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白内障手術患者が術前説明をどの程度記憶しているかについての検討

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(119)13070910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):13071310,2008cはじめにインフォームド・コンセントは1914年に米国の最高裁判所での判決からその概念が発展したといわれている1).現在,インフォームド・コンセントは医療に携わる人のみならず一般の患者にも広く認知されており,眼科領域においても重要なことは論を待たない.特に白内障手術では,手術は簡単でよく見えるようになって当たり前と思われがちなため,十分なインフォームド・コンセントをしておかなければ,もし術後に思わしくない結果になった場合,訴訟につながることも危惧される.また,たとえ術後視力が良くても訴訟は免れないといわれている2).しかしながら,日常臨床で医師が懇切な説明に努めても患者がこれを覚えていないということはしばしば経験される3).患者から‘そんな話は聞いていない’というトラブルを回避するためには術前説明がどの程度記憶されているかを知り,日頃の説明に生かしていく必要があるが,これに関す〔別刷請求先〕山田貴之:〒730-8619広島市中区千田町1-9-6広島赤十字・原爆病院眼科Reprintrequests:TakayukiYamada,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HiroshimaRedCrossandAtomicBombSurvivors’Hospital,1-9-6Senda-cho,Naka-ku,Hiroshima-shi730-8619,JAPAN白内障手術患者が術前説明をどの程度記憶しているかについての検討山田貴之*1望月英毅*2方倉聖基*2追中松芳*1木内良明*2*1広島赤十字・原爆病院眼科*2広島大学大学院医・歯・薬総合研究科視覚病態学PatientRecollectionofContentsofInformedConsenttoCataractSurgeryTakayukiYamada1),HidekiMochizuki2),SeikiKatakura2),MatsuyoshiOinaka1)andYoshiakiKiuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,HiroshimaRedCrossandAtomicBombSurvivors’Hospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity白内障手術患者が術前説明をどの程度記憶しているかについて検討した.広島赤十字・原爆病院で入院白内障手術を受けた患者を対象とし,リーフレットを手渡したうえで手術前日に説明した内容を手術翌日に質問し回答を集計した.プレゼンテーションスライドを用いた術前説明により記憶が改善するかについても検討した.手術説明前の初診患者と比較して,術翌日患者では有意にほぼすべての項目で正解率は高く,説明の効果が確認できたが,合併症に関する項目は正解率が低く,白内障手術は簡単との風評の一因とも思われる.過去に白内障手術を受けた経験の有無は正解率に影響しなかったので,2眼目の手術であっても説明を簡略化すべきではないと考える.プレゼンテーションスライドを用いて説明した群は口頭のみでの説明の群と比較して正解率に改善はなかった.患者の興味を引くようさらなる工夫が必要である.Weevaluatedpatients’recollectionofinformedconsent(IC)tocataractsurgery.Onthedaybeforesurgery,patientsweregivenaninformationleaetandgavetheirIC.Thedayaftersurgery,theywerequestionedastotheICdiscussion.Theirrecollectionofanexplanationwithpresentationslideswasalsoassessedastowhetherornotitimprovedtheirrecollection.ThepercentageofcorrectresponseswashigherforeveryquestionafterICthanitwasbeforeexplanation.However,recollectionregardingsurgicalcomplicationswasrelativelypoor.Thismaybebecauseamongpatients,cataractsurgeryisoftenconsidered‘easy’.Pasthistoryofsurgerydidnotimprovethepercentageofcorrectanswers.Weconcludethattheexplanationshouldnotbesimpliedforpatientsundergoingsecondeyesurgery.Presentationslidesdidnotcontributetobetterrecallofinformation.Theseresultsindicatethatweneedfurtherimprovementstoattractpatients’attention.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):13071310,2008〕Keywords:白内障,術前説明,記憶.cataractsurgery,informedconsent,recall.———————————————————————-Page21308あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(120)る報告は少ない.また,インフォームド・コンセントは説明を患者が理解し,そのうえで同意して成り立つものであるが,患者の理解度を実際に調査定量化するのは困難である.そこで筆者らは白内障術前に説明した内容を,患者は術後にどれだけ記憶しているのかを調査したので報告する.I対象および方法対象は平成17年10月18日から11月22日までに広島赤十字・原爆病院(以下,本院)で入院白内障手術を受けた患者および手術申し込みをした患者51名のうち,手術翌日に病名が白内障であることを記憶していなかった患者1名を除外した50名である.対象のうち,白内障手術を初めて受ける患者は39名,過去に反対眼の手術をした既往がある患者は11名であった.医師の説明を聞く前に患者があらかじめどの程度白内障およびその手術に関する知識があるか調査するために,白内障手術目的の初診患者のうち,前述の50名とは別の10名に対し,診察前に質問を口頭にて行った.結果は術前説明による知識向上の程度を判定するためのコントロールとして使用した.比較した患者群の平均年齢に差は検出されなかった(表1).説明と質問の流れを図1に示す.外来での手術申し込み時に術前説明を外来診察医が行い,説明内容を記載したリーフレットを手渡した後,入院時(手術前日)に改めてもう一度術前説明を行った(計2回).さらに,術前説明の記憶をより改善させる目的で,期間の後半は説明時にリーフレットの内容に基づいたプレゼンテーションスライドを用いながらの説明を試みた.初めて白内障手術を受ける患者39名のうち,口頭のみでの説明を受けたものが23名,スライドを併用した説明を行ったものが16名いた(表1).手術翌日に術前に説明した内容について患者に個別に質問し回答を集計した.入院時の説明と術後の質問は全例同一の医師が口頭でおおむね20分程度かけて行った.一度の入院期間中,連続して左右の手術を受ける患者には1眼め手術終了後に質問を行った.日本医師会の診療情報の提供に関する指針(第2版)によれば患者への説明は,診断名,予後,治療の方針,代替的治療法,手術を行う場合にはその概要,危険性,合併症,および実施しない場合の危険性を説明するよう求めている.これに従い,本院ではつぎのような内容を噛み砕いて説明を行った.診断は白内障である.予後は放置すればだんだん見えにくくなり,自然軽快はない.治療方針としては点眼では進行を遅らせる程度で治療は手術しかない.手術方法の概略としては,水晶体を吸引し,眼内レンズと入れ替える.危険性と合併症は,細菌が入って最悪失明にまで至ることがある.破して一度の手術では眼内レンズが入れられないことがある.術後訴えの多い青視症についても説明した.これに対応し,患者に対する質問と正解は下記とした.質問は個別に口頭で行い,解答の言葉は異なっていても内容が合致すれば正解とした.1.今回手術を受けた病気の名前は何ですか?正解:白内障2.その病気の原因は何ですか?正解:老化3.手術を受けずにいると見え方はどうなるでしょう?正解:だんだん見えにくくなる4.手術以外にはどんな治療法がありますか正解:他に治療法はない5.手術の方法の概略を説明してください.正解:眼内レンズを入れる6.白内障手術を受けると見え方が少し変わることがあります.どんな風になりますか?正解:青視症に関する解答外来:白内障手術にて受診説明前に(10名)手術申し込み時に説明し,リーフレットを手渡し入院:手術前日に39名をまとめて説明説明同意に名手術手術翌日に患者から個別に術前説明について聞きり(50名)図1調査の流れ表1対象患者の内訳n年齢(平均±SD)年齢の分布手術説明後に調査した患者手術経験なし口頭のみによる説明23名73.7±8.3歳5988歳スライドを用いた説明16名72.8±9.0歳5584歳手術経験あり11名77.5±6.5歳6586歳手術説明後に調査した患者の合計50名74.2±8.2歳5588歳手術説明前に調査した患者10名72.5±9.1歳5885歳———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081309(121)7.白内障手術の主な危険性はどういったものがありますか?正解:破と眼内炎に関する解答問1は患者を除外する基準として用い,結果の解析には使用していない.問7は破と眼内炎に関する解答それぞれで1問正解とし,全7問として集計した.全例とも術中,術後の合併症はなく良好な視力が得られた.年齢の群間差をunpairedt-test,正解率の群間差をFis-cherのexacttest,正解数と年齢の相関をSpearmanrankcorrelationcoecientを用いて検定し,p<0.05を有意とした.II結果各患者は年齢や知能レベルなどにより理解力がさまざまであると思われるので,多くの患者をまとめて説明すると各患者で理解に差が出ることが考えられるが,今回はこうした因子による補正は行わずに結果を検討した.散布図をみると若年者ほど正解問数が多いようにも見えるが,術後患者50名の年齢と正解問数の間には相関は検出できなかった(図2).説明前患者と説明後術翌日患者の正解率を比較すると,手術をせずにいた場合の予後に関しては両群間での正解率に差は検出されなかったが,他の項目に関しては説明することにより正解率が有意に上がることが示された.個々の項目の正解率を見ていくと,白内障の原因が老化であることは説明後も正解率は65%にとどまった.白内障は放置すれば徐々に進行することと,手術の概要については80%以上と,他の項目よりも正解率が高いようであった.合併症に関しては術後も30%前後と低かった(図3).つぎに,過去に白内障手術を受けた経験の有無が説明後の記憶に及ぼす影響について検討する目的で,初めての手術の人23名,過去に反対眼を手術した経験のある人11名の正解率ついて比較した.手術の概要については手術の既往のある患者のほうがやや高い傾向があるものの,いずれの項目においても有意差は検出されなかった(図4).さらに,説明にスライドを用いることが説明後の記憶に及ぼす影響について検討した(図5).口頭のみによる説明を受けた人23名(図4の白棒グラフの再掲)とスライドを用いた説明を受けた人16名の正解率を比較したところ,白内障の原因が老化であることの認識はスライドを用いることで少5060708090正解問数患者の年齢(歳)01234567図2患者の年齢と正解数の散布図内の原の手術の内手術をいの後正解説明前=10:説明後n=50************p<0.05**p<0.01図3説明前患者と説明後術翌日患者の比較内の原の手術の内手術をいの後正解手術のい患者=23:反対眼の手術を受けている患者n=11図4手術既往の有無が及ぼす影響図5口頭のみとスライドを用いた説明の比較内の原の手術の内手術をいの後正解口頭のみ=23:スライド使用n=16———————————————————————-Page41310あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(122)し高まったようであるが,いずれの項目についても有意な改善はなかった.III考按これまで海外では白内障術前説明の記憶に関する報告が散見されるが,日本においてはほとんど報告されていない.国民性の違いがあるが,過去の報告と比較しながら検討する.2眼めの手術患者は手術方法に関してはよく理解しているのかもしれないが,説明後の合併症に関する記憶は変わりない.これまでの報告3)でも同様であり,過去白内障手術を経験している患者であっても術前説明を簡略化すべきではない.白内障の原因が加齢であることが多くの人に知られていないことは興味深い結果である.一方,手術の概要は8090%と他の項目より正解率が高い傾向があり,患者の関心がここにあることがうかがえる.合併症に関して,その多くは記憶されておらず,過去の報告46)においても合併症や危険性に関する記憶が低いことは同様である.このことが「白内障手術は簡単」との風評の一因かもしれない.医療者側はリスクについての説明を最も重視するが,患者の注意は合併症にはあまり向いていない.今回データには示していないが,眼内炎と破の発症率も説明はしたものの,これについての正答者はきわめて少数であり,数字に関する事項はほとんど記憶されないとの印象を受けた.ただし,今回は手術に踏み切った患者を調査対象としており,説明を聞いて手術を見送った患者は,合併症についてよく記憶している可能性がある点も考慮せねばならない.Kessels7)は患者の記憶に影響する因子として①専門用語の難解さ,②説明の仕方(口頭のみかリーフレットを渡すかなど),③患者側の因子(高齢,低教育など)をあげている.①に関しては説明者ができるだけ噛み砕いてすることは重要である.②に関して,Moseleyら8)はリーフレットのみでは口頭による説明と変わらず,ビデオを流しながら説明すると有意に記憶の改善がみられたと報告している.リーフレットを渡すことによる記憶の向上に関しては意見が分かれ,Scanlanら4)は向上する,Pesudovら9)は変わらないと報告している.本院ではリーフレットを手渡しているが,リーフレットは説明したということを証明する材料にもなるため,筆者らは重要であると考えている.Brownら10)は英国ウエストランド州の眼科12施設のリーフレットにどのような内容があるかをまとめている.診断名・治療の選択肢・手術手技・術後の生活(新しい眼鏡が必要,通院が必要など)・コスト・合併症に関する情報があげられている.コストに関することは本院では説明していないが,他の内容は網羅しており,最低限の情報は掲載していると考える.③の年齢や学歴に関してはわれわれ医療者が改善することはできない.オーストリアのKissら11)は44%が医師優位に手術を決心し,26%が医師と患者本人で決めたと報告している.日本においては特に高齢の患者で医師依存の傾向が強く,「すべて先生にお任せします.」と丸投げにする患者が多い.このような患者は説明もあまり聞いていない傾向があり,説明時に注意を要する.今回は,口頭のみではなくスライドを用いることにより視覚に訴える説明を試みたが,有意な記憶の改善はみられなかった.Moseleyら8)のようにビデオを用いるなどもう少し患者の興味を引くようさらなる工夫が必要と思われた.また白内障手術患者は人数が多く,入院時の説明を複数人に対して同時に行う場合,1対1の説明と比べると興味が薄れる可能性があるのではないかと推察される.今回の結果から,医師は説明したつもりでも患者は記憶していないことは多くあることが実証された.このことを踏まえ,状況に応じて家族にも説明を聞いてもらうなどの対応が必要である.また,術前説明時にはさまざまな工夫をするよう努めることが大切であると考える.文献1)NickWV:Informedconsent─thenewdecisions.BullAmCollSurg59:12-17,19742)BhanA,DaveD,VernonSAetal:Riskmanagementstrategiesfollowinganalysisofcataractnegligenceclaims.Eye19:264-268,20053)MorganLW,SchwabIR:Informedconsentinsenilecata-ractextraction.ArchOphthalmol104:42-45,19864)ScanlanD,SiddiquiF,PerryGetal:Informedconsentforcataractsurgery:whatpatientsdoanddonotunder-stand.JCataractRefractSurg29:1904-1912,20035)CheungD,SandramouliS:Theconsentandcounsellingofpatientsforcataractsurgery:aprospectiveaudit.Eye19:963-971,20056)VallanceJH,AhmedM,DhillonB:Cataractsurgeryandconsent;recall,anxiety,andattitudetowardtraineesur-geonspreoperativelyandpostoperatively.JCataractRefractSurg30:1479-1485,20047)KesselsRP:Patients’memoryformedicalinfomation.JRSocMed96:219-222,20038)MoseleyTH,WigginsMN,O’SullivanP:Eectsofpre-sentationmethodontheunderstandingofinformedcon-sent.BrJOphthalmol90:990-993,20069)PesudovK,LuscombeCK,CosterDJ:Recallfrominformedconsentcounsellingforcataractsurgery.JLawMed13:496-504,200610)BrownH,RamchandaniM,GillowJTetal:ArepatientinformationleaetscontributingtoinformedconsentforcataractsurgeryJMedEthics30:218-220,200411)KissCG,Richter-MuekschS,StifterEetal:Informedconsentanddecisionmakingbycataractpatients.ArchOphthalmol122:94-98,2004