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上眼瞼に発生したSteatocystoma Simplex の1例

2009年11月30日 月曜日

———————————————————————- Page 1(91) 15310910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(11):1531 1534,2009cはじめにSteatocystoma は毛包脂腺系から発生する皮下腫瘍であり,steatocystoma multiplex と steatocystoma simplex の 2種類の形態がある1).Steatocystoma multiplex と steatocys-toma simplex は病理組織学的には同一であるが,常染色体優性遺伝形式をとり,腫瘍が多発する場合を steatocystoma multiplex,遺伝傾向がなく,腫瘍が単発である場合を ste-atocystoma simplex とそれぞれ呼称する1).Steatocystoma simplex は,steatocystoma multiplex の単発型として,Brownstein によって 1982 年に初めて報告された1).発生頻度,好発年齢や性差などは明らかではないが,Brownstein が 10 年間で合計 30 症例を経験していること1),また,現在まで悪性転化に関する症例報告はないため,まれな良性皮下腫瘍として扱われている2 5).臨床所見は,弾性硬の皮下腫瘍であり,油性ないしはクリーム状の内容物を有するため,臨床症状から epidermal cyst と診断されることが多い1 5).Steatocystoma simplex の好発部位は顔面であり1),特に前額部に多く認められる1,3,5).しかし,現在まで眼瞼に発生した steatocystoma simplex の報告は 2 例のみであり6,7),わ〔別刷請求先〕木下慎介:〒509-9293 岐阜県中津川市坂下 722-1国民健康保険 坂下病院眼科Reprint requests:Shinsuke Kinoshita, M.D., Department of Ophthalmology, Sakashita Hospital, 722-1 Sakashita, Nakatsugawa-shi, Gifu 509-9293, JAPAN上眼瞼に発生した Steatocystoma Simplex の 1 例木下慎介*1新里越史*1雑喉正泰*2岩城正佳*2*1 国民健康保険 坂下病院眼科*2 愛知医科大学眼科学講座A Case of Steatocystoma Simplex in the Upper EyelidShinsuke Kinoshita1), Etsushi Shinzato1), Masahiro Zako2) and Masayoshi Iwaki2)1)Department of Ophthalmology, Sakashita Hospital, 2)Department of Ophthalmology, Aichi Medical UniversitySteatocystoma simplex はまれな良性皮下腫瘍である.好発部位は顔面であるが,現在まで眼瞼に発生した報告は2 例のみである.今回,筆者らは眼瞼に発生した steatocystoma simplex の 1 例を経験した.症例は 55 歳,男性で,主訴は右上眼瞼に腫瘤を触知することであった.皮膚側からの視診では右上眼瞼に病変は認めず,触診で病変の触知が可能であった.上眼瞼を翻転すると眼瞼結膜側に境界明瞭な隆起性病変を認めた.霰粒腫を疑い摘出術を行ったが,術中に薄い被膜を認めたため,被膜を全摘出した.病理組織診断の結果は,steatocystoma であった.眼瞼に生じた ste-atocystoma simplex の臨床所見は,霰粒腫に類似していた.そのため,霰粒腫の治療を行う場合は,steatocystoma simplex の可能性も考慮する必要がある.Steatocystoma simplex, a rare subcutaneous benign tumor, commonly a ects the face, though 2 cases of its occurrence in the eyelid have been reported. We experienced a case of steatocystoma simplex in the upper eyelid. The patient, a 55-year-old male, complained of a palpable lump in his right upper eyelid, but the lump could not be detected on ocular inspection. When we everted the upper eyelid, however, we observed a well-demarcated tumor in the palpebral conjunctiva, which we diagnosed as a chalazion and surgically removed. During the opera-tion we discovered that the tumor was encapsulated, so complete decapsulation was performed. Histopathological evaluation of the tumor led to the diagnosis of a steatocystoma. Since the clinical characteristics of patients with steatocystoma simplex mimic those of patients with chalazion, in cases of suspected chalazion it is advisable to include steatocystoma simplex in the di erential diagnosis, so as ensure a correct diagnosis and, consequently, an appropriate treatment plan.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(11):1531 1534, 2009〕Key words:steatocystoma simplex, 眼 瞼, 眼 瞼 結 膜, 霰 粒 腫,steatocystoma.steatocystoma simplex, eyelid, palpebral conjunctiva, chalazion, steatocystoma.———————————————————————- Page 21532あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(92)が国における症例報告はない.そこで今回,筆者らは,眼瞼に発生した steatocystoma simplex の 1 例を経験したので報告する.I症例患者:55 歳,男性.主訴:右上眼瞼の違和感.既往歴:50 歳,高血圧症.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成 19 年 9 月頃より,右上眼瞼に違和感を自覚していた.同年 10 月頃に右上眼瞼に腫瘤を触知することを自覚したため愛知医科大学病院眼科を受診した.初 診 時 所 見: 視 力 は 右 眼 0.2(0.8×+1.5 D(cyl 0.75 D Ax0°),左眼 1.0(1.2×+1.25 D(cyl 0.25 D Ax55°)で,眼圧は右眼 11 mmHg,左眼 13 mmHgであった.両眼ともに前眼部,中間透光体,眼底に異常は認められなかった.眼瞼部所見:眼瞼皮膚側からの視診では,右上眼瞼に病変は認められなかったが,触診で眼瞼の中央付近に弾性硬の病変が確認できた.右上眼瞼を翻転すると眼瞼結膜側に境界明瞭な隆起性病変を認めた(図 1).臨床検査所見:血液検査で異常は認められなかった.治療経過:臨床経過,臨床所見より霰粒腫を疑い,局所麻酔下に経皮的摘出術を行った.腫瘍直上で皮膚切開を行い,眼輪筋を圧排し瞼板前面を露出したところ,病変と一致する部分に瞼板の隆起を認めた.瞼板隆起部の切開を行ったところ,黄色クリーム状の内容物が認められた.鋭匙で内容物の郭清後,同部分を観察すると虚脱した薄い被膜を認めた.そのため,霰粒腫ではなく何らかの貯留 腫であると判断し,被膜を周囲組織から丁寧に 離し全摘出した.眼瞼結膜側は,眼瞼結膜と被膜の 離は困難であったため,眼瞼結膜を含めて摘出した.病理組織診断:上皮で裏打ちされた 胞状構造とその周囲に脂腺が認められたため,steatocystoma と診断された(図2).術後経過:眼瞼以外に腫瘍を認めない単発型であり,家族歴もないことから,steatocystoma simplex と診断した.術後 30 日で再発はなく,被膜と一塊に切除した眼瞼結膜の瘢痕は軽微である(図 3).また,眼瞼結膜側の瘢痕による眼表面の違和感や角膜上皮障害は認めていない.II考察本症例における steatocystoma simplex の術中所見は,瞼板内に生じた被膜を有する腫瘍であり,腫瘍の内容物は黄色クリーム状であった.この被膜は steatocystoma simplex の 腫壁であるが,他の症例報告6,7)においても 腫壁は瞼板と強固に癒着しており,本症例の術中所見と同様の所見である(表 1).そのため,瞼板と強固に癒着している 腫壁が,図 1初診時所見右上眼瞼結膜に球状の隆起性病変を認める.図 2病理組織学所見ケラトヒアリン顆粒をもたない上皮成分の 腫壁(矢頭)と脂腺(矢印)を認める.bar=100 μm.図 3術後所見眼瞼結膜の瘢痕は軽微である.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091533(93)眼瞼に発生する steatocystoma simplex の特徴的な所見であると考えられる.その一方で,本症例では,視診と触診,術中所見を含め,霰粒腫と類似する所見が多く,術中に 腫壁を発見できなければ霰粒腫との鑑別は非常に困難であったと考えられる.また,他の症例報告おいても術前の臨床診断は霰粒腫であった6,7)ことを考慮すると,霰粒腫の臨床診断で手術を行う際は,術中に 腫壁の有無を注意深く観察することが重要であると考えられる.Steatocystoma simplex は貯留 腫であるため, 腫壁の全 摘 出 が 根 治 的 治 療 で ある1 5). こ れ は,steatocystoma simplex に限らず,貯留 腫は摘出の際に 腫壁を取り残すと,残存した 腫壁から貯留 腫が再発するためである8). 腫壁を残存させないためには, 腫壁を損傷することなく一塊に摘出することが望ましいが,本症例では瞼板前面の所見が霰粒腫と類似しており,霰粒腫の手術方法9)に準じて瞼板前面を切開したため,腫瘍を一塊として摘出することは不可能であった.しかし,貯留 腫の摘出術のなかには,あえて 腫壁の切除または切開を行い,内容物を脱出させた後に 腫壁を摘出する術式がある10).本症例では 腫壁を損傷したが,同様の術式を用いることで, 腫壁を全摘出することが可能であった.したがって,霰粒腫の臨床診断で手術を行い, 腫壁を損傷した場合であっても,術式を変更することで, 腫壁の全摘出は可能であると考えられる.Steatocystoma simplex と鑑別が必要になる疾患は,epi-dermal cyst と subcutaneous dermoid cyst である1 5).しかし,epidermal cyst と subcutaneous dermoid cyst はともに貯留 腫であるため,治療は 腫壁を含めた全摘出であ り8),steatocystoma simplex と臨床的に鑑別する意義は少ないと考えられる.また,subcutaneous dermoid cyst は生下時から存在することが多いため11),問診で鑑別することが可能であると考えられる.病理組織学的には,steatocysto-ma はケラトヒアリン顆粒をもたない上皮成分の 腫壁に脂腺を有する貯留 腫である1).そのため,同じ貯留 腫であってもケラトヒアリン顆粒を有し, 腫壁に脂腺をもたないepidermal cyst や脂腺以外の皮膚付属器をもつ subcutane-ous dermoid cyst との鑑別は容易である12).本症例における病理組織像は典型的な steatocystoma であり,epidermal cyst や subcutaneous dermoid cyst との鑑別は容易であり,また,上皮成分を含む 腫壁が確認できたため,脂肪肉芽腫である霰粒腫9)との鑑別も容易であった.Steatocystoma simplex は,毛包脂腺系の毛包脂腺導管開口部から毛隆起部までの部分である毛包峡部から発生するとされている13).しかし,瞼板内には睫毛根は存在せず14),また,瞼板内の脂腺であるマイボーム腺は,睫毛と連絡のない独立脂腺であるため15),瞼板内には毛包脂腺系は存在しない.そのため,本症例における steatocystoma simplex は,睫毛重生で生じるように16),マイボーム腺の形質変化によって,瞼板内に形成された毛包脂線系から発生したと考えられる.一方,本症例以外にも,マイボーム腺と同様の独立脂腺であり,毛包脂腺系が存在しない口腔内にも steatocystoma simplex が発生している17)ことを考慮すると,実際は steato-cystoma simplex の発生に毛包の関与はなく,脂腺のみが関与している可能性も否定できない.しかし,どちらの場合であっても steatocystoma simplex の発生には脂腺が強く関与していると考えられる.したがって,steatocystoma sim-plex の発生起源は毛包峡部のような部分ではなく,脂腺導管開口部など脂腺が存在する部位であると考えられる.眼瞼に生じた steatocystoma simplex の臨床所見は,霰粒腫に類似していた.そのため,霰粒腫の臨床診断で手術を行う場合は,steatocystoma simplex の可能性も念頭において,術中の注意深い観察が必要である.文献 1) Brownstein MH:Steatocystoma simplex. Arch Dermatol 118:409-411, 1982 2) Nakamura S, Nakayama K, Hoshi K et al:A case of Ste-atocystoma simplex on the head. J Dermatol 15:347-348, 1988表 1眼瞼に発生したsteatocystoma simplexの報告例報告者年齢(歳)性別部位臨床診断治療内容術中所見Tirakunwichcha et al6)47女性左上眼瞼霰粒腫脂腺系の腫瘍摘出術瞼板と挙筋腱膜に強固に癒着摘出後,瞼板にボタンホール形成あり黄色クリーム状の内容物Procianoy et al7)68女性右上眼瞼霰粒腫脂腺 腫切除生検瞼板に強固に癒着霰粒腫に類似術中に灰色の油性内容物の流出自験例55男性右上眼瞼霰粒腫摘出術瞼板に強固に癒着黄色クリーム状の内容物眼瞼結膜を含めて切除———————————————————————- Page 41534あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(94) 3) Saravanan K, Akthar S:Interesting Case:steatocystoma simplex of the forehead. Br J Oral Maxillofac Surg 45:196, 2007 4) 山本聡,相原道子,中嶋弘:Steatocystoma simplex の1 例.皮膚 38:434-436, 1996 5) 寺内雅美,中束和彦,中村潔:Steatocystoma simplex の2 症例.形成外科 47:529-532, 2004 6) Tirakunwichcha S, Vaivanijkul J:Steatocystoma simplex of the eyelid. Ophthal Plast Reconstr Surg 25:49-50, 2009 7) Procianoy F, Golbert MD, Duro KM et al:Steatocystoma simplex of the eyelid. Ophthal Plast Reconstr Surg 25:147-148, 2009 8) Zuber TJ:Minimal excision technique for epidermoid(sebaceous)cysts. Am Fam Physician 65:1409-1412, 2002 9) Shields JA, Shields CL:Chalazion. Atlas of Eyelid and Conjunctival Tumors 2nd ed. p208-211, Lippincott Wil-liams & Wilkins, Philadelphia, 2008 10) Kanekura T, Kawamura K, Nishi M et al:A case of ste-atocystoma multiplex with prominent cysts on the scalp treated successfully using a simple surgical technique. J Dermatol 22:438-440, 1995 11) Koreen IV, Kahana A, Gausas RE et al:Tarsal dermoid cyst:Clinical presentation and treatment. Ophthal Plast Reconstr Surg 25:146-147, 2009 12) Jenkins JK, Morgan MB:Dermal cysts a dermatopatho-logical perspective and histological reappraisal. J Cutan Pathol 34:815-829, 2007 13) 幸田弘: 腫について.皮膚臨床 31:115-129, 1989 14) 木下慎介,柿崎裕彦,雑喉正泰ほか:大部分の睫毛根は瞼板に付着しているため,睫毛乱生手術において瞼板前組織を完全切除すべきである.眼紀 57:10-13, 2006 15) Nelson BR, Hamlet KR, Gillard M et al:Sebaceous carci-noma. 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