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ヘルペス性角膜炎における栄養障害性潰瘍の臨床像

2024年1月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科41(1):89.93,2024cヘルペス性角膜炎における栄養障害性潰瘍の臨床像石本敦子*1佐々木香る*1安達彩*1嶋千絵子*1西田舞*2髙橋寛二*1*1関西医科大学眼科学講座*2北野病院眼科CClinicalFeaturesofNeurotrophicUlcersinHerpesKeratitisAtsukoIshimoto1),KaoruSasaki1),AyaAdachi1),ChiekoShima1),MaiNishida-Hamada2)andKanjiTakahashi1)1)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2)MedicalResearchInstituteKitanoHospitalC目的:ヘルペス性角膜炎に生じた栄養障害性潰瘍は,しばしば原疾患の再燃や真菌性角膜炎との判断が困難である.早期発見のため臨床像を明らかにする.方法:2012年C2月.2020年C10月に関西医科大学附属病院眼科,永田眼科で加療したC9例C9眼を後ろ向きに調べた.結果:原疾患が単純ヘルペス角膜炎のC8眼は複数回の上皮型・実質型の再発既往があり,帯状疱疹角膜炎のC1眼は遷延例であった.いずれも抗ウイルス剤軟膏を断続的に使用していた.膿性眼脂は認めず,3眼では樹枝状類似のフルオレセイン所見を,6眼では地図状類似の不整形上皮欠損を認めた.全例で病変部辺縁は直線状に隆起した白濁を呈し,潰瘍底はカルシウム沈着あるいは実質融解を認めた.潰瘍底.爬,抗ウイルス薬軟膏の減量,ステロイドによる消炎にて治癒した.結論:ヘルペス性角膜炎経過途中の栄養障害性潰瘍の早期発見には,膿性眼脂の有無,病変部辺縁の形状や潰瘍底の性状を確認することが必要である.CPurpose:NeurotrophicCulcersCarisingCinCherpeticCkeratitisCareCoftenCdi.cultCtoCdetermineCasCrelapseCofCtheCunderlyingdiseaseorfungalkeratitis.ThepurposeofthisstudywastoclarifytheclinicalfeaturesofneurotrophiculcersCforCearlyCdetection.CPatientsandMethods:InCthisCretrospectiveCstudy,C9CeyesCofC9CpatientsCtreatedCatCtheCDepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversityandNagataEyeClinicfromFebruary2012toOctober2020wereexamined.Results:Ofthe9eyes,8wereherpessimplexkeratitisastheprimarydiseasewithahisto-ryofmultipleepithelialandparenchymalrecurrences,and1wasaprolongedcaseofherpeszosterkeratitis.Anti-viralCointmentsChadCbeenCintermittentlyCadministeredCinCallCeyes.CThereCwasCnoCoccurrenceCofCpurulentCdischarge,Cyet3eyeshaddendritic-like.uorescein.ndingsand6eyeshadgeographicirregularepithelialdefects.Inallcas-es,themarginsofthelesionswerecloudywhiteandlinearlyraised.Theulcerbasesshowedcalciumdepositionorparenchymalmelting.Healingwasachievedbycurettageofthebottomoftheulcer,reductionofthedoseofantivi-ralCointment,CandCadministrationCofCanti-in.ammationCsteroids.CConclusion:ForCearlyCdetectionCofCneurotrophicCulcersCduringCtheCcourseCofCherpeticCkeratitis,CitCisCnecessaryCtoCcon.rmCnoCpresenceCofCpurulentCdischarge,CtheCshapeofthemarginsofthelesion,andthenatureoftheulcerbase.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(1):89.93,2024〕Keywords:角膜ヘルペス,栄養障害性潰瘍,遷延性角膜上皮欠損,薬剤毒性,カルシウム沈着.herpeticsCkerati-tis,neurotrophiculcers,persistedcornealepithelialdefects,drugtoxicity,calciumdeposition.Cはじめに単純ヘルペスによる角膜ヘルペスは上皮型(樹枝状,地図状),実質型(円板状,壊死性),内皮型,そしてぶどう膜炎型に分類される1).また,水痘帯状疱疹ウイルスによる眼部帯状疱疹も角膜には偽樹枝状病変から多発性角膜上皮下浸潤をきたす.これらは再発の都度,三叉神経麻痺を生じ,しだいに不可逆性の知覚低下を招く.この三叉神経麻痺は,角膜上皮細胞の増殖能低下,接着能低下をきたすことが知られており,容易に不整形の上皮欠損を生じる2.7).上皮型の病変に上皮接着不全が生じた場合は遷延性上皮欠損となり,実質型に生じた場合は栄養障害性潰瘍として,とくに壊死性角膜炎によく併発する.遷延性上皮欠損ではCBowman層が保たれ,角膜実質の融解,菲薄化を伴わないが,栄養障害性潰瘍では角膜実質の融解,菲薄化,さらに長期の炎症によりカル〔別刷請求先〕石本敦子:〒573-1010大阪府枚方市新町C2-5-1関西医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsukoIshimoto,DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,2-3-1Shinmachi,Hirakata573-1191,JAPANC図1代表症例1の前眼部所見a:ターミナルバルブをもつ典型的な樹枝状病変を認める.周囲には過去の上皮型を示す混濁を認める.Cb:当院初診時には直線的な白濁()した縁どりをもつ角膜潰瘍を認めた.白濁部はやや隆起しており,その内部の潰瘍底は軟化していた.Cc:栄養障害性潰瘍として加療開始C1カ月後.瘢痕を残して上皮は修復を完了した.シウム沈着を伴い,難治となる.ヘルペスによる栄養障害性潰瘍が多発したC1990年代に,森・下村らはその臨床的特徴として,潰瘍になる直前の病型は実質型(円板状C65%,壊死性C35%)が過半数(56%)を占め,また栄養障害性潰瘍診断時に,IDU頻回点眼がなされていた(47%)ことを報告した8).また,ヘルペスによる栄養障害性潰瘍の形成要因として,基盤である角膜実質の炎症による角膜上皮接着性の低下,およびCIDUの細胞毒性による上皮の修復障害,不適正なプライマリーケア(上皮型あるいは実質型ヘルペスに対する不適切なステロイドあるいは抗ウイルス剤の投与)を提示した8).抗ウイルス薬がCIDU点眼からアシクロビル眼軟膏へと変遷し,細胞毒性は少なくなったとはいえ上皮細胞への障害は弱くはなく,角膜ヘルペスの上皮型や実質型が何度も繰り返され上皮細胞の脆弱化が生じた場合,やはり栄養障害性潰瘍を発症し,ステロイドの投与の可否含めて治療に難渋することが多い.ヘルペスによる栄養障害性潰瘍は,ヘルペスウイルスそのものの増殖による悪化との鑑別が困難で,抗ウイルス薬が増量され,その薬剤毒性によりさらに難治化させることが多い.今回,栄養障害性潰瘍の早期発見のため,その臨床的特徴を明らかにした.CI方法本研究は関西医科大学医学倫理審査委員会の承認のもと(承認番号2021254),ヘルシンキ宣言に基づき,診療録を参照し後ろ向きに検討した.2012年C2月.2020年C10月に関西医科大学附属病院(以下,当院)眼科,永田眼科に紹介されたヘルペスによる栄養障害性潰瘍症例を対象とした.症例は9例9眼(男性6例,女性3例),年齢は79C±12歳(50.92歳)であった.患者背景,前眼部の臨床所見,治療経過を検討した.II結果[代表症例1]患者:74歳,女性.既往歴:糖尿病性網膜症により硝子体茎切除術を施行されていた.現病歴:10年程前から数回,左眼角膜ヘルペスの上皮型・実質型の再発を繰り返し,その都度,近医にてアシクロビル(ACV)眼軟膏やステロイド点眼で加療されていた.今回,1カ月前に上皮型を再発し,ACV眼軟膏をC1日C5回使用するも,次第に悪化したため,ACV耐性株を疑われ,1カ月後に当院紹介となった.1カ月前の前医での前眼部写真を図1aに示す.初診時所見:当院初診時,左眼視力(0.2C×sph.5.0D(cylC.4.0DAx10°),左眼眼圧12mmHg(緑内障点眼下),地図状類似の角膜潰瘍がみられ,潰瘍周囲が白濁化,一部直線化していた(図1b).潰瘍底では融解傾向で軟化した実質に一部カルシウム沈着があり,周囲には過去の上皮型病変による混濁がみられた.経過:栄養障害性潰瘍と判断し,紹介時に投薬されていたACV眼軟膏C5回,デキサメタゾン点眼C3回,緑内障点眼をすべて中止し,バラシクロビル(VACV)内服,プレドニゾロンC10Cmg内服,抗菌薬眼軟膏を処方した.潰瘍の縮小がみられたため,抗ウイルス薬やステロイドを内服からCACV眼軟膏C1回,0.1%フルオロメトロン点眼C2回,抗菌薬眼軟膏へ変更した.当院での治療開始C2週間後,潰瘍は縮小したものの上皮.離の遷延化がみられたため,治療用コンタクトレンズを装用のうえ,ACV眼軟膏C1回,0.1%フルオロメトロン点眼C2回に,抗菌薬点眼C4回,ヒアルロン酸CNa点眼C4回を追加した.当院初診約C1カ月で,すみやかに角膜潰瘍は治癒し,消炎を得た(図1c).図2代表症例2の前医での前眼部所見ab,cd,efのC3時点で,いずれも偽樹枝状様の所見を呈するフルオレセイン陽性の上皮欠損を認め,寛解増悪を繰り返していた.図3代表症例2の前眼部所見a:当院初診時には直線的な白濁したやや幅広い縁取りをもつ角膜潰瘍を認めた().潰瘍底は触診にてカルシウム沈着を認め,非沈着部位は実質底が軟化していた.Cb:フルオレセイン染色では,カルシウム非沈着部位が陽性を示し,あたかも樹枝状様の所見を呈した.しかし,ターミナルバルブは認めない.Cc:栄養障害性潰瘍として加療し開始C1カ月後.カルシウムは用手的に除去した.瘢痕を残して上皮は修復を完了した.[代表症例2]患者:92歳,男性.現病歴:1年前に眼部帯状疱疹を罹患し,右眼角膜炎,虹彩炎が遷延化した.ACV眼軟膏,ステロイド点眼で加療するも,樹枝状様の上皮病変が形を変えて何度も再燃し,難治性ヘルペス性角膜炎として紹介された.前医での前眼部写真を示す(図2a~f).初診時所見:当院初診時,左眼視力C0.02(n.c.),左眼眼圧12CmmHg,不整形の潰瘍が認められ,潰瘍辺縁が白濁化,一部直線化していた(図3a).潰瘍底は鑷子による触診にて,軟化した実質とカルシウム沈着が混在していた.フルオレセイン染色では,樹枝状のように見える上皮欠損が観察された(図3b).経過:栄養障害性潰瘍を疑い,紹介時に投与されていたACV眼軟膏およびステロイド点眼を中止し,VACV内服,抗菌薬軟膏のみを処方した.しかし,厚いカルシウム沈着が途絶している部分が深掘れの潰瘍となり,上皮修復が困難であった.潰瘍底に沈着したカルシウムと実質軟化が上皮の創傷治癒を妨げていると判断し,27CG針で物理的にカルシウム沈着を.離除去し,実質底が平坦となるように軟化した実質を切除した.同時に治療用コンタクトレンズ装用のうえ,0.1%フルオロメトロン点眼C2回,ACV眼軟膏C1回,抗菌薬点眼C4回,ヒアルロン酸CNa点眼C4回を処方し,約C1カ月後に,上皮修復を得た(図3c).表1全症例のまとめ症年齢虹彩毛原因紹介時緑内障角膜所見辺縁治療例性別前医からの紹介内容様体炎の既往ウイルスACV使用点眼上皮欠損の形状直線化白濁化血管侵入Ca沈着SCL使用C174歳,女性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇〇地図状類似〇〇C×〇〇C286歳,男性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇C×地図状類似〇〇〇〇C×385歳,男性遷延性角膜上皮欠損〇CHSVC×〇地図状類似C×〇C××〇C483歳,女性遷延性角膜上皮欠損〇CHSV〇〇地図状類似〇〇C××〇C578歳,女性難治性ヘルペス角膜炎〇CHSV〇C×樹枝状類似〇〇C×〇C×670歳,男性角膜潰瘍(ヘルペス角膜炎既往)〇CHSVC××地図状類似〇〇〇C×〇C792歳,男性難治性ヘルペス角膜炎〇CVZV〇〇樹枝状類似〇〇C×〇〇C883歳,男性遷延性角膜上皮欠損〇HSV疑〇〇樹枝状類似〇〇C×〇〇C950歳,男性角膜潰瘍(ヘルペス角膜炎既往)不明CHSVC××地図状類似〇〇C××〇代表症例C1は症例番号1,代表症例C2は症例番号C7を示す.[全症例まとめ]症例C1,2を含むC9症例の一覧表(表1)を示す.全例,複数回のヘルペス再発の既往を持ち,難治性ヘルペス性角膜炎,遷延性角膜上皮欠損や角膜潰瘍として紹介された.ウイルスの活動性上昇や耐性化の懸念から,紹介時にCACV眼軟膏をC3回以上投与されていたものはC9例中C6例と多く,虹彩毛様体炎の併発の既往があり,緑内障点眼をしていたものも約半数にみられた.すべて今までに単純ヘルペスウイルス(HSV)に典型的な上皮型や実質型を繰り返していた既往があり,ウイルスCPCR検査は施行していないが,臨床所見および経過からCHSVによる病態と判断した.なお,症例C7は眼部帯状疱疹の発症に続いて出現した遷延性上皮欠損であり,原因ウイルスをCVZVとした.角膜知覚低下は全例にみられた.角膜所見は,いずれもフルオレセイン染色で,樹枝状病変あるいは地図状病変に類似の所見を示した.全例,潰瘍縁の白濁化がみられ,潰瘍縁は一部直線化していた.角膜実質は浮腫のため膨化して融解傾向であり,約半数に潰瘍底にカルシウム沈着を認めた.このカルシウム沈着の範囲は,鑷子で触診することで確認が容易であった.また,カルシウム沈着部位と非沈着部位が混在することで,樹枝状あるいは地図状類似のフルオレセイン染色所見を呈していた.治療は,紹介時CACV軟膏を使用していた症例は全例中止し,バルトレックスC1日C2錠(分2)内服に変更,抗菌薬眼軟膏使用でガーゼ閉瞼を行った.虹彩炎の活動性があるものや血管侵入を伴う壊死型などはプレドニゾロンC1日C10Cmg内服あるいはフルオロメトロン点眼C2回を併用した.紹介時に細菌感染の併発が疑われたもの(9例中C2例)は,抗菌薬点眼を追加した.緑内障点眼を使用しているものは一度中止し,眼圧が高い場合は炭酸脱水酵素阻害薬の内服に切りかえた.抗ウイルス薬や緑内障点眼の中止と抗菌薬眼軟膏による保湿を2週間行っても上皮欠損が治癒しない症例は,DSCLを装用させた.既往に虹彩毛様体炎を複数回再発があり,リン酸ベタメタゾン点眼を繰り返し使用されているものはカルシウム沈着が強く,上皮欠損修復には物理的カルシウム除去が必要であった.栄養障害性潰瘍の診断後,治癒までの期間は平均約C1カ月であった.CIII考按栄養障害性潰瘍の形成要因には,角膜知覚障害,涙液減少,Bowman膜損傷,実質障害,抗ウイルス薬の毒性があるとされている2,8).今回の症例でも,上皮型・実質型の角膜ヘルペスの再発繰り返しによる角膜知覚低下やCBowman膜,実質の損傷が潜在していたと考えられる.角膜ヘルペスの患者では角膜知覚の低下は角膜神経の密度と数に強く相関し,病気の重症度に相関して患眼の神経密度が低下する3,4).発症からC3年程度経過すると,神経再生を認め,神経密度の回復の傾向がみられるが,健常者に比べ優位に低く,角膜知覚の低下は改善しない9).基底細胞下神経叢の神経の形態と密度の低下は角膜ヘルペスの発症回数が多いほど,著明であり4,10),とくに壊死性角膜炎で強かった.以上より,角膜ヘルペスの再発の繰り返しが,より強い非可逆的な三叉神経麻痺を生じ,角膜上皮細胞の増殖能低下をきたし,栄養障害性潰瘍を引き起こしやすくなると思われる.加えて今回の症例で栄養障害性潰瘍へと悪化する原因として,虹彩毛様体炎や続発緑内障に対し投与された緑内障点眼やリン酸ベタメタゾン点眼による薬剤毒性やカルシウムが沈着が影響したと考えられる.森ら8)は,実質型の複数回既往が栄養障害性潰瘍の危険因子であると述べており,今回の検討でも,同様の傾向が確認された.ウイルスそのものの増殖による所見とウイルスに対する免疫反応による所見が混在するヘルペス性角膜炎の治療では,ACV眼軟膏とステロイド投与の適正なバランスを保つことが困難である場合が多いと考えられる.たとえば,今回の症例の既往歴でも上皮型と実質型を併発した角膜ヘルペスにおいて,ACV眼軟膏投与と同時にステロイドを急に中止し実質炎を誘発したり,上皮型が治癒した時点でステロイドを続行したままCACV眼軟膏を中止することで上皮型の再発を招くという現状が確認された.このような経過中,栄養障害性潰瘍を発症しているにもかかわらず,不整形の上皮欠損をウイルスの再燃と判断してCACV眼軟膏が増量もしくは漫然と継続されることで,さらに難治化させる例が多いことが明らかとなった.栄養障害性潰瘍の臨床所見として,実質炎再発や薬剤毒性により実質が融解し,上皮細胞の増殖や伸展が妨げられるため,潰瘍辺縁部で上皮細胞が滞るため盛り上がり,膨隆や白濁化があげられる.今回の症例では,潰瘍縁が一部直線化しているものが多かった.通常,微生物感染などによる上皮欠損は不整形を示すが,栄養障害性潰瘍の場合は,伸展が滞った上皮細胞が潰瘍辺縁で直線の形状を形成すると考えられる.また長期の炎症に加え,ACV眼軟膏やベタメタゾン点眼などにより潰瘍底にカルシウム沈着が生じ,さらに上皮欠損が難治化する傾向にあった.栄養障害性潰瘍の発症機序から,治療のポイントは①上皮の増殖・伸展を促すこと,②潰瘍底を平坦化し,健常な状態に近づけること,③適度な保湿と消炎,④眼瞼による摩擦軽減であると思われる.具体的には,角膜上皮の増殖能を低下させるCACV眼軟膏を中止し内服に変更することや,防腐剤フリーの点眼薬の選択,保湿のための生理食塩水点眼などがある.カルシウムを物理的に除去し,軟化した潰瘍底を切除することも必要であり,さらに安静のために抗菌薬眼軟膏と圧迫眼帯を行い,場合によって治療用コンタクトレンズ使用も検討する.消炎が必要なためステロイドを使用するが,既往歴における上皮型の再発頻度によって,再発がない場合は点眼を,多い場合には内服を選択した.ただしステロイド使用中は必ず,抗ウイルス薬を局所少量あるいは内服のいずれかを投与し,再発防止を図った.症例の所見に応じて,抗ウイルス薬とステロイドのバランスを決定し,症例の既往歴に応じて投与方法を決定する必要があると考えられた.今回の症例から,大部分の栄養障害性潰瘍は保存的治療で治癒する可能性があると思われた.角膜移植はステロイド長期使用を余儀なくされるため,ヘルペス性角膜炎の再発を惹起しうる.栄養障害性潰瘍を早期に鑑別できれば,保存的に治癒させることは容易であると思われる.CIV結論ヘルペスによる角膜炎の治療経過において,栄養障害性潰瘍に気づかず,難治性角膜ヘルペスとしてCACV眼軟膏を続行すると,さらに難治化させる.栄養障害性潰瘍の臨床的特徴に早期に気づき,患者背景,投薬内容をもとに,治療方針の方向転換を行うことが大切であると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)大橋裕一:角膜ヘルペス─新しい病型分類の提案─.眼科C37:759-764,C19952)Ruiz-LozanoCRE,CHernandez-CamarenaCJC,CLoya-GarciaCDCetal:TheCmolecularCbasisCofCneurotrophicCkeratopa-thy:DiagnosticCandCtherapeuticCimplications.CaCreview.COculSurfC19:224-240,C20213)PatelCDV,CMcGheeCN:InCvivoCconfocalCmicroscopyCofChumanCcornealCnervesCinChealth,CinCocularCandCsystemicCdisease,CandCfollowingCcornealsurgery:aCreview.CBrJOphthalmolC93:853-860,C20094)NagasatoD,Araki-SasakiK,KojimaTetal:Morphologi-calCchangesCofCcornealCsubepithelialCnerveCplexusCinCdi.erentCtypesCofCherpeticCkeratitis.CJpnCJCOphthalmolC55:444-450,C20115)CruzatA,QaziY,HamraP:InvivoconfocalmicroscopyofCcornealCnervesCinChealthCandCdisease.COculCSurfC15:C15-47,C20176)EguchiCH,CHiuraCA,CNakagawaCHCetal:CornealCnerveC.berstructure,itsroleincornealfunction,anditschangesCincornealdiseases.BiomedResIntC2017:3242649,C20177)OkadaCY,CSumiokaCT,CIchikawaCKCetal:SensoryCnerveCsupportsepithelialstemcellfunctioninhealingofcornealepitheliuminmice:theroleoftrigeminalnervetransientreceptorCpotentialCvanilloidC4.CLabCInvestC99:210-230,C20198)森康子,下村嘉一,木下裕光ほか:ヘルペスのよる栄養障害性角膜潰瘍の形成要因.あたらしい眼科C7:119-122,C19909)FalconCMG,CJonesCBR,CWiliamsCHPCetal:ManegementCofCherpeticeyedisease.TransCOphthalmolSocUKC97:345-349,C197710)HamrahP,CruzatA,DastjerdiMHetal:Cornealsensa-tionCandCsubbasalCnerveCalterationsCinCpatientsCwithCher-pesCsimplexkeratitis:anCinCvivoCconfocalCmicroscopyCstudy.OphthalmologyC117:1930-1936,C201011)MoeinHR,KheirkhahA,MullerRTetal:CornealnerveregenerationCafterCherpesCsimplexkeratitis:AClongitudi-nalinvivoconfocalmicroscopystudy.OculSurfC16:218-225,C2018C***

ハイドロビュー邃「 眼内レンズにおける混濁形態とカルシウム沈着の組織学的検討

2008年4月30日 水曜日

———————————————————————-Page1(117)???0910-181008\100頁JCLS《第47回日本白内障学会原著》あたらしい眼科25(4):539~544,2008?はじめにハイドロビューTM眼内レンズ(ボシュロム・ジャパン,以下ハイドロビューレンズ)は小切開対応のフォールダブル眼内レンズであるが,1999年より挿入後数カ月から数年後で眼内レンズ表面に細かい顆粒状の混濁がみられるという報告が散見されるようになった1,2).わが国でも2003年よりハイドロビューレンズの混濁例が報告されている3~5).1992年11月から2001年10月までの間に出荷された旧シリコーン製ガスケット容器入り製品のうち,全世界では2007年3月末日までに5,136眼のカルシウム沈着の報告があり,うち4,291眼で摘出または摘出手術予定となっている.わが国でも2007年6月末日までに1,508眼のカルシウム沈着の報告〔別刷請求先〕石川明邦:〒790-8524松山市文京町1松山赤十字病院眼科Reprintrequests:????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????-?????????????????????????-???????????ハイドロビューTM眼内レンズにおける混濁形態とカルシウム沈着の組織学的検討石川明邦*1児玉俊夫*1首藤政親*2*1松山赤十字病院眼科*2愛媛大学総合科学研究支援センター重信ステーションHistologicalStudiesofOpaci?cationandCalci?edDepositiononHydroviewTMIntraocularLensesHarukuniIshikawa1),ToshioKodama1)andMasachikaShudo2)?)????????????????????????????????????????????????????????????)???????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????目的:混濁や偏位のために摘出したハイドロビューTM眼内レンズの混濁の形態を比較,検討する.対象および方法:挿入後55カ月から71カ月で摘出した混濁あるいは透明なハイドロビューTM眼内レンズに対して走査型および透過型電子顕微鏡による混濁部の観察とカルシウム染色による構成成分の同定を行った.結果:走査型電子顕微鏡で透明レンズ表面は平滑であったが,混濁レンズでは顆粒状の隆起が多数認められた.透過型電子顕微鏡では混濁レンズの表層は四酸化オスミウムに親和性があり脂質の沈着が示唆され,それに一致して針状の結晶が多数認められたが,透明レンズでも微細な顆粒がみられた.眼内レンズの混濁は脂肪酸カルシウムを含んだカルシウム塩の沈着と考えられた.結論:ハイドロビューTM眼内レンズの表層は脂質の沈着があり,カルシウム沈着による混濁形成に関与している可能性がある.WereportonhistochemicalandultrastructuralanalysesofHydroviewTMintraocularlensesexplantedfrompatientswhohadvisualdisturbancedueeithertopostoperativeopaci?cationorlensopticdislocation.Opaqueandclearlensesat55~71monthspost-surgerywereexaminedusingscanningandtransmissionelectronmicroscopy(SEMandTEM);calciumdepositionwasdemonstratedhistochemically.SEManalysisrevealedthatopaquelenseshadirregulargranularsurfaces,whilethesurfaceoftheclearlenswassmooth.InTEM,thesuper?cialpartofopaquelenshadana?nityforosmiumtetrahydroxide,suggestinglipiddeposition.Electron-densedeposits,includ-ingneedle-shapedcrystals,werefoundinthesuper?cialpartsofcloudylenses,andnumerousgranuleswereseenbeneaththesurfaceintheclearlens.Histochemicalstudiesdisclosedmultiplegranulesthatstainedpositivelyforcalciumsaltoffattyacids.Wespeculatethatthedistributionoflipidsinthesuper?cialpartoflensopticmaycon-tributethecrystallinedepositionofcalciumontheHydroviewTMintraocularlens.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(4):539~544,2008〕Keywords:ハイドロビューTM眼内レンズ,カルシウム沈着,脂質沈着,電子顕微鏡,組織化学.HydroviewTMin-traocularlens,calci?cationlipiddeposition,electronmicroscopy,histochemistry.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(118)病および高脂血症などの全身合併症は認めていない.〔症例2〕75歳,男性.現病歴:2001年11月20日,当科にて左眼の黄斑円孔に対して硝子体茎顕微鏡下離断術とハイドロビューレンズの挿入術を含んだ白内障手術が施行された.2005年5月頃より左眼霧視を自覚したために当科を受診した.初診時所見として左眼矯正視力は0.5で,ハイドロビューレンズの混濁のため眼底は透見できなかった.2006年10月12日にハイドロビューレンズを摘出した(図2a).1995年胃癌の手術が行われた以外,糖尿病や高脂血症などの全身合併症は認めていない.〔症例3〕77歳,男性.現病歴:2000年8月31日当科にて,左眼網膜?離術後の無水晶体眼に対してハイドロビューレンズの縫着手術が施行された.術後からハイドロビューレンズの下方偏位を認めていたが,次第に増強してきたために2006年7月13日肉眼で透明なハイドロビューレンズを摘出した(図2b).術前の矯正視力は0.6で眼底は透見良好であった.2006年から尿管結石で通院しているほかには糖尿病や高脂血症などの全身合併症は認めていない.摘出したハイドロビューレンズの微細構造は,以下の操作を行って電子顕微鏡で観察した.ハイドロビューレンズの表面構造はそれぞれ分割したものを3%グルタールアルデヒド/リン酸緩衝液で固定後,臨界点乾燥と白金蒸着を行って走査型電子顕微鏡で観察した.ハイドロビューレンズの内部構造は同様に3%グルタールアルデヒド固定後,2%四酸化オスミウム後固定,エポン包埋を行って60nmの超薄切切片を作製し,透過型電子顕微鏡で観察した.さらに組織化学的検討では,レンズの分割したものをホルマリン固定した後,リン酸緩衝液に置換して乾燥後,ブロックの上に接着剤で固があり,うち1,367眼で摘出または摘出術予定となっている(ボシュロム・ジャパンホームページ:旧包装ハイドロヴューIOLにおけるカルシウム沈着).眼内レンズの混濁の原因であるが,透過型電子顕微鏡では眼内レンズの表面直下に針状結晶を伴った塊状物質がみられ,元素分析によりこの物質はカルシウムとリンを主成分としたハイドロキシアパタイトと同定されている1,2,5).しかし,カルシウム結晶の詳細な生成のメカニズムはいまだ明らかではないが,ハイドロビューレンズの容器の保存液に漏出した低分子シリコーンがレンズの光学部表面に付着し,さらに前房水中の遊離脂肪酸が結合した結果,リン酸カルシウムを凝集して混濁を形成するという仮説が報告されている6,7).しかし,眼内レンズの表層に脂質の沈着を証明できた報告は現在のところ知られていない.今回,松山赤十字病院眼科(以下,当科)にて挿入したハイドロビューレンズが混濁あるいは透明ではあったが偏位を生じて視力低下をきたしたために摘出し,混濁レンズと透明レンズで混濁形態を電子顕微鏡で,脂質の局在は組織化学的に比較,検討したので報告する.I対象および方法〔症例1〕77歳,男性.現病歴:2001年11月8日,当科にて右眼の黄斑上膜に対して硝子体茎顕微鏡下離断術とハイドロビューレンズの挿入術を含んだ白内障手術が施行された.次第に視力が低下してきたため,他院を受診したところハイドロビューレンズが混濁していたために当科を紹介された.初診時に右眼矯正視力は0.6で,ハイドロビューレンズはびまん性に混濁していたため眼底は不明瞭にしか透見できなかった(図1).2006年6月29日にハイドロビューレンズの摘出術を行った.糖尿図1症例1の術前の細隙灯顕微鏡写真眼内レンズ表面が白く混濁している.図2症例2(a)および症例3(b)の摘出眼内レンズ症例2では光学部がびまん性に混濁しているが,症例3では肉眼的に透明である.———————————————————————-Page3———————————————————————-Page4———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(121)走査型電子顕微鏡の結果として混濁レンズの表層にはいずれも1~5?mの顆粒を認めたが,透明なレンズでも平滑な表層にわずかに顆粒形成がみられた.さらに透過型電子顕微鏡による観察では,肉眼的に透明なレンズであっても表面直下に微細な点状の沈着物を認めており,混濁として識別できないもののカルシウム結晶は生成されることが明らかとなった.このことより旧ガスケットで保存されたハイドロビューレンズでは,眼内に挿入して数年が経過するとカルシウム結晶が形成されることを意味する.ただし,症例1ではレンズ表面は顆粒も含め平滑であるのに対して,症例2ではレンズ表面全体が粗雑で微小な顆粒が無数に分布していた.レンズ表層の顆粒形成の程度により肉眼的所見であるYuらの混濁の程度分類9)が異なってくると考えられる.なお,本報告では3症例とも糖尿病あるいは高脂血症などの全身合併症はなく,なぜ混濁を生じた症例と透明であった症例が存在するのか,その原因は不明である.ただし,網膜?離手術の際に水晶体?も摘出した症例3ではレンズの混濁が生じなかったことより,カルシウム沈着には脂肪酸の前房水濃度が一定に保たれることが必要かもしれない.今回筆者らは混濁あるいは,透明ではあったが偏位のために視力低下をきたした症例よりハイドロビューレンズを摘出し,混濁レンズと透明レンズで混濁形態と脂質の局在について比較,検討した.混濁の原因は脂肪酸カルシウムを含めたカルシウム塩の沈着と考えられたが,透明レンズでも電子顕微鏡レベルで表面に微細な結晶を認めたことは,旧ガスケットに保存されていたハイドロビューレンズを眼内に挿入すると,程度の差はあるもののレンズ表面にカルシウムの結晶を生成しうる可能性が考えられた.文献1)FernandoGT,CrayfordBB:Visuallysigni?cantcalci?-cationofhydrogelintraocularlensesnecessitatingexplan-tation.???????????????????28:280-286,20002)YuAKF,ShekTWH:Hydroxyapatiteformationonimplantedhydrogelintraocularlenses.???????????????119:611-614,20013)小早川信一郎,大井真愛,丸山貴大ほか:白色混濁を呈したハイドロジェル眼内レンズ.眼科手術16:419-426,20034)永本敏之,川真田悦子:摘出交換を要したハイドロビューTM眼内レンズ混濁.日眼会誌109:126-133,20055)荻野哲男,竹田宗泰,宮野良子ほか:ハイドロビュー眼内レンズ混濁の発生機序の検討.あたらしい眼科23:405-410,20066)DoreyMW,BrownsteinS,HillVEetal:Proposedpatho-genesisforthedelayedpostoperativeopaci?cationoftheHydroviewhydrogelintraocularlens.????????????????135:591-598,20037)WernerL,HunterB,StevensSetal:Roleofsiliconeールを通すと試料中の脂質が溶出するために未固定で凍結切片を作製する必要がある.筆者らはハイドロビューレンズを凍結させて切片作製を試みたが,合成樹脂が硬化したためクライオトームを用いて切片を作製することはできなかった.本報告では摘出した眼内レンズをホルマリン固定後,その細片をそのままブロックの上に接着剤で固定して電子顕微鏡用ガラスナイフで薄切切片を作製し,カルシウム染色法であるvonKossa染色とFischler染色を行った.Fischler法とは脂肪酸カルシウムの染色法であるが,その原理は脂肪酸が飽和酢酸銅と反応し,カルシウムと銅が置換して不溶性の脂肪酸銅を沈着させ,さらにヘマトキシリン染色を用いて銅キレートを形成することによりいっそう発色を明瞭にしたものである8,11).vonKossa染色では混濁したレンズの表層に黒褐色の顆粒が多数みられ,Fischler法でも同様にレンズ表層に暗紫色に染まった顆粒がみられた.以上より沈着物の構成成分として脂肪酸カルシウムの沈着が考えられた.透過型電子顕微鏡において超薄切切片の作製時にコントラストを増強させるために四酸化オスミウム処理を行ったが,表層から1.2?mの深さまで四酸化オスミウムに親和性をもつ層が認められ,この層に一致して針状の結晶が多数存在していた.四酸化オスミウムは組織に対して電子染色剤として作用するが,リン酸脂質をはじめ脂質と反応すると黒色の反応物を生成する12).このことより透過型電子顕微鏡でレンズの表層に脂質の存在が示唆された.なお,電子顕微鏡レベルで脂質沈着が最表層で認められても,光学顕微鏡レベルでは脂肪染色で生成される反応産物の有無の判定は困難と思われる.以上の結果は混濁の成因についての仮説,すなわち低分子シリコーンの介在により眼内レンズ表面にリン酸カルシウムを凝集させるには脂質が必要という機序を証明しうると考える.つぎに,ハイドロビューレンズにおけるリン酸カルシウムの沈着部位について考察する.走査型電子顕微鏡による検討ではレンズの表面上に結晶構造がみられるという報告1~5,10)が多いが,カルシウム染色を用いた光学顕微鏡レベルの観察5,6,10)や透過型電子顕微鏡による報告2,6)———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(122)tiveopaci?cationofahydrophilicacrylic(Hydrogel)intraocularlens.Aclinicopathologicalanalysisof106explants.?????????????111:2094-2101,200411)佐野豊:脂肪の特殊染色.組織学研究法理論と術式,p490-504,南山堂,197912)堀田康明:透過型電子顕微鏡の試料作成法.よくわかる電子顕微鏡技術(医学・生物学電子顕微鏡技術研究会編),p1-19,朝倉書店,1992contaminationoncalci?caionofhydrophilicacrylicintraocularlenses.???????????????141:35-43,20068)慶応義塾大学医学部病理学教室:カルシウム(石灰)の染色.病理組織標本の作り方(松山春郎,坂口弘,清水興一ほか編),p235-240,医学書院,19849)YuAKF,KwanKYW,ChanDHYetal:Clinicalfeaturesof46eyeswithcalci?edhydrogelintraocularlenses.???????????????????????27:1596-1606,200110)NeuhannIM,WernerL,IzakAMet