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春季カタルの増悪と黄砂の観測時期との関連

2008年9月30日 火曜日

———————————————————————-Page1(93)12810910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(9):12811284,2008cはじめに春季カタル(vernalkeratoconjunctivitis:VKC)は若年者に発症する重症アレルギー性疾患で,春から夏にかけて増悪することが多い疾患である.眼瞼結膜の巨大乳頭増殖や角膜輪部増殖,また特に重症例では角膜病変を生じ,若年者で角膜病変合併症例では弱視の発症が危惧されるため,速やかな治療およびその原因抗原からの隔離が必要となる.その原因抗原については,単独ではハウスダストやダニが知られている1)が,多種類の抗原に反応することも少なくなく,その詳細については不明である.黄砂は,低気圧などの発生により中国大陸内陸部のタクラマカン砂漠や黄土地帯,モンゴルのゴビ砂漠など乾燥・半乾燥地域で数千メートルの上空にまで巻き上げられた土壌あるいは鉱物粒子が,偏西風によって運ばれながら沈降する現象で,日本では,「主として,大陸の黄土地帯で吹き上げられた多量の砂の粒子が空中に飛揚し天空一面を覆い,徐々に降下する現象」と定義されている.わが国では,各地の気象台および観測所にて目視により判断され,視程が10km未満となる現象を観測した場合に黄砂現象として記録され,気象庁より,各観測地点での観測記録が発表されている.黄砂は〔別刷請求先〕小沢昌彦:〒814-0180福岡市城南区七隈7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MasahikoKozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine,7-45-1Nanakuma,Jounan-ku,Fukuoka814-0180,JAPAN春季カタルの増悪と黄砂の観測時期との関連小沢昌彦市頭教克内尾英一福岡大学医学部眼科学教室RelationbetweenVernalKeratoconjunctivitisExacerbationandPeriodofDustandSandstormsMasahikoKozawa,NoriyoshiIchigashiraandEiichiUchioDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine目的:春季カタル(VKC)の増悪と黄砂との関連についての報告.対象および方法:対象は2006年1月2007年9月に福岡大学病院を受診したVKC症例20例(平均年齢12.2±6.0歳,男性18名,女性2名)である.福岡地区の2006年と2007年の黄砂観測期間(気象庁発表)と診療録に基づいたVKCの増悪日を比較し検討した.複数回増悪例は,それぞれにつき検討した.結果:黄砂観測期間は2006年が3月11日4月30日,2007年が2月23日5月30日と2007年が長く,VKC増悪症例は2006年が7例,2007年は17例と2007年が多かった.そのうち黄砂観測期間に増悪した症例は,2006年が3例,2007年が6例で,両年とも約40%の症例が黄砂観測時期に増悪していた.またその全症例が,黄砂の観測日か,その後2日以内に増悪していた.結語:VKC増悪のトリガーの一つとして,黄砂との関連が示唆された.Toassesstherelationbetweenvernalkeratoconjunctivitis(VKC)exacerbationandperiodofdustandsand-storms(kosa),weconductedaretrospectivestudyof20patientswithVKCwhoconsultedusbetweenJanuary,2006andSeptember,2007.WecomparedthekosaperiodintheFukuokadistrictandthetimeofVKCexacerba-tion.Themultipleexacerbationcaseswereexaminedoneachsuchoccasion.KosawasobservedbetweenMarch11andApril30in2006,andbetweenFebruary23andMay30in2007,theperiodbeinglongerin2007.VKCexacerbationcasesnumbered7in2006and17in2007.Ofthem,about40%wereexacerbatedduringthekosaperiod.Furthermore,allthesecaseswereexacerbatedonakosaobservationdayorforaslongastwodaysthere-after.TheseresultsindicatethatkosamaybeatriggerofVKCexacerbation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(9):12811284,2008〕Keywords:春季カタル,アレルゲン,黄砂.vernalkeratoconjunctivitis,allergen,dustandsandstorms(kosa).———————————————————————-Page21282あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(94)年間を通して日本列島に降下しているが,なかでも春から夏にかけて多く飛来し,例年,特に2月から増加し始め,4月にピークを迎える.一方,その飛来するダスト中には,鉱物や真菌・細菌由来の成分,あるいは大気汚染物質との反応生成物などが含まれているため,種々のアレルギー疾患の原因抗原の一つである可能性が示唆されている.今回筆者らは,春季カタルの原因抗原の一つとして,黄砂との関連を評価することを目的とし検討を行った.I対象および方法2006年1月から2007年9月の間に福岡大学病院を受診したVKCの症例中,診療録にて詳細を確認しえた20例(平均年齢12.2±6.0歳,男性18名,女性2名)を対象とし,レトロスペクティブに検討した.方法は,まず気象庁が発表している2006年および2007年の黄砂観測日と観測地点のデータをもとに,福岡地区の黄砂の観測期間(観測期間)およ表1アレルギー性結膜疾患診療ガイドラインにおける臨床評価基準眼瞼結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()個々の血管の識別不能多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()びまん性の混濁を伴う腫脹びまん性の薄い腫脹わずかな腫脹所見なし濾胞高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()20個以上1019個19個所見なし乳頭*高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()直径0.6mm以上直径0.30.5mm直径0.10.2mm所見なし巨大乳頭高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()上眼瞼結膜の1/2以上の範囲で乳頭が隆起上眼瞼結膜の1/2未満の範囲で乳頭が隆起乳頭は平坦化所見なし眼球結膜充血高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()全体の血管拡張多数の血管拡張数本の血管拡張所見なし浮腫高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()胞状腫脹びまん性の薄い腫脹部分的腫脹所見なし輪部トランタス斑高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()9個以上58個14個所見なし腫脹高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()範囲が2/3周以上範囲が1/3周以上2/3周未満1/3周未満所見なし角膜上皮障害高度(+++)中等度(++)軽度(+)なし()シールド(盾型)潰瘍または上皮びらん落屑様点状表層角膜炎点状表層角膜炎所見なし*:直径1mm以上の乳頭は巨大乳頭も併せて評価する.(文献2より)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.9,20081283(95)び実際に観測された日(観測日)を検索し,つぎに対象となった各症例のVKCの増悪した日(増悪日)と比較検討した.VKC増悪の評価方法は,アレルギー性結膜疾患診療ガイドラインにおける臨床評価基準2)の10項目(表1)を用い,高度を3点,中等度を2点,軽度を1点,認められないものを0点としてスコア化し,その合計値を臨床スコアとして算出した.その臨床スコアが経過中5点以上増加した場合,増悪と定義した.なお,複数回増悪を生じていた症例では,それぞれの増悪日について検討した.II結果観測期間は,2006年が3月11日から4月30日(51日)であった.2007年は2月23日から5月30日(97日)で,2006年に比べ2007年のほうが長かった.また観測日も,2006年が12日,2007年が15日で,2007年が多かった.一方,VKCの増悪した症例数であるが,2006年は1年間で延べ7例であった.そのうち観測期間に増悪した症例は3例(42.8%)であった.2007年に増悪した症例数は17例で,そのうち観測期間に増悪した症例は6例(35.3%)であり,VKCの増悪症例数および観測期間に増悪した症例数ともに2007年のほうが多かった.つぎに福岡地区の黄砂の飛散状態について,各々の年で詳細にみてみると,2006年の観測日は疎らであり(図1),2007年は2006年と比べ黄砂の観測日が短期間に集中していた(図2).また2006年の黄砂観察期間は,前述のとおり51日間で,そのうち実際の黄砂観測日は12日(黄砂観察期間の23.5%)であったが,黄砂観察期間中VKCの増悪を認めた3例すべて(100%)が観測日に一致して増悪していた(図1).一方,2007年の黄砂観察期間は97日間であったが,うち実際の観測日は15日(黄砂観察期間の15.4%)であり,黄砂観察期間中VKCの増悪を認めた6例中4例が観測日に一致して増悪していた(図2).両年を通じると,黄砂観測期間中にVKCの増悪した症例9例中7例(78%)が黄砂観測日に一致しており,残り2例も黄砂観測日の2日以内に一致して増悪していた.III考按近年黄砂による健康被害が懸念されており,気管支喘息などの呼吸器疾患やアレルギー性鼻炎など,アレルギー疾患との関連を示唆する報告が散見される35).そのダスト中には,石英・長石などの鉱物に由来するSiO2(シリカ)や真菌・細菌に由来するb-グルカン・リポポリサッカライド,あるいは大気汚染物質との反応生成物に由来する硝酸イオン・硫酸イオンなどが含まれており,これらが種々のアレルギー疾患の原因抗原となっている可能性が指摘されている.黄砂の飛散状況を2006年と2007年で比較してみると,全国的な黄砂観測地点数では,2006年は487カ所,2007年は544カ所と,2007年に広範囲で黄砂が観測されていた.このことから,黄砂の飛散量および範囲とも2006年に比べ2007年が多かったことが推測された.それと一致するように,今回の結果では,VKC増悪の症例数はまだ9月までの統計にかかわらず,2007年のほうが2倍以上も多く,また約40%の症例が観測期間に増悪し,さらにその詳細をみると,増悪日が観測日とほぼ一致していた.これらのことから,黄砂はVKC増悪のトリガーの一つとして,何らかの形で関与しているのではないかと推測された.また2006年に比べ観測日が密集していたことも,2007年に増悪症例が多かった一因ではないかと思われた.ただし,黄砂飛散との関連がないと考えられる症例も約60%あることから,VKCの発症増悪の要因は他の因子があることも事実である.今回の図12006年における黄砂観測日およびVKC増悪日黄砂観察期間に増悪したVKC全例が,黄砂観測日に増悪していた.2006/3/42006/3/142006/3/242006/4/32006/4/132006/4/232006/5/30123():黄砂観測日:VKC増悪日図22007年における黄砂観測日およびVKC増悪日2006年と比べ,黄砂観測日が短期間に集中していた.また黄砂観察期間に増悪したVKC全例が,黄砂観測日かその後2日以内に増悪していた.2007/2/72007/2/272007/3/192007/4/82007/4/282007/5/182007/6/70123():黄砂観測日:VKC増悪日———————————————————————-Page41284あたらしい眼科Vol.25,No.9,2008(96)黄砂観測期間以外に増悪した症例については,黄砂観測日に増悪した症例と比較して,臨床像や既往歴に特に差異はみられなかった.過去の報告によると,VKCを増悪させる因子としては受動喫煙や血清総IgG(免疫グロブリンG)値,発症年齢,気管支喘息の合併などの関与があるとされている6).今回の結果からのみでは黄砂観測期間日に一致してVKCが増悪した症例において,黄砂が直接的な誘因であると断定することは困難であり,黄砂がVKCの原因抗原の一つである可能性は類推の域を出ていない.よって今後はVKCの発症・増悪の頻度を,福岡地区のみならず全国的に経年的調査を行い,また過去の全国的な黄砂の飛散時期およびパターンと比較検討することによって,より詳細な評価を行うことが期待される.また今回は気象庁の発表に基づき,黄砂が目視的に観測されたいわゆる黄砂観測日で評価を行ったが,実際は黄砂観察日以外でも黄砂観測期間中に飛散している可能性があり,今後は目視的に観測のみならず各観測地点における実際の飛散量を定量的に解析し,またそのダスト中に含まれる詳細な成分分析や,それらが実際に生体に起こしうる反応について,さらに検討を行うことが必要であると思われた.本論文の要旨は第31回角膜カンファランスにて発表した.文献1)熊谷直樹:アレルギー性結膜疾患の季節変動.臨眼55:1513-1518,20012)大野重昭,内尾英一,石崎道治ほか:アレルギー性結膜疾患の新しい臨床評価基準と重症度分類.医薬ジャーナル37:1341-1349,20013)藤井つかさ,荻野敏:アレルギー性鼻炎の増悪因子.アレルギーの臨床27:594-598,20074)日吉孝子,市瀬孝道,吉田成一ほか:モルモットスギ花粉症モデルに対する黄砂の影響(会議録).アレルギー55:1217,20065)柳澤利枝,市瀬孝道,定金香里ほか:黄砂はアレルギー性気道炎症を増悪する(会議録).日本衛生学雑誌62:430,20076)内尾英一,伊藤由起,佐藤貴之ほか:春季カタルの重症化に関与するアレルギー学的要因の多変量解析.臨眼59187-192,2005***