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増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例

2015年2月28日 土曜日

286あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation.(00)286(114)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):286.289,2015cはじめにPrader-Willi症候群(PWS)は,15番染色体長腕の異常に起因し,新生児の筋緊張低下,哺乳障害,幼児期からの過食による高度肥満,精神発達遅滞,外性器発育不全を特徴とする疾患である1,2).眼科領域では,斜視,弱視,屈折異常,脈絡膜の低色素,白内障などの合併症が報告されている3.5)が,成人例では,糖尿病網膜症の合併が問題となる.本症の発生頻度は約1.2万人に1人といわれている1,2)が,眼科医がPWSをもつ症例に遭遇する機会は少なく6.9),増殖糖尿病網膜症(PDR)まで至った報告や,治療の報告は少ない.〔別刷請求先〕嶋千絵子:〒573-1010大阪府枚方市新町2-5-1関西医科大学付属枚方病院眼科学教室Reprintrequests:ChiekoShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUnivercity,2-5-1Shinmachi,HirakataCity,Osaka573-1010,JAPAN増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群の2症例嶋千絵子山田晴彦石黒利充有澤章子吉川匡宣城信雄髙橋寛二関西医科大学眼科学教室TwoCasesofPrader-WilliSyndromewithProliferativeDiabeticRetinopathyTreatedbyVitrectomyChiekoShima,HaruhikoYamada,ToshimitsuIshiguro,AkikoArisawa,TadanobuYoshikawa,NobuoJoandKanjiTakahashiDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity増殖糖尿病網膜症を発症し手術治療を行ったPrader-Willi症候群(PWS)の2症例を報告する.症例1は29歳,女性.2009年10月に右下腿蜂窩織炎の加療時に糖尿病を指摘され,当院眼科を初診した.矯正視力は右眼0.15,左眼0.15で,右眼は単純糖尿病網膜症,左眼は増殖糖尿病網膜症であった.左眼は汎網膜光凝固(PRP)後,2010年4月に全身麻酔下で硝子体・白内障手術を施行.その後右眼の網膜症も進行したため2012年3月全身麻酔下で右眼の同手術を施行した.術後矯正視力は右眼0.04,左眼0.06となった.症例2は40歳,男性.右眼の視力低下のために2009年9月に当院眼科を初診.矯正視力は右眼0.02,左眼0.8で,右眼は増殖糖尿病網膜症,左眼は前増殖糖尿病網膜症を認めた.両眼にPRPを行い,同年11月に局所麻酔下で右眼の硝子体・白内障手術を施行.翌年左眼に硝子体出血を生じ,12月に同手術を施行した.矯正視力は右眼0.3,左眼0.2となった.PWSは精神発達遅滞を伴い,若くして網膜症が進行するため,早期発見,早期治療に努めるべきである.Wereport2casesofPrader-Willisyndrome(PWS)withproliferativediabeticretinopathytreatedbyvitrecto-my.Case1,a29-year-oldfemale,wasdiagnosedasdiabetesmellitus,withsimplediabeticretinopathyinherrighteye(OD)andproliferativediabeticretinopathy(PDR)onherlefteye(OS).TheOSwastreatedbyvitrectomyundergeneralanesthesiaafterpanretinalphotocoagulation(PRP).TheODdevelopedPDR,andwastreatedbythesameoperationastheOS.Finalvisualacuitywas0.04ODand0.06OS.Case2,a40-year-oldmale,presentedwithvisuallossintheOD.PDRwasidentifiedintheOD,prePDRintheOS.AfterbilateraltreatmentforPRP,theODunderwentvitrectomyunderlocalanesthesia.VitreoushemorrhagelateroccurredintheOS,andwastreatedbythesameoperationasfortheOD.Finalvisualacuitywas0.3ODand0.2OS.Becauseofthementalretardation,patientswithPWSneedearlydetectionandtreatmentofdiabeticretinopathy,whichcouldeasilydeveloptoPDRinyouth.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):286.289,2015〕Keywords:Prader-Willi症候群,増殖糖尿病網膜症,硝子体手術,糖尿病,精神発達遅延.Prader-Willisyn-drome,proliferativediabeticretinopathy,vitrectomy,diabetesmellitus,mentalretardation. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015287(115)今回筆者らは,両眼の硝子体手術を要したPWSの2例を経験したので報告する.I症例〔症例1〕29歳,女性.主訴:左眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.その後精神発達遅滞を認め,15歳で斜視手術時にPWSが疑われていた.2009年29歳時に右下腿蜂窩織炎のため他院へ入院中に,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS値,以下同様):14%と高値で初めて糖尿病(DM)を指摘された.2009年11月,血糖コントロールのために当院内科へ紹介.眼底精査目的に当科紹介となった.既往歴:2型DM,高血圧(HT),高脂血症,精神発達遅滞,斜視手術(詳細不明),扁桃腺摘出術があった.初診時所見:視力はVD=0.05(0.15×cyl.2.0DAx100°),VS=0.05(0.15×cyl.1.75DAx70°).眼圧は両眼ともに12mmHgであった.眼底は右眼には網膜点状出血が散在しており単純糖尿病網膜症,左眼は網膜新生血管と硝子体出血を認め,PDRの状態であった(図1:A-1,2).全身所見としては,身長149cm,体重68kg(bodymassindex:BMIは30.63),染色体検査で15番染色体長腕q11-q13の欠失を認めた.PWSとして,①筋緊張低下,②性腺発育不全(21歳に生理開始,頻度は1.2回/年),③精神発達遅滞,④肥満,⑤2型DM(HbA1C7.3%,腎症I期,食事療法困難)という特徴が認められた.臨床経過:糖尿病網膜症の進行に著明な左右差があるために,頸部エコー検査を行ったが,異常所見は認めなかった.内科で血糖コントロールを行いながら,ただちに左眼に汎網膜光凝固術を開始した.光凝固術中に厚い増殖膜と硝子体出血を生じたため2010年4月,全身麻酔下に左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術後施行したフルオレセイン蛍光造影検査(FA)で右眼の無灌流領域が広範になり,乳頭新生血管が出現してPDRへ進行していたため(図1:B-1,2),2010年11月から右眼にも汎網膜光凝固術を施行した.2011年12月には右眼にも硝子体出血を生じたため,2012年3月に全身麻酔下で右図1症例1A-1:初診時眼底所見.右眼)網膜点状出血が散在左眼)アーケード血管に沿った新生血管.A-2:初診時フルオレセイン蛍光造影検査(FA)所見.右眼)無灌流領域をわずかに認める.左眼)広範な無灌流領域,乳頭上新生血管.B-1:左眼術後眼底所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.B-2:左眼術後FA所見.右眼)乳頭上新生血管が出現.左眼)新生血管は消失.C-1:最終受診時眼底所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.C-2:最終受診時FA所見.両眼)漏出を伴う新生血管は消失.A-1A-2B-1B-2C-1C-2 288あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1(116)眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行した.術中・術後の合併症もみられず,経過は良好であったがDMについての治療のコンプライアンスは不良であった.HbA1Cは7.8%で経過し,眼底は安定して増殖停止網膜症となった.2013年5月最終受診時の矯正視力は右眼(0.04),左眼(0.06)である(図1:C-1,2).〔症例2〕40歳,男性.主訴:右眼視力低下.現病歴:仮死産で出生.精神発達遅滞を認めていたが,5歳時に停留精巣精査加療目的で入院した際に,PWSと診断された.26歳でDMを指摘されるも治療の中断が多く,入退院を繰り返し,HbA1Cは12.14%で経過していた.2年前の近医眼科の初診時には糖尿病網膜症を認めなかったが,眼科通院を2年間中断した.1カ月前から右眼視力低下を自覚したために近医を受診し,右眼の硝子体出血と両眼のPDRを認め,2009年9月当科を紹介受診した.既往歴:DM,高脂血症があった.初診時所見:視力はVD=0.02(0.02×sph+3.0D),VS=0.4(0.8×sph.0.75D(cyl.2.0DAx75°).眼圧は右眼10mmHg,左眼12mmHg.眼底は右眼には硝子体出血と増殖膜を認めPDR,左眼は網膜しみ状出血が散在しており,FAで広範な無灌流領域を認めたため(図2:D-1,2),前増殖糖尿病網膜症と診断した.全身所見としては,身長153cm,体重92kg(BMI:39.8)で,アーモンド様眼裂の顔貌があった.染色体検査で15番染色体長腕(q11-q13)の欠失を認めた.PWSとして,①精腺機能低下,②精神発達遅滞,③肥満,④2型DM(HbA1C:11.8%,腎症IIIb期,食事療法困難)の特徴がそれぞれ認められた.臨床経過:右眼の硝子体手術を行うために,まず内科にて血糖コントロールを行い,同時に左眼の汎網膜光凝固術を開始した.2009年11月,局所麻酔下で右眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.左眼の光凝固は十分に入り,右眼の光凝固は術中・術後合わせて合計2,156発施行した(図2:E-1,2).ところが2010年6月,右眼に血管新生緑内障を発症し,右眼の眼圧は40mmHgに上昇した.ただちに光凝固を追加して経過を観察したところ,眼圧は点眼や内服なしで15mmHgに下降し安定した.2010年10月,左眼に硝子体出血を生じたため,同年12月局所麻酔下で左眼の水晶体超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術+硝子体手術を施行.以後,インスリン療法を行って血糖コントロールは良好となり,HbA1Cは5.6%で安定した.2013年5月最終診察時,矯正視力は右眼(0.3),左眼(0.2)で眼底は安定している.II考察従来,PWSの生命予後は悪く,肥満によるDM,心不全,無呼吸などのために25.30歳を超えて生存することはまれであった2).ところが近年,診断技術の向上と内科治療の進歩により,従来よりも寿命が長くなり10),糖尿病の罹患期間が延びた結果,PDRを合併する症例の割合が高くなることが予測される.PWSに特徴的な過食が誘因となった2型DMの合併頻度図2症例2D-1:初診時眼底所見.右眼)硝子体出血と増殖膜が一部みられた.左眼)網膜のしみ状出血が散在.D-2:初診時FA所見.右眼)硝子体出血と新生血管を認める.左眼)広範な無灌流領域を認める.E-1:右眼術後眼底所見.右眼)硝子体出血は残存していた.E-2:右眼術後FA所見.両眼)無灌流領域が残存しており,両眼に光凝固を追加した.D1D2E2E1 は7.75%と報告によって差がみられる1,11).その理由の一つはPWSに特徴的な過食にあると考えられている.また,PWS患者では精神発達遅滞や行動異常により,食事,運動,投薬という糖尿病血糖コントロールすべての治療法に対してのコンプライアンス不良から血糖コントロールは不良となる1,10).このような全身的な条件に加えて本人が視覚障害の症状を訴えることが少ないこと,眼科検査や治療に協力を得にくいことから,糖尿病網膜症の発見は必然的に遅れることになる.その結果,若年であってもPDRにまで進行していることがある6.9,12).今回筆者らが報告した症例においても,症例1は29歳で初めて糖尿病と診断を受け,そのときすでに左眼はPDRとなっていた.症例2も26歳で初めてDMを指摘されたが治療を中断することが多く,眼科通院も2年間完全に途絶えたため,初診時には両眼ともに網膜症を認めなかったが,再診時の右眼はPDRとなっていた.眼科治療においては,精神発達遅滞と高度の肥満のために長時間の仰臥位が困難で局所麻酔下の硝子体手術や術後の腹臥位安静,通常の方法での光凝固が困難であったという報告がある12).全身麻酔においても,短頸,小顎症などのため挿管困難や呼吸器合併症を引き起こすリスクが高い13,14).PDRに進展し,手術治療が必要となった場合,全身麻酔は身体への負担が大きくリスクが高いため,局所麻酔による治療の可能性も検討したうえで,内科や麻酔科との緊密な連携をとって手術に臨む必要がある.症例1は,検査や治療には協力的であったため,光凝固治療は外来通院中に局所点眼麻酔のみで通常どおり施行できたが,硝子体手術に要する約1時間を仰臥位安静にすることは困難であると判断した.そのため2度にわたる硝子体手術はいずれも全身麻酔にて施行した.症例2は,診察や光凝固の際に十分な協力が得られたために,硝子体手術も局所麻酔で可能と判断し,早期に硝子体手術を行うことができた.また,両症例ともに若年であったが,完全な硝子体郭清のために両眼の水晶体摘出を併用した.最終受診時の矯正視力は,症例1は右眼(0.04),左眼(0.06),症例2は右眼(0.3),左眼(0.2)であった.両者の視力予後の差は,2症例ともに網膜症の進行はそれほど大きな差がなかったことから,手術が施行できた時期が症例1では遅くなってしまったことと関連があると思われた.最終的な予後改善のためには適切な時期での手術加療が大きく影響する場合がある.症例1では糖尿病自体の発見も遅く,全身麻酔が必要であったことなど,症例2と比較して精神面で不安定であったため,速やかな加療を行いにくかった点があった.硝子体手術を要するような進行したPDRがある場合,全身麻酔を要する症例であればなおさら,担当科と連携をとって早期に手術可否の判断を行い,治療にあたる必要があると思われた.今回筆者らは両眼の硝子体手術を要するPDRを発症した(117)PWSの2例を報告した.治療によって2例とも失明を免れることはできたが,PWSは生存期間が延長してきており,PDR,ひいては失明のリスクが高まると思われる.そのため眼症状の有無にかかわらず早期から眼科を受診してもらうなどの啓発と網膜症の早期発見・早期治療に努めるべきである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)永井敏郎:Prader-Willi症候群の自然歴.日小児会誌103:2-5,19992)山崎健太郎,新川詔夫:Prader-Willi症候群(PWS).日本臨床別冊領域別症候群シリーズ36骨格筋症候群(下巻).日本臨床社,p481-483,20013)HeredRW,RogersS,BiglanAW:OphthalmologicfeaturesofPrader-Willlisyndrome.JPediatrOphthalmolStrabismus25:145-150,19884)WangX,NoroseK,SegawaK:OcularfindinginapatientwithPrader-Willisyndrome.JpnJOphthalmol39:284289,19955)BassaliR,HoffmanWH,Tuck-MullerCMetal:Hyperlipidemia,insulin-dependentdiabetesmellitus,andrapidlyprogressivediabeticretinopathyandnephropathyinPrader-Willisyndromewithdel(15)(q11-q13).AmJGenet71:267-270,19976)渡部恵,山本香織,堀貞夫ほか:硝子体手術を施行したPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌110:473-476,20067)板垣加奈子,斉藤昌晃,飯田知弘ほか:増殖糖尿病網膜症に至ったPrader-Willi症候群の2例.あたらしい眼科25:409-412,20088)坂本真季,坂本英久,石橋達朗ほか:糖尿病網膜症に対して観血的治療を施行したPrader-Willi症候群の1例.臨眼62:597-602,20089)堀秀行,佐藤幸裕,中島基弘:両眼局所麻酔で増殖糖尿病網膜症に対する早期硝子体手術が施行できたPrader-Willi症候群の1例.日眼会誌116:114-118,201210)堀川玲子,田中敏章:Prader-Williと糖尿病.内分泌糖尿病15:528-536,200211)児玉浩子,志賀勝秋:二次性糖尿病.小児内科34:15911595,200212)中泉敦子,清水一弘,池田恒彦ほか:Prader-Willi症候群による糖尿病網膜症に対して双眼倒像鏡用網膜光凝固術を施行した1例.眼紀58:544-548,200713)川人伸次,北畑洋,神山有史:術中気管支痙攣を起こしたPrader-Willi症候群患者の麻酔管理.麻酔44:16751679,199514)高橋晋一郎,中根正樹,村川雅洋:Prader-Willi症候群患者の麻酔経験─拘束性換気障害を呈した成人例─.日臨麻会誌22:300-302,2002あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015289