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緑内障患者における視野障害部位によるアイフレイル自己チェック

2025年6月30日 月曜日

《第35回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科42(6):731.735,2025c緑内障患者における視野障害部位によるアイフレイル自己チェック井上賢治*1塩川美菜子*1國松志保*2富田剛司*1,3石田恭子*3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院CSelf-CheckofEyeFrailtybyAreasofVisualFieldImpairmentinGlaucomaPatientsKenjiInoue1),MinakoShiokawa1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),GojiTomita1,3)CandKyokoIshida3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:緑内障患者の視野障害部位の違いによるアイフレイル状況を検討した.方法:原発開放隅角緑内障患者で両眼に上方のみ(上方群)あるいは上下両方(上下群)に視野障害を有するC141例を対象とした.10項目のアイフレイル自己チェックを施行し,2群で比較した.結果:症例は上方群C108例,上下群C33例だった.チェック数は上方群C3.5C±2.2個,上下群C4.3C±2.3個で同等だった(p=0.07).チェック項目は上方群では「①目が疲れやすくなった」60例,「⑥まぶしく感じやすい」57例,上下群では「⑥まぶしく感じやすい」22例,「⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった」21例が多かった.各項目の発現頻度の比較では,「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみが上下群(60.6%)で,上方群(38.9%)より有意に多かった(p<0.05).結論:緑内障患者では下方視野が段差や階段歩行に重要である.CPurpose:Toinvestigateeyefrailtyinglaucomapatientswithdi.erentsitesofvisual.eld(VF)impairment.SubjectsandMethods:ThisCstudyCinvolvedC141CpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglaucomaCandCbilateralCVFCdefectsinupper-areaonly(UpperGroup[UG])orboththeupperandlowerarea(Upper/LowerGroup[ULG])C.A10-itemeyefrailtyself-checkwasadministered,withthe.ndingscomparedbetweenthetwogroups.Results:CTherewere108CUGand33CULGcases.Themeannumberofcheckswas3.5±2.2inUGand4.3±2.3inULG,whichwassimilar(p=0.07)C.COfCtheC108CUGCcases,C60ChadCeasilyCfatiguedCeyesCandC57ChadCsensitivityCtoCglare.COfCtheC33CULGCcases,C22ChadCsensitivityCtoCglareCandC21ChadCpoorCvisionCevenCwithCglasses.CComparingCtheCfrequencyCofCoccurrenceCofCtheCspeci.cCitems,ConlyCfeelingCunsafeConCstepsCandCstairsCwasCsigni.cantlyCmoreCfrequentCinCULG(60.6%)thaninUG(38.9%)(p<0.05)C.Conclusion:InCglaucomaCpatients,CgoodClowerCVFCfunctionCisCimportantCforstepandstairuse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(6):731.735,C2025〕Keywords:アイフレイル,緑内障,視野障害,アイフレイル自己チェック,下方視野.eyefrail,glaucoma,visual.elddisorders,eyefrailchecklist,lowervisual.eld.Cはじめにアイフレイルは日本眼科啓発会議がC2021年に提唱した概念で,「加齢に伴って眼の脆弱性が増加することに,さまざまな外的,内的要因が加わることによって視機能が低下した状態,また,そのリスクが高い状態」と定義されている1).アイフレイルを設定した目的は,時に感じる見にくさや眼の不快感を単に「歳のせい」にせず,自身の視機能における問題点の早期発見を促すこと,また,眼の健康についての意義を広く持続的に向上させることである.そして,アイフレイル啓発用のツールとしてセルフチェックリスト(図1,以下,アイフレイル自己チェック)が作成された2).アイフレイル自己チェックの質問はC10項目で構成されており,二つ以上該当した人はアイフレイルの可能性があると記載されている.各チェック項目の患者別・疾患別の出現頻〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANC0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(89)C731図1アイフレイルチェックリスト(文献C2より引用)度については数多くの報告がある3.8).緑内障患者を対象とした報告では,視野障害早期群に比べて後期群でアイフレイル自己チェックの平均チェック数が有意に多かった3).緑内障患者は,視野障害の進行によりCQOL(生活の質)が低下すると考えられる.しかし,視野障害部位によるアイフレイル状況の報告は過去にない.そこで今回は,原発開放隅角緑内障患者のうち以下に示す患者を対象として10項目のアイフレイル自己チェックを施行し,その結果を比較した.CI対象2023年C9月.2024年C5月に井上眼科病院を受診した原発開放隅角緑内障患者で,両眼に上方のみ(以下,上方群),あるいは上下両方(以下,上下群)に視野障害を有するC141例を対象とした.視野障害の有無の判定は,Anderson-Patella9)の基準を用いた.パターン偏差確率プロットで,最周辺部の検査点を除いてCp<5%の点がC3個以上隣接して存在し,かつ,そのうちC1点がCp<1%の場合を視野障害ありとした.視力低下によるアイフレイル自己チェックへの影響を排除するために,悪いほうの眼の矯正視力がC0.7以下の症例は除外し,上方群と上下群の患者背景(年齢,性別,矯正視力,視野障害)を比較した.矯正視力はよいほうの眼(log-MAR)を,視野障害はCHumphrey視野中心C30-2プログラムCSITA-StandardのCMeanDeviation(以下,MD)値のよいほうの眼を用いた.10項目のアイフレイル自己チェックを外来受診時に施行した.上方群・上下群で平均チェック数,チェック数C2個以上の症例割合,各項目のチェック割合について調査・比較した.上方群・上下群の年齢,矯正視力,視野CMD値,平均チェック数の比較はCMann-WhitneyのCU検定を用いて解析した.性別(男女比),チェック数C2個以上の症例の割合,項目ごとのチェック割合の比較はCFisherの直接法を用いて解析した.統計学的検討では有意水準をCp<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認を得た.研究の趣旨と内容を患者に開示し,患者の同意を文書で得た.CII結果対象症例は上方群C108例,上下群C33例だった.各群の患表1上方群,上下群の患者背景項目上方群C108例上下群C33例Cp年齢(歳)C66.2±12.0(3C7.C88)C66.4±10.3(4C3.C86)C0.985性別(男:女)42:6C616:1C7C0.419よいほうの眼の矯正視力(logMAR)C.0.08±0.05(C0.20.C.0.10)C.0.08±0.05(C0.10.C.0.10)C0.593よいほうの眼の視野MD値(dB)C.5.34±3.49(1C.9.C.14.4)C.11.46±4.43(.2.79.C.20.55)**<C0.0001**p<0.0001(Mann-whitnerのCu検定)表2アイフレイルチェックリストのチェック数上方群上下群チェック数チェックした症例%チェックした症例%C0C76.5%C00.0%C1C1110.2%C412.1%C2C1816.7%C515.2%C3C2220.4%C412.1%C4C1917.6%C515.2%C5C1413.0%C412.1%C6C76.5%C412.1%C7C43.7%C39.1%C8C43.7%C412.1%C9C00.0%C00.0%C10C21.9%C00.0%表3アイフレイルチェックリストの項目別チェック割合上方群上下群項目チェックチェックした症例%した症例%CpC①目が疲れやすくなったC6055.6%C1957.6%>0.999②夕方になると見にくくなることがあるC4945.4%C1957.6%0.337③新聞や本を長時間見ることが少なくなったC5450.0%C1545.5%0.444④食事の時にテーブルを汚すことがあるC109.3%C412.1%0.750⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなったC5349.1%C2163.6%0.250⑥まぶしく感じやすいC5752.8%C2266.7%0.442⑦まばたきしないと見えないことがあるC3633.3%C1236.4%0.840⑧まっすぐの線が波打って見えることがあるC1110.2%C50.0%0.003⑨段差や階段で危ないと感じたことがあるC4238.9%C2060.6%*0.044⑩信号や道路標識を見落としたことがあるC98.3%C618.2%0.206*p<0.05者背景は,年齢,性別,よいほうの眼の矯正視力は同等だっで同等だった(p=0.07)(表2).チェック数C2個以上の症例た(表1).よいほうの眼の視野CMD値は,上方群が上下群には上方群C90例(83.3%)と上下群C29例(87.9%)で同等だっ比べ有意に良好だった(p<0.0001).た(p=0.08).平均チェック数は上方群C3.5C±2.2個と上下群C4.3C±2.3個チェック項目は,上方群では「①目が疲れやすくなった」60例(55.6%),⑥「まぶしく感じやすい」57例(52.8%),「③新聞・本を長時間見ることが少なくなった」54例(50.0%)の順に多かった(表3).上下群では「⑥まぶしく感じやすい」22例(66.7%),「⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった」21例(63.6%),「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」20例(60.6%)の順に多かった.各項目の発現頻度を比較すると「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみが上下群(60.6%)で上方群(38.9%)よりも有意に多かった(p<0.05).CIII考按今回のアイフレイル自己チェックでの患者のチェック数は,上方群(よいほうの眼の視野CMD値C.5.34±3.49CdB)でC3.5±2.2個,上下群(よいほうの眼の視野CMD値C.11.46±4.43CdB)でC4.3C±2.3個だった.宮本らの報告3)でのチェック数は,早期視野群(よいほうの眼の視野CMD値C.0.21±1.28dB)でC2.7C±1.7個,後期視野群(よいほうの眼の視野CMD値.5.56±5.03CdB)でC3.8C±2.0個だった.よいほうの眼の視野CMD値が悪化するほどチェック数が増加すると考えられる.同様に,チェック数がC2個以上の患者の割合は今回の上方群C83.3%,上下群C87.9%,宮本ら3)の早期視野群C78.8%,後期視野群C82.8%でほぼ同等の結果だった.緑内障では初期から,また,視野障害が上方のみにあるうちからアイフレイル状況に陥ることが判明した.項目別では,今回の上方群では「①目が疲れやすくなった」(55.6%)が多く,宮本らの報告3)の全症例でも「①目が疲れやすくなった」(59.8%)が最多だった.また,今回は「⑥まぶしく感じやすい」(52.8%),「③新聞や本を長時間見ることが少なくなった」(50.0%)の順に多く,これらの項目は宮本らの報告3)でもそれぞれC42.3%,47.4%と多かった.上下に及ぶ視野障害を有する今回の上下群では,「⑥まぶしく感じやすい」(66.7%),「⑤眼鏡をかけてもよく見えないと感じることが多くなった」(63.6%),「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」(60.6%)の順に多く,宮本らの報告3)でチェックされた項目と比較すると,⑥以外は異なっていた.以上をまとめると,緑内障では初期には眼が疲れやすくなり,まぶしく感じることが多くなる可能性があると考えられる.白内障と羞明には関連があるC.アイフレイル自己チェックの「⑥まぶしく感じやすい」は白内障でも発生しやすいことが判明している8).筆者らが調査した白内障手術前の患者のアイフレイル自己チェックでは「⑥まぶしく感じやすい」がもっとも多く,79.2%(38例/48例)だった8).今回は,白内障を有していても矯正視力がC0.7以下の症例は除外したため,白内障の重症例は対象に含まれていない.しかし,白内障が軽度であっても羞明を感じる人もいるため,以下に白内障の有無による羞明の影響を検討した.今回の対象で片眼でも白内障を有していた症例は,上方群C50.0%(54例/108例),上下群C54.5%(18例/33例)だった.上方群と上下群の症例割合は同等だった(p=0.694).白内障を有していた症例のうち⑥まぶしく感じやすいをチェックした症例は上方群51.9%(28例/54例),上下群C72.2%(13例/18例)で,上方群と上下群の症例割合は同等だった(p=0.173).一方,白内障を有していない症例(水晶体が鮮明あるいは偽水晶体眼)のうち⑥まぶしく感じやすいをチェックした症例は上方群C57.4%(31例/54例),上下群C69.2%(9例/13例)で,上方群と上下群の症例割合は同等だった(p=0.538).そのため「⑥まぶしく感じやすい」は,今回の症例では白内障の有無による上方群と上下群の差に影響は及ぼさなかったと考えた.今回は「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみが上下群と上方群でチェックした患者数に差があり,前者が後者に比べて有意にチェックした症例が多かった.この⑨の項目を放置すると転倒につながると考える.Blackらは緑内障患者における転倒の危険因子の解析を行い,下方の視野障害が重篤化するほど転倒リスクが上昇したと報告した10).Yukiらは下方周辺視野障害を有する女性緑内障患者は転倒に伴い怪我をしやすい可能性があると報告した11).また,転倒に至らなくても,転倒恐怖感が出現すると考える.Adachiらは転倒恐怖感発症のリスク要因を検討したところ,下方周辺視野障害を有する緑内障患者のリスクが高かったと報告した12).今回の結果とこれらの報告10.12)から,緑内障患者では,下方視野が段差や階段歩行には重要で,下方視野障害を有する緑内障患者ではとくに転倒に注意が必要である.今回の研究の問題点として,上下群では視力障害を有さず上下に視野障害を有する症例を対象としたため症例数が少なく,上下群と上方群の対象者数が異なった.また,上下群と上方群だけでなく下方群も対象としたほうがより詳細が判明した可能性があるが,今回は実現できなかった.さらにチェック項目の「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」のみで上下群と上方群の間にチェックした患者の割合に有意差があった.段差や階段の歩行には視野だけではなく,筋力や認知能力なども関与していると考えられるが,それらの影響を考慮することはできなかった.おわりに今回は,両眼の上方あるいは上下に視野障害を有する原発開放隅角緑内障症例でアイフレイル自己チェックを施行した.平均チェック数とチェック数C2個以上の症例の割合に差はなかった.しかし,緑内障では初期から,また視野障害が上方のみにあるうちからアイフレイル状況に陥ることがわかった.また,チェック項目の「⑨段差や階段で危ないと感じたことがある」が上下群で上方群よりも有意に多く,下方視野が段差や階段歩行に重要であると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)辻川明孝:「アイフレイル」対策における眼科医の役割C.日本の眼科92:957-958,C20212)アイフレイル日本眼科啓発会議:アイフレイル啓発公式サイトChttps://www.eye-frail.jp/3)宮本大輝,市村美香,落合峻ほか:広義原発開放隅角緑内障患者に対するアイフレイルチェックリストの有用性の検討.眼科65:571-578,C20234)ItokazuCM,CIshizukaCM,CUchikawaCYCetal:RelationshipCbetweenCeyeCfrailtyCandCphysical,Csocial,CandCpsychologi-cal/cognitiveCweaknessesCamongCcommunity-dwellingColderadultsinJapan.IntJEnvironResPublicHealth19:C13011,C20225)井上賢治,天野史郎,徳田芳浩ほか:初診患者のアイフレイル調査.臨眼77:662-668,C20236)藤嶋さくら,井上賢治,天野史郎ほか:高齢患者のアイフレイル調査.臨眼77:373-378,C20237)山田昌和,平塚義宗,鹿野由利子ほか:Web調査によるアイフレイルチェックリストの検証.日眼会誌C128:466-472,C20248)井上賢治,砂川広海,徳田芳浩ほか:白内障手術によるセルフチェックリストの改善効果.臨眼78:380-385,C20249)AndersonCDR,CPatellaVM:ComparisonCofCtheCnormal,CpreperimetricCglaucoma,CandCglaucomatousCeyesCwithCupper-hemi.elddefectsusingSD-OCT.AutomatedStaticPerimetry2ndedtion,p121-190,Mosby,St.Louis,199910)BlackAA,WoodJM,Lovie-KichinJEetal:Inferior.eldlossCincreasesCrateCofCfallsCinColderCadultsCwithCglaucoma.COptomVisSciC88:1275-1282,C201111)YukiCK,CAsaokaCR,CTubotaCKCetal:InvestigatingCtheCin.uenceCofCvisualCfunctionCandCsystemicCriskCfactorsConCfallsCandCinjuriousCfallsCinCglaucomaCusingCtheCstructuralCequationmodeling.PLosOneC10:e0129316,C201512)AdachiS,YukiK,Awano-TanabeSetal:Factorsassoci-atedwithdevelopingafearoffallinginsubjectswithpri-maryCopen-angleCglaucoma.CBMCCOphthalmolC18:39,C2018C***