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Gemella haemolysansが検出された白内障術後遅発性眼内炎の1例

2014年2月28日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(2):281.284,2014cGemellahaemolysansが検出された白内障術後遅発性眼内炎の1例向坂俊裕寺田裕紀子森洋斉子島良平八木彰子中原正彰宮田和典宮田眼科病院Delayed-OnsetPostoperativeEndophthalmitisCausedbyGemellahaemolysansToshihiroSakisaka,YukikoTerada,YosaiMori,RyoheiNejima,AkikoYagi,MasaakiNakaharaandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital症例は,61歳,女性.近医で左眼超音波乳化吸引術,眼内レンズ(IOL)挿入術を行い,術後視力は0.3(1.2)であった.術後35日目に眼痛と霧視を自覚し,同医を受診した.術後遅発性眼内炎が疑われ,翌々日,加療目的に宮田眼科病院を紹介受診した.初診時,左眼視力は0.3(1.0),眼圧は17mmHgであった.結膜充血,Descemet膜皺襞,角膜後面沈着物,前房炎症所見と水晶体.の混濁,前部硝子体炎症所見を認めた.同日,前房洗浄と抗菌薬の硝子体内注射を行ったが,前房炎症所見の遷延と硝子体混濁の増加を認めたため,発症後13日目,硝子体茎離断術,IOL除去術を行った.術後経過は良好で,硝子体茎離断術後2カ月経過した現在も0.15(1.2)と白内障術後と同等の視力を保っている.前房水から病原微生物を検出することはできなかったが,硝子体液培養にてGemellahaemolysansが検出された.過去に報告されている他の起因菌と同様,適切な治療により良好な視力を維持することが可能であると示唆された.Thepatient,a61-year-oldfemalewhohadundergonephacoemulsificationwithintraocularlens(IOL)implantationsurgeryforcataractinherlefteyeatalocalophthalmologyclinic,achievedvisualacuityof0.3(1.2).At35daysafterthesurgery,sheconsultedthedoctorforpaininherlefteye,associatedwithblurringvision.Twodaysaftertheconsultation,shewasreferredtoMiyataEyeHospitalwithsuspecteddelayed-onsetpostoperativeendophthalmitis.Leftvisualacuitywas0.3(1.0)andintraocularpressurewas17mmHg,withconjunctivalinjection,Descemet’smembranefold,keratoprecipitates,anteriorchamberinflammatorycells,opacityinthecapsuleandanteriorvitreouscells.Onthefirstday,thepatientunderwentanteriorchamberwashandvitreousinjectionofantibiotics.Becausetheanteriorchamberinflammationandopacitascorporisvitreiwereprolonged,onday13parsplanavitrectomy(PPV)andIOLextractionwereperformed.Thepostoperativecoursewasuneventful;at2monthsafterPPV,visualacuityis0.15(1.2).Noorganismwasidentifiedinananteriorchambersample;vitreousfluidcultivation,however,revealedthepresenceofGemellahaemolysans.Aspreviouslyreported,appropriatetherapyyieldspromisingvisualacuityresults.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(2):281.284,2014〕Keywords:Gemellahaemolysans,術後遅発性眼内炎.Gemellahaemolysans,delayed-onsetpostoperativeendophthalmitis.はじめに炎や心内膜炎などの報告3.6)が散見される.眼科領域では,Gemellahaemolysansは,カタラーゼ陰性,非芽胞性の角膜炎,術後急性眼内炎の6件の報告があり7.11),わが国で通性嫌気性グラム陽性球菌で,ヒトの口腔や上気道の常在細はマイトマイシンCを併用した線維柱帯切除術後の濾過胞菌である1,2).G.haemolysansによる術後感染症として髄膜感染が報告されている12).〔別刷請求先〕向坂俊裕:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:ToshihiroSakisaka,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(121)281 今回,筆者らは,術中合併症のない水晶体超音波乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)および眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術後に遅発性眼内炎を起こし,G.haemolysansが検出された症例を経験したので,患者の理解と同意を取得したうえ,報告する.I症例患者:61歳,女性.既往歴:糖尿病,高血圧.薬歴:グリベンクラミド2.5mg,ベニジピン塩酸塩4mg,ランソプラゾール15mg,シタグリプチン50mg,酸化マグネシウム2g,ロラタジン10mg,クロルフェネシンカルバミン酸エステル750mg,セレコキシブ100mg,メコバラミン0.5mg,リマプロスト5μg,ロフラゼプ酸エチル1mg,フルチカゾンプロピオン酸エステル点鼻液.主訴:左眼の眼痛,霧視.現病歴:前医にて上方強角膜切開による左眼PEAおよびIOL(SN60WF,Alcon)挿入術を術中合併症なく終了し,術後経過も良好であった.術後35日目,左眼の眼痛と霧視を自覚したため,翌日に前医を受診した.受診時,右眼視力=0.4(1.2×.2.00D(cyl.0.75DAx160°),左眼視力=0.3(1.2p×.2.25D(cyl.0.75DAx20°),右眼圧16mmHg,左眼圧18mmHg,左眼の前房内炎症所見(2+)と硝子体混濁を指摘された.白内障術後遅発性眼内炎が疑われ,モキシフロキサシン(MFLX)とセフメノキシム(CMX)の6回/日点眼とベタメタゾンリン酸エステルナトリウム0.1%眼耳鼻科用液6回/日点眼,デキサメタゾン0.1%眼軟膏1回/日点入が処方された.術後37日目,再度前医を受診したところ炎症所見の改善を認めなかったため,加療目的に宮田眼科病院(以下,当院)を紹介受診した.当院初診時,右眼視力=0.3(1.2×.2.25D(cyl.0.5DAx160°),左眼視力=0.3(1.0×.2.5D(cyl.0.5DAx20°),右眼圧15mmHg,左眼圧17mmHg,左眼に結膜充血,Descemet膜皺襞,角膜後面沈着物,前房内炎症所見(3+)と水晶体.の混濁,前部硝子体炎症所見(+)を認めた(図1).当日中にバンコマイシン(VCM)10mg/ml,セフタジジム(CAZ)20mg/mlによる前房洗浄と硝子体注射を行った.同時に前房水を検体として採取し,培養を行ったが,結果は陰性であった〔アミューズチャコール培地,株式会社ホーエイに検体を塗布し,ヤマト運輸クール便(3℃)にて阪大微生物病研究会に送付し依頼〕.前房洗浄,抗菌薬硝子体注射後は,MFLXとCMXの1時間毎点眼,エリスロマイシン(EM)眼軟膏1回/日点入,セフカペンピボキシル(CFPN-PI)300mg3回/日内服とベタメタゾンリン酸エステルナトリウム4回/日,ブロムフェナクナトリウ図1当院初診時の前眼部写真発症から2日目,当院初診時,前房内炎症所見と水晶体.の混濁を認めた.水晶体.内白色プラークは認めなかった.表1薬剤感受性薬剤MIC(μg/ml)感受性薬剤MIC(μg/ml)感受性PCG≦0.03SEM≦0.12SABPC≦0.06SCAM≦0.12SCVA/AMPC≦0.25/0.12RTC≦0.5SABPC/SBT≦1/0.5SCLDM≦0.12SCTM≦0.5RCP≦4SCTX≦0.06SVCM0.5SCTRX≦0.12SST≦0.5/9.5RCFIX0.5RLVFX0.5SCDTR≦0.06RMEMP≦0.12SCFPM≦0.5SRFP≦1RPCG:benzylpenicillin,ABPC:ampicillin,CVA/AMPC:clavulanicacid/amoxicillin,ABPC/SBT:ampicillin/sulbactam,CTM:cefotiam,CTX:cefotaxime,CTRX:ceftriaxone,CFIX:cefixime,CDTR:cefditoren,CFPM:cefepime,EM:erythromycin,CAM:clarithromycin,TC:tetracyclin,CP:chloramphenicol,VCM:vancomycin,ST:sulfamethoxazole-trimethoprim,LVFX:levofloxacin,MEPM:meropenem,RFP:rifampicin.282あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(122) ム2回/日点眼を投与し,経過をみた.当院受診4日目に水晶体.の混濁と前房内炎症所見は軽減し,CFPN-PI内服は7日間で終了したが,その後,再燃し前房内炎症所見が(+).(2+)と遷延した.当院受診12日目,硝子体混濁の増悪を認めたため,硝子体茎離断術およびIOL除去術を行った.術中に採取した硝子体液の培養を阪大微生物病研究会に依頼し(培地,送付の条件は同じ),G.haemolysansが検出された.薬剤感受性試験において,G.haemolysansは,クラブラン酸/アモキシシリン,セファロスポリン,セフィキシム,セフカペンピボキシル,サルファメトキサゾール/トリメトプリム(ST)合剤,リファンピシンに耐性を示し,VCM,EM,レボフロキサシンには感受性を示した(表1).硝子体茎離断術後は,MFLX,CMX,EM眼軟膏,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム,ブロムフェナクナトリウムを投与し炎症は軽快した.虹彩振盪のため,硝子体術後3カ月を経過した現在も軽度の前房内炎症所見を認めるが,MFLX2回/日,ベタメタゾン4回/日点眼のみを継続した状態で0.15(1.2×+7.0D)と良好な視力を保っており(図2),IOL縫着術を予定している(表2).図2術後3カ月の前眼部写真術後3カ月経過した現在,遅発性眼内炎の再発はなく,視力も良好である.II考按Gemella属は,口腔内に常在する通性嫌気性のグラム陽性球菌である.発育が遅いこと4),形態的にStreptococcus属に類似していることや,グラム染色において脱色されやすくグラム陰性と判定されてしまう可能性があることから同定がむずかしく,眼科以外の診療科を含め稀にしか報告されてこなかった.眼科領域において,特に白内障術後眼内炎に関しては,急性の1例が報告されているのみである9).その理由として,白内障手術中,医師や手術スタッフはマスクを着用し,患者はドレーピングされているため,口腔内の細菌が術野に侵入する機会が少ないことが考えられる.逆に,外来の処置室で行われることの多い硝子体内注射後眼内炎の起因菌に口腔内常在菌であるStreptococcus属が多いことが報告され,術者や医療スタッフ,患者のマスク着用や会話について注意喚起がなされている13,14).今回,筆者らは,硝子体液から検出されたG.haemolysansを遅発性眼内炎の起因菌と判断した.理由として,第一に,遅発性眼内炎は,眼内に侵入した起因菌が水晶体.内で免疫機構から逃れて嫌気的条件下で緩徐な増殖をすることで発症すると考えられており,通性嫌気性菌であるG.haemolysansは,この条件に合致する.つぎに,手術室においてマスクやドレープを使用して採取した硝子体液にG.haemolysansが混入(contamination)することは,むずかしいと考えられる.今回,G.haemolysansが検出されたことは,感染の危険性が高い,創口が完全閉鎖する前の時期において,医師,医療スタッフ,患者や患者家族の口腔や上気道の細菌が,創口から眼内に侵入した可能性を示唆している.そのため,白内障術後眼内炎対策にとって術後創口が完全閉鎖するまでは,感染対策に十分な配慮が必要であると考えられた.Gemella属は,ST合剤,アミノグリコシド系抗菌薬に耐性を示すが,ニューキノロンやセフェム系抗菌薬に対しては感受性であると報告されている4,6,11).本症例での薬剤感受性表2治療経過病日所見外科的治療.35日白内障手術発症眼痛・霧視自覚2日前房内炎症(2+),硝子体混濁3日(当院初診)結膜充血,Descemet膜皺襞,角膜後面沈着物,前房内炎症(3+),水晶体.混濁,前部硝子体炎症(+)前房洗浄,硝子体注射7日(当院4日目)水晶体.内の混濁,前房内炎症所見の軽快15日(当院12日目)硝子体混濁の増悪硝子体茎離断術,IOL除去術現在軽度の前房内炎症持続術後3カ月経過した現在,遅発性眼内炎の再発はなく,視力も良好である.(123)あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014283 試験において,これまでの報告に反しセフェム系抗菌薬には幅広い耐性を示した.CMXとCFPN-PI,CAZに関する感受性試験は不明だが,耐性を獲得していた可能性は十分考えうる.一方,VCM,EMに対しては感受性を示した.また,レボフロキサシン感受性であることから,MFLXに対しても感受性を示した可能性が高いと考えられる.よって,初期治療で所見の改善がみられたのは,VCM,EM,MFLXに反応したためと考えられる.最終的には,硝子体茎離断術に加えIOLと水晶体.の除去を要した.理由として,本症例では強い炎症所見を認めなかったが,点眼や前房洗浄のみでは,IOLと水晶体.の間で増殖していたG.haemolysansに抗菌薬が浸透しなかったため,炎症の再燃や遷延が起こったと考えられる.今回,筆者らは,G.haemolysansによる白内障術後遅発性眼内炎の症例を経験した.筆者らの知る限り,G.haemolysansによる白内障術後遅発性眼内炎に関する報告は筆者らが初めてであるが,実際には菌が同定できなかった症例のなかに,G.haemolysansによる遅発性眼内炎が含まれている可能性がある.G.haemolysansは一般的に薬剤耐性に乏しいため,経験的な初期治療により寛解が得られる症例が多いと考えられ,検体採取に至らなかった症例や,菌が同定できなかった症例が存在すると予想される.一方で,外来手術終了後の回復室など術後早期において,医師,医療スタッフがG.haemolysansの感染源となりうるため,白内障手術を扱う医療機関にとって,認知すべき菌種であると考えられる.文献1)DeJongMH,VanderHoevenJS:Thegrowthoforalbacteriaonsaliva.JDentRes66:498-505,19872)ColomboAP,HaffajeeAD,DewhirstFEetal:Clinicalandmicrobiologicalfeaturesofrefractoryperiodontitissubjects.JClinPeriodontol25:169-180,19983)LaScolaB,RaoultD:MolecularidentificationofGemellaspeciesfromthreepatientswithendocarditis.JClinMicrobiol36:886-871,19984)青木良雄,田沢節子,中村良子ほか:心弁膜症に合併した敗血症患者からのGemellahaemolysansの分離と同定.感染症学雑誌56:715-723,19825)MithcellRG,TeddyPJ:MeningitisduetoGemellahaemolysansafterradiofrequencytrigeminalrhizotomy.JClinPathol38:558-560,19856)AnilM,OzkalayN,HelvaciMetal:MeningitisduetoGemellahaemolysansinapediatriccase.JClinMicrobiol45:2337-2339,20077)ElMallahMK,MunirWM,JndaWMetal:Gemellahaemolysansinfectiouscrystallinekeratopathy.Cornea25:1245-1247,20068)KailasanathanAAndersonDF:InfectiouscrystallinekeratopathycausedbyGemellahaemolysans.Cornea26:643-644,20079)NalamadaS,JalaliS,ReddyAK:AcutepostoperativeendophthalmitisbyGemellahaemolysans.IndianJOphthalmol58:252-253,201010)RamanSV,EvansN,FreegardTJetal:Gemellahaemolysansacutepostoperativeendophthalmitis.BrJOphthalmol87:1192-1193,200311)RitterbandD,ShahM,KresloffMetal:Gemellahaemolysanskeratitisandconsecutiveendophthalmitis.AmJOphthlamol133:268-269,200212)SawadaA,MochizukiK,KatadaTetal:Gemellaspecies-associatedlate-onsetendophthalmitisaftertrabeculectomywithadjunctivemitomycinC.JGlaucoma18:496-497,200913)McCannelCA:Meta-analysisofendophthalmitisafterintravitrealinjectionofanti-vascularendothelialgrowthfactoragents:causativeorganismsandpossiblepreventionstrategies.Retina31:654-661,201114)WenJC,McCannelCA,MochonABetal:Bacterialdispersalassociatedwithspeechinthesettingofintravitreousinjections.ArchOphthalmol129:1551-1554,2011***284あたらしい眼科Vol.31,No.2,2014(124)