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Mycobacterium gordonaeによる難治性角膜炎の1例

2014年5月31日 土曜日

《第50回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科31(5):733.736,2014cMycobacteriumgordonaeによる難治性角膜炎の1例川口亜佐子*1三間由美子*2三宅瞳*3宮﨑大*4井上幸次*4藤原弘光*5*1鳥取県立中央病院眼科*2関西医科大学附属滝井病院眼科*3社会保険滋賀病院眼科*4鳥取大学医学部視覚病態学*5鳥取大学医学部附属病院検査部ACaseofIntractableKeratitisCausedbyMycobacteriumgordonaeAsakoKawaguchi1),YumikoMitsuma2),HitomiMiyake3),DaiMiyazaki4),YoshitsuguInoue4)HiromitsuFujiwara5)and1)DepartmentofOphthalmology,TottoriPrefecturalCentralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityTakiiHospital,3)DepartmentofOphthalmology,SocialInsuranceShigaHospital,4)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,5)DepartmentofClinicalLaboratory,TheUniversityofTottoriHospital目的:角膜擦過物より非定型抗酸菌Mycobacteriumgordonaeが分離され,薬物治療が可能であった難治性角膜炎の報告.症例:40歳,女性.CL使用歴なし.左眼の羞明,眼痛にて前医を受診,角膜炎としてステロイド点眼を処方されたが改善せず,その後さらに2カ所の眼科を経て発症から9カ月後難治性角膜ヘルペス疑いにて紹介受診した.左眼視力30cm指数弁,左眼は著明な毛様充血を認め,角膜全体の浮腫,中央の表層性の角膜混濁とDescemet膜皺襞,不正な上皮欠損を認めた.ミノサイクリン内服とトブラマイシン点眼を使用したが改善しないため,スルファメトキサゾール/トリメトプリム(ST)合剤内服に変更したところ,角結膜の炎症所見は徐々に軽快し,同時に病巣部よりMycobacteriumgordonaeが検出された.その後ST合剤内服とアミカシン点眼を継続して初診約4カ月半後には病巣は瘢痕治癒した.結論:薬物治療に抵抗する緩徐に進行する角膜炎を診察した際には,非定型抗酸菌感染も疑って長期の抗酸菌培養を行うべきである.Purpose:ToreportacaseofintractablekeratitiscausedbyMycobacteriumgordonae,thatwassuccessfullytreatedbymedicaltherapyalone.Case:A40-year-oldfemaleconsultedalocalpractitionerwithphotophobiaandpaininherlefteye.Afterunsuccessfultreatmentwithtopicalsteroidandvarioustreatmentsat2otherclinics,shewasreferredtouswithsuspectedherpetickeratitis,9monthsafteronset.Correctedvisualacuityofthelefteyewasfingercount.Slitlampexaminationrevealedciliaryinjection,diffusecornealedema,irregularepithelialdefect,Descemet’smembranefoldandanteriorstromalinfiltratesonherleftcentralcornea.Shewastreatedwithminocyclineandtopicaltobramycin,butdidnotimproved.Afterswitchingtotrimethoprim-sulfamethoxazolecombination,therewasgradualimprovement.Mycobacteriumgordonaewasidentifiedfromthefocus.Thereafter,trimethoprimsulfamethoxazoleandtopicalamikacinwereusedcontinually,thefocusscarredafter4monthsandahalf.Conclusions:Inthediagnosisofintractable,slowlyprogressingkeratitis,thepossibilityofatypicalacid-fastbacillusinfectionshouldberecognized,andlong-termculturetargetingacid-fastbacillishouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(5):733.736,2014〕Keywords:難治性角膜炎,非定型抗酸菌,Mycobacteriumgordonae,保存的治療.intractablekeratitis,atypicalmycobacterium,Mycobacteriumgordonae,medicaltherapy.はじめにMycobacteriumchelonaeによる角膜炎の報告が急増してい非定型抗酸菌による角膜炎はきわめて稀な疾患であり,以る1).非定型抗酸菌は増殖が遅いため,角膜炎の進行も緩徐前は外傷後や全層角膜移植後の報告がほとんどであったが,で薬剤に対する反応も乏しく診断が遅れることが多い2).今近年laserinsitukeratomileusis(LASIK)の普及により回筆者らは難治性角膜ヘルペスとして紹介されたが角膜擦過〔別刷請求先〕川口亜佐子:〒680-0901鳥取市江津730鳥取県立中央病院眼科Reprintrequests:AsakoKawaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TottoriPrefecturalCentralHospital,730Edu,Tottorishi,Tottori680-0901,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(107)733 物より非定型抗酸菌であるMycobacteriumgordonaeが分離され,それに対する薬物治療が有効であった角膜炎の1例を経験したので報告する.なお本症例報告の執筆・投稿について患者の自由意思による同意を得た.I症例患者:40歳,女性.主訴:左眼視力低下,眼痛.既往歴:なし.生活歴:発症時しいたけ栽培場でアルバイト.コンタクトレンズ(CL)使用歴なし.現病歴:2011年9月頃左眼の眼痛と羞明を自覚し近医Aを受診した.角膜炎としてステロイド点眼の処方を受けたが症状の改善がないため近医Bを受診.角膜ヘルペスを疑われアシクロビル眼軟膏の投与を受けて一旦軽快したが,減量に伴い徐々に増悪したため2012年3月総合病院Cを紹介受診した.アシクロビル眼軟膏,ベタメタゾン点眼,ガチフロキサシン点眼,ベタメタゾン内服で経過観察するも明らかな改善を認めないため,2012年6月難治性角膜ヘルペスとして鳥取大学医学部附属病院紹介となった.初診時所見:視力は右眼1.0p(1.2×cyl(.0.75DAx90°),左眼30cm指数弁(矯正不能)で,眼圧は右眼8mmHg,左眼9mmHgであった.左眼結膜に毛様充血を認めた.角膜は全体に浮腫があり,中央に不整な上皮欠損とDescemet膜皺襞,比較的境界明瞭な表層性混濁を認め,一部菲薄化を伴っていた(図1a,b).また鼻下側周辺と耳上側にも表層性混濁を認め,角膜下方に陳旧性の角膜後面沈着物を軽度認めた.前房内の細胞は角膜浮腫により確認が困難であったが,前房蓄膿およびフィブリンはなかった.角膜知覚は左右とも60mmであった.経過:前医でのオフロキサシン眼軟膏,バラシクロビル内服,ベタメタゾン内服をそのまま継続とし,病因検索のため角膜中央の病変部を擦過し各種検査に供した.鏡検ではグラム陽性球菌と桿菌を少数ながら認めたがZiehl-Neelsen染色法で抗酸菌は認めなかった.単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV),水痘帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV),アカントアメーバのDNAをreal-timePCR(polymerasechainereaction)で検索したところいずれも陰性であり,bacteriaDNAが4,771copies/sampleであった.培養は細菌・真菌ともに陰性で,抗酸菌は初診6日目の時点で陰性であった.検査結果よりHSVの関与の可能性が否定されたため,バラシクロビル内服を中止とし,トブラマイシン点眼とミノサイクリン内服200mg/日を追加した.また,同時に2回目の角膜擦過を行い培養に提出したが細菌・真菌ともに陰性であった.初診2週後から4週後にかけてベタメタゾン内服を漸減中止したところ毛様充血と角膜734あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014炎症が増悪したため(図2),初診4週後に3回目の角膜擦過検査を行った.鏡検ではグラム陽性球菌を少数ながら認めた.Real-timePCRではHSV,アカントアメーバDNAはともに陰性で,bacteriaDNAは2070copies/sampleであった.投薬変更後も角膜炎症の改善が得られなかったため,初診5週後にトブラマイシン点眼とミノサイクリン内服を中止としてセフメノキシム点眼とスルファメトキサゾール/トリメトプリム(以下,ST合剤)4錠/日を開始したところ,初診6週後には毛様充血,角膜浮腫の軽快傾向を示した(図3).また,この頃初診時の角膜擦過物の抗酸菌培養陽性が判明した.さらに初診8週後にはこの抗酸菌がMycobacteriumgordonaeであることが同定され,0.5%アミカシン点眼を追加した.その後,毛様充血,角膜浮腫と混濁は徐々に軽快していった.後の感受性試験の結果では,アミカシン,ST合剤ともに感受性を示し,特にST合剤に対して非常に強い感受性を示した(表1).初診18週後には角膜は瘢痕化し(図4),以後アミカシン点眼,ST合剤を漸減中止して現在まで再発を認めていない.II考按非定型抗酸菌は結核菌,らい菌以外の培養可能な抗酸菌群の総称で,現在60種類以上の菌種が確認されている.結核菌が生体内のみで繁殖するのに対して非定型抗酸菌は土壌,塵埃,湖沼などの自然界に広く存在しており,概してヒトに対する感染力や病原性は低いため,一般的に免疫不全状態や基礎疾患を有する場合に日和見感染菌として感染症を生じる3).非定型抗酸菌のなかで角膜炎を引き起こすおもなものはMycobacteriumchelonaeとMycobacteriumfortuitumであり,前者によるものが大部分を占める.Mycobacteriumchelonaeによる角膜炎の危険因子としてLASIKの他に角膜異物,眼外傷,ソフトCL装用,全層角膜移植後,白内障術後,観血的後.切開術後,角膜抜糸後,放射状角膜切開術後,ステロイド点眼使用があげられる.外傷後では2.8週後に,LASIK後は1.4週後に発症することが多い2).Mycobacteriumchelonaeによる角膜炎はまず実質内に球状の浸潤を形成し,放射状に進展しひび割れたフロントガラス様所見(crackedwindshieldappearance)を呈することが特徴とされている4).進行するとさらに実質内に広がり辺縁が不整で羽毛状の所見を呈する5).治療は病巣擦過とアミカシン点眼を主体として,クラリスロマイシンやトブラマイシン,シプロフロキサシン,第4世代キノロンなどを併用するが6,7),化学療法単独では反応が不良で,症例の約半数は角膜移植などの手術療法の併用が必要となる2).Mycobacteriumgordonaeによる角膜感染症は非常に少なく,これまでの既報のものは筆者らの調べた限り3例のみで(108) 図1a初診時前眼部写真図1b初診時フルオレセイン染色写真菲薄化を伴った不整な形状の表層性混濁を認める.不整な形状の上皮欠損を認める.図2初診4週後前眼部写真著明な毛様充血,角膜浮腫を認める.図3初診6週後前眼部写真毛様充血,角膜浮腫の軽快を認めた.図4初診18週後前眼部写真角膜中央の混濁は瘢痕化した.表1分離されたMycobacteriumgordonaeの薬剤感受性薬剤名MIC(μg/ml)ストレプトマイシンイソニアジドリファンピシンエタンブトールカナマイシンエチオナミドレボフロキサシンピラジナミドアミカシンクラリスロマイシンリファブチンST合剤<0.061<0.0320.12540.5400<0.5<0.03<0.08<0.002MIC:最小発育阻止濃度.(109)あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014735 ある8.10).異物の飛入と角膜移植の既往が1例ずつあり,残りの1例と本症例には特に既往はない.しかし,本症例の患者は発症以前からしいたけ栽培場で働いており,洗浄用にためてある水が眼に入ることがあったといい,これが誘因となった可能性がある.罹病期間はいずれも長く,診断まで少なくとも8カ月,治癒までは12カ月以上に及んでいる.また,経過中角膜ヘルペスや原因不明の角膜炎としていずれもステロイド点眼が使用されており,これが悪化の要因となっていたと考えられる.本症例を含めて病変は境界不明瞭で羽毛状所見を呈し,時に衛星病巣を形成しており,Mycobacteriumchelonaeや実質型角膜ヘルペス,真菌(糸状菌),放線菌との鑑別が困難である.今回の症例では角膜擦過物サンプルのHSVDNA(DNApolymerase),VZVDNA(DNApolymerase),アカントアメーバDNA(18SrDNA)のreal-timePCRを行うことにより,初期からこれらの疾患を除外することができた.また,bacteriaDNA(16SrDNA)については,抗酸菌を含めてほぼすべての細菌を検出するものであり1回目のPCRで4,771copies/sample認めた.量的には少なく,眼表面の常在菌を検出していた可能性もあったため,細菌感染とこれのみで診断することはできなかったが,抗菌薬治療を継続・変更していくうえで参考となった.すべての症例でアミカシン点眼を主体とした治療を行っているが,本症例以外はすべて複数回の治療的角膜移植を必要としているおり,今回の症例はST合剤を使用し,外科的治療によらず保存的に治療しえた初めての症例である.非定型抗酸菌は,培養時のコロニーの発育速度,着色,光発色性の有無によりRunyon分類とよばれる4群に分類されている.このなかでMycobacteriumchelonaeは1週間以内に発育する迅速発育菌に,Mycobacteriumgordonaeは発育まで2.3週間かかる遅発育菌群に分類されている3).Mycobacteriumchelonaeによる角膜炎は進行が遅いために診断が困難であるが,Mycobacteriumgordonaeによる角膜炎はさらに進行が遅く,薬剤への反応に乏しくなることが推測されるため診断はより困難で難治になると思われる.本症例の経験から,薬物療法に抵抗する緩徐に進行する難治性角膜炎を診察した際には,非定型抗酸菌による可能性について検討したほうがよいと思われた.またST合剤はMycobacteriumgordonaeに対して有効である可能性が示唆された.また,本症例では,初期から抗酸菌感染を疑って,塗抹検鏡でZiehl-Neelsen染色まで行ったが,検出できておらず,おそらく菌数が少ないことによると思われるが,それにもかかわらず,6週間という長期の培養を行うことによってようやく菌の検出と同定を行うことができた.抗酸菌の感染を疑った場合は,塗抹検鏡でたとえ陰性でも,それをターゲットとして,しかも,1カ月以上長期に培養するつもりで検体を提出するべきであると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RevigilioV,RodriguezML,PicottiGSetal:Mycobacteriumchelonaekeratitisfollowinglaserinsitukeratomileusis.JRefractSurg14:357-360,19982)阿部達也:Mycobacteriumchelonae角膜炎.あたらしい眼科22:199-200,20053)二木芳人:非定型抗酸菌.臨床と微生物29:61-65,20024)BroadwayDC,Kerr-MuirMG,EykynSJetal:Mycobacteriumchelonaekeratitis:acasereportandreviewofpreviousreportedcases.Eye8:134-142,19945)笹川智幸,阿部達也,大石正夫:非定型抗酸菌角膜炎の1例.日眼会誌100:464-470,19966)松田英伸,酒井康弘,阿部春樹:Mycobacteriumchelonaeによる角膜炎の1例.眼臨紀3:5-9,20107)HyonJY,JooMJ,HoseSetal:Comparativeefficacyoftopicalgatifloxacinwithciprofloxacin,amikacin,andclarithromycininthetreatmentofexperimentalMycobacteriumchelonaekeratitis.ArchOphthalmol122:11661169,20048)MooreMD,NewtonC,KaufmanHE:ChronickeratitiscausedbyMycobacteriumgordnae.AmJOphthalmol102:516-521,19869)SossiN,FeldmanRM,FeldmanSTetal:Mycobacteriumgordonaekeratitisafterpenetratingkeratoplasty.ArchOphthalmol109:1064-1065,199110)TelahunA,WaringGO,GrossniklausHE:Mycobacteriumgordonaekeratitis.Cornea11:77-82,1992***736あたらしい眼科Vol.31,No.5,2014(110)