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トリアムシノロンアセトニドTenon囊下注射が有効であった乳頭血管炎の1例

2015年1月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(1):149.153,2015cトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が有効であった乳頭血管炎の1例荒木美穂中尾新太郎小椋有貴宮崎勝徳吉川洋石橋達朗九州大学大学院医学研究院眼科学分野ACaseofOpticDiscVasculitisandAssociatedMacularEdemawithPosteriorSub-Tenon’sTriamcinoloneInjectionMihoAraki,ShintaroNakao,YukiKomuku,MasanoriMiyazaki,HiroshiYoshikawaandTatsuroIshibashiDepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity今回筆者らは,中年男性に発症した乳頭血管炎にトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射を施行し,良好な経過を示した1症例を経験したので報告する.症例はB型肝炎ウイルス既感染の47歳,男性,片眼視力低下を自覚し当院紹介受診となった患者である.境界不明瞭で著明に発赤・腫脹した乳頭,網膜静脈の怒張・蛇行,乳頭周囲から赤道部にかけての放射状・斑点状出血を認め,乳頭血管炎と診断した.また軽度の黄斑浮腫を伴っていた.発症後1週間でトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射を施行,投与後1週間で黄斑浮腫の消失を認め,良好な視力が得られた.また,投与後1カ月で乳頭浮腫の著明な改善を認めた.今回の症例から,ステロイド全身投与が危惧される乳頭血管炎にトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射は有効であることが考えられた.Wepresentacaseofopticdiscvasculitisandassociatedmacularedemawithaposteriorsub-Tenon’striamcinoloneinjection.A47-year-oldmanwithchronichepatitisBvirus(HBV)infectionnoticeddecreasedvisioninhisrighteyeandwasreferredfromthecommunityophthalmologistbecausehissymptomsdidnotimprove.Hehadahyperemicandswellingdiscwithmacularedema,andwasdiagnosedwithopticdiscvasculitis.ToavoidtheriskofacuteexacerbationsofchronicHBVinfection,aposteriorsub-Tenon’striamcinoloneinjection─butnosystemicsteroid─wasadministered.At1weekaftertheinjection,OCTshoweddisappearanceofmacularedema.Furthermore,at1monthaftertheinjection,opticdiscfindinghadnearlynormalizedandsymptomshaddisappeared.Sub-Tenon’striamcinoloneinjectioncouldbeatherapeuticchoiceforopticdiscvasculitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(1):149.153,2015〕Keywords:乳頭血管炎,トリアムシノロンアセトニドテノン.下注射,B型肝炎,黄斑浮腫.opticdiscvasculitis,sub-Tenon’striamcinoloneinjection,chronichepatitisB,macularedema.はじめに乳頭血管炎は一般的に健康な若年者の片眼に発症し,視力予後がおおむね良好な疾患である.標準的治療は経過観察またはステロイドの全身投与が行われているが,初期治療としてトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射を行った報告はほとんどない.また,中年以降の発症は稀であるが,45歳以上の症例では病期が長期化することが報告されている1).今回,筆者らは47歳の中年男性に発症した本症にトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射を施行し,著効した症例を経験したので報告する.I症例患者:47歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:2012年10月23日頃から右眼の視力低下を自覚し,10月24日に近医眼科を受診した.右眼の視神経炎が疑われ,10月26日に精査加療目的にて当科入院となった.〔別刷請求先〕中尾新太郎:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野Reprintrequests:ShintaroNakao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicalSciences,KyushuUniversity,3-1-1Maidashi,Higashi-ku,Fukuoka812-8582,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(149)149 図1初診時の眼底写真乳頭の発赤・腫脹(矢印),網膜静脈の怒張・蛇行(矢頭),放射状の散在する出血を認めた.図2初診時の蛍光眼底造影写真乳頭および周囲の毛細血管の拡張や血管からの色素漏出(矢印)がみられた(左:右眼早期,中央:右眼後期,右:左眼後期).既往歴:9歳時虫垂炎に対して手術および輸血歴あり.B型肝炎ウイルス既感染.家族歴:特記すべきことなし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.4×sph.0.50D(cyl.1.00DAx90°),左眼0.4(1.5×sph.0.50D(cyl.1.00DAx90°),眼圧は右眼15mmHg,左眼16mmHgであった.眼球運動は制限なく眼位も正位であった.対光反射は迅速かつ十分であり,相対的瞳孔求心路障害は認めなかった.フリッカー値は右眼34Hz,左眼40Hz.前眼部・中間透光体に異常はなかった.眼底検査で右眼は,境界不明瞭で著明に発赤・腫脹した乳頭を認め,網膜静脈は怒張・蛇行し,乳頭周囲から赤道部にかけて放射状・斑点状の出血が散在していた.さらに軽度の黄斑浮腫が認められた(図1).左眼に異常は認めなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影検査(FA)で右眼は,造影後期にかけて視神経乳頭からの旺盛な蛍光漏出があり,黄斑部には色素の貯留を認めたが,網膜血管床の閉塞などの所見は認められなかった(図2).光干渉断層計(OCT)において右眼は,黄斑に.胞様,漿液性黄斑浮腫および乳頭の腫脹を認めた(図3).Goldmann視野検査(GP)で右眼におけるMariotte盲点の拡大は軽度であり,中心に比較暗点を認めた(図4).頭部磁気共鳴画像(MRI)検査では,左右の視神経に明らかな異常は認められなかった.初診時の血液検査所見は,抗HBc(B型肝炎コア)抗体50.6c.o.lと上昇を認めた以外には,血沈,血液像および生化学検査などに異常は認めなかった.年齢以外の臨床像を満たし,右眼視神経乳頭血管炎と診断した.副腎皮質ステロイド薬の全身投与を検討したが,B型肝炎ウイルス既感染であり,肝炎の増悪が危惧されたため,患者本人の希望によりステロイド薬の局所投与を選択した.11月1日右眼にトリアムシノロンアセトニド(40mg)150あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(150) 右眼左眼乳頭黄斑図3初診時の光干渉断層写真黄斑は.胞様,漿液性黄斑浮腫を認めた(矢印).視神経乳頭は腫脹を認めた.左右図4初診時のGoldmann視野Mariotte盲点の軽度拡大と中心に比較暗点を認めた.Tenon.下注射を施行した.検眼鏡的には治療後2カ月で乳頭の腫脹,発赤および網膜静脈の怒張蛇行は消失を認めた(図5).FAでは1カ月で乳頭上毛細血管からの色素漏出は著明に減少を認めた.OCTでは治療後1週間で黄斑浮腫の消失を認め,右眼矯正視力(1.0)と良好な視力が得られた.乳頭浮腫も著明な減少を認めた.GPでは治療開始後1週間で,中心の比較暗点は消失(151)した.II考察乳頭血管炎は,主として健康な若年者に発症する乳頭血管の炎症を病態の主座とする疾患である.1972年にHayrehがopticdiscvasculitisの疾患概念を提唱し,検眼鏡所見より乳頭腫脹が強くみられる乳頭浮腫型(type1)と,網膜中あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015151 1週間後1カ月後2カ月後図5治療後の眼底および蛍光眼底造影写真検眼鏡的には治療後2カ月で乳頭の発赤・腫脹,網膜静脈の怒張・蛇行は消失を認めた.蛍光眼底造影検査では,1カ月で乳頭上毛細血管からの色素漏出は著明に減少を認めた.心静脈閉塞症様所見が全面にみられる中心静脈閉塞症型(type2)に分類される2).乳頭血管炎はいまだその発生機序が解明されていないが,病理組織像からの検討でtype1は篩板より前部での毛様体血管の軽度の非特異的炎症によるもので,type2は乳頭部もしくは篩板より後部での中心静脈の炎症ではないかと推測されている.また,type1は黄斑浮腫を合併しないのに対して,type2はときに黄斑浮腫を合併することが知られている.今回筆者らが経験した症例はOCTの結果や臨床所見からも中心静脈閉塞症型type2と考えられた.乳頭血管炎の加療としては副腎皮質ステロイド薬の全身投与2.4)や,予後良好であることから無治療で経過をみている症例も多い.富永らは乳頭血管炎症例に対してステロイドパルス療法を行い,有効であることを報告している5).また,乳頭血管炎に対してステロイド全身投与(プレドニン錠30mg)を開始したが,視神経乳頭の所見の改善がみられないため,トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射を併用したところ速やかに視神経乳頭の発赤腫脹が消退したとの報告もある6).しかし,乳頭血管炎に対して初期治療からス152あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015テロイド局所投与を行った報告は数少ない7).最近,海外からトリアムシノロンアセトニド硝子体内投与が,乳頭血管炎とそれに伴う黄斑浮腫に効果があったとの報告がある7)が,わが国ではトリアムシノロンアセトニド投与は硝子体内投与よりTenon.下注射が一般的である.また,トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射の効果は硝子体内注射と比べて黄斑浮腫改善率と視力予後に有意差がないことが報告されている8).本症例における視機能低下は黄斑浮腫によるものが考えられたが,黄斑浮腫に対してトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が著効し,それに伴い視機能の改善を得たものと考えられた.乳頭血管炎は10.30歳代の若年者の罹患がほとんどであるが,本症例は47歳と中年であり比較的稀な症例であるといえる.乳頭血管炎の治療としては副腎皮質ステロイド薬の全身投与2.4)や予後良好であることから無治療で経過をみている症例も多いが,Hayrehらは,45歳以上で病期が長くなる傾向を報告1)している.本症例では年齢が45歳以上であることから積極的加療を行った.トリアムシノロンアセトニ(152) ドTenon.下注射を施行し,投与後2カ月で乳頭浮腫の消失を認めた.45歳以上の罹患者では,2カ月で乳頭浮腫の消失が得られるのは30%程度であり,トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射の効果による病期短縮の可能性が考えられた.乳頭血管炎の病態は,上述のようにtype1,type2ともに局所での血管壁の炎症であり,局所でのサイトカイン産生による乳頭浮腫,黄斑浮腫などの臨床病態が考えられる.また,乳頭血管炎は健常者に発症することが知られ,全身性炎症疾患が関与したという症例は少ない.このことからも乳頭部組織に高濃度のステロイドが到達するトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が有効であると考えられる.B型肝炎ウイルス保有者の約90%は肝障害のない,いわゆる無症候性キャリアであり肝機能検査も正常であるが,ステロイドの全身投与によりウイルス量が増加し,肝機能が急激に悪化することが知られている9).また,B型肝炎の急性増悪では死亡例も報告されており9),今回の症例でもB型肝炎ウイルス既感染患者であるため,ステロイド全身投与による肝炎の急性増悪が危惧された.トリアムシノロンアセトニドTenon.下注射(40mg)の投与における最高血中濃度は30ng/mlとの報告10)があり,全身投与の約20分の1程度と考えられる.このようなステロイド全身投与が困難な症例では,副作用の比較的少ないトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射が乳頭血管炎の治療選択肢の一つとなると考えられた.本症例の病態として血管の炎症により乳頭浮腫をきたし,炎症が網膜中心静脈に波及することで一過性の網膜静脈閉塞が起こり,二次的に黄斑浮腫をきたしたと考えられた.この二つの病態に対するトリアムシノロンアセトニドTenon.下注射の抗炎症作用により病態が改善したと考えられた.文献1)OhKT,OhDM,HayrehSS:Opticdiscvasculitis.GraefesArchExpOphthalmol238:647-658,20002)HayrehSS:Opticdiscvasculitis.BrJOphthalmol56:652-670,19723)小栗真千子,近藤永子,近藤峰生ほか:14歳の女子に発症した乳頭血管炎の1例.臨眼99:389-391,20054)小暮奈津子,阿部真智子,大西裕子ほか:乳頭血管炎と思われる8例について.臨眼71:1236-1241,19775)富永美果,菅澤淳:ステロイドパルス療法を施行した乳頭血管炎の1例.眼臨88:1539-1541,19946)田片将士,岡本紀夫,村上尊ほか:副腎皮質ステロイド薬にトリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を併用した中年女性にみられた乳頭血管炎.あたらしい眼科26:423-426,20097)ChangYC,WuYC:Intravitrealtriamcinoloneacetonideforthemanagementofpapollophebitisandassociatedmacularedema.IntOphthalmol28:291-296,20088)YalcinbayirO,GeliskenO,KaderliBetal:Intravitrealversussub-tenonposteriortriamcinoloneinjectioninbilateraldiffusediabeticmacularedema.Ophthalmologica225:222-227,20119)PerrilloRP:AcuteflaresinchronichepatitisB:Thenaturalandunnaturalhistoryofanimmunologicallymediatedliverdisease.Gastroenterology120:1009-1022,200110)KovacsK,WagleyS,QuirkMetal:Pharmacokineticstudyofvitreousandserumconcentrationsoftriamcinoloneacetonideafterposteriorsub-tenon’sinjection.AmOphthalmol153:939-948,2012***(153)あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015153