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髄膜炎を併発し虫体の移動を網膜で観察できた眼トキソカラ症の1例

2017年1月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(1):132.135,2017c髄膜炎を併発し虫体の移動を網膜で観察できた眼トキソカラ症の1例清水俊輝*1目取真興道*1澤口昭一*1當眞弘*2*1琉球大学医学部眼科学教室*2琉球大学大学院医学研究科寄生虫・免疫病因病態学講座ACaseofOcularToxocariasisAssociatedwithMeningitisToshikiShimizu1),KodoMedoruma1),ShoichiSawaguchi1)andHiromuToma2)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus,2)DepartmentofParasitologyandImmunopathoentomalogy,GraduateSchoolofMedicine,UniversityoftheRyukyus症例は38歳,男性.発熱し,その後頭痛,後頸部痛を主訴に内科,整形外科を受診するも原因不明であった.発症3週間後に右眼視力低下を自覚し,近医眼科を受診したところ,黄斑部を移動する虫体を観察したため琉球大学眼科へ緊急紹介された.当科初診時,虫体は周辺網膜へ移動していた.犬を飼育していたため眼トキソカラ症を疑い,血清のToxocaraCHEKを行ったところ陽性であった.虫体はその後,乳頭付近で白色の隆起性病変となり活動を止めた.髄膜炎を併発し,眼底検査で虫体の移動から白色病変形成までの一連の経過を観察できたまれな1症例を報告する.A38-year-oldmaleexperiencedfever,followedbyheadacheandbackneckpain.Hevisitedaphysicianandanorthopedist,withoutachievingade.nitivediagnosis.Threeweeksafterthefever,hisrightvisualacuitydecreasedandheconsultedanearbyophthalmologist.Amovingparasiticwormwasdetectedaroundthemaculararea.Hewassenttoourhospitalimmediatelyandaparasiticwormwasfoundintheperipheralretina.Sincethepatientwaskeepingdogs,weexaminedhisserumforToxocaraCHEKandobtainedapositiveresult.Movementofthewormgraduallydiminishedandawhitishelevatedlesionappearedneartheopticnervehead.WeherereportarareobservationoftheparasiticwormofToxocaracanis,whichbeganwithactivemovementandulti-matelyformedatypicalwhitishelevatedlesionintheretina.Thepatient’sconditionwassimultaneouslyassociatedwithmeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(1):132.135,2017〕Keywords:眼トキソカラ症,髄膜炎,虫体の網膜移動,トキソカラチェック.oculartoxocarasis,meningitis,movingparasiteworm,ToxocaraCHEK.はじめにトキソカラ症はイヌ回虫やネコ回虫の幼虫による人畜共通感染症である1,2).幼小児に比較的頻度が高いが,近年,生肉の摂取やペットブームにより成人における報告例も増えている1,2).眼移行型と内臓移行型に分類され,眼移行型は眼トキソカラ症とよばれ,通常片眼性のぶどう膜炎で発症し1.4),多くの症例で網膜内に境界不鮮明な白色腫瘤を認める5,6).しかしながら網膜内で虫体が生存し移動するのを観察したという報告は筆者らの知る限りではない.今回,網膜内を活発に移動し,特徴的な白色腫瘤の形成までの一連の病態を継続的に観察できた眼トキソカラ症の非常に珍しい1症例を経験した.一般的に眼移行型と内臓移行型はそれぞれ単独で発症し,併発することはまれである6)が,本症例では髄膜炎との併発を認めており,その臨床経過も併せて報告する.I症例患者:38歳,男性.主訴:発熱,右眼視力低下.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕目取真興道:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KodoMedoruma,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN132(132)生活歴:海外渡航歴なし.自宅屋外で成犬を飼育している.会社員で農業従事歴なし.最近2年間は生肉の摂食なし.現病歴:38℃台の発熱が4日間継続し,解熱した.解熱翌日より頭痛と後頸部痛が出現したため内科,整形外科を受診したが原因不明であった.解熱から2週間後に右眼視力低下し,数日経過しても改善せず近医眼科を受診した.眼底検査で右眼黄斑部に移動する虫体を確認したため,同日緊急で琉球大学眼科(以下,当院)紹介となった.初診時所見:視力は矯正で右眼(0.2),左眼(1.0),眼圧は左右とも16mmHg.右前房内および硝子体腔に少数の炎症性細胞が観察された.対光反応は両眼とも正常で,瞳孔径は左右差なく3mm.眼底検査では黄斑部に虫体を認めず,注意深く観察したところ,周辺鼻側網膜に動き回る虫体が確認できた(図1).虫体はおよそ2乳頭径(300.400μm)の長さであった.全身検査所見:血液検査では好酸球優位の白血球増加(表1),また髄液検査では初圧が300mmH2Oと上昇し,好酸球による細胞増多もあり(表1),髄膜炎と診断された.経過:虫体が観察されたため,当院寄生虫学講座と協力し診療を行った.虫体は前医では黄斑部に観察されたが,当院では周辺網膜に移動し,活発に網膜内を動き回っていた.3時間ごとに観察を行ったが,3回目の観察時(初診より9時間後)頃から活動性は低下し,動きは緩徐になった.初診2日後には虫体は視神経乳頭縁の鼻下側に停止し,虫体周囲に網膜浮腫が出現した.網膜浮腫は次第に白色化し,初診3日後には白色腫瘤が形成された(図2).蛍光眼底造影検査では乳頭上方・鼻下側さらに耳側周辺網膜に多発する蛍光漏出像が観察された(図3).初診3日後に光干渉断層計(OCT)で撮影したところ,黄斑部の視細胞内層・外層接合部(IS-OSline),錐体外層チップ(COSTline),さらに外境界膜の消失・不整,中心窩網膜の菲薄化を認めた(図4).白色腫瘤部のOCT撮影で虫体に一致した円形の物体を観察した(図5).Goldmann視野測定ではMariotte盲点(マ盲点)の拡大と中心暗点を認めた(図6).複数の虫体感染の可能性を考慮し,胸・腹部の造影コンピュータ断層撮影(CT)による精査を行ったが特記すべき所見はなかった.クラス0で抗体陰性を,クラス4で強陽性を示す寄生虫抗体スクリーニング法ではイヌ糸状虫ではクラス1(偽陽性反応)であり,イヌ回虫を含めてそれ以外はすべて陰性であった(表2).糞線虫は直接法,集卵法,培養のいずれも陰性であった.50倍希釈した血清でToxocaraCHEKが陽性であったが,希釈なしの患者前房水と飼育しているイヌの糞便は陰性であった.Toxo-caraCHEK陽性の結果から眼トキソカラ症と診断し,駆除剤のクエン酸カルバマジン内服とベタメタゾン点眼を併用し治療を行った.当科初診から2週間後には硝子体の炎症細胞は消失した.その後,視力は6カ月後に矯正で0.4まで改善図1眼底を動く虫体周辺部鼻側網膜に活発に移動する虫体が観察された.→:活発に動くトキソカラ虫体.表1患者血清と脳脊髄液の検査結果白血球11,500103/μl髄圧(初圧)300mmH2O赤血球426104/μl総蛋白(髄液)133mg/dl好塩基球2.1%糖(髄液)39mg/dl好酸球26.5%細胞数(髄液)1,290/μl好中球51.3%髄液(多核球:単核球)593:697リンパ球15%髄液(好酸球:好塩基球)93:07:00単球CRP総蛋白Alb血糖4.7%0.01mg/dl6.6g/dl4.5g/dl166mg/dl血清では白血球の増加,とくに好酸球の増加が認められる.脳脊髄圧は上昇し,細胞数の増加,好酸球の増加を認める.図2眼底写真乳頭鼻側に乳頭に隣接する白色の隆起性病巣が認められる.図3蛍光眼底造影写真鼻側乳頭に接する蛍光漏出,円形(乳頭に隣接)の乳頭大の蛍光漏出,乳頭上方から耳側周辺網膜部に至る軽度の蛍光漏出像が観察される.図4黄斑部のOCT像IS-OSline,COSTline,外境界膜の消失・不整と黄斑中心窩網膜の菲薄化が観察される.図6Goldmann視野検査Mariotte盲点の拡大と比較中心暗点が測定された.図5乳頭鼻側の白色隆起性病変のOCT像虫体に一致した円形の病変が観察される.表2寄生虫抗体スクリーニング法の結果寄生虫判定(クラス)線虫イヌ糸状虫1イヌ回虫0ブタ回虫0アニサキス0顎口虫0糞線虫0吸虫ウエステルマン肺吸虫0宮崎肺吸虫0肝蛭0条虫肝吸虫0マンソン孤虫0有鉤条虫0クラス0は抗体陰性を,クラス1は偽陽性を示す.し,マ盲点および中心暗点は縮小した.初診時消失・不整であったIS-OSline,COSTline,外境界膜は次第に改善し,眼底写真およびOCT所見で白色腫瘤および虫体も縮小傾向を認めた.II考按網膜内を活発に移動し,髄膜炎を併発したまれな眼トキソカラ症の1例を経験した.寄生虫抗体スクリーニング検査でイヌ回虫は陰性であったが,血清50倍希釈を用いたToxo-caraCHEKが陽性であり最終診断とした.寄生虫抗体スクリーニング検査はイヌ回虫の成虫抗原を用いて検査する.一方ToxocaraCHEKは幼虫抗原に対する検査である.人体は終宿主でないため幼虫として寄生することから,このような結果になったと考えられる.本症の診断確定には虫体を病理組織学的に証明する必要があり,眼球摘出や硝子体手術など2,7)の侵襲的な処置が必要となり,強い硝子体混濁・網膜.離などが認められない場合,患者の同意を得ることはむずかしい.今回,侵襲を考慮し虫体の摘出や硝子体液の採取・検査は行わなかった.診断には免疫学的検査が中心となりELISA法,ToxocaraCHEK法が用いられる.ToxocaraCHEK法は特異度が高く,その手技もELISA法に比べて簡便である8,9),一方で不顕性感染患者も0.7.6.1%存在し,厳密には血清とともに眼内液も検査すべきである6,8,9).理由は不明であるが,トキソカラ症は眼移行型と内臓移行型がそれぞれ別個に単独で発症し,同一患者で併発することはまれである4.6).通常片眼発症であるが,永田ら6)は両眼性の本症を報告し,複数虫体による眼移行型と内臓移行型の併発する可能性を報告した.今回の症例も眼症状を発症する3週間前に発熱,頭痛,後頸部痛があり,髄液圧の上昇,好酸球優位の髄液細胞増多から髄膜炎と診断された.残念ながら造影CTでは明らかな異常が観察されず単独か複数虫体によるものかは断定できない.眼内への移行経路としては,経口摂取した虫卵が血行性に①網膜中心動脈より網膜・硝子体へ,②毛様体動脈から脈絡膜へ,③大脳から直接視神経を介して迷入・侵入の3つの経路が考えられているが2),眼内迷入の多い理由は不明である2).本症例では,髄膜炎の発症から眼症状出現までの時間経過を考えると③番目の経路の可能性も否定できない.眼トキソカラ症で,虫体が移動した軌跡を示唆する報告がある10)が,生存する虫体の確認,白色腫瘤の形成,腫瘤内の虫体の変性・縮小をその時間経過を追って観察した報告はない.眼内に侵入した虫体は本症例のように一時的に網膜内を移動していることが予想されるが,ほとんどの報告はすでに虫体が白色腫瘤を形成した後で診断される.また,本症例のように虫体は移動しており,見逃さないためには注意深く眼底検査を行う必要がある.トキソカラ症の病態に,死滅した虫体の抗原に対する免疫反応,過敏反応が考えられ2),治療法としてトリアムシノロンのTenon.下注射,ステロイド内服・点眼,駆虫剤の併用2,3),さらにステロイド治療に反応しない場合は硝子体手術が考慮される3).本症例では初診時炎症所見は軽微であったが,矯正視力は0.2と不良であった.炎症のみではこの視力低下の説明はできず,視神経経由で移動した虫体による視神経炎の可能性や,虫体の活発な移動に伴う物理的障害がOCT画像における網膜障害をきたし,視野検査で中心部の比較暗点を生じたものと推定した.なお感染源は不明である.〔稿を終えるにあたりトキソカラの免疫学的検査に関し,ご協力いただいた東京医科歯科大学医学部・医動物学教室.赤尾重明先生に深謝申し上げます〕文献1)下長野由佳:眼トキソカラ症.眼科プラクティス16.眼炎症性疾患診療のこれから,p102-105,文光堂,20072)臼井正彦:眼感染症─最近の知識24.イヌ回虫幼虫症.眼科33:1411-1419,19913)伊東宗子:眼トキソプラズマ症・トキソカラ症抗生物質眼注,劇症型の対応など.あたらしい眼科29:1325-1330,20124)横井克俊,坂井潤一:眼トキソカラ症.眼科診療プラクティス47.感染性ぶどう膜炎の病因診断と治療,p46-49,文光堂,19995)鬼木信乃夫:眼トキソプラズマ・眼トキソカラ症.あたらしい眼科11:25-33,19946)永田真裕子,池脇淳子,木許賢一ほか:不明熱を伴った眼トキソカラ症の1例.臨眼61:1901-1904,20077)伊集院信夫,志水敏夫,福原潤ほか:硝子体手術により虫体が証明されたoculartoxocarasisの1例.臨眼53:1305-1307,19998)田口千香子,杉田直,棚成都子ほか:眼トキソカラにおけるToxocaraCHEKの有用性.臨眼54:841-845,20009)鈴木崇,上甲武志,陳光明ほか:眼トキソカラ症の診断におけるトキソカラチェックの有用性.あたらしい眼科22:263-266,200510)富井隆夫,池田照明:虫跡と思われる軌跡を認めた眼トキソカラ症の1例.眼科41:777-782,1999***