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近方加入+3.0 D 多焦点眼内レンズSN6AD1 の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績

2010年12月31日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(105)1737《原著》あたらしい眼科27(12):1737.1742,2010cはじめに2007年に3mm以下の小切開から挿入可能な単焦点眼内レンズ(IOL)と同じ素材および形状で光学部に回折デザインを加えた多焦点IOL(SA60D3:アルコン社,ZM900:Abbott社)がわが国で承認を受け,翌年に白内障摘出眼における多焦点IOL挿入が先進医療として認められた.わが国におけるこれら多焦点IOLの良好な臨床成績はすでに報告されている1~3)が,近方加入度数は+4.0diopter(D),角膜面で3Dのため最適近見距離が30cmであった.近年,近方視は読書のみならず,コンピュータの普及により,30cmよ〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科Reprintrequests:HirokoBissen-Miyajima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2-9-18Misaki-cho,Chiyoda-ku,Tokyo101-0061,JAPAN近方加入+3.0D多焦点眼内レンズSN6AD1の白内障摘出眼を対象とした臨床試験成績ビッセン宮島弘子*1林研*2吉野真未*1中村邦彦*1吉田起章*2*1東京歯科大学水道橋病院眼科*2林眼科病院ClinicalResultsof+3.0DiopterNearAddPowerMultifocalIntraocularLens:SN6AD1forEyesfollowingCataractExtractionHirokoBissen-Miyajima1),KenHayashi2),MamiYoshino1),KunihikoNakamura1)andMotoakiYoshida2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoDentalCollegeSuidobashiHospital,2)HayashiEyeHospital目的:白内障手術時に近方加入+3.0Dの回折型多焦点眼内レンズ(IOL)を挿入し,安全性および有効性を検討した.対象および方法:対象は,東京歯科大学水道橋病院,林眼科病院にて本臨床試験に同意した,角膜乱視1.5D以下の両眼性白内障64例128眼,平均年齢68.8歳であった.IOLはアルコン社の近方加入+3.0D回折型アクリル製シングルピースSN6AD1を用いた.術後1年までの遠見,近見(40cm),中間(50cm,1m)視力,コントラスト感度,眼鏡装用状況,グレア,ハローを検討した.結果:術後1年での平均logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力は,遠見裸眼0.03±0.14,矯正.0.06±0.09,近見裸眼0.04±0.12,遠方矯正0.00±0.11,矯正.0.08±0.08,両眼にて50cmは裸眼0.10±0.14,遠方矯正0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠方矯正0.09±0.11であった.明所視コントラスト感度は遠方,近方とも正常範囲内,76.2%がまったく眼鏡装用せず,日常生活に影響する重篤なグレア,ハローを訴える例はなかった.結論:+3.0D加入多焦点IOLは遠方から近方40cmの裸眼視力,眼鏡依存度,グレア,ハローの面で安全性および有効性が確認され,+4.0D加入IOLに加え有用なIOLと思われた.Theefficacyandsafetyofanewlydevelopeddiffractivemultifocalintraocularlens(IOL)with+3.0diopternearaddpower(SN6AD1:Alcon)wereevaluatedin128eyesof64patientsfollowingcataractextraction.Visualacuities(VAs)atdistance,near(40cm),andintermediate(50cm,1m),contrastsensitivity,spectacleusage,andglare/halowereexamineduntil1yearpostoperatively.UncorrecteddistanceVAwas0.03±0.14logarithmicminimalangleofresolution(logMAR),correcteddistanceVAwas.0.06±0.09logMAR,uncorrectednearVAwas0.04±0.12logMAR,distancecorrectednearVAwas0.00±0.11logMAR,correctednearVAwas.0.08±0.08logMAR,bilateralintermediateuncorrectedVAsat50cmand1mwere0.10±0.14logMARand0.11±0.13logMAR.Photopiccontrastsensitivitiesatbothdistanceandnearwerewithinnormalrange,and76.2%ofthepatientsdidnotrequireanyspectacles.Noneofthepatientscomplainedofsevereglareandhalo.ThenewdiffractivemultifocalIOLwith+3.0dipoternearaddpowerprovidespreferableVAfromdistancetonearat40cm.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1737.1742,2010〕Keywords:回折型多焦点眼内レンズ,近方付加,中間視力,近見視力,コントラスト感度.diffractivemultifocalintraocularlens,nearaddpower,intermediatevisualacuity,nearvisualacuity,contrastsensitivity.1738あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(106)り離れた距離でモニターを見る機会が増えている.また,回折型多焦点IOLでは近方と遠方が見えるため,中間距離での視力低下が単焦点IOLより明らかである.最適近見距離を延ばす目的で,近方加入度数を+4.0Dから+3.0Dに減らした多焦点IOLが開発され,その良好な臨床成績は,すでに米国および欧州の多施設研究として報告されている4~6).今回,わが国において施行された経過観察1年の臨床試験結果を報告する.I対象および方法1.対象本研究は厚生労働省へ承認申請のための臨床試験として施行されたもので,東京歯科大学水道橋病院および林眼科病院の2施設において,各施設の治験審査委員会で承認を受け,対象患者に臨床試験の目的,使用するIOLの特徴および挿入後に予想される利点,問題点を十分説明し,同意を得た.対象は,超音波水晶体乳化吸引術およびIOL挿入を予定している20歳以上の両眼性白内障患者で,挿入予定IOL度数が16から25Dの範囲で,術後矯正視力0.5以上が期待でき,角膜乱視が1.5D以下,同意説明文書を理解し,術後経過観察に協力を得られるという選択基準を満たし,本IOLの有効性,安全性評価に影響すると考えられる眼疾患,重篤な術中合併症を伴わない64例128眼であった.性別は男性4例8眼,女性60例120眼,平均年齢は68.8±6.2歳であった.2.方法使用したIOLはSN6AD1(アルコン社)で,すでに承認を受け市販されているアクリル素材のワンピース形状で非球面構造をもつ回折型多焦点IOL:SN6AD3(アルコン社)と同じ素材および形状で,光学部前面の中心3.6mm径に回折デザインを有することも共通している.違いは,SN6AD3は12本の回折リングにより+4.0D近方加入であるが,SN6AD1は9本の回折リングにより+3.0D近方加入である.したがって,従来の+4.0D加入IOLでは30cmの距離で良好な近見視力が得られるが,本IOLは40cm前後において良好な近見視力が期待される.手術は,医療機関ごと同一術者が行い,2.0~2.65mmの角膜ないし強角膜切開から超音波水晶体乳化吸引術にて白内障摘出を行い,IOLを専用のCまたはDカートリッジとインジェクターを用いて水晶体.内に挿入した.第2眼の手術は,第1眼の術後1~2日の経過観察で問題ないことを確認してから施行された.経過観察は,術後1日,1週,1カ月,6カ月,1年の5回にわたり,おもな検査,観察項目および実施時期を表1に示す.近見視力は,本IOLの特徴から欧米の臨床試験と同じ40cmとし,わが国で使用されている30cm近見視力表で測定した結果を40cm視力に換算した.中間視力は,各施設で50cm視力表(はんだや)および新井氏1m視力表(はんだや),または全距離視力表AS-15(KOWA)を用いて測定,遠見コントラスト感度は各施設でVCTS(visioncontrasttestsystem:Vistech社),CSV-1000(VectorVision社)にて測定,近見コントラスト感度はFACT(FunctionalAcuityContrastTest:StereoOptical社)にて測定した.グレア,ハローはなし(障害の自覚なし),軽度(障害の自覚はあるが,視覚の障害とはならない程度),中等度(視覚の障害となるが,日常生活で許容できる程度),重度(視覚の障害となり,日常生活に支障がある)の4段階に分類した.測定結果の経時的な推移の評価にはFriedman検定,隣接する検査時期間の比較にはWilcoxonの符号付順位和検定を用い,有意水準5%で有意差ありとした.1例2眼のみ術後1年の経過観察時期に脳梗塞で入院し検査が行えなかったため,遠見,近見視力など術後1年の平均値,標準偏差の算出から除外した.表1おもな検査,観察項目と実施時期(片眼および両眼視)検査・観察項目1日1週1カ月6カ月1年遠見視力裸眼・矯正○○○○○近見視力(40cm)裸眼・矯正○○○○○遠方矯正○○○近見視力(最適距離)裸眼・遠方矯正○○○○○中間視力(50cm)※裸眼・遠方矯正○○中間視力(1m)※裸眼・遠方矯正○○コントラスト感度(遠見)※○コントラスト感度(近見)※○焦点深度※○眼鏡装用状況○○○○※両眼視のみ.(107)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101739II結果1.屈折術後1日から1年までの,最良遠見視力を得るために要した球面,円柱,等価球面度数を図1に示す.各検査時期の球面度数平均は0.16D以下,等価球面度数は.0.11D以下で,予定どおり正視に近い状態が得られていた.各観察時期による差は,球面,等価球面度数とも術後1日と1週,1週と1カ月で有意差を認めたが,円柱度数は全経過観察期間において有意差を認めなかった.2.視力術後1年における遠見裸眼logMAR(logarithmicminimalangleofresolution)視力の平均は0.03±0.14,矯正視力は.0.06±0.09で,術翌日から1年後までの経過観察期間において,裸眼視力は術後1カ月と6カ月,矯正視力は術後1日と1週,1カ月と6カ月で統計学的に有意差を認めた(図2)が,全観察期間において小数視力で裸眼0.8以上,矯正1.0以上と良好な結果であった.両眼logMAR視力の平均は,術後1年で裸眼.0.05±0.13,矯正.0.12±0.09であった.近見視力も遠見視力同様,経過観察期間において一部統計学的な有意差を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.04±0.12,遠見矯正下0.00±0.11,最良矯正.0.08±0.08と良好な結果で,全観察期間において小数視力で裸眼0.7以上が得られていた(図3).また,両眼視力は,術後1年で裸眼.0.04±0.08,遠見矯正下.0.07±0.08,最良矯正.0.12±0.07であった.両眼視における近見最適距離は,裸眼で平均37.4cm,遠見矯正下で平均38.0cmであった(図4).最適距離における近見裸眼視力,遠見矯正下視力は経時的に向上する傾向を認めたが,術後1年における裸眼logMAR視力の平均は0.03±0.11と良好な結果であった(図5).中間視力は両眼視で測定され,術後1年において50cmは裸眼0.10±0.14,遠見矯正下0.07±0.11,1mは裸眼0.11±0.13,遠見矯正下0.09±0.11と良好で,術後6カ月の結果と有意差を認めなかった(図6).3.02.01.00.0-1.0-2.0-3.0度数(D)1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期球面円柱等価球面n=1260.160.030.100.080.11-0.33-0.27-0.310.00-0.11-0.29-0.30-0.05-0.05**-0.07**図1屈折変化術後1日から1年までの最良矯正視力に必要な球面,円柱,等価球面度数の変化を示す.円柱度数は全経過観察期間で有意な変化を認めなかった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR0.090.070.040.03-0.02-0.06-0.05-0.06-0.061日1週1カ月6カ月1年経過観察時期0.06***裸眼矯正n=126図2遠見視力術後1日から1年までの裸眼および矯正遠見視力の変化を示す.一部経過観察期間内で有意差を認めたが,全体を通して良好な結果であった.*p<0.05(Wilcoxon検定).0.140.070.070.040.010.010.040.000.01-0.03-0.04-0.05-0.080.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年経過観察時期****裸眼遠方矯正下矯正n=126図3近見視力術後1日から1年までの裸眼,遠方矯正下,矯正近見視力の変化を示す.遠方矯正下のみ術1カ月以降のみの測定である.*p<0.05(Wilcoxon検定).72302223137117102010303132333435363738394041424344454647眼数(cm)303132333435363738394041424344454647眼数(cm)裸眼20602331156163410001遠方矯正下n=63図4近見最適距離各症例の最適近方視が得られる距離を測定した結果である.裸眼,遠方矯正下とも38cm付近が最も見やすい距離であった.1740あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(108)3.焦点深度曲線両眼視における焦点深度曲線は,付加球面度数0.0Dと.2.5Dにピークをもつ二峰性で,最低値でも0.68を保ち,.2.5から.3.0D加入においても0.89以上となだらかな曲線であった(図7).4.コントラスト感度明所視(100~180cd/m2)での両眼での遠見コントラスト感度測定は,両施設で用いたコントラスト感度測定装置が異なるが,両検査結果とも全周波数領域において正常範囲内であった(図8).近見コントラスト感度の平均も同様に,全周波数領域で正常範囲内であった(図9).5.眼鏡装用状況術後1年での眼鏡装用状況は,76.2%の症例がまったく眼鏡を使用せずに生活しており,17.5%が近用,3.2%が遠近両用を使用していた.0.01.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR1日1週1カ月6カ月1年*****0.140.080.060.050.030.110.050.020.030.00裸眼遠方矯正下n=126図5最適距離における近見視力図4に示される最適近見距離における術後1日から1年までの裸眼および遠方矯正下近見視力の変化を示す.*p<0.05(Wilcoxon検定)2.0D1.0D0.0D-1.0D-0.02-0.10-0.01-0.00-2.0D-3.0D-4.0D-5.0D付加球面度数n=640.470.300.140.110.170.030.050.160.310.420.560.01.00.30.51.00.1小数視力logMAR図7焦点深度曲線術後6カ月で測定された結果で,0Dおよび.2.5Dにピークをもつ,なだらかな二峰性曲線である.0.140.100.100.070.130.110.00.110.091.00.30.50.60.251.00.1小数視力logMAR6カ月1年経過観察時期裸眼(50cm)遠方矯正下(50cm)裸眼(1m)遠方矯正下(1m)n=63図6中間視力術後6カ月および1年における両眼視での50cmおよび1m中間視力の変化を示す.両経過観察期間で有意な変化を認めず,安定した結果である.3210361218logcontrastsensitivity3210logcontrastsensitivityn=321.5361218空間周波数(cycles/degree)n=321.882.071.701.231.691.991.931.520.93図8遠見コントラスト感度2施設における術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,上段がCSV-1000,下段がVCTSの結果である.平均値は全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.1.5361218空間周波数(cycles/degree)n=641.841.911.781.370.923210logcontrastsensitivity図9近見コントラスト感度術後6カ月に両眼で測定されたコントラスト感度で,全空間周波数領域で正常範囲内(灰色部分)である.86%13%2%グレア59%41%□:なしハロー■:軽度■:中等度■:重度n=63図10ハロー,グレア日常生活に支障のある重度の訴えはなかった.(109)あたらしい眼科Vol.27,No.12,201017416.グレア,ハロー術後1年におけるグレアまたはハローの訴えを図10に示す.いずれも,日常生活に問題になる重篤な訴えはなかった.III考按本臨床試験において,術中および術後にIOLに起因する合併症は認められなかった.すでに+4.0D近方加入IOLが承認を受け臨床使用されているが,+3.0D近方加入でも同等の良好な結果が得られるか,+4.0D近方加入IOLに比べ最適近見視の距離が異なっているか,中間距離での見え方が異なるか,それによって眼鏡装用状況が異なるかを検討する必要がある.まず,屈折についてであるが,円柱度数は術翌日から1年まで統計学的に有意差を認めず,安定した結果であった.これは,SN6AD1が2.65mm以下の切開創から挿入可能で,手術による惹起乱視が最小限におさまっていたためと考えられる.多焦点IOLにおいて,角膜乱視が少ないほど裸眼視力が良好で満足度も高くなるので,本臨床試験のように,術前の角膜乱視1.5D以下で選択した症例の角膜乱視が術後に増大していなかったことが,良好な視力結果につながったと考えられる.球面度数は術後1カ月まで変動があったが,全経過観察期間を通じて0.16D以下,最終観察である1年後の等価球面度数が.0.05Dと予定術後屈折値の正視に非常に近い結果であった.これは,両施設において,すでに同じタイプの単焦点IOLであるSN60WFおよび+4.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD3の挿入経験があり,A定数を含むIOL度数計算の精度が高かったためと思われる.通常,白内障手術後の視力測定前にオートレフラクトメータにて他覚的屈折値を測定し,この値を参考に矯正するが,多焦点IOL挿入後では注意が必要である7).今回の矯正視力検査は,視力測定する者が多焦点IOL挿入術後であることを把握して矯正視力測定を行っているので,円柱および球面度数の値は信頼性が高いと思われる.つぎに視力についてであるが,遠見,近見,中間と3種類に分け,海外の同じIOL挿入報告(表2)および近方加入+4.0Dの臨床成績と比較検討した.遠見視力は,術後1年における裸眼が0.03logMAR,両眼で.0.05logMARと,ヨーロッパ多施設およびアメリカにおける結果と同等の良好な結果であった4,5).また,経過観察時期によって有意差を認めたが,どの経過観察時期の結果も小数視力で0.8以上と良好で,術後屈折のわずかな差および測定結果のばらつきが少ないため,有意差がでたと考えられる.以前筆者らが報告した+4.0D加入多焦点IOL挿入眼の術後1年における裸眼視力0.7,矯正視力1.0の結果と比較しても1),同等以上の結果であった.以上より,SN6AD1挿入眼の遠見視力は従来の多焦点IOLと比較して劣ることがなく,同じIOLの海外における報告と比較しても,良好な結果であることが確認できた.近見視力は,このIOLの近方加入度数から40cmで最も良好な視力が期待されるため,欧米の臨床試験同様40cmで評価した.わが国における近見視力は30cmでの測定が基準で,海外で使用されている近見視力表がアルファベット表示であるため,本臨床試験では30cm視力表で得られた数値を40cmに換算した.すでに40cm視力表が開発され,今後普及することが予想される.近見視力は,裸眼,矯正とも遠見視力同様,海外の同じIOLを挿入した報告と比較しても非常に良好な結果であった.わが国における+4.0D近方加入多焦点IOL挿入眼における30cmでの近見裸眼視力は0.4以上が100%で1),今回の臨床試験においても同じく30cmの距離で測定しているが,術1年後で全例裸眼視力0.4以上が得られている.このことより近方加入度数が少ないIOLでも40cmより手前においても良好な視力が期待できる.最適近見距離は,実際の症例における測定結果において裸眼,遠方矯正下とも37から38cmと理論値である40cmとほぼ一致していた.この距離における視力も全経過観察期間を通して良好であった.中間視力について,定義は統一したものがなく,多焦点IOLが導入されてから従来の遠方および近方視力測定範囲以外での見え方が注目されるようになり,中間視力という言葉が使用されている.多くの報告は50cmから1mにおける視力をintermediatevisionとしており4~6),今回の臨床試験では50cmと1mを中間視力として検討した.SN6AD1挿入眼は,従来の+4.0D近方加入表2+3D近方加入SN6AD1の海外報告との比較両眼裸眼logMAR視力Kohnenら4)(n=82)USclinicaltrials4)Alfonsoら6)(n=20)本報告(n=63)遠見.0.03±0.130.040.001±0.100.0.05±0.13中間(1m)0.20±0.14(70cm)─0.165±0.111(70cm)0.11±0.13中間(60cm)0.13±0.150.120.082±0.141─中間(50cm)0.05±0.180.06.0.080±0.0920.10±0.14近見(40cm)0.04±0.11─.0.035±0.060.0.04±0.081742あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(110)多焦点IOL挿入眼で,遠方と近方が見えるため,その間の見えにくさを訴える症例があり,加入度数を減らすことで自覚的な中間での見えにくさの改善が期待されている.+3.0Dおよび+4.0Dの異なる近方加入度数多焦点IOLを比較検討した臨床報告でも,+3.0D加入のほうがより良好な中間視力が確認されている5).この点については,焦点深度曲線でも特徴が確認できる.+4.0D加入では,付加球面度数0Dと.3Dに明らかなピークをもつ二峰性であったが,+3.0D加入では0Dと.2.5Dにピークをもち,かつ.2Dから.3Dを付加しても0.9以上,0~.3Dの間で最も低い値が.1.5Dの0.68である.このことから,中間距離における視力の低下が少なく,自覚的に見えにくさを訴える例が少なくなっていると思われる.回折型,屈折型多焦点IOLと単焦点IOLにおける焦点深度曲線についての報告で,屈折型多焦点IOLが中間距離で回折型多焦点IOLより良好な視力が期待できる8)が,期待される.2.0から.2.5Dにおいての視力の立ち上がりが症例によってばらつきがあり,回折型で近方加入度数を減らすほうがより安定した結果が出やすいと思われる.回折型多焦点IOLは,光学デザインからコントラスト感度低下が危惧されている.今までの報告でもコントラスト低下が指摘されている9~11)が,本臨床試験において,2施設で異なる測定装置を用いたが,どちらも平均値は正常範囲内で,重篤な低下例は認めなかった.近方コントラスト感度も同様に正常範囲で,コントラスト感度においては良好な結果であった.IOLが球面から非球面になったことで,より良好なコントラスト感度が期待されている.以前の球面タイプで得られたコントラスト感度より,今回の非球面タイプでの結果のほうが良好だが,この差は,今回の明室における検査時の瞳孔径から球面,非球面デザインの差が出るとは考えにくく,それ以外の要素を含めて,今後さらなる検討が望まれる.眼鏡装用状況について,8割近くの症例がまったく使用していず,残りの症例も常用する例はなく,日常生活における眼鏡への依存性は軽減していた.以前の報告でも同様の結果であるが,+4.0D加入との大きな違いは+4.0D加入ではコンピュータや楽譜を見るときに眼鏡を必要とする例があったのに対し,+3.0D加入では,この距離で必要とする例はなかったが,長時間読書する場合に必要とする例があり,近方加入度の差が影響していると思われた.グレア,ハローは自覚的に4段階に分けて評価したが,以前の単焦点IOL後の結果と比べても多焦点IOLではこれらを訴える症例の率は高かった1).適応判断,および術前説明時にこの点については十分把握しておく必要がある.以上の臨床成績から,+3.0D近方加入多焦点IOLであるSN6AD1は,すでに承認を受けている+4.0D近方加入多焦点IOLと比べて同等あるいはそれ以上の遠方視力を保ちつつ,中間および40cm付近で良好な視力が得られ,コントラスト感度,グレア,ハローの面でも問題になるような症例がないことから,挿入後の安全性および有効性が確認された.術後に患者が望む最適近見距離,中間での見え方への希望によっては,+3.0D近方加入多焦点IOLの選択が可能と思われた.文献1)ビッセン宮島弘子,林研,平容子:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズと単焦点眼内レンズ挿入成績の比較.あたらしい眼科24:1099-1103,20072)平容子,ビッセン宮島弘子,小野政祐:アクリソフRApodized回折型多焦点眼内レンズ挿入例におけるアンケート調査による視機能評価.あたらしい眼科24:1105-1108,20073)YoshinoM,Bissen-MiyajimaH,OkiSetal:Two-yearfollow-upafterimplantationofdiffractiveasphericsiliconemultifocalintraocularlenses.ActaOphthalmol,2010(inpress)4)KohnenT,NuijtsR,LevyPetal:Visualfunctionafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericmultifocalintraocularlenseswitha+3.0Daddition.JCataractRefractSurg35:2062-2069,20095)MaxwellWA,CionniRJ,LehmannRPetal:Functionaloutcomesafterbilateralimplantationofapodizeddiffractiveasphericacrylicintraocularlenseswith+3.0or+4.0diopteradditionpower.Randomizedmulticenterclinicalstudy.JCataractRefractSurg35:2054-2061,20096)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,AmhazHetal:Visualfunctionafterimplantationofanasphericbifocalintraocularlens.JCataractRefractSurg35:885-892,20097)Bissen-MiyajimaH,MinamiK,YoshinoMetal:Autorefractionafterimplantationofdiffractivemultifocalintraocularlenses.JCataractRefractSurg36:553-556,20108)大木伸一,ビッセン宮島弘子,中村邦彦:多焦点眼内レンズの焦点深度.日本視能訓練士協会誌36:81-84,20079)KohnenT,AllenD,BoureauCetal:EuropeanmulticenterstudyoftheAcrySofReSTORapodizeddiffractiveintraocularlens.Ophthalmology113:578-584,200610)AlfonsoJF,Fernandez-VegaL,BaamondeBetal:Prospectivevisualevaluationofapodizeddiffractiveintraocularlenses.JCataractRefractSurg33:1325-1343,200711)SouzaCE,MuccioliC,SorianoESetal:VisualperformanceofAcrySofReSTORapodizeddiffractiveIOL:Aprospectivecomparativetrial.AmJOphthalmol141:827-832,2006***