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閉塞隅角眼の眼表面温度に影響する解剖学的因子の多変量解析

2014年8月31日 日曜日

《第24回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科31(8):1203.1206,2014c閉塞隅角眼の眼表面温度に影響する解剖学的因子の多変量解析河嶋瑠美松下賢治西田幸二大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学眼科学教室EffectofAnatomicFactorsonOcularSurfaceTemperatureinEyeswithAngleClosureRumiKawashima,KenjiMatsushitaandKohjiNishidaDepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:閉塞隅角眼の眼表面温度に影響を与える解剖学的因子を検討する.対象および方法:無治療閉塞隅角眼13名,18眼を対象に赤外線サーモグラフィー(TOMEY社製)にて眼表面温度を,Pentacam(Ocular社)とIOLマスター(Zeiss社製)にて形態計測を行った.眼表面温度は開瞼後10秒間毎秒ごとに測定した.開瞼直後と10秒後の眼表面温度とその変化量および10秒間の最大変化量を従属変数,室温,体温,年齢,角膜厚,瞳孔径,前房深度,前房容積,眼軸長を独立変数として多変量解析を行った.結果:閉塞隅角眼の眼表面温度は開瞼10秒後に有意に低下した.開瞼直後および10秒後の眼表面温度の有意な説明因子は認めなかった.一方,変化量は室温,前房容積,体温が説明変数として選択され(r2=0.70),室温および前房容積が有意であった(p<0.01).また,最大変化量は眼軸長,体温,年齢,瞳孔径が説明変数として選択され(r2=0.80),眼軸長および体温が有意であった(p<0.05).考察:閉塞隅角眼における眼表面温度には解剖学的因子が関与している可能性が示唆された.Purpose:Toevaluatetheeffectofanatomicfactorsonocularsurfacetemperatureineyeswithangleclosure.Methods:Weinvestigated18eyesofangle-closurepatientswhohadnohistoryofintervention.Theocularsurfacetemperaturewasmeasuredimmediatelyaftereyeopeningandeverysecondduring10secondsofopeneye,usinganocularsurfacethermographer.AnatomicfactorsweremeasuredusingaScheimpflug-basedcornealtopographer.MultipleregressionanalysiswasperformedusingJMP9.0software.Results:Inangle-closureeyes,theocularsurfacetemperaturedecreasedsignificantlyduringthe10secondsaftereyeopening.Temperaturesimmediatelyandat10secondsaftereyeopeningwerenotdeterminedbyroomtemperature,bodytemperature,ageoranyanatomicalparameters(r2=0.29,p=0.50/r2=0.33,p=0.60).However,thechangeinocularsurfacetemperatureduringthe10secondswasdeterminedpredominantlybyroomtemperatureandanteriorchambervolume(r2=0.70,p<0.01);maximalchangeduring10secondswasdeterminedpredominantlybyaxiallengthandbodytemperature(r2=0.80,p<0.05).Conclusion:Wefoundthatocularsurfacetemperaturemightbeaffectedbyanatomicfactorsinangle-closureeyes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(8):1203.1206,2014〕Keywords:閉塞隅角眼,赤外線サーモグラフィー,眼表面温度.angleclosure,ocularsurfacethermographer,ocularsurfacetemperature.はじめに閉塞隅角緑内障は全世界に1,600万人存在し,そのうち400万人が両眼失明していると報告されている1,2).閉塞隅角緑内障の危険因子として短眼軸長,浅前房,相対的な水晶体肥厚といった解剖学的因子に加え,虹彩性状,虹彩体積変化,脈絡膜肥厚などの生理学的因子があげられるが3),そのなかで共通した因子は浅前房であり,それは年齢,性別のほかに人種の影響も受けていると報告されている4).実際に世界の人種における原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)と原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)の割合をみたところ,アラスカではPOAGの21倍,モンゴルでは2.8倍のPACGが〔別刷請求先〕河嶋瑠美:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学眼科学教室Reprintrequests:RumiKawashima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-2Yamadaoka,Suita,Osaka565-0871,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(123)1203 存在している一方,ブルーマウンテンやアリゾナではPOAGがPACGの10.20倍存在しているとの報告がある4).この人種による病型の違いをCassonらは人類の進化から考察しており,閉塞隅角緑内障が多い人種の起源は氷河期である4万年前から1万5千年前の北東アジアにあり,眼表面からの冷却に対して形態学的に適応を果たすために浅前房になったと推察している4).そこで筆者らは今回,閉塞隅角眼において眼表面温度に影響を与える形態学的因子について検討した.なお,本研究は大阪大学医学部附属病院倫理委員会の承認を得て行った.I対象および方法対象は当院に通院している無治療にて経過観察中の狭隅角眼,計13例18眼である.その内訳は閉塞隅角症疑い(PACS)眼(女性5例6眼,年齢67.8±6.9歳),閉塞隅角症(PAC)眼(男性1例,女性7例,計12眼,年齢65.0±13.4歳)である.対象症例に対して,眼表面温度はTOMEY社製の赤外線サーモグラフィーを用い,自然瞬目後,5秒間閉瞼した後10秒間開瞼を持続し,その間毎秒ごとに角膜中心温度を測定した.形態学的因子として角膜厚,瞳孔径,前房深度,前房容積はPentacam(Ocular社),眼軸長はIOLマスター(Zeiss社)を用いて測定した.統計学的解析はJMP9.0を用いて開瞼直後および開瞼10秒後の角膜中心温度さらにその温度変化および温度変化の最大値を従属変数,室温,体温,年齢,角膜厚,瞳孔径,前房深度,前房容積,眼軸長を説明変数としてステップワイズ法にて多変量解析を行った.II結果対象症例における説明変数の実際の測定結果を表1に示す.PACSとPAC眼ともに,開瞼10秒後の角膜中心温度は有意に低下していた(図1).つぎに多変量解析の結果を示す.まず開瞼直後の角膜中心温度には有意な説明因子は認めなかった(r2=0.29,p=0.50)(表2).さらに開瞼10秒後の温度に関しても有意な説明因子は認めなかった(r2=0.33,p=0.60)(表3).つぎに10秒間の温度変化に関して検討したところ,室温,前房容積,体温が説明変数として選択され(r2=0.70),そのなかで前房容積と室温が有意な説明因子としてあげられた(p<0.01)(表4).また,10秒間の温度変化は眼表面の影響を受けて一定の変動を示さない個体があるため,温度変化の最大値も解析項目にあげた.その結果,眼軸長,体温,年齢,瞳孔径が説明変数として選択され(r2=0.80),眼軸長と体温が有意な説明因子としてあげられた(p<0.01)(表5).さらに左右を説明変数に追加して解析を行っても同様の結果であった.以上の結果より,閉塞隅角眼において10秒間の開瞼で角膜中心温度は有意に低下することが示された.さらに10秒表1測定結果室温(℃)体温(℃)角膜厚(μm)瞳孔径(mm)前房深度(mm)前房容積(mm3)眼軸長(mm)PACS24.2±0.5636.2±0.10541.5±23.22.36±0.321.92±0.2367.5±19.222.4±0.42PAC24.1±0.4636.2±0.30552.1±39.82.33±0.551.95±0.2566.2±12.822.4±0.42全体24.0±0.4836.5±0.10542.7±23.22.59±0.531.90±0.2366.0±14.922.1±0.50温度(℃)34.634.434.234.033.833.633.4***34.434.034.333.934.233.8PACSPAC:開瞼直後:開瞼10秒後*:paeredt-testp<0.01PACSPAC全体温度変化(開瞼直後.開瞼10秒後)(℃)0.45±0.180.44±0.380.42±0.33最大温度変化0.62±0.170.62±0.350.51±0.31(℃)全体図1開瞼直後と開瞼10秒後における角膜中心温度変化1204あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(124) 表2開瞼直後の角膜中心温度におけるステップワイズ法による表3開瞼10秒後の角膜中心温度におけるステップワイズ法に多変量解析よる多変量解析開瞳直後標準偏回帰係数,bt値p値年齢0.150.280.79前房深度0.380.610.56前房審積.0.26.0.470.65眼軸長0.280.640.54開瞼10秒後標準偏回帰係数,bt値p値年齢.0.57.0.510.63体温.0.31.0.860.42前房深度0.560.510.63室温0.691.040.34r2=0.29;p=0.50表4開瞼直後と開瞼10秒後の角膜中心温度変化におけるステップワイズ法による多変量解析温度変化(開瞼直後.開瞼10秒後)標準偏回帰係数,bt値p値体温0.582.530.05前房容積*1.574.750.01*室温*1.924.610.01*r2=0.70;p=0.04*後の温度変化の有意な説明因子は室温および前房容積であり,室温が低いほど,前房容積が小さいほど変化量が小さくなっていた.また,温度変化の最大値の有意な説明因子は眼軸長および体温であり,体温が低いほど,眼軸長が小さいほど温度変化の最大値が小さくなっていた.III考按赤外線サーモグラフィーが初めて眼に応用されたのは1968年であり,その後1995年にMorganらがドライアイ患者に対する眼表面温度の測定を行ったのを皮切りに多くの報告がされているが,閉塞隅角眼を用いた報告はない.また,当時の装置は,厳密な温度,湿度管理および習熟した測定技術が必要であり,さらにデータ解析に長時間を要すなどの欠点があった.そこでこれらの問題点を改善した新しい眼表面サーモグフラフィーが開発された.この機種にはオートアライメント機能が搭載されており,一定の距離を保ちながら測定できる.また,機械内部の温度補正を行うことで温度や湿度の影響を最小限に抑えることが可能であり,測定結果が即座に解析できることも特徴である5).冒頭で述べたように,人類が生存していくためには氷河期のより北方の地域では寒冷に打ち勝ち視力を維持する必要があった.具体的には表面積を小さくするために丸顔に,さらに外部への曝露部分を少なくするために平坦に,さらに脂肪を厚くすることで眼瞼は一重になったといわれている.さらに,眼球は角膜の凍傷を防ぐために前房を浅くして虹彩と近接することにより,血流や房水の影響を受けて温度低下を防(125)r2=0.33;p=0.60表5角膜中心温度の最大温度変化におけるステップワイズ法による多変量解析最大温度変化標準偏回帰係数,bt値p値年齢.3.10.2.150.07体温*3.012.980.02*眼軸長*4.173.380.01*瞳孔径.1.62.1.800.12r2=0.80:p<0.01*ぐことが可能になったと考えられている4).前房水による熱伝達をシミュレーションの技術を使った報告では血流が豊富に存在する眼窩内に位置する後眼部ほど温媒体の影響を受けやすく温度が高く,外部に最も曝されている角膜中心の温度は冷媒体である角膜の影響を受けて約34℃と一番低くなっている6).今回の筆者らの系では,狭隅角眼において開瞼10秒後の角膜中心温度は冷媒体である角膜の影響を反映し有意に低下し(図1),前房容積が小さいほど,さらに眼軸が短いほどその低下量は小さい結果となった(表4,5).つまり温媒体の影響が強い条件では温度変化は小さくなり,過去のシミュレーション結果と矛盾がなかった.しかし,室温や体温が高いほど眼表面温度が低下するという結果が得られた(表4,5).これは外部温度や体温の影響を受けた眼瞼などの外眼部の温度が高くなるほど涙液の蒸散が大きくなり,それに伴う気化熱により眼表面温度が低下した可能性が考えられる.つまり,眼瞼の形態も眼表面温度に関与している可能性があるため今後検討が必要であると思われる.これらの結果と先ほどの仮説を考え併せると,氷河期では外気温が低いため,眼瞼は冷却され,外部環境に伴った眼表面における涙液蒸散の影響が非常に少ない状態にあると思われる.その結果,眼表面温度には解剖学的因子の影響が強く関与し角膜表面温度の低下を防いでいる可能性が示唆された.今後,外部環境因子を含めた解析を行うことにより,より正確に解剖学的因子の影響を解明できると思われ,本研究により得られたパラメータはそのような解析に必要な基礎的あたらしい眼科Vol.31,No.8,20141205 データを供給できたと思われる.また,微小環境の測定で測定量が小さいことから,角膜表面温度そのものよりもその温度変化が解析の対象として適切であったと考えられた(表2,3).今回の研究では閉塞隅角眼症例のなかで,前房深度の差異が眼表面温度に変化を与える可能性を検討することを目的としたため,解析方法および結果は限定的と考えられる.よって今後は正常前房深度症例を対象コントロールとした比較が必要であると思われる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)FosterPJ,JohnsonGJ:GlaucomainChina:howbigistheproblem?BrJOphthalmol85:1277-1282,20012)QuigleyHA,BromanA:Thenumberofpersonswithglaucomaworldwidein2010and2020.BrJOphthalmol90:151-156,20063)QuigleyHA:Angle-closureglaucoma-simpleranswerstocomplexmechanisms:LXVIEdwardJacksonMemorialLecture.AmJOphthalmol148:657-669,20094)CassonRJ:Anteriorchamberdepthandprimaryangle-closureglaucoma:anevolutionaryperspective.ClinExperimentOphthalmol36:70-77,20085)KamaoT,YamaguchiM,KawasakiSetal:Screeningfordryeyewithnewlydevelopedocularsurfacethermographer.AmJOphthalmol151:782-791,20116)OoiEH,NgE:Simulationofaqueoushumorhydrodynamicsinhumaneyeheattransfer.ComputinBiolMed38:252-262,2008***1206あたらしい眼科Vol.31,No.8,2014(126)