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両眼の浅前房と近視化を初発症状とした全身性エリテマトーデスの1例

2017年5月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科34(5):740.743,2017c両眼の浅前房と近視化を初発症状とした全身性エリテマトーデスの1例小橋川裕司*1,2江夏亮*1酒井寛*1*1琉球大学医学部眼科学教室*2大浜第一病院眼科ACaseofInitialOnsetofMyopiaCausedbySystemicLupusErythematosusYujiKobashigawa1,2),RyoEnatsu1)andHiroshiSakai1)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,2)DepartmentofOphthalmology,OhamadaiichiHospital近視化を伴う浅前房で発症した全身性エリテマトーデス(SLE)の1例を報告する.症例は15歳,女性.1週間前からの両眼の視力低下と眼瞼腫脹を主訴に琉球大学医学部付属病院(以下,当院)を紹介受診した.初診時の矯正視力は右眼(0.8),左眼(0.9).元来,正視で裸眼視力良好とのことだったが,屈折値は右眼.12.75D,左眼.8.75Dの近視であった.眼圧は右眼20mmHg,左眼15mmHg.両眼の浅前房があり,両眼後極部に放射状の網膜皺襞と網膜血管の拡張・蛇行を認めた.前眼部OCTを施行し毛様体脈絡膜.離と診断した.全身検索にて蛋白尿,著明な低アルブミン血症と血小板減少を認め,当院内科に紹介しSLEおよび蛋白漏出性胃腸症と診断された.ステロイド全身投与により眼科的異常所見はすべて改善した.若年女性の近視化と浅前房ではSLEに伴う毛様体脈絡膜.離を鑑別する必要がある.A15-year-oldfemaledevelopedblurredvisionandlidedemainbotheyes,lastingforoneweek.Hervisualacuitywas0.8ODand0.9OS,representingmyopiaof.12.75dioptersODand.8.75dioptersOS.Intraocularpressurewas20mmHgODand15mmHgOS.Anteriorchamberwasshallowinbotheyes;ciliochoroidale.usionwasdiagnosedbyanteriorsegmentOCT.Urineproteinwaspositiveandlaboratorystudiesshowedseverehypoal-buminemiaandthrombocytopenia.Thepatientwasreferredtoaninternalmedicinespecialistanddiagnosedassystemiclupuserythematosus(SLE).Aftersystemicadministrationofsteroids,alloftheocular.ndingsdisap-peared.LowplasmaosmolalitycausedbyhypoalbuminemiaduetoSLEprotein-losinggastroenteropathymaybeacauseofciliochoroidale.usionandshallowanteriorchamber.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(5):740.743,2017〕Keywords:全身性エリテマトーデス,毛様体脈絡膜.離,近視化,浅前房,低アルブミン血症.systemiclupuserythematosus,ciliaryedema,myopia,shallowanteriorchamber,hypoalbuminemia.はじめに全身性エリテマトーデス(systemiclupuserythemato-sus:SLE)は,免疫複合体による細胞障害が原因となり,多くの臓器に障害をきたす自己免疫疾患である.好発年齢は20.40歳代であり,男女比は1:10で若い女性に多い.初発症状は関節炎,顔面蝶形紅斑などの皮膚所見,発熱や倦怠感が多く1),さまざまな眼合併症もきたしうる.眼合併症は涙液分泌障害・角結膜障害(56.5%),網膜病変(10.3%),強膜炎・ぶどう膜炎(4.3%),視神経障害(1.5%)が知られており2),浅前房・近視化の報告はまれである3.5).今回,筆者らは,急激な近視化を主症状に眼科を受診し,診断に苦慮したSLEの1例を経験したので報告する.I症例患者:15歳,女性.平成23年6月9日より両眼視力低下,両眼眼瞼腫脹があり,近医眼科を受診した.黄斑部に異常を指摘され,精査のため同年6月16日に琉球大学医学部付属病院(以下,当院)眼科へ紹介された.家族歴や既往歴に特〔別刷請求先〕小橋川裕司:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YujiKobashigawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN740(138)図1眼底写真a,b:初診時の眼底写真.両眼の後極部に放射状の網膜皺襞および網膜血管の拡張と蛇行を認める.c,d:治療後の眼底写真.上記所見が改善している.記事項はなく,平成23年4月の学校健診でも異常はなかった.受診1カ月前から2kgの体重増加があった.初診時所見:視力は右眼0.2(0.8×.7.00D(cyl.2.50DAx75°),左眼0.3(0.9×.6.50D(cyl.1.75DAx110°).屈折値は右眼.12.75D,左眼.8.75D.眼圧は右眼20mmHg,左眼15mmHg.両眼瞼に浮腫を認めた.両眼の前房はVanHerick法でI度と浅く,前房内炎症は認めなかった.中間透光体に異常はなかった.両眼後極部に放射状の網膜皺襞,網膜血管の拡張と蛇行を認めた(図1).黄斑部OCTでは網膜表面の不整化を認めた(図2).前眼部OCTでは,前房深度は右眼1.54mm,左眼1.58mmと浅前房であり(図3),両眼に全周性の毛様体脈絡膜浮腫を認めた(図4).視野検査は正常であった.蛍光眼底造影検査では無灌流領域,新生血管,漿液性網膜.離,視神経乳頭過蛍光はなく,その他異常所見は認めなかった.治療および経過:血液検査と尿検査にて,血中アルブミン値は1.9g/dl,血小板数は3.9×104/μlと低下を認め,蛋白尿も認めたため,当院内科へ紹介した.その後,内科精査中に血液検査で抗核抗体陽性,抗dsDNA抗体陽性,顔面蝶形紅斑,光線過敏症,膝関節炎,胸膜炎(両側胸水貯留)も伴ってきたため,SLEの診断基準のうち8項目(4項目以上で診断確定)を満たし,SLEの確定診断となった.さらに,SLEに伴う蛋白漏出性胃腸症(Lupus腸炎)も検出された.7月13日からメチルプレドニゾロン500mg/dayを3日間投与するステロイドミニパルス療法を1クール施行後,プレドニゾロン50mg/day内服へ切り替え,以後,漸減していった.ステロイド全身投与開始後,前眼部OCTで毛様体浮腫の消失を認め(図4),前房深度は両眼とも2.69mmとなった(図3).8月4日の矯正視力は右眼1.2(矯正不能),左眼0.9(1.0×+0.25D)と近視化は改善され,黄斑周囲の網膜皺襞,網膜血管の拡張と蛇行は消失し(図1),黄斑部OCTにて網膜表面の形態も正常化していた(図2).血中アルブミン値は3.8g/dl,血小板数は21.3×104/μlと正常化し,dsDNA抗体も陰性化した.尿蛋白,蛋白漏出性胃腸症,図2黄斑部OCT写真a,b:治療前の黄斑部OCT写真.網膜表面が不整で,微細な皺襞を認める.c,d:治療後の黄斑部OCT写真.形態的異常は消失した.図3前眼部OCT写真①a,b:治療前の前房深度は右眼1.54mm,左眼1.58mm.浅前房と狭隅角を認めた.c,d:治療後の前房深度は両眼2.69mm.図4前眼部OCT写真②a:治療前,左眼鼻側の毛様体浮腫(.).同様の所見は両眼全周性にみられた.b:治療後,同部位の毛様体浮腫は消退している(.).全周で改善を認めた.胸水は軽快した.全身の浮腫も改善し,8月17日退院時には入院時の身長152cm体重55kgから9kg体重減少していた.II考按SLEの診断は,米国リウマチ学会(ACR)の1982年基準(1997年改定)に基づいて行われる.すなわち,①顔面紅斑,②円板状皮疹,③光線過敏症,④口腔内潰瘍,⑤関節炎(2カ所以上),⑥漿膜炎(胸膜炎,心外膜炎),⑦腎病変(蛋白尿1日0.5g以上か3+以上,細胞円柱),⑧神経学的病変(痙攣,精神症状),⑨血液学的異常(溶血性貧血,白血球減少:2度以上の4,000/μl以下,リンパ球減少:2度以上の1,500μl以下,血小板減少:薬剤によらない10万μl以下),⑩免疫学的異常(抗dsDNA抗体,抗Sm抗体,抗リン脂質抗体),⑪抗核抗体のうち,4項目以上陽性(出現時期は一致しなくてよい)を満たした場合,SLEと診断される.本症例は内科精査中に,上記診断基準のうち①顔面紅斑,③光線過敏症,⑤関節炎,⑥胸膜炎,⑦腎障害,⑨血液学的異常,⑩免疫学的異常,⑪抗核抗体の8項目が陽性となりSLEの診断となったが,最初に眼科を受診した際は⑦腎障害,⑨血液学的異常の2項目を認めるのみであった.眼科的所見は,眼瞼浮腫と浅前房,近視化を認め,前眼部OCTでは両眼に全周性の毛様体浮腫を認めた.毛様体浮腫に伴う浅前房,近視化を呈したSLEの例は報告が少ないうえ,本症例の網膜所見(後極部の放射状の網膜皺襞,網膜静脈の拡張と蛇行)は,綿花様白斑や網膜出血といった典型的なSLE網膜症の所見ではなかったことから,ただちにSLEを疑うことができず診断に苦慮した.本症例で認めた網膜皺襞に類似の所見は,Epstein-Barrウイルス感染症に続発した水晶体前方移動を伴う毛様体.離の症例6)でも報告されている.この報告によれば後部硝子体.離の起こっていない若年者において,液化の進んでいない硝子体が水晶体前方移動により牽引され,網膜皺襞をきたしたものと推測されている.本症例における網膜皺襞も本症例での浅前房および近視化と同様に,毛様体浮腫に伴う水晶体前方移動が引き起こした一連の変化と考えた.SLEに眼瞼浮腫,近視化と浅前房を合併した過去の報告3.5)において,毛様体の炎症がその発症機序と考察されている.また,SLE患者の剖検眼において,毛様体上皮,結膜上皮,脈絡膜微小血管などに免疫複合体の沈着を認めていたとの報告7,8)があり,それによる局所的な細胞障害が示唆されている.加えて,本症例ではSLEに伴う蛋白漏出性胃腸症により著しい低アルブミン血症を発症し,血漿膠質浸透圧が低下していた.血漿膠質浸透圧の低下による血管内から組織への水分移動も毛様体脈絡膜.離の発症の一因であると考えられる.ステロイド治療開始後,低アルブミン血症と眼瞼浮腫,毛様体脈絡膜.離が速やかに改善したことから,血管炎と血漿膠質浸透圧低下が発症機序として重要であると推測される.今回,筆者らはSLEに伴う浅前房と近視化の原因が毛様体脈絡膜.離とそれに伴う水晶体の前方移動であることを前眼部OCTを用いた検査で初めて明らかにした.毛様体脈絡膜.離の診断には前眼部OCTが有用である.毛様体脈絡膜.離とそれに続発する浅前房,近視化は,SLEの全身症状に先行して生じる可能性のある合併症である.若年女性に両眼性の浅前房・近視化を認めた場合には,典型的な網膜所見や全身症状を呈さなくともSLEの可能性も考慮し,全身状態の把握や他科との連携が必要であると考える.文献1)VonFeldtJM:Systemiclupuserythematosus.Recogniz-ingitsvariouspresentations.PostgradMed97:79,83,86passim,19952)木村至,鈴木参郎助,大曽根康夫ほか:全身性エリテマトーデス患者における眼合併症とその頻度.眼紀50:293-297,19993)三宅太一郎,堀尾和弘,西田保裕ほか:一過性の浅前房と近視化を呈した全身性エリテマトーデスの1例.臨眼57:555-558,20034)梅山圭以子,高井勝史,湖崎淳ほか:一過性の浅前房と近視化をきたしたSLEの症例.臨眼47:883-886,19935)内田研一,田中住美,新家眞ほか:一過性の浅前房と近視化,高度の眼瞼・結膜浮腫を呈した全身性エリテマトーデスの1例.臨眼43:43-46,19896)加藤寛彬,横田怜二,山添克弥ほか:Epstein-Barウイルスの関与が疑われた両眼性毛様体.離の1例.臨眼70:767-772,20167)AronsonAJ,OrdonezNG,DiddieKRetal:Immune-com-plexdepositionintheeyeinsystemiclupuserythemato-sus.ArchInternMed139:1312-1313,19798)KarpikAG,MelvinM,SchwartzLEetal:Ocularimmunereactantsinpatientsdyingwithsystemiclupuserythema-tosus.ClinImmunolImmunopathol35:295-312,1985***