遠近両用ソフトコンタクトレンズ─中心近用レンズか中心遠用レンズかMultifocalSoftContactLenses─ShouldIChooseaCenter,NearoraCenter-FarLens?塩谷浩*はじめに遠近両用ソフトコンタクトレンズ〔=多焦点ソフトコンタクトレンズ(multifocalsoftcontactlens:MF-SCL)〕は,近方視時の調節補助のため球面度数に近方視用のプラス球面度数が加入されたソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)で,一般的には老視矯正に使用される.MF-SCLは,その特性により処方は単焦点SCLの処方ほど容易ではない.たとえばあるレンズメーカーの製品を選択し,その製品処方マニュアル通りに他覚的に適当と考えられる遠用度数と加入度数を単純に設定したとしても,患者の自覚的な満足が得られないことも多い.MF-SCLは光学部の機能,形状,焦点の特徴から表1のように分類されているが,同じ分類に入る製品でも光学的な特性は異なっており,見え方に違いがあることが多く,また使用する患者によっても見え方は一様ではない1).そこでMF-SCLを使用する患者の満足度を高めるため,すなわち処方を成功させるためには,各製品の特徴を十分に理解したうえで,それぞれの患者に合った光学部デザインの製品を選択する必要がある.光学部の特徴,そのなかでも光学部の構造からのレンズ選択を考えるとき,中心近用レンズか,中心遠用レンズか,どちらのレンズを選択すべきなのかという質問がとくにMF-SCLの処方経験の少ない眼科医からは最初に出てくることは容易に想像できる.その答えにたどり着く前にMF-SCLの特徴と適応について述べ,筆者の表1MF.SCLの分類機能焦点形状中心光学部種類交代視二重焦点セグメント型遠用HCL同心円型同心円型遠用SCL二重焦点近用回折型近用同時視累進屈折力非球面型遠用HCLSCL近用SCL拡張焦点深度同心円型遠用SCL近用HCL:ハードコンタクトレンズ,SCL:ソフトコンタクトレンズ.MF-SCL選択の考え方から,どうレンズを選択すべきなのか解説する.I遠近両用SCLの特徴MF-SCLは,光学部の機能はすべて同時視型であり,焦点の構造から二重焦点型と累進屈折力型,さらに最近登場した拡張焦点深度型に分けられる.光学部の形状からは同心円型,非球面型,回折型(現在は製品として販売されていない)に分けられる(表1).また,中心光学部の配置から,レンズの中心が遠用で同心円状に囲む周辺が近用の中心遠用レンズ(図1)と,レンズの中心が近用で同心円状に囲む周辺が遠用の中心近用レンズ(図*HiroshiShioya:しおや眼科〔別刷請求先〕塩谷浩:〒960-8034福島市置賜町5-26しおや眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(11)1343レンズ中央の遠用部を通った光が結像する遠方視時図1MF.SCLの見え方(中心遠用レンズ)レンズ周辺の遠用部を通った光が結像する遠方視時図2MF.SCLの見え方(中心近用レンズ)II遠近両用SCLの適応MF-SCLの適応は,SCLの使用動機が強くあり,SCLをとくに問題なく装用できることが条件で,一般的には調節力がある程度残っている40.50歳台までの老視の患者である.老視が出現していると考えられる年齢のSCL装用者すべてが必ずしも適応になるわけではなく,使用中の矯正方法や視力補正用具(眼鏡,SCLあるいは裸眼)での近方視に不満があったり不自由を感じていたりする患者が適応になる.さらに視力の必要度や要求度が低い場合であることが条件になる.たとえば自動車の運転を職業としている場合や,細かい近方のものを見る作業を職業としている場合,MF-SCLの見え方に過大な期待を抱いているような場合は,適応かどうか慎重に検討する必要がある2).また,球面SCLの使用経験のある患者であっても角膜頂点間距離補正後の全乱視が1.00Dを超える場合は,残余乱視の影響で球面レンズでは遠方,近方とも視力補正効果が不十分となることが多く,一般的なMF-SCLの適応にならない.このような場合は円柱レンズによる乱視矯正が可能なトーリックMF-SCLの適応とするか,あるいは球面SCLだけで対応する必要がある場合には,通常は優位眼に単焦点レンズであるトーリックSCLを使用し,非優位眼にMF-SCLを使用するモディファイド・モノビジョン法での処方になる.そのためには,処方がスムーズにできるように優位眼を確認しておく必要がある.MF-SCLの処方では,1日交換SCLや頻回交換SCLのようにテスト装用することができるレンズでは,トライアルレンズが実際の処方レンズと同じ見え方(トライアルレンズと処方レンズと同じ規格)になる可能性があるので,患者がテスト装用時に単焦点SCLの見え方との違いに不安感が少なくなるように,装用前にMF-SCLの見え方の特徴(眼鏡や単焦点SCLとの違い,視線の移動,見え方の仕組み,見え方の質)を説明し,MF-SCLに対する理解を得ておくようにすることも処方を成功させるために重要である.さらにMF-SCLの処方では通常は両眼ともに同等の見え方になるように設定することを基本とするが,ケースによっては両眼視機能が維持できる範囲で,遠方視に対して優位眼と非優位眼の度数を調整し,モディファイド・モノビジョン設定にすることがある.トライアルレンズを装用させる前に優位眼の確認をしておくことを忘れないようしなければならない.MF-SCLの適応と考えられた場合には,患者が見やすくしたいと希望している近方の距離,日常生活時に快適と感じている近業の距離を確認する.可能であれば,患者が現在使用している視力補正用具の度数を確認し,過矯正あるいは極端な低矯正ではない場合には,その設定度数での遠方および近方の見え方を把握する.近方視に不満や不自由がある場合には,その程度を確認する.そして患者がMF-SCL使用する場合に重視したいのが遠方の見え方なのか,近方の見え方なのか,遠近のバランスのとれた見え方なのかを処方レンズを選択する前に知っておく.III遠近両用SCLの選択方法1.CLの使用経験からのレンズの種類の選択MF-SCLの選択ではコンタクトレンズ(contactlens:CL)の使用経験を考慮して,まずレンズの種類を選択する(図3).基本的にはハードCL(hardcontactlens:HCL)の使用経験者にはMF-HCLを選択し,SCLの使用経験者にはMF-SCLを選択するが,MF-HCLを選択することになってもフィッティング検査でセンタリングが不良であった場合にはMF-SCLに変更する.CLの使用未経験者には特殊な場合を除き,CLの使用が初めてでも扱いやすく,装用感がよくて慣れるのが早く,また1日交換MF-SCLや頻回交換MF-SCLであればテスト装用ができるため,MF-SCLを選択する.2.遠方視・近方視の重視度からのレンズのタイプの選択レンズの種類がMF-SCLに決まったら,次に各レンズメーカーの中からレンズのタイプあるいは製品を選択する(図3).前述の通り,MF-SCLは光学部の特徴から同じ分類に入りデザインが似ている製品でも,光学的な特性は異なっている.どのレンズもメーカーの製品概(13)あたらしい眼科Vol.37,No.11,20201345CLの使用経験レンズの種類(HCL/SCL)を選択遠方視・近方視の重視度レンズのタイプ(デザイン/メーカー)を選択CLのフィッティング検査処方レンズのタイプを決定~見え方,装用感,ハンドリングレンズ規格を決定し,処方図3MF.SCLの選択遠方の景色道路標識テレビパソコン携帯電話良好不良良好不良良好不良遠方視遠方視遠方視図4MF.SCLの見え方からの分類近方視近方視近方視良好不良良好不良良好不良表2頻回交換MF.SCLの代表的製品製品名エアオプティクスプラスハイドラグライドマルチフォーカルバイオフィニティマルチフォーカル2weekPureマルチステージメダリストフレッシュフィットコンフォートモイスト遠近両用メダリストマルチフォーカル2WEEKメニコンプレミオ遠近両用2WEEKメニコンプレミオ遠近両用トーリックメーカーアルコンクーパービジョンシードボシュロムボシュロムメニコンメニコン中心光学部近用遠用遠用近用近用近用近用ベースカーブ8.68.68.68.68.7/9.08.68.6(mm)サイズ(mm)14.214.014.214.014.014.214.2中心厚(mm)0.080.100.090.070.100.080.08±0.00..10.00球面度数(D)+5.00..10.00+6.00..10.00+5.00..10.00+5.00..10.00+5.00..7.00+5.00..13.00円柱度数.0.75/.1.25円柱軸180°,90°加入度数(D)LO/MED/HI+1.00/+1.50+2.00/+2.50+0.75/+1.50Low/HighLow/High+1.00/+2.00+1.00素材シリコーンハイドロゲルシリコーンハイドロゲルハイドロゲルシリコーンハイドロゲルハイドロゲルシリコーンハイドロゲルシリコーンハイドロゲル含水率(%)33.048.058.036.038.640.040.0FDA分類グループIグループIグループIVグループIIIグループIグループIグループIDk/t※137.5128.033.3130.09.5161.0161.0※単位:×10.9(cm/sec)・(mLO2/mL×mmHg)(.3.00Dの場合)表31日交換MF.SCLの代表的製品製品名デイリーズトータルワン遠近両用デイリーズアクアコンフォートプラスマルチフォーカルプロクリアワンデーマルチフォーカル1dayPureマルチステージ1dayPureEDOFワンデーアキュビューモイストマルチフォーカルバイオトゥルーワンデーマルチフォーカル1DAYメニコンマルチフォーカルメーカーアルコンアルコンクーパービジョンシードシードジョンソン・エンド・ジョンソンボシュロムメニコン中心光学部近用近用近用遠用遠用/近用近用近用近用ベースカーブ8.58.78.78.88.48.48.68.7(mm)サイズ(mm)14.114.014.214.214.214.314.214.2中心厚(mm)0.090.100.090.070.070.080.100.09球面度数+5.00.+5.00.+5.00.+5.00.+5.00.+5.00.+5.00.+5.00.(D).10.00.10.00.10.00.10.00.12.00.9.00.9.00.10.00加入度数(D)LO/MED/HILO/MED/HI+1.50+0.75/+1.50Low/Middle/HighLow/Mid/HighLow/High+1.50素材シリコーンハイドロゲルハイドロゲルハイドロゲルハイドロゲルハイドロゲルハイドロゲルハイドロゲルハイドロゲル含水率(%)33.069.060.058.058.058.078.060.0FDA分類グループIグループIIグループIIグループIVグループIVグループIVグループIIグループIIDk/t※156.026.022.842.942.933.342.022.8※単位:×10-9(cm/sec)・(mLO2/mL×mmHg)(.3.00Dの場合)表4超低加入度数MF.SCLの代表的製品使用期間分類1日交換頻回交換製品名プライムワンデースマートフォーカス1dayPureうるおいプラスFlexバイオフィニティアクティブ2WEEKメニコンデュオメーカーアイレシードクーパービジョンメニコン中心光学部近用遠用近用遠用ベースカーブ(mm)8.88.88.68.6サイズ(mm)14.214.214.014.5中心厚(mm)0.070.070.080.11球面度数(D)+1.00..9.00+5.00..12.00+5.00..10.00.0.25..10.00加入度数(D)+0.50+0.50+0.25+0.50素材ハイドロゲルハイドロゲルシリコーンハイドロゲルハイドロゲル含水率(%)58.058.048.072.0FDA分類グループIVグループIVグループIグループIIDk/t※40.042.9160.030.9※単位:×10.9(cm/sec)・(mLO2/mL×mmHg)(.3.00Dの場合)アキュビューモイストマルチフォーカル」,ボシュロム社の「バイオトゥルーワンデーマルチフォーカル」があげられる.アルコン社の3種類のレンズは光学部の構造は同じで,レンズ全体のデザインと素材が異なっていても見え方は同等と考えられる.遠方重視タイプとしては頻回交換MF-SCLではボシュロム社の「メダリストマルチフォーカル」,クーパービジョン社の「バイオフィニティマルチフォーカル」があげられる.特殊レンズとして乱視矯正もするメニコン社の「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用トーリック」があげられる.ボシュロム社の「メダリストマルチフォーカル」は同社の「メダリストフレッシュフィットコンフォートモイスト遠近両用」と光学部の構造は同じであるものの,レンズ全体のデザインと素材が異なっているために見え方が異なっていると考えられる.また,頻回交換MF-SCLの中の超低加入度数MF-SCL(老視を適応とした一般的なMF-SCLより低い加入度数で老視前年齢を適応とした,おもに眼精疲労対策として使用されるMF-SCLを,ここでは超低加入度数MF-SCLとして区別する)(表4)では,当然ながら加入度数が低いために加入度数の遠方視への影響が少なく遠方は見やすくなり,クーパービジョン社の「バイオフィニティアクティブ」,メニコン社の「2WEEKメニコンDuo」は,とくに遠方の見やすい遠方重視タイプとしてあげられる.1日交換MF-SCLではクーパービジョン社の「プロクリアワンデーマルチフォーカル」,拡張焦点深度型のシード社の「1dayPureEDOF」,メニコン社の「1DAYメニコンマルチフォーカル」があげられる.1日交換MF-SCLの中の超低加入度数MF-SCLではアイレ社の「プライムワンデースマートフォーカス」,シード社の「1dayPureうるおいプラスFlex」があげられる.この2種類の製品は同じ超低加入度数MF-SCLであるが,前者は中心近用レンズで,より遠方が見やすい遠方重視タイプで,後者は中心遠用レンズで,やや近方が見やすい遠方重視タイプである.両レンズとも本来は老視前年齢の眼精疲労対策に用いられるが,一般的なMF-SCLでは遠方の見え方に不満が強くMF-SCLの適応とならないような老視患者において,遠方の見え方を損なわずに近方の見え方に満足を得ることができること(17)もあり,MF-SCL処方の最後の砦として可能性を秘めた有用な製品である.とくに前者は,筆者の処方経験では遠方視力補正効果が良好で自覚的な満足度も高く,これまでほかのMF-SCLの処方がうまくいかなかった老視患者に試してみてもらいたい製品である.近方重視タイプとしては頻回交換MF-SCLではシード社の「2weekPureマルチステージ」,1日交換MF-SCLではシード社の「1dayPureマルチステージ」があげられる.両レンズの光学部の構造と素材は同じであるが,レンズの中心厚さなどのレンズ全体のデザインが微妙に異なっているために,遠方の見え方には変わりはないものの,近方の見え方では1dayPureマルチステージがやや見やすく感じる患者が多い製品である.おわりに以上は筆者の処方経験からの私見であることをご理解いただいて,本稿をMF-SCL選択の参考にしてほしい.MF-SCLの処方はメーカーの処方マニュアルに従っても必ずしも患者の満足が得られるとは限らないため,一人一人の患者に応じた度数設定のアレンジが必要になる.したがって当然,製品の評価や選択の基準が処方する眼科医によって異なってくる.読者の皆様も処方経験を積んで,自分なりに各レンズ製品の機能を評価してみると,今後の自分流のレンズ選択の役に立つのではないかと思う.文献1)渡邉潔,稲葉昌丸,佐渡一成ほか:バイフォーカルコンタクトレンズの臨床.日コレ誌42:101-112,20002)塩谷浩:各種バイフォーカルコンタクトレンズの選択.あたらしい眼科18:463-468,20013)塩谷浩,梶田雅義:頻回交換遠近両用ソフトコンタクトレンズ処方例の検討.日コレ誌44:103-107,20024)塩谷浩,梶田雅義:頻回交換型遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方成績─二重焦点型と累進屈折力型の比較─.日コレ誌48:226-229,20065)塩谷浩:頻回交換遠近両用ソフトコンタクトレンズの選択法.あたらしい眼科24:711-716,20076)塩谷浩:遠近両用コンタクトレンズの処方─適応の判断から処方に至るまで─.日コレ誌51:47-51,20107)塩谷浩:遠近両用ソフトコンタクトレンズの処方テクニック.あたらしい眼科30:1363-1368,2013あたらしい眼科Vol.37,No.11,20201349