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長期臥床後の硝子体手術を契機に発症したMRSEによる眼内炎の1例

2015年4月30日 木曜日

《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):569.572,2015c長期臥床後の硝子体手術を契機に発症したMRSEによる眼内炎の1例馬詰和比古八木浩倫有本剛服部貴明若林美宏後藤浩東京医科大学眼科学分野ACaseofEndophthalmitisCausedbyMethicillin-ResistantStaphylococcusepidermisafterVitrectomyinaLong-TermBedriddenPatientKazuhikoUmazume,HiromichiYagi,GoArimoto,TakaakiHattori,YoshihiroWakabayashiandHiroshiGotoDepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity目的:テルソン(Terson)症候群に対する硝子体手術後に発症したmethicillin-resistantStaphylococcusepidermis(MRSE)を起因菌とする細菌性眼内炎を報告する.症例:61歳の女性.くも膜下出血のため入院し,脳神経外科で手術を施行された.集中治療室(ICU)で覚醒後に両眼の視力低下を自覚して当科紹介受診となり,くも膜下出血に続発したTerson症候群と診断された.一般病床へ転床後も視力改善がみられないため,白内障手術と25ゲージ硝子体手術が計画された.手術は問題なく終了したが,術後約48時間後に右眼の急激な視力低下を自覚した.その際の診察所見は,右眼の視力は30cm指数弁,前房細胞3+,眼内レンズ前後面にフィブリンの析出,Bモード超音波断層検査で濃厚な硝子体混濁を認め,術後眼内炎と診断した.ただちにセフタジジムおよびバンコマイシンの硝子体注射を行い,同日に硝子体手術を再度施行した.術中に採取した硝子体の培養検査によりMRSEが検出された.考按:Terson症候群に続発したMRSEを起因菌とする術後眼内炎を経験した.長期間ICUなどに入院している場合には,耐性菌による術後眼内炎の発症に留意する必要があることを再認識した.Purpose:Toreportacaseofendophthalmitiscausedbymethicillin-resistantStaphylococcusepidermis(MRSE)aftervitrectomyinalong-termbedriddenpatient.Casereport:A61-year-oldfemalewastreatedforsubarachnoidhemorrhage.Afterthesurgery,shebecameawareofblurredvisionduetodensevitreoushemorrhage.WediagnosedhersymptomsasTerson’ssyndromeandplanneda25-gaugevitrectomywithcataractsurgery.Thesurgerywasperformedwithoutcomplication,however,hervisionsuddenlydecreased48hoursaftertheinitialsurgery.Theocularconjunctivawasstronglyinjected,andtheanteriorchamberwasinflamedwith3+cellsanddensevitreousopacitywasrevealedbyB-modeultrasoundexamination.Finally,shewasdiagnosedwithseverepostoperativeendophthalmitis,andweimmediatelyinjectedceftazidimeandvancomycinintothevitreouscavity.Furthermore,areoperationwasperformedonthesameday.MRSEwasdetectedfromboththeaqueoushumorandvitreoushumor.Conclusion:Weshouldbeawareofendophthalmitiscausedbydrug-resistantbacteria,especiallyinlong-termbedriddenpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):569.572,2015〕Keywords:術後細菌性眼内炎,MRSE,テルソン症候群.postoperativeendophthalmitis,MRSE,Terson’ssyndrome.はじめにうになってきた.25ゲージ硝子体手術導入当初は,術後の近年,23ゲージ,25ゲージといった小切開硝子体手術低眼圧などを原因とする術後眼内炎の発症率が,従来の20(microincisionvitrectomysurgery:MIVS)の適応拡大にゲージ硝子体手術に比べて高率であるとの報告も散見されよって,多くの症例で小切開無縫合硝子体手術が施されるよた1,2).しかし,MIVSが普及して約10年が経過し,25ゲー〔別刷請求先〕馬詰和比古:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野Reprintrequests:KazuhikoUmazume,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMedicalUniversity,6-7-1Nishi-Shinjyuku,Shinjyuku-ku,Tokyo160-0023,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(105)569 ジ硝子体手術後の眼内炎発症率に差異はないとの報告もみられるようになった.国内でのShimadaら3)の報告では,術後眼内炎の発症率は,20ゲージ硝子体手術では0.0278%(1例/3,592例)であるのに対して,25ゲージでは0.0299%(1例/3,343例)であり,有意差は両者の間になかったとされている.今回筆者らは,Terson症候群に併発した硝子体出血に対する白内障手術同時25ゲージ硝子体手術の術後早期に,重篤な眼内炎を生じた1例を経験した.本症例における術中,術後の眼所見とともに原因究明,今後の対策について報告する.I症例63歳.女性.既往歴は特になし.2013年12月深夜に自宅で倒れているところ(意識レベルはJCSIII-300)を発見され,東京医科大学病院の救急救命センターへ搬送された.病着後,頭部CT検査で解離性右椎骨動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断され,同日に脳血管内手術が施行された.術後は集中治療室(ICU)に入院となり,術後2日には意識清明で神経脱落症状は認めなかったが,両眼の視力低下を自覚したため眼科を紹介受診となった.両眼ともに視力は30cm手動弁で矯正不能,眼圧は右眼13mmHg,左眼11mmHgであった.前眼部は軽度白内障(Emery-Little分類grade2)があり,眼底は両眼とも濃厚な硝子体出血のため透見不能であったが,Bモード超音波断層検査では明らかな網膜.離などの所見は認めなかった.ICUから一般病床に転出したが,視力の回復がみられなかったため,くも膜下出血発症37日後に,左眼に対して25ゲージ硝子体システム(アルコン社製Constellation)を用いて白内障手術同時硝子体手術を施行した.上方強角膜切開で白内障手術を行い,網膜アーケード血管に沿って存在していた増殖膜を.離し切除,濃厚な硝子体出血を除去し,9-0吸収糸でポートを縫合し手術終了とした.術後経過は良好で,左眼矯正視力1.2まで改善した.先行眼の手術から約1カ月後に,右眼の手術を左眼と同様に25ゲージ硝子体システムを用いて施行した.手術は型どおりに行い,濃厚な硝子体出血を除去した後に先行眼と同様,9-0吸収糸でポートを縫合し終了とした.術翌日は,創からの眼内液の漏出もなく,左眼眼圧は7mmHg,眼底の透見も良好で矯正視力は0.4まで改善していた.術後2日目早朝の診察時も前日と変わりなく経過良好であったが,同日の夕方,術後約48時間後に著明な視力低下(30cm手動弁)の訴えがみられた.高度の毛様充血,眼内レンズ前後面にフィブリンの析出を認め,前房蓄膿も伴っていた.眼底は透見不可能で,Bモード超音波断層検査で硝子体混濁と思われる所見を確認した.ただちに病棟内で前房洗浄を行い,セフタジシムとバンコマイシンの硝子570あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015体内注射を施行し,3時間後に緊急手術を開始した.再手術も初回手術と同様,25ゲージ硝子体システムを用いて施行した(図1).既報4)にあるように灌流液にはセフタジシムとバンコマイシンを注入したものを用いた.眼内レンズの前後面を覆っていたフィブリン膜を除去した後に硝子体カッターで後.を切除し,硝子体腔と前房との交通を確保した.眼底は白色の強い硝子体混濁のために透見不能であったが,混濁を吸引し,残存硝子体を可及的に切除した.硝子体混濁の除去後に眼底を観察すると,後極部を中心にフィブリンと思われる白色の膜様物が堆積し,網膜も一部蒼白で出血斑も散在していた(図2).後極部の膜様物も可及的に除去し,カニューラ挿入部は結膜を切開して8-0ナイロン糸で縫合し,手術を終了した.術後はセフタジシムとバンコマイシンの点眼を1時間ごとに施行し,セフェピム2g/日の全身投与を追加した.前房洗浄時および再手術時に採取した前房水,硝子体液の培養検査によりmethicillin-resistantStaphylococcusepidermis(MRSE)が検出された.薬剤感受性はMIC(μg/ml)では,通常筆者らの施設で術後に用いているレボフロキサシン(LVFX)4μg/ml以上で耐性であり,他にセファゾリン(CEZ)8g/ml以下,ゲンタマイシン(GM)8μg/ml以上でLVFXと同様に耐性であった.一方で,バンコマイシン(VCM)は2μg/mlと感受性を示し,他にアルベカシン(ABK)1μg/ml以下,ミノマイシン(MINO)2μg/ml以下と感受性は高かった.術中より使用していたVCMに対する感受性があったため,治療を継続とし,厳重な経過観察を行った.術後は徐々に炎症も消退し,術後6日目には前房蓄膿も消失した.眼内レンズの後面の混濁は緩徐ではあるが消退傾向を示し,術後10日目に眼底の透見もできるようになり,矯正視力は0.02となった.術後11日目には感染の増悪徴候がないことから退院とし,外来での経過観察とした(図3).退院後の術後16日目よりバンコマイシン点眼の回数を1日6回と減らし,さらに0.1%ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム液(1日4回)を追加した.その後の経過は良好で,眼内レンズ後面の混濁は残存しているものの,炎症の再燃はなく,術後40日目の矯正視力は0.4まで回復した(図3).眼底は下方に黒色の顆粒状混濁が残存している他は,検眼鏡的にはほぼ正常所見であった(図4).しかしながら,網膜電位図を術後40日後に施行したところ,singleflashでは両眼のa波の減弱,右眼のb波の減弱,photopicではb波の減弱を認めた.両眼の桿体機能の低下および左眼の錐体機能低下が示唆され,いずれも眼内炎による影響と考えられた(図5).なお,右眼の細菌性眼内炎の起因菌がMRSEであったことから,僚眼についても結膜.細菌検査を改めて施行したが,菌は検出されなかった.(106) 図1再手術直前の前眼部所見毛様充血と前房内のフィブリンの析出および前房蓄膿を認める.ABCD図3再手術後の前眼部写真A:術後2日目,B:術後6日目,C:術後16日目,D:術後40日目.術後6日目には前房蓄膿は消失し,徐々に眼内レンズ後面の混濁も消退している.図5再手術後に行ったERGSingleflashでは両眼のa波の減弱,右眼のb波の減弱,Photopicではb波の減弱を認めた.(107)図2再手術時の眼底所見後極部にフィブリン膜と網膜内出血を認める.図4再手術後40日目の眼底写真検眼鏡的には,視神経,黄斑ともにほぼ正常となっている.II考按25ゲージ硝子体手術施行後早期に,MRSEを起因菌とする細菌性眼内炎の症例を経験した.MIVSの普及から10年が経過し,術後の細菌性眼内炎の発症は導入当初より減少していると考えられ3),なかでもMRSE関連術後細菌性眼内炎は1例報告があるのみで5),非常に稀である.以前に丸山らは白内障手術前患者の結膜.内常在菌の検索を施行し,1,787眼中948眼(53.1%)に何らかの細菌が検出されたことを報告している6).そのうち337眼に対して薬剤耐性菌の検索を行ったところ,MRSEが8.5%,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が2.1%検出された.今回の症例と同様に長期入院をしていた患者に対して結膜.内常在菌の検索を行った調査では,細菌の検出率が77.1%と高あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015571 率であることが報告されている7).また,術前患者ならびに集中治療室入院患者における咽頭,下気道菌叢の検討によると,術前患者の咽頭からは正常細菌叢のみの検出であったのに対し,集中治療室患者の咽頭からは高率に耐性菌が検出されることが報告されている8).本症例の原疾患はくも膜下出血に続発するTerson症候群9)であったが,術後の細菌性眼内炎とTerson症候群の関連を示唆する報告はない.しかし,今回の症例はくも膜下出血に対する手術後に一定期間にわたって集中治療室に滞在しており,耐性菌感染などに対する感染のリスクが高くなっていた可能性が考えられる.集中治療室などに入院している患者の多くは,immunocompromisedhostであるということを念頭に置き,内眼手術を予定している場合にはあらかじめ結膜.内の細菌検査を施行し,薬剤耐性菌の検出がみられた際には除菌を行うなどの対策が必要であると考えられた.周術期における感染症対策として,術中にポビドンヨードを使用する試みが普及しつつある.当院でも最近は0.125%のポビドンヨードを術中に使用し,予防対策の一つとしているが,今回の症例の手術時にはまだ導入していなかった.ポビドンヨードに関しては角膜内皮細胞に対する影響も懸念されているが10),Shimadaら11)は周術期における感染予防への有用性について言及している.すなわち,25ゲージ硝子体手術時の術野廃液パックからの細菌検出率を,角膜保護目的に従来どおりの灌流液とポビドンヨードを用いて比較検討したところ,ポビドンヨード群では有意に細菌検出率が低かったことを報告している11).今回,不幸にして耐性菌を原因とする重篤な術後細菌性眼内炎を生じた症例を経験したが,経結膜小切開硝子体手術が主流となっている今日では,周術期における感染対策のみならず,状況に応じた術前の予防処置も重要であることが再認識させられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KunimotoDY,KaiserRS:Incidenceofendophthalmitisafter20-and25-gaugevitrectomy.Ophthalmology114:2133-2137,20072)ScottIU,FlynnHWJr,DevSetal:Endophtalmitisafter20-gaugeand25-gaugeparsplanavitrectomy:incidenceandoutcomes.Retina28:138-142,20083)ShimadaH,NakashizukaH,HattoriTetal:Incidenceofendophthalmitisafter20-and25-gaugevitrectomy:causesandprevention.Ophthalmology115:2215-2220,20084)薄井紀夫:白内障術後眼内炎─危機を脱出するタイミングと方法.臨眼60:30-36,20065)MatsuyamaK,KunimotoK,TaomotoMetal:Earlyonsetendophthalmitiscausedbymethicillin-resistantStaphylococcusepidermidisafter25-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomy.JpnJOphtalmol52:508-510,20086)丸山勝彦,藤田聡,熊倉重人ほか:手術前の外来患者における結膜.内常在菌.あたらしい眼科18:646-650,20017)MelaEK,DrimtziasEG,ChristofidouMKetal:Ocularsurfacebacterialcolonisationinsedatedintensivecareunitpatients.AnaesthIntensiveCare38:190-193,20108)吉富裕子,河野茂,光武耕太郎ほか:術前患者およびICU患者における咽頭および下気道菌叢の検討─特に気管内挿管の影響について.感染症学雑誌65:1569-1577,19919)TersonA:Del’hemorrhagiedanslecorpsvitreaucoursdel’hemorrhagiecerebrale.ClinOphthalmol6:309-212,190010)AlpB.N,ElibolO,SargonM.Fetal:Theeffectofpovidoneiodineonthecornealendothelium.Cornea29:546550,200011)ShimadaH,NakashizukaH,HattoriTetal:Reducingbacterialcontaminationinsidefluidcatchbagin25-gaugevitrectomybyuseof0.25%povidone-iodineocularsurfaceirrigation.IntOphthalmol33:35-38,2013***572あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(108)