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HIF-PH 阻害薬投与の開始前後における糖尿病黄斑浮腫の 変化の観察

2024年3月31日 日曜日

《第29回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科41(3):335.339,2024cHIF-PH阻害薬投与の開始前後における糖尿病黄斑浮腫の変化の観察鈴木陽平*1,2小堀朗*1小森涼平*2高村佳弘*2稲谷大*2*1福井赤十字病院眼科*2福井大学眼科学教室CRetrospectiveStudyofDiabeticMacularChangesBeforeandAfterInitiationofHIF-PHInhibitorTreatmentYoheiSuzuki1,2)C,Akirakobori1),RyoheiKomori2),YoshihiroTakamura2)andMasaruInatani2)1)DepartmentofOphthalmology,FukuiRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicalSciences,UniversityofFukuiC目的:低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(hypoxia-inducibleCfactorprolylChydroxylase:HIF-PH)阻害薬を投与された糖尿病患者において糖尿病黄斑浮腫(DME)が増悪したか検討した.対象および方法:HIF-PH阻害薬を開始した糖尿病患者を対象とし,投与前後における中心網膜厚(CRT)を比較した.結果:5例9眼中2眼でDMEが増悪した.症例C1ではCHIF-PH阻害薬の内服中止に加え,抗CVEGF薬硝子体内注射を施行したが,CRTの回復には約C3カ月を要した.症例C2ではCHIF-PH阻害薬の内服中止のみで軽快したが,CRTの回復には約C7カ月を要した.結論:HIF-PH阻害薬の開始によりCDMEの悪化を認めた症例があったが,自然経過との鑑別は困難であった.CPurpose:Toassesswhetherdiabeticmacularedema(DME)worsenswhendiabeticpatientsaretreatedwithahypoxia-induciblefactorprolylhydroxylase(HIF-PH)inhibitor.SubjectsandMethods:ThisretrospectivecaseseriesCstudyCinvolvedC9CeyesCofC5CpatientsCwithCDMECwhoCwereCtreatedCwithCHIF-PHCinhibitorsCandCfollowedCforseveralmonths.Centralretinalthickness(CRT)wascomparedbeforeandafterinitiationoftheHIF-PHinhibitors.Results:DMEworsenedin2ofthe9eyesafterinitiationofHIF-PHinhibitors.InCase1,thepatientwastreatedwithCvitreousCanti-VEGFCinjectionCinCadditionCtoCdiscontinuationCofCHIF-PHCinhibitors,Chowever,C3CmonthsCwasCrequiredCforCCRTCtoCrecover.CInCCaseC2,CtheCpatient’sCCRTCrecoveredCafterConlyCdiscontinuationCofCtheCHIF-PHCinhibitor,yetapproximately7monthswasrequiredfortherecovery.Conclusions:Our.ndingsshowedthatDMEcanCworsenCafterCinitiatingCtreatmentCwithCHIF-PHCinhibitors,CyetCsinceCthisCwasCaCretrospectiveCstudyCitCwasCdi.culttoassesswhetherHIF-PHinhibitorswererelatedtoDMEworsening.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(3):335.339,C2024〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,HIF-PH阻害薬,抗CVEGF薬,腎性貧血.diabeticmacularedema,HIF-PHinhibi-tors,anti-VEGFdrugs,renalanemia.Cはじめに糖尿病は世界中で推定C4億C6,300万人が罹患しており,糖尿病患者の約C10.15人にC1人の割合で糖尿病黄斑浮腫(dia-beticmacularedema:DME)が発症しているといわれている.糖尿病罹患率は今後さらに増大すると考えられ,黄斑浮腫による視力低下は大きな問題となっている1,2).DMEにおいては,持続した高血糖状態が慢性的な微小血管障害,虚血,炎症を引き起こし,眼内において増加した血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)などのサイトカインにより血管透過性が亢進し,黄斑部に血液成分が漏出することで視力の低下,変視症などの自覚症状が生じる.低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(hypoxia-inducibleCfactorprolylhydroxylase:HIF-PH)阻害薬は腎性貧血の治療薬である.HIFは通常CHIF-a,HIF-bで二量体を形成し,血中に存在している.HIF-aのサブユニットにはCHIF-1Ca,〔別刷請求先〕鈴木陽平:〒918-8501福井県福井市月見C2-4-1福井赤十字病院眼科Reprintrequests:YoheiSuzuki,DepartmentofOphthalmology,FukuiRedCrossHospital,2-4-1Tsukimi,Fukuicity,Fukui918-8501,JAPANCde図1症例1の右眼の網膜光干渉断層計(OCT)像a:HIF-PH阻害薬投与の開始前.Cb:投与開始約C1カ月半後.Cc:投与開始C2カ月半後.このC5日後に投与中止となった.Cd:投与中止C2カ月後.e:投与中止役C3カ月半後.HIF-2a,HIF-3Caが存在する.HIFはCHIF-PHにより,プロリン残基の水酸化を受け,これがCVHL蛋白によりユビキチン化され,その後,プロテアソームによって分解される.エリスロポエチン(EPO)の産生に関与するCHIF-2Caは通常,上記の経路により,分解される.しかし,HIF-PH阻害薬はこの分解を阻害し,HIF-2Caを安定化させる効果がある.これにより,EPOの腎臓での産生を促進するが,同時にCHIF-1aも安定化させることにより,網膜のCVEGFを増加させることでCDMEが悪化する危険性が懸念されている3.5).実際,HIF-PH阻害薬により安定化されるCHIF-1Caを眼内で阻害した場合には,VEGFの発現が抑制されたと報告されている6).臨床研究においては,HIF-PH阻害薬の高容量内服した場合では血中CVEGF濃度は上昇するとされる一方で,実臨床で使用する範囲内では血中CVEGF濃度に変化はなかったとも報告されている7,8).これまでにCHIF-PH阻害薬による網膜症増悪の報告は少数であり,一定の見解は得られていない3,9,10).今回,糖尿病患者に対し,HIF-PH阻害薬を投与した際にCDMEが増悪するかを検討した.CI対象および方法2018年から現在までに福井赤十字病院へ受診した患者のうち,糖尿病を伴う腎性貧血に対して,HIF-PH阻害薬の投与を開始された症例を対象とした.HIF-PH阻害薬の投与前後において,網膜光干渉断層計(opticalcoherencetomogra-phy:OCT)検査の経過を追えた症例の視力,中心網膜厚(centralCretinalthickness:CRT)について倫理審査委員会で承認の元,後ろ向きに検討した.眼球破裂によりCOCT検査を行えなかったC1眼を除外した.CII結果5名C9眼が対象となった.5名中C2名,9眼中C2眼でCDMEが増悪した.以下,増悪した症例を提示する.〔症例1〕47歳,男性(図1)a:初診時,Cb:ダプロデュスタット投与C1カ月半後.両増殖糖尿病網膜症で汎網膜光凝固が施行されており,左眼は角膜混濁のため矯正視力はC0.1だった.糖尿病性腎症で透析中であり,腎性貧血に対するダプロデュスタット使用前における網膜症評価のため,腎臓内科より紹介となった.初診時視力はVD=(1.2C×sph.8.50D(cyl.0.50DCAx165°),VS=(0.1C×.7.00D(cyl.3.00DCAx90°),右眼CRT:258Cμm,左眼CCRT:246Cμmであった(図1a).ダプロデュスタット開始C49日後,右眼視力低下を自覚し再診となった.VD=(0.6C×sph.8.75D(cyl.0.75DCAx170°),VS=(0.1C×.7.00D(cyl.3.00DAx100°)で黄斑浮腫は認めなかったが,右眼の矯正視力はC1.2からC0.6に低下していた.翌日の視力検査でC1.0へ回復,経過観察とした.さらに約C1カ月後,視力低下を再度自覚し,再診した(図1b).VD=(0.4C×sphC.8.50D(cyl.0.50DAx160°),VS=(0.06C×.7.00D(cylC.3.00DAx100°),右眼CRT:296μmであり,わずかではあるが中心窩に黄斑浮腫が出現したと判断し(図1c),抗VEGF薬(アフリベルセプト)の硝子体内注射を施行した.腎臓内科にダプロデュスタット投与中断の検討を依頼し,5日後に投与中止となった.抗CVEGF薬硝子体内注射,ダプロデュスタット内服中止後に視力は徐々に上昇したが,CRTは増加し(図1d),約C3カ月後に投与前の水準まで回復した(図1e).この間,左眼視力,CRTともに著変はなかった.ダプロデュスタットを中止して約C5カ月後でCVD=(1.0C×sph.8.00D(cyl.0.50DC再初診時視力はCVD=(SLC.),VS=0.8(矯正不能),左眼黄斑浮腫を認め,左眼CCRT:632Cμmであった(図3b).入院中であり,全身状態を考慮してそのまま経過観察となり,無治療でCDMEは徐々に軽快した(図3c,d).最終視力はCVS=(0.9C×sph.1.25D(cyl.1.50DAx180°)まで回復した.CRTの経過を図4に示す.他C3症例C6眼においては,HIF-PH阻害薬使用後に視力,CRTの著変を認めなかった(図5).中心網膜厚(μm)300250Ax180°)まで回復した.CRTの経過を図2に示す.〔症例2〕68歳,女性(図3)左眼単純網膜症で右眼は眼球破裂の既往があり,眼底は観察困難であった.抗好中球細胞質抗体関連腎炎で透析中であ200150症例1右眼症例1左眼100500り,腎臓内科より視力低下の精査目的で紹介となった.当科紹介の約C1カ月前までロキサデュスタットが処方されていた.約C1年前の当科受診時には軽度の黄斑浮腫を中心窩外にHIF-PH阻害薬投与認めていた(図3a).その後,受診が途絶えており,今回再図2症例1におけるOCTでの中心網膜厚の推移初診となった.実線は右眼,点線は左眼.C図3症例2の左眼のOCT像a:HIF-PH阻害薬投与が開始されるC1年前.Cb:再初診時でCHIF-PH阻害薬投与が終了してC1カ月後.高度の黄斑浮腫を認める.Cc:投与終了してから約C3カ月後.Cd:投与終了してから約C7カ月後.III考察HIF-PH阻害薬投与中にCDMEの増悪をC5例C9眼のうちC2例C2眼で経験した.HIF-1は通常,HIF-1CaとCHIF-1Cbで二量体を形成して血液中には存在し,酸素濃度の低下を感知する.眼内のCVEGF濃度に関係するのはCHIF-1Caである9).慢性腎臓病に伴う腎性貧血においては,腎臓でのCEPOの産生が低下している.EPO産生増加に作用するCHIF-2CaはHIF-PHの作用により最終的にプロテアソームにより分解されるため,HIF-PH阻害薬の使用により,結果的にCEPO産生が誘導される.しかし,HIF-PH阻害薬はCEPOだけでなくCVEGFをも産生を促すため,その結果,DMEや糖尿病網膜症の悪化が危惧されている.よって,網膜出血を発現するリスクが高い患者(増殖糖尿病網膜症,DME,滲出型加齢黄斑変性症,網膜静脈閉塞症などを合併する患者)に対してはとくに注意してCHIF-PH阻害薬を投与すること,本薬剤6005004003002001000を開始後には,定期的に眼科で網膜の状態について評価を受けることが推奨されている3).今回,筆者らが経験した症例のうち,増悪したC2眼はいずれもCHIF-PH阻害薬の投与を開始してC2,3カ月後にCDMEが悪化し,HIF-PH阻害薬の内服を中止してC3.6カ月後に軽快しており,似た経過をたどった.HIF-PH阻害薬による増悪とすれば,両眼への影響とも考えられるが,いずれの症例においても片眼のみの変化であった.DMEは眼局所の因子と全身の因子が複雑にかかわりあって発症するものであ中心網膜厚(μm)HIF-PH阻害薬投与り,HIF-PH阻害薬による影響か,DMEの自然経過かを判図4症例2におけるOCTでの中心網膜厚の推移断することは容易ではない.ABCc図5症例3(A),4(B),5(C)におけるOCT像顕著な浮腫の悪化を認めなかった.C338あたらしい眼科Vol.41,No.3,2024(102)今回のCDMEが増加したC2眼においては,DMEは内服中止した後も3.7カ月まで浮腫が遷延した.過去においては,HIF-PH阻害薬内服中止後にC2週間程度でCDMEは軽快したとの報告があり10),今回のC2症例の経過とは異なるものであった.血糖のコントロール不良は,終末糖化産物と活性酸素の蓄積をもたらし,関与する炎症経路を活性化することにより,DMEを増悪させるといわれているが11),今回のC5例のDMEにおいては明らかな血糖コントロール不良な例はなかった.人工透析の導入によって,DMEは速やかに,かつ強力に浮腫が改善し,長期にわたって維持されることが報告されている12).今回のC5例中C4例が透析患者であり,透析によってCDMEの進行が抑制され,HIF-PH阻害薬による悪化が抑制された可能性も考えられた.DMEに対する治療については,抗CVEGF薬の硝子体内注射が治療の第一選択として用いられることが多い13).HIF-PH阻害薬によって,眼内の抗CVEGFレベルが増加してCDMEが悪化するとすれば,悪化に際して抗CVEGF治療を行うことは理にかなっている.しかし,HIF-PH阻害薬を中止しただけで軽快した症例も報告されているので,まずは薬剤中止で経過観察することも選択肢の一つとしてよいだろう.ただし,浮腫の遷延は不可逆的な視機能低下にもつながるので,注射のタイミングが遅くならないように注意することも重要であろうと考えられる.HIF-PH阻害薬の中止のみで経過をみるべきか,抗CVEGF薬の硝子体内注射を行うべきか一定した見解はなく,今後検討していく必要があると考えられる.本報告では,すでにCHIF-PH阻害薬を開始されていたDME症例を後ろ向きに検討した.DMEの悪化には,透析の導入や糖尿病の程度,糖尿病歴の長さなどが複雑に関与している11,14).よって,HIF-PH阻害薬のCDMEへの影響を調べるには,条件を揃えたうえでの前向き研究が望ましいと考えられる.前向き研究によりCHIF-PH阻害薬を開始する前のCCRTがわかれば,治療開始後のわずかな変化もCOCTの解析で検出することができるだろう.文献1)LeeR,WongTY,SabanayagamCetal:EpidemiologyofdiabeticCretinopathy,CdiabeticCmacularCedemaCandCrelatedvisionloss.EyeVis(Lond)C2:17,C20152)SaeediP,PetersohnI,SalpeaPetal:Globalandregionaldiabetesprevalenceestimatesfor2019andprojectionsfor2030Cand2045:ResultsCfromCtheCinternationalCdiabetesCfederationCdiabetesCatlas,C9thCedition.CDiabetesCResCClinCPractC157:107843,C20193)内田啓子,南学正臣,阿部雅紀ほか:日本腎臓学会HIF-PH阻害薬適正使用に関するrecommendation.日腎会誌62:711.716,C20204)GuptaCN,CWishJB:Hypoxia-inducibleCfactorCprolylChydroxylaseinhibitors:ACpotentialCnewCtreatmentCforCanemiainpatientswithCKD.AmJKidneyDisC69:815-826,C20175)CatrinaCB,CZhengX:HypoxiaCandChypoxia-inducibleCfac-torsCinCdiabetesCandCitsCcomplications.CDiabetologiaC64:C709-716,C20216)ZhangD,LvFL,WangGH:E.ectsofHIF-1aondiabet-icCretinopathyCangiogenesisCandCVEGFCexpression.CEurCRevMedPharmacolSciC22:5071-5076,C20187)HaraCK,CTakahashiCN,CWakamatsuCACetal:Pharmacoki-netics,pharmacodynamicsandsafetyofsingle,oraldosesofGSK1278863,anovelHIF-prolylhydroxylaseinhibitor,inChealthyCJapaneseCandCCaucasianCsubjects.CDrugCMetabCPharmacokinetC30:410-418,C20158)SanghaniNS,HaaseVH:Hypoxia-induciblefactoractiva-torsCinCrenalanemia:CurrentCclinicalCexperience.CAdvCChronicKidneyDisC26:253-266,C20199)HirotaK:HIF-aprolylChydroxylaseCinhibitorsCandCtheirCimplicationsCforbiomedicine:ACcomprehensiveCreview.CBiomedicinesC9:468,C202110)浦橋佑衣,小島祥:HIF-PH阻害薬投与後に糖尿病黄斑浮腫が増悪したC1例.臨眼77:324-328,C200311)LiuCE,CCraigCJE,CBurdonK:DiabeticCmacularoedema:Cclinicalriskfactorsandemerginggeneticin.uences.ClinExpOptomC100:569-576,C201712)TakamuraY,MatsumuraT,OhkoshiKetal:FunctionalandCanatomicalCchangesCinCdiabeticCmacularCedemaCafterChemodialysisinitiation:One-yearCfollow-upCmulticenterCstudy.SciRepC10:7788,C202013)YoshidaS,MurakamiT,NozakiMetal:Reviewofclini-calCstudiesCandCrecommendationCforCaCtherapeuticC.owCchartCforCdiabeticCmacularCedema.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmol259:815-836,C202114)MusatCO,CCernatCC,CLabibCMCetal:DiabeticCmacularCedema.RomJOphthalmolC59:133-136,C2015***