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不良な転帰をたどった非コンタクトレンズ性アカントアメーバ角膜炎の1例

2018年3月31日 土曜日

《第54回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科35(3):384.388,2018c不良な転帰をたどった非コンタクトレンズ性アカントアメーバ角膜炎の1例宮本龍郎*1,2仁木昌徳*2三田村佳典*2*1社会医療法人財団大樹会総合病院回生病院眼科*2徳島大学大学院医歯薬学研究部眼科学分野CACasewithNon-contact-lens-relatedPoor-prognosisAcanthamoebaKeratitisTatsuroMiyamoto1,2),MasanoriNiki2)andYoshinoriMitamura2)1)DepartmentofOphthalmology,KaiseiCentralHospital,2)DivisionofOphthalmology,InstituteofBiomedicalSciences,TokushimaUniversityGraduateSchool目的:非コンタクトレンズ(CL)性のアカントアメーバ角膜炎(AK)に対し,治療を行うも不良な転帰をたどった症例の報告.症例:65歳,男性.CL装用歴はない.所見と経過:第C7病日に初診となり,左眼の視力はC0.01で,眼圧はC37CmmHgだった.輪部腫脹を伴う強い毛様充血,角膜上皮と実質の浮腫を伴っており,前房蓄膿があった.輪部に平行な輪状上皮欠損があり,地図状を呈していた.上皮型角膜ヘルペスを疑い治療を開始するも,第C14病日に眼圧はC65CmmHgと上昇し,所見は悪化した.同日に角膜を掻爬し,擦過物の塗抹検鏡にてアカントアメーバのシストを認めた.入院のうえC3者併用療法を開始しいったん所見が改善したが,その後前房蓄膿が再発し,眼圧が再上昇した.前房蓄膿はC7Cmm高となり,リン酸ベタメタゾンの点眼を開始したところ前房蓄膿の改善を得たが,続発緑内障により視力は光覚弁となった.結論:非CCL性のCAKは進行が早く,早期の治療開始が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCnon-contact-lens-relatedCAcanthamoebaCkeratitis(AK).CCase:AC62-year-oldmalewithnohistoryofcontactlens(CL)wear.Findingsandclinicalcourse:Correctedvisualacuitywas0.01inthelefteye.Hehadciliaryinjectionwithlimbaledema,cornealedema,hypopyonandring-shapedcornealepitheli-aldefect.Westartedanti-herpestherapy,buttheconditionsworsened.WedetectedAcanthamoebaCcystsfromcor-nealscrapingsmearsandinitiatedthree-combinationtreatmentforAK.Afterthesetherapies,thecorneal.ndingsimprovedbuthypopyonrecurrenceandIOPelevationwerefound.Afteraddingbetamethasoneeyedropsthehypo-pyonimproved,butBCVAdecreasedtolightperceptionbecauseofsecondaryglaucoma.Conclusion:Thediseasemayprogressrapidlyincasesofnon-CL-relatedAK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(3):384.388,C2018〕Keywords:非コンタクトレンズ性アカントアメーバ角膜炎,輪状上皮欠損,続発緑内障.non-contact-lens-relat-edAcanthamoebaCkeratitis,ring-shapedcornealepithelialdefect,secondaryglaucoma.Cはじめにアカントアメーバは土壌や淡水,粉塵など自然界に生息する原生動物で,元来ヒトに対する病原性は強くないとされている.1974年にCNagingtonらによりアカントアメーバによる眼の感染が初めて報告されたが1),これは土壌関連の外傷に伴う角膜感染症だった.その後欧米ではコンタクトレンズ(contactlens:CL)の普及に伴い,アカントアメーバ角膜炎(AcanthamoebaCkeratitis:AK)の発症者が増加し,わが国ではC1988年に石橋らによりCCL装用者に生じたCAKの症例が初めて報告された2).非CL性AKは欧米で3.15%3),わが国でC1.7.10.7%と報告されていることからも4.6)AKの多くはCCL性であることは広く知られている.今回CCL装用歴のない農業従事者に生じたCAKのC1例を経験し,治療を行うも不良な転帰をたどったので報告する.〔別刷請求先〕宮本龍郎:〒762-0007香川県坂出市室町C3-5-28社会医療法人財団大樹会総合病院回生病院眼科Reprintrequests:TatsuroMiyamoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KaiseiCentralHospital,Muromachi3-5-28,CSakaidecity,Kagawa762-0007,JAPAN384(102)ab図1初診時所見(第7病日)Ca:輪部腫脹を伴う毛様充血と角膜浮腫,前房蓄膿を認める.Cb:上皮欠損は輪部に平行な輪状角膜上皮欠損を生じている.C図2第14病日初診時と比較し毛様充血が強くなり,輪状浸潤を生じている.I症例患者:65歳,男性.既往歴:特記すべきことなし.CL装用歴はない.現病歴:農作業中に左眼の異物感を訴えて近医眼科を受診し,左眼瞼結膜の異物と瞼裂斑炎を指摘された.結膜異物が除去されC1.5%レボフロキサシン点眼液とC0.1%フルオロメトロン点眼液が処方された.しかし,眼痛と視力低下が進行したため,第C3病日に同院を受診したところ,感染性角膜炎が疑われフルオロメトロン点眼が中止され,レボフロキサシンとセフメノキシムの頻回点眼に変更された.その後も病状が悪化し,第C7病日に徳島大学病院眼科へ紹介された.視力は右眼C0.9(1.5C×sph+3.0D(cyl2.0DAx90°),左眼0.01(矯正不能)だった.眼圧は右眼C15CmmHgで,左眼は37CmmHgだった.左眼は輪部の腫脹を伴う毛様充血があり,角膜上皮と実質に浮腫もあり前房内の微塵は不明だった.前房蓄膿がC1Cmm高あり,角膜浸潤は中央部にわずかにあり(図1a),同部を含め輪部に平行に輪状上皮欠損があり,辺縁はジグザグで地図状上皮欠損様を呈していた(図1b).感染性角膜炎を想起し角膜掻爬を勧めたが疼痛のため同意が得られず,上皮型角膜ヘルペスを疑いアシクロビル眼軟膏C1日5回塗布させ,高眼圧に対しアセタゾラミドC500Cmgを内服させた.第C14病日に再来させたところ輪状浸潤が出現し(図2),上皮欠損が拡大していた.毛様充血と輪部腫脹も悪化し,眼圧はC65CmmHgに上昇していた.病状悪化について説明し同意のうえで角膜掻爬し,塗抹検鏡したところアカントアメーバのシストが同定され(図3),他の微生物は検出されず,培養においても何も検出されなかった.このことからアカントアメーバ角膜炎と診断し同日入院させたうえで,3者併用療法として定期的な角膜掻爬を行いつつ,ボリコナゾール点滴,0.05%クロルヘキシジンとC0.1%ボリコナゾールの1時間毎点眼,ピマリシン眼軟膏のC1日C4回点入にて治療をC眼圧(mmHg)図3角膜擦過物の塗抹像(×400)アカントアメーバのシストが認められる.a:ディフクイック染色.b:ファンギフローラCY染色.C角膜掻把6040200720406080100120150200250300400500(病日)ドルゾラミド/チモロール配合点眼液2×ラタノプロスト点眼液1×アセタゾラミド500mg内服図4治療経過開始した(図4).高眼圧に対してはアセタゾラミドをC750mgに増量し,ドルゾラミド/チモロール配合点眼液を開始した.これらの治療を開始後に前房蓄膿は消失し(図5a),上皮欠損は縮小した.ところが第C49病日に前房蓄膿が再発し,その後鼻下側に虹彩前癒着が出現した(図5b).虹彩ルベオーシスが急速に進行し,第C71病日にはルベオーシスからの前房出血が前房蓄膿に混在するようになり,眼圧もC40mmHgを超えるようになった.アカントアメーバ角膜炎の再発を考慮し,角膜掻爬するもシストは同定されなかった.しかし,その後も病状は悪化し,前房蓄膿はC7Cmm高となった(図5c).アカントアメーバ角膜炎の再発に注意しながら厳重な経過観察のもと,第C95病日にC0.1%リン酸ベタメタゾン点眼液をC1日C4回から開始したところ,徐々に前房蓄膿は減少し虹彩ルベオーシスも改善した.眼圧は下降したが,第C170病日には虹彩前癒着が全周性となった(図5d).第226病日には上方の角膜の菲薄化が認められ,第C442病日にはその範囲が広がっているが角膜穿孔は認められず,視力は光覚弁となっている(図5e).CII考察AKの所見は,初期では輪部結膜の浮腫を伴う結膜充血,上皮下混濁,偽樹枝状の上皮病変や放射状角膜神経炎が出現し,時として上皮型角膜ヘルペスと誤診されることがある.初期に適切な治療がなされないと輪状の角膜浸潤が出現し,完成期として円板状の混濁2,7)となる.AKは緩徐に病変が進行するとされているが8),早期に病状が悪化する経過をたどる症例も報告されており5),AKも他の眼感染症と同様に早期診断と早期治療の開始が望ましいと思われる.本症例も発症C2週間で輪状浸潤が出現していたことから,急速進行性のCAKであると考えられた.そのため初診時に角膜を掻爬C図5臨床経過a:第C31病日.前房蓄膿は減少した.Cb:第C49病日.前房蓄膿の悪化と鼻下側に虹彩前癒着がある.Cc:第C95病日.前房蓄膿がC7Cmm高となっている.Cd:第C170病日.充血は改善し前房蓄膿は減少した.Ce:第C442病日.充血は改善したが,角膜の菲薄化が進行し視力は光覚弁となっている.し,塗抹検鏡したうえで治療を開始していれば,本症例のよ念頭におく必要があると考えられた.うに不良な転帰をたどらなかった可能性が高く,反省すべき昨今CCLとCAKとの関連について広く周知されるようにな点であった.り,以前と比較しCAKを早期に診断し,治療を開始できる本症例は初診時に高度な輪部炎を伴う輪状角膜上皮欠損をようになった.しかし,アカントアメーバは環境中に生息呈していた.上皮欠損の境界はジグザグであり一見地図状上し,農業従事者による外傷性CAKの症例がまれではあるが皮欠損のように見え,上皮型角膜ヘルペスを想起させた.し存在すると報告されている3).本症例では急速進行性のCAKかし,その上皮欠損は輪部に平行に生じており,地図状上皮だったが,外傷性CAKはCCL性CAKと比較し重症化しやすい欠損を呈する上皮型角膜ヘルペスの典型例とは異なっていのかもしれない.Sharmaらも非CCL性のCAKはその診断がた.高度の輪部炎を呈したCAKにおける輪状の周辺部角膜遅れがちになるため,CL性と比較し進行が速く,重症化し上皮欠損については過去に報告されており,進行すると輪状やすいのではないかと推論している3).今回筆者らは本症例混濁へと進行するとされる9,10).本症例ではその上皮欠損のにおいてアカントアメーバの分離培養ができなかったため,パターンおよび病状の進行が既報と酷似していた.加えて輪その生物学的特徴について精査することができなかったが,部に平行な輪状上皮欠損を呈する所見は他の角膜疾患でみらCL装用歴がなくとも外傷の有無について十分な問診を行っれることはまれで,これらの所見があった場合にはCAKをたうえで,外傷と関連する感染性角膜炎を診た場合はCAKCを考慮しつつ精査が必要であると思われた.本症例ではCAKに対する治療を開始し,その所見は改善したが,治療開始後C30日が経過した時点で前房蓄膿の悪化や虹彩ルベオーシスからの前房出血,眼圧の再上昇をきたした.AKの再燃を疑ったが,その後の角膜掻爬では明らかなアカントアメーバのシストを検出できなかった.AKに続発したぶどう膜炎を考慮し十分な経過観察を行いつつステロイド点眼を追加したところ,前房蓄膿が減少し眼圧も正常化し徐々に消炎した.治療開始C1カ月後で所見が悪化したのはAKによる続発性の炎症による可能性もあるが,AKに対する点眼治療による副作用の可能性も否定できない.本症例において使用した点眼は,0.05%クロルヘキシジン点眼とボリコナゾール点眼だった.感染性角膜炎診療ガイドラインでは,AKの治療についてC0.02.0.05%クロルヘキシジン点眼の使用を推奨している.30日間にわたって使用可能な最高濃度の点眼を使用しており,治療開始C30日後以降の炎症については薬剤性であった可能性も否定できない.もし薬剤による炎症を考慮するならば,ステロイド点眼を開始する前に,薬剤の中止を考慮すべきであった.今回筆者らは,非CCL性CAKを発症した農業従事者のC1例を経験した.急速進行性で治療を開始するも予後不良な転帰を辿った.AKは緩徐な経過をたどることが多いが,可能な限り早期に診断し治療を開始することが重要であると考えられた.謝辞:本稿を終えるにあたり御指導頂きました,塩田洋先生に深謝いたします.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfec-tionoftheeye.Lancet28:1537-1540,C19742)石橋康久,松本雄二郎,渡辺良子ほか:AcanthamoebakeratitisのC1例臨床像,病原体検査法,および治療についての検討.日眼会誌92:963-972,C19883)SharmaS,GargP,RaoGN:Patientcharaceristics,diagno-sisCandCtreatmentCofCnon-contactClensCrelatedCAcantham-oebakeratitis.BrJOphthalmolC84:1103-1108,C20004)篠崎友治,宇野敏彦,原祐子ほか:最近経験したアカントアメーバ角膜炎C28例の臨床的検討.あたらしい眼科C27:680-686,C20105)平野耕治:急性期アカントアメーバ角膜炎の重症化に関する自験例の検討.日眼会誌115:899-904,C20116)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,C20147)塩田洋,矢野雅彦,鎌田恭夫ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過の病期分類.臨眼48:1149-1154,C19948)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌C117:467-509,C20149)椎橋美予,宮井尊史,子島良平ほか:角膜周辺部に輪状上皮欠損を呈したアカントアメーバ角膜炎のC1例.眼紀C58:C425-429,C200710)佐々木香る:アカントアメーバ角膜炎における臨床所見の亜型.あたらしい眼科27:47-48,C2010***