypeS.pneumoniae.CaseReport:A70-year-oldbedriddenmalewithahistoryofdiabetes,cerebralinfarction,cardiacinfarction,seniledementiaandcataractsurgerieshaddevelopedlidswellinginhisrighteyefor2weeks.Theeyewasblindduetopanophthalmitis.BloodtestshowedincreasedleukocytesandC-reactiveprotein.Whole-bodyCTscreeningdidnotdetectthefocusofinfection.AqueoushumorsmearshowedGram-positivediplococci.Westartedsystemicandintravitrealantibiotics.MucoidtypeS.pneumoniaeofserotype3waslateridentifiedfromtheaqueoushumor.Bloodcultureresultwasnegative.Conclusion:ThiscasewaslikelyIPDduetoserotype3S.pneumoniae.RoutineimmunizationwithpneumococcalvaccineislikelytoreduceIPD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(5):724〜727,2016〕Keywords:内因性眼内炎,肺炎球菌,侵襲性肺炎球菌感染症,莢膜,ムコイド型,23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン.endogenousendophthalmitis,Streptococcuspneumoniae,invasivepneumococcaldisease(IPD),capsule,mucoidtype,23-valentpneumococcalpolysaccharide(PPSV23).はじめに肺炎球菌はヒトの鼻咽頭に常在するグラム陽性球菌である.保菌率は小児で20〜40%,成人で約10%とされ1),急性気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症や中耳炎,副鼻腔炎などの耳鼻科領域感染症における重要な起炎菌である.また,ときに髄膜や血液などの無菌的部位から肺炎球菌が検出される侵襲性肺炎球菌感染症(invasivepneumococcaldisease:IPD)を発症する.2013年4月からIPDは感染症法で定める5類感染症に指定され,本菌が髄液または血液中から検出された場合は7日以内に保健所への届け出が必要となった.眼科領域では肺炎球菌は結膜炎,涙囊炎,角膜炎の原因菌として知られるが,眼内炎の起炎菌となる頻度は多くない.1991年の秦野らの報告によると,眼内炎と診断された全症例の280眼323例中,2例のみ肺炎球菌が同定され,1例は外傷後,もう1例は手術後であった2).それ以降に国内での肺炎球菌による内因性眼内炎は矢吹らや児玉ら,豊島らからいずれも1例報告されていて,そのうち2例は失明に至っており,予後不良な疾患である3〜5).今回,筆者らは高齢者に発症した血清型3型肺炎球菌による内因性眼内炎を経験したので報告する.I症例患者:70歳,男性.主訴:右眼の腫脹.既往歴:脳梗塞後遺症(左半身麻痺),頭部外傷後脳挫傷後遺症,虚血性心疾患カテーテル治療後,脂質異常症,糖尿病〔HbA1C(NGSP値)5.9%〕,左上腕骨骨折後.肺炎球菌ワクチン接種歴:不明.内眼手術歴:5年前に両眼の白内障手術.現病歴:2014年9月頃から,体調不良で寝たきりになり,食事もできなくなった.10月上旬に右眼から膿が出現したが,本人は自覚症状を訴えなかった.10月中旬に近医眼科を受診し,右眼眼内炎の疑いにて当院へ紹介受診となった.初診時所見:初診時の視力は右眼光覚なし,左眼0.5(矯正不能).眼圧は右眼触診にて低眼圧,左眼16mmHgであった.右眼眼瞼は発赤腫脹しており,大量の膿が付着していた(図1a).涙囊部に異常なく,涙点からの膿の排出はなかった.前眼部所見は右眼の高度な結膜充血があり,前房内は前房蓄膿で満ちていた(図1b).フルオレセイン染色では,角膜全体にびらんがあったが,角膜膿瘍,潰瘍,穿孔はなかった(図1c).眼底は透見不能だった.左眼に炎症所見はなく,眼底に黄斑萎縮を認めた.右眼のBモードエコーで,硝子体混濁と網膜下膿瘍が疑われた(図1d).全身状態は酸素飽和度(SpO2)96%,体温35.7℃,血圧128/65mmHg,脈拍93回/分であり,意識レベルは傾眠傾向であった.感染源検索のため血液検査および全身の単純CT,血液培養2セットを行った.血液検査では白血球数11,700個/μl(基準値3,900〜9,700個/μl),C反応性蛋白(CRP)23.21mg/dl(基準値0.3mg/dl未満)と炎症反応が高値であった.凝固系マーカーはフィブリン/フィブリノーゲン分解産物(FDP)8.1μg/ml(基準値10μg/ml以下),Dダイマー3.2μg/ml(基準値1μg/ml以下),血小板30.5万個/μl(基準値15.3万〜34.6万個/μl)であり,播種性血管内凝固症候群(DIC)はなかった.肝胆膵系酵素としてAST,ALT,ALP,g-GTPはいずれも軽度高値を示した.全身CTでは他臓器に明らかな感染巣は認められなかった.起炎菌検索のため前房穿刺による眼内液採取を行い迅速塗抹検鏡を行ったところ,好中球に貪食されるグラム陽性双球菌を認めた(図2a).白内障術後眼内炎の可能性は否定できないが,術後眼内炎による眼局所の炎症のみでCRPが23.21mg/dlと非常に高くなるとは考えにくい.意識レベルの低下も伴っているため,何らかの全身的な感染巣からの内因性眼内炎が考えられた.すでに光覚がなく全身状態も悪いため,同日局所麻酔にて眼球内容除去術を行う方針となった.しかし,球後麻酔後も体動が激しいため眼球内容除去術は中止し,バンコマイシン1mgの硝子体内注射を行い終了した.その後,アンピシリン1gを1日4回点滴,1.5%レボフロキサシン点眼6回,セフメノキシム点眼6回,オフロキサシン眼軟膏1回眠前を行い,保存的に加療を行った.感染源不明の敗血症に対する全身精査および治療が必要と考えられたため,入院翌日にかかりつけ病院へ転院となった.後日,判明した血液培養の結果は陰性であった.眼内液の細菌培養結果でムコイド型コロニーを形成するStreptococcuspneumoniaeが分離された(図2b).MultiplexPCR法5)を用いて分離菌株の莢膜抗原検査を行ったところ,血清型3型と判明した.後日,転院先病院に治療経過について問い合わせを行ったところ,感染源は不明であったがカルバペネム系抗菌薬全身投与を行い全身状態は回復し,眼感染症も退縮傾向であるとの報告を受けた.II考按内因性眼内炎は転移性眼内炎ともよばれ,遠隔臓器の感染原発巣から起炎菌が血行性に眼内に移行したものである.内因性は全眼内炎の2〜6%と外因性のものに比べ稀だが,視力予後はきわめて不良である6).また,患者背景として糖尿病や経静脈による薬剤使用,悪性腫瘍,自己免疫疾患などをもち,敗血症を伴っているため,内科的な評価および加療を要する6).内因性眼内炎の感染源は肝膿瘍がもっとも多く,ついで肺炎・心内膜炎が続く7).起炎菌はグラム陰性菌が55%を占め,なかでもKlebsiellapneumoniaeが27%ともっとも多く,肺炎球菌は5%であったと報告されている7).本症例では,採取した眼内液からムコイド型肺炎球菌が培養検査にて検出された.血液培養では肺炎球菌は検出されなかったが,血液検査での炎症反応の高度上昇から考えると,何らかの感染源から敗血症に発展し,眼内へ転移したと考えられる.肺炎球菌が眼内炎の原因になる場合は,外因性が多い.Millerら9)は肺炎球菌による眼内炎について調査したところ,27症例中2例のみ内因性で,その他はすべて外因性であった.外因としては内眼手術後や角膜潰瘍,ブレブ感染,眼球破裂術後などであったと報告している8).肺炎球菌性眼内炎の最終視力は0.05以上が30%,0.05以下が70%,光覚なしが37%であり,視力予後不良である8).今回の筆者らの症例でも受診時すでに光覚がなく,眼球内容除去術の適応であった.肺炎球菌の病原性因子として,おもなものに付着因子,莢膜,細胞壁成分,pneumolysin,autolysin,neuraminidase,IgA1proteaseなどがあげられる9,10).莢膜は好中球,マクロファージからの抗貪食作用があり,病原因子としてもっとも重要である.現在,肺炎球菌の血清型は93種類以上が知られており,血清型の違いにより貪食殺菌に対する抵抗性の違いが生じる10).一方,肺炎球菌は血液寒天培地の発育形式によりスムース型(S型)とムコイド型(M型)に分けられ,26%がムコイド型であり,ムコイド型の90%以上が血清型3型である11).3型は莢膜が厚いため抗貪食作用が強く強毒性を示し,死亡例が多いことが報告されている12).Sandersらはウサギ眼内炎モデルにおいて,莢膜欠損株と野生株の病原性を検討し,莢膜を有する野生株のほうが網膜障害が高度であったことを報告している13).菌血症を伴う肺炎や髄膜炎などのIPDの対策として,ワクチンが重要な位置を占める.わが国では23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(23-valentpneumococcalpolysaccharide:PPSV23)は2歳以上のハイリスク者や高齢者を対象にIPDと肺炎の予防目的で1988年に承認された.PPSV23は90種類以上の血清型のうち,IPDと肺炎で頻度の高い23種類の血清型の莢膜多糖体を含む有用なワクチンであるが,2010〜2012年の65歳以上の推定接種率は7.8%と低い9).その後,2014年10月から高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンの定期接種が開始されたことから,接種率の向上が期待される.IPDの発症数が減少すれば,肺炎球菌による内因性眼内炎の症例も減少することが予想される.また,Sandersらは,PPSV23とpneumolysinで受動免疫されたウサギでは眼内炎の重症度が低く,網膜の機能および組織障害が少なかったと報告しており14),眼内炎発症後の組織障害程度に対しても差が生じる可能性がある.今回の症例では,肺炎球菌接種歴は不明であったが,今後,肺炎球菌性眼内炎を経験した場合,ワクチン接種歴が眼内炎の重症度や進行度,予後を推定するのに役立つかもしれない.今後,ヒトにおける肺炎球菌性眼内炎へのワクチン効果の研究が期待される.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)Dovielmm:Streptococcuspneumoniae.In:Mandell,Douglas,andBennett’sPrinciplesandPracticeofInfectiousDiseases.7thed(MandelGL,BennettJE,DolinReds.).ChurchillLivingstone,Philadelphia,p2623-2642,20102)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌─.日眼会誌95:369-376,19913)矢吹輝,石倉宏恭,津田雅庸ほか:肺炎球菌性敗血症の経過中に多彩な合併症を来した1症例─特にpurpurafulminansおよび細菌性眼内炎の合併を中心に─.日眼救医誌:429-433,20014)児玉桂一,島田郎,清水隆之ほか:肺炎球菌による敗血症を来し化膿性脊椎炎・化膿性膝関節炎・細菌性眼内炎を合併した糖尿病の1例.糖尿病44:235-240,20015)豊島馨,岩田英嗣,中村誠:転移性眼内炎に対する硝子体手術後に交感性眼内炎を発症した1例.臨眼61:1905-1907,20076)PCRdeductionofpneumococcalserotypes.CentersforDiseaseControlandPrevention.http://www.cdc.gov/streplab/pcr.html7)喜多美穂里:転移性眼内炎.あたらしい眼科28:351-356,20118)JacksonTL,ParaskevopoulosT,GeorgalasIetal:Systematicreviewof342casesofendogenousbacterialendophthalmitis.SurvOphthalmol59:627-635,20149)MillerJJ,ScottIU,FlynnHWJretal:EndophthalmitiscausedbyStreptococcuspneumoniae.AmJOphthalmol138:231-216,200410)西順一郎:侵襲性肺炎球菌感染症とワクチンによる予防.ModMedia59:273-283,201311)土橋佳子,水谷玲子,永武毅:肺炎球菌の病原性.日胸臨63:423-429,200412)明石敏,河野緑,保科定頼ほか:小規模医療施設から分離された肺炎球菌の疫学的研究.慈恵医大誌77:743,200313)WeinbergerDM,HarboeZB,SandersEAetal:Associationofserotypewithriskofdeathduetopneumococcalpneumonia:ameta-analysis.ClinInfectDis51:692-699,201014)SandersME,NorcrossEW,RobertsonZMetal:TheStreptococcuspneumoniaecapsuleisrequiredforfullvirulenceinpneumococcalendophthalmitis.InvestOphthalmolVisSci52:865-872,201115)SandersME,TaylorS,TullosNetal:PassiveimmunizationwithPneumovax®23andpneumolysinincombinationwithvancomycinforpneumococcalendophthalmitis.BMCOphthalmol13:8,2013〔別刷請求先〕齊藤千真:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学医学部眼科Reprintrequests:KazumaSaito,DepartmentofOphthalmology,GunmaUniversitySchoolofMedicine,3-39-15Showa-machi,Maebasi-si,Gunma371-8511,JAPAN図1初診時の右眼所見a:右眼瞼の発赤腫脹.b:高度な結膜充血があり,前房内は黄色膿で満ちていた.角膜膿瘍,潰瘍,穿孔はなかった.c:フルオレセイン染色で角膜全体に上皮びらんを認めた.d:Bモードエコーでは硝子体混濁と網膜下膿瘍が疑われた図2塗抹・培養所見a:眼内液の塗抹検査にて好中球に貪食されるグラム陽性の双球菌を認めた.b:血液寒天培地上でムコイド型コロニーを形成する肺炎球菌が同定された.0792140-181あ0/た160910-1810/16/¥100/頁/JCOPY(101)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016725726あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016(102)(103)あたらしい眼科Vol.33,No.5,2016727