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MPC ポリマーが点眼用保存剤ベンザルコニウム塩化物の角膜傷害性および薬物眼内移行性へ与える影響

2020年10月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科37(10):1309.1314,2020cMPCポリマーが点眼用保存剤ベンザルコニウム塩化物の角膜傷害性および薬物眼内移行性へ与える影響南実沙*1山口瑞季*1山﨑由夏*1大竹裕子*1櫻井俊輔*2原田英治*2長井紀章*1*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2日油株式会社ライフサイエンス事業部CE.ectofMPCPolymeronCornealToxicityandCornealDrugPermeationofBenzalkoniumChlorideinCornealEpithelialCellsMisaMinami1),MizukiYamaguchi1),YukaYamasaki1),HirokoOtake1),ShunsukeSakurai2),EijiHarata2)andNoriakiNagai1)1)FacultyofPharmacy,KindaiUniversity,2)LifeScienceProductsDivision,NOFCorporationC筆者らは生体適合性ポリマーであるCMPCポリマーが一般的な点眼用添加剤ベンザルコニウム塩化物(BAC,0.005.0.02%)の角膜傷害性および薬物眼内移行性に与える影響について検討を行った.まず,不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用い,BAC角膜傷害性に対するCMPCポリマーの保護機構を評価したところ,MPCポリマーにCBAC細胞傷害軽減効果が認められた.また,これら細胞傷害軽減機構を明らかにすべく,MPCポリマー処理時におけるCHCE-T細胞増殖性,接着性およびウサギ赤血球モデルを用いた膜安定性を測定したところ,MPCポリマーに高い膜安定化作用が認められた.さらに,MPCポリマー配合または非配合とした市販チモロールマレイン酸塩(TM)点眼液を調製し,ウサギに点眼した際の薬物眼内移行量を調べたところ,MPCポリマー配合・非配合間での眼内CTM挙動は同等であった.以上,点眼剤処方におけるCMPCポリマー使用は,BACの薬物眼内移行性に影響することなく,BAC細胞傷害性を軽減する可能性を示した.本研究結果は,眼科領域におけるCMPCポリマーの応用性拡大につながるものと考えられる.CInthisstudy,weinvestigatedthee.ectof2-methacryloyloxyethylphosphorylcholine(MPC)polymeroncor-nealCtoxicityCandCcornealCdrugCpermeabilityCofCbenzalkoniumchloride(BAC)C.CWeCfoundCthatCtheCMPCCpolymerCattenuatedthedecreaseofcellviabilityinahumancornealepithelialcell-transformed(HCE-T)celllinestimulatedwith0.005-0.02%CBAC.CItCisCknownCthatCtheCcellCgrowth,CcellCadhesion,CandCtheCtolerationConCtheCcellCmembraneCareCrelatedCtoCtheCpreventiveCe.ectCofCHCE-TCviability.CTherefore,CweCinvestigatedCtheCrelationshipCbetweenCtheCMPCpolymerandthosefactors.TheMPCpolymerhadnoe.ectonthecellgrowthandadhesionintheHCE-TcellCline,CyetCitCwasCfoundCtoCenhanceCtheCtolerationConCtheCcellCmembrane,CasCitCshowedCtheCpreventiveCe.ectCforCcellstimulationofBACinrabbitredbloodcells.Inaddition,nodi.erencewasobservedinthecornealdrugperme-abilityofcommerciallyavailabletimololmaleateeyedropswithorwithoutMPCpolymer.TheseresultsshowthataCcombinationCofCBACCandCMPCCpolymerCmayCprovideCaCsafeCtherapyCforCpatientsCrequiringClong-termCeye-dropCadministration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(10):1309.1314,C2020〕Keywords:MPCポリマー,ベンザルコニウム塩化物,角膜毒性,点眼液,チモロールマレイン酸塩.MPCCpoly-mer,benzalkoniumchloride,cornealtoxicity,eyedrops,timololmaleate.Cはじめに加物(保存剤)として使用されており,かつ薬物眼内移行性ベンザルコニウム塩化物(benzalkoniumchloride:BAC)の向上に寄与している.しかし,ドライアイ患者や長期の点は広い抗菌域を有していることから市販点眼液の約C7割に添眼や多剤点眼が必要な緑内障患者などでは,点状表層角膜症〔別刷請求先〕長井紀章:〒577-8502東大阪市小若江C3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:NoriakiNagai,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KindaiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,CJAPANCCH3CH3CH2CCH2CCOO-CH3COOCH2CH2OPOCH2CH2N+CH3C4H9OCH3mn図1MPCポリマーの化学構造式といった細胞傷害性の眼局所副作用がみられる.このため,角膜傷害性の少ない新たな添加物として,塩化ポリドロニウムやSofZia(トラバタンズ点眼液で用いられる保存システム)といった細胞毒性の低い新規保存剤の開発,配合剤やC1回使い切りタイプの容器やCPFデラミ容器などが開発されている.筆者らもまた,BACにCD-マンニトールやセリシンといった添加物を配合することで,BACの細胞傷害性が軽減できることを報告してきた1,2).このように,処方設計の変更により眼に優しい点眼製剤の開発は現在臨床で重要視されており,さらなる添加物候補の模索が続いている.MPCポリマー(図1)は日油株式会社により製造され,細胞を構成する細胞膜のホスファチジルコリンの極性基をもつ,2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチルメタクリレートとの共重合体である.吸保湿性にすぐれた生体親和性材料であり,すでに人工心臓,ステント,カテーテルなど臨床にて実用化されている安全性の面からも,保湿,皮膚保護,刺激緩和および肌荒れ改善への適用拡大が期待されている.また,MPCポリマーには三次元ヒト角膜モデルに対する細胞毒性軽減効果が認められることが報告されている3).本研究では,これらCMPCポリマーの眼科領域での点眼用添加物としての応用化をめざし,BAC角膜傷害に対するCMPCポリマーの軽減効果およびそのメカニズムについて評価を行った.また,MPCポリマー併用がCBACの薬物眼内移行性に及ぼす影響についても検討した.CI対象および方法1.使用薬物および実験動物点眼用保存剤として多用されているCBACは関東化学から,市販チモロールマレイン酸点眼液C0.5%(0.005%BAC含有)は参天製薬から購入した.また,MPCポリマーは日油から譲渡されたものを用いた.培養細胞は理化学研究所より供与された不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)4,5)を用い,5.0%ウシ胎児血清を含むCDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.日本白色種雄性ウサギ(2.5.3.0Ckg)は清水実験材料から購入し,近畿大学実験動物規定に従い実験を行った.2.薬物による細胞傷害性評価HCE-TをC96wellプレートにC100Cμl(1C×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内でC24時間培養後,0,30,60およびC120秒間CMPCポリマー(0.1%またはC0.5%),BAC(0.005%またはC0.02%),およびその組み合わせにて処理し,PBSにてC2回洗浄を行った.その後,各CwellにC100Cμlの培地およびCCellCCountCReagentSF(ナカライテスク製)を加え,37℃,5%CO2インキュベーター内でC1時間処理後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にてC450Cnmの吸光度(Abs)を測定した.本研究では,薬剤処理後の細胞死亡率(%)を次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)一般的に,点眼された薬物は涙液により希釈され,5分程度で涙点から鼻涙管を介し涙液とともに眼表面から排出される.これら背景から,BAC濃度は市販点眼液中で使用されるC0.005%およびC0.02%とし,処理時間は眼表面上での薬物滞留時間および希釈されていないCBAC濃度での処理といった点を考慮し,処理C120秒後までのCBACによるCHCE-T細胞傷害性とCMPCポリマー併用処理による保護効果を検討した.C3.MPCポリマーによる細胞増殖性評価HCE-T細胞をC96wellプレートにC100Cμl(0.5C×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内でC24時間培養後,MPCポリマー含有CDMEM/F12培地C100Cμlにて処理を行った.その後24時間培養し,各wellにCellCCountCReagentSFを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダーにてC450Cnmの吸光度(Abs)を測定することで細胞増殖性を調べた.細胞増殖率は次式(2)により算出した.細胞増殖率(%)=AbsMPCポリマー処理C/Abs未処理×100(2)本研究では,MPCポリマーは終濃度がC0.01,0.1および0.5%になるように添加した.4.MPCポリマーによる細胞接着性評価HCE-T細胞をC96wellプレートにC75Cμl(0.5C×104個)ずつ播種し,終濃度がC0.01,0.1およびC0.5%になるようCPBSで希釈したCMPCポリマーC25Cμlを添加し,37℃,5%CO2インキュベーター内でC12時間培養後,各CwellにCCellCountReagentSFを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダーにてC450Cnmの吸光度(Abs)を測定することで細胞接着性を調べた.細胞接着率は次式(3)により算出した.細胞接着率(%)=AbsMPCポリマー処理C/Abs未処理×100(3)C5.BAC処理に伴うウサギ赤血球溶血率変化の測定ウサギ耳静脈より採血した血液1CmlとC100Cμlヘパリン(10mg/ml)を混和後,遠心分離(600g,37oC,5分)を行った.その後上清を捨て,沈殿物とCPBSがC1:3となるようにCPBSを加え,さらに遠心分離(400Cg,37oC,5分)を行い,沈殿物の回収を行った.これら洗浄操作をC2回繰り返したものを赤血球標品として実験に用いた.陽性対照とした完全溶血赤血球は,精製水C2Cmlに赤血球標品C40Cμlを添加することで作製した.実験は以下の方法にて行った.赤血球標品C40CμlをCMPCポリマー(0.1%またはC0.5%)およびCBAC含有または非含有の生理食塩水(BAC濃度,8.12Cμg/ml)2Cml中に加え,37oCにてC1時間インキュベートを行った.その後,遠心分離(460Cg,37oC,5分)にて上清を採取し,576Cnmにおける吸光度を測定することでCBAC刺激に伴う溶血率変化を示した.また,MPCポリマー前処理時には,赤血球標品をCMPCポリマー(0.1%またはC0.5%)含有または非含有の生理食塩水にてC30分間インキュベート後,生理食塩水にて洗浄を行い,上記に示した8.12Cμg/mlBACにより刺激を行った実験に用いた.処理後の溶血率(%)算出には次式(4)を用いた.溶血率(%)=Abs試験液/Abs陽性対照×100(4)C6.Invivo薬物眼内移行性評価ペントバルビタールC15Cmg/kg腹腔投およびイソフルランにて吸入麻酔下,ファイコンチューブをつけた注射針(26G)を雄性日本白色種ウサギの角膜輪部から前房内に挿入し,イトーマイクロシリンジ(伊藤製作所)にて眼房水C5Cμlを採取した.その後,MPCポリマー含有,非含有CTM製剤をC50μl点眼し,一定時間ごとに眼房水C5Cμlを採取し,下記CHPLC法にて薬物量の測定を行った.試料C50Cμlに内標p-オキシ安息香酸エチル(4Cμg/ml,MeOHにて溶解)100Cμlを加え,移動相:リン酸緩衝液/メタノール/アセトニトリル(70/20/10v/v/v)を用い測定することでCTM濃度測定を行った.HPLCには,高速液体クロマトグラフィー装置CLabSolutions(島津製作所),およびCInertsilODS-3(2.1C×50Cmm,ジーエルサイエンス)を用い,カラム温度はC35℃とした.また,移動相の流速C0.20Cml/分,検出波長C294(nm),試料注入量C10Cμlとし,オートインジェクターCSIL-20ACを使用した.点眼された薬物は涙液により希釈され,その濃度はおよそ点眼液中のC10%程度となる.さらに眼表面の点眼成分は涙液とともに鼻涙管から排出される.これら生体での薬物挙動とCinvitro実験の結果を考慮し,invivo実験ではCMPCポリマー濃度C10%と設定した.C7.統.計.解.析得られたデータは平均値±標準誤差(SE)として表した.各々の実験値はCStudentのCt-testまたはCDunnettの多重比較検定にて解析した.本研究ではCp値がC0.05以下を有意差ありとした.CII結果1.MPCポリマー添加時におけるBAC角膜上皮細胞傷害性の変化まず,MPCポリマーの細胞傷害性を確認したところ,0.1%およびC0.5%MPCポリマー処理では傷害性は確認されず,処理後の細胞生存率も生理食塩水と同程度であった(図2a).BAC単独処理では細胞傷害が認められ,0.005%BAC処理C120秒後におけるCHCE-T細胞生存率はC55.7%であり(図2b),0.02%BAC処理群では,生存率C0%であった(図2c).一方,これらCBACにCMPCポリマーを併用処理することでCBACの角膜細胞傷害性が軽減され,MPCポリマー併用CBAC0.02%群のC120秒時における細胞生存率はC55.3%と非併用群に比べ有意に高値を示した(図2b,Cc).また,市販TM点眼液をC120秒処理した群では細胞生存率はC49.1%であったが,MPCポリマーを併用することでC76.1%まで細胞傷害性の緩和がみられた(図2d).C2.MPCポリマー処理時における角膜細胞増殖性および細胞接着性の変化細胞が傷害を受けた際の生存率を高める因子として細胞増殖性や細胞接着性の向上が知られている.本研究では,HCE-Tを用いCMPCポリマー自身における細胞増殖性および細胞接着性を測定した(図3).まず,細胞増殖性を検討したところ,0.01.0.5%MPCポリマー処理群の増殖率はPBS処理時の増殖率と同程度であった(図3a).さらに,細胞接着性についても検討したところ,増殖性と同様C0.01.0.5%MPCポリマーに細胞接着能の向上はみられなかった(図3b).C3.CMPCポリマー処理時におけるBAC誘発ウサギ赤血球溶血率の変化図4はCBAC刺激に伴うウサギ赤血球溶血性の変化とCMPCab120120100100細胞生存率(%)8080*60604040202003060901200306090120時間(sec)時間(sec)cd1201200.02%BAC100100細胞生存率(%)*細胞生存率(%)80604080604020*20003060901200TMTM+MPC時間(sec)図2MPCポリマー(MPC)によるBAC細胞傷害軽減効果a:MPC処理がCHCE-Tに与える影響.Cb:MPC処理がC0.005%BAC傷害に及ぼす影響.Cc:MPC処理がC0.02%BAC傷害に及ぼす影響.Cd:MPC処理が市販CTM点眼液傷害に及ぼす影響.平均値C±標準誤差,n=6-10.*p<0.05,vs.BAC.#p<0.05,vs.Saline.Cポリマーによる膜保護効果を示す.BAC刺激により溶血が認められ,8Cμg/mlCBAC刺激による溶血率はC21.2%,10Cμg/CmlBAC刺激ではC98.0%であった(図4b).一方,BACとMPCポリマーを併用処理することで,赤血球の溶血は軽減され,8Cμg/mlおよびC10Cμg/mlBACとC0.5%MPCポリマー併用処理時における溶血率はそれぞれC8.9%,46.3%であり(図4b),MPCポリマーによる膜保護効果は濃度依存的であった.さらに,これらCMPCポリマーのCBAC刺激による溶血抑制効果は,MPCポリマーをC30分間前処理した系においても認められた(図4a).C4.MPCポリマー併用が市販TM点眼液の角膜透過性に与える影響BACは界面活性作用を有していることから,併用時には点眼液の薬物眼内移行性が高まることが知られている.本研究では,緑内障治療薬として多用されている市販CTM点眼液を対象に,MPCポリマー併用および非併用時におけるTMの眼内移行性をウサギにて検討した(図5).市販CTM点眼液点眼C5分後以降から房水中にてCTMが検出され,眼内CTM濃度は点眼C60分後まで緩やかに上昇し,その後減少傾向が認められた.また,MPCポリマー併用時においても点眼C5分後以降でCTMが房水中に移行し,点眼C90分後までの房水中薬物挙動はCMPCポリマー非併用時と類似していた.CIII考按MPCポリマーのCBAC角膜毒性軽減機構について検討するうえで評価モデルの選択は重要である.筆者らはこれまで,各種緑内障治療薬によるCHCE-T傷害作用が,正常ヒト角膜上皮培養細胞への傷害作用に非常に類似し,さらに細胞増殖性,感受性にばらつきが少ないため,HCE-Tが正常ヒト角膜上皮細胞の代わりにCinvitro角膜傷害性評価に使用できることを報告してきた6).そこで本研究ではまず,HCE-Tを用いCMPCポリマーのCBAC角膜毒性軽減機構について検討した.その結果,BACとCMPCポリマーを併用処理することでCBACの角膜細胞傷害性が濃度依存的に軽減された(図2).小林-安藤らはウサギ角膜上皮を用い,MPCポリマーが塩化ポリヘキサニドに対する細胞毒性軽減効果を有することを示しており7),高田らは三次元培養ヒト角膜モデルにaa120120100100細胞増殖率(%)80溶血率(%)8060604040202000PBS0.010.10.581012MPC(%)BAC(mg/ml)bb120120100100細胞接着率(%)80溶血率(%)8060604040202000PBS0.050.10.5MPC(%)BAC(mg/ml)図3MPCポリマー(MPC)がHCE.Tの細胞増図4MPCポリマー(MPC)前処理(a)または併用処理殖(a)および接着(b)に与える影響(b)がBAC刺激による赤血球溶血性に与える影響平均値±標準誤差,n=4.8C.C平均値±標準誤差,n=4.*p<0C.05,vs.Saline.C50マーの細胞毒性軽減機構を検討した.角膜細胞の生存率には細胞増殖,細胞接着および膜安定性TM濃度(mM)の三つが主として関与しており,これらのうち一つまたは複数が高まった際にCinvitro系では細胞生存率が高まると考えC4030られる.本研究にてCMPCポリマー処理時における細胞増殖,C20細胞接着性を測定したところ,MPCポリマーの両機能に対C10する影響は認められなかった(図3).このためCMPCポリマーの膜安定作用の有無について評価した.HCE-Tは刺激時C00102030405060708090にさまざまな防御機構が働き,MPCポリマーの膜のみに対時間(min)する影響を評価することはむずかしい.一方,赤血球は核を図5MPCポリマー(MPC)配合が市販TM点眼液の薬物眼内移行性に与える影響平均値±標準誤差,n=3.て種々市販点眼液の細胞毒性をCMPCポリマーが緩和することを報告している3).本結果はこれら過去の報告を支持するものであり,本結果を踏まえ,HCE-Tを用いてCMPCポリ持たないことから細胞分裂などを行わないのが特徴であり,薬剤自体の直接的な刺激性やそれに対する保護作用の評価が可能である8).この赤血球モデルを用い,BAC刺激に対するCMPCポリマーの膜保護効果を評価したところ,MPCポリマー処理により赤血球の溶血が軽減され,その保護効果は濃度依存的であった(図4).さらに,MPCポリマーを前処理した際にもCMPCポリマーの膜保護効果が認められた.MPCポリマーは生体膜の主要構成成分であるレシチンと類似した構成であり,細胞膜表面に薄い皮膜を形成することが知られている9).これら結果および過去の知見から,MPCポリマーの膜保護効果は,BACが細胞表面を直接刺激するのを防ぐ,または膜の強度を高めることに起因するものと示唆された.BACには界面活性作用があることから,薬物の角膜透過性向上にも寄与している.このためCMPCポリマーがCBACの薬物眼内移行性に影響を与えては,点眼用添加物としての有用性は十分とはいえない.そこで次に,MPCポリマーおよびCBAC併用処理時における薬物眼内移行性を評価した(図5).薬効発現において薬物眼内移行性が必須な市販緑内障治療薬CTM点眼液を対象薬物とし,点眼後の眼房水中薬物挙動をウサギにて測定したところ,MPCポリマー併用,非併用にかかわらず,点眼C5分以降でCTMが房水中に移行し,両群において点眼C90分後までの房水中薬物挙動は類似していた.本結果は,MPCポリマーの膜表面への付着は薬物の膜透過性に影響を及ぼすほどのものではなく,MPCポリマー併用はCBACの薬物角膜透過性に影響しないことを示唆した.以上,MPCポリマーはCBACの薬物角膜透過性促進効果に影響せず,副作用であるCBAC細胞毒性を軽減する可能性があることを示した.今後,MPCポリマーとCBAC抗菌作用の関係についても検討を進めていく予定である.利益相反:長井紀章(カテゴリーF,クラスCIII:日油株式会社)原田英治,櫻井俊輔(カテゴリーE)大竹裕子,南実沙,山口瑞希,山崎由夏(なし)文献1)NagaiN,YoshiokaC,TaninoTetal:DecreaseincornealdamageCdueCtoCbenzalkoniumCchlorideCbyCtheCadditionCofCmannitolCintoCtimololCmaleateCeyeCdrops.CJCOleoCSciC64:C743-750,C20152)NagaiCN,CItoCY,COkamotoCNCetal:DecreaseCinCcornealCdamageCdueCtoCbenzalkoniumCchlorideCbyCtheCadditionCofCsericinintotimololmaleateeyedrops.JOleoSciC62:159-166,C20133)高田洋平,櫻井俊輔,宮本幸治ほか:ヒト重層化培養角膜上皮モデルを用いた眼科用製剤の眼刺激性に関する新規評価手法の開発.あたらしい眼科C31:409-413,C20144)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSciC42:2942-2948,C20015)TalianaCL,CEvansCMD,CDimitrijevichCSDCetal:TheCin.u-enceCofCstromalCcontractionCinCaCwoundCmodelCsystemConCcornealCepithelialCstrati.cation.CInvestCOphthalmolCVisCSciC42:81-89,C20016)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるCInVitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科C25:553-556,C20087)小林-安藤亮太,土田衛,猪又潔ほか:MPCポリマーによるポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)製剤の細胞毒性低減効果.日コレ誌C52:265-269,C20108)長井紀章,藤田裕美,伊藤吉將ほか:ウサギ赤血球を用いたベンザルコニウム塩化物の傷害性評価とセリシンによる保護効果.あたらしい眼科C31:729-732,C20149)釈政雄,黒田秀夫,大場愛ほか:両機能リン脂質ポリマー(吸保湿能と角層細胞間脂質バリヤ一機能強化)による角層機能の改善強化.日本化粧品技術者会誌C30:273-285,C1996C***

点眼用添加物EDTA が種々保存剤の抗菌力および角膜傷害性へ与える影響

2016年6月30日 木曜日

《第35回日本眼薬理学会原著》あたらしい眼科33(6):857.861,2016c点眼用添加物EDTAが種々保存剤の抗菌力および角膜傷害性へ与える影響長井紀章*1田辺航*1辻朗子*1勝井結美*1伊藤吉將*1岡本紀夫*2下村嘉一*2*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2近畿大学医学部眼科学教室EffectofEDTAonAntimicrobialActivityandCornealToxicityofVariousEyedropPreservativesNoriakiNagai1),WataruTanabe1),AkikoTsuji1),YumiKatsui1),YoshimasaIto1),NorioOkamoto2)YoshikazuShimomura2)and1)FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine今回筆者らは,一般的な点眼用添加剤である安定化剤エチレンジアミン四酢酸(EDTA)が,各種保存剤の抗菌力および角膜傷害性に与える影響について検討を行った.保存剤はベンザルコニウム塩化物(BAC),パラオキシ安息香酸メチル(MP),パラオキシ安息香酸プロピル(PP),亜塩素酸ナトリウム(SC)およびクロルヘキシジングルコン酸塩(CHG)の計5種を用いた.また,抗菌力および角膜傷害性の確認には大腸菌(E.coli,ATCC8739),ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた.その結果,EDTA併用下において,BACの抗菌力上昇が認められたが,細胞傷害性に変化はみられなかった.一方,他の4剤の保存剤では,EDTAとの併用により抗菌力および細胞傷害性の低下がみられた.以上,点眼薬処方におけるEDTA使用は,保存剤の抗菌力や細胞傷害性に影響を与えることを明らかとした.本研究成果は,点眼薬処方設計の一つの指標になるものと考える.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofethylenediaminetetraaceticacid(EDTA)ontheantimicrobialactivityandcornealtoxicityofvariouspreservatives,usingEscherichiacoli(E.coli,ATCC8739)andculturedcornealepitheliumcells(HCE-T).Benzalkoniumchloride(BAC),methylparahydroxybenzoate(MP),propylparahydroxybenzoate(PP),sodiumchlorite(SC)andchlorhexidinegluconate(CHG)wereusedaspreservativesinthisstudy.AlthoughtheantimicrobialactivityofBACwasincreasedbytheadditionofEDTA,thecornealtoxicityofBACwassimilartothatofthecombinationofEDTAandBAC.Ontheotherhand,boththeantimicrobialactivityandcornealtoxicityofMP,PP,SCandCHGweredecreasedbytheadditionofEDTA.TheseresultsshowthattheuseofEDTAasanophthalmicpharmaceuticaladditiveaffectstheantimicrobialactivityandcornealtoxicityofpreservatives.Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseinthedesigningofeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(6):857.861,2016〕Keywords:保存剤,エチレンジアミン四酢酸,抗菌力,角膜毒性,点眼薬.preservatives,ethylenediaminetetraaceticacid,antimicrobialactivity,cornealtoxicity,eyedrops.はじめに医薬品は主成分となる薬剤(主剤)のみでは製剤とはいえず,これに製剤設計上必要な薬剤(添加剤)が加えられ初めて製剤となる.点眼薬においても同様であり,一般的に点眼薬には可溶化剤(ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油,ポリソルベート80,ポビドンなど),安定化剤(ポリソルベート80,ポビドン,エチレンジアミン四酢酸(EDTA)など),等張化剤(塩化ナトリウム,ブドウ糖,マンニトールなど),緩衝剤(酢酸ナトリウム水和物,炭酸水素ナトリウム,ホウ酸など),pH調節剤(希塩酸,水酸化ナトリウムなど),保存剤(ベンザルコニウム塩化物(BAC),パラオキシ安息香酸メチル(MP),パラオキシ安息香酸プロピル(PP),亜塩〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(97)857 素酸ナトリウム(SC),クロルヘキシジングルコン酸塩(CHG)など)が含まれる.なかでもこれら点眼薬中に含まれる保存剤は,二次汚染を防止し安全に使用するために必要不可欠である.現在市販されている点眼薬では,保存剤の約7割にBACが用いられ,約2割にパラベン類(MPやPP),そしてその他の約1割にSCやCHGなどが使用されている.しかし,これら保存剤の長期連続投与は,使用後の“しみる”“かすむ”,眼の充血をはじめ,点眼表層角膜症や眼瞼炎とい(,)った眼局所の副作用発現に繋がるため,臨床において問題視されている1).したがって,抗菌力が高く,角膜傷害性の少ない眼にやさしい新たな製剤処方の開発が望まれている.このような背景から,眼科領域では1回使い切りタイプの容器やPFデラミ容器R(容器を二層構造とし点眼薬に添加される保存剤を不要にしたもの)などが市販されている.また,配合剤や細胞毒性の低い新規保存剤の開発のための研究も進められている1).一方,製剤処方において,主薬と添加物の相互作用についてはいまだ十分に検討はなされておらず,添加物が各種保存剤の抗菌力や角膜毒性に与える影響を明確にすることは,眼にやさしく,高い抗菌力を維持する製剤処方の確立において非常に重要である.そこで今回,基礎研究として代表的点眼製剤用添加物であるEDTAが保存剤各種の抗菌力および角膜傷害性に与える影響について検討を行った.I対象および方法1.使用薬物点眼用添加物である安定化剤EDTAと保存剤として多用されているBAC,MP,PP,SCおよびCHGの計6種を用いた.各種試験溶液は,EDTAと各種保存剤(BAC,MP,PP,SC,CHG)を精製水で溶解し,細孔径0.2μmのメンブランフィルターで濾過滅菌することで調製した.角膜細胞傷害性の評価に用いたEDTAの濃度は,過去の報告に従い2),眼科用最大許容投与量(0.127%)以下である0.1%(1mg/mL)とした2).また,各種保存剤濃度は,臨床で用いられる濃度を参考に,いずれも0.005%(50mg/mL)とした.2.最小発育阻止濃度(MIC)の測定試験菌株には,独立行政法人製品評価技術機構から購入した大腸菌(E.coli,ATCC8739)を用い,MICの測定は微量液体希釈法に従い行った1).また,感受性測定用培地はMuellerHintonBroth(日本ベクトン・ディッキンソン)を用いた.実験操作は以下のようにして行った.まず,E.coliを寒天培地上で18.24時間培養(35±1℃)後,滅菌生理食塩液にて試験菌が1×108個含まれる菌液を調製し,薬液と1×106個/mLの生菌数になるように混合した(試験液).これらの試験液を含む容器を22.5±2.5℃の条件下で遮光保存し,28日後の試験溶液中生菌数の確認を行った.生菌数の858あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016確認にはカンテン平板混釈法を用い,対照に用いた薬剤不含有培地での菌の発育を確認後,菌の発育が肉眼的に認められないwellのうち最小の薬剤濃度をMICとした1).3.角膜上皮細胞傷害性の評価培養細胞は理化学研究所より購入した不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,角膜細胞傷害性の評価は,筆者らが確立し報告してきたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価法に従った2.4).HCE-T細胞を96wellプレートに100mL(1×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.実験操作は以下のようにして行った.HCE-T細胞を10.120秒薬剤にて処理後,PBSにて2回洗浄し,各wellに100mLの培地およびCellCountReagentSF(ナカライラスク社製)20mLを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理後,450nmの吸光度(Abs)を測定した.薬剤処理後の細胞死亡率(%)は次式(1)により算出した.細胞死亡率(%)=(Abs未処理.Abs薬剤処理)/Abs未処理×100(1)4.統計解析実験は1群に対し8回(検体)行い,得られたデータは平均値±標準誤差(SE)として表した.各々の実験値はStudentのt-testにより解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差ありとした.II結果1.EDTA添加に伴う種々保存剤の抗菌力の変化表1はEDTAおよび種々保存剤のMICを示す.また,図1にはEDTAと種々保存剤併用処理時における抗菌力の変化を示す.EDTAのMICは700mg/mLであり,今回使用した保存剤のMICはBAC>CHG>Mp>SC>PPの順であった.これら保存剤にEDTAを添加したところ,MP,PP,SCおよびCHGにおいて抗菌力の低下がみられた.一方,BACではEDTAの添加により抗菌力の増大が認められ,MICより低い濃度においても十分な抗菌力を示した.表1眼科用添加物のE.coliに対する最小阻害濃度眼科用添加物MIC(μg/mL)BAC(ベンザルコニウム塩化物)16MP(パラオキシ安息香酸メチル)6PP(パラオキシ安息香酸プロピル)1.25SC(亜塩素酸ナトリウム)5CHG(クロルヘキシジングルコン酸塩)8EDTA(エチレンジアミン四酢酸)700(98) A:BACB:MB:MPC:PP1001008080保存効力なし●保存効力ありPP濃度(μg/mL)保存効力なし●保存効力あり保存効力なし●保存効力あり細胞死亡率(%)細胞死亡率(%)SC濃度(μg/mL)BAC濃度(μg/mL)細胞死亡率(%)細胞死亡率(%)CHG濃度(μg/mL)MP濃度(μg/mL)604020604020000010020030040050001002003004005000100200300400500EDTA濃度(μg/mL)EDTA濃度(μg/mL)EDTA濃度(μg/mL)D:SCE:CHG100保存効力なし●保存効力あり保存効力なし●保存効力あり図1EDTAが種々保存剤の抗菌力に与え001002003004005000100200300400500る影響EDTA濃度(μg/mL)EDTA濃度(μg/mL)破線は各保存剤自身(単独)のMICを示す.0A:BACB:MPC:PP8080606040402020MP●MPwithEDTA**00306090120時間(sec)00306090120時間(sec)PP●PPwithEDTAE:CHGD:SC00306090120時間(sec)BAC●BACwithEDTA808080707070細胞死亡率(%)606060505050404040303030202020*101010SC●SCwithEDTA**CHG●CHGwithEDTA図2EDTA(0.1%)が各種保存剤(0.005208080706050403020*70*60504030%)の角膜細胞傷害性に与える影響10細胞死亡率は式(1)を用いて算出した.平0030609012000306090120均値±標準誤差,n=8.*p<0.05vs.コン時間(sec)時間(sec)トロール群(EDTA非添加群).2.EDTA添加に伴う種々保存剤の角膜細胞傷害性のBAC≒CHG>SC≫MPの順であった.一方,パラベン類で変化あるPPにおいては処理120秒まで細胞傷害は認められなか図2はEDTAと種々保存剤処理時におけるHCE-T細胞ったが,処理180秒後では細胞傷害がみられ,その細胞死の死亡率を示す.BAC,MP,SCおよびCHGでは処理時間亡率は13.9±2.1(平均値±SE)であった.これら種々保存の増加とともに細胞死亡率の増加が認められ,その傷害性は剤にEDTAを添加したところ,BAC処理群ではその細胞傷(99)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016859 害性に大きな影響はみられなかった.このBAC処理群の結果とは異なり,MP,SCおよびCHG処理群ではEDTAの併用処理により,細胞毒性が有意に低下した.また,PPおよびEDTA併用処理群では,処理0.180秒間において細胞傷害性はみられなかった.III考按EDTAは点眼薬中に多く含まれる安定化剤であり,BAC,MP,PP,SC,CHGは点眼製剤の製造において多用される保存剤である.本研究ではEDTAと各種保存剤(BAC,MP,PP,SC,CHG)の組み合わせが,保存剤の有する抗菌力および角膜上皮細胞毒性(副作用)へ与える影響について明らかにするために検討した.まず,今回用いたEDTAと各種保存剤(BAC,MP,PP,SC,CHG)の抗菌力および角膜上皮細胞傷害性について検討したところ,EDTAの抗菌力はMIC700mg/mLと低かったが,各種保存剤単独では強い抗菌力が確認できた.一方,0.005%における各種保存剤の角膜上皮細胞傷害性は,BAC≒CHG>SC≫MPの順であり,PPにおいては処理120秒間で細胞傷害性はみられず,毒性は非常に低いものであった.一般に,保存剤の抗菌メカニズムと角膜細胞毒性とは密接にかかわっていることが知られている.今回選択したBACは陽電荷をもつ原子団が菌体表面に吸着することで細胞膜破壊,細胞内の酵素蛋白質の変性,呼吸系の阻害を引き起こす5.7).また,パラベン類(MPやPP)の抗菌作用発現機構は,膜イオン透過性亢進による膜電位の消失もしくはミトコンドリアの呼吸機能障害によることが先行研究により示唆されており,アルキル側鎖の長さが長い程細胞毒性が低下することが知られている8,9).これらパラベン類のアルキル側鎖の長さと細胞毒性の関係は,今回示したMP,PPの結果と同様であった(表1および図1).さらに,SCはアミノ酸のスルフィド(S-H)結合と酵素のジスルフィド(S-S)結合を酸化して細胞の機能を破壊するとともに,細胞膜を直接的に破壊して抗菌活性を示すとされており10),CHGは細胞膜に吸着し,細胞膜傷害と細胞質の漏洩を起こすとともに,酵素蛋白質に吸着して活性阻害を起こすことが知られている11).一方,本研究では抗菌力の評価に,環境中に存在する菌類の主要な種の一つであるグラム陰性の桿菌E.coliを用いた.グラム陰性菌は細胞膜と外膜の2つの脂質膜に包まれている.この外膜はリポ多糖,リン脂質および数種の蛋白質などからなり,2価陽イオンでそれらの一部が結びつけられているため,陽イオンのキレーターであるEDTAを作用させると,外膜を構成する成分の一部が遊離し,外膜に障害が認められる12,13).このような膜の傷害によって,外膜により膜内への透過が抑制されていた薬剤が容易に外膜を通過できるよ860あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016うになり,薬効および毒性が高まることが報告されている.したがって,E.coliにEDTAと各種保存剤を併用した際には,薬剤のE.coliに対する膜透過性亢進により抗菌力が高まるが,外膜を持たない角膜上皮細胞に対する細胞傷害性は大きく変化しないものと考えられた.本研究においても,BACとEDTAの組み合わせでは,抗菌力は上昇したが,角膜傷害性においては有意な差はみられなかった.このBACとEDTAの組み合わせの結果とは異なり,パラベン類(MP,PP),SCおよびCHGでは,EDTA併用により抗菌力および角膜傷害性の低下が認められた.EDTA併用処理では薬剤の膜透過性亢進が考えられるが,E.coliに対する抗菌力の低下と角膜上皮細胞における細胞毒性の軽減がともにみられたことから,パラベン類(MP,PP),SCやCHGの薬効(抗菌力)や副作用発現(細胞傷害性)には2価陽イオンがかかわっており,陽イオンのキレーターであるEDTAとの併用はそれらの効力を低下させる可能性が示唆された.以上,点眼薬の処方設計において,添加物EDTAの組み合わせは保存剤の抗菌力,角膜傷害性に影響を及ぼすことを見出した.今後,E.coli以外の菌類に対してどのような影響を与えるかを検討するとともに,パラベン類(MP,PP),SCおよびCHGの保存効果機構と2価陽イオンの関係についても検討を進めていく予定である.本研究結果は,点眼薬処方設計の一つの指標になるものと考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)瀧沢岳,片岡伸介,小高明人ほか:ホウ酸含有点眼剤組成の抗菌メカニズム.あたらしい眼科27:518-522,20102)長井紀章,村尾卓俊,伊藤吉將ほか:点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80及びEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響.あたらしい眼科27:1299-1302,20103)NagaiN,YoshiokaC,ManoYetal:Ananoparticleformulationofdisulfiramprolongscornealresidencetimeofthedrugandreducesintraocularpressure.ExpEyeRes132:115-123,20154)NagaiN,ItoY,OkamotoNetal:Ananoparticleformulationreducesthecornealtoxicityofindomethacineyedropsandenhancesitscornealpermeability.Toxicology319:53-6220145)DebbaschC,PisellaPJ,DeSaintJeanMetal:Mitochondrialactivityandglutathioneinjuryinapoptosisinducedbyunpreservedandpreservedbeta-blockersonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:25252533,20016)DeSaintJeanM,BrignoleF,BringuierAF:EffectsofbenzalkoniumchlorideongrowthandsurvivalofChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci40:619-630,(100) 19997)DebbaschC,BrignoleF,PisellaPJetal:Quaternaryammoniumsandotherpreservatives’contributioninoxidativestressandapoptosisonChangconjunctivalcells.InvestOphthalmolVisSci42:642-652,20018)BredinJ,Davin-RegliA,PagesJM:PropylparabeninducespotassiumeffluxinEscherichiacoli.JAntimicrobChemother55:1013-1015,20059)NakagawaY,MoldeusP:Mechanismofp-hydroxybenzoateester-inducedmitochondrialdysfunctionandcytotoxicityinisolatedrathepatocytes.BiochemPharmacol55:1907-1914,199810)小林正枝,秋山茂,岩下正人ほか:亜塩素酸ナトリウム製剤の殺菌効力に関する検討.食品衛生学雑誌30:367374,198911)第十六改正日本薬局方解説書廣川書店,C-1563,201112)AsbellMA,EagonRG:Roleofmultivalentcationsintheorganization,structure,andassemblyofthecellwallofPseudomonasaeruginosa.JBacteriol92:380-387,196613)RogersSW,GillelandHEJr,EagonRG:Characterizationofaprotein-lipopolysaccharidecomplexreleasedfromcellwallsofPseudomonasaeruginosabyethylenediaminetetraaceticacid.CanJMicrobiol15:743-748,1969***(101)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016861