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ディスク法で多剤耐性を示したコリネバクテリウム状グラム陽性桿菌が分離された前眼部感染症の5症例の検討

2020年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科37(5):619.623,2020cディスク法で多剤耐性を示したコリネバクテリウム状グラム陽性桿菌が分離された前眼部感染症の5症例の検討萩原健太*1,2北川和子*2神山幸浩*2谷村直紀*2飯沼由嗣*3佐々木洋*2*1公立宇出津総合病院眼科*2金沢医科大学眼科学講座*3金沢医科大学臨床感染症学CFiveCaseswithOcularSurfaceInfectionsinwhichMultidrugResistantCoryneformBacteriawasDetectedbytheDiskDi.usionMethodCKentaHagihara1,2)C,KazukoKitagawa2),YukihiroKoyama2),NaokiTanimura2),YoshitsuguIinuma3)andHiroshiSasaki2)1)DepartmentofOphthalmology,UshitsuGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,3)DepartmentofInfectiousDisease,KanazawaMedicalUniversityC眼表面から分離されるコリネバクテリウム属菌のキノロン耐性率はC50%を超えているが,多剤耐性株についての報告は少ない.2008.2017年に多剤耐性コリネバクテリウム状グラム陽性桿菌が検出された前眼部感染症C5例(男性1例,女性C4例)について調査した.男性例はCStevens-Johnson症候群で,両眼の充血・眼脂を主徴とする結膜炎であった.女性C4例はドライアイ治療目的で挿入した涙点プラグ汚染による感染症であり,プラグ挿入部を中心とする充血と眼脂を主徴とし,いずれも片眼発症であった.うちC3例でCSjogren症候群の合併がみられた.分離菌の薬剤感受性試験では,キノロン以外に,ペニシリン,セフェム,カルバペネムなどの多種の系統の抗菌薬に耐性がみられた.治療としてはプラグ抜去と点眼治療で全例とも改善した.Stevens-Johnson症候群などの眼表面疾患,涙点プラグ挿入,自己免疫疾患の存在などが多剤耐性コリネバクテリウム状グラム陽性桿菌感染の誘因と思われた.CThequinoloneresistancerateofCorynebacteriumCspp.isolatedfromtheocularsurfaceisover50%,yettherehavebeenfewreportsonstrainsofCorynebacteriumCspp.resistanttomultipleantibiotics.Weexamined5patients(1maleCandC4females)seenCbetweenC2008andC2017withCCoryneformCbacteriaCresistantCtoCmultipleCantibiotics.CThemalepatienthadeyemucusandhyperemiainbotheyes.The4femalepatientshadinfectionoftheanteriorocularCsegmentCbyCcontaminatedCpunctalCplugsCinsertedCforCdry-eyeCtherapy,CwithCeyeCmucusCandChyperemiaCaroundCtheCplugs.CThreeCofCthoseCcasesCwereCcomplicatedCwithCSjogren’sCsyndrome.CTheCcasesCwereCresistantCtoCquinolones,Cpenicillin,Ccephems,CandCcarbapenem.CTheCpatientsCwereCe.ectivelyCtreatedCwithCtopicalCeye-dropCadministrationCandCremovalCofCtheCinsertedCpunctalCplugs.COcularCsurfaceCdiseasesCsuchCasCStevens-JohnsonCsyn-drome,infectionofinsertedpunctalplugs,andthepresenceofautoimmunediseasesappeartobetriggersformul-tidrug-resistantCoryneformCbacteria.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(5):619.623,C2020〕Keywords:コリネバクテリウム,コリネバクテリウム状グラム陽性桿菌,Coryneformbacteria,多剤耐性,前眼部感染症,乾性角結膜炎,涙点プラグ,シェーグレン症候群,スティーブンス・ジョンソン症候群.Corynebacteriumsp.,CCoryneformCbacteria,multidrugresistant,ocularsurfaceinfection,keratoconjunctivitissicca,punctualplugs,CSjogren’ssyndrome,Stevens-Johnsonsyndrome.Cはじめにまた,薬剤感受性としてはキノロンに対する耐性率が高いコリネバクテリウムは結膜.常在菌であるが,前眼部感染ことが知られており,筆者らの検討でも,術前に分離された症の起炎菌としても注目されている1).850株のうちキノロン耐性株は半数程度に観察されてい〔別刷請求先〕萩原健太:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学C1-1金沢医科大学眼科学講座Reprintrequests:KentaHagihara,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinada,Kahoku,Ishikawa920-0293,JAPANC表15症例におけるコリネバクテリウムの薬剤感受性の比較症例C1症例C2症例C3症例C4症例C5涙点プラグなしありありありありCABPCCRCRCRCRCRCABPC/SBTCRCRCRCRCAMPC/CVACRCCCLCRCRCSCRCRCCTXCRCRCSCRCSCCTRXCRCRCSCRCSCMEPMCSCRCRCRCSCGMCRCRCSCSCRCEMCRCRCRCICRCTCCRCRCSCSCSCVCMCSCCPCRCRCRCRCLVFXCRCSCRCRCRCSTCRCSCRCSCR感受性(S),中間感受性(I),耐性(R)にて判定.セフェム系にC3例,メロペネムにC3例,ペニシリンで全例に耐性を認めた.VCMについてはC1例のみの測定であるが,感受性であった.る2,3).しかし,セフェム系・ペネム系抗菌薬に対する耐性株はみられず,これらの抗菌薬がキノロン耐性コリネバクテリウムにおける治療の特効薬と考えられた.キノロン以外の多剤に耐性を有するコリネバクテリウム(多剤耐性コリネバクテリウム)は他科領域では報告がみられているが4.6),眼科領域では,筆者らの検索した範囲ではC1例のみ7)であった.今回Cbラクタム系を含む多剤に対して耐性であるコリネバクテリウム状グラム陽性桿菌が分離された前眼部感染症C5例を経験したので報告する.CI細菌学的検査方法細菌学的検査法は以下のとおりである.5例中C4例が涙点プラグ感染症と思われたため,眼脂あるいは摘出プラグを検体とした.プラグを検体とした場合には液体培地で増菌培養しているため菌量は不明である.コリネバクテリウム属菌の同定は,増菌培養後のグラム陽性桿菌の形態確認とカタラーゼ試験陽性の有無で判定した.なお,今回の検討では分離菌の同定精度が問題となるため,検出された菌名をコリネバクテリウム状グラム陽性桿菌(Coryneformbacteria)と記載することとした8).薬剤感受性はディスク法で検査し,施設基準に基づく阻止円直径値に照らして感受性(susceptible,17Cmm以上),中間感受性(intermediate,14.16Cmm),耐性(resistant,13Cmm以下)の判定をした.検査部で採用されている検討薬剤は以下のとおりであるが,検査時期により若干種類が異なる.アンピシリン(ABPC),アンピシリン/スルバクタム(ABPCC620あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020/SBT),アモキシリン・クラブラン酸(AMPC/CVA),セファクロル(CCL),セフォタキシム(CTX),セフトリアキソン(CTRX),メロペネム(MEPM),ゲンタマイシン(GM),エリスロマイシン(EM),テトラサイクリン(TC),レボフロキサシン(LVFX),クロラムフェニコール(CP),バンコマイシン(VCM),ST合剤(ST).CII症例〔症例1〕60歳,男性.既往歴:市販の風邪薬を服用後,Stevens-Johnson症候群(以下,SJS)発症.現病歴:SJSに伴う眼表面障害のため視力は両眼ともC0.02(n.c.)であり,フルオロメトロン点眼(0.1%),生理食塩水点眼による外来治療を受けていた.2012年に両眼の充血と眼脂を認め受診した.眼脂培養でCCoryneformbacteriaがC2+検出された.薬剤感受性では,MEPMにのみ感受性を示し,その他の薬剤には耐性を示した(表1).有効な抗菌点眼薬がなく,種々の抗菌薬点眼に対する過敏反応の既往があったことより,生理食塩水による洗浄を追加したところ約C1カ月で結膜炎は改善したが,8カ月後にも多剤耐性傾向を示すCCoryneformbacteriaが分離された.その株は,以前に分離された株同様CABPC耐性を示した.その後現在(2018年)まで多剤耐性CCoryneformbacteriaの分離はみられていない.〔症例2〕25歳,女性.既往歴:近視のため頻回交換ソフトコンタクトレンズ装用中以外,とくになし.現病歴:2008年,ドライアイのためC4涙点に涙点プラグ(パンクタルプラグ)を挿入した.4カ月後,右眼の充血・眼脂を認め受診.右眼下涙点のプラグを中心とする眼瞼・結膜の発赤を認めた(図1)ことから,涙点プラグの汚染による感染症を疑い,プラグを抜去した.眼脂の塗沫検査にて好中球1+,培養でCCoryneformbacteriaがC1+検出された.薬剤感受性の結果,LVFX,STに感受性を示し,他の薬剤には耐性を示した(表1).感受性のあったオフロキサシン眼軟膏にて右眼結膜炎は治癒し,翌月に施行した右眼の培養結果は陰性であった.消炎後にプラグを再挿入したが結膜炎の再発は現在までみられていない.〔症例3〕63歳,女性.既往歴:Sjogren症候群(以下,SS).SSに対して,内科で副腎皮質ステロイド内服をC4年間,9カ月前まで受けていた.現病歴:2012年,左眼の痛みと充血を訴え受診.14カ月前に重症ドライアイのため,左上涙点にパンクタルプラグを挿入されている.左上涙点プラグを中心とする充血を認めたため涙点プラグ感染症を疑い,プラグを抜去した(図2).他(118)図1症例2の前眼部写真右眼結膜と下涙点周囲が充血(矢印はプラグ).左眼は感染徴候なし.のC3涙点はすでに焼灼により閉鎖されていたが,感染徴候は認めなかった.抜去したプラグを培養したところCCoryneformbacteriaが検出された.薬剤感受性の結果,CCL,CMX,CTRX,GM,TCに感受性を示し,他の薬剤には耐性を示した(表1).感受性のあったセフメノキシム点眼にて,2週間後には結膜炎は消退した.1カ月後の結膜.培養は陰性であった.その後ドライアイの悪化があり左上涙点を焼灼した.現在まで結膜炎の再発はない.〔症例4〕79歳,女性.既往歴:原発性胆汁性肝硬変,SS.内科的にはウルソデオキシコール酸内服による治療が行われていた.現病歴:2015年に左眼の眼脂を自覚し受診.原発性胆汁性肝硬変とCSSに合併した重症ドライアイがあり,3涙点の焼灼閉鎖と左下涙点はC20カ月前にパンクタルプラグが挿入されている.今回,そのプラグに粘液膿性の眼脂が付着し,その部を中心とする左眼結膜の充血を認めたため,プラグ感染症を疑い,涙点プラグを抜去した.プラグに付着した眼脂の鏡検にてグラム陽性球菌C1+,グラム陽性桿菌C1+,培養にてCCoryneformbacteriaがC20コロニー検出された.薬剤感受性の結果,GM,TC,VCM,STに感受性を示し,EMに中間耐性を示し,他の薬剤には耐性を示した(表1).また,StaphylococcusCschleiferi20コロニー(薬剤耐性なし)とCStreptococcusoralis少数(ミノサイクリンとマクロライドにのみ耐性)が同時に分離されている.プラグ抜去およびセフメノキシム点眼,人工涙液による洗浄にて,眼脂は改善し,培養も陰性化した.その後,左下涙点は自然閉鎖し,現在まで結膜炎再発は認めていない.〔症例5〕66歳,女性.図2症例3の前眼部写真プラグ抜去後の所見.涙点周囲の発赤がみられる.右眼は感染徴候なし.既往歴:Sjogren症候群1年前からミゾリビン内服中.現病歴:2013年,左眼の充血,眼脂があり受診.SSに伴う重症ドライアイがあり,4年前にC4涙点にイーグルプラグが挿入されていた.今回,左下涙点プラグの汚染とそれを中心とする結膜充血を認めたことより,プラグ関連感染症を疑い,プラグを抜去した.抜去した涙点プラグの培養によりCCoryneformbacteriaが検出された.CMX,CTRX,MEPM,TCに感受性を示し,他の薬剤には耐性を示した(表1).セフメノキシム点眼を行い,充血と眼脂は改善し,次月に施行した左眼の培養結果は陰性となっていた.涙点の自然閉鎖がみられ,その後現在まで感染症の再発はない.CIII考按コリネバクテリウム属菌(Corynebacteriumsp.)はグラム陽性桿菌であり,皮膚,粘膜上の常在細菌叢を構成する主要な菌群であるが,近年CC.jeikeium,C.striatum,C.Cresistensなどで多種の抗菌薬に耐性を示す菌種が報告されており9,10),感染症としては,敗血症や気道感染症,心内膜炎,人工弁感染などが報告されている.これまでの報告では,多剤耐性コリネバクテリウムはグリコペプチド系(バンコマイシン,テイコプラニン)に感受性があり,治療薬としてバンコマイシンが選択されることが多い.CCorynebacteriumCsp.の薬剤感受性試験は微量液体希釈法による最小発育阻止濃度(minimumCinhibitoryCconcentra-tion:MIC)値が判定基準として用いられているが,自動機器での判定が困難であり,わが国の多くの検査室ではディスク法がおもに用いられている.しかしながらディスク法の判定基準は確定されておらず,ディスク法では実際のCMICより感受性に判定されるとされているとの報告もある10)ことより,今回の耐性であったことへの判定には影響がないと考える.また,筆者らの施設から術前に分離されたコリネバクテリウム(Coryneformbacteria)850株の検討ではCbラクタム系抗菌薬に耐性を示す株がみられなかった2)ことより,今回のC5株はきわめてまれな多剤耐性菌であると判断した.眼科領域については,わが国において多剤耐性CCoryne-bacteriumCsp.が検出された角膜潰瘍のC1例が報告7)されており,薬剤感受性検査で,ペニシリン,セフェム,テトラサイクリン,グリコペプチド,クロラムフェニコール系に感受性があり,ニューキノロン,アミノグリコシド,マクロライド,リンコマイシン,ホスホマイシン系に耐性を示していた.同定法,薬剤感受性検査法についての記載がないため,正確な比較検討は困難であるが,筆者らの症例ではペニシリン,セフェム,カルバペネムにも耐性を認める株が検出されており,より高度に耐性化していると考えられた.今回のC5例の内訳は男性C1例,女性C4例であり,年齢は25.79歳(平均C59C±18歳)であった.男性のC1例はCSJS罹患,女性のC4例はいずれもドライアイ,SSによる乾性角結膜炎に対して挿入された涙点プラグによる感染症であった.SJS患者では両眼の結膜炎であるのに対して,プラグ関連結膜炎は片眼であり,起炎プラグ周囲を中心とする発赤を特徴としていた.プラグ関連結膜炎ではプラグ抜去と抗菌薬点眼で速やかに改善し,多剤耐性CCoryneformbacteriaがその後分離されることはなかったが,SJSではその後C8カ月間にわたり多剤耐性CCoryneformbacteriaが分離された.SJSでは眼表面のバリア機能の低下,ステロイド点眼の長期使用,抗菌薬過敏があり抗菌薬が使用できなかったことなどにより,結膜炎改善後も長期にわたり多剤耐性CCoryneformbacteriaが検出され続けたと考えられた.涙点プラグは,とくに涙液減少型のドライアイの治療として有効である.一定期間挿入された涙点プラグには高率に細菌が付着しており,菌のなかでもコリネバクテリウムが最多であったとされている11).涙点プラグは生体材料の一種であり,長く留置することによりその表面に種々の微生物がバイオフィルムにより定着するリスクがある12).涙点プラグ挿入後の定期的な経過観察は重要であり,眼脂の増加や涙点プラグの汚染状態によっては涙点プラグの交換を考慮すべきと考えられる11).SJSではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の感染例も多く13),今回もそのような素因のもとに多剤耐性CCoryneformbacteriaが感染を起こし,かつ結膜.に長期存在したものと考えられた.症例C3.5においてはCSSや原発性胆汁性肝硬変に対するステロイドや免疫抑制剤内服治療を受けていたことが本来弱毒菌と考えられるコリネバクテリウム定着の誘引と考えられたが,症例C2については既往歴もなく誘引は不明であった.多剤耐性コリネバクテリウムが検出された角膜潰瘍の既報7)においてもコントロール不良の糖尿病,ステロイドの長期点眼,水疱性角膜症による局所のバリア機能低下が感染の誘引となったと推定されている.コリネバクテリウムの多剤耐性化のメカニズムに関しては,現在のところ不明である.キノロン耐性メカニズムとしてCDNAジャイレースのアミノ酸変異が指摘されている14).その他の可能性としてはCgyrA遺伝子の変異による耐性獲得なども考えられ,今後の検討が待たれる.治療については涙点プラグ関連感染症において,バイオマテリアル除去を最初のステップとし,そのうえで感受性の高い抗菌薬治療が有効であると考えられた.今回の症例も涙点プラグ抜去と点眼治療で改善している.症例C4においては耐性のあるセフメノキシム点眼を使用し改善しているが,これは細菌の供給源となるプラグを抜去したこと,人工涙液による洗浄が有効であった可能性がある.SSに伴う重度のドライアイにおいては,涙点プラグの脱落やプラグ汚染による前眼部感染のリスクがあり,流涙のリスクがなければ涙点焼灼による永続的な閉鎖は有効な手段と考えられた.また,多剤耐性コリネバクテリウムによる全身感染症にはグリコペプチド系抗菌薬が有効薬とされているが,今回の結果ではバンコマイシン感受性検査を行ったのがC1例のみであるが感受性を示しており(症例4),本菌による重症感染症にバンコマイシンは有効と推測された.コリネバクテリウムではキノロン耐性率が高いことより,キノロンにのみ注目が集まっている現状があるが,SJSのようなCcompromisedhostや,SS患者にプラグを挿入する場合には,多剤耐性コリネバクテリウムによる感染の可能性を念頭におく必要がある.この論文の要旨はC2018年第C55回日本眼感染症学会で発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)井上幸次,大橋裕一,秦野寛,ほか:前眼部・外眼部感染症における起炎菌判定─日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第一報)─.日眼会誌C115:801-813,C20112)神山幸浩,北川和子,萩原健太ほか:術前に結膜.より分離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性動向調査(2005.2016年).あたらしい眼科35:1536-1539,C20183)櫻井美晴,林康司,尾羽澤実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科22:97-100,C20054)高橋洋,庄司淳,藤村茂ほか:多剤耐性コリネバクテリウムによる下気道感染症例の増加傾向について.感染症学雑誌C83:181,C20095)大塚喜人,吉部貴子,室谷真紀子ほか:血液培養より検出されたコリネフォルム菌の起炎判定基準に関する検討.医学検査C51:24,C20046)水野史人,三上直宣,清澤旬ほか:コリネバクテリウム属による劇症CDICを合併した感染性心内膜炎のC1例.北陸外科学会雑誌28:35,C20097)岸本里栄子,田川義継,大野重昭:多剤耐性のCCorynebac-teriumspeciesが検出された角膜潰瘍のC1例.臨眼C58:C1341-1344,C20048)藤原里紗,大塚喜人,芝直哉ほか:血液内科とその他の科における血液培養分離菌の比較検討.医学検査C68:150-155,C20199)IshiwadaCN,CWatanabeCM,CMurataCSCetal:ClinicalCandCbacteriologicalCanalysesCofCbacteremiaCdueCtoCCorynebac-teriumstriatum.JInfectChemotherC22:790-793,C201610)大塚喜人:注目のCCorynebacterium属菌.臨床と微生物C40:515-521,C201311)柴田元子,服部貴明,森秀樹ほか:涙点プラグ付着物からの細菌検出.あたらしい眼科C33:1493-1496,C201612)YokoiCN,COkadaCK,CSugitaCJCetal:AcuteCconjunctivitisCassociatedwithbio.lmformationonapunctalplug.JpnJOphthalmolC44:559-560,C200013)外園千恵:MRSA角膜炎との戦い.臨眼70:8-12,C201614)長谷川麻理子,江口洋:コリネバクテリウム感染症「キノロン耐性との関係」.医学と薬学C71:2243-2247,C2014***

術前に結膜囊より分離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性動向調査(2005〜2016 年)

2018年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科35(11):1536.1539,2018c術前に結膜.より分離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性動向調査(2005.2016年)神山幸浩*1北川和子*1萩原健太*1,2柴田伸亮*1佐々木洋*1*1金沢医科大学眼科学講座*2公立宇出津総合病院眼科CAntibacterialResistanceofCorynebacteriumsp.DetectedfromCul-de-sacbeforeOcularsurgeries,2005.2016CYukihiroKoyama1),KazukoKitagawa1),KentaHagihara1,2),ShinsukeShibata1)andHiroshiSasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,UshitsuGeneralHospitalC術前に結膜.より分離されたコリネバクテリウムの薬剤耐性について,2005.2007年までのC3年間(前期群)と2014年C1月.2016年C6月までのC2年半(後期群)を比較した.前期群,後期群ともペニシリン,セフェム,カルバペネム,テトラサイクリン,アミノ配糖体では感受性が良好であったが,マクロライド,クロラムフェニコールには耐性株が高率にみられた.フルオロキノロンを代表してレボフロキサシンに対する感受性を検討したが,耐性率は後期群で有意に増加していた(前期群:40.1%,後期群:56.7%).コリネバクテリウム耐性株が増加する因子として年齢が関係したが,性別,糖尿病診断歴,およびC1年以内の眼科受診歴については,有意な差は認められなかった.CWeexaminedthedrugresistanceofCCorynebacteriumsp.isolatedfromthecul-de-sacsofpatientsbeforeeyesurgeryduringtheC.rstterm(2005.2007)andthelatterterm(2014.2016),respectively.Duringbothterms,thesensitivitytopenicillins,cephems,carbapenem,tetracyclineandaminoglycosidewasgood.TheresistanceratewashighCinCmacrolideCandCchloramphenicol.CAsCregardsC.uoroquinolones,CweCexaminedCsensitivityCtoClevo.oxacin.CTheCrateofresistancewashighduringbothterms,therateincreasingduringthelatterterm(from40.1%to56.7%).WhenCexaminingCprobableCfactorsCrelatingCtoCthisCincrease,ConlyCagingCwasCsigni.cant,CwithCnoCmeaningfulCdi.erenceregardingsex,presenceofdiabetesorhistoryofeyedoctorconsultationwithinthepreviousyear.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)35(11):1536.1539,C2018〕Keywords:コリネバクテリウム,レボフロキサシン,薬剤耐性,結膜.常在菌,周術期感染予防,糖尿病.Cory-nebacteriumsp.,levo.oxacin,drugresistancy,bacterialC.oraincul-de-sac,preventionofperioperativeperiodinfec-tion,diabetes.Cはじめに白内障術後眼内炎の起炎菌は術前結膜.分離菌と一致することが多く,その薬剤感受性を知ることは眼内炎予防策として重要である.フルオロキノロン系抗菌薬としてオフロキサシン(OFLX)がわが国で初めて上市されたのはC1987年であり,その後さまざまなフルオロキノロン点眼薬が登場している.グラム陽性菌,グラム陰性菌に広い抗菌スペクトルを有していることにより,周術期における結膜.の減菌を目的として単独投与されることが多い1).コリネバクテリウムはグラム陽性桿菌でヒトの皮膚,粘膜,腸内に存在し,結膜.の常在細菌叢として高頻度に認められ,その病原性は低いといわれてきたが,近年結膜炎,眼瞼結膜炎,術後眼内炎などを引き起こすことが報告されており2,3),かつコリネバクテリウムのフルオロキノロン系抗菌薬に対する耐性化が問題となっている4).今回,金沢医科大学病院においてC2005.2007年,2014.2016年の期間に術前患者より分離されたコリネバクテリウムついて,薬剤感受性の経年変化,耐性化率の推移について検討するとともに,耐性株が増加する因子として患者側の要因(年齢,性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴)についても着目し,それによる耐性化増加の有無も比較したの〔別刷請求先〕神山幸浩:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学C1-1金沢医科大学眼科学講座Reprintrequests:YukihiroKoyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinada,Kahoku,Ishikawa920-0293,JAPANC1536(88)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(88)C15360910-1810/18/\100/頁/JCOPYで報告する.CI対象および方法1.対象本研究は後方視的観察研究であり,2005年C1月.2007年12月のC3年間(前期群),およびC2014年C1月.2016年C6月のC2年半の間(後期群)に金沢医科大学病院(以下,当院)において術前検査でコリネバクテリウムが検出された患者を対象とした.患者数は,前期群C495名(男性C234名,女性C261名,平均年齢C74.2C±10.1歳)756眼,後期群C85名(男性C43名,女性C42名,平均年齢C77.9C±8.2歳)98眼であった.C2.方法患者カルテより情報を収集した.まず,細菌学的検査でコリネバクテリウムおよびその薬剤感受性について調査した.ちなみに当院での検査法は以下のとおりである.輸送培地(改良アミーズ半流動培地)のスワブを滅菌生理食塩水で湿らせ下結膜.内を拭い,検体を採取した.菌の同定は,増菌培養後のグラム染色でのグラム陽性桿菌の形態確認と,カタラーゼ試験陽性の有無で判定した.薬剤感受性はディスク法で検査し,当院施設基準に基づく阻止円直径値に照らし,感受性(susceptible,17Cmm以上),中間感受性(intermedi-ate,14.16Cmm),耐性(resistant,13Cmm以下)の判定をした.耐性,中間感受性を合わせて耐性率を算出した.当院検査部で採用されている薬剤(抗菌薬名と略号)は以下のとおりであるが,検査時期により若干種類が異なる.なお,上記の患者に対して併せて糖尿病罹患歴の有無および過去C1年以内の眼科受診歴の有無も調査した.統計解析にはCc2検定,多変量ロジスティック回帰分析を用い,解析ソフトはCSPSS(IBMSPSSStatistics,versionC24)を使用した.本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,金沢医科大学医学研究倫理審査委員会の許可を受けて行った(No.1288).C3.検討抗菌薬一覧アンピシリン(ABPC),アンピシリン/スルバクタム(ABPC/SBT),セファクロル(CCL),セフォタキシム(CTX),セフトリアキソン(CTRX),メロペネム(MEPM),ゲンタマイシン(GM),エリスロマイシン(EM),テトラサイクリン(TC),レボフロキサシン(LVFX),クロラムフェニコール(CP),ST合剤(ST).CII結果分離されたコリネバクテリウムの株数は前期群でC756株,後期群でC98株であったが,前期群,後期群ともに各C1株ずつ感受性試験が行えなかったため,薬剤感受性試験に供されたのはそれぞれC755株,97株となった.当院検査部で採用されている薬剤ごとの耐性率を図1に示す.薬剤感受性検査はC2014年C6月C1日にCCPが削除され,バンコマイシン(VCM)が追加されているため,後期群ではCCPについては4例と少数であった.前期群でのそれぞれの抗菌薬に対する耐性率(耐性+中間感受性)は,ABPC:4.2%,ABPC/SBT:0.5%,CCL:0.5%,CTX:1.1%,CTRX:1.1%,MEPM:0.1%,GM:6.9%,EM:52.4%,TC:1.5%,LVFX:40.1%,CP:27.7%,ST:12.3%であった.耐性率の高かったものはCEM(52.4%),LVFX(40.1%),CP(27.7%),ST(12.3%)であり,ペニシリン系およびセフェム系抗菌薬のほとんどに感受性が高かった.後期群ではCABPC:C4.1%,ABPC/SBT:0%,CCL:0%,CTX:0%,CTRX:0%,MEPM:0%,GM:8.2%,EM:63.9%,TC:0%,LVFX:56.7%,CP:75.0%,ST:11.3%,VCM:0%であった.耐性率が高かったものは前期群と同様EM(63.9%),LVFX(56.7%),CP(75.0%),ST(11.3%)であった一方,CCL,CTX,CTRXなどのセフェム系抗菌薬,MEPM,TC,VCMには耐性株はまったく認めなかった.EM,LVFX,CPの耐性率は後期群のほうが有意に高かった(Cc2検定,それぞれp<0.05,p<0.001,p<0.05).年度別にみたCLVFX耐性率を図2に示す.2005年C48.6%,2006年C36.0%,2007年C41.7%であり,前期群全体としては40.1%であったのに対し,後期群ではC56.7%と,有意に増加した(Cc2検定,p<0.05).前期,後期を通してC4つの因子(年齢,性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴)およびCLVFX耐性率との関連を多変量ロジスティック回帰分析で解析したところ,年齢のみがリスク因子となった(表1).年齢がC1歳増加することによる調整オッズ比はC1.026(95%信頼区間:1.011.1.042,p=0.001)であった.たとえば,50歳に比べC70歳でのCLVFX耐性化のリスクは約C1.7倍になる.性別(男性),糖尿病診断歴,眼科受診歴の調整オッズ比はそれぞれC0.980(95%信頼区間:0.743.1.292,p=0.884),0.871(95%信頼区間:0.625.1.214,p=0.415),0.802(95%信頼区間:0.558.1.152,Cp=0.232)で,いずれも有意な関連はみられなかった.CIII考按白内障手術をはじめとする内眼手術における細菌性眼内炎の発症原因のほとんどは,術前の消毒により完全に除去されなかった眼瞼皮膚,睫毛,結膜の常在細菌が,手術操作に伴い眼内に侵入し増殖することによるといわれている1,5,6).周術期の感染予防目的として強力な殺菌作用と広い抗菌スペクトルをもつフルオロキノロン系抗菌薬が日常的に使用されているが,常在菌の一つであるコリネバクテリウムのキノロン耐性化の増加が近年問題となっている4).フルオロキノロン薬剤の作用機序は,DNAジャイレース,トポイソメラーゼIVの阻害によるものであり,これにより細胞の増殖を阻害するが,コリネバクテリウムにはCDNAジャイレースだけが(89)あたらしい眼科Vol.35,No.11,2018C1537前期群100%■耐性(R)■中間(I)■感受性(S)100%80%80%60%60%40%20%40%0%20%0%48.6%36.0%41.7%56.7%2005年2006年2007年2014~2016年前期群後期群後期群100%80%60%40%20%42株0%■耐性(R)■中間(I)■感受性(S)■耐性(R)■中間(I)■感受性(S)■耐性(R)■感受性(S)図2年度別LVFX耐性率の推移および前期・後期別LVFX耐性率の比較図1薬剤感受性(前期群・後期群)前期群,後期群ともにペニシリン系,セフェム系,テトラサイクリン,バンコマイシンに対してはほぼすべて感受性であったが,ゲンタマイシン,ST合剤で少数耐性,エリスロマイシン,レボフロキサシン,クロラムフェニコールでの耐性率は高度であった.※略語:ABPC(アンピシリン),ABPC/SBT(アンピシリン/スルバクタム),CCL(セファクロル),CTX(セフォタキシム),CTRX(セフトリアキソン),MEPM(メロペネム),GM(ゲンタマイシン),EM(エリスロマイシン),TC(テトラサイクリン),LVFX(レボフロキサシン),CP(クロラムフェニコール),ST(ST合剤),VCM(バンコマイシン).存在することにより,このアミノ酸が変異して耐性メカニズムを獲得しやすいとされる7).今回の検討でも,コリネバクテリウムのCLVFXに対する耐性率は,2005年からのC3年間ではC40.1%,2014年からのC2年半ではC56.7%と有意に増加していたことにより,耐性率が年々増加している可能性が示唆された.フルオロキノロン系抗菌点眼薬の使用はC1987年のCOFLXに始まる.OFLXはラセミ体であり,薬理学的活性体であるCLVFX(50%)とその鏡像異性体であるデキストロフロキサシン(50%)を含んでいることにより,2000年よりCLVFX単独製剤である点眼薬が登場した.その抗菌活性はCOFLXのC2倍となる.OFLXについでCLVFXの薬剤耐性率に関してコリネバクテリウムを含む術前分離菌を検討した報告では,1995.1999年のCOFLX耐性率はC13.5%からC32.8%へと有意に増加,LVFX耐性率はC2000年でC14.5%,2002年にはC20.5%とやはり増加の傾向がみられている8,9).コリネバクテリウムのCLVFX耐性率については結膜炎を含めた前眼部感染症眼からの分離菌の検討(2003.2004年)でC57.1%10),同じ施設の白内障術前分離菌の検討ではC44.3%(2012.2013年)11)であった.術前患者の耐性率に関しては当院の検討結果と併せて鑑みると,2010年代になってもさらに増加傾向にあることが示唆されたが,感染症眼では耐性率がさ上段:LVFX耐性率の年度別比較を示す.2005,2006,2007年度におけるCLVFX耐性率と比較し,2014.2016年では高率に耐性化が増加した(56.7%).下段:前期群と後期群のCLVFX耐性率の比較を示す.前期群は40.1%,後期群はC56.7%と,有意に増加した(Cc2検定,p<0.05).表1リスク因子ごとの多変量ロジスティック回帰分析オッズ比95%信頼区間p値年齢C1.0261.011.C1.042C0.001性別(男性)C0.9800.743.C1.292C0.884糖尿病診断歴C0.8710.625.C1.214C0.415眼科受診歴C0.8020.558.C1.152C0.232Cらに高くなる可能性が考えられた.その理由の一つとして,感染症眼ではフルオロキノロンを中心とする抗菌薬がすでに投与されていることが考えられた.コリネバクテリウムはCLVFX以外ではCEMに対しても高率に耐性菌が存在し,しかも後期群で有意に増加していた(前期群:52.4%,後期群:63.9%).CPに対しても高率に耐性株がみられたが,後期群では検査薬の変更のためC4株のみの検討であることより,増加の可能性が疑われるにとどまった(前期群:27.7%,後期群:75.0%).フルオロキノロン以外にもコリネバクテリウムのCEM耐性率が高いことについては以前から報告されている9,10).今回,前期群,後期群を通してセフェム系薬剤が高い感受性を示したが,これもコリネバクテリウムのセフェム系薬剤に対する高い感受性,フルオロキノロン系薬剤に対する耐性傾向を述べた秦野らの報告4)と一致するものだった.リスク要因として,年齢,性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴を選び,コリネバクテリウムのCLVFX耐性率との関係を検討した.性別,糖尿病診断歴,眼科受診歴のいずれにも有意な関連はみられず,唯一年齢のみが有意なリスク因子とな(90)った.既報でも,糖尿病患者においてフルオロキノロン耐性株を多く認めるものの有意でないことが示され10,11),また,80歳以上の群でCLVFX耐性化率が有意に上昇する報告11)がある.今回の結果もそれらと一致するものであった.糖尿病は易感染性が指摘される疾患であるが,コリネバクテリウム耐性化との関係はなく,また眼科受診により菌への接触リスク,抗菌薬投与による耐性化誘発の可能性が予測されたが,今回の結果では否定された結果となった.コリネバクテリウムの保菌リスクとしては,年齢,性別(男性),緑内障点眼薬の使用が独立した保菌リスク因子であるとする報告12)もあり,年齢が保菌リスクとともに耐性リスクを高める因子と考えられた.今回の検討時期はC2005年からのC3年間(前期群)とC2014年からのC2年半(後期群)であるが,このC10年余に分離されたコリネバクテリウムの株数を比較すると前期群のC755株から後期群のC97株へと減少している.この間に培養方法,同定方法,培養期間に変更はないが,眼科での全分離菌を対象とした当院中央検査室のデータでは前期群ではC30.40%を超えてコリネバクテリウムが分離され,後期群ではC10数%台であったことが,その原因と考えられた.分離率になぜそのような変動がみられたのか不明であるが,もともとコリネバクテリウム検出頻度は施設,検査時期により非常にばらつきが大きい13).2016年のCWattersらの同報告では,コリネバクテリウムを含めた主要細菌の分離率をC10編以上の論文を引用して示しておりコリネバクテリウムの比率はC1980.1990年代ではC40.60%以上であったが,2010年代ではC11%,7.6%と低下している13).本研究でも同様に,時代とともに宿主のコリネバクテリウム保菌率の低下していることが示された結果となったが,低下の理由として生活環境の変動とともに結膜.細菌叢に変化が生じた可能性が考えられた.内眼手術の大部分を占める白内障手術は高齢者に行うことが多い手術であることより,結膜.常在菌に対し適切な抗菌薬を選択し,周術期に投与することは術後眼内炎発症の一つの対策として重要である.抗菌薬としてフルオロキノロン系点眼薬が使用される頻度が高いが5),今回の検討結果ではコリネバクテリウムでは半数以上が耐性であった.しかも耐性率は経年的に有意に増加している.ブドウ球菌においてもメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)ではC60.80%が耐性であることが判明している11).これらの結果は術前の薬剤感受性結果に基づいて周術期の抗菌薬を選択することの重要性を示すものである.当院ではほぼ全例に術前抗菌薬点眼としてモキシフロキサシン(MFLX)を用いているが,コリネバクテリウムがフルオロキノロン耐性である場合には,感受性のあるセフェム系薬剤を併用している.フルオロキノロン耐性化率はその使(91)用頻度と関連していることより,今後も次第に高率となっていく可能性があるが,上記に示した手順を確実に行うことがコリネバクテリウム関連の眼内炎発症予防に有用であると考える.本論文の要旨はC2017年第C54回日本眼感染症学会(大阪)にて発表した.文献1)矢口智恵美,佐々木香る,子島良平ほか:ガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの点眼による白内障周術期の減菌効果.あたらしい眼科C23:499-503,C20062)JosephCJ,CNirmalkarCK,CMathaiCACetal:ClinicalCfeatures,CmicrobiologicalCpro.leCandCtreatmentCoutcomeCofCpatientsCwithCorynebacteriumendophthalmitis:reviewofadecadefromCaCtertiaryCeyeCcareCcentreCinCsouthernCIndia.CBrJOphthalmolC100:189-194,C20163)井上幸次,大橋裕一,秦野寛ほか:前眼部・外眼部感染症における起炎菌判定:日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第一報).日眼会誌C115:C801-813,C20114)秦野寛,井上幸次,大橋裕一ほか:前眼部・外眼部感染症起炎菌の薬剤感受性日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査(第二報).日眼会誌C115:C814-824,C20115)片岡康志,佐々木香る,矢口智恵美ほか:白内障手術予定患者の結膜.内常在菌に対するガチフロキサシンおよびレボフロキサシンの抗菌力.あたらしい眼科C23:1062-1066,C20066)河原温,五十嵐羊羽,今野優:白内障手術術前患者の結膜.常在細菌叢の検討.臨眼C60:287-289,C20067)長谷川麻里子,江口洋:【眼感染症の治療-最近のトピックス-】細菌感染症コリネバクテリウム感染症「キノロン耐性との関係」.医学と薬学C71:2243-2247,C20148)KurokawaN,HayashiK,KonishiMetal:Increasingo.ox-acinCresistanceCofCbacterialC.oraCfromCconjunctivalCsacCofCpreoperativeophthalmicpatientsinJapan.JpnJOphthal-molC46:586-589,C20029)櫻井美晴,林康司,尾羽澤.実ほか:内眼手術術前患者の結膜.細菌叢のレボフロキサシン耐性率.あたらしい眼科C22:97-100,C200510)松尾洋子,柿丸晶子,宮崎大ほか:鳥取大学眼科における分離菌の薬剤感受性・患者背景に関する検討.臨眼C59:C886-890,C200511)大松寛,宮崎大,富長岳史ほか:白内障手術前患者における通常培養による結膜.内細菌検査.臨眼C68:637-643,C201412)HoshiCS,CHashidaCM,CUrabeK:RiskCfactorsCforCaerobicCbacterialconjunctivalC.orainpreoperativecataractpatients.Eye(Lond)C30:1439-1446,C201613)WattersCGA,CTurnbullCPR,CSwiftCSCetal:OcularCsurfaceCmicrobiomeCinCmeibomianCglandCdysfunction.CClinCExpCOphthalmolC45:105-111,C2017あたらしい眼科Vol.35,No.11,2018C1539

細菌性眼内炎治療後ソフトコンタクトレンズ装用者に発症した角膜潰瘍の1 例

2012年1月31日 火曜日

0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(123)123《原著》あたらしい眼科29(1):123?125,2012cはじめに角膜潰瘍に眼内炎が併発したとする報告は散見されるが,大半は角膜潰瘍が先行し,その炎症が眼内に波及したものである.今回,術後眼内炎治療後に一旦改善しソフトコンタクトレンズ(ブレス・オーR;無水晶体眼用,TORAY社)を装用していた同一眼に角膜潰瘍が発症した症例を経験したの〔別刷請求先〕中矢絵里:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:EriNakaya,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN細菌性眼内炎治療後ソフトコンタクトレンズ装用者に発症した角膜潰瘍の1例中矢絵里清水一弘服部昌子向井規子佐藤孝樹勝村浩三舟橋順子馬渕享子池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CornealUlcerafterRecoveryfromPostoperativeBacterialEndophthalmitisinaSoftContactLensUserEriNakaya,KazuhiroShimizu,MasakoHattori,NorikoMukai,TakakiSato,KozoKatsumura,JunkoFunahashi,TakakoMabuchiandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege術後眼内炎治療後,改善していた同一眼に角膜潰瘍が発症した症例を経験した.症例は79歳,女性.2009年3月12日他院にて左眼PEA(水晶体乳化吸引術)+IOL(眼内レンズ)を施行.3月14日左眼飛蚊症・視力低下を自覚し,翌日眼内炎の診断で当科紹介となった.ただちに緊急硝子体手術を施行し,10日後退院となった.眼房水からはStaphylococcuscapitis,Corynebacterium,Streptococcusが検出された.退院後は他院にて経過観察され,無水晶体眼にブレス・オーRを装着し,1カ月ごとの交換を行っていた.2009年11月8日左眼眼痛を自覚し,角膜潰瘍の診断で再び当科紹介となった.角膜上皮からはcoagulase-negativestaphylococci,Corynebacteriumが検出された.本症例は,眼内炎と角膜潰瘍の起炎菌が同種であったことより,易感染性が背景にあり,それにコンタクトレンズの連続装用が誘因となり同一眼に2種類の感染が発症したものと考えられた.Wereportthecaseofa79-year-oldfemalewhopresentedwithcornealulcerafterrecoveringfrompostoperativebacterialendophthalmitis.ThepatienthadpreviouslyundergonecataractsurgeryonherlefteyeonMarch12,2009atanotherhospital.Twodaysaftersurgery,sheexperienceddecreasedvisualacuity.ShewasdiagnosedwithpostoperativebacterialendophthalmitisandreferredtoourhospitalonMarch14,2009.Uponpresentation,weimmediatelyperformedavitrectomy;thepatientwasdischargedfromourhospital10daysaftersurgery.Staphylococcuscapitis,Corynebacterium,andStreptococcuswereisolatedfromthepatient’saqueoushumor.Postoperatively,thepatientusedanextendedwearsoftcontactlens(Breath-OR;TorayIndustries,Inc.,Tokyo,Japan),replacingthelenswithanewoneeverymonth.ShesubsequentlypresentedattheotherhospitalwithpaininherlefteyeonNovember8,2009.Shewasdiagnosedwithcornealulcerandwasonceagainreferredtoourhospital.coagulase-negativestaphylococciandCorynebacteriumwereisolatedfromcornealscrapings.Duetothefactthatthecausativebacteriainthiscasewerethesameintwolesions,wetheorizethattheextendedwearsoftcontactlenswasineffectiveandbecameaconduitfortwokindsofinfection.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):123?125,2012〕Keywords:術後眼内炎,角膜潰瘍,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,コリネバクテリウム,コンタクトレンズ.postoperativeendophthalmitis,cornealulcer,coagulase-negativestaphylococci,Corynebacterium,contactlens.124あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(124)で,眼内炎と角膜潰瘍の因果関係につき考察を加えて報告する.また,当院における人工的無水晶体眼に対するコンタクトレンズによる矯正手段の現状と感染症の発生頻度について調べたので併せて報告する.I症例患者:79歳,女性.既往歴:高血圧,高脂血症,陳旧性心筋梗塞.主訴:左眼視力低下.現病歴:2009年3月12日,他院にて左眼白内障手術〔PEA(水晶体乳化吸引術)+IOL(眼内レンズ)〕を施行.術中合併症はなく,翌日退院となった.3月14日,左眼飛蚊症が出現し視力低下を自覚した.翌日,同病院を受診し眼内炎の診断で同日当科紹介受診となった.初診時の左眼の視力は20cm/手動弁.眼圧は右眼14mmHg,左眼12mmHg.強い結膜充血,毛様充血,角膜上皮浮腫,Descemet膜皺襞,前房蓄膿,前房内を覆うようなフィブリンを認めた.中間透光体,眼底は透見不能であった.Bモードエコーでは硝子体内に混濁を認めた.同日,緊急硝子体手術を施行し,硝子体を切除し硝子体内の白色塊を切除した後,バンコマイシン・セフタジジムの硝子体注射を行った.術中に採取した眼房水よりStaphylococcuscapitis,Corynebacterium,Streptococcusが検出された.術翌日よりレボフロキサシン,セフメノキシム,トロピカミド,フェニレフリン,0.1%フルオロメトロンの点眼,イミペネムの点滴を開始した.徐々に炎症所見は改善し,眼底も透見可能となり,3月25日退院となった.その後は他院にて外来followされており,人工的無水晶体眼に対してブレス・オーRを装着し,1カ月ごとの交換を行っていた.最終交換は10月14日であり,左眼矯正視力は1.0であった.順調に経過していたが11月8日,左眼眼痛を自覚し,翌日他院を受診し,左眼角膜潰瘍を認めたため,同日当科紹介受診となった.結膜充血,毛様充血,強い角膜浮腫と一部角膜浸潤,前房蓄膿を認め(図1),前房細胞は角膜の混濁のため確認できなかった.角膜上皮を掻爬し,ガチフロキサシン,セフメノキシムの頻回点眼,塩酸セフォゾプランの点滴を開始した.角膜擦過培養からはcoagulasenegativestaphylococci(CNS),Corynebacteriumが検出された.その後徐々に改善し,入院8日目には潰瘍は消失し,淡い浮腫とDescemet膜皺襞を残すのみとなり退院となった(図2).一方,ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用者の角膜感染症のリスクがどの程度であるかを検討するため,当院通院中の人工的無水晶体眼のコンタクトレンズ装用者14例16眼の経過を調べてみたところ,ハードコンタクトレンズ(HCL)5例7眼,ブレス・オーR7例7眼,メニコンSCL1例1眼,ワンデーアキュビューR1例1眼であり,そのうち経過中にトラブルを起こした症例は,結膜炎や点状表層角膜症(SPK)を起こした症例が1例1眼のみであり,重篤な感染を起こした症例は認めなかった.II考按白内障手術後に術後眼内炎を発症する確率は0.04?0.2%と報告されており1?3),術後早期(1?5日目)に発症する急性眼内炎はブドウ球菌,とりわけメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA),腸球菌を中心としたグラム陽性菌が起炎菌となりやすく重症化しやすいといわれている.また,グラム陽性菌の感染経路としては睫毛や涙器が考えられている.今回眼房水よりStaphylococcuscapitis,Corynebacterium,Streptococcusが検出された.術後早期眼内炎からのStaphylococcuscapitisを含んだCNSの検出率は秦野らの報告では17%であり4),術後早期眼内炎の最多起炎菌である.図1角膜潰瘍発症時の前眼部写真結膜充血,毛様充血,強い角膜浮腫と一部角膜浸潤,前房蓄膿を認めた.図2角膜潰瘍が軽快した退院時の前眼部写真潰瘍は消失し,淡い浮腫とDescemet膜皺襞を残すのみとなった.(125)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012125Streptococcusもまた術後早期眼内炎の代表的な起炎菌である.Corynebacteriumは結膜?常在細菌であり,一般的には起炎菌と考えられにくいが,眼内炎の起炎菌となった報告もある5).DNA解析を行っていないため同一かどうかは不明だが,今回角膜潰瘍・眼内炎両方からCNSとCorynebacteriumという同種の菌が検出された.角膜潰瘍の起炎菌としては肺炎球菌やブドウ球菌などのグラム陽性球菌と緑膿菌,モラクセラやセラチアなどのグラム陰性桿菌がよく知られているが,Corynebacteriumによる角膜潰瘍も少ないながら報告されている6).角膜炎と眼内炎が同時に発症した報告は散見される7?12)が,大半は角膜潰瘍が先行し,その炎症が眼内に波及したものである.本呈示例は,術後眼内炎を発症し,炎症が鎮静化して後に角膜潰瘍を生じた.眼内炎と角膜潰瘍がたまたま合併したとも考えられるが,起炎菌が同一であったことからなんらかの因果関係がある可能性が考えられる.須田らの報告によると内眼手術予定患者を対象にガチフロキサシンを点眼し,結膜?細菌培養を行ったところ,点眼前にはCNS,Corynebacteriumが多く検出され,Corynebacteriumは点眼後も多く検出される傾向があった13).本症例にもCNS,Corynebacteriumが常在しており,手術やSCLによる免疫低下などが誘因となって感染に至ったと考えられる.今回当院通院中の人工的無水晶体眼のコンタクトレンズ装用者13例15眼でも調査してみた.症例は10?90歳で,コンタクトレンズの使用期間は3?31年である.そのうち,トラブルを起こした症例は結膜炎やSPKを起こした症例が4例4眼のみであり,重篤な感染を起こした症例は認めなかった.4例の装用期間は5年間が1例,6年間が2例,31年間が1例であった.過去の報告でも,連続装用のSCL使用者に軽度の角膜障害などは認めても重篤な合併症は認めなかったとするものがあるものの14?16),やはり連続装用のSCL使用中に重篤な感染を認めたとする報告も多い17?19).今回は本症例に易感染性もあったのではないかと推察される.連続装用による低酸素状態や上皮障害,角膜知覚の低下,涙液の減少などが基盤にあり,感染に対し抵抗力が低下し,また高齢も感染症重症化の一因であったと考えられる.術後細菌性眼内炎の既往のある患者に,SCLを装用する場合には,結膜?常在細菌の存在と易感染性の可能性も考慮に入れ,コンタクトレンズのケアをいっそう注意して行っていく必要があると考えられた.本稿の要旨は第47回日本眼感染症学会にて発表した.文献1)AabergTMJr,FlynnHWJr,SchiffmanJetal:Nosocomialacute-onsetpostoperativeendophahtalmitissurvey.A10-yearreviewofincidenceandoutcomes.Ophthalmology105:1004-1010,19982)佐藤正樹,大鹿哲郎,木下茂:2004年日本眼内レンズ屈折手術学会会員アンケート.IOL&RS19:338-360,20053)WestES,BehrensA,McDonnellPJetal:TheincidenceofendophthalmitisaftercataractsurgeryamongtheU.S.Medicarepopulationincreasedbetween1994and2001.Ophthalmology112:1388-1394,20054)秦野寛,井上克洋,的場博子ほか:日本の眼内炎の現状─発症動機と起炎菌.日眼会誌95:369-376,19915)FoxGM,JoondephBC,FlynnHWetal:Delayed-onsetpseudophakicendophthalmitis.AmJOphthalmol111:163-173,19916)佐藤克俊,松田彰,岸本里栄子ほか:オフロキサシン耐性Corynebacteriumによる周辺部角膜潰瘍の1例.臨眼58:841-843,20047)稲毛道憲,鈴木久晴,國重智之ほか:白内障手術後のPaecilomyceslilacinus角膜炎・眼内炎の1例.あたらしい眼科26:1108-1112,20098)峰村健司,永原幸,蕪城俊克ほか:ミュンヒハウゼン症候群が疑われた内因性真菌性眼内炎を繰り返した1例.日眼会誌110:188-192,20069)一色佳彦,木村亘,木村徹ほか:放射状角膜切開術後7年で細菌性角膜潰瘍・創離開・眼内炎を発症した1例.あたらしい眼科20:1289-1292,200310)ValentonM:Woundinfectionaftercataractsurgery.JpnJOphthalmol40:447-455,199611)宮嶋聖也,松本光希,宮川真一ほか:熊本大学における過去20年間の細菌性眼内炎の検討.眼臨89:603-606,199512)橋添元胤,森秀夫,山下千恵ほか:眼内感染症に対する硝子体手術の自験例.眼紀45:319-322,199413)須田智栄子,戸田和重,松田英樹ほか:周術期抗菌点眼薬の使用期間が結膜?細菌叢へ及ぼす影響.あたらしい眼科27:982-986,201014)高柳芳記,岡本寧一,井上紀久子ほか:無水晶体眼に対するブレスオー連続装用者の5年間の経過について.日コレ誌30:44-49,198815)伊東正秀,大原孝和:松坂中央病院における長期連続装用SCLの使用成績について.眼臨81:735-738,198716)北川和子,武田秀利,渡辺のり子:コンタクトレンズ装用者にみられた細菌性角膜炎の検討.あたらしい眼科6:139-143,198917)横山利幸,小澤佳良子,佐久間敦之ほか:ソフトコンタクトレンズ装用中にPaecilomyceslilacinusによる重篤な角膜真菌症を生じた1症例.日コレ誌32:231-237,199018)岩崎博之,青木佳子,黄亭然ほか:ソフトコンタクトレンズ連続装用中に生じた難治性角膜潰瘍の1症例.日コレ誌35:107-110,199319)森康子,本倉眞代,坂本信一ほか:ソフトコンタクトレンズ連続装用者に発生した角膜潰瘍の1例.大警病医誌16:199-202,1992***