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電撃傷により白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例

2016年3月31日 木曜日

《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):439.442,2016c電撃傷により白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例高砂縁*1村田晶子*1,2曽我部由香*2辻川明孝*1*1香川大学医学部眼科学講座*2三豊総合病院ACaseofElectricalInjurywithCataract,UveitisandRetinalBreakofMaculaYukariTakasago1),AkikoMurata1,2),YukaSogabe2)andAkitakaTsujikawa1)1)DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MitoyoGeneralHospital電撃傷受傷から約2カ月経って,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙が生じた1例を経験したので報告する.症例は19歳,男性であった.2014年7月,仕事中に6,600Vの電圧機器に触れ,意識消失したため救急搬送された.受傷後約2カ月経って,左眼の充血,疼痛が出現したため眼科受診となった.矯正視力は右眼(0.7),左眼(0.1)に低下し,両眼白内障,左眼結膜充血と毛様充血および前房内フィブリン析出を認めた.光干渉断層計では両眼に中心窩裂隙を認め,電撃傷に伴う左眼虹彩炎と診断し,ステロイド点眼治療を開始した.点眼治療により,受傷3カ月後には炎症所見は消失した.また,中心窩裂隙は自然閉鎖し,受傷6カ月後には矯正視力は右眼(1.2),左眼(1.0)に改善した.Wereportacasethatdevelopedcataract,uveitis,andfovealbreaks2monthsafterelectricalinjury.A19-year-oldmalevisitedaclinicwithhyperemiaandeyepaininhislefteye2monthsafteranelectricalinjury.Best-correctedvisualacuitybyLandoltchartwas0.7righteyeand0.1lefteye.Therewerecataractsinbotheyesandciliaryinjectionandfibrinformationintheanteriorchamberofthelefteye.Fluoresceinangiographydemonstratedhyperfluorescenceinperipheralretinalvesselsinbotheyes.Opticalcoherencetomographyshowedsmallfull-thicknessfovealbreaksinbotheyes.Hewastreatedwithtopicalsteroid.Inflammationfindingshaddisappearedby3monthsafterinjury.Withoutanysurgicaltreatment,thefovealbreakshadcompletelyclosedby6monthsafterinjury.Visualacuityimprovedto1.2righteyeand1.0lefteye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):439.442,2016〕Keywords:電撃傷,白内障,ぶどう膜炎,中心窩裂隙,黄斑円孔.electricalinjury,cataract,uveitis,retinalbreakofmacula,macularhole.はじめに電撃傷とは,感電,落雷,電気スパーク,孤光(アーク)などによる電気的損傷であり,6.6kV以上の高電圧で起こり,通電により局所に熱作用が発生し臓器損傷が起こるものである1).症状には,皮膚の熱傷,内臓および筋組織の傷害,不整脈,意識障害など多数あり,頭部に通電した場合は眼球に損傷が起こるとされる.眼障害のなかでは電撃白内障がもっとも多く,その他に結膜炎,ぶどう膜炎,黄斑浮腫,黄斑円孔,視神経障害などが報告されている2.4).電撃傷により白内障が生じた報告は多数あるが,ぶどう膜炎や中心窩裂隙が生じた報告は少ない.今回,受傷の約2カ月後に,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙を認めた症例を経験したので報告する.I症例患者:19歳,男性.主訴:左眼の充血,疼痛.既往歴:特記事項なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2014年7月,仕事中に6,600Vの電圧機器に触れ,意識消失し前医へ救急搬送された.ICUに入院となったが,徐々に全身状態は回復し,後遺症もなく退院した.その間,眼症状の訴えはなく,眼科受診はしなかった.受傷2カ月後の9月になって左眼の充血,疼痛が出現し,前医眼科〔別刷請求先〕高砂縁:〒761-0793香川県木田郡三木町池戸1750-1香川大学医学部眼科学講座Reprintrequests:YukariTakasago,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KagawaUniversityFacultyofMedicine,1750-1Ikenobe,Miki-cho,Kita-gun,Kagawa761-0793,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(109)439 図1初診時の眼底写真とOCT像図2フルオレセイン蛍光眼底造影写真を受診した.右眼視力=0.4(0.7×.0.75D(cyl.0.25DAx120°),左眼視力=0.1(n.c.),両眼白内障,左眼結膜充血と毛様充血および前房内フィブリン析出を認めた.また,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)にて両眼に中心窩裂隙を認めた.電撃傷に伴う左眼虹彩炎と診断され,0.1%ベタメタゾン点眼治療が開始された.その後炎症は改善していき,前医初診の1週間後に自宅から近い三豊総合病院へ紹介となった.初診時所見:右眼視力=0.4(0.8×.0.5D),左眼視力=0.4(0.5p×+0.5D(cyl.1.0DAx180°),両眼後.下白内障,左眼の軽度毛様充血と前房内炎症細胞を認めたがフィブリンは消失していた.OCTでは両眼の中心窩裂隙を呈し,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では造影初期に左眼中心窩にわずかに過蛍光を認めた.また,両眼とも周辺血管から蛍光漏出を認めた(図1,2).経過:0.1%ベタメタゾン点眼治療を継続し,炎症は徐々に軽減したため,受傷約3カ月後に右眼,約4カ月後に左眼の点眼を0.1%フルオロメトロンに変更した.その後消炎し,受傷約5カ月後に点眼を中止したが,炎症の再燃はみられなかった.中心窩裂隙は自然に閉鎖していき,受傷6カ月後には完全に閉鎖した(図3).視力は右眼=(1.2),左眼=(1.0)まで改善し,後.下白内障はあるものの本人の視力低下の訴えもなく,終診となった.II考按電撃傷による損傷には,電流そのものによる損傷だけでなく,生体内でのジュール熱発生による損傷,また直接接触しなくても接近することでフラッシュオーバー現象により起こるアーク放電による損傷があるとされる.落雷による眼障害の機序として,電流による直接の組織損傷,電流が抵抗により変換された熱による組織損傷,衝撃波による組織構造の変化,局所の炎症による組織の機能不全の4つが考えられている5).なかでも虹彩や水晶体.,中心窩付近の網膜色素上皮は眼内組織のなかで電気抵抗が大きく熱障害を受けやすいとされており,虹彩炎や白内障,黄斑円孔や黄斑浮腫が生じや440あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(110) 右目左眼2014/10/17VD=(0.7),VS=(0.5)2014/10/31VD=(1.0),VS=(0.6)2014/11/21VD=(1.2),VS=(0.8)2015/1/30VD=(1.2),VS=(1.0)図3OCT像と視力の経過すいと考えられている5).本症例でも,電気抵抗の高い虹彩,水晶体.が障害され,ぶどう膜炎や白内障が生じたと考えられた.中心窩裂隙の発生については中心窩付近の網膜色素上皮の熱障害だけでは説明しにくい.OCT上中心窩付近のellipsoidzoneやinterdigitationzoneなどの網膜外層が障害されていたものの,色素上皮は形態的には異常を示していなかったからである.初診時,FAの造影初期で左眼中心窩にわずかに過蛍光を認め,右眼には認めなかったが,これは右眼の中心窩裂隙があまりにも小さかったためで,欠損の大きかった左眼の中心窩裂隙にのみ背景蛍光のブロックによる過蛍光が認められたと考えられた.すなわち両眼とも中心窩近辺の網膜色素上皮細胞はFA,OCT所見上あまり障害を受けていなかったと推測される.したがって,中心窩裂隙の閉鎖はOCTでのみ確認しFAでは確認していないとはいえ,裂隙閉鎖後にFAを施行していたとしたら,初診時にみられた左眼の過蛍光は消失していたと考えられた.電撃傷による黄斑円孔に関しては,黄斑円孔発症約2週間後に硝子体手術を施行し,黄斑円孔の閉鎖を確認したという報告5)がある.しかし,本症例では外境界膜が連続し,わずかな中心窩裂隙のみであったため,自然閉鎖を期待して経過観察としたところ,徐々に裂隙は閉鎖していき,受傷6カ月後には完全閉鎖し視力の回復もみられた.外傷性黄斑円孔は特発性黄斑円孔に比べて自然閉鎖率が高い6)ため,すぐに手術をせずに経過観察をすることが多い.外傷性黄斑円孔の発生機序はいまだ解明されていないが,打撃による眼球の変形や網脈絡膜に波及した強い衝撃により黄斑部網膜に断裂を生じるという説,急激な後部硝子体.離によるという説などがある7).今回の症例の中心窩裂隙の発症機序については,電撃という強い衝撃が中心窩の網膜にも波及し裂隙が生じた可能性と,明らかな後部硝子体.離の所見は認めなかったが,ぶどう膜炎が前眼部と周辺後眼部にみられたことから,電撃の衝撃や熱損傷が眼球赤道部より前に強く加わったと推測され,周辺部硝子体の収縮が中心窩に対して接線方向に牽引する力となった,という2つの力学的な機序の可能性が考えられた.電撃傷による黄斑円孔の場合も,外傷性黄斑円孔と同様に自然閉鎖率が高い可能性があり,しばらく経過観察してもよいのではないかと考えた.本症例では,受傷直後には眼症状はみられなかったが,ぶどう膜炎は受傷後約2カ月経ってから出現し,白内障は経過観察中に後.下混濁の拡大や前.下混濁もみられるようになり,徐々に進行した.また,初診時には,ぶどう膜炎所見が軽度であった右眼の視力も0.8に低下していたが,視力の回復の経過から,その原因は白内障ではなく中心窩裂隙であったと考えられた.同様に左眼の発症時の視力低下の原因は虹彩炎と中心窩裂隙の両方であったと考えられ,両眼の各経過から,中心窩裂隙の発症も,受傷直後よりはぶどう膜炎が出現した受傷後2カ月に近い時期ではないかと推測された.これまでの電撃傷や雷撃傷の報告には,受傷直後から虹彩毛様体炎,視神経炎がみられ,受傷1カ月後に黄斑円孔がみられたという報告5)や,受傷約3週間後に著明なぶどう膜炎がみられたという報告8)があり,電撃傷や雷撃傷による症状やその出現時期はさまざまである9,10).電撃傷は,通電により生体自身から発生したジュール熱による臓器の損傷であるといえ,時間が経過すると,局所深部の損傷が拡大していくこと(111)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016441 もしばしばあるとされる1).そのため,受傷直後にはみられなかった所見が,時間が経過するとともに出現したり進行したりすることがあると考えられた.また,遅発性のぶどう膜炎の発症に関しては,電撃傷受傷時に直接損傷された虹彩や網膜色素上皮に対して,遅発性の免疫反応が起こり炎症が生じた可能性も考えられた.電撃傷により電撃白内障が生じた報告はわが国でもよくみられるが,白内障以外のぶどう膜炎や中心窩裂隙,黄斑円孔などが生じたという報告は少ない.今回,電撃傷受傷の約2カ月後に,白内障とぶどう膜炎,中心窩裂隙を認めた非常にまれな症例を経験した.電撃傷による眼症状は,受傷直後だけでなく遅発性に起こってくることもあるため,長期の経過観察が必要となる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)木所昭夫:電撃傷・雷撃傷.救急・集中治療19:11131117,20072)SonyP,VenkateshP,TewariHKetal:Bilateralmacularcystsfollowingelectricburn.ClinExpOphthalmol33:78-80,20053)KrasnyJ,BrozL,KripnerJ:Anterioruveitiscausedbyelectricaldischargeinwholebodyinjuries.CeskSlovOftalmol69:158-163,20134)KornBS,KikkawaDO:Ocularmanifestationofelectricalburn.NEnglJMed370:e6,20145)白井威人,福地祐子,中田亙ほか:落雷により黄斑円孔,視神経症,虹彩毛様体炎を生じた一症例.眼臨紀2:11801183,20096)YamadaH,SasakiA,YamadaEetal:Spontaneousclosureoftraumaticmacularhole.AmJOphthalmol134:340-347,20027)長嶺紀良,友寄絵厘子,目取真興道ほか:外傷性黄斑円孔に対する硝子体手術成績.あたらしい眼科24:1121-1124,20078)福田由美,杉谷倫子,玉田裕治ほか:電撃傷により著明なぶどう膜炎および白内障を発症した1例.臨眼57:881884,20039)佐久間健彦,神尾一憲,玉井信:落雷による過剰電流の眼内組織に及ぼす影響.臨眼45:601-603,199110)DattaH,SarkarK,ChatterjeePRetal:Anunusualcaseoflateocularchangesafterlightninginjury.IndianJOphthalmol50:224-225,2002***442あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016(112)