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1.5%レボフロキサシン点眼薬が奏効したキノロン耐性Corynebacterium角膜炎

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1683.1686,2014c1.5%レボフロキサシン点眼薬が奏効したキノロン耐性Corynebacterium角膜炎佐埜弘樹江口洋宮本龍郎堀田芙美香三田村さやか三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Quinolone-resistantCorynebacteriumKeratitisSuccessfullyTreatedwith1.5%LevofloxacinOphthalmicSolutionHirokiSano,HiroshiEguchi,TatsuroMiyamoto,FumikaHotta,SayakaMitamuraandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool十数年来の角膜ヘルペスの既往がある77歳の男性が,感染性角膜炎をきたして再来した.左眼の傍中心部角膜に角膜膿瘍があり,前房蓄膿を伴い,視力は指数弁であった.角膜炎は,再発性角膜ヘルペスのため菲薄化していた部位を中心に発症していた.角膜擦過物の塗抹検鏡でグラム陽性桿菌が検出された.患者の都合から,複数種類の抗菌点眼薬の頻回点眼や抗菌薬の全身投与は実施せず,1.5%レボフロキサシン点眼薬の1日3ないし4回点眼で初期治療を開始した.角膜擦過物の培養で,レボフロキサシン高度耐性Corynebacteriumが分離された.治療開始から2週間後には角膜炎は消退しており,追加投薬を必要としなかった.1.5%レボフロキサシン点眼薬は,頻回点眼しなくともキノロン耐性Corynebacteriumによる角膜炎を消炎できる可能性がある.A77-year-oldmale,withanover10-yearhistoryofconstantlyrecurringherpetickeratitis,consultedTokushimaUniversityHospitalirregularly.Inhislefteye,cornealabscesswithhypopyonwasmarked.Inthepericentralcornea,whichwasthinbecauseoftherecurrentherpetickeratitis,whiteabscesswasobserved.Microscopicexaminationofcornealscrapingrevealedgram-positiverods.Weprescribed1.5%levofloxacinophthalmicsolution4timesdailyaccordingtothepatient’sconvenience.Thecornealisolatewasidentifiedashigh-levelquinoloneresistantCorynebacteriumspp.Only2weeksaftertheinitialvisit,however,clinicalfindingsimproveddramatically;thekeratitisdisappearedrapidly,withoutadditionaltherapy.High-concentrationquinoloneeyedropsof1.5%levofloxacinophthalmicsolutionmaybeeffectivewithoutfrequentadministrationininfectiouskeratitiscausedbyquinolone-resistantCorynebacterium.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1683.1686,2014〕Keywords:キノロン耐性Corynebacterium,角膜炎,1.5%レボフロキサシン点眼薬.quinolone-resistantCorynebacterium,keratitis,1.5%levofloxacinophthalmicsolution.はじめにCorynebacteriumは眼表面に常在する弱毒菌だが,近年は眼表面での日和見感染症の起炎菌として報告されるようになっている1.3).眼科臨床分離株の過半数はキノロン耐性である4)ため,Corynebacterium角膜炎に対してキノロン点眼薬を使用するのは,原則として推奨されない.しかし,キノロン系抗菌点眼薬はスペクトルが広く,組織透過性も良好ゆえに,感染性角膜炎に対する第一選択の薬剤として多く使用されている.同様の理由で,内眼手術の周術期にも頻用されており,眼表面でのキノロン耐性菌分離頻度増加の一因となっている4,5).近年,抗菌薬を投与する際には,薬物動態(pharmacokinetics)/薬力学(pharmacodynamics)(PK/PD)理論をもとにした効率的な薬物療法を実践し,抗菌薬投与による耐性菌の出現・選択の阻止をめざすことが推奨されている6).キノロン系抗菌薬は濃度依存的に抗菌作用を発揮する7)ため,最高薬物濃度(concentrationmax:Cmax)と最小発育阻止濃度(minimuminhibitoryconcentration:MIC)の比(Cmax/〔別刷請求先〕佐埜弘樹:〒770-8503徳島市蔵本町3-18-15徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野Reprintrequests:HirokiSano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima-shi770-8503,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(117)1683 MIC)に抗菌効果が相関する.よって,高濃度製剤のレボフロキサシン(LVFX)点眼薬を利用することは,眼表面におけるCmax/MICを高めるため,1.5%LVFX点眼薬は,MICから判定された耐性菌をも殺菌することができると推察され,内眼手術前の減菌法や起炎菌が同定できていない感染性角結膜炎での経験的判断に基づいた治療(empiricaltherapy:エンピリック治療)に有用と考えられる.しかし,実際にMICでキノロン耐性と判定された細菌による感染性角膜炎が,エンピリック治療としての1.5%LVFX点眼薬だけで治癒したとの報告は,知りうる限りない.そこで本論文では,患者の都合で1.5%LVFX点眼薬を1日3ないし4回点眼するエンピリック治療で,キノロン耐性Corynebacterium角膜炎の治療を実施し,良好な経過をたどった1例について報告する.I症例患者:77歳,男性.既往歴:十数年来の再発性角膜ヘルペスで,左眼角膜の一部は白濁・菲薄化していた(図1)が,過去2年間は再発していなかった.患者は角膜ヘルペス再発の前兆として,左眼にわずかな違和感を自覚することを経験的に認識しており,そのような場合は,不定期に早期再来をするか,患者の自己判断でアシクロビル眼軟膏を日に数回,1週間前後点入して対処していた.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:2カ月前の定期再来時,角膜所見に大きな変化がないことを確認されていたが,明らかに角膜ヘルペス再発の前兆ではない眼表面の違和感が出現し,結膜充血や眼脂が増強し視力も低下し始めたとのことで,2012年12月27日,自身の判断で不定期に徳島大学病院眼科を再受診した.検査所見:左眼は,視力は30cm指数弁(矯正不能),眼圧は24mmHg,角膜実質浮腫と角膜膿瘍,および前房蓄膿があり,中間透光体から眼底の詳細は観察できなかった(図2).右眼には特記すべき所見はなかった.II経過および結果12月27日再来時の所見から細菌性角膜炎を疑い,角膜擦過物の塗抹検鏡と分離培養を実施し,入院のもと抗菌点眼薬の頻回点眼,抗菌薬の全身投与を中心とした厳重な治療を勧めた.しかし,患者とその家族の都合で,翌日再来は可能だがそれ以降の外来定期通院や入院治療は不可能であること,および抗菌点眼薬は1種類を1日3ないし4回程度なら実施できるが,頻回点眼は不可能であるとの申告があった.そこで,1.5%LVFX点眼薬を1日3回は確実に点眼すること,および本来ならば頻回に点眼しなければならないこと,角膜炎が悪化する可能性もあることを説明し,同意のもと前記のエンピリック治療を開始した.同時に,長年の通医院歴を考慮し念のためクロラムフェニコール点眼薬も処方をし,可能であれば追加点眼をすることと翌日の再来を指示し,それ以降は都合がつき次第再来をする約束をした.同日,角膜擦過物のグラム染色と普通寒天培地,羊血液寒天培地,MacConkey培地,およびNAC培地での好気・5%炭酸ガス培養を開始した.角膜擦過物のグラム染色では,グラム陽性桿菌が多数検出された.角膜擦過物の培養では,48時間後に羊血液寒天培地の37℃好気培養と5%炭酸ガス培養の双方でコロニー形成を確認し,双方ともCorynebacterium属と同定された(BBLCRYSTAL,日本BD,東京).Etestストリップ(シスメックス・ビオメリュー株式会社,東京)でのLVFXのMICは,双方の株とも>32μg/mlと高度耐性を示した.12月28日の再来時,角膜炎はまだ沈静化していなものの,結膜充血は軽減していた(図3).1月10日には角膜炎は消図1再来前の前眼部写真内下方の角膜(矢印)は白濁・菲薄化していた.図2再来時の前眼部写真前房蓄膿を伴う角膜膿瘍がある.1684あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(118) 図3治療開始翌日の前眼部写真わずか1日の治療で結膜充血が軽減している.炎され,角膜膿瘍はほぼ消失していた(図4).その後,追加治療をせずとも角膜炎は急速に消退した.III考按Corynebacteriumは眼表面の常在菌叢をなすグラム陽性桿菌だが,わが国では細菌性角結膜炎の起炎菌になりうる8)と認識されている.そのような状況で,キノロン耐性Corynebacteriumが起炎菌である報告1,3)がある.Corynebacteriumのキノロン耐性獲得機序は,細菌が増殖する際に働く酵素であるDNAジャイレースのキノロン耐性決定領域でのアミノ酸配列で,83位セリンと87位アスパラギン酸が二重変異をきたしていること4)である.多くの細菌は,増殖時に作用する酵素にトポイソメレースIVとDNAジャイレースの2つのがあり,キノロン薬は,それら2つの酵素に作用することで殺菌する.キノロン耐性化には,双方の酵素でのアミノ酸変異が関係しているが,CorynebacteriumにはトポイソメレースIVが存在しない9)ため,DNAジャイレースの変異のみで容易にキノロンに高度耐性を示すと考えられる.細胞の生存に必須の蛋白質をコードし,時間経過においてのみ影響を受けるとされるハウスキーピング遺伝子を用いたmulti-locussequencingtyping解析の結果では,眼表面のCorynebacteriumの中に,臨床導入が古いノルフロキサシンにだけ耐性を獲得し,後に臨床導入された3世代キノロンに感受性を示す株が存在し,3世代キノロンにも高度耐性を獲得している株よりも早く出現していること,前者の株はキノロン耐性決定領域での単一変異のみであるのが,後者の株は二重変異をきたしていることがわかっている4).すなわち,眼表面のキノロン高度耐性Corynebacteriumの出現は,臨床現場での抗菌薬の使用状況によって誘発されていることが分子生物学的に証明されている.わが国において,さらなるキノロン耐性Corynebacteriumの出現をいかに阻止するかは,眼(119)図4治療2週間後の前眼部写真角膜炎は消炎している.科臨床上,きわめて重要な問題であると思われる.わが国においては,2011年に1.5%LVFX点眼薬が臨床導入されたが,従来から市販されていた0.5%LVFX点眼薬との使い分けに関して,明確な根拠のもとになされてはいない例が多いように見受ける.仮に,抗菌点眼薬投与後の眼表面でもPK/PD理論があてはまるのであれば,0.5%LVFX点眼薬でも,耐性と判定される多くの菌のMICよりも高濃度のLVFXを眼表面に供給していることになる.したがって理論的には,眼表面でのキノロン耐性菌の発現・選択はほとんどないはずである.しかし,実際にはキノロン耐性菌が眼表面から分離される頻度は年々高くなっており10),その原因としてキノロン点眼薬使用と,患者の入院歴を指摘する報告がある5).筆者らはPK/PD理論に照らし合わせ,抗菌点眼薬の涙液との混和,および瞬目による眼表面からの排出で,点眼直後から眼表面の抗菌薬濃度が低下し,涙液中の抗菌薬濃度の推移において,耐性菌選択領域となっている時間が長いことも原因の一つではないかと推察している.したがって,より高濃度の点眼薬を使用することで,涙液や瞬目による濃度低下があっても,眼表面の抗菌薬濃度が少しでも高濃度になるようにして,点眼した抗菌薬の濃度が耐性菌殺菌濃度にまで到達するように工夫することは,耐性菌発現・選択防止の観点から,理にかなっているものと思われる.すなわち,抗菌薬使用が原因となってCorynebacterium臨床分離株の過半数がキノロン耐性をきたす状況となっている現在4),積極的に1.5%LVFX点眼薬を使用することで,耐性菌発現・選択の増加傾向が緩和されると期待できる.本症例では長年の定期通院を通して,医師・患者間の信頼関係が築かれていたと考えていること,患者の眼科用製剤へのアドヒアランスの良さを確認していたこと,およびその患者が家族の不測の事態ゆえに1日に1種類の点眼薬を3ないし4回しか点眼できないとの申告があったことから,通常はあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141685 抗菌点眼薬を頻回点眼すべき細菌性角膜炎に対して,通常よりはるかに少ない点眼回数で治癒をめざす事態となった.外来での経過観察も,本来であればもっと緻密に実施すべきであるが,患者の事情で,年末年始の約2週間空けることとなった.そのため,濃度依存的に抗菌効果が期待できるキノロンのLVFX点眼薬のなかでも,1.5%製剤をエンピリック治療の第一選択として使用した.点眼するかどうかを患者に委任しつつ同時に処方したクロラムフェニコールは,結果的には点眼していなかったとの申告であった.そのようなエンピリック治療で角膜炎は消炎されたが,1.5%LVFX点眼薬での細菌性角膜炎に対するエンピリック治療時に頻回点眼の必要がない,というわけではない.副作用の出現に注意が必要だが,細菌性角膜炎に対する抗菌点眼薬の投与回数は,原則として1ないし2時間ごとの頻回点眼が望ましいと考えている.あくまでも,頻回点眼が実施できないなんらかの理由が患者側にあるときに限って,1.5%LVFX点眼薬であれば,3ないし4回程度でも消炎できる可能性がある,と判断するのが望ましい.Miyamotoら11)は,LVFX高度耐性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusaureus:MRSA)角膜炎に1.5%LVFX点眼薬が有効であった可能性を指摘している.今回の症例もLVFXのMICが>32μg/mlと,高度耐性のCorynebacteriumが起炎菌であった.MICから判断する薬剤感受性試験の結果が,点眼薬での治療効果をそのまま表しているわけではないことは周知の事実である.実際に,キノロン耐性と判定された株の角結膜炎で,従来のキノロン点眼薬投与後に臨床所見が改善することを経験するが,起炎菌の薬剤感受性試験結果が判明している場合は,原則としてその結果をもとに抗菌点眼薬を選択すべきである.しかし,通常は臨床検体を採取してから薬剤感受性試験の結果が判明するまでに数日かかるため,結果的に治療開始から数日後にキノロン耐性菌が起炎菌として分離されることがある.キノロン耐性菌による感染症にも効果が期待できるのであれば,そのようなエンピリック治療時には1.5%LVFX点眼薬が有用であり,本症例は,そのことを証明した1例となった.細菌性角膜炎では,患者の疫学情報,臨床所見,および角膜擦過物の塗抹像から起炎菌を絞り込んだうえで抗菌点眼薬の選択をすべきではある.しかし,本症例の経過からいえる結論は,1.5%LVFX点眼薬は,1日3ないし4回の点眼でキノロン耐性Corynebacterium角膜炎を消炎させ得る可能性があり,塗抹像が得られない感染性角膜炎のエンピリック治療に有用である.文献1)SuzukiT,IiharaH,UnoTetal:Suture-relatedkeratitiscausedbyCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol45:3833-3836,20072)稲田耕大,前田郁世,池田欣史ほか:コリネバクテリウムが起炎菌と考えられた感染性角膜炎の1例.あたらしい眼科26:1105-1107,20093)FukumotoA,SotozonoC,HiedaOetal:Infectiouskeratitiscausedbyfluoroquinolone-resistantCorynebacterium.JpnJOphthalmol55:579-580,20114)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,20085)fintelmannRE,HoskinsEN,LietmanTMetal:Topicalfluoroquinoloneuseasariskfactorforinvitrofluoroquinoloneresistanceinocularcultures.ArchOphthalmol129:399-402,20116)MeibohmB,DerendorfH:Basicconceptofpharmacokinetics/pharmacodynamics(PK/PD)modeling.IntJCinPharmacolTher35:401-413,19977)AndersonVR,PerryCM:Levofloxacin:areviewofitsuseasahigh-dose,short-coursetreatmentforbacterialinfection.Drugs68:535-565,20088)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン第2章,感染性角膜炎の病態・病型.日眼会誌117:484-490,20139)SchmutzE,HennigS,LiSMetal:IdentificationofatopoisomeraseIVinactinobacteria:purificationandcharacterizationofParYRandGyrBRfromthecoumermycinA1producerStreptomycesrishiriensisDSM40489.Microbiology150:641-647,200410)MarangonFB,MillerD,MuallemMSetal:Ciprofloxacinandlevofloxacinresistanceamongmethicillin-sensitiveStaphylococcusaureusisolatesfromkeratitisandconjunctivitis.AmJophthalmol137:453-458,200411)MiyamotoT,EguchiH,TserennadmidEetal:Methicillin-resistantStaphylococcusaureuskeratitisafterDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.CaseRepOphthalmol4:269-273,2013***1686あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(120)