———————————————————————- Page 1(109) 15490910-1810/09/\100/頁/JCOPY あたらしい眼科 26(11):1549 1552,2009c〔別刷請求先〕 董震宇:〒060-8638 札幌市北区北 15 条西 7 丁目北海道大学大学院医学研究科病態制御学専攻感覚器病学講座 眼科学分野Reprint requests:Zhenyu Dong, M.D., Department of Ophthalmology, Hokkaido University Graduate School of Medicine, N-15, W-7, Kita-ku, Sapporo 060-8638, JAPANルベオーシスを合併した内因性真菌性眼内炎に対し両眼の硝子体手術を施行した 1 症例董震宇*1,3村松昌裕*1,3中村佳代子*1,3福原淳一*3横井匡彦*2田川義継*3*1 KKR札幌医療センター眼科*2 手稲渓仁会病院眼科 *3 北海道大学大学院医学研究科病態制御学専攻感覚器病学講座眼科学分野Diferent Vitrectomy Outcomes for Bilateral Rubeotic Endogenous Ophthalmitis in a Patient with Severe CandidemiaZhenyu Dong1,3), Masahiro Muramatsu1,3), Kayoko Nakamura1,3), Junichi Fukuhara3), Masahiko Yokoi2) and Yoshitsugu Tagawa3)1)Department of Ophthalmology, KKR Sapporo Medical Center, 2)Department of Ophthalmology, Teine Keijinkai Hospital, 3)Department of Ophthalmology, Hokkaido University Graduate School of Medicine緒言:S 状結腸切除後にルベオーシスを伴う両眼の真菌性眼内炎を発症し,菌血症改善の前後で硝子体手術を施行した 1 症例を経験したので報告する.症例:63 歳,男性.平成 19 年 7 月腸穿孔のため腸切除術を受けた.術後に腹腔膿瘍を生じ中心静脈留置カテーテルからカンジダが検出されたためフルコナゾール全身投与を開始,8 月上旬ミカファンギンナトリウムに変更されたがb-d-グルカン値は測定限界以上であった.8 月中旬に両眼の視力低下が出現し KKR札幌医療センター眼科初診.矯正視力右眼 0.1,左眼 0.06,線維素析出,虹彩後癒着を伴う前房炎症と隅角血管新生が両眼にみられた.両眼底に類円形白色滲出斑が散在したが硝子体混濁はなかった.初診 2 日後両眼硝子体混濁が出現し左眼は眼底透見困難となったため 6 日後に硝子体手術を行った.術直前に全身投与をボリコナゾールに変更したが術時b-d-グルカンは測定限界値以上のままであった.左眼は術後も消炎せず網膜 離に至ったが全身状態不良のため再手術は行えなかった.右眼はその 1 カ月後に全網膜 離を生じたが,b-d-グルカン値と全身状態が改善した状態で硝子体手術を行い,復位と消炎が得られ視力も改善した.考察:両眼の予後の違いから,真菌性眼内炎の手術適応の決定には従来の眼所見の分類に加え菌血症の状態を考慮する必要があると考えられた.ルベオーシスを伴う症例は進行が速く予後不良の可能性があり,手術時期について慎重な検討を要すると思われる.A 63-year-old male presented with blurred vision after S-colon resection. Subsequent ophthalmologic exami-nation revealed in ammation of anterior chamber with iris rubeosis at his rst visit and vitreous opacity in both eyes 2 days later. Despite severe candidemia, vitrectomy was performed on the left eye because of white retinal lesion and signi cant worsening of vitreous opacity. However, total retinal detachment ultimately occurred, due to strong postoperative in ammation. An additional operation was considered, but consent could not be obtained;sight was eventually lost in the left eye. However, vitrectomy was performed on the right eye after the ameliora-tion of candidemia, even though retinal detachment had been con rmed before the operation. The result was reti-nal restoration and postoperative best-corrected visual acuity of 0.52(converted to the logarithmic minimum angle of resolution). Endogenous fungal ophthalmitis with iris rubeosis can progress rapidly;not only the condition of the eye, but also the general condition, particularly that of candidemia, should be considered prior to vitrectomy.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(11):1549 1552, 2009〕Key words:ルベオーシス,カンジダ血症,内因性眼内炎,硝子体手術.rubeosis, endogenous ophthalmitis, candi-demia, vitrectomy.———————————————————————- Page 21550あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(110)はじめに内因性真菌性眼内炎は消化管術後や,経中心静脈栄養(IVH)の普及により近年増加している1).真菌性眼内炎は従来の病期分類により抗真菌薬の全身投与,眼局所投与がまず行われ,高度の硝子体混濁や網膜 離などをきたした場合にはさらに硝子体手術が行われている2 5).しかし手術の適応を決める際には眼局所の状態が重視され,全身状態,特に真菌感染症そのものの状態にはほとんど言及されていない.また,筆者らの知りうる限り,虹彩ルベオーシスを伴う真菌性眼内炎の報告はない.今回,S 状結腸切除後にルベオーシスを伴う両眼の真菌性眼内炎を発症し,菌血症改善の前に左眼,改善後に右眼の硝子体手術を施行したところ,左右で異なる結果となった 1 例を経験したので報告する.I症例患者:63 歳,男性.主訴:両眼のかすみ.現病歴:2007 年 7 月 4 日原因不明の S 状結腸穿孔に対し近医外科で腸切除と人工肛門増設術を受け,術創離開のため再手術も施行された.その後消化管出血を生じたが,保存的治療で経過した.しかしその後熱発し,7 月 23 日の血液培養から Candida albicans が検出され,抗菌薬(詳細不明)と抗真菌薬フルコナゾールが全身投与された.状態が改善しないため 8 月 9 日に KKR 札幌医療センター(以下,当院)外科 に 転 院 し た. 血 液 検 査 の 結 果 CRP(C 反 応 性 蛋 白)が17.44 m g/dl,b-d-グルカンが測定限界値(300 p g/ml)以上であった.抗真菌薬はフルコナゾールからミカファンギンナトリウムに変更され,当院外科での腹腔ドレナージなどの治療により全身状態は一時的に改善したが,前医の術後で 7 月中旬頃より出現した両眼のかすみが増悪したため,8 月 15日に当院眼科初診となった.既往歴:気管支喘息.プレドニゾロン5 m g/day を内服していたが,外科術後より中止.家族歴:特記事項はなし.初診時所見:視力は右眼 0.1,左眼 0.06(ともに矯正不能),眼圧は両眼とも 10 mmHg,前房内は両眼とも線維素析出,虹彩後癒着と隅角新生血管がみられた.両眼底は網膜に小類円形白色滲出斑が散在したが,網膜出血や硝子体混濁はなかった.経過:臨床経過および眼所見から内因性真菌性眼内炎が疑われ,さらに硝子体混濁が両眼に生じたため,抗真菌薬を眼内移行性がよいとされるボリコナゾールに変更した.しかしb-d-グルカンが依然測定限界値(300 p g/ml)以上であり,硝子体混濁もさらに増強し,8 月 20 日視力は右眼 0.06,左眼光覚弁(ともに矯正不能)に低下した.特に左眼は前房出血および眼底透見困難な硝子体混濁がみられたため,8 月21 日左眼水晶体摘出術(後 切除含む)と硝子体手術を行った.術中所見として,下方網膜に白色滲出斑が多数みられ,菌塊と考えられる小さなやや隆起性の病変が多数散在していた(図 1).後部硝子体 離(PVD)は完成しており,術中に医原性裂孔は生じなかった.しかし高熱など全身状態不良のため全身麻酔は不可とされ,局所麻酔で手術を行ったが,疼痛と安静困難に加えて前房出血,散瞳不良などの視認性不良のため,周辺部硝子体は可及的な切除にとどめた.手術中,抗真菌薬と抗菌薬を灌流液に添加し,手術終了時,両眼硝子体腔内および結膜下にバンコマイシン,セフタジジム,フルコナゾール,アムホテリシン B を注入した.術翌日は前房内線維素析出および前房出血がみられ,硝子体混濁のため眼底が透見不能であった.超音波検査で網膜 離はみられなかった.左眼硝子体サンプルおよび右眼前房水の培養の結果,真菌は陰性であった.その後 IVH 抜去と腹腔ドレナージにより一時全身状態が改善し,8 月 28 日b-d-グルカンが 237 p g/ml,CRP が 5.92 m g/dl と改善傾向がみられたが,視力は右眼 0.04,左眼手動弁(ともに矯正不能)となった.8 月 31 日より抗真菌薬はボリコナゾール内服に変更されたが,嘔吐などの副作用が強く,9 月 4 日より再び点滴に変更された.9 月 7 日視力は右眼 0.01,左眼は手動弁のまま(ともに矯正不能)であったが,超音波検査で左眼後極に限局性の網膜 離が確認され,前房蓄膿もみられた.左眼再手術も検討したが,依然として全身状態不良で全身麻酔が不可であり,再手術の同意も得られなかったため,硝子体腔内にバンコマイシン,セフタジジム,フルコナゾール,アムホテリシン B,ミコナゾールを注入した.同時に右眼にフ図 1術中所見下方網膜に白色滲出斑が多数みられ,また菌塊と考えられる小さな隆起性病変が多数散在していた.後部硝子体 離は完成しており,術中に医原性裂孔は生じなかった.———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,20091551(111)ルコナゾール,ミコナゾールおよびアムホテリシン B を結膜下注射した.この結果,右眼は前房炎症と硝子体混濁および網膜上の白色滲出斑が徐々に軽減した.その後も全身状態不良が続き,9 月 19 日抗真菌薬が全身副作用が少ないとされるイトラコナゾールに変更され,再度IVH が挿入された.9 月 26 日b-d-グルカンは 97.6 p g/mlと下降したが,CRP は 12.44 m g/dl と逆に悪化し,血液培養よりメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため,テイコプラニン点滴が併用された.右眼はイトラコナゾール点滴開始以降,視力が矯正 0.02 前後で推移しており,硝子体混濁がやや改善傾向にあったが,9 月 27 日視力が矯正 0.01 に低下し,鼻上側網膜に裂孔と網膜 離がみられた.全身状態が不良などの理由で手術は行わず,MRSAに対してタゾバクタムナトリウム・ピペラシリンナトリウムを追加,抗真菌薬はイトラコナゾール内服に変更されたが,右眼全網膜 離となり,視力がさらに手動弁に低下した.その後解熱や,嘔吐の軽減など,全身状態が改善し手術の同意が得られたため,10 月 5 日に全身麻酔で右眼水晶体摘出術と硝子体手術を行った.術中所見として PVD は耳側のみであり,線維増殖膜が鼻側および下方網膜に強固に癒着しており,内上方に原因裂孔がみられた.左眼と違い,菌塊と考えられる白色の隆起病変は周辺部網膜に数カ所のみであった.徹底した周辺部硝子体切除と増殖膜処理を行い,術中網膜復位が得られ,術後腹臥位が困難と予想されたためにシリコーンオイルを注入した.術後は外科治療の効果もあり,b-d-グルカンと CRP が漸減し,b-d-グルカンが 11 月 15 日に26.1 pg/ml,CRP が 11 月 7 日に 0.28 mg/dl にそれぞれ改善した.右眼術後は速やかな消炎が得られ,視力は 11 月 15日に右眼 0.04(0.3)まで上昇した.左眼は全網膜 離で視力が光覚弁のままであった.その後イトラコナゾール内服で経過 を み て い た が, 右 眼 真 菌 性 眼 内 炎 の 再 発 は な か っ た.2008 年に入り,右眼に黄斑浮腫を伴う黄斑前膜が出現し,視力が再び低下したため,5 月 9 日に硝子体手術および眼内レンズ挿入術を行い,シリコーンオイルと黄斑前膜を除去した.II考按今回の症例は前医で抗真菌薬の投与が開始されていたこともあり,硝子体や前房水からは菌が検出されず,カテーテル,ドレーンの先端や,腹水,腹腔膿瘍の培養からも真菌血症の原因菌を検出することができなかった.しかし,前医での血液培養より Candida albicans が検出されたこと,血液検査でb-d-グルカンが測定限界値以上の高値を示していたこと,臨床経過と典型的な眼所見などから,内因性真菌性眼内炎と診断した.真菌性眼内炎に対する病気分類はいくつか提案されており,一般的に眼底透見困難となるような高度の硝子体混濁を生じた場合は,抗真菌薬の全身投与に加え硝子体手術による治療が必要とされている2 5).硝子体手術により抗真菌薬の硝子体腔への移行が促進されるだけでなく,硝子体中や網膜上の菌塊を直接除去することにより,治療効果を高めることができる6,7).本症例も左眼は眼底透見不能な硝子体混濁がみられた時点で,右眼は全網膜 離が生じた後でそれぞれ硝子体手術を行ったが,術前の眼底の状態は左眼が右眼より良好であったにもかかわらず,術後成績は左眼のほうが不良であった.左眼の手術時はb-d-グルカンが測定限界値以上で,眼局所以外の感染巣がはっきりせず,抗真菌薬全身投与下でも菌血症自体が沈静化していなかった.また手術中は高熱,手術操作に伴う強い疼痛,視認性不良,さらに呼吸苦により,手術を短時間にとどめざるをえず,最周辺部までの徹底した硝子体の郭清ができなかった.その結果,手術侵襲による網膜血管透過性が亢進し,抗真菌薬の全身投与下でも液体に置き換わった硝子体腔へ,残存硝子体ゲルや網膜血液柵が破綻した血管から真菌の進入が容易になり,術中および術後の抗真菌薬の硝子体腔内への注入と全身投与にもかかわらず術後の強い炎症と全網膜 離につながったと考えられる.それに対して右眼は真菌血症に加え MRSA 菌血症がある状態で,かつ網膜 離発生後の手術ではあったが,手術時b-d-グルカンが 84.2 p g/ml と真菌血症の状態が左眼の手術時よりもかなり改善した状態であった.さらに,全身麻酔で手術を行ったため,徹底した硝子体および線維増殖膜の処理ができた.その結果,術前の状態が不良であったが,治療成績が良好であったと考えられた.両眼とも眼科初診時にすでに隅角新生血管がみられ,このときは硝子体混濁はなかったものの,すでに真菌の毛様体への浸潤による強い炎症の存在および速い進行を示唆していたと考えられる.しかし,本症例は全身状態および菌血症の状態がきわめて不良であったため,早期に硝子体手術を行っても結果は同様であったと推測される.今回の症例では,真菌性眼内炎が確認されるまではフルコナゾール,ついでミカファンギンナトリウムの全身投与が行われたが,眼局所以外に全身の明らかな深在性真菌感染巣は不明であったため,より強力かつ眼内移行性がよいとされるボリコナゾールに変更した.確かに IVH 抜去やドレーン抜去などの外科処置もあり,ボリコナゾール変更後はb-d-グルカン値が低下し,右眼硝子体混濁の軽減もみられた.しかし,ボリコナゾールは嘔吐などの強い消化管症状をひき起こし,全身状態が悪化したため長期投与を行えず,やむをえずイトラコナゾールに変更され,IVH も再挿入された.イトラコナゾール変更後も硝子体混濁が徐々に改善したが,網膜上の線維増殖膜形成と PVD が引き続き進行し右眼網膜 離を生じたと考えられた.本症例の経過から,ルベオーシスを伴う真菌性眼内炎は進———————————————————————- Page 41552あたらしい眼科Vol. 26,No. 11,2009(112)行が速く予後不良の可能性があり,より短い期間での慎重な経過観察が必要である.また,硝子体手術を検討する際は,眼局所の所見に加え,b-d-グルカン値,CRP 値など菌血症と全身の状態も十分に考慮すべきである.菌血症が改善していない状態で硝子体手術を行っても,本症例の左眼のように良好な結果が得られない可能性があり,逆に本症例の右眼のように眼局所の状態が悪化していても,ある程度菌血症などの全身状態が安定した状態で手術を行ったほうが良好な結果が得られる可能性がある.どの時期に手術をすべきかに関しては,さらに多数例を集めた報告が必要であり,全身状態に注意し患者への十分な説明のうえで,より慎重に検討すべきであると考えられた.文献 1) 石橋康久,本村幸子,渡辺亮子:本邦における内因性真菌性眼内炎─ 1986 年末までの報告例の集計.日眼会誌 92:952-958, 1988 2) 石橋康久:内因性真菌性眼内炎の病気分類の提案.臨眼 47:845-849, 1993 3) 宇山昌延:眼内炎(2)真菌性眼内炎.ぶどう膜炎,p198-202,医学書院, 1999 4) 草野良明,大越貴志子,佐久間敦之ほか:真菌性眼内炎の起因菌におけるフルコナゾール耐性の Candida 属の増加.臨眼 54:836-840, 2000 5) 大西克尚:真菌性眼内炎.眼科診療プラクティス 47,感染性ぶどう膜炎の病因診断と治療(臼井正彦編),p32-35,文光堂, 1999 6) Zhang YQ, Wang WJ:Treatment outcomes after pars plana vitrectomy for endogenous endophthalmitis. Retina 25:746-750, 2005 7) Chakrabarti A, Shivaprakash MR, Singh R et al:Fungal endophthalmitis:fourteen years’ experience from a cen-ter in India. Retina 28:1400-1407, 2008***