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眼感染症由来Staphylococcus epidermidis が形成したIn Vitro バイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の殺菌効果

2012年12月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(12):1681.1688,2012c眼感染症由来Staphylococcusepidermidisが形成したInVitroバイオフィルムに対するトスフロキサシン点眼液の殺菌効果井上幸次*1池田欣史*1藤原弘光*2高畑正裕*3高倉真理子*3*1鳥取大学医学部視覚病態学*2鳥取大学医学部附属病院検査部*3富山化学工業株式会社綜合研究所BactericidalActivityofTosufloxacinOphthalmicSolutionagainstInVitroBiofilmFormedbyStaphylococcusepidermidisIsolatedfromOcularInfectionYoshitsuguInoue1),YoshifumiIkeda1),HiromitsuFujiwara2),MasahiroTakahata3)andMarikoTakakura3)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DivisionofClinicalLaboratory,ClinicalFacilities,TottoriUniversityHospital,3)ResearchLaboratories,ToyamaChemicalCo.,Ltd.目的:Staphylococcusepidermidisが形成したinvitroバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の殺菌効果を検討する.対象および方法:鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたS.epidermidisを用い,invitroバイオフィルムを作製し,市販点眼液の殺菌効果を検討した.トスフロキサシン,レボフロキサシン,セフメノキシムの各点眼液を最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)の10倍および30倍濃度(10MIC,30MIC)で24時間作用後の殺菌効果を,生菌数の変化,ならびに走査型電子顕微鏡(scanningelectronmicroscope:SEM)による観察で評価した.結果:バイオフィルムを形成したメチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidis3株に対するキノロン系薬のトスフロキサシン点眼液10MICおよび30MIC作用時の殺菌効果はb-ラクタム系のセフメノキシム点眼液より有意に強かった.試験3株中2株におけるトスフロキサシン点眼液10MIC作用時の殺菌効果は同濃度のレボフロキサシン点眼液より有意に強かった.SEMによる形態観察においてもトスフロキサシン点眼液のバイオフィルム形成菌に対する強い殺菌効果が観察された.結論:トスフロキサシン点眼液はバイオフィルムを形成したメチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidisによる眼感染症に対し,有用と考えられた.Purpose:TostudythebactericidaleffectofantibacterialophthalmicsolutiononinvitrobiofilmformedbyStaphylococcusepidermidis.MaterialsandMethods:Invitrobiofilmwasformedby3strainsofmethicillin-andquinolone-susceptibleS.epidermidis(quinolone-susceptibleMSSE)isolatedfrompatientswithocularinfectionatTottoriUniversityHospital.Bactericidalactivitiesoftosufloxacin(TFLX),levofloxacin(LVFX)andcefmenoxime(CMX)ophthalmicsolutionswereexaminedbycountingviablecellsafterexposureofS.epidermidisbiofilmtothoseagentsat10-and30-foldtherespectiveminimuminhibitoryconcentrations(MIC),andbyobservationunderascanningelectronmicroscope(SEM).Results:Afterexposureofthe3biofilm-formingstrainstotheophthalmicsolutionsat10-foldand30-foldMIC,thebactericidaleffectsoftheTFLXophthalmicsolutionsweresignificantlymorepotentthanthoseofCMXophthalmicsolution.In2ofthe3testedstrains,thebactericidaleffectoftheTFLXophthalmicsolutionat10-foldMICwasalsosignificantlystrongerthanthatofLVFXophthalmicsolution.ThepotentbactericidaleffectofTFLXophthalmicsolutionwasalsoobservedviaSEM.Conclusion:TFLXophthalmicsolutionisconsideredavaluabletherapeuticagentinthetreatmentofophthalmicinfectioncausedbybiofilm-formingquinolone-susceptibleMSSE.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(12):1681.1688,2012〕Keywords:トスフロキサシン,点眼液,表皮ブドウ球菌,バイオフィルム,殺菌効果.tosufloxacin,ophthalmicsolution,Staphylococcusepidermidis,biofilm,bactericidaleffect.〔別刷請求先〕井上幸次:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:YoshitsuguInoue,M.D.,Ph.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(91)1681 はじめに結膜炎や角膜炎は眼感染症の代表的な疾患であり,その検出菌はグラム陽性菌のStaphylococcusepidermidis,Staphylococcusaureusが高い比率を占めている1).また,発症頻度は低いものの,重篤な感染症である急性術後眼内炎の起因菌はグラム陽性菌の占める割合が90%と高く,なかでもS.epidermidisをはじめとするコアグラーゼ陰性ブドウ球菌の分離率が高い2,3).眼感染症では,各種コンタクトレンズ,治療に用いられる眼内レンズなどのバイオマテリアルに形成されたバイオフィルム形成菌がその発症に関与している場合があり,治療の遷延化を招いているとの報告がある4.6).また,眼科周術期における創部からの常在菌の侵入,その後の縫合糸への菌の定着や,結膜瘻孔におけるバイオフィルム形成などが知られている4).バイオフィルム形成菌は生育がnon-あるいはslowgrowing状態にあると同時に,菌体を覆うexopolysaccharidematrixの薬剤低透過性,さらにmultidrug-resistancepumpsの存在などにより,抗菌薬の殺菌作用を回避していると考えられている7,8).眼感染症の原因菌として高い比率を占めるS.epidermidisやS.aureusでは菌により産生された粘液性物質(slime)がバイオフィルム形成に関与するとされ,その産生はicaA,D,Cなどの遺伝子に関連していて,ソフトコンタクトレンズ装用者における急性結膜炎患者ではslime産生株の分離頻度が高い(74.1%)との報告がある9,10).また,術後眼内炎の主要な起因菌,S.epidermidis,S.aureus,Enterococcusfaecalis,Propionibacteriumacnesのうち,バイオフィルム形成が特に問題となるのはStaphylococcus属の2菌種であり,S.epidermidisについては1980.1990年代にinvitroの試験で眼内レンズに菌を定着させ眼内炎との関連を報告したものがある4,11).当時の論文にはバイオフィルムとの記述はないが,定着菌は抗菌薬に対する感受性が低下していることもすでに明らかにされており,眼内炎とバイオフィルム形成との関連はこの頃より明らかにされてきたものと考えられる.以上のように眼感染症とバイオフィルム形成菌との関わりは深いが,抗菌点眼薬のこれに対する殺菌効果についての報告はほとんど見当たらない.今回,2010.2011年に鳥取大学医学部附属病院の眼感染症患者から分離されたS.epidermidisのうち,icaA,D,C遺伝子,薬剤感受性などを検討した3株を用いてinvitroバイオフィルムを作製し,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.I実験材料および方法1.使用菌株鳥取大学医学部附属病院において眼感染症患者から20101682あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012.2011年に分離されたS.epidermidis28株を用いた.さらに,これらの株からキノロン薬耐性決定領域(quinoloneresistantdeterminingregion:QRDR)遺伝子およびica遺伝子の解析,また,各種薬剤に対する感受性を調べ,planktonic菌およびバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討に用いる菌株を選定した.今回,icaA,D遺伝子保有株,非保有株について,検討薬剤に対して感性を示す株での殺菌効果を調べるため,メチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidis(methicillin-andquinolone-susceptibleS.epidermidis:quinolone-susceptibleMSSE)F-5519(icaA,D非保有株),F-5522およびF-5545(ともにicaA,D保有株)の3株を選択した.2.QRDR遺伝子およびicaA,icaD,icaC遺伝子の解析DNAジャイレース遺伝子gyrA,gyrBおよびトポイソメラーゼIV遺伝子parC,parEのQRDR部位における遺伝子変異の解析はYamadaら12),Haasら13)の報告に基づいたpolymerasechainreaction(PCR)法で行った.また,icaA,icaD遺伝子の有無,slime産生を抑制することが報告されているicaC遺伝子へのsequenceelementIS256挿入の有無をArciolaら14),Ziebuhrら15)の方法に基づき検討した.3.使用薬剤薬剤感受性の測定にはトスフロキサシン(富山化学工業株式会社),レボフロキサシン(LKTLaboratories,Inc),セフメノキシム(ベストコールR静注用,武田薬品工業株式会社)を用いた.また,S.epidermidisのメチシリン耐性の判別のため,オキサシリン(シグマアルドリッチジャパン株式会社)を使用した.Planktonic菌およびinvitroバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討には市販のトスフロキサシン点眼液(オゼックスR点眼液0.3%,大塚製薬株式会社),レボフロキサシン点眼液(クラビットR点眼液0.5%,参天製薬株式会社),セフメノキシム点眼液(ベストロンR点眼用0.5%,千寿製薬株式会社)を目的の作用濃度になるよう25%cation-adjustedMueller-Hintonbroth(CAMHB;日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)で適宜希釈し用いた.いずれの薬剤も純度あるいは含量が明らかなものを使用し,濃度は活性本体の値として示した.4.薬剤感受性の測定抗菌薬に対する感受性の測定にはCAMHBを用い,ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute(CLSI)の微量液体希釈法に基づき行った16).メチシリンに対する感受性/耐性はCLSIの判定基準に基づき,オキサシリンに対する最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)(≦0.25μg/ml:感受性,≧0.5μg/ml:耐性)によって分類した17).また,キノロン薬に対する感受性/耐性は同判定基準に基づき,レボフロキサシンに対するMIC(≦1μg/ml:感(92) 受性,≧4μg/ml:耐性)によって分類した17).5.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果CAMHBを用いて,37℃で一夜振盪培養した菌を用いた.これを25%CAMHBで80倍希釈した菌液4mlに25%CAMHBでMICの50および150倍濃度に調製した各薬液1mlを加え(終濃度,10および30MIC),37℃で振盪培養した.培養開始24時間後に生菌数測定を行った(n=1).対照として薬剤不含CAMHB5mlを用い,同様の操作にて薬剤非添加時の生菌数を測定した.6.Invitroバイオフィルムの作製とバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果Websterら18)の方法に基づき,CAMHBで一夜培養したS.epidermidisの菌液を通常の10%培地成分濃度のMueller-Hintonagar(MHA,日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)平板上に置いたmembranefilter(MF,DURAPORERMEMBRANEFILTER0.45μmHV;MILLIPORE)上に25μl滴下した(n=3).37℃,48時間培養後,各薬剤10および30MICを含む25%濃度のCAMHB1ml中に浸漬し,さらに37℃,24時間後,MF上とCAMHB1ml中の生菌数の総計を計測した.なお,作用濃度(10および30MIC)はトスフロキサシン頻回反復点眼時の結膜.内濃度などを参考にした19).また,生菌数の測定にあたっては上述のMFと浸漬液〔薬剤含有あるいは不含(対照)CAMHB〕をMulti-BeadsShockerR(安井器械株式会社,大阪)で破砕,ホモジナイズした試料を適宜希釈し,MHA平板に塗布し,II結果1.使用菌株の各種抗菌薬に対する感受性,gyrA,gyrBおよびparC,parE遺伝子におけるQRDR部位およびicaA,icaD,icaC遺伝子の解析S.epidermidis28株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図を図1に示す.いずれの薬剤にも感受性を示した株は7株であり,28株中,メチシリン耐性S.epidermidis(methicillin-resistantS.epidermidis:MRSE)は19株(67.9%),キノロン耐性S.epidermidisは21株(75.0%)であった.Planktonic菌およびバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果の検討に使用した菌株の各遺伝子の解析および薬剤感受性の結果を表1に示す.QRDR部位解析の結果,F-5545株のParEにIle575Thrの変異が認められたが,他の株ではいずれの部位にも変異は認められなかった(表1).icaA,icaD遺伝子については,F-5522,F-5545株は両遺伝子を保有していたが,F-5519株ではいずれも認められなかった.さらにicaA,icaD遺伝子を保有していたF-5522,F-5545にicaC遺伝子におけるsequenceelementIS256の挿入は認められなかった(表1).なお,今回の眼感染症由来のS.epidermidis28株中icaA,icaD遺伝子をともに保有していた株は8株(28.6%)であった.3336655110.25110.125113111トスフロキサシンMIC(μg/ml)≧16生育コロニー数を計測した.7.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の作用像薬剤作用後1.5%glutaraldehyde(和光純薬工業株式会社)にて1時間固定した後,さらに1%osmiumtetroxide(TAABLaboratories)に18時間浸漬し固定した.さらにアルコール814210.55230.0611≦0.03≦0.030.1250.528≦0.030.1250.528脱水-酢酸イソアミル(和光純薬工業株式会社)置換を経た後,臨界点乾燥を行った試料を白金-パナジウム蒸着した.0.060.2514≧160.060.2514≧16レボフロキサシンMICセフメノキシムMIC(μg/ml)(μg/ml)本試料を走査型電子顕微鏡(SEM:HITACHIS-4500)で形態観察した.図1Staphylococcusepidermidis28株に対するトスフロキサシンとレボフロキサシン,またはセフメノキシムとのMIC相関図相関図中の数値は株数.表1使用菌株のDNAジャイレース,トポイソメラーゼIV遺伝子のQRDR変異,ica遺伝子の解析,および各種抗菌薬に対する感受性QRDRにおける変異IntercellularadhesiongeneMIC(μg/ml)菌株トスフロレボフロセフメノオキサGyrAGyrBParCParEicaAicaDicaCキサシンキサシンキシムシリンF-5519──────NT0.06250.250.50.125F-5522────++Normal0.06250.250.50.125F-5545───Ile575Thr++Normal0.06250.250.50.125─/+:非検出/検出,NT:試験せず,Normal:IS256挿入なし.(93)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121683 109A887766510NSNS******薬剤10MIC30MIC10MIC30MIC10MIC30MIC**********NS******ABC5Viablecellscount(LogofCFU/MF)Viablecellscount(LogofCFU/ml)410B98765410987654薬剤C無添加トスフロキサシンレボフロキサシンセフメノキシム点眼液点眼液点眼液図2Staphylococcusepidermidisのplanktonic菌に対する各種点眼薬の殺菌効果A:F-5519株,B:F-5522株,C:F-5545株.MIC(μg/ml)は3株とも同じ.トスフロキサシン0.0625,レボフロキサシン0.25,セフメノキシム0.5,薬剤作用時間:24時間,n=1.F-5545株がparEに変異を保有していたものの,使用菌株はキノロン薬に感受性であり,MICはいずれもトスフロキサシンが0.0625μg/ml,レボフロキサシンは0.25μg/mlであった.また,オキサシリンに対するMICは,いずれの株も0.25μg/ml以下で,すべての株がMSSEであり,セフメノキシムのMICはいずれも0.5μg/mlであった(表1)17).2.Planktonic菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果Planktonic菌に対する薬剤10および30MIC,24時間作用後の生菌数を図2に示す.いずれの薬剤も10および30MIC作用後の生菌数は薬剤無添加の場合に比べ,約10.3から10.5に減少し,強い殺菌効果が認められた.セフメノキシム点眼液作用時では生菌数減少と用量との相関性が認められなかった(図2).3.Invitroバイオフィルム形成菌に対する抗菌点眼薬の殺菌効果バイオフィルムを形成した各株に対する薬剤10および30MIC,24時間作用後の生菌数を図3に示す.S.epidermidisF-5519株におけるトスフロキサシン点眼液10MICの241684あたらしい眼科Vol.29,No.12,201210MIC30MIC10MIC30MIC10MIC30MIC987654無添加トスフロキサシンレボフロキサシンセフメノキシム点眼液点眼液点眼液図3Staphylococcusepidermidisのinvitroバイオフィルム形成菌に対する各種点眼薬の殺菌効果A:F-5519株,B:F-5522株,C:F-5545株.薬剤作用時間:24時間,n=3,同じ作用濃度間の有意差:***:p<0.001,**:p<0.01,*p<0.05vs.トスフロキサシン(Dunnetttest).NS:notsignificant,MF:membranefilter.時間作用時の殺菌効果は,10MIC濃度のレボフロキサシン(p<0.05)およびセフメノキシム点眼液(p<0.001)より有意に強かった.トスフロキサシン点眼液30MICの24時間作用時の殺菌効果は,30MIC濃度のセフメノキシム点眼液(p<0.001)より有意に強く,レボフロキサシン点眼液と同程度であった(図3A).F-5522株におけるトスフロキサシン点眼液10および30MICの殺菌効果は,同濃度のレボフロキサシン(p<0.01,図4StaphylococcusepidermidisF.5522株が形成したinvitroバイオフィルムに対する各点眼薬作用時の走査型電子顕微鏡像A:薬剤無添加,B:トスフロキサシン点眼液10MIC,C:レボフロキサシン点眼液10MIC,D:セフメノキシム点眼液10MIC,E:トスフロキサシン点眼液10MIC,F:トスフロキサシン点眼液30MIC,G:レボフロキサシン点眼液30MIC,H:セフメノキシム点眼液30MIC.矢印:破砕した菌体.MF:membranefilter.倍率=A.D,F.H:3,000倍,E:10,000倍.(94) ABCDEMFMFMFMFMFMFMFMFFABCDEMFMFMFMFMFMFMFMFFGH〔図4〕図説明は前頁参照(95)あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121685 p<0.05)およびセフメノキシム点眼液(p<0.001,p<0.001)より有意に強かった(図3B).F-5545株におけるトスフロキサシン点眼液10および30MICの殺菌効果は,それぞれ同じ濃度のセフメノキシム点眼液(p<0.001,p<0.001)より有意に強く,レボフロキサシン点眼液と同程度であった(図3C).4.F.5522株が形成したinvitroバイオフィルムに対する抗菌点眼薬の作用像F-5522株が形成したinvitroバイオフィルムに対する各点眼液10および30MIC作用時のSEM像を図4に示す.セフメノキシム点眼液24時間作用後のバイオフィルム像は10MICおよび30MIC作用時ともに薬剤無処理群(図4A)とほぼ同様であった(図4D,H).トスフロキサシン点眼液およびレボフロキサシン点眼液作用時では10MIC(図4B,C)および30MIC作用時(図4F,G)ともに,バイオフィルム構造が消失し,破砕した菌体(各矢印)が観察されたが,その程度はトスフロキサシン点眼液のほうがレボフロキサシン点眼液より強かった.トスフロキサシン点眼液10MIC作用時の形態を高倍率で観察すると,球菌の形状を留めない,多くの破砕した菌体が見られた(図4E矢印).なお,今回の試験ではicaA,D遺伝子の有無にかかわらず,他の2株でもF-5522株と同様なバイオフィルム形成像がSEMで観察された(データ示さず).また,SEM試料作製時の操作がバイオフィルム像へ影響するとの報告もあるが,今回,薬剤無処理群の形態はPalmerらの報告に示されたものに近似していた20,21).III考按臨床の多くの領域で,さまざまな感染症起因菌がバイオフィルムを形成し,病態の慢性化,治療の遷延化を招いている.バイオフィルムは細菌が付着材料とともに形成したマトリックスであり,付着材料には心臓弁,中耳や副鼻腔といった生体由来の組織,器官の場合と,生体内に留置された医療的なもの,カテーテル,ペースメーカー,人工関節などの場合がある22).眼科領域では後者に相当するものとして,コンタクトレンズ,眼内レンズ,手術時縫合糸,涙点プラグ,涙道形成用チューブなど,多くの医療材料が付着材料として存在する.眼感染症起因菌では近年,Staphylococcus属やPseudomonasaeruginosaなどによるバイオフィルム形成が臨床的に問題となっており,このうち,Staphylococcus属では涙点プラグが関連した急性結膜炎や眼内レンズに付着した菌による術後眼内炎での報告が多い4,23,24).S.epidermidisを含む眼由来分離菌における薬剤感受性を検討した報告ではレボフロキサシン,セフメノキシムに対する感受性が高いとの結果が示されている1).しかし,これらの結果はplanktonic菌に対するものであり,バイオフィル1686あたらしい眼科Vol.29,No.12,2012ム形成菌に対して同じような抗菌作用が認められるかどうかは明らかでない.そこで今回,S.epidermidisのinvitroバイオフィルムを作製し,汎用されている市販抗菌点眼薬,トスフロキサシン,レボフロキサシンおよびセフメノキシム各点眼液の殺菌効果を検討した.検討にあたっては,用いたいずれの薬剤にも感受性の株を使用した.また,S.epidermidisのslime産生に関連9,10)があるとされるicaA,icaD遺伝子の有無をPCR法で確認し,非保有株1株,保有株2株で検討した.なお,icaA,icaD遺伝子を保有していた2株では,slime産生を抑制することが報告15)されているicaC遺伝子へのsequenceelementIS256の挿入は認められなかった.Staphylococciのpolysaccharideintercellularadhesin(PIA)はバイオフィルム形成との関連が報告されているslimeの主要構成成分と考えられており,その生合成にはica遺伝子locusが関連し,icaA,DはN-acetylgulcosaminetransferase,icaBはPIAdeacetylase,icaCはPIAのexporter遺伝子とされている25).しかし近年,icaA,Dを保有していなくてもバイオフィルム形成が認められるS.epidermidisの存在が報告されており,今回用いたF-5519株もバイオフィルムを形成したことなどから,今後その詳細な解明が待たれる26).使用菌株に対する抗菌活性はトスフロキサシンがレボフロキサシン,セフメノキシムに比べ4.8倍強く,2009年分離の外眼部感染症由来coagulase-negativeStaphylococcusの成績とほぼ同様であった27).Invitroバイオフィルム形成菌に対する作用濃度は,作用が薬剤間で同等になるよう,それぞれの10および30MICとし,24時間作用させた.抗菌点眼薬のヒト眼内動態についての報告はきわめて少ないが,トスフロキサシンについては,健康成人男子を対象に1回1滴,1日8回14日間点眼し,結膜.内濃度を測定した成績がある19).点眼1日目の初回点眼15分後の濃度は40.4±37.5μg/mlであり,点眼14日目の初回点眼24時間後の濃度は2.0±2.69μg/mlであった.涙液が絶え間なく流れる,限られた容量の結膜.内に局所投与された点眼液は,経口投与や,静脈内投与された抗菌薬の場合より,その眼内動態や薬効の推測はきわめて困難と考えられる.バイオフィルム形成による眼感染症であった場合,さらに薬効の推測はむずかしく,実験動物を用いたバイオフィルム感染モデルがその検討に適しているのかもしれない.しかし,現在その報告はなく,今回,invitroでバイオフィルムを作製し検討した.上述のトスフロキサシン点眼液の24時間値(約2.0μg/ml)はS.epidermidisMIC値(0.0625μg/mlとしたとき)の約32倍に相当することから,各点眼液についても,30MICおよびその1/3濃度の10MIC,24時間作用時のinvitroバイオフィルムに対する殺菌作用を検討した.(96) バイオフィルムを形成したS.epidermidisに対し,F5519,F-5522株では10MIC作用時,トスフロキサシン点眼液は同濃度で比較したレボフロキサシンおよびセフメノキシム点眼液より有意に強い殺菌効果を示した.また,F-5522株でのSEMによる形態観察ではトスフロキサシン点眼液ではバイオフィルム形成菌に対する強い殺菌像が観察された.バイオフィルムを形成した細菌がplanktonic菌に比べ抗菌薬抵抗性を示すこと,また,その抵抗性には薬剤系統差があることが知られている7).S.epidermidisにおいてキノロン系抗菌薬シプロフロキサシンはplanktonic菌よりバイオフィルム形成菌に対する殺菌効果が弱いとの報告がある28).今回の試験でもplanktonic菌に比べ,バイオフィルムを形成した菌に対する殺菌作用はいずれの薬剤も弱かった(図2,3).薬剤系統差についてはP.aeruginosaバイオフィルムに対する殺菌作用が,キノロン系抗菌薬,アミノ配糖体系抗菌薬,b-ラクタム系抗菌薬の順に強いことが報告されている7).これらのことから,バイオフィルム形成菌に対しては,b-ラクタム系抗菌薬よりもキノロン系抗菌薬を,また,キノロン系抗菌薬のなかでも目標とする菌に対して,より強い抗菌活性を示す薬剤を選択すべきと考えられた.術後感染症としての眼内炎は発症すれば失明や視力低下につながる重篤な感染症であり,これらの事態をひき起こさないために手術前後に眼瞼および結膜.内を十分殺菌しておくことは重要である.キノロン系点眼薬の眼科周術期における無菌化率は高く,トスフロキサシン点眼液の場合も手術14日後に判定した術後感染症の発症は全例(108例)において認めず,また,術後無菌化率は95.1%で,類薬と同程度であった29,30).これらの成績におけるバイオフィルム形成菌関与の程度は不明であるが,感染時に菌がバイオフィルムを形成している場合の懸念を少しでも払拭する薬剤を使用することが望ましいことから,その薬剤選択には十分な配慮が必要と思われる.以上,キノロン系のトスフロキサシン点眼液はb-ラクタム系のセフメノキシム点眼液より,バイオフィルムを形成したS.epidermidisに強い殺菌効果を示した.また,試験3株中2株ではトスフロキサシン点眼液10MIC作用時の殺菌効果はレボフロキサシン点眼液の場合より強かった.トスフロキサシン点眼液はバイオフィルムを形成したメチシリンおよびキノロン感受性S.epidermidisによる眼感染症の治療,予防において有用と考えられた.文献1)小早川信一郎,井上幸次,大橋裕一ほか:細菌性結膜炎における検出菌・薬剤感受性に関する5年間の動向調査(多施設共同研究).あたらしい眼科28:679-687,20112)EndophthalmitisVitrectomyStudyGroup:Resultsofthe(97)EndophthalmitisVitrectomyStudy:Arandomizedtrialofimmediatevitrectomyandofintravenousantibioticsforthetreatmentofpostoperativebacterialendophthalmitis.ArchOphthalmol113:1479-1496,19953)薄井紀夫,宇野敏彦,大木孝太郎ほか:白内障に関連する術後眼内炎全国症例調査.眼科手術19:73-79,20064)亀井裕子:眼感染症とバイオフィルム.臨床と微生物36:439-444,20095)BehlauI,GilmoreMS:Microbialbiofilmsinophthalmologyandinfectiousdisease.ArchOphthalmol126:15721581,20086)KodjikianL,BurillonC,LinaGetal:Biofilmformationonintraocularlensesbyaclinicalstrainencodingtheicalocus:ascanningelectronmicroscopystudy.InvestOphthalmolVisSci44:4382-4387,20037)SpoeringAL,LewisK:BiofilmsandplanktoniccellsofPseudomonasaeruginosahavesimilarresistancetokillingbyantimicrobials.JBacteriol183:6746-6751,20018)MayT,ItoA,OkabeS:InductionofmultidrugresistancemechanisminEscherichiacolibiofilmsbyinterplaybetweentetracyclineandampicillinresistancegenes.AntimicrobAgentsChemother53:4628-4639,20099)ChristensenGD,BaldassarriL,SimpsonWA:Colonizationofmedicaldevicesbycoagulase-negativestaphylococci.InBisnoALandWaldvogelFA(ed.),InfectionsAssociatedwithIndwellingMedicalDevices,2nded.p45-78,AmericanSocietyforMicrobiology,Washington,D.C.,199410)CatalanottiP,LanzaM,DelPreteAetal:Slime-producingStaphylococcusepidermidisandS.aureusinacutebacterialconjunctivitisinsoftcontactlenswearers.NewMicrobiol28:345-354,200511)GriffithsPG,ElliotTS,McTaggartL:AdherenceofStaphylococcusepidermidistointraocularlenses.BrJOphthalmol73:402-406,198912)YamadaM,YoshidaJ,HatouSetal:MutationsinthequinoloneresistancedeterminingregioninStaphylococcusepidermidisrecoveredfromconjunctivaandtheirassociationwithsusceptibilitytovariousfluoroquinolones.BrJOphthalmol92:848-851,200813)HaasW,PillarCM,HesjeCKetal:Bactericidalactivityofbesifloxacinagainststaphylococci,StreptococcuspneumoniaeandHaemophilusinfluenzae.JAntimicrobChemother65:1441-1447,201014)ArciolaCR,BaldassarriL,MontanaroL:PresenceoficaAandicaDgenesandslimeproductioninacollectionofstaphylococcalstrainsfromcatheter-associatedinfections.JClinMicrobiol39:2151-2156,200115)ZiebuhrW,KrimmerV,RachidSetal:AnovelmechanismofphasevariationofvirulenceinStaphylococcusepidermidis:evidenceforcontrolofthepolysaccharideintercellularadhesinsynthesisbyalternatinginsertionandexcisionoftheinsertionsequenceelementIS256.MolecularMicrobiology32:345-356,199916)ClinicalandLaboratoryStandardsInstitute:MethodsforDilutionAntimicrobialSusceptibilityTestsforBacteriaThatGrowAerobically;ApprovedStandard-EighthEditionM07-A8,2009あたらしい眼科Vol.29,No.12,20121687 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