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トウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例

2008年12月31日 水曜日

———————————————————————-Page11712あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(00)原著あたらしい眼科25(12):17121714,2008cはじめにトウワタは江戸末期に渡来した熱帯アメリカ原産のガガイモ科トウワタ属の植物で,学名をアスクレピアス・クラサビカ(Asclepiascurassavica)という.園芸用,観賞用の植物として切花や鉢植えで広く流通しており,茎汁中にはカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれていることが知られている.これまでにトウワタの茎汁が眼に飛入し視力低下をきたした報告としてはChakrabortyら5)の一報のみである.今回筆者らはトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験したので報告する.I症例患者:67歳,女性.主訴:右眼の視力低下,充血,眼痛.既往歴:30歳時卵巣腫,60歳時高血圧,高脂血症,骨粗鬆症,65歳時子宮筋腫.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2007年10月30日,自宅で剪定中にトウワタの乳白色の茎汁(図1)が右眼に飛入した.直後より強い眼痛が出現したため,水道水で洗眼し,市販薬を点眼した.鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感も出現したため近医眼科を受診した.近医では大量の生理食塩水での洗眼処置がなされた.途中嘔〔別刷請求先〕角環:〒783-8505南国市岡豊町小蓮高知大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TamakiNagao-Sumi,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversity,Kohasu,Okou-cho,Nankoku-shi,Kochi783-8505,JAPANトウワタの茎汁により一過性角膜内皮機能不全に至った1症例多田憲太郎角環西野耕司福島敦樹高知大学医学部眼科学講座ACaseofTransientEndothelialDysfunctionDuetoLatexofAsclepiascurassavicaKentaroTada,TamakiNagao-Sumi,KojiNishinoandAtsukiFukushimaDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KochiMedicalSchool,KochiUniversityトウワタの茎汁の飛入により一過性の角膜内皮機能不全に至った1症例を経験した.症例は67歳,女性,剪定中にトウワタの茎汁が右眼に飛入した.受傷後近医にて洗眼処置を受けたが,翌日には強い角膜実質浮腫とDescemet膜皺襞が出現し,矯正視力は0.05であった.ステロイド薬の全身および局所療法にて浮腫は消失し,治療5日目には矯正視力1.2に改善した.トウワタの茎汁にはカルデノリドやアルカロイドが含まれており,これらが角膜内皮のNa+,K+-ATPaseを抑制し,一過性の角膜浮腫が生じたと考えられた.WereportacaseoftransientcornealendothelialdysfunctionduetolatexofAsclepiascurassavica.Thepatient,a67-year-oldfemale,waspruningAsclepiascurassavicawhenthelatexoftheplantspurtedintoherrighteye.Shewastreatedataclinicbyeyewashingwithsaline.Thenextday,however,severestromaledemaandDescemet’smembranefoldwerenotedinherrightcornea,andthebest-correctedvisualacuityintheeyewas0.05.Topicalandsystemiccorticosteroidtreatmenteasedthecornealedema.Fivedayslater,thecornealedemahaddisappeared,andthebest-correctedvisualacuityintheeyeimprovedto1.2.Asclepiascurassavicalatexcon-tainscardanolideandalkaloid.WespeculatethattheseconstituentsinhibitcornealendothelialNa+,K+-ATPase,therebyinducingtransientcornealendothelialdysfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(12):17121714,2008〕Keywords:トウワタ,角膜内皮機能不全,角膜浮腫.Asclepiascurassavica,cornealendothelialdysfunction,cornealedema.1712(104)0910-1810/08/\100/頁/JCLS———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.25,No.12,20081713(105)気,嘔吐も認めた.同日夕より視力低下を自覚したため,翌朝近医を再診し,当院紹介入院となった.初診時視力は右眼0.05(矯正不能),左眼0.7(1.2),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.右眼は角膜全体に強い実質浮腫とDescemet膜皺襞を認めた.PalisadesofVogtは全周残存しており,角膜上皮浮腫や角膜上皮欠損,結膜上皮欠損は認めなかった.眼瞼結膜,眼球結膜の充血を認めたが,結膜濾胞や結膜乳頭は顕著ではなかった.前房ならびに眼底の状態は角膜浮腫のため不明であった(図2).SchirmerⅠ法は右眼ab図1トウワタa:概観.b:茎の切断面から分泌する乳白色の茎汁.図2初診時の右眼前眼部写真角膜全体の強い実質浮腫(a),Descemet膜皺襞(b),眼瞼結膜,眼球結膜の充血(c)を認めた.abc1311151131131151タタ内3122436131ト112図3治療経過(上段)と右眼前眼部写真(下段)———————————————————————-Page31714あたらしい眼科Vol.25,No.12,2008(106)36mm,左眼24mmであった.入院時より0.1%リン酸ベタメタゾンの頻回点眼,レボフロキサシン,1%硫酸アトロピン点眼に加え,プレドニゾロン酢酸エステル眼軟膏点入とプレドニゾロン30mgの内服を開始した.入院日同日夕方には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞,結膜充血の減少を認めた.治療開始3日後には,角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞の改善,結膜充血の消失を認め,自覚症状も改善した.治療開始5日後には角膜実質の浮腫,Descemet膜皺襞は消失し,矯正視力は1.2に改善した(図3).点眼や内服は症状,所見の改善に従い漸減中止とした.治療開始8日目の角膜内皮細胞密度はスペキュラマイクロスコープ検査では右眼=2,173/mm2,左眼=2,347/mm2であった.II考按トウワタの茎汁中には強心配糖体であるアスクレピアジンやビンセトキシンといったカルデノリド類13)やアルカロイド4)といった毒性成分が含まれており,漢方薬1)としても有名である.しかし,ガガイモ科の植物には有毒植物が多く,トウワタの煎剤(煎じた汁)は頭痛,悪心,嘔吐,腹痛,下痢などを起こすことも知られている1).本症例でも鼻汁,くしゃみ,鼻内異物感,吐気,嘔吐が出現しており,これらは眼に飛入した茎汁が鼻涙管を通じて鼻や咽頭に流れ込み生じたものと思われた.角膜内皮細胞では,Na+,K+-ATPaseによりNa+を細胞外,そして前房内へ能動輸送することで浸透圧勾配が生じ,その勾配に従って実質内から前房への水の移送が生じる6).本症例で認めた一過性の角膜実質浮腫は,①茎汁中に含まれるカルデノリド類によりNa+,K+のバランスがくずれたこと,②毒性成分が角膜内皮細胞中のNa+,K+-ATPaseを一時的に抑制し,Na+の前房内移行を妨げたこと,が原因と思われるポンプ機能不全により生じたと考えられた.また本症例では,酸やアルカリによる角膜腐食に類似した病態を呈したが角膜上皮や結膜上皮障害は認めなかった.患者が持参したトウワタの茎を切断し,採取した茎汁のpHを測定すると7.0であった.そのため,角膜輪部機能不全に至らず,角膜内皮にのみ障害を生じたと考えられた.Chakrabortyらの報告5)では,治療開始前の視力0.3,角膜実質浮腫も比較的軽症であった.そのため治療も人工涙液の点眼のみで速やかに改善した.一方,本症例は受傷後比較的早期に近医で大量の生理食塩水を用いた洗眼処置を受けているにもかかわらず著明な角膜実質浮腫に伴う視力低下を認めた.強い角膜実質浮腫を認める重症例では洗眼処置のみでは不十分であり,ステロイド薬による消炎が有効であると考えた.トウワタをはじめ,その汁に有毒成分を含む植物は身近に数多く存在する.今回のように直接飛入するだけでなく,日常においては素手で作業を行いその手で眼を擦過することでも眼内に汁が入る.したがって,これらの植物を扱う作業を行う場合には,防御用の眼鏡,手袋の着用はもとより作業終了時の手洗いが重要であり,万一眼内に入った際には大量の生理食塩水による洗眼と,重症例ではステロイド薬の局所ならびに全身投与が有効と考えられる.文献1)原色牧野和漢薬草大圖鑑(岡田稔編),p422,北隆館,19882)KupchanSM,KnoxJR,KelseyJEetal:Calotropin,acytotoxicprincipleisolatedfromAsclepiascurassavicaL.Science146:1685-1686,19643)RadfoldDJ,GilliesAD,HindsJAetal:Naturallyoccur-ringcardiacglycosides.MedJAust144:540-544,19864)KelleyBD,AppeltGD,AppeltJM:Pharmacologicalaspe-ctsofselectedherbsemployedinhispanicfolkmedicineintheSanLuisValleyofColorado,USA:Ⅱ.Asclepiasasperula(inmortal)andAchillealanulosa(plumajillo).JEthnopharmacol22:1-9,19885)ChakrabortyS,SiegenthalerJ,BuchiER:CornealedemaduetoAsclepiascurassavica.ArchOphthalmol113:974-975,19956)BonannoJA,GiassonC:IntracellularpHregulationinfreshandculturedbovinecornealendothelium.Ⅱ.Na+:HCO3cotransportandCl/HCO3exchange.InvestOph-thalmolVisSci33:3068-3079,1992***