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治癒までに長期経過を辿った水痘角膜炎の2 症例

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):549.553,2012c治癒までに長期経過を辿った水痘角膜炎の2症例萩原健太*1,2北川和子*1佐々木洋*1*1金沢医科大学眼科学*2公立宇出津総合病院眼科TwoCasesofVaricellaKeratitisRequiringLong-termTreatmentforCureKentaHagihara1,2),KazukoKitagawa1)andHiroshiSasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,UshitsuGeneralHospital水痘角膜炎の2症例を経験した.水痘発症後1カ月以内に2例とも右眼に発症している.症例1は3歳,女児で,眼瞼腫脹,結膜充血・濾胞,表層点状角膜症,円板状角膜浮腫がみられた.症例2は4歳,女児で,毛様充血,円板状角膜浮腫,虹彩炎がみられた.抗ウイルスIgG(免疫グロブリンG)抗体価は,単純ヘルペスウイルスは陰性で,水痘・帯状ヘルペスウイルスは陽性であった.水痘角膜炎と診断し,ステロイド,アシクロビル局所投与を主体に治療を行ったが,ステロイド漸減とともに再燃を繰り返した.治癒までに症例1では11年,症例2では2年間を要した.角膜病変はその後両者ともリング状となり,長期治療を要した症例1では瘢痕残存による不正乱視が残存し,ハードコンタクトレンズ装用で視力の改善をみた.2例とも最終矯正視力は1.0以上となった.経過中を含め角膜内皮細胞には異常はみられず,細胞減少もなかった.Wereport2casesofvaricellakeratitis,occurringinthepatient’srighteyeslessthan1monthaftersufferingvaricella.Case1,a3year-oldfemale,developedlidswelling,conjunctivalhyperemiaandfollicleformation,superficialpunctuatekeratopathyanddisciformcornealedema.Case2,a4-year-oldfemale,developedciliaryinjection,disciformcornealedemaandiritis.Sincetheanti-viralimmunoglobulinG(IgG)antibodytovaricella-zosterviruswaspositive,thoughthattoherpessimplexviruswasnegative,bothcaseswerediagnosedasvaricellakeratitisandtreatedmainlywithtopicalacyclovirandcorticosteroid.However,bothpatientsrepeatedlysufferedrecurrencesasthecorticosteroidwastaperedoff;ittook11yearsforcase1tobecuredand2yearsforcase2.Althoughthedisciformedemasresultedinring-shapedscar,bothpatientsrecoveredgoodcorrectedvision.Still,case1hadtowearahardcontactlensduetoremainingsevereirregularastigmatism.Specularmicroscopicstudiesshowednoabnormalitiesintheircornealendothelialcells.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):549.553,2012〕Keywords:水痘,円板状角膜炎,小児,ステロイド,再燃.varicella,disciformkeratitis,children,corticosteroids,recurrence.はじめに水痘は一般的な疾患であり,種々の眼合併症が報告されている.結膜炎(4%),眼瞼炎(7%),点状角膜症(12%),虹彩炎(25%)などが多い1)が,水痘に合併する角膜炎はきわめてまれであり,報告例も少ない3.8,10.12).水痘角膜炎は水痘罹患後に三叉神経節に潜伏した水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が1.4カ月後に再活性化し12),神経向性に角膜中央で免疫反応による病変をひき起こす病態であると考えられている.筆者らは,これまでに2例の水痘角膜炎を経験した.症例1は1999年に初期経過を報告9)したが,ステロイドの漸減による再燃を繰り返し,その後10年以上に及ぶ治療が必要であった.症例2も再燃を繰り返したが約2年間の経過で治癒した.この2症例の臨床経過とともに,わが国における水痘角膜炎の発症状況について考察したので報告する.I症例〔症例1〕3歳,女児.主訴:右眼瞼腫脹,流涙.初診:1997年11月21日.〔別刷請求先〕萩原健太:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学眼科学Reprintrequests:KentaHagihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinada,Kahoku,Ishikawa920-0293,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)549 既往歴:アレルギーなし.現病歴:1997年10月に水痘に罹患.11月6日より発熱,両側耳下腺の腫脹を認め,小児科で流行性耳下腺炎(以下,ムンプス)と診断され治療を受けていた.11月8日より右眼の羞明・眼痛・眼瞼腫脹・充血を自覚し,11月15日に近医眼科を受診.右眼中心部角膜混濁および毛様充血を認めオフロキサシン,プロラノプロフェンの点眼を受けたが改善しないため,金沢医科大学病院眼科(以下,当科)へ紹介された.初診時所見:視力は右眼:0.5(0.6×+0.5D),左眼:0.7(矯正不能).左眼は特に異常がなかったが,右眼には眼瞼腫脹,結膜の濾胞・乳頭,毛様充血,角膜実質全層にわたる広範囲の円板状混濁,びまん性表層角膜炎を認めた.前房,中間透光体,眼底には異常はみられなかった.検査所見:血清ウイルス抗体価は,抗VZV抗体価(蛍光抗体法):Ig(免疫グロブリン)M抗体10倍未満(陰性),IgG抗体640倍(陽性),抗ムンプスウイルス抗体価(enzymeimmunoassay:EIA法):IgM抗体13.01(陽性),IgG抗体40.5(陽性),補体結合法:8倍(陽性)であった.抗単純ヘルペスウイルス(HSV)抗体はIgG抗体,IgM抗体ともに陰性であった.経過:まず,角膜炎が水痘によるものか,ムンプスによるものかの鑑別を行った.ムンプスでは罹患後5日程度で発症し1カ月以内に自然治癒傾向があるのに対して,水痘では罹患後1カ月くらい後に円板状角膜混濁と浮腫が出現し,リング状瘢痕を残すことが多く,ステロイドが有効だが再燃傾向を認めることより,本例は水痘角膜炎と診断した.前報9)で詳細に鑑別を行っているが,今回はその後の長期経過の観察により,より確定的となった.抗体は両者とも陽性であり,感染既往の証拠とはなるが,鑑別の手段にはならなかった.治療としてベタメタゾン点眼1日4回,硫酸アトロピン点眼1日2回,アシクロビル眼軟膏1日4回を投与した.しかし角膜浮腫が出現してきたため(図1左),プレドニゾロン20mg,アシクロビル400mg全身投与追加した.その後角図1症例1の右眼前眼部写真(右:初診時,左:退院後)図2症例1における退院後の角膜内皮所見患眼(右眼)は左眼と比較して角膜内皮細胞数の減少は認めなかった.また変動係数(CV)の増大や,六角形細胞の出現頻度(6M)の減少も認めなかった.550あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(116) 図3症例1の治癒時の角膜形状リング状の混濁が残存し,強い角膜乱視が存在.膜混濁,角膜浮腫が徐々に改善したため,プレドニゾロン漸減中止し,治療開始1カ月後に退院となった.退院後,ステロイド点眼・アシクロビル眼軟膏漸減時に再燃を繰り返し,その都度,ステロイド局所投与の増量で対処したが,浸潤と瘢痕の混在するリング状病変となった(図1右).ステロイド緑内障の発症はなかった.また,右眼の弱視予防目的として健眼遮閉を一時併用した.経過中,角膜内皮細胞の異常や減少は認めなかった(図2).2009年になり点眼薬を中止しても炎症が消退した状態となり,治癒と判断したが,角膜にリング状の瘢痕による強い不正乱視(図3)が残存した.角膜不正乱視に対してハードコンタクトレンズ(HCL)装用を開始した(ニチコンうるるUV8.05mm/.3.00D/8.9mm).2011年現在まで再発はなく,視力は0.15(1.0×HCL)と安定している.〔症例2〕4歳,女児.主訴:右眼の充血.初診日:2002年7月27日.既往歴:気管支喘息.現病歴:2002年6月中旬水痘に罹患.2002年7月上旬より右眼の充血,右眼を擦るようになり,2週間経っても症状が改善しないことから近医眼科を受診,右眼内の炎症を指摘されレボフロキサシン点眼・ベタメタゾン点眼・トロピカミド点眼処方されたが,改善しないため当科へ初診となった.初診時所見:視力は右眼0.03(矯正不能),左眼0.4(0.6×cyl.1.5DAx20°).左眼に特に異常はなかった.右眼結膜に毛様充血,角膜中央部に円板状混濁,角膜裏面沈着物,角膜内皮障害,前房に中等度の炎症細胞の出現を認めた.中間透光体・眼底に異常はみられなかった.検査所見:血清抗VZV抗体価(蛍光抗体法)は,IgM抗体10倍未満(陰性),IgG抗体160倍(陽性)であった.抗図4症例2の右眼前眼部写真(退院後)図5症例2における治癒時の角膜内皮所見患眼(右眼)は左眼と比較して角膜内皮細胞数の減少は認めなかった.CV,6Mについても健眼との差はなかった.(117)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012551 HSV抗体はIgM抗体,IgG抗体ともに陰性であった.経過:本例も症例1と同様に水痘発症後1カ月程度で発症した円板状角膜炎であり,水痘角膜炎と診断した.抗VZVIgG抗体も陽性であった.入院後,治療としてベタメタゾン点眼1日4回,アシクロビル眼軟膏1日4回を開始した.円板状混濁および毛様充血が軽快したため,5日後退院となった.退院後はアシクロビル内服2週間併用し,ステロイド点眼・アシクロビル眼軟膏漸減を行っていったが,円板状混濁が改善するとともにリング状混濁が出現してきた(図4).ステロイド漸減により再燃が認められ,一時的にステロイド点眼を増量し,その後ゆっくり漸減を行ったところ,2004年10月に浸潤は消失した.その後,点眼治療を中止したが,2011年現在まで再発はみられていない.なお,経過中,ステロイド緑内障はみられなかった.角膜瘢痕や不正乱視はなく,最終視力は0.4p(1.2×+0.75D(cyl.2.0DAx170°)であった.経過中角膜内皮細胞の浮腫や減少は認めなかった(図5).II考按水痘罹患後数週間.数カ月に発症する円板状角膜炎はまれな疾患である.水痘罹患後約1週間に角膜実質浮腫を主体とし短期間で治癒する急性期発症の角膜炎とは区別される17,18).水痘罹患の既往が必ずあり,眼瞼周囲の水痘の皮疹の瘢痕が鑑別の助けとなることがある1,2,14).症例1はムンプスの罹患もあったが,それ以前に水痘に罹患していることが判明し,両疾患の鑑別が重要であると考えられた.ムンプスは通常角膜に瘢痕形成など残さず,平均20日以内に速やかに回復し,病変の再燃がみられることはない.また,病変の主座が水痘では角膜実質であるのに対して,ムンプスによる角膜炎では内皮炎であり,角膜内皮細胞密度の減少を認める点でも鑑別となる13).症例1では,発症時期,角膜所見,ステロイド治療依存性の長期間に及ぶ角膜炎があり,角膜内皮細胞の減少がないことから,水痘によるものと考えられた.症例2は発症の約3週間前に水痘の罹患の既往があり,VZVに対する抗体価も陽性であったこと,円板状混濁を認めたこと,再燃を繰り返したことから水痘角膜炎と診断した.角膜内皮細胞密度の減少もみられなかった.同様な円板状角膜炎をきたすHSVによる角膜炎との鑑別はむずかしいが,涙液PCR(polymerasechainreaction)や抗体血清価が鑑別の助けとなる1).今回は2症例とも抗HSV抗体価は陰性であり,その感染は否定された.水痘角膜炎の病態の主体はウイルスに対する免疫反応であると考えられる.症例1,症例2ともに,慢性期に角膜にリング状浸潤が出現しており,免疫輪と考えられることからⅢ表1わが国での水痘角膜炎における他施設との比較ステロイドアシクロビル発症までの期間発表年症例局所投与内服局所投与初診時視力治療期間治療後視力文献19885歳女児○──1カ月0.4約4カ月1.23)19925歳○──2カ月0.67年9カ月不明6)19922歳○──3カ月0.027年7カ月不明6)19925歳○──3週0.66年2カ月不明6)19929歳○──3週0.64年不明6)19923歳○──1カ月測定不能2年不明6)19924歳○──3週0.31年6カ月不明6)19925歳○──1カ月0.51年4カ月不明6)19923歳○──1カ月0.021年不明6)19881歳女児○○─2日測定不能不明※4)19905歳男児○──4日測定不能不明1.05)19902歳女児○─○1カ月測定不能不明0.055)199313歳女児─○○2週0.9約2週間1.27)19983歳女児○○○6カ月不明約2カ月0.98)20013歳女児○○○2カ月不明約1カ月1.010)20027歳女児○○○4カ月0.3約2週間2.011)20113歳女児○○○1カ月約11年1.5症例120114歳女児○─○1カ月約2年1.2症例2※10m先の母親の顔を同定できる.552あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(118) 型免疫反応の関連も示唆される.治療にはステロイド局所投与が有効との報告があるが,再発を繰り返し角膜混濁を残す症例も認められる12).治療は,アシクロビル眼軟膏とステロイド点眼の併用療法が推奨されている1).上皮病変を伴う場合には角膜上皮から蛍光抗体法によりVZVが検出されたとする報告もあり14),アシクロビル眼軟膏も必要であると考えられる.しかし,症例1のように炎症が重篤な場合にはステロイドの全身投与が必要となる場合もある.急性期以降ではステロイド点眼漸減時に再燃を繰り返し,ステロイド点眼からの離脱に難渋した.ステロイド離脱が困難となる場合もあり,漸減は慎重にゆっくり行うことが必要と思われた.表1にこれまでわが国で発表された水痘角膜炎についてまとめてみた3.5,7,8,10.12).性別は判明しているなかでは女児に多く(11例中10例),年齢は3歳前後が多かった.治療ではステロイドの局所および全身投与,アシクロビルの局所投与により治療期間は2週間.2年で,再発により視力低下を認める症例もあった.また,中川ら6)の水痘角膜炎症例8例8眼では,角膜所見の改善とともにステロイド点眼を漸減していったが,8例中4例において角膜実質の浸潤と浮腫の再燃を認めている.4回の再燃をきたした症例もあった.再燃時にはステロイド点眼増量が著効するが,ステロイドからの離脱時には再燃が多いため慎重を要する.角膜内皮細胞の減少を伴った強い障害例の報告6)もある.今回の2症例では治療期間は長期を要し,比較的強い実質病変を認めたが,角膜内皮細胞数の減少はなく,症例により内皮あるいは実質と炎症の首座が異なる可能性も考えられる15,16).また,消炎しても,瘢痕性の混濁やそれに伴う不正乱視による弱視の可能性もあり,アイパッチを用いた弱視訓練が必要となる.本症例1においても健眼遮閉とHCLの使用で不正乱視を矯正して良好な視力を得ることができたと考えられる.本症例は第47回日本眼感染症学会で発表した.文献1)井上幸次:〔眼感染症の謎を解く〕眼感染症事典強角膜炎水痘角膜炎.眼科プラクティス28:114-115,20092)石倉涼子:〔眼感染症Now!〕まれな眼感染症も覚えておこう水痘角膜炎について教えてください.あたらしい眼科26(臨増):118-119,20103)釣巻穰,大原國俊:水痘によると思われる小児角膜実質炎の1例.眼臨82:1092-1095,19884)八重康夫:眼障害のみられた小児水痘症の1例.眼臨82:1668,19885)井上克洋,秦野寛:水痘性角膜炎の2例.眼臨84:1443-1445,19906)中川裕子:水痘による円板状角膜炎─臨床像と角膜内皮所見─.眼臨86:1017-1021,19927)遠藤こずえ,津田久仁子,北川文彦ほか:水痘後に発症した角膜実質炎の1症例.眼臨87:904,19938)小野寺毅,吉田憲史,小林貴樹ほか:水痘性角膜炎の1例.眼臨92:1664,19989)永井康太,藤沢来人,北川和子:水痘,流行性耳下腺炎罹患後に出現した角膜実質炎の1症例.眼科41:101-106,199910)柴原玲子,皆本敦,中村弘佳ほか:水痘罹患後遅発性角膜炎.眼紀52:228-230,200111)中村曜祐,佐野雄太,北原健二:水痘罹患後に生じた角膜実質炎の1例.あたらしい眼科19:1203-1205,200212)井上幸次:VaricellaKeratitis.あたらしい眼科21:13571358,200413)笠置裕子:MumpsKeratitisの小児の角膜内皮細胞.眼紀35:198-202,198414)UchidaY,KanekoM,HayashiK:Varicelladendritickeratitis.AmJOphthalmol89:259-262,198015)KhodabandeA:Varicellaendotheliitis:acasereport.EurJOphthalmol19:1076-1078,200916)KhanAO,Al-AssiriA,WagonerMD:Ringcornealinfiltrateandprogressiveringthinningfollowingprimaryvaricellainfection.JPediatrOphthalmolStrabismus45:116-117,200817)Pavam-LangstonD:PrinciplesandPracticeofOphthalmology.JakobiecAed,Thirdedition,p661-663,Elsevier,Philadelphia,200818)ArffaRC:Grayson’sDiseasesoftheCornea.Fourthedition,p306-307,Mosby,StLouis,1997***(119)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012553