《原著》あたらしい眼科35(2):267.270,2018cDCR鼻内法における吻合部の処理法の検討─涙.の切開・切除との比較─伊藤和彦佐橋一浩廣瀬浩士独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター眼科CStudyofAnastomosisMethodinEndonasalDCR─ComparisonofLacrimalSacIncision,Excision─KazuhikoIto,KazuhiroSahashiandHiroshiHiroseCDepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationNagoyaMedicalCenter目的:涙.鼻腔吻合術鼻内法(endonasal-dacryocystorhinostomy:En-DCR)における涙.粘膜の展開・処理法の違いによる術後成績について検討を行う.対象および方法:2015年C6月.2016年C2月に名古屋医療センター眼科でEn-DCRを連続して施行した患者C68人(男性:女性=18:50)を対象とした.クレセントナイフによるCH状またはコ状涙.切開した患側C38側をグループCI,鉗子による涙.切除を施行した患側C50側をグループCIIとして,涙液メニスカス髙(tearmeniscusheight:TMH),左右,麻酔,術後の涙管通水検査,平均手術時間,中鼻甲介処理率を比較検討した.結果:涙管通水検査では,グループCIは陽性率C94%,陰性率C6%であった.グループCIIは涙管通水検査での陽性率C89%,陰性率C11%であった.両者に有意差は認められなかった(p=0.14PearsonC’sCc2検定).結論:涙.粘膜の展開法として,切開法,切除法で術後成績には有意差はなく,侵襲の少ないナイフによる切開法がより安全と考えられた.CPurpose:Toevaluateoutcomesofendonasal-dacryocystorhinostomy(En-DCR)withtwomethodsoflacrimalsacCexpansion.CSubjectsandmethod:WeCstudiedC88CsidesCofC68Cpatients(male:female=18:50)withClacrimalCpassageobstructionwhohadundergoneEn-DCRbetweenJune2015andFebruary2016.Theyweredividedintotwogroupsbasedondi.erenceinlacrimalsacexpansionmethod.GroupIhad38sidestreatedwithlacrimalsacincisionCbyCCrescentCknife;groupCIIChadC50CsidesCtreatedCwithClacrimalCsacCremovalCbyCforceps.CTearCmeniscusCheight,ClacrimalCirrigationCtest,CaverageCsurgeryCtimeCandCmiddleCturbinateCprocessingCrateCwereCcompared.CResult:Lacrimalirrigationtestshowednosigni.cantdi.erencesbetweenthegroups(positiverate94%ingroupICandC89%CinCgroupCII,Cp=0.14CPearson’sCc2test)C.CConclusions:ThoughCthereCwasCnoCsigni.cantCdi.erenceCbetweenthetwogroups,lacrimalsacremovalbytheincisionmethodwasconsideredlessinvasiveandsafer.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C35(2):267.270,C2018〕Keywords:DCR鼻内法,涙.切開法,涙.切除法.endonasal-dacryocystorhinostomy,lacrimalsacincision,lac-rimalsacexcision.Cはじめに涙.鼻腔吻合術は,鼻外法がC1904年にCTotiにより最初に報告された1).その後,さまざまな試行錯誤を経たうえで改良され,以後,細い術式の違いはあるが高い成功率を達成し,現在の方法に至っている.一方,鼻内法(En-DCR)はC1893年にCCaldwellにより報告された2)が,術後成績の不安定さから,鼻外法が支持されてきた歴史がある.最近では,鼻内視鏡,骨窓作製の機器などの改良3),発達4)により手術手技も向上し,鼻外法4)に劣らない術後成績が報告されている.ただし,鼻外法と異なり,骨窓作製後,涙.粘膜や,鼻粘膜を縫合しないため,吻合部の周囲の骨が露出しやすく,ま〔別刷請求先〕伊藤和彦:〒460-0001愛知県名古屋市中区三の丸C4-1-1独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター眼科Reprintrequests:KazuhikoIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationNagoyaMedicalCenter,4-1-1Sannomaru,Naka-ku,Nagoya,Aichi460-0001,JAPAN表1TMHHighCMiddleCLowグループCI2側(5%)5側(13%)31側(81%)グループCII2側(4%)2側(4%)43側(86%)Cp=0.32,PearsonのCc2検定.表3麻酔全身麻酔局所麻酔グループCI32側(84%)6側(16%)グループCII43側(86%)7側(14%)Cp=0.81,PearsonのCc2検定.表5中鼻甲介処理率一部切除切除なしグループCI22側(58%)16側(42%)グループCII35側(70%)15側(30%)Cp=0.24,PearsonのCc2検定.た,シリコーンスポンジなどのステントも挿入しない場合が多く,その場合,肉芽が形成され,骨窓が再閉塞する可能性がある5).また,狭鼻腔の症例では,骨窓を覆った鼻粘膜の増殖と鼻中隔との癒着による再閉塞が起こることが危倶される.そこで今回筆者らは,名古屋医療センター眼科(以下,当院)で施行したCEn-DCRでの涙.粘膜の処理法の違いにより,術後成績にどのような変化が生じるかについて比較検討を行った.CI対象および方法2015年6月.2016年2月まで,当院でEn-DCRを連続して施行したC67人(男性:女性=16:51)を対象とした.平均年齢はC68.1C±16.2歳で,男性の平均年齢はC61.4C±23.1歳,女性の平均年齢はC68.6C±15.4歳であった.術後の経過観察期間はC4.12カ月であった.吻合部の涙.粘膜の処理法については,クレセントナイフによるCH状,またはコ状に涙.切開したC38側をグループCI,鉗子により切除を行ったC50側をグループCIIとした.涙液メニスカス髙(tearmenis-cusheight:TMH),手術側,麻酔法,術後の涙管通水検査,平均手術時間,中鼻甲介の処理率について比較検討を行った.統計学的処理はCPearsonのCc2検定で行った.手術は,原則的に全身麻酔で行い,骨窓を総涙小管部まで広げ,涙.の内総涙点を確認した.緊急性の高い急性涙.炎例,全身状態に影響が出やすいC80歳以上の高齢者には,局所麻酔下で手術を行った.両術式とも圧迫止血で止まらない表2左右右左グループCI16側(42%)22側(58%)グループCII29側(58%)21側(42%)Cp=0.14,PearsonのCc2検定.表4涙管通水通水あり通水なし不明グループCI34側(90%)2側(5%)2側(5%)グループCII47側(94%)3側(6%)Cp=0.14,PearsonのCc2検定.通水なし:チューブ抜去後C1カ月の所見.ときは高周波電気メスにて止血した.術後,すべての症例で2カ月間はステントを留置した.チューブ抜去後C1カ月の時点でCTMHの観察,涙管通水検査を行い評価した.TMHは,0,1mm以下をClow,0.2.0.3Cmmをmiddle,0.4Cmm以上をChighと定義して評価した.CII結果TMHは,グループCIはChigh2側(5%),middle5側(13%),low31側(81%)で,グループCIIではChigh2側(4%),middle2側(4%),low43側(86%)で,両群間で有意差を認めなかった(p値=0.32)(表1).左右では,グループCIは,右C16側(42%)左C22側(58%),グループCIIでは,右C29側(58%),左C21側(42%)であった.両群間で有意差を認めなかった(p値=0.14)(表2).麻酔法は,グループCIでは全身麻酔C32側(84%),局所麻酔C6側(16%),グループCIIで全身麻酔C43側(86%),局所麻酔C7側(14%)で,両群間に有意差を認めなかった(p値=0.81)(表3).涙管通水検査では,グループCIは通水ありC36側(95%),通水なしC2側(5%)であった.グループCIIでは,通水ありC47側(94%),通水なしC3側(6%)で,両群間に有意差を認めなかった(p値=0.14)(表4).平均手術時間はグループCIではC25.6分,グループCIIでは22.4分であった.両群間で有意差を認めなかった(p値=0.09Mann-Whitney’sU検定).中鼻甲介の処理については,グループCIでは,中鼻甲介の一部切除例がC22側(58%),切除しないものがC16側(42%),グループCIIでは中鼻甲介の一部切除例がC35側(70%),切除しないものがC15側(30%)で,両群間に有意差を認めなかった(p値=0.24)(表5).III結論・考按涙.鼻腔吻合術は,涙道閉塞症に対する最終的な治療法であるが,手術法については,鼻外法,鼻内法のそれぞれの利点,欠点があり,症例に応じて慎重に選択する必要がある.当院では,以前は全例に鼻外法を施行していたが,鼻内視鏡を導入するとともに,鼻粘膜の処理,骨窓作製における手術機器の進歩により鼻内法に移行している.それらの術後成績には有意差は認められなかったが,両者ともに再閉塞する症例もあり,その原因について理解を深めることがより高い成功率を導く鍵となる.今回,En-DCRについて,涙.粘膜の展開の処理法に重点を置き,術後成績を検討したが,鼻内法術後の再閉塞例に対する再手術では,吻合部と中鼻甲介や鼻中隔との癒着もみられ,鼻外法とは異なる機序で発生する可能性も示唆された5).筆者らが行っているCEn-DCRの手技のおもな手順は,①上顎骨前頭突起と涙骨接合部での骨窓の作製,②涙.の露出とライトガイドによる内総涙点から涙.閉塞部位までの確認,③涙.の切開,もしくは切除,④ステントの留置である.これまでもCDCRの手術手技については多くの方法が報告されている6.9)が,手術手技の細かい操作については,各国,施設間で異なるところもあり,内眼手術のようには標準化されていない.吻合部の骨窓作製時,骨が露出することにより術後の肉芽腫の発生が懸念されることは以前より知られているが,最近では,骨の露出を避けるために涙.粘膜と鼻粘膜を縫合したり6),涙.粘膜を切除せず,大きく展開し,鼻粘膜との融合を期待する術式も報告されている9).ただし,鼻内での粘膜同士の縫合はむずかしく熟練を要すること,涙.粘膜の展開のみでは癒着により再閉塞する可能性も否定できない.鼻内法に関して,当初は涙.粘膜を切除していたが,この場合,骨の露出は避けられず,また,涙.からの出血もあり,できれば粘膜を切除せず,鼻外法のように縫合できればと考えていた.実際,鼻内での縫合を試みたが,時間もかかり,完成度の高い縫合がむずかしいため,縫合を行わず,涙.を大きく切開して鼻粘膜との融合を期待する方法を行うことにした.ただし,涙.の切開だけでどの程度の成功率が得られるか疑問もあったため,涙.粘膜の展開の処理法,すなわち切開法(グループCI),切除法(グループCII)に分けて,チューブ抜去後C1カ月のCTMH,涙管通水の有無を術後成績として比較検討を行った.グループCIの切開法は,涙.を露出させた後C23CGライトガイドを閉塞部位まで挿入し,ライトガイドの光源を頼りにして涙.をテント状に緊張させ,閉塞部位下端から内総涙までを切開する.切開部位の両端には涙.の長軸方向と垂直に鼻中隔切除中鼻甲介切開左鼻腔図1涙.切除・切開切れ込みを入れ,できるだけ涙.内腔を露出させる.今回は,涙.の切開はC2.3Cmm幅のクレセントナイフを使用して行ったが,連続した切開は容易ではあるものの,内総涙点側の涙.粘膜まで切開してしまい,眼窩隔膜を傷つけることで脂肪脱出の危険性もあるため,鼻内視鏡で確実に視認して行う必要がある.グループCIIの切除法は北村氏篩骨洞鉗子を使用し,グループCIの切開法同様,涙.にライトガイドでテント状になるよう緊張をかけ,閉塞部下端から内総涙点まで切除する.骨窓に面した涙.粘膜を切除するため,涙.内部の視認は容易であるが,鼻内での繊細な操作が困難なため,粘膜の損傷や出血の懸念があり,また,出血時,涙.の確認が困難になることもあり,圧迫止血を行いながら,涙.を過剰に切除してしまう可能性がある.その場合,骨窓部の骨が露出することで肉芽の発生も危惧されため,涙.粘膜の処理には細心の注意が必要である.今回の涙.の切開法と切除法の処理の検討において,TMH,涙道通水,平均手術時間に有意な差はみられなかった.粘膜を切除する場合,鉗子手技の習得に修練が必要であるが,切開法では,硬性鏡下での視認が得られれば,クレセントナイフを使用することで切開は容易になる.術後成績に有意差がなければ,これらの切開法,切除法の利点,欠点を考慮すると,出血などの合併症が少なく,手技的により簡便な切開法がよいと考えた.ただし,狭鼻腔や中鼻甲介の解剖学的個体差で,クレセントナイフの操作がむずかしい場合や,涙.が小さく眼窩隔壁まで切開が及びそうな症例には,切除法も選択の余地に入れるべきである.また,今回の検討では有意差はみられなかったが,長期的な経過観察ができておらず,今後,さらに継続的な経過観察や総合的な検討が必要である.本稿の要旨は第C5回日本涙道・涙液学会(2016)にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TotiA:NuovometodoconservatoredicuraradicaledellesoppurazioniCcronicheCdelCsaccoClacrimale(dacriocistorino-stomia).ClinModerna(Firenze)C10:385-387,C19042)CaldwellCGW:TwoCnewCoperationCforCobstructionCofCtheCnasalductwithpreservationofcanaliculi,andaninciden-talCdescriptionCofCaCnewClacrimalCprobe.CNewCYorkCMJC57:581-582,C18393)高野俊之:超音波手術器「ソノペットCTMCUST-2001」の骨窓作製時における使用経験.あたらしい眼科C30:1294-1297,C20134)廣瀬浩士:涙道疾患の手術的治療.現代医学C51:491-498,C20045)栗原秀行:涙.鼻腔吻合術の術中トラブルと対処.臨眼C51:1708-1710,C19976)鶴丸修士,鈴木亨:慢性涙.炎─涙.鼻腔吻合術鼻内法.あたらしい眼科32:1655-1663,C20157)鈴木亨:涙.鼻腔吻合術鼻内法における最近の術式とラーニンクカーブ.眼科手術24:167-175,C20118)松山浩子,宮崎千歌:涙.鼻腔吻合術鼻内法の手術成績.眼科手術24:495-498,C20119)宮崎千歌:涙道領域─最近の話題─涙.鼻腔吻合術鼻内法.あたらしい眼科30:897-901,C2013***