‘治療的角膜切除術’ タグのついている投稿

帯状角膜変性への治療的角膜切除術後に発症した高度の 角膜上皮下混濁に対しマイトマイシンC を併用した治療的 角膜切除術が奏効した小児の1 例

2021年12月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科38(12):1504.1508,2021c帯状角膜変性への治療的角膜切除術後に発症した高度の角膜上皮下混濁に対しマイトマイシンCを併用した治療的角膜切除術が奏効した小児の1例高原彩加稗田牧京都府立医科大学眼科学教室CARarePediatricCaseofSevereCornealOpacityPostPhototherapeuticKeratectomythatwasSuccessfullyTreatedwithPhototherapeuticKeratectomyandMitomycinCAyakaTakaharaandOsamuHiedaCDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC症例はC10歳,男児.学校検診で視力低下を指摘され近医を受診し,虹彩炎を認めたため京都府立医科大学附属病院を紹介受診.両眼の虹彩炎,帯状角膜変性を認め点眼加療を開始,また不全型CBehcet病の診断で内服加療を開始した.右眼の帯状角膜変性が進行したため治療的角膜切除術(PTK)を施行したが,術後に右眼角膜中央部に上皮下混濁を生じ,ステロイド点眼にも反応なく増悪して高度な混濁となった.マイトマイシンCC(MMC)併用CPTKを行い,その後は軽度の角膜上皮下混濁を生じたものの明らかな増悪はなく,安定して経過している.低年齢で,帯状角膜変性へのCPTK後に高度の角膜上皮下混濁を呈したまれな症例であり,MMC併用によるC2度目のCPTKが混濁の改善,予防に有用であった.CAC10-year-oldCboyCwithCiridocyclitisCwasCreferredCtoCtheCDepartmentCofCOphthalmologyCatCKyotoCPrefecturalCUniversityofMedicineHospitalfromalocalphysicianafteraschoolexaminationrevealedvisionloss.Initialexami-nationCrevealedCbilateralCiridocyclitisCandCbandCkeratopathy,CandCheCwasCdiagnosedCwithCincompleteCBehcet’sCdis-ease.CEyeCdropsCandCoralCtreatmentCwereCinitiated,CyetCphototherapeutickeratectomy(PTK)wasClaterCperformedCdueCtoCtheCbandCkeratopathyCinChisCrightCeyeCprogressing.CPostCsurgery,CaCcornealChazeCdevelopedCthatCdidCnotCrespondtosteroidtreatment,whichultimatelyworsenedintoasevereopacity.PTKcombinedwithmitomycinC(MMC)wasthenperformed,andalthoughamildcornealhazedevelopedpostsurgery,itdidnotworsenandhasremainedstable.AlthoughthispediatriccaseofseverecornealhazefollowingPTKforbandkeratopathyisrare,asecondPTKwithMMCwase.ectiveforalleviationandstabilizationofthehaze.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(12):1504.1508,C2021〕Keywords:角膜上皮下混濁,治療的角膜切除術,マイトマイシンCC,小児,帯状角膜変性.cornealChaze,Cphoto-therapeutickeratectomy,mitomycinC,child,bandkeratopathy.Cはじめに治療的角膜切除術(phototherapeuticCkeratectomy:PTK)は,顆粒状角膜ジストロフィや帯状角膜変性といった表層性角膜混濁により視機能低下を呈する患者に対し,エキシマレーザーを照射することで沈着物や変性組織などを除去し,視機能の回復を図る手術方法である1).角膜ジストロフィと帯状角膜変性についてはC2010年より国内で保険収載されており,広く施行されている.PTK後には原疾患の再発や角膜上皮下混濁,感染といった合併症を生じることがあり,角膜上皮下混濁に対しマイト〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-8566京都府京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:OsamuHieda,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Hirokoji-dori,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPANCマイシンCC(mitomycinC:MMC)を使って再度照射するという報告がある1).帯状角膜変性の原因としては特発性のほかに緑内障,ぶどう膜炎,シリコーンオイル注入眼,外傷といったものがあげられるが,帯状角膜変性におけるCPTK後の予後は良好である.再発はC10%未満と少なく,視力低下を生じるような強い角膜上皮下混濁の報告は知る限りない2,3).また,未成年に対するCPTKの成績は良好であり,角膜上皮下混濁は生じても軽度で,治療反応性も良いとされている4,5).今回筆者らは,小児に発症した帯状角膜変性に対するPTK後に高度の角膜上皮下混濁が出現し,MMC併用でのPTKの施行が奏効したC1例を経験したので報告する.CI症例患者:10歳,男児.既往歴に特記事項なし.祖母が関節リウマチで加療されている.2016年に学校検診で視力低下を指摘され同年C6月初旬に近医を受診.近医にて両眼のぶどう膜炎を指摘され,ベタメタゾンC0.1%点眼両眼C1日C3回とトロピカミド・フェニフレン塩酸塩点眼両眼C1日C1回の点眼を開始し,同月に精査加療目的に京都府立医科大学附属病院(以下,当院)眼科を紹介受診した.初診時の矯正視力は右眼がC0.9,左眼がC1.5であり,右眼優位の両眼の虹彩炎,右眼の虹彩後癒着と両眼の軽度の帯状角膜変性を認めた(図1).全身疾患を疑い当院小児科で精査を行い,口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍を認め,不全型Behcet病の診断でまずはイコサペント酸エチルによる治療を開始した.治療を行い,前眼部の炎症は初診からC1カ月ほどで軽減し,ベタメタゾンC0.1%点眼を漸減してC2017年C4月からはフルオロメトロンC0.1%点眼を両眼C1日C2回,トロピカミド・フェニフレン塩酸塩点眼を両眼C1日C1回でコントロールし,また眼圧の軽度上昇ありカルテオロール塩酸塩点眼両眼1日C1回も使用した.しかし,眼内炎症は軽減したものの残存し,右眼は徐々に虹彩後癒着が進行し,一時は.胞様黄斑浮腫の出現も認めた.小児科診察でも腸管病変を疑う症状が出現し,2017年C11月からはコルヒチンが追加された.右眼の帯状角膜変性が少しずつ進行し,瞳孔領を完全に覆い(図2)右眼矯正視力C0.1まで低下したため,2018年C10月,12歳時に右眼に対しCPTKを施行した.エキシマレーザー(VISXStarS4IR)を用いて角膜上皮ならびに角膜実質を合計C92Cμm切除した.術後右眼の投薬はガチフロキサシンC0.3%点眼C1日C4回,フルオロメトロンC0.1%点眼1日4回,トロピカミド・フェニフレン塩酸塩点眼C1日C1回,カルテオロール塩酸塩点眼C1日C1回とした.瞳孔領の角膜混濁は消失し,経過良好であったが,不全型CBehcet病による虹彩後癒着および白内障の進行があり,右眼矯正視力C0.08と視力の改善は得られなかった.術C3カ月後から右角膜中央部に角膜上皮下混濁を生じたため,角膜上皮下混濁治療目的にフルオロメトロンC0.1%点眼をベタメタゾンC0.1%点眼1日4回に変更した.しかし角膜上皮下混濁は角膜後面形状を変化させるほどに肥厚,悪化し,矯正視力C0.02まで低下した(図3).重篤な角膜混濁を生じたため,2019年C5月,13歳時に右眼の角膜上皮下混濁に対しCMMCを併用したCPTKを施行した.角膜上皮ならびに角膜実質を合計C151Cμm切除し,エキシマレーザー照射終了後にC0.02%CMMCをしみこませた円形スポンジを角膜中央部にC2分間接触させ,その後生理食塩水C200Cmlを用いて洗浄した.本症例に対するCMMCは適応外使用であるが,MMC使用のリスクを説明し,文書による患者本人および保護者の同意を得て使用した.術後はガチフロキサシンC0.3%点眼C1日C4回,フルオロメトロンC0.1%点眼C1日C4回を開始し,術C2カ月後までは明らかな角膜混濁の出現なく経過していたが,術C3カ月後から角膜C6時方向,12時方向に角膜上皮下混濁が出現した.しかし,初回手術後のように強い角膜混濁を呈することはなく進行も緩やかで,瞳孔領は保たれており視機能への影響は少ないと考えられ,ガチフロキサシンC0.3%点眼,フルオロメトロンC0.1%点眼をC1日C2回に減量した.右眼白内障の進行を認め,虹彩後癒着による瞳孔閉鎖も認めたため,経過中のC2020年C2月に右眼に対し白内障手術を施行し,術中に瞳孔閉鎖を解除した.術後は眼内炎症が強く,前房へのフィブリンの析出や,眼内レンズ上の沈着物を生じた.術後にC1日C4回使用していたベタメタゾンC0.1%点眼をC1日C6回に増量,またトロピカミド・フェニフレン塩酸塩点眼C1日C3回を追加してフィブリンは改善した.トリアムシノロンのCTenon.下注射を行ったところ,眼内レンズ上の沈着物は軽減したものの,現在に至るまで残存している.ほかには眼底所見に明らかな異常を認めず,瞳孔閉鎖も手術で解除したものの,2020年C5月の矯正視力は右眼がC0.08,左眼がC1.2と右眼は不良である.白内障手術後も角膜上皮下混濁の悪化や帯状角膜変性の再発を認めず,角膜所見は安定している(図4).CII考按本症例は小児のぶどう膜炎に続発した帯状角膜変性であったと考えられ,帯状角膜変性へのCPTK後に高度の角膜上皮下混濁を生じた.しかしCMMC併用による再CPTK後には瞳孔領の透明性が確保され,高度な角膜上皮下混濁の再形成を認めない.帯状角膜変性へのCPTKは一般的に予後良好であり,再発や合併症が生じることは少ない3,6).既報4,5)では,小児に対するCPTK後の角膜上皮下混濁の頻度はC0.約C20%であり,再発しても混濁は軽度で視機能には影響を及ぼさない.ステ図1初診時の前眼部写真図2初回PTK前の前眼部写真3時方向,9時方向の淡い帯状角膜変性,また虹彩後癒着帯状角膜変性が進行している.を認める.図3初回PTKから7カ月後a:前眼部写真.角膜中央部に強い白色の混濁を認める.Cb:前眼部COCT.高度の角膜上皮下混濁により角膜形状が変化している.図4MMC併用PTKから1年後a:前眼部写真.6時方向,12時方向に薄い角膜上皮下混濁の形成を認める.Cb:前眼部COCT.角膜中央部の角膜混濁は消失しており,角膜形状も保たれている.ロイド点眼への治療反応性がよく,術後C12.18カ月で角膜上皮下混濁は消失することが報告されている.本症例では経過中に角膜上皮下混濁の改善目的にベタメタゾンC0.1%点眼を使用した.点眼薬に含まれるリン酸塩添加物がカルシウム角膜沈着を招き,帯状角膜変性を再発させる可能性があった7).帯状角膜変性の再発はきたさなかったものの,点眼への反応は乏しく,視機能に影響を及ぼす高度の角膜上皮下混濁を生じた.PTKやレーザー屈折矯正角膜切除術(photorefractivekeratectomy:PRK)でのエキシマレーザー照射による角膜上皮切除は,サイトカイン放出を引き起こし,角膜実質細胞のアポトーシスを誘発する1).それに伴いコラーゲンやグリコサミノグリカンなどが生合成され,実質の再構築が行われるが,その際に細胞の過剰増殖が起こると,コラーゲンとグリコサミノグリカンが不規則な層状構造を形成して角膜実質に沈着し,強い角膜上皮下混濁を呈すると考えられている8,9).そのため角膜上皮治癒が遅延する症例では,術後の角膜上皮下混濁を形成するリスクが高くなる1,10).しかし,本症例では術後の上皮修復に問題を認めなかった.不全型Behcet病で眼内炎症の強い状態であったため,PTK後の上皮損傷に伴う炎症性サイトカインが賦活され,混濁形成に寄与した可能性があると考えられる.PTKやCPRK後の角膜上皮下混濁に対しては,細胞増殖抑制作用をもつCMMCを併用したエキシマレーザー照射が混濁の形成や再発予防に有効であると報告されており,海外ではとくにCPRK施行の際に広く併用されている.MMCを使用することで,角膜実質細胞の複製を阻害し,術後の角膜実質細胞密度ならびに細胞から生合成されるコラーゲン,プロテオグリカンの密度を減少させることにより,角膜上皮下混濁を予防できる11,12).MMCを使用すると角膜・強膜融解,角膜内皮細胞減少といった合併症を生じるリスクがあり,小児へのCMMCの使用はとくに慎重である必要がある.海外においてはCMMCを併用したエキシマレーザー手術が小児患者に対して施行されており,3歳児にCMMC併用CPRKを行いC1年の観察を行った報告13)や,11.81歳の患者に対しCMMC併用CPTKを施行し,平均C8.3カ月の観察を行ったという報告14)がある.いずれも手術は効果的であり,MMCの使用による重大な合併症も認めず安全であったと報告されている13,14).本症例においても安全に施行することができた.既報15)に基づいて角膜上皮下混濁をCgrade0.4(grade0:混濁なし,grade1:わずかな混濁,grade2:軽度混濁,Cgrade3:中等度混濁,grade4:高度混濁)にCgradingすると,MMC併用CPTK前はCgrade4に達していたが,術C1年後はCgrade2である.PTK後は初回,2回目ともに術後C3カ月ほどで角膜上皮下混濁が出現しはじめたが,初回CPTK角膜上皮下混濁のgrade432102018/102019/52019/112020/5初回PTKMMC併用PTK2019/12019/8図5角膜上皮下混濁のgradeの遷移grade0:混濁なし.grade1:わずかな網状の混濁.grade2:軽度混濁.grade3:中等度混濁,虹彩の詳細な観察が困難となる.Grade4:高度の混濁,肉眼でも観察できる.後には増悪が続き非常に高度な混濁を呈したのに対し,MMC併用CPTK後は混濁の進行は軽度で停止し,術後C1年を経過しても増悪を認めない(図5).既報ではCPTK,PRK後の高度の角膜上皮下混濁へのCMMC併用CPTKもしくはPRK後,約C50.80%の症例で軽度の角膜上皮下混濁の形成を認めたが,すべての症例において術前よりも混濁は軽減しており,視機能への影響を与えるほどの混濁は出現しなかったとされている9,16).本症例は既報の少ない低年齢で,PTK後に非常に強い角膜上皮下混濁を呈しており,膠原病による眼炎症のリスクもあった.MMCを併用したCPTKは角膜上皮下混濁の予防,軽症化に有用であり,今回のような危険性の高い症例に対しても安全な方法であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NagpalCR,CMaharanaCPK,CRoopCPCetal:PhototherapeuticCkeratectomy.SurvOphthalmolC65:79-108,C20202)HiedaCO,CKawasakiCS,CYamamuraCKCetal:ClinicalCout-comesCandCtimeCtoCrecurrenceCofCphototherapeuticCkera-tectomyinJapan.MedicineC98:27,C20193)O’BrartDP,GartryDS,LohmannCPetal:Treatmentofbandkeratopathybyexcimerlaserphototherapeutickera-tectomy:surgicaltechniquesandlongtermfollowup.BrJOphthalmolC77:702-708,C19934)AutrataCR,CRehurekCJ,CVodickovaK:PhototherapeuticCkeratectomyCinchildren:5-yearCresults.CJCCataractCRefractSurgC30:1909-1916,C20045)KolliasAN,SpitzlbergerGM,ThurauSetal:Photothera-peuticCKeratectomyCinCChildren.CJCRefractCSurgC23:703-708,C20076)StewartCOG,CMorrellAJ:ManagementCofCbandCkeratopa-thyCwithCexcimerphototherapeuticCkeratectomy:visual,Crefractive,CandCsymptomaticCoutcome.Eye(Lond)C17:C233-237,C20037)水野暢人,福岡秀記,草田夏樹ほか:難治なカルシウム沈着をきたしたCStevens-Johnson症候群のC1例.あたらしい眼科C37:627-630,C20208)LeeCYC,CWangCIJ,CHuCFRCetal:ImmunohistochemicalCstudyofsubepithelialhazeafterphototherapeutickeratec-tomy.JRefractSurgC17:334-341,C20019)ShalabyCA,CKayeCGB,CGimbelHV:MitomycinCCCinCpho-torefractivekeratectomy.JRefractSurgC25:93-97,C200910)SalahT,elMaghrabyA,WaringGO:Excimerlaserpho-totherapeuticCkeratectomyCbeforeCcataractCextractionCandCintraocularlensimplantation.AmJOphthalmolC122:340-348,C199611)NettoMV,ChalitaMR,KruegerRR:Cornealhazefollow-ingCPRKCwithCmitomycinCCCasCaCretreatmentCversusCpro-phylacticuseinthecontralateraleye.JRefractSurgC23:96-98,C200712)KaisermanCI,CSadiCN,CMimouniCMCetal:CornealCbreak-throughChazeCafterCphotorefractiveCkeratectomyCwithCmitomycinC:IncidenceCandCriskCfactors.CCorneaC36:C961-966,C201713)CrawfordCCM,CFrazierCTC,CTorresCMFCetal:PediatricPRK(photorefractiveCkeratectomy)withCmitomycinCC(MCC)forCpersistentCanisometropicCamblyopia.CACcaseCreport.BinoculVisStrabologQSimmsRomanoC27:233-234,C201214)AyresCBD,CHammersmithCKM,CLaibsonCPRCetal:Photo-therapeutickeratectomywithintraoperativemitomycinCtoCpreventCrecurrentCanteriorCcornealCpathology.CAmJOphthalmolC142:490-492,C200615)RamCR,CKangCT,CWeikertCMPCetal:CornealCindicesCfol-lowingCphotorefractiveCkeratectomyCinCchildrenCatCleastC5Cyearsaftersurgery.JAAPOSC23:149,Ce1-149.e3,C201916)PorgesCY,CBen-HaimCO,CHirshCACetal:PhototherapeuticCkeratectomywithmitomycinCforcornealhazefollowingphotorefractiveCkeratectomyCforCmyopia.CJCRefractCSurgC19:40-43,C2003***

白内障術後に遅発性Descemet膜剝離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例

2019年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(12):1579.1583,2019c白内障術後に遅発性Descemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例勝部志郎*1,2安田明弘*1舟木俊成*3大越貴志子*1門之園一明*2*1聖路加国際病院眼科*2横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科*3順天堂大学医学部附属病院眼科CSpontaneousDetachmentoftheDescemetMembraneafterPhototherapeuticKeratectomyandCataractSurgeryinanElderlyPatientwithSchnyderCrystallineCornealDystrophyShiroKatsube1,2)C,AkihiroYasuda1),ToshinariFunaki3),KishikoOhkoshi1)andKazuakiKadonosono2)1)DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityMedicalCenter,3)DepartmentofOpthalmology,JuntendoUniversityHospitalCレーザー治療的角膜切除術(phototherapeuticCkeratectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じステロイド点眼で治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を報告する.症例はC80歳,男性.前医にて両眼角膜混濁と白内障の診断で,白内障手術前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診.両眼CPTKを施行後C3カ月に前医にて右眼白内障手術を施行されたが,1カ月を経ても角膜実質浮腫が改善せず,ステロイド点眼で術後C3カ月に浮腫は消失した.その後当院にて左眼白内障手術を施行し順調な経過だったが,3週後に突如CDes-cemet膜.離を伴う角膜実質浮腫を生じた.前房空気タンポナーデは効果なく,ステロイド点眼で発症C12日後にCDes-cemet膜は接着し,角膜浮腫が消失した.遺伝子検査でCUBIAD1遺伝子CP128L変異を認めた.臨床経過より,Schny-der角膜ジストロフィはCDescemet膜と内皮細胞にも脂肪が沈着しており,Descemet膜の接着が脆弱なため術後炎症による内皮機能低下からCDescemet膜.離を生じる病態があるのではないかと考按した.CAn80-year-oldmalewithbilateraldensecornealopacitiesatthestromalsurfacewasclinicallydiagnosedasSchnydercrystallinecornealdystrophy(SCCD)C,andsubsequentlyunderwentphototherapeutickeratectomy(PTK)ConCbothCeyes,CfollowedCbyCcataractCsurgeries.CAfterCcataractCsurgery,CcornealCstromalCedemaCwasCobservedCinCtheCpatient’sCrightCeye,CyetCdisappearedCbyC3-monthsCpostoperativeCviaCtreatmentCwithCtopicalCdexamethasone.CThreeCweeksaftercataractsurgeryonhislefteye,spontaneousdetachmentoftheDescemetmembrane(DM)andcorne-alstromaledemaoccurred.AnteriorsegmentopticalcoherencetomographydetectedahigherdensityC.uidundertheCDM.CAirCtamponadeCinCtheCanteriorCchamberCwasCine.ective,Chowever,CtopicalCdexamethasoneCadministrationCledCtoCtheCcorneaCbeingCcompletelyCcured.CGenotypicCanalysisCdetectedCaCmutationCofCtheCUBIAD1gene(P128L)C,andthepatientwasgeneticallydiagnosedasSCCD.Inthisrareclinicalcourse,SCCDcausedspontaneousdetach-mentoftheDMafterPTKandcataractsurgery.Inthispresentcase,wetheorizethatpathologiesofthecorneaandpostoperativein.ammationcausedadysfunctionofthecornealendotheliumthatledtotheDMbeingsponta-neouslydetached.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(12):1579.1583,C2019〕Keywords:Schnyder角膜ジストロフィ,角膜変性症,治療的角膜切除術,Descemet膜.離,白内障手術.Schny-derCcornealdystrophy,cornealendothelium,phototherapeutickeratectomy,Descemetmembrane,cataractsurgery.Cはじめに幼少時に発症し緩徐に進行するとされ,壮年になり両眼の角Schnyder角膜ジストロフィは常染色体優性遺伝で両眼の膜中央部に円盤状またはリング状の混濁を呈し,進行すると角膜実質に脂質沈着による混濁を生じるまれな疾患である1,2).角膜全体が混濁する.混濁部に針状結晶を生じ,角膜周辺部〔別刷請求先〕勝部志郎:〒104-8560東京都中央区明石町C9-1聖路加国際病院眼科Reprintrequests:ShiroKatsube,DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,9-1Akashicho,Chuo-ku,Tokyo104-8560,JAPANC右眼右眼右眼左眼図1初診時所見上段:細隙灯顕微鏡所見では,両眼ともにCBowman層.角膜実質浅層にびまん性混濁と微小びらんの既往を疑う上皮下瘢痕,老人環様の周辺部混濁を認めた.虹彩異常なし.白内障(Emery-Littele分類C2度)を認める.下段:前眼部COCTでは実質全層に淡く高輝度であり,とくにCBowman層に強い高輝度層を認めた.に老人環様の混濁を認めることがある.全身合併症として高脂血症,脊椎・手指奇形,外反膝などが知られている.遺伝子検査ではCUBIAD1遺伝子の変異が報告されている4,5).今回,治療的レーザー角膜切除術(phototherapeutickera-tectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じ,ステロイド点眼により治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験したので報告する.CI症例患者:80歳,男性.初診時主訴(2014年C8月):まぶしい,見えにくい.現病歴:60歳頃より家族が角膜混濁に気づいていたが,5年前から通院していた近医より,白内障手術目的に前医を紹介されたところ角膜混濁を指摘され,白内障手術の前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診となった.既往歴:74歳糖尿病(HbA1c7.4%),75歳胆.手術後の腸閉塞,脂質異常症なし.家族歴:父が徴兵検査で視力不良で不合格.同胞,子は異常なし.初診時所見:遠方視力:VD=0.1(0.3C×sph+2.00(cyl.4.00DAx70°)VS=0.3(0.8C×sph+0.75(cyl.2.00DAx90°)眼圧:右眼C11CmmHg,左眼C11CmmHg.細隙灯顕微鏡所見:角膜CBowman層.実質浅層全体にCcombpatternの密な混濁のため実質深層の混濁の状態は視認が困難だった.角膜上皮の微小びらんの既往を疑う瘢痕と老人環様の周辺部混濁を認めた.前房と虹彩に異常なし.水晶体は白内障CEmery-Little分類C2度(図1)を認め,眼底は透見困難だった.II治.療.経.過1.PTKSchnyder角膜ジストロフィまたはCReis-Bucklers角膜ジストロフィを疑い,当院にてC2014年C8月に右眼CPTK(切除深度C109Cμm/含上皮),2014年C10月に左眼CPTK(切除深度68Cμm/含上皮)を施行した.PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善し,実質深層に至る淡い実質混濁が確認された(図2).その後,白内障手術までのCPTK術後最高視力は,VD=0.3(0.4C×S+0.75C.5.00Ax95°),VS=0.6(0.9C×S+3.50CC.2.00Ax80°)に改善した.C2.右眼白内障手術と右眼の経過PTK術後C3カ月で,前医にて右眼白内障手術が施行された.術後C1カ月を経ても角膜実質浮腫が遷延しているとのことで,精査加療目的に再び当院を紹介受診となった.受診時視力はCVD=0.02(n.c.)で,術後炎症による角膜内皮機能不全による角膜実質浮腫を考え,デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始,治療開始C4週後には角膜浮腫は消失し,デキサメタゾン点眼を中止した(図3).視力はCFRV=0.09(0.3C×S.2.00)に回復し,さらにC6カ月後にはCVD=0.2(0.7C×S+0.50C.2.0Ax85°)に改善した.C3.左眼黄斑牽引症候群PTK術後C1年C5カ月(2016年C5月)に左眼黄斑牽引症候群を発症し視力はCVS=0.1(0.4pC×S+2.50C.2.50Ax90°)に低下したが,1カ月後には後部硝子体.離により自然治癒した(図4).しかしながら視力はCVS=0.2(0.4C×S+2.0C.2.50Ax90°)に低下したままだった.C4.左眼白内障手術PTK術後C1年C9カ月(2016年C7月)に,当院にて左眼白右眼左眼図2PTK術後所見PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善したが,実質全体の淡い混濁も確認された.発症時白内障術後1カ月白内障術後2カ月図3右眼白内障術後前医での術後C1カ月を経ても実質浮腫が遷延していたため,再び当院を紹介受診.デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始し,術後C2カ月で実質浮腫は消失した.自然治癒時図4左眼黄斑牽引症候群の経過左:PTK術後C1年C5カ月で左眼に黄斑牽引症候群を発症した.発症時に,中心窩が後部硝子体膜により牽引され,中心窩.離と.胞様所見を認めた.右:1カ月後の時点では中心窩の牽引がとれ,黄斑形態が改善していた.内障手術が施行された.術前の角膜内皮細胞密度はC2,681個C/mm2で,術式は点眼麻酔下耳側角膜切開にて超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術で,合併症なく終了した.術後経過も順調で,術後C11日目の視力はCVS=0.1(0.3C×S.3.00CC.2.00Ax90°)であったが,術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認め(図5),前眼部光干渉断層計(OCT)(CASIA,トーメーコーポレーション)で耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.左眼視力はC0.03(n.c.)に低下していた.30ゲージ針で角膜上皮側から穿刺し,Descemet膜下貯留液の排液を試みたが微量しか排液できなかった.なお,Descemet膜下貯留液の内容については詳細な検査を行っていない.前房内に空気を注入し空気タンポナーデ(仰臥位)を施行したが著効なく,翌日以降もCDes-cemet膜.離は残存していた.ベタメタゾン点眼C1日C4回で経過をみていたところ,12日後にCDescemet膜は接着し角膜浮腫は消失した(図6).最終診察時(2018年C8月),両眼ともに角膜浮腫を認めず,視力はCVD=0.4(0.6pC×S+1.50C.2.50Ax83°),VS=0.3(0.6C×S.1.25C.2.50Ax85°)で,自覚的にも安定している.C5.遺伝子検査まれな経過であったため,順天堂大学医学部眼科に遺伝子検査を依頼した結果,UBIAD1遺伝子CP128L変異を認め,図5Descemet膜.離と角膜浮腫出現時の細隙灯顕微鏡所見左白内障術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認めた.Schnyder角膜ジストロフィの確定診断を得た.CIII考按Schnyder角膜ジストロフィは角膜の脂質沈着による角膜実質混濁を生じる比較的まれな疾患である.1924年にCvanWentとCWibautら1)が,続いてC1929年にCSchnyder2)が臨床所見を詳細に報告した.角膜混濁のタイプは円盤状.びまん性,結晶の沈着の有無などバリエーションが多い.本症例には結晶の沈着はなく,Bowman層に強い混濁を認めたことから当初CReis-Bucklers角膜ジストロフィも鑑別にCPTKを施行したが,PTK術後の臨床像がCSchnyder角膜ジストロフィに一致していたことや,遺伝子検査からCSchnyder角abcd図6前眼部OCTでの左眼Descemet膜.離と角膜浮腫の治療経過a:発症時,耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.Descemet膜.離部に角膜実質浮腫を認めた.Cb:発症C5日目,Descemet膜.離は認めるが,貯留液の輝度は低下してきた.Cc:発症C12日目,Descemet膜は接着し,角膜実質浮腫もほぼ消失した.Cd:発症C7週目,Descemet膜.離の再発はなく,角膜実質浮腫は完全に消失している.膜ジストロフィの確定診断に至った.Schnyder角膜ジストロフィは第C1染色体短腕に存在するUBIAD1蛋白の構造異常3)により,apoEを介したコレステロールの細胞内濃度の安定化や細胞内からの除去に異常をきたし,コレステロールなどの脂質が沈着する可能性が示唆されている4).遺伝子変異では複数の変異が報告されている5).本症例でのCP128L変異には既報がなく,Bowman層から実質浅層に密な混濁が特徴のまれな変異である可能性がある.Schnyder角膜ジストロフィでは角膜混濁部位にリン脂質が沈着しており,角膜局所での脂質代謝異常による脂質沈着から角膜混濁に至る病態と考えられている.Schnyder角膜ジストロフィは角膜実質内の脂質沈着が本態であり,Des-cemet膜や内皮細胞は影響を受けないとされてきたが,Freddoら6)はCSchnyder角膜ジストロフィの角膜切片を電子顕微鏡で調べた結果,実質とCDescemet膜の間にも脂質沈着を疑う多数の空間が存在することや,角膜内皮細胞の変性を確認している.山本ら7)はCSchnyder角膜ジストロフィに全層角膜移植を施行後に病理組織学的検討を行った結果,角膜実質のコラーゲン線維間に多数の空胞があり,その中に脂質と思われる電子密度の高い物質が沈着していること,また,実質細胞内と内皮細胞内に微細な空胞を電子顕微鏡で確認している.Arnold-Wornerら8)は,角膜実質と内皮細胞に脂質沈着を確認している.白内障術後に遅発性CDescemet膜.離が生じた報告を調べたところ,Schnyder角膜ジストロフィやCFuchs角膜ジストロフィを有する症例の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じた報告は確認できなかった.一方,梅毒性角膜白斑合併白内障症例で術中および術後C3週間後にCDescemet膜.離を生じた報告9)では,Descemet膜と角膜実質間の接着異常が原因と考按されている.また,顆粒状角膜ジストロフィに対するCPTK後の白内障術後に生じた合併症について検討した報告10)には,術後合併症にCDescemet膜.離はなかった.これらの既報をまとめると,PTK施行の有無にかかわらず,白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じることはきわめてまれであると考えられた.本症例のCDescemet膜.離時に前眼部COCTで確認されたDescemet膜下の貯留液は高輝度を呈しており,前房水とは交通していない脂質を含む貯留液であった可能性を考えた.すなわち,通常の白内障手術時に器械的に生じうる創口と連続したCDescemet膜.離ではなく,何らかの機序により遅発性にCDescemet膜下に貯留液を生じていたと考える.なお,前医で行われた右眼白内障術後に遷延した実質浮腫に対しては前眼部COCTでの確認を行っていなかったが,左眼と同様の臨床像を呈していた可能性も疑われた.Descemet膜.離は自然治癒した可能性もあるが,ステロイド点眼による抗炎症治療が奏効した可能性もあると思われた.以上の経過やデキサメタゾン点眼での抗炎症治療後に治癒した経過から考え,本症例で白内障術後にCDescemet膜.離が生じた背景として①CDescemet膜に脂肪が沈着しており角膜実質とCDes-cemet膜の接着が脆弱であったこと,②術後内眼炎症により角膜内皮細胞の機能が低下していたことのC2点を考えた.CIV結語PTK後の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験した.Schnyder角膜ジストロフィの白内障手術後に遅発性CDescemet膜.離の合併に留意する必要がある.このCDescemet膜.離に空気タンポナーデは著効ないが,自然経過あるいはステロイド点眼により治癒する視力予後良好な病態と考えた.文献1)VanWentJM,WibautF:EenzyeldzameerfelijkeHornv-liesaandoening.CNedCTydschrCGeneesksC68:2996-2997,C19242)Schnyder,WF:MitteilungCuberCeinenCneuenCTypusCvonCfamiliarerCHornhauterkrankung.CScweizCMedCWochenschrC59:559-571,C19293)WeissCJS,CKruthCHS,CKuivaniemiH:MutationsCinCtheCUBIAD1geneConCchromosomeCshortCarmC1,CregionC36,CcauseSchnydercrystallinecornealdystrophy.InvestOph-thalmolVisSciC48:5007-5012,C20074)WeissJS,KruthHS,KuivaniemiHetal:Geneticanalysisof14familieswithSchnydercrystallinecornealdystrophyrevealscluestoUBIAD1proteinfunction.AmJMedGenetA146A(3):271-283,C20085)小林顕:シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子UBIAD1(解説).あたらしい眼科C27:337-339,C20106)FreddoCTF,CPolackCFM,CLeibowitzHM:UltrastructuralCchangesintheposteriorlayersofthecorneainSchnyder’scrystallinedystrophy.CorneaC8:170-177,C19897)山本純子,日比野剛,福田昌彦ほか:全層角膜移植術を行ったシュナイダー角膜ジストロフィのC1例.眼紀C51:C643-647,C20008)Arnold-WornerCN,CGoldblumCD,CMiserezCARCetal:Clini-calCandCpathologicalCfeaturesCofCaCnon-crystallineCformCofCSchnydercornealdystrophy.GraefesArchClinExpOph-thalmolC250:1241-1243,C20129)西村栄一,谷口重雄,石田千晶:両眼性デスメ膜.離を繰り返した梅毒性角膜白斑合併白内障症例.IOLC&RS24:C100-106,C201010)沼慎一郎:角膜ジストロフィのレーザー角膜切除術(PTK)と白内障手術の視力向上への有効性の検討.山口医学C61:C23-29,C2012C***