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SV40 不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた抗緑内障薬2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制作用の比較

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(89)11350910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11351138,2008cはじめに緑内障は失明を伴う眼疾患であり,その要因には眼圧とそれ以外の因子(循環障害など)が考えられている.臨床においては,抗緑内障点眼薬による薬物治療が第一選択となるが,眼圧コントロールが困難な患者に対しては複数の抗緑内障点眼薬が追加される.しかし,点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用や,患者からのしみる,かすむ,眼が充血するといった訴えで点眼薬の中止および変更を余儀なくされ,眼圧コントロールと薬剤の選択がむずかしくなってきているのが現状である.近年,抗緑内障薬の角膜障害は,点眼薬中に含まれる主薬,保存剤だけでなく,角膜知覚,涙液動態および結膜といったオキュラーサーフェス(眼表面)の〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,SchoolofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPANSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた抗緑内障薬2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制作用の比較長井紀章*1伊藤吉將*1,2岡本紀夫*3川上吉美*4*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2同薬学総合研究所*3兵庫医科大学眼科学教室*4兵庫医科大学病院治験センターComparisonofSuppressionofCornealEpithelialCellLineSV40(HCE-T)ProliferationbyCombinedTreatmentUsingTwoTypesofAnti-GlaucomaEyedropsNoriakiNagai1),YoshimasaIto1,2),NorioOkamoto3)andYoshimiKawakami4)1)SchoolofPharmacy,2)PharmaceutialResearchandTechnologyInstitute,KinkiUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,HyogoCollegeofMedicine,4)ClinicalResearchCenter,HospitalofHyogoCollegeofMedicine臨床において緑内障治療には多種類の抗緑内障薬の投与が行われ,抗緑内障薬併用は角膜障害をひき起こすことが知られている.本研究では,有効成分の異なる抗緑内障薬7種を用い,ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)に対する増殖抑制作用により抗緑内障薬2剤併用の角膜障害性の評価を行った.抗緑内障薬は市販製剤であるb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)の7種を用いた.本研究の結果,抗緑内障薬2剤併用することで角膜上皮細胞増殖抑制作用の強さは各種単剤処理時と比較し増加し,その上皮細胞増殖抑制作用の増加は相加的であった.本研究は,角膜上皮障害がある患者への抗緑内障点眼薬の薬物選択を決定するうえで一つの指標となるものと考えられる.Thecombinationofanti-glaucomaeyedropsisfrequentlyusedinclinicaltreatment,anditisknownthatsuchcombinationcancausecornealepithelialcellsdamage.Inthisstudy,weinvestigatedtheeectsofthecombinedinstillationoftwoanti-glaucomaeyedropsontheproliferationofhumancornealepithelialcells(HCE-T).Sevenpreparationsofeyedrops〔b-blocker(TimoptolR),prostaglandinagent(ResculaR,XalatanR),topicalcarbonicanhy-draseinhibitor(TrusoptR),a1-blocker.(DetantolR),a,b-blocker(HypadilR)andparasympathomimeticagent(San-piloR)〕wereusedinthisstudy.Withthecombinationoftwoanti-glaucomaeyedrops,theinhibitionofcellprolifer-ationincreasedincomparisonwithuseofasingletypeofanti-glaucomaeyedrops,theincreasebeingadditiveineect.Incombinedtreatmentwithvarioustypesofanti-glaucomaeyedrops,theinhibitiontestforHCE-Tprolifer-ationmayprovideanusefulinformationforselectingtheanti-glaucomaeyedropstobeused.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11351138,2008〕Keywords:緑内障,SV40不死化ヒト角膜上皮細胞,レスキュラR,デタントールR,サンピロR.glaucoma,hu-mancorneaepithelialcelllineSV40,ResculaR,DetantolR,SanpiloR.———————————————————————-Page21136あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(90)状態が関与することが明らかとされ,臨床(invivo)と基礎(invitro)両方面からの観察が重要であることが報告された1).筆者らもまた,抗緑内障点眼薬がSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)へ与える細胞増殖抑制作用が,正常ヒト角膜上皮細胞のものに非常に類似しており,さらに細胞増殖性,感受性にばらつきが少なく,HCE-Tが正常ヒト角膜上皮細胞の代わりにinvitro角膜障害試験に使用できることを明らかとした2).今回,このHCE-Tを用い,現在臨床現場で多用されているb遮断薬(チモプトールR),プロスタグランジン製剤(レスキュラR,キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(デタントールR),a,b受容体遮断薬(ハイパジールR),副交感神経作動薬(サンピロR)など,異なる抗緑内障点眼薬7種の2剤併用による角膜障害性を明らかにすべく,invitro角膜障害試験について検討を行った.I対象および方法1.使用細胞培養細胞は理化学研究所より供与されたSV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を用い,100IU/mlペニシリン(GIBCO社製),100μg/mlストレプトマイシン(GIBCO社製)および5.0%ウシ胎児血清(FBS,GIBCO社製)を含むDMEM/F12培地(GIBCO社製)にて培養した.2.使用薬物抗緑内障点眼薬は市販製剤であるb遮断薬(0.5%チモプトールR),プロスタグランジン製剤(0.12%レスキュラR,0.005%キサラタンR),炭酸脱水酵素阻害薬(1%トルソプトR),選択的交感神経a1遮断薬(0.01%デタントールR),a,b受容体遮断薬(0.25%ハイパジールR),副交感神経作動薬(1%サンピロR)の7剤を用いた.表1には本研究で用いた抗緑内障薬の各種抗緑内障点眼薬に含まれる添加物を示す.また,表2には本実験で用いた各種抗緑内障薬の組み合わせについて示す.3.抗緑内障点眼薬による細胞処理法HCE-T(50×104個)をフラスコ(75cm2)内に播種し,80%コンフルーエンスとなるまで培養した3,4).この細胞を,0.05%トリプシンにて離し,細胞数を計測後,96wellプレートに100μl(10×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用いた.表3には抗緑内障点眼薬の添加量を示す.本実験では,表3に示した添加量を用い,培地およびPBS(リン酸緩衝液)で17段階希釈した薬剤(すなわち4128倍希釈)にて24時間培養後,各wellにTetraColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理を行い,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定することで細胞増殖抑制を表した.各薬剤とも培地中に含まれるpHインジケーターのフェノールレッドが中性を示すことを確認し,同実験を3表1各種抗緑内障点眼薬に含まれる添加物抗緑内障点眼薬添加物チモプトールR塩化ベンザルコニウム,リン酸二水素Na,リン酸水素Na,水酸化NaレスキュラR塩化ベンザルコニウム,ポリソルベート80,等張化剤,pH調節剤キサラタンR塩化ベンザルコニウム,リン酸二水素Na,リン酸水素Na,等張化剤トルソプトR塩化ベンザルコニウム,ヒドロキシエチルセルロース,D-マンニトール,クエン酸Na,塩酸デタントールR塩化ベンザルコニウム,濃グリセリン,ホウ酸,pH調節剤ハイパジールR塩化ベンザルコニウム,リン酸二水素K,リン酸水素Na,塩酸,塩化NaサンピロRパラオキシ安息香酸プロピル,パラオキシ安息香酸メチル,クロロブタノール,酢酸Na,ホウ酸,ホウ砂,pH調節剤表2各種抗緑内障薬の組み合わせチモプトールRレスキュラRキサラタンRトルソプトRデタントールRハイパジールRサンピロRチモプトールR○○○○○○レスキュラR○─○○○○キサラタンR○─○○○○トルソプトR○○○○─○デタントールR○○○○○○ハイパジールR○○○─○○サンピロR○○○○○○———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081137(91)7回くり返した.本研究では,細胞増殖抑制率は下記の計算式により算出した.細胞増殖抑制率(%)= (Abs未処理Abs薬剤処理)/Abs未処理×100また,得られた細胞増殖抑制率から50%細胞増殖抑制時希釈倍数を算出した.50%細胞増殖抑制時希釈倍数の算出はMicrosoftExcelによる0次式を用いて当てはめ,計算により得られた回帰曲線より求めた.II結果表4には種々抗緑内障点眼薬2剤併用処理における角膜上皮細胞増殖抑制効果について示した.いずれの抗緑内障薬も2剤を組み合わせることで単剤処理と比較し50%細胞増殖抑制時希釈倍数の上昇が確認された.しかしこの2剤併用処理時における50%細胞増殖抑制時希釈倍数の増加程度は薬物同士の組み合わせによって異なった.そこで,抗緑内障点眼薬2剤併用時の50%細胞増殖抑制時希釈倍数における各種抗緑内障点眼薬希釈倍数での単剤処理による角膜上皮細胞増殖抑制率について示した(表5).2剤併用に用いた各種抗緑内障薬のすべての組み合わせにおいて,角膜上皮細胞増殖抑制率の総和は2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制率,すなわち50%と同等かそれ以上であった.III考按角膜上皮は56層の細胞層から構成され,基底細胞と表層細胞に大きく分けられる.このうち基底細胞は分裂増殖機能と接着機能を,表層細胞はバリア機能および涙液保持機能を担っている.この4つの機能のどれか1つでも破綻した際角膜上皮障害が認められるが,なかでも薬剤の影響を特に受けやすいとされているのが分裂機能とバリア機能である5).今回用いたHCE-Tによるinvitro角膜実験は,個体差やオキュラーサーフェスの状態の要因をすべて同一条件の状態で評価することが可能なため,薬剤自身が有する角膜上皮細胞分裂機能へ与える影響を検討するのに適している.本研究では,このHCE-Tを用い,同一条件下における抗緑内障点眼薬2剤併用が角膜分裂機能へ与える影響を検討するため,異なる7種の抗緑内障点眼薬を組み合わせることによる角膜上皮細胞増殖障害について検討を行った.結果から,いずれの抗緑内障薬も2剤を組み合わせることで単剤処理と比較し角膜上皮細胞増殖障害の増加が確認された.抗緑内障薬2剤併用が角膜分裂能へ与える要因として,薬物の主薬の影響のみならず,点眼薬に含まれる保存剤の影響があげ表3抗緑内障点眼薬の添加量培地PBS薬剤1薬剤2未処理25μl50μl0μl0μl単剤処理25μl25μl25μl0μl2剤併用処理25μl0μl25μl25μl表4各種抗緑内障薬単剤および2剤併用時における50%細胞増殖抑制時希釈倍数チモプトールRレスキュラRキサラタンRトルソプトRデタントールRハイパジールRサンピロRチモプトールR29.9122.295.834.836.330.331.2レスキュラR122.299.1─102.8105.9104.8105.2キサラタンR95.8─70.495.783.088.576.9トルソプトR34.8102.895.717.535.4─23.3デタントールR36.3105.983.035.423.226.124.9ハイパジールR30.3104.888.5─26.120.124.5サンピロR31.2105.276.923.324.924.57.49表5抗緑内障薬2剤併用による50%細胞増殖抑制時における各種抗緑内障点眼薬希釈倍数での単剤処理による角膜上皮細胞増殖抑制率の総和チモプトールRレスキュラRキサラタンRトルソプトRデタントールRハイパジールRサンピロRチモプトールR50.0%52.6%64.6%65.4%58.5%52.4%レスキュラR50.0%─68.8%71.0%66.4%66.1%キサラタンR52.6%─51.9%69.3%56.6%63.6%トルソプトR64.6%68.8%51.9%61.8%─56.6%デタントールR65.4%71.0%69.3%61.8%59.2%57.4%ハイパジールR58.5%66.4%56.6%─59.2%53.7%サンピロR52.4%66.1%63.6%56.6%57.4%53.7%———————————————————————-Page41138あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(92)られ,2剤併用することにより角膜にさらされる主薬とそこに含まれる保存剤の量は相加的に増加し,これらが角膜分裂能への障害増加をひき起こすことが予想された.また,筆者らの今回の結果から,2剤併用に用いた各種抗緑内障薬のすべての組み合わせにおいて角膜上皮細胞増殖抑制率の総和は,2剤併用時の角膜上皮細胞増殖抑制率(50%)と同等かそれ以上となり,これら抗緑内障点眼薬2剤併用による角膜上皮細胞増殖障害の増加は相乗的ではなく相加的であることが明らかとなった.一方,これら2剤併用時の角膜上皮細胞増殖障害が,加算的に増加するのであれば2剤併用の50%細胞増殖抑制時希釈倍数時における各種抗緑内障薬細胞増殖抑制率の総和は約50%となるはずである.しかしながら,2剤併用の50%細胞増殖抑制時希釈倍数時における各種抗緑内障薬細胞増殖抑制率の総和は約5071%と2剤併用時の角膜上皮細胞増殖障害と比較し高かった.これらの結果は,薬物同士の組み合わせによっては,抗緑内障薬2剤併用による薬物自体の角膜上皮細胞増殖障害は単剤同士の角膜上皮細胞増殖障害の程度を単純に加算した値より軽減されることを示した.筆者らは以前の報告で抗緑内障点眼薬の角膜上皮細胞障害性は主薬の種類,含量や保存剤のみに起因するのではなく,界面活性剤などの添加物も強く関わることを明らかとした2).したがって,抗緑内障薬の2剤併用において抗緑内障薬の主薬や保存剤の量だけが影響するのではなく,含有される添加物や組み合わせといった他の要因にも注目する必要性が示唆された.今回用いた7種の抗緑内障薬のなかで細胞障害性を示すと考えられる添加物は塩化ベンザルコニウム,ポリソルベート80,パラベン類,ホウ酸などが考えられた.本研究において,2剤併用の50%細胞増殖抑制時希釈倍数時における各種抗緑内障薬細胞増殖抑制率の総和と比較し,2剤併用時の細胞増殖抑制率が顕著に(15%以上)軽減された抗緑内障薬の組み合わせは,レスキュラR×デタントールR,サンピロR,トルソプトR,ハイパジールRおよびデタントールR×チモプトールR,キサラタンRの6種類の組み合わせであった.これらはレスキュラR,デタントールR,サンピロRが含まれる組み合わせであり,レスキュラRには添付剤として界面活性剤ポリソルベート80が,デタントールRおよびサンピロRには保存剤のホウ酸が含有されていた.したがって,2剤併用による角膜上皮細胞増殖障害性は塩化ベンザルコニウムの毒性の総和で上昇するものと考えられたが,薬剤中に2つ以上の細胞毒性を示す添加物が混在する場合,2剤併用を行っても単剤での角膜上皮細胞増殖障害性を単純に合わせたものに比較し減少する傾向があるのではないかと考えられた.もちろん主薬同士の作用による角膜分裂能障害の緩和も考えられるため,今後添加物および主薬同士の組み合わせによる詳細な検討が必要と考えられる.以上,本研究では同一条件下において,抗緑内障点眼薬2剤併用時の薬剤自身が有する角膜上皮細胞増殖障害性の強さを明らかとした.これら角膜上皮細胞増殖障害性は,臨床においては涙液能低下などの他の作用により相乗的に角膜上皮細胞障害をひき起こすと考えられることから6),今回のinvitroの結果を基盤とした臨床結果のさらなる解析を行うことで,薬剤の選択が容易になるものと考えられた.これらの報告は今後の角膜研究および抗緑内障点眼薬投与時における薬物選択を決定するうえで一つの指標になるものと考えられた.文献1)徳田直人,青山裕美子,井上順ほか:抗緑内障薬が角膜に及ぼす影響:臨床とinvitroでの検討.聖マリアンナ医科大学雑誌32:339-356,20042)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:抗緑内障点眼薬の角膜障害におけるinvitroスクリーニング試験:SV40不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた細胞増殖抑制作用の比較.あたらしい眼科25:553-556,20083)ToropainenE,RantaVP,TalvitieAetal:Culturemodelofhumancornealepitheliumforpredictionofoculardrugabsorption.InvestOphthalmolVisSci42:2942-2948,20014)TalianaL,EvansMD,DimitrijevichSDetal:Theinu-enceofstromalcontractioninawoundmodelsystemoncornealepithelialstratication.InvestOphthalmolVisSci42:81-89,20015)俊野敦子,岡本茂樹,島村一郎ほか:プロスタグランディンF2aイソプロピルウノプロストン点眼液による角膜上皮障害の発症メカニズム.日眼会誌102:101-105,19986)大規勝紀,横井則彦,森和彦ほか:b遮断剤の点眼が眼表面に及ぼす影響.日眼会誌102:149-154,2001***