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眼瞼外反をきたした重症眼瞼炎に対しクラリスロマイシンの内服治療が著効した2例

2015年10月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科32(10):1463.1466,2015c眼瞼外反をきたした重症眼瞼炎に対しクラリスロマイシンの内服治療が著効した2例出口雄三*1堀裕一*2安藤充利*1前野貴俊*1*1東邦大学医療センター佐倉病院眼科*2東邦大学医療センター大森病院眼科CasesofSevereEyelidEctropionAssociatedwithBlepharitisthatwereTreatedwithOralClarithromycinYuzoDeguchi1),YuichiHori2),MitsutoshiAndo1)andTakatoshiMaeno1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter緒言:外反症を伴う重症眼瞼炎に対し,クラリスロマイシン(マクロライド系抗菌薬)内服を処方した2症例を報告する.症例:症例1は71歳,女性.6カ月前からの流涙,掻痒の症状あり,2011年2月当科受診時,右眼の下眼瞼の外反および眼瞼結膜の角化,眼瞼炎を認めた.症例2は85歳,男性.6カ月前からの下眼瞼の外反,眼脂,充血を認め,2013年1月当科受診した.左眼の眼瞼炎を伴った外反症,結膜の充血,浮腫を認めた.経過:2症例とも眼瞼炎,眼瞼外反症と診断し,ステロイド点眼,抗菌薬点眼・眼軟膏に加え,クラリスロマイシン(200mg/2錠/分2)内服を行った.治療開始3週間後には眼瞼炎の改善傾向を認めたため,内服薬を減量し点眼薬のみで治療を行った.5週間後には眼瞼炎の治癒がみられ,眼瞼外反の改善傾向を認めた.結語:眼瞼炎,眼瞼外反症に対し,静菌作用および消炎を目的としたクラリスロマイシンの内服は有効であった.Purpose:Toreport2casesofsevereeyelidectropionassociatedwithblepharitisthatwereeffectivelytreatedwithsystemicclarithromycintherapy.PatientsandMethods:Case1involveda71-year-oldfemalepatientwitha6-monthhistoryoflacrimationandpruritus.Ophthalmicexaminationrevealedlower-eyelidectropion,keratocysticconjunctiva,andblepharitisinherrighteye.Case2involvedan85-year-oldmalepatientwitha6-monthhistoryofchroniclower-eyelidectropioninhislefteye.Ophthalmicexaminationrevealedlower-eyelidectropion,mucus,andconjunctivaledemaandhyperemiainthateye.Results:Bothpatientswerediagnosedasblepharitisandectropion,andweretreatedwithtopicaltherapyandsystemictherapy(400mgofclarithromycin,twicedaily).Threeweeksafterthestartoftherapy,theblepharitishadgraduallyimprovedinbothpatients,withthedosageofclarithromycinbeingsubsequentlydecreased.After5weeks,eyelidectropionandblepharitisinbothcaseshadcompletelyresolvedasaresultofthetreatment.Conclusions:Thefindingsofthisstudysuggestthatsystemicclarithromycintherapymightbeaneffectivetreatmentforeyelidectropionassociatedwithblepharitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(10):1463.1466,2015〕Keywords:眼瞼外反症,重症眼瞼炎,クラリスロマイシン.eyelidectropion,severeblepharitis,clarithromycin.はじめに眼瞼外反は,先天性,瘢痕性,加齢性,麻痺性,機械性などで生じ,多くは下眼瞼に起き,眼瞼縁が眼球から遊離し瞼結膜が露出した状態である1).症状は,初期には流涙,角結膜障害であるが,次第に眼乾燥症状と眼瞼および瞼結膜の肥厚・表皮化を生じてくる.また,整容的にも問題になることが多い1).慢性の結膜炎や眼瞼炎などで起こる機械性外反症があり,治療は,原疾患の消炎または,後葉の切除である.眼瞼外反症に対する治療報告は過去に散見されるが2.4),多くが手術を選択し,内服治療の報告は調べる限り少ない.今回,筆者らは眼瞼炎にみられた眼瞼外反症の2症例に対してクラリスロマイシンを処方し,その治療経過について報告す〔別刷請求先〕出口雄三:〒285-8741千葉県佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:YuzoDeguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura,Chiba285-8741,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(91)1463 る.I症例〔症例1〕71歳,女性.2010年10月に右眼の掻痒,流涙を自覚し近医を受診し,右下眼瞼外反,眼脂,下眼瞼結膜浮腫,発赤を認めたため,ベタメタゾン,レボフロキサシン0.5%の点眼で経過観察されていた.2011年2月右下眼瞼外反,眼脂,下眼瞼結膜浮腫,発赤は改善せず,眼瞼結膜に乳頭増殖,角膜に点状表層角膜症を認めたため,薬剤性アレルギーを疑い抗緑内障薬を中止し,ベタメタゾン,レボフロキサシン0.5%,レボカバスチンを開始した.同薬剤で症状改善しないため2011年4月東邦大学医療センター佐倉病院に紹介受診となった.初診時所見:矯正視力は右眼0.5(0.9×sph.1.0D(cyl.0.25DAx75°),左眼0.2(0.3×sph+2.0D(cyl.1.5DAx160°).眼圧は右眼8mmHg,左眼8mmHgであった.前眼部所見として,著明な右眼の下眼瞼外反と眼瞼炎を認めた.また,下眼瞼結膜の発赤,浮腫,充血,角膜周辺部に血管侵入,点状表層角膜症を認めた.下眼瞼縁の不整,マイボーム腺開口部閉塞,眼瞼の圧迫にて油脂の圧出低下を認めた(図1A,B).涙点狭窄を認めるが通水可能であった.左眼は正常であった.また,Schirmer検査は右眼7.0mm,左眼14mmであった.治療経過:重症後部眼瞼炎を合併した機械的眼瞼外反と診断し,点眼薬(レボフロキサシン,ベタメタゾン,ヒアルロンサン/4回),オフロキサシン眼軟膏2回を処方し,内服薬としてクラリスロマイシン(クラリスR200mg/2錠/分2/日)を開始した.また,抗緑内障薬(トロボプロスト・ブリンゾラミド・カルテオロール塩酸塩)は継続した.治療開始3週間後,下眼瞼外反,結膜充血の軽度改善傾向を示し,治療開始5週間後では,症状改善傾向を認めたためクラリスロマイシンを中止し,点眼治療のみとした.治療開始10週間後,眼瞼結膜の充血,下眼瞼外反,眼瞼炎の改善傾向を認めた(図1C).眼瞼縁の不整,圧迫によるマイボーム腺の圧出低下が改善し,点状表層角膜症は減少した.下眼瞼の外反が軽快するに従って流涙症も改善した.〔症例2〕85歳,男性.6カ月間の左眼下眼瞼外反症,下眼瞼結膜浮腫と充血と眼脂があり,近医で慢性結膜炎が疑われ,オフロキサシンを処方された.症状改善しないため,2013年1月東邦大学医療センター佐倉病院に紹介受診となった.初診時所見:矯正視力は右眼0.09(1.2×sph.4.75D(cyl.1.25DAx85°),左眼0.1(0.9p×sph.6.75D(cyl.1.25DAx85°).眼圧は右眼12mmHg,左眼11mmHgであった.前眼部所見として左眼の眼瞼炎を伴った外反症を認め,眼瞼結膜の充血,浮腫を認めた.また,眼瞼縁の不整,マイボーム腺開口部閉塞,眼瞼の圧迫にて油脂の圧出低下を認めた(図2A,B).角膜には,異常所見は認めなかった.右眼は正常であった.また,Schirmer検査は右眼13mm,左眼20mmであった.治療経過:重症後部眼瞼炎を合併した機械的眼瞼外反と診断し,点眼薬(モキシクロキサシン,フルオロメトロン/4ABC図1症例1A,B:右眼前眼部所見(内服前).下眼瞼結膜の発赤・浮腫,下眼瞼の外反,マイボーム腺開口部の発赤腫脹,眼瞼縁の肥厚を認めた.C:右眼前眼部所見(内服10週目).下眼瞼結膜充血の消失,下眼瞼外反の改善,眼瞼炎の軽快を認め,マイボーム腺開口部の発赤腫脹は改善した.1464あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(92) AABCD図2症例2A,B:左眼前眼部所見(内服前).下眼瞼結膜の発赤,下眼瞼外反を認めた.C,D:左眼前眼部所見(内服10週目).下眼瞼外反の軽度改善と下眼瞼結膜発赤の減少を認めた.回),オフロキサシン軟膏2回を処方し,内服薬としてクラリスロマイシン(クラリスR200mg/2錠/分2/日)を開始した.治療開始3週間後,下眼瞼外反,結膜充血の改善傾向を示し,内服量1錠/分1/日に減量した.治療開始10週間後,眼瞼結膜の充血,下眼瞼外反,眼瞼炎,マイボーム腺開口部の発赤腫脹の軽度改善を認めた(図2C,D).II考按眼瞼の外反症は原因と種類によって①老人性,②瘢痕性,③機械性,④痙攣性,⑤麻痺性に分類される.治療としては,原疾患が外反の原因である場合は原疾患に対する治療を優先するが,治療後も外反が残存する場合や老人性,瘢痕性外反の場合は手術適応となる.今回,筆者らが経験した2症例では,眼瞼縁の肥厚とマイボーム腺の閉塞,発赤,腫脹所見が認められたことから,以前より後部眼瞼炎が存在し,重症化,慢性化したと考えられる.その結果,眼瞼後葉の肥厚や増大による瞼板形態の変化が起こり,機械性外反症が発症したと考えられる.近年,眼瞼炎の治療に対し,静菌作用および消炎作用を有するマクロライド系抗菌薬の局所投与および内服が有効であると報告されている5.8).局所療法の報告では,Foulkらは,眼瞼病変,マイボーム腺機能不全に対する治療として局所アジスロマシン点眼の有効性を報告した5.7).内服治療の過去の報告として,Igamiらは,後部眼瞼炎とマイボーム腺炎の治療におけるアジスロマイシン内服(500mg)の効果を報告した8).Suzukiらは,後部眼瞼炎に対し,セフェム系抗菌薬やクラリスロマイシン内服が有効であると報告した9).また,米国では眼瞼炎に対しテトラサイクリン系のドキシサイクリンの内服やアジスロマイシン局所投与が使用されており10),Biankaらは,眼瞼炎に対するドキシサイクリン内服治療を報告した11).ドキシサイクリン(ビブラマイシンR)は,内服で効果を示している報告もあるが,薬力が強いため,副作用の発現頻度は11.33%で12),重要な副作用として,成人では,光過敏性のアレルギー性反応,長期投与によるビタミンK,B群の欠乏,膀胱炎症状の出現,小児では,歯牙の着色がある.マクロライド系薬剤のおもな副作用として胃腸症状や不整脈があり,副作用の発現頻度はアジスロマイシン(ジスロマックR)では2.4%,クラリスロマイシン(クラリスR)では0.8%である13,14).筆者らはそれらにならい,眼瞼炎を合併した下眼瞼外反症に対し,副作用の発現頻度が少ないクラリスロマイシンの内服を中心とした治療を行った.症例1は眼瞼の浮腫や発赤,びらんがあり,抗緑内障点眼薬3種類を長期使用していることから,薬剤によるアレルギーまたは,防腐剤などによる薬剤毒性眼瞼外反の可能性もあった.健常者の眼瞼縁や結膜の常在細菌叢を調べた報告によれば,Staphylococcusepidermidis,Propionibacteriumacnesなどが多く15),マイボーム腺にも眼瞼縁と同様の細菌群が存在すると報告されている16).症例1では,眼瞼縁の培養検査を行っていないが,マイボーム腺に存在する菌が放出する毒(93)あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151465 素や酵素によって角膜上皮が障害され点状表層角膜症を生じた可能性も否定できない.クラリスロマイシン内服の静菌作用および消炎作用により,点眼治療のみでは治療に抵抗した眼瞼炎が改善することで,全体的な相乗効果で著効し,眼瞼外反症が改善したのではないかと考えられる.本症例から,他の治療法に反応が悪い眼瞼炎と眼瞼外反症に対する低用量低力価のマクロライド系抗生薬は,新たな治療の選択肢の一つとなりうると考えられた.文献1)金子博行:眼瞼の手術と処置眼瞼外反症(解説/特集).眼科プラクティス19:50-55,20082)松下浩和,角谷徳芳,丸山直樹ほか:アトピー性皮膚炎を伴う難治性下眼瞼外反症の1例.日本形成外科学会会誌28:710-713,20083)KohnR:Mechanicalectropionrepairusingtarsalrotationsutures.OphthalmicSurg10:48-52,19794)PiskinieneR:Eyelidmalposition:lowerlidentropionandectropion.Medicina(Kaunas)42:881-884,20065)FoulkGN,BorchmanD,YappertMetal:TopicalazithromycintherapyforMGD:clinicalresponseandlipidalterations.Cornea29:781-788,20106)JohnT,ShahAA:Useofazithromycinophthalmicsolutioninthetreatmentofchronicmixedanteriorblepharitis.AnnOphthalmol40:68-74,20087)LuchsJ:Efficacyoftopicalazithromycinophthalmicsolution1%inthetreatmentofposteriorblepharitis.AdvTher25:858-870,20088)IgamiTZ,HolzchuhR,OsakiTHetal:Oralazithromycinfortreatmentofposteriorblepharitis.Cornea30:11451149,20119)SuzukiT,MitsuishiY,SanoYetal:Phlyctenularkeratitisassociatedwithmeibomitisinyoungpatients.AmJOphthalmol140:77-82,200510)LempMANicholsKK:BlepharitisintheUnitedStates2009:asurvey-basedperspectiveonprevalenceandtreatment.OculSurf7:S1-S14,200911)BiankaS,DeshkaD,ChristophDetal:Treatmentofocularrosaceawithonce-dailylow-dosedoxycycline.Cornea33:257-260,201412)ファイザー株式会社ビブラマイシンR錠100薬品インタビューフォーム改訂第3版13)ファイザー株式会社ジスロマックR錠250薬品インタビューフォーム改訂第20版14)大正富山薬品株式会社クラリスR錠200薬品インタビューフォーム改訂第28版.大正富山薬品,東京2015年3月15)HaraJ,YasudaF,HigashitsutsumiM:Preoperativedisinfectionoftheconjunctivalsacincataractsurgery.Ophthalmologica211:62-67,199716)横井則彦:眼瞼縁,マイボーム腺における細菌の増殖と眼疾患─細菌学から.日本の眼科74:565-568,2003***1466あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(94)