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卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与による角膜上皮傷害治癒速度の遅延

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1623.1627,2013c卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与による角膜上皮傷害治癒速度の遅延長井紀章緒方文彦船上仁範伊藤吉將川﨑直人近畿大学薬学部CornealWoundHealingRateDelayinOvariectomizedRatsReceivingLow-calciumDietNoriakiNagai,FumihikoOgata,YoshinoriFunakami,YoshimasaItoandNaohitoKawasakiFacultyofPharmacy,KinkiUniversity加齢に伴う全身性機能の変化が視覚(眼領域)へ及ぼす影響を明確にすることは,超高齢化社会を迎えるわが国において非常に重要である.本研究では,閉経後のカルシウム不足と角膜上皮傷害の自己修復機能の関係を明らかとすべく,卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与時における角膜上皮傷害治癒速度について検討を行った.1カ月間の低カルシウム食(低カルシウム飼料および精製水)投与は体重,飼料摂取量および飲水量に影響を与えなかったが,血中および骨中カルシウム量の低下がみられた.また,これらカルシウム欠乏ラットの角膜上皮を.離し,一次速度式にて角膜傷害治癒速度定数を算出したところ,正常ラットと比較し,角膜傷害治癒速度定数が有意に低値を示した.以上,本研究では卵巣摘出モデルを用いたinvivo実験において,低カルシウム食摂取時には角膜傷害治癒速度が低下することを明らかとした.InJapan,anagingsociety,itisimportanttoclarifyage-relatedfunctionaldisordersorchangesinophthalmology.Inthisstudy,weinvestigatedtherelationshipbetweencalciumdeficiencyandcornealwoundhealing,usingovariectomizedratsthatreceivedalow-calciumdiet.Thelow-calciumdietdidnotaffecttherats’bodyweight,butthecalciumcontentoftheirserumandboneclearlydecreasedafter1monthofthelow-calciumdiet.Inaddition,thecornealwoundhealingratewassignificantlylowerintheovariectomizedratonthelow-calciumdietthaninnormalrat.Inadditiontosuggestingthatcalciumdeficiencyinmenopausecancausedelayincornealwoundhealing,thesefindingprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedatremainingthequalityofvision.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1623.1627,2013〕Keywords:低カルシウム食,角膜傷害治癒,卵巣摘出ラット,カルシウム量,コントレックス.low-calciumdiet,cornealwoundhealing,ovariectomizedrat,calciumcontent,contrex.はじめに眼はヒトが外界の情報を得るうえで最も活躍する器官であり(その割合は80%以上),qualityofvision(QOV)の保証はqualityoflife(QOL)の向上・維持において不可欠である.角膜はこの眼組織の中で最も外側に位置し,涙液を介して外界と直接接する部位であることから,外傷や感染症をはじめとする種々の外的要因により傷害を受けやすい部位でもある.正常な角膜上皮細胞は細胞伸展能や細胞増殖能を有しており,軽度な上皮傷害は速やかに自己修復される.しかし,重篤な上皮傷害で上皮細胞の機能が低下している場合や涙液に異常のある場合(ドライアイ)などでは,しばしば遷延化して点眼療法による回復が困難となる.また,長期点眼療法も,角膜の障害をひき起こす大きな要因(薬剤性角膜症)である.これら薬剤性角膜症は,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えで点眼薬の中止および変更を余儀なくされるとともに,重篤な角膜傷害による視力低下につながる.一方,角膜は外部の情報を取り込むという性質上透明であり,栄養を得るための血管を有しておらず,涙液および〔別刷請求先〕長井紀章:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:NoriakiNagai,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(131)1623 房水から栄養が供給される.このような背景から,加齢に伴う全身性の身体変化や機能変化は,角膜治癒能や傷害能にも影響を与えることが予想されるが,これらの検討については十分になされていないのが現状である.閉経は,40.50歳代以降に女性にみられる加齢に伴う代表的な身体変化であり,閉経後にはホルモンバランスの崩壊による基礎代謝機能の低下がみられる.また,エストロゲン欠乏により破骨細胞の骨吸収が亢進されるなど,閉経前とは体内のカルシウム制御が異なることが知られている.さらに,国民健康・栄養調査の結果では,閉経後女性の平均カルシウム摂取量は平均必要推奨量に達していない1,2).これらの背景から,超高齢化社会に突入しているわが国では,カルシウム不足と健康の関係について社会的関心が高まりつつある.本研究では,この加齢に伴う代表的身体および機能変化を伴う閉経後のカルシウム不足と角膜上皮傷害の自己修復機能の関係を明らかとすべく,卵巣摘出ラットへの低カルシウム食投与による角膜上皮傷害治癒速度の変化について検討を行った.I対象および方法1.実験動物卵巣を摘出した5週齢Wistar雌性ラット(清水実験材料,京都)を購入し,飼育繁殖固形飼料CE-2(日本クレア,大阪)および水道水により1週間順化させた後,6週齢(対象群,Control群)で実験に用いた.動物は,順化後無作為に2群に分け,低カルシウム飼料および精製水(PW群),または低カルシウム飼料および市販コントレックスR(Contrex群)を1カ月間給餌した.低カルシウム飼料はAUN-93G組成を基本として調製し,その組成は51.9%コーンスターチ,20%ミルクカゼイン,10%グラニュー糖,7%精製大豆油,5%結晶セルロース,3.5%ミネラルMix,1%aコーンスターチ,1%ビタミンMix(AIN-93VX),0.3%L-シスチン,0.25%重酒石酸コリンおよび0.0014%第3ブチルヒドロキノン(最終Ca含有濃度0.006%)であり,コントレックスRの組成はカルシウム0.0468%,ナトリウム0.00094%,マグネシウム0.00745%,サルフェート0.1121%,熱量0kcal,蛋白質・脂質・炭水化物0%のものを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,塩酸オキシブプロカイン(ベノキシールR)は参天製薬,フルオレセインは日本アルコンから購入したものを用いた.1624あたらしい眼科Vol.30,No.11,20133.血中および骨中カルシウム量の測定ペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,i.p.,東京化成株式会社,東京)投与にて全身麻酔後,ラット大静脈から採血し,その後,さらにペントバルビタールナトリウムを過剰投与することで安楽死させ,大腿骨の採取を行った.血清は,得られた血液をヘパリンとともに遠心分離(15,000rpm,4oC,15min)することで得た.血清中カルシウム濃度は,得られた血清を1%硝酸で適宜希釈し,誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-AES,株式会社島津製作所,京都)においてカルシウム濃度を測定した.ラット大腿骨は2時間煮沸後,自然乾燥した.その後,マッフル炉において2時間昇温,48時間保持(550oC),自然冷却することにより実験に供した.収率は,灰化前後における重量差から算出した(Control群59.6±0.3,PW群50.1±0.9,Contrex群55.4±0.6%,平均値±標準誤差,n=3).灰化後の大腿骨は,1%硝酸50mlに完全溶解し,適宜希釈し,ICP-AESにおいてカルシウム濃度を測定した.4.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析ラットをペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,i.p.)にて全身麻酔後,生検トレパンで直径2.5mmの円形に角膜をマーキングした.その後,ブレードで角膜上皮を円形に.離した.角膜上皮欠損部分は角膜.離後0,12,24,36時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行い,画像解析ソフトImageJにて角膜上皮欠損部分の面積の推移を数値化することで表した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(1)にて算出した3).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離0.36時間後)/面積.離直後×100(1)角膜傷害治癒速度は,角膜傷害治癒速度定数(kH,hr.1)として表した.角膜上皮.離0.36時間後のkHは,次式(2)および非線形最小二乗法プログラムMULTIにて計算した3).Ht=H∞・(1.e.kH・t)(2)tは角膜上皮.離後の時間(0.36時間),H∞およびHtは角膜上皮.離∞およびt時間後の角膜傷害治癒率を示す.これら式(2)は単位時間当たりの「角膜傷害治癒率」の改善率(=kH,kH>0)が一定であるという仮定の下に成立する式であり,本研究結果は式(2)に適応可能であった.5.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果表1には実験開始前(順化後)の卵巣摘出ラット(Control(132) 群)における体重,血中,骨中カルシウム量および角膜傷害群ではControl群およびContrex群と比較し,血中および骨治癒速度(kH)を,表2には低カルシウム食(低カルシウム中カルシウム量が有意に低値を示した.図1には低カルシウ飼料および精製水または市販コントレックスR)摂取時におム食摂取ラットにおける角膜上皮.離後の代表的写真(A)けるラット体重,飼料摂取量,飲水量,血中・骨中カルシウおよび角膜傷害治癒率(B)を示す.Control群の角膜傷害治ム量およびkHを示す.PWおよびContrex群いずれにおい癒率は,.離12時間後において52.1±3.6%であり,.離ても体重,飼料摂取量および飲水量に差はみられなく,対象36時間後ではほぼ完全に治癒した(平均値±標準誤差,n=としたControl群と比較しその値は高まっていた.また,3).またContrex群の角膜傷害治癒率は,Control群と類似Contrex群の血中および骨中カルシウム量もControl群と同しており,kHも同程度であった(表2).一方,PW群では程度であった.これらContrex群の結果とは異なり,PW角膜傷害治癒が有意に遅延し,.離12時間後における角膜表16週齢卵巣摘出ラット(Control群)における体重,血中・骨中カルシウム量および角膜傷害治癒速度BodyweightFoodintakeWaterconsumedSerumCaBoneCakH(g)(g/day/rat)(ml/day/rat)(mg/l)(g/g)(×10.2/hr)Control群253.3±3.320.4±0.623.3±1.7145.2±3.00.54±0.015.30±1.49平均値±標準誤差,n=3.表2低カルシウム食摂取が血中・骨中カルシウム量および角膜傷害治癒速度へ与える影響Bodyweight(g)Foodintake(g/day/rat)Waterconsumed(ml/day/rat)SerumCa(mg/l)BoneCa(g/g)kH(×10.2/hr)276.7±14.521.1±4.824.4±0.6131.6±6.70.46±0.010.91±1.13276.7±12.021.7±2.524.4±1.1165.8±6.4*0.53±0.01*5.26±1.41*PW:低Ca飼料およびPW摂取ラット,Contrex:低Ca飼料およびコントレックスR摂取ラット.平均値±標準誤差,n=3.*p<0.05,vs.PW.図1低カルシウム食投与が角膜上皮傷害治癒へ与える影響低カルシウム飼料およびPW(PW群)またはコントレックスR(Contrex群)は卵巣摘出後,1カ月間自由摂取により与えた.また,角膜傷害治癒率は式(1)を用いて算出した.A:代表的画像(点線内は傷害部をContrex群12h24h36h0h122436時間(h)020406080100:PW群:Contrex群***BPW群Contrex群APW群角膜傷害治癒率(%)示す),B:角膜上皮傷害治癒率.平均値±標準誤差.n=3,*p<0.05,vs.PW群.(133)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131625 傷害治癒率はContrex群の約63%であり,.離36時間後においても傷害が認められた.PW群およびContrex群のH∞は類似しており,それぞれ100.2±4.9%,101.4±6.7(平均値±標準誤差,n=3)であった.III考按角膜は視覚に関わる器官であり,この角膜の状態を維持することは,QOLの向上に必須である.一方,加齢に伴い多くの器官はその機能の低下がみられ,これら機能低下とその因子を明確とすることは,超高齢者社会を迎えるわが国において非常に重要である.加齢に伴う全身性機能の変化の一つとして,閉経およびそれに伴う骨量低下があげられる.この骨量低下は,男性と比較し,閉経後の高齢の女性で特に多くみられ,閉経後早期の骨減少は内分泌学的な宿主因子以外に危険因子が関係し骨減少を助長させる4).これら閉経に伴う骨量低下の危険因子の一つとしてカルシウム不足が知られている.Cummingsはカルシウム摂取と骨量との関連について,閉経後早期の骨量はカルシウム摂取量が大きいほど高いと報告している5).しかし,日常食品から十分なカルシウム量を摂取することはなかなかむずかしく,わが国において慢性的なカルシウム摂取不足が問題視されている.このように閉経後は,骨量低下を初めとした全身性の影響が現れることが知られている.本研究では,これら閉経後の骨量,カルシウム不足といった変化が角膜上皮の創傷治癒へ及ぼす影響について検討を行った.ラットのカルシウム欠乏による骨強度の低下実験では,卵巣摘出ラットへの低カルシウム飼料(0.01.0.3%の濃度6,7))摂取が行われ,開始週齢として3.16週齢8,9)と種々の病態が報告されている.一方,加齢ラットを用いカルシウムの欠乏状態を作製するためには長期間を要し,病態の程度も軽度である.そこで本研究では,短期間にカルシウム欠乏状態を作る目的で成長期の6週齢ラットへの低カルシウム飼料(0.006%)の摂取を行った.また,筆者らはこれまでの研究で,カルシウムの腸吸収にはイオン化したカルシウム(Ca2+)含有濃度が重要であり,飼料中のカルシウム量増減よりも,飲料水によるCa2+投与がカルシウム吸収において効果的であることを明らかとしている10).本結果を基に,飲料水として精製水および市販ContrexRを用い,カルシウム摂取が非常に低い状態(PW群)と卵巣摘出により閉経状態に近い状態であるが,十分なカルシウム摂取を行った群(Contrex群)の2群について比較検討した.PWおよびContrex群いずれにおいても体重,飼料摂取量,飲水量に差はみられず,対象としたControl群と比較しその値は高まっていた.この結果から,食事摂取に関しては同程度の状態で飼育できたことがわかる(表1).また,Contrex群の血中および骨中カルシウム量もControl群と同1626あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013程度であり,コントレックスR飲水により,閉経後においても十分なカルシウム摂取が可能であった.一方,PW群ではControlおよびContrex群と比較し,血中および骨中カルシウム量が有意に低値を示した(表2).したがってこの実験系を用いることにより,カルシウムの欠乏が十分にみられるPW群および一定のカルシウム供給が行われたContrex群間における,角膜上皮傷害治癒速度について比較検討が可能となった.角膜上皮は5.6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか一つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められる11).角膜上皮の創傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われており,Thoft&Friendはこの角膜上皮の修復機構をXYZ理論(X:細胞分裂,Y:細胞移動,Z:細胞脱落)として,健常な角膜上皮では上記の3つの間にX+Y=Zの公式が成立することを提唱した11).本研究で用いた角膜上皮.離モデルは,角膜上皮を.離することによって人工的にZを増大させた状態(X+Y<Z)である.筆者らを含むこれまでの研究で,角膜上皮傷害後の治癒過程として,.離18時間までは細胞接着を介した移動が優位に働き,傷害部を覆うことで,その傷害治癒が進み,.離18時間以降ではじめて細胞増殖が動くことが報告されている12.14).今回の結果ではPW群で.離12,24時間における角膜傷害治癒率が,いずれもContrex群と比較し低値であったため(図1および表2),これら角膜上皮治癒遅延の主因として細胞接着の低下が関与するものと考えられた.Nagafuchiら15)はカルシウム濃度が細胞接着に関わり,このカルシウム低下は細胞接着能を低下させることを報告している.したがって,PW群でみられた血中カルシウム量の低下が,角膜の細胞接着能低下をひき起こし,これにより角膜上皮治癒遅延が起こったものと示唆された.今後,カルシウム欠乏と角膜傷害治癒速度の関係を明らかとするためには,さらなる研究が必要であり,現在筆者らは骨中,血中カルシウム濃度と角膜傷害治癒速度の相関性について明確にすべく,卵巣摘出および角膜上皮.離モデルを組み合わせ相関性の評価および低カルシウム状態下における角膜細胞接着,増殖能の検討を行っているところである.以上,本研究では卵巣摘出モデルを用いたinvivo実験において,低カルシウム食摂取時には角膜傷害治癒速度が低下することを明らかとした.これら全身の状態と角膜傷害治癒率の関係を把握することは,QOVおよびQOL向上を有する医療提供へ繋がるものと考えられる.文献1)厚生労働省:日本人の食事摂取基準2010年版.第一出版,(134) 20102)健康・栄養情報研究会:平成22年国民健康・栄養調査報告.第一出版,20063)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20104)TakadaM,EngelkeK,HagiwaraSetal:Accuracyandprecisionstudyinvitroforperiopheralquantitativecomputedtomography.OsteoporosisInt6:207-212,19965)CummingsRG:Calciumintakeandbonemass:aquantitativereviewoftheevidence.CalcifTissueInt47:194201,19946)SternLS,MatkovicV,WeisbrodeSEetal:Theeffectsofgalliumnitrateonosteopeniainducedbyovariectomyandalow-calciumdietinrats.BoneMiner25:59-69,19947)HughesMR,BrumbaughPF,HausslerMRetal:Regulationofserum1a,25-dihydroxyvitaminD3bycalciumandphosphateintherat.Science190:578-580,19758)SvanbergM,KnuuttilaM:Theeffectofdietaryxylitolonrecalcifyingandnewlyformedcorticallongboneinrats.CalcifTissueInt53:135-138,19939)JiangY,ZhaoJ,GenantHKetal:Long-termchangesinbonemineralandbiochemicalpropertiesofvertebraeandfemurinaging,dietarycalciumrestricted,and/orestrogen-deprived/-replacedrats.JBoneMinerRes12:820831,199710)NagaiN,ItoY:DelayofcataractdevelopmentintheShumiyacataractratbywatercontainingenhancedconcentrationsofmagnesiumandcalcium.CurrEyeRes32:439-445,200711)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,198312)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:KineticanalysisoftherateofcornealwoundhealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFattyrats,amodeloftype2diabetesmellitus.JOleoSci59:441-449,201013)ZagonIS,SassaniJW,RuthTBetal:Cellulardynamicsofcornealwoundre-epithelializationintherat.III.Mitoticactivity.BrainRes882:169-179,200014)ZieskeJD,GipsonIK:“Agentsthataffectcornealwoundhealing:modulationofstructureandfunction.”edsbyAlbertDM,JakobiecFA,PrinciplesandPracticeofOphthalomology,p1093-1109,SaundersPress,Philadelphia,199415)NagafuchiA,ShirayoshiY,OkazakiKetal:TransformationofcelladhesionpropertiesbyexogenouslyintroducedE-cadherincDNA.Nature329:341-343,1987***(135)あたらしい眼科Vol.30,No.11,20131627

点眼薬含有添加剤ベンザルコニウム塩化物およびポリソルベート80 点眼時におけるOLETF ラット角膜傷害治癒の速度論的解析

2011年6月30日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(103)855《第30回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科28(6):855.859,2011c〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN点眼薬含有添加剤ベンザルコニウム塩化物およびポリソルベート80点眼時におけるOLETFラット角膜傷害治癒の速度論的解析長井紀章*1村尾卓俊*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3下村嘉一*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3近畿大学医学部眼科学教室KineticAnalysisofCornealWoundHealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFattyRatInstilledwithBenzalkoniumChlorideandPolysorbate80NoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshikazuShimomura3)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversityFacultyofMedicine本研究は2型糖尿病モデル動物OtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)ラットを用い,点眼薬中に含まれるベンザルコニウム塩化物(BAC)およびポリソルベート80が角膜傷害治癒速度へ与える影響を一次速度の2指数式を用いて速度論的解析を行った.角膜上皮傷害は麻酔下にて,ブレード(BDMicro-SharpTM)を用い角膜上皮を.離することで作製し,添加剤点眼は角膜.離後1日5回行った.生理食塩水点眼群においてOLETFラットでは正常ラットと比較し第一相目(a相:細胞移動)および第二相目(b相:細胞増殖)の両方で角膜傷害治癒遅延が認められた.BACおよびポリソルベート80点眼OLETFラットの角膜傷害治癒速度は,同添加剤点眼群の正常ラットよりもさらに低値を示し,BAC点眼群ではa相およびb相の治癒速度がともに低下し,ポリソルベート80点眼群ではb相の治癒速度の低下が認められた.本報告は,角膜上皮傷害を有する糖尿病患者への安全な点眼薬療法を行うための指針として有用であると考えられる.Inthisstudy,wekineticallyanalyzedcornealwoundhealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)rats,amodeloftype2diabetesmellitus,instilledwith0.02%benzalkoniumchloride(BAC)and1%polysorbate80usingfirst-orderrateformula.RatcornealepitheliumwasremovedwithaBDMicro-SharpTM,andtheeyedropswereinstilledintorateyes5timesperdayaftercornealepithelialabrasion.Theprocessofcornealwoundhealingwasobservedinthefirstandsecondphase(cellmovementandcellproliferation,respectively);thefirstandsecondphase(aandb)cornealwound-healingrateconstantsinOLETFratsinstilledwithsalinewerelowerthaninnormalrats.IntheOLETFratinstilledwithBACandpolysorbate80,thecornealwound-healingratewasslowerthaninthenormalratinstilledwithBACandpolysorbate80.Inaddition,bothaandbweresignificantlydecreasedinratsinstilledwithBAC;theinstillationofpolysorbate80tendedtodecreasebinbothnormalandOLETFrats.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedateffectivetherapyfordiabeticpatientswithcornealdamage.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(6):855.859,2011〕Keywords:角膜傷害治癒,速度論的解析,ベンザルコニウム塩化物,ポリソルベート80,OLETFラット.cornealwoundhealing,kineticanalysis,benzalkoniumchloride,polysorbate80,OtsukaLong-EvansTokushimaFattyrat.856あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(104)はじめに薬剤性角膜症は点眼薬による角膜傷害である.この薬剤性角膜症は,点眼薬中の主薬によるものだけでなく点眼薬中に含まれる添加剤〔保存剤(ベンザルコニウム塩化物(BAC)など〕,等張化剤(塩化ナトリウム,ホウ酸,グリセリンなど),緩衝剤(リン酸緩衝液,ホウ酸など),また必要であれば,界面活性剤(ポリソルベート80など),安定化剤(エチレンジアミン四酢酸など),粘稠化剤〔ポリビニルアルコール(PVA),ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースなど)など〕も深く関わっていることが,近年の基礎研究にて明らかとされている1).一方,これら薬剤性角膜症の基礎研究には正常ラットが用いられており,角膜が健常人に比べて脆弱な患者(たとえば糖尿病患者)を対象とした研究はほとんど報告されていない.臨床の場では,角膜が健常人に比べて脆弱な糖尿病患者に対しても眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬であり,このことから,糖尿病患者を対象とした点眼薬中に含まれる添加剤の影響を基礎研究にて明らかとすることは非常に重要であると考えられる.糖尿病は,1型と2型に分類され,わが国における糖尿病患者の多くはこの2型糖尿病である.1型糖尿病はインスリンを分泌する膵臓のb細胞破壊により生じる疾患であり,2型糖尿病は,膵臓b細胞の機能減少とインスリン抵抗性を原因とする疾患である.糖尿病の眼における合併症としては糖尿病性角膜疾患が知られており,糖尿病患者の50%またはそれ以上の人に認められる2).糖尿病性角膜症は,糖尿病患者の角膜上皮の傷害治癒の遅延,角膜上皮の脆弱性,バリア機能低下などをひき起こし,臨床的に硝子体の外科手術や網膜の光凝固術中における角膜上皮の傷害や上皮傷害を持続し視力を脅かす疾患として問題視されている3).このような糖尿病患者に対する点眼薬含有添加剤の影響を検討するにあたり,適切なモデル動物および解析法の選択は非常に重要である.OtsukaLong-EvansTokushimaFatty(OLETF)ラットはヒト2型糖尿病のモデルとして知られており,このOLETFの糖尿病発症率は25週齢の雄ラットでほぼ100%である4).高血糖やインスリン抵抗性を介した高インスリン血症は早い段階で生じ,加齢に伴いb細胞の衰退と低インスリン血症をひき起こす4).これらOLETFの生物学的性質の変化は,ヒト2型糖尿病と一致しており,筆者らもこれまで,OLETFラットが糖尿病性角膜変性症の正確なメカニズムを解明する研究に有用なモデルとなりうることを報告してきた4).さらに筆者らは,このOLETFラットと一次速度式を用いた速度論的解析により,経時的な上皮細胞の伸展・移動とその後の上皮基底膜の細胞増殖が観察可能であることを報告した5).本研究では,主たる点眼薬含有添加剤として,高い角膜傷害治癒遅延をひき起こす0.02%BACおよび点眼薬の組成として汎用されている界面活性剤1%ポリソルベート806)を選択し,Long-EvansTokushimaOtsuka(LETO,正常ラット)ラットおよび2型糖尿病モデル動物OLETFラットの角膜傷害治癒へ与える影響について速度論的解析を行った.I対象および方法1.実験動物実験には大塚製薬株式会社徳島研究所から供与された60週齢雄性LETOラット(正常ラット)およびOLETFラットを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬BACおよびポリソルベート80は和光純薬,生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,0.4%塩酸オキシブプロカイン点眼液(ベノキシールR点眼液)は参天製薬,フルオレセイン液(フルオレサイトR静注500mg)は日本アルコンから購入したものを用いた.3.BACおよびポリソルベート80点眼液の調製と点眼法0.02%BACおよび1%ポリソルベート80点眼液の濃度は眼科領域で適用例のある濃度を参照し,そのなかでも高濃度のものを用いた.すべての点眼液は0.2μmのメンブランフィルター(Sartorius社)を用いて滅菌濾過を行い,調製した点眼液は滅菌済みの点眼用容器に充.し,使用時まで遮光,冷所(4℃)にて保存した.実験時にはこの点眼溶液を,角膜.離直後から3時間間隔(9:00,12:00,15:00,18:00,21:00)で1日5回,実験終了まで点眼(1回40μl)した.対照(control)には生理食塩液(大塚製薬)を用いた.4.ラット血中グルコース,トリグリセリド,コレステロールおよびインスリン値の測定血中グルコース(Glu)およびトリグリセリド(TG)はロシュ社製AccutrendGCTにより測定し,コレステロール(Cho),インスリン測定には和光社製CholesterolE-Testキットおよび森永生科学研究所製ELISAInsulinキットをそれぞれ用いた.5.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析ラットをペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,ソムノペンチルR,共立製薬)にて全身麻酔後,生検トレパンおよびブレードを用い角膜上皮を円形に.離した〔生理食塩水点眼正常ラット,11.49±0.51mm2;BAC点眼正常ラット,11.50±0.93mm2;ポリソルベート80点眼正常ラット,11.01±0.59mm2;生理食塩水点眼OLETFラット,11.71±1.40mm2;BAC点眼OLETFラット,10.81±0.23mm2;ポ(105)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011857リソルベート80点眼OLETFラット,10.96±0.95mm2(mean±SE,n=3.5)〕.角膜上皮欠損部分は角膜.離後0,12,24,36,48,60,72時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行い4),画像解析ソフトImageJにて角膜上皮欠損部分の面積の推移を数値化することで表した.角膜傷害度(%)は,角膜上皮.離直後の創傷面積の比として表し,角膜傷害治癒速度は一次速度の2指数式(1)にて算出した角膜治癒速度定数(aおよびb,hr.1)として表した5).aおよびbはそれぞれ第一相と第二相における角膜傷害治癒速度定数を示す.Wt=A・e.a・t+B・e.b・t(1)ここで,tは角膜.離後0~72時間の時間,Wtはt時間における角膜傷害度(%),AおよびBはそれぞれ第一相,第二相における寄与率(%)を示す.6.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果表1には60週齢正常およびOLETFラットの体重,血中Glu,TG,Choおよびインスリン値を示す.60週齢OLETFラットでは,Glu,TG,Choは正常ラットより高値を示したが,体重およびインスリン値は低値を示した.図1には生理食塩水点眼群における正常およびOLETFラットの角膜傷害度を示す.OLETFラットでは正常ラットと比較し角膜傷害治癒遅延が認められた.図2および3は角膜.離を施した正常(図2)およびOLETFラット(図3)へのBAC,ポリソルベート80点眼群における角膜傷害度を示す.また,表2は一次速度の2指数式を用いたBACおよびポリソルベート80点眼群における角膜傷害治癒速度を示す.BACおよびポリソルベート80点眼群では,正常およびOLETFラットともに生理食塩水点眼群(コントロール群)と比較し角膜傷害治癒の遅延がみられた.また,BACおよびポリソルベート80点眼OLETFラットの角膜傷害治癒速度は,同添加剤点眼群の正常ラットよりも低値を示し,角膜傷害治癒遅延の強さはBAC>ポリソルベート80であった.BACおよびポリソルベート80点眼正常およびOLETFラットにおいて第一相目(細胞移動)および第二相目(細胞増殖)の治癒過程を検討したところ,BAC点眼群ではaおよびbがともに有意に低下表1正常およびOLETFラットにおける体重と糖尿病関連血液検査値正常ラットOLETFラット体重(g)560.0±17.8430.0±14.7*グルコース(mg/dl)142.7±3.7269.0±12.1*トリグリセリド(mg/dl)159.0±14.0345.0±8.7*コレステロール(mg/dl)91.7±14.5273.3±15.8*インスリン(ng/dl)107.4±6.179.4±6.1*平均値±標準誤差.n=3.*p<0.05vs.各項目における正常ラット.100806040200Time(hr)0122436486072Cornealwound(%)***○:正常ラット●:OLETFラット図1生理食塩水点眼正常およびOLETFラットにおける角膜上皮傷害治癒平均値±標準誤差,n=4~5,*p<0.05,vs.正常ラット.○:Saline▲:BAC■:Polysorbate80Time(hr)0122436486072Cornealwound(%)100806040200*****図20.02%BACまたは1%ポリソルベート80点眼液点眼が正常ラット角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~5,*p<0.05,vs.生理食塩水点眼群.○:Saline▲:BAC■:Polysorbate80Time(hr)0122436486072Cornealwound(%)100806040200****図30.02%BACまたは1%ポリソルベート80点眼液点眼がOLETFラット角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~5,*p<0.05,vs.生理食塩水点眼群.858あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011(106)し,ポリソルベート80点眼群ではb第二相目の治癒速度の低下傾向が認められた.III考按近年,点眼薬の使用による点状表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所への副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するなど,点眼薬による角膜傷害の訴えが注目されている.さらに,糖尿病患者の角膜は健常人と比較し脆弱であるため,点眼薬により強い角膜傷害が予想される.したがって,点眼薬が糖尿病患者の角膜傷害治癒へ与える影響を明らかにすることは,糖尿病患者への安全な点眼薬療法において非常に重要である.眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬であるが,点眼薬の主成分となる薬剤(主剤)のみでは点眼薬は製剤として成り立たず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる.したがって,製剤学的観点から点眼薬について考える際には,その点眼薬に含まれる添加剤の種類,添加目的(効果),傷害性(副作用)についても常に考慮しなければならない.臨床では,添加剤の一つである保存剤BACの角膜傷害性が問題視されており,BAC非含有の点眼薬(トラバタンズR)なども注目されている.筆者らもまたWistar系ラットを用い,この点眼薬含有添加剤のなかでもBACが強い角膜傷害治癒遅延をひき起こすことを明らかとしてきた1).本研究ではこのBACと点眼薬の組成として汎用されている界面活性剤ポリソルベート80を用い,正常ラットおよび2型糖尿病モデル動物OLETFラットの角膜傷害治癒へ与える影響について速度論的解析を行った.保存剤や界面活性剤など添加剤の角膜傷害性について評価を行ううえで,試験系の選択は非常に重要である.角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である7).角膜上皮の損傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われており,Thoft&Friendはこの角膜上皮の修復機構をXYZ理論(X:細胞分裂,Y:細胞移動,Z:細胞脱落)として,健常な角膜上皮では上記の3つの間にX+Y=Zの公式が成立することを提唱した8).本実験で用いた角膜上皮.離モデルは,角膜上皮を.離することによって人工的にZを増大させた状態(X+Y<Z)である.この角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬や添加剤の角膜傷害性試験はX:細胞分裂およびY:細胞移動へ与える影響について評価を行うものであり,オキュラーサーフェスの状態を維持しつつ,添加剤が角膜上皮細胞分裂および移動機能へ与える影響を検討するのに適している8).本研究ではこれら角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬の傷害性比較試験法を用い検討を行った.一方,本研究は正常な状態と糖尿病状態時において点眼薬が角膜傷害治癒へ与える影響の比較検討を目的としているため,添加剤であるBAC(0.02%)およびポリソルベート80(1%)の使用濃度および点眼回数は,眼科領域で適用可能な濃度を基本としつつ,これら添加剤が角膜傷害治癒へ与える影響を明確に観察するため,臨床で用いられる濃度と同程度もしくは高めの濃度を用い,点眼回数は多めの1日5回とした1).生理食塩水点眼群(コントロール群)においてOLETFラットでは正常ラットと比較し角膜傷害治癒遅延が認められた.BACは保存剤として多用され,基礎研究および臨床研究にて,BACによる角膜傷害または角膜損傷治癒遅延作用はよく知られている9).また,ポリソルベート80は,主薬の溶解性向上のために多用される界面活性剤であり,皮膚に対する局所刺激性が報告されている6).筆者らもまた,Wistar系ラットを用い,BACがポリソルベート80と比較し強い角膜傷害治癒遅延を有することを報告している1).今回の糖尿病モデル動物OLETFラットを用いた実験系においても,BACおよびポリソルベート80点眼群では,正常およびOLETFラットともにコントロール群と比較し角膜傷害治癒の遅延がみられ,その角膜傷害治癒遅延の強さは,筆者らが以前に報告したWistar系ラットを用いた結果と同様,ポリソルベート80点眼群と比較しBAC点眼群で強い角膜傷害治癒遅延が認められ,BACおよびポリソルベート80点眼OLETFラットの角膜傷害治癒速度は,同添加剤点眼群の正表2角膜上皮.離後の正常およびOLETFラットにおける角膜傷害治癒の速度論的パラメータ正常ラットOLETFラット生理食塩水BACポリソルベート80生理食塩水BACポリソルベート80A(%)81.2±10.366.7±3.076.3±6.564.5±10.166.9±5.065.8±9.3a(×10.3,hr.1)49.1±2.436.4±4.0*146.8±5.842.7±3.031.2±3.2*242.2±3.0B(%)22.6±9.640.1±3.326.5±4.439.4±9.840.5±5.039.5±9.4b(×10.3,hr.1)48.7±2.532.2±5.0*144.2±7.238.1±3.4*128.9±3.2*232.4±3.6aおよびbはそれぞれ第一相と第二相における角膜傷害治癒速度定数,AおよびBはそれぞれ第一相,第二相における寄与度(%)を示す.平均値±標準誤差.n=4.5.*1p<0.05vs.生理食塩水点眼正常ラット.*2p<0.05vs.生理食塩水点眼OLETFラット.(107)あたらしい眼科Vol.28,No.6,2011859常ラットよりもさらに低値を示した.また,正常およびOLETFラットともに,BAC点眼群ではaおよびbが有意に低下し,ポリソルベート80点眼群ではbの低下傾向が認められた.筆者らはこれまでOLETFラットおよび一次速度の2指数式を用いた速度論的解析により,第一相目は経時的な上皮細胞の伸展・移動を示し,第二相目は上皮基底膜の細胞増殖を反映することを明らかにするとともに,角膜傷害治癒遅延時には第二相の寄与率が大きくなることを報告している5).したがって,添加剤の添加によるその角膜傷害治癒過程の低下傾向は,正常およびOLETFラットで類似しており,正常およびOLETFラットともに,BAC点眼は上皮細胞の伸展・移動とその後の上皮基底膜の細胞増殖に影響を与え,ポリソルベート80ではおもに上皮基底膜の細胞増殖に影響を与えることで角膜傷害治癒遅延をひき起こすものと示唆された.今後,糖尿病患者に対し角膜傷害性の少ない点眼薬を調製するためには,さらなる研究が必要である.現在筆者らは等張化剤,緩衝剤,粘稠化剤など,点眼薬調製に用いられる他の添加剤が角膜傷害性へ与える影響についても明確にすべく,OLETFラットおよび角膜上皮.離モデルを用い比較検討を行っているところである.以上,本研究では,正常およびOLETFラットで,BACやポリソルベート80点眼液の角膜傷害治癒遅延機構は同様であるが,正常ラットと比較しもともと角膜傷害治癒速度が遅いOLETFラットではBACやポリソルベート80点眼時に強い角膜傷害治癒遅延が起こることを明らかとした.この結果は角膜傷害治癒時の細胞伸展や増殖能が低い糖尿病患者では,健常人では影響の少ないような細胞伸展や増殖どちらか一方のみに影響を与えるような添加剤においても,強い角膜傷害治癒遅延をひき起こす可能性を示唆した.本報告は,今後角膜上皮傷害を有する糖尿病患者への安全な点眼薬療法において有用であると考えられる.文献1)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20102)ZagonIS,KlocekMS,SassaniJWetal:Useoftopicalinsulintonormalizecornealepithelialhealingindiabetesmellitus.ArchOphthalmol125:1082-1088,20073)PerryHD,FoulksGN,ThoftRAetal:Cornealcomplicationsafterclosedvitrectomythroughtheparsplana.ArchOphthalmol96:1401-1403,19784)NagaiN,MuraoT,ItoYetal:EnhancingeffectsofsericinoncornealwoundhealinginOtsukaLong-EvansTokushimaFattyratsasamodelofhumantype2diabetes.BiolPharmBull32:1594-1599,20095)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:KineticanalysisoftherateofcornealwoundhealinginOtsukalong-evansTokushimaFattyrats,amodeloftype2diabetesmellitus.JOleoSci59:441-449,20106)MezeiM,SagerRW,StewartWDetal:Dermatiticeffectofnonionicsurfactants.I.Gross,microscopic,andmetabolicchangesinrabbitskintreatedwithnonionicsurfaceactiveagents.JPharmSci55:584-590,19667)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2イソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19988)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,19839)DeSaintJeanM,DebbaschC,BrignoleFetal:Toxicityofpreservedandunpreservedantiglaucomatopicaldrugsinaninvitromodelofconjunctivalcells.CurrEyeRes20:85-94,2000***

点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80 およびEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響

2010年9月30日 木曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1299《原著》あたらしい眼科27(9):1299.1302,2010cはじめに眼科領域における薬物療法の中心は点眼薬である.この点眼薬の多くは,全身投与薬としてすでに開発されている薬剤を点眼薬として製剤化することで開発されてきた.しかし点眼剤の主成分となる薬剤(主剤)のみでは点眼剤は製剤として成り立たず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる1).したがって製剤学的観点から点眼薬について考える際には,その点眼薬に含まれる添加剤の種類,添加目的(効果),傷害性(副作用)についても常に考慮しなければならない.角膜は,眼組織の中で最も外側に位置し,涙液を介して外界と直接接する部位である.そのため角膜は,外傷や感染症をはじめとする種々の外的要因により傷害を受けやすい部位でもある.正常な角膜上皮細胞は細胞伸展能や細胞増殖能を有しており,軽度な上皮傷害は速やかに自己修復される.しかし,重篤な上皮傷害で上皮細胞の機能が低下している場合〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80およびEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響長井紀章*1村尾卓俊*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室EffectofPolysorbate80andEthylenediaminetetraaceticAcid(EDTA)InstillationonCornealWoundHealinginRatDebridedCornealEpitheliumNoriakiNagai1),TakatoshiMurao1),YoshimasaIto1,2)andNorioOkamoto3)1)FacultyofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine近年臨床現場において,長期にわたる点眼薬使用などによる角膜傷害が問題視されている.そこで今回,角膜上皮.離ラットを用い,点眼薬中に含まれる添加剤ポリソルベート80およびエチレンジアミン四酢酸(EDTA)が角膜傷害治癒へ与える影響について検討を行った.角膜上皮傷害は麻酔下にて,ブレード(BDMicro-SharpTM)を用いラット角膜上皮を.離することで作製した.添加剤点眼液の点眼はラット角膜.離後3時間間隔で1日5回(5μl)行った.生理食塩水点眼群では角膜上皮.離12時間後で約51%,24時間後で約83%の角膜傷害治癒が認められた.一方,ポリソルベート80およびEDTA点眼群いずれにおいても角膜上皮の創傷治癒の遅延が認められ,その角膜傷害治癒遅延は,点眼液の濃度に比例した.これら添加剤の角膜傷害性を明らかとしていくことは,角膜上皮傷害を有する患者への点眼薬選択を決定するうえで一つの指標となるものと考えられる.Itisknownthatlong-termuseoftheeyedropscancausecornealepithelialcelldamage.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofpolysorbate80andethylenediaminetetraaceticacid(EDTA),eyedropadditives,oncornealwoundhealinginrats.Theeyedropswereinstilledintorateyes5timesperdayaftercornealepithelialabrasion.Thecornealwoundsintherateyesreceivingsalineonlyshowedapproximately51%healingat12hrand83%healingat24hrafterabrasion.Thecornealwoundhealingrateintherateyesreceivingpolysorbate80andEDTAwaslowerthanthatintheeyesinstilledwithsaline,thecornealwoundhealingratedecreasingwithincreaseinconcentration.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedatreducingcornealdamagecausedbyeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(9):1299.1302,2010〕Keywords:ポリソルベート80,エチレンジアミン四酢酸,角膜傷害治癒,細胞増殖,細胞移動.polysorbate80,ethylenediaminetetraaceticacid,cornealwoundhealing,cellproliferation,cellmigration.1300あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(134)や涙液に異常のある場合(ドライアイ)などでは,しばしば遷延化して治療が困難となる.一般的に点眼剤には保存剤〔ベンザルコニウム塩化物(BAC)など〕,等張化剤(塩化ナトリウム,ホウ酸,グリセリンなど),緩衝剤(リン酸緩衝液,ホウ酸など),必要であれば,界面活性剤(ポリソルベート80など),安定化剤〔エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など〕,粘稠化剤〔ポリビニルアルコール(PVA),ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシエチルセルロースなど〕などが含まれる1).臨床では,添加剤の一つである保存剤BACの角膜傷害性が問題視されており,BAC非含有の点眼薬(トラバタンズR)なども注目されている.しかし,その他の添加剤についてはほとんど検討されておらず,界面活性剤や安定化剤などの角膜傷害性についても明らかとすることは非常に重要と考えられる.筆者らはこれまで,添加物の角膜傷害性比較を目的とした基礎(invivo)実験系を確立し,BACに強い角膜傷害性が認められることを報告してきた2).今回,このinvivo角膜傷害性比較実験系を用い,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について検討を行った.I対象および方法1.実験動物実験には7週齢のWistarラットを用いた.これらラットは25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.動物実験は,近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬ポリソルベート80およびEDTAは和光純薬,生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,塩酸オキシブプロカイン(ベノキシールR)は参天製薬,フルオレセインは日本アルコンから購入したものを用いた.3.ポリソルベート80およびEDTA点眼液の調製と点眼法ポリソルベート80およびEDTA点眼液の濃度は臨床にて用いられる濃度を参照し決定した.すべての点眼液は0.2μmのメンブランフィルター(Sartorius社)を用いて滅菌濾過を行い,調製した点眼液は滅菌済みの点眼用容器に充.し,使用時まで遮光して保存した.実験時にはこの点眼溶液を,角膜.離直後から3時間間隔(9:00,12:00,15:00,18:00,21:00)で1日5回,実験終了まで点眼(1回50μl)した.対照(Control群)には生理食塩液(大塚製薬)を用いた.4.ラット角膜上皮.離モデルを用いた角膜傷害治癒解析ラットをペントバルビタールナトリウム(30mg/kg,ソムノペンチルR,共立製薬)にて全身麻酔後,生検トレパンで直径2.5mmの円形に角膜をマーキングした.その後,ブレードで角膜上皮を円形に.離した.角膜上皮欠損部分は角膜.離後0,12,24,36時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行い2),画像解析ソフトImageJにて角膜上皮欠損部分の面積の推移を数値化することで表した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(1)にて算出した2).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離0.36時間後)/面積.離直後×100(1)角膜傷害治癒速度は,角膜傷害治癒速度定数(kH,k.1)として表した.角膜上皮.離0.36時間後のkHは,次式(2)で計算した2).Ht=H∞・(1.e.kHt)(2)tは角膜上皮.離後の時間(0.36時間),H∞およびHtは角膜上皮.離∞およびt時間後の角膜傷害治癒率を示す.5.統計解析データは,平均±標準誤差として表した.有意差はStudent’st-testにて解析し,0.05未満のp値を有意な差として示した.II結果図1および2は角膜.離モデルへのポリソルベート80(図1),EDTA(図2)点眼群における角膜傷害治癒率を示す.122436Time(hr)020406080100Cornealwoundhealing(%)*******:0.0%(Saline):0.5%:1.0%:2.0%図2EDTA点眼液点眼が角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~11,*p<0.05,vs生理食塩水点眼群.122436Time(hr)020406080100Cornealwoundhealing(%):0.0%(Saline):0.5%:1.0%:5.0%図1ポリソルベート80点眼液点眼が角膜上皮傷害治癒に与える影響平均値±標準誤差,n=4~11.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.9,20101301また,表1はポリソルベート80およびEDTA点眼群における角膜傷害治癒速度を示す.ポリソルベート80およびEDTA点眼群いずれにおいても角膜上皮治癒の遅延が認められ,その角膜傷害治癒遅延は,点眼薬の濃度に比例した.ポリソルベート80点眼群の治癒率は,12時間後において0.5%および1%ポリソルベート80点眼群ではControl群の約95%,5%ポリソルベート80点眼群ではControl群の73%程度であった.36時間後ではいずれの濃度においてもほぼ完全に治癒した.一方,EDTAを点眼することで角膜傷害治癒速度は有意に低値を示し,0.5%EDTA点眼群の.離12時間後における治癒率はControl(Saline点眼)群の約75%であり,2.0%EDTA点眼群の治癒率は,24時間後ではControl群の37%であり,36時間後でもControl群の58%であった.III考按近年の眼科領域では,点眼薬の使用による点状表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所への副作用,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えが問題視されている.これらの問題解決のためには臨床と基礎研究の両方面からの観察が重要とされ,実験動物および角膜培養細胞を用い,点眼薬中の主薬や保存剤であるBACが角膜傷害へ与える影響についての研究が多数行われている.一方で,点眼薬には主薬や保存剤のほかに,界面活性剤,安定化剤などの添加剤も含まれているが,他の添加剤についてはほとんど検討されておらず,界面活性剤や安定化剤などの角膜傷害性についても明らかにする必要があると考えられる.界面活性剤や安定化剤など添加物の角膜傷害性について評価を行ううえで,試験系の選択は非常に重要である.角膜上皮は5~6層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮傷害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である3).角膜上皮の損傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われており,Thoft&Friendはこの角膜上皮の修復機構をXYZ理論(X:細胞分裂,Y:細胞移動,Z:細胞脱落)として,健常な角膜上皮では上記の3つの間にX+Y=Zの公式が成立することを提唱した4).本実験で用いた角膜上皮.離モデルは,角膜上皮を.離することによって人工的にZを増大させた状態(X+Y<Z)である.この角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬や添加剤の角膜傷害性試験はX:細胞分裂およびY:細胞移動へ与える影響について評価を行うものであり,オキュラーサーフェスの状態を維持しつつ,添加剤が角膜上皮細胞分裂および移動機能へ与える影響を検討するのに適している.本研究ではこれら角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬の傷害性比較試験法を用い,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について検討を行った.ポリソルベート80は,主薬の溶解性向上のために多用される界面活性剤であり,皮膚に対する局所刺激性が報告されている5).今回のラット角膜上皮.離モデルを用いた実験系においても,角膜治癒遅延をひき起こしたが,その影響は臨床で問題視されているBACと比較すると軽度であった(表1).EDTAはおもに安定化剤として点眼液に使用されている.またGrantは角膜へのカルシウム沈着に対してキレート作用を有するEDTAが有用であると報告しており6),日本でも帯状角膜変性を中心にEDTAを使用した治療例が報告されている7).今回用いたEDTAは0.5%,1.0%および2.0%であり,臨床で使用実績がある濃度内であるにもかかわらず,いずれの濃度でも対照(生理食塩液)と比較し,有意な角膜傷害治癒率の低下が認められた.さらに,使用濃度によってはBACと同程度の重度の角膜損傷治癒遅延作用が認められた.これらの結果から,点眼液添加剤として現在まで特に問題視されていなかった界面活性剤および安定化剤の濃度にも注意を有する必要性が明らかとなった.今後,角膜傷害性の少ない点眼薬を調製するためには,さらなる研究が必要であり,現在筆者らは等張化剤,緩衝剤,粘稠化剤など,点眼薬調製に用いられる他の添加物が角膜傷害性へ与える影響についても明確にすべく,角膜上皮.離モデルを用い比較検討を行っているところである.以上,本研究で角膜上皮.離モデルを用いたinvivo実験において,代表的な添加剤であるポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害性について明らかとした.これら添加剤の角膜傷害性を把握し,過度の添加剤含有を減らすことは点眼薬が角膜へ与える影響の減少へつながるものと考えられ表1ポリソルベート80およびEDTAの角膜傷害治癒速度定数Concentration(%)Cornealwoundhealingrateconstant(×10.2/hr)Saline5.36±1.29BAC0.0053.33±0.740.0101.54±1.06*0.0200.03±0.01*Polysorbate800.53.93±0.031.03.39±0.255.01.63±0.49*EDTA0.52.46±1.251.00.95±0.43*2.00.07±0.03*BACのデータは点眼薬含有添加剤刺激による角膜上皮傷害程度の指標とするため文献2から引用.平均値±標準誤差,n=4~11.*p<0.05,vs生理食塩水点眼群.1302あたらしい眼科Vol.27,No.9,2010(136)る.また,臨床においての添加剤による角膜傷害性は,多種の添加剤との相乗作用により角膜傷害性をひき起こす可能性を明らかとした.本報告は,今後点眼薬調製および選択の一つの指標になるものと考えられる.文献1)川嶋洋一:点眼薬の設計思想.眼科NewInsight,第2巻,点眼薬─常識と非常識─,メジカルビュー社,19942)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20103)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19984)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,19835)MezeiM,SagerRW,StewartWDetal:Dermatiticeffectofnonionicsurfactants.I.Gross,microscopic,andmetabolicchangesinrabbitskintreatedwithnonionicsurfaceactiveagents.JPharmSci55:584-590,19666)GrantWM:Newtreatmentforcalcificcornealopacity.ArchOphthalmol46:681-685,19897)HoshiaiS,KogaT,NishimuraT:AcaseofcorneoscleralcalcificdepositsfollowingpterygiumsurgeryeffectivelytreatedwithEDTAeyedrops.FoliaOphthalmolJpn51:37-39,2000***