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後天性免疫不全症候群(AIDS)に合併した梅毒性ぶどう膜炎の1症例

2016年2月29日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(2):309.312,2016c後天性免疫不全症候群(AIDS)に合併した梅毒性ぶどう膜炎の1症例中西瑠美子石原麻美石戸みづほ木村育子迫野卓士山根敬浩中村聡水木信久横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学講座ACaseofSyphiliticUveitiswithAcquiredImmunodeficiencySyndromeRumikoNakanishi,MamiIshihara,MizuhoIshido,IkukoKimura,TakutoSakono,TakahiroYamane,SatoshiNakamuraandNobuhisaMizukiDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)に梅毒性ぶどう膜炎を合併した症例を経験した.症例は39歳の同性愛者男性で,左眼飛蚊症を主訴に受診した.左眼底に網膜血管炎,黄斑部近傍に黄白色滲出斑・出血がみられた.梅毒血清反応陽性,ヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeficiencyvirus:HIV)抗体陽性,カリニ肺炎・カポジ肉腫の合併により,AIDSに合併した梅毒性ぶどう膜炎と診断した.ペニシリンG大量点滴によりぶどう膜炎は改善した.高活性抗レトロウイルス療法(highlyactiveanti-retroviraltherapy:HAART)導入後,CD4数の回復とともに軽い硝子体炎が出現したが,ステロイド点眼にて改善した.梅毒性ぶどう膜炎の臨床像は多彩であるため,梅毒血清反応はルーチンに行うことが必須である.また,梅毒性ぶどう膜炎ではHIVなどの合併感染の可能性を念頭に置く必要があると考えられた.Wereportacaseofsyphiliticuveitiscomplicatedwithacquiredimmunodeficiencysyndrome(AIDS).Thepatient,a39-year-oldhomosexualmale,presentedocularfloatersinhislefteye.Theeyeshowedretinalvasculitis,yellowish-whiteexudatesandhemorrhagearoundthemacula.GivencomplicationsofPneumocystiscariniipneumoniaandKaposisarcoma,withpositiveresultsofserologictestingforsyphilisandhumanimmunodeficiencyvirusantibody,hewasdiagnosedwithsyphiliticuveitiscomplicatedbyAIDS.AlargevolumeofpenicillinGintravenousdripinducedimprovementintheuveitis.Afterhighlyactiveanti-retroviraltherapy(HAART)initiation,mildvitritisoccurredwithrecoveryofCD4number,butwasrelievedbyocularsteroidadministration.Becausetheclinicalimageofsyphiliticuveitisisvariegated,itisimportanttoroutinelyperformstandardserologictestingforsyphilisandtoconsiderthepossibilityofmergerinfection,suchaswithHIV,whendiagnosingsyphiliticuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(2):309.312,2016〕Keywords:後天性免疫不全症候群(AIDS),梅毒性ぶどう膜炎,梅毒血清反応,ヒト免疫不全ウイルス(HIV).acquiredimmunodeficiencysyndrome(AIDS),syphiliticuveitis,serologictestforsyphilis,humanimmunodeficiencyvirus(HIV).はじめに梅毒性ぶどう膜炎の頻度は低い1)が,梅毒は網脈絡膜炎,網膜血管炎,視神経乳頭炎,硝子体炎,虹彩毛様体炎など多彩な臨床所見を呈し,眼所見からでは診断はできない.以前はヒト免疫不全ウイルス(humanimmunodeficiencyvirus:HIV)感染患者における眼梅毒の発症率は0.6%程度と報告されていたが2),HIV感染症と梅毒の合併感染例が世界的に増加している3.5).今回,眼症状を契機に,梅毒とHIVの合併感染が判明し,後天性免疫不全症候群(acquiredimmunodeficiencysyndrome:AIDS)と梅毒性ぶどう膜炎の診断がついた症例を経験したので報告する.この報告に関しては対象者に十分な説明を行い,同意を得た.〔別刷請求先〕中西瑠美子:〒236-0064神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学講座Reprintrequests:RumikoNakanishi,YokohamaCityUniversityHospital,3-9Fukura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa2360064,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(149)309 I症例患者:39歳,男性,同性愛者.主訴:左眼飛蚊症.既往歴:淋菌およびクラミジア感染症.現病歴:2014年3月,近医眼科で左眼部帯状疱疹にて加療後,同年7月,左眼飛蚊症を自覚した.近医にて左眼に網膜滲出斑および出血,網膜血管炎を認めたため,2014年7月上旬に横浜市立大学附属病院眼科を受診した.初診時眼所見:視力は右眼1.2(1.5×0.00D(cyl.0.50DAx90°),左眼0.6(0.7×.0.00D(cyl.0.50DAx80°).眼圧は右眼15mmHg,左眼11mmHg,左眼に前部硝子体細胞とびまん性硝子体混濁がみられた.左眼底には黄白色滲出斑と出血がおもに黄斑近傍に散在し,視神経乳頭の発赤がみられた(図1A).蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では造影のごく初期から,左眼の視神経乳頭および網膜動脈からの旺盛な蛍光色素漏出がみられ,時間とともに増強した(図1B).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では,左眼に網膜出血と黄斑浮腫による網膜厚の増加を認めた(図1C).Goldmann視野検査では,左眼に中心からMariotte盲点につづく暗点を認めた.右眼には異常を認めなかった.検査所見(表1):左眼部帯状疱疹の既往があり,眼底所見からサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)網膜炎も鑑別にあがったため,前房水PCRによる遺伝子および抗体検査を行った.単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(varicellazostervirus:VZV),CMVはすべて陰性であった.全身検査では梅毒抗体検査陽性,RPR定量128倍,TPHA定量81,920倍であり,梅毒と診断された.T-SPOTおよび抗トキソプラズマ抗体は陰性であった.また,末梢血リンパ球数は775/μl(基準値1,000.4,500/μl)と減少,CD4数は49.6/μlと著明な減少を認めたため,HIV感染を疑った.血清抗HIV抗体は陽性,HIV-RNA量は1.8×105と高値であり,HIV感染が判明した.初診から9日目に施行した髄液検査にて,トレポネーマ抗体吸収試験(FTA-ABS)陽性となり,神経梅毒と診断された.また,胸部CT画像で網状顆粒影がみられたため,気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolarABC図1初診時(左眼)A:眼底所見.硝子体混濁,視神経乳頭発赤,黄斑近傍に散在する黄白色滲出斑および出血,網膜動脈炎がみられた.B:蛍光眼底造影所見.造影のごく初期から,視神経乳頭および網膜動脈から旺盛な蛍光色素漏出がみられた.C:OCT画像.網膜出血と黄斑浮腫による網膜厚の増加がみられた.表1初診時検査所見血液検査:リンパ球775/μl,CD449.6/μl血清抗HIV抗体陽性HIV-RNA量1.8×105/ml梅毒抗体検査STS法陽性,TPHA法陽性梅毒定量検査STS128倍,TPHA81,920倍結核検査陰性前房水検査:遺伝子PCR検査HSV1.0×1.02未満,VZV1.0×102未満,CMV1.0×102未満抗体価率(Q値)*HSV0.76,VZV0.70,CMV4.24髄液検査:トレポネーマ抗体吸収試験(FTA-ABS)陽性*抗体価率(Q値)=(眼内液ウイルス抗体価÷眼内炎中の総IgG濃度)÷(血清ウイルス抗体価÷血清中の総IgG濃度)310あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016(150) ABC図2駆梅療法後(初診後40日)(左眼)A:眼底所見.視神経乳頭発赤は消失し,黄斑近傍の滲出斑と出血は吸収した.B:蛍光眼底造影.視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈.細動脈からの蛍光色素漏出は残るものの,治療前に比べて改善がみられた.C:OCT画像.黄斑浮腫は消失したが,IS/OSラインを含むスリーラインは一部不明瞭.消失し,網膜の菲薄化がみられた.表2HAART導入前後のリンパ球数,CD4数,HIV.RNA量の変化初診時HAART開始48日目4カ月目8カ月目リンパ球数OD4数HIV-RNA量775/μl49.6/μl1.8×105/ml3,585/μl333.4/μl2.0×102/ml2,970/μl356.4/μl6.5×10/ml3,223/μl464.2/μl4.7×10/mllavagefluid:BALF)のPCRを施行したところ,ニューモシスチス陽性となり,ニューモシスチス肺炎と診断された.さらに,初診時よりみられた両下腿内側の皮疹を生検したところ,カポジ肉腫と診断された.以上,全身検査とFA所見から他のぶどう膜炎やHIV網膜炎は否定され,AIDSに合併した梅毒性ぶどう膜炎と診断された.治療経過:初診から7日目より,梅毒性ぶどう膜炎および神経梅毒に対し,ペニシリンG2,400万単位/日が14日間点滴投与された.左眼の硝子体混濁および視神経乳頭発赤は消失し,黄斑近傍の滲出斑と出血は消失した(図2A).FAでは視神経乳頭の過蛍光,網膜動脈.細動脈からの蛍光色素漏出は残るものの,駆梅療法前に比べ改善がみられた(図2B).OCTでは黄斑浮腫は消失したが,IS/OSラインを含むスリーラインは一部不明瞭.消失し,網膜の菲薄化がみられた(図2C).初診から32日目より,高活性抗レトロウイルス療法(highlyactiveantiretroviraltherapy:HAART)が開始され,8日目にはCD4数は333/μlに上昇し,HIV-RNA量は2.0×102/mlとなった(表2).HAART開始後14日目,軽度の前部硝子体細胞と硝子体混濁が出現したが,ステロイド点眼にて3カ月で消炎した.8カ月後,CD4数は464/μlとなり(表2),カポジ肉腫とニューモシスチス肺炎は軽快した.現在まで眼炎症の再燃はみられていないが,黄斑部は萎縮病巣となり,左眼最終矯正視力は0.5となった.(151)II考按最近,欧米では,MSM(menwhohavesexwithmen)の間で梅毒が増加していることが報告されている3).梅毒性ぶどう膜炎のケースシリーズでは,MSMかつHIV陽性例は,17/50例(34%)4)や13/13例(100%)5)であり,梅毒とHIVの合併感染例は非常に多い.両者は,同じ性感染症であるため,梅毒はHIVの感染効率を上げ,HIV感染における免疫不全状態が梅毒への感染性や再発性を高めるとされる.したがって,梅毒感染では血清HIV抗体を調べることは必須であると考えられる.一方,わが国では,梅毒性ぶどう膜炎は少なく,全ぶどう膜炎の原因疾患のなかでは0.4%に過ぎない1).しかし,多数例のHIV感染患者にみられる眼病変を調べた報告では,梅毒性ぶどう膜炎の占める割合は以前は0/31例(0%)6),0/51例(0%)7),と非常に低かったが,最近の報告では2/64例(3.1%)8)と増加している.実際,わが国でも梅毒性ぶどう膜炎とHIV感染の合併の報告が散見されている9.12).本症例では眼所見からCMV網膜炎,帯状疱疹の既往から急性網膜壊死などが鑑別にあがった.これらヘルペス属ウイルスは前房水PCR検査で否定され,梅毒血清反応高値,さらに髄液検査により神経梅毒が確認されたことより,梅毒性ぶどう膜炎と確定診断された.HIV感染症に合併した梅毒では,非合併感染例と比較して神経梅毒の頻度が高く,HIV感染非合併例では10%であるが,合併例では23.5%と報告されている13).とくにCD4あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016311 陽性リンパ球数が低く,梅毒血清反応定量値が高い場合は高リスクとされており,本症例は合致している.本症例は神経梅毒に準じたペニシリンG大量点滴療法で治療したが,米国疾病予防管理センター(CentersforDiseaseControlandPrevention:CDC)はすべての眼梅毒患者は神経梅毒に準じた治療をすること,髄液検査を受けることを推奨している14).HAARTの導入に伴い病勢のコントロールが可能になったが,CMV網膜炎の再燃や,免疫能が回復することで生じる免疫回復ぶどう膜炎(immunerecoveryuveitis:IRU)が問題となっている15).IRUの初期病変は虹彩炎や硝子体炎で始まるため,CMV,結核,梅毒などの感染症との鑑別が困難なこともある.IRUの機序として,HAARTによりウイルスに特異的なT細胞が増えると眼内に残存するウイルス抗原に対して炎症反応を生じ,炎症が出現することが考えられている16).筆者らの症例ではHAART導入後に軽度の硝子体炎がみられた.導入前に,前房水PCRにてCMV感染は否定されていたが,初診時にはすでに沈静化していたCMV網膜炎があった可能性もあり,これがIRUである可能性は否定できない.おわりに本症例は眼科受診を契機に,梅毒感染とHIV感染が明らかになった.梅毒性ぶどう膜炎の頻度は低いが1),特徴的な臨床所見は存在しないため,ぶどう膜炎患者におけるルーチン検査としての梅毒血清反応は必須である.また,梅毒感染者では,HIV合併感染の可能性を常に念頭に置き,血清HIV抗体検査をするべきであると考えられた.文献1)OhguroN,SonodaK,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20122)ShalabyIA,DunnJP,SembaRDetal:Syphiliticuveitisinhumanimmunodeficiencyvirus-infectedpatients.ArchOphthalmol115:469-473,19973)SavageEJ,MarshK,DuffellSetal:RapidincreaseingonorrheaandsyphilisdiagnosesinEnglandin2011.EuroSurveeill17:pii20224,20124)FonollosaA,Maetinez-IndartL,ArtarazJetal:Clinicalmanifestationsandoutcomesofsyphilis-associateduveitisinNorthernSpain.OculImmunolInflamm14:1-6,20145)LiSY,BirnbaumAD,TesslerHHetal:Posteriorsyphiliticuveitis:Clinicalcharacteistics,co-infectionwithHIV,responsetotreatment.JpnJOphthalmol55:486-494,20116)上村敦子,八代成子,武田憲夫ほか:ヒト免疫不全ウイルス感染者における眼病変.日眼会誌110:698-702,20067)宮本千絵,八代成子,永田洋一ほか:エイズ治療・研究開発センターを受診したヒト免疫不全ウイルス感染者の眼病変.日眼会誌105:483-487,20018)濱本亜裕美,建林美佐子,上平朝子ほか:ヒト免疫不全ウイルス(HIV)患者のHAART導入前後の眼合併症.日眼会誌116:721-729,20129)山本香子,菊池雅史,川本未知ほか:梅毒性視神経炎と網脈絡膜炎を合併したHIV感染症患者の1例.あたらしい眼科21:1273-1276,200410)佐村雅義,中西徳昌,河田博ほか:HIV感染と合併した梅毒性ぶどう膜炎の2例.臨眼49:979-983,199511)池田宏一郎,渡瀬誠良,川村洋行ほか:Humanimmunodeficiencyvirus感染を合併した梅毒性ぶどう膜炎の1例.臨眼53:193-196,199912)菱矢直邦,中村ふくみ,山田豊ほか:HIV感染症に合併した梅毒性ぶどう膜炎の1例と神経梅毒の1例.感染症学雑誌87:276,201313)KinghornGR:Syphilis.In:InfectiousDiseases(CohenJ,PowderlyWG,eds),2nded,Mosby,p807-816,200414)DavisJL:Ocularsyphilis.CurrOpinOphthalmol25:513-518,201415)NguyenQD,KempenJH,BoltonSGetal:ImmunerecoveryuveitisinpatientswithAIDSandcytomegalovirusretinitisafterhighlyactiveantiretroviraltherapy.AmJOphthalmol129:634-639,200016)NussenblattRB,LaneHC:Humanimmunodeficiencyvirusdisease:changingpatternsofintraocularinflammation.AmJOphthalmol125:374-382,1998***312あたらしい眼科Vol.33,No.2,2016(152)