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エタンブトール内服を契機に女性に発症したLeber遺伝性視神経症の1例

2016年12月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(12):1789?1794,2016cエタンブトール内服を契機に女性に発症したLeber遺伝性視神経症の1例加納俊祐*1山田喜三郎*1遠藤高生*2不二門尚*3久保田敏昭*1*1大分大学医学部眼科学講座*2大阪大学医学部眼科学教室*3大阪大学医学部感覚機能形成学AFemaleCaseofLeber’sHereditaryOpticNeuropathyInducedbyEthambutolAdministrationShunsukeKano1),KisaburoYamada1),TakaoEndo2),TakashiFujikado3)andToshiakiKubota1)1)DepartmentofOpthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,OsakaUniversity,3)DepartmentofAppliedVisualScience,OsakaUniversity,GraduateSchoolofMedicine発症当初はエタンブトール(EB)視神経症を疑われたが,EBの内服を契機に発症したレーベル遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy:LHON)と診断した症例を経験したので報告する.症例は57歳の女性.非結核性抗酸菌症に対する加療中に胸部X線所見の悪化を認め,2011年12月よりEB投与を開始された.2012年4月に色覚異常,霧視を自覚し,EB視神経症を疑われEB投与を中止された.2012年12月に両眼の視神経乳頭発赤および中心暗点を認めたため,LHON発症を疑った.遺伝子診断にて,ミトコンドリアDNA(mtDNA)11778遺伝子点突然変異が検出され,確定診断に至った.家族にLHON患者はいなかった.眼底所見や家族歴の有無にかかわらず,EB内服後の視力低下に対して,LHONを鑑別に入れる必要がある.WereportacaseinitiallysuspectedofsufferingfromethambutolopticneuropathythatwassubsequentlydiagnosedasLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON)inducedbyethambutoladministration.Thepatientwasa57-year-oldfemale.Owingtodeteriorationofhernon-tuberculousmycobacterialpulmonarydisease,shereceivedethambutoladministrationfromDecember2011.InApril2012,shenoticedcolorblindnessandblurredvision.Shewassuspectedofsufferingfromethambutolopticneuropathyandethambutoladministrationwasdiscontinued.AsherbilateralopticdiscsshowedrednessandbilateralcentralscotomawasobservedinDecember2012,LHONonsetwassuspected.GeneticanalysisdisclosedmitochondrialDNA(mtDNA)11778genepolymorphismpointmutation.TherewerenoLHONpatientsinherfamily.Regardlessofthepresenceorabsenceoffundusfindingsandfamilyhistory,weshouldconsiderLHONasapossiblediagnosisforpatientswithvisionlossafterethambutoltreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(12):1789?1794,2016〕Keywords:レーベル遺伝性視神経,エタンブトール視神経症,女性,ミトコンドリアDNA.Leber’shereditaryopticneuropathy,ethambutolopticneuropathy,female,mitchondrialDNA.はじめにLeber遺伝性視神経症(Leber’shereditaryopticneuropathy:LHON)は,Leberにより初めて報告された,母系遺伝形式をとり急性または亜急性に発症する無痛性の両眼性視神経症である.若年男性に多く発症し,高度の視力低下と中心暗点を呈する1).原因遺伝子はミトコンドリアDNA(mtDNA)遺伝子変異であり,3460,11778,14484番の各変異でLHON全体の90%を占める.LHON患者の視力低下はほぼ永続的であるが,遺伝子変異のタイプによっては視力が回復する報告もあり,その回復率は11778番点突然変異ではもっとも低く4?22%,14484番点突然変異ではもっとも高く37?71%と報告されている1?5).浸透率は低く,発症には環境因子が強くかかわっていると考えられており,多量の喫煙や飲酒,外傷,低栄養などが発症に寄与するとされる3,5,6).今回筆者らはmtDNA点突然変異を有する女性患者がエタンブトール(EB)投与によって視神経症を発症し,経過中にLHONと診断された1例を経験したので報告する.I症例患者:57歳,女性.主訴:両視力低下.既往歴:非結核性抗酸菌症.家族歴:特記事項なし.嗜好品:特記事項なし現病歴:非結核性抗酸菌症に対し,近医内科でクラリスロマイシン800mg,リファンピシン450mgで加療されていた.2011年12月,左下肺野の陰影悪化のため,ガイドラインに従いEB75mgの追加投与を開始された.EB開始後,同病院眼科を定期受診していた.2012年4月に霧視を自覚するも矯正視力は右眼0.7,左眼1.5であり,視神経乳頭所見はなく経過観察とされた.同月,両眼の視力低下を主訴に他院眼科を受診したが,矯正視力は右眼1.0,左眼1.0であった.視神経乳頭異常所見はないものの視力低下の自覚が強いため,EB内服の中止を勧められ,自己休薬した.5月再診時,矯正視力は右眼0.4,左眼0.3であり,EB視神経症を疑われ精査加療目的に大阪大学医学部附属病院眼科(前医)へ紹介となった.2012年5月前医初診時,眼痛はなく,対光反応異常もなかった.視力は右眼0.09(矯正不能),左眼0.07(矯正0.08)であり,眼圧は右眼16mmHg,左眼16mmHgであった.両眼ともに前眼部,中間透光体に異常所見はなかった.眼底は両眼視神経乳頭の発赤・腫脹があった(図1).Goldmann視野検査では両眼に中心比較暗点があった(図2a).フルオレセイン蛍光眼底造影検査は施行されなかった.頭部造影CT検査では,視神経,眼窩内および頭蓋内に特記所見はなかった.鑑別診断としてEB視神経症,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎,LHONがあげられたが,臨床経過と検査所見からEB視神経症と診断され,EB内服中止のまま経過観察となった.EB内服中止3カ月後,両眼矯正視力は0.1と他覚的には大きな変化はないものの,自覚症状としては視力・視野は改善傾向にあった.しかし,2012年12月に入り再び視力低下を自覚した.12月前医再診時,視力は右眼0.02(矯正不能),左眼0.04(矯正不能)と低下し,両眼視神経乳頭の蒼白化があった.Goldmann視野検査では両眼の中心暗点が拡大していた(図2b)ため,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン500mg/day3days)を施行されるも改善はなかった.この時点でLHONを強く疑われ,ミトコンドリア遺伝子検査を施行された.検査結果が出る前の2012年12月,セカンドオピニオン目的に大分大学医学部附属病院(当院)眼科を受診した.当院初診時眼科所見:視力は右眼0.05(矯正不能),左眼0.05(矯正不能)であり,眼圧は右眼19mmHg,左眼19mmHgであった.中心フリッカー値(中間値)は,右眼22.0Hz,左眼21.2Hzであった.両眼ともに前眼部,中間透光体に異常所見はなかった.眼底は両眼視神経乳頭の萎縮があった(図3).Goldmann視野検査では両眼に中心暗点があった(図4a).経過:12月17日,前医よりミトコンドリアDNA11778遺伝子点突然変異が検出されたとの報告があり,LHONと診断した.レスキュラR点眼,ビタメジン配合カプセルB25R,ハイボン錠20mgR,シナール配合顆粒R,コエンザイムQ10Rの内服の治療を開始し,現在治療継続で経過観察中である.約2年半経過した2015年3月16日,視力は右眼0.08(矯正不能),左眼0.15(矯正不能)で改善はないが,Goldmann視野検査では右眼で耳下側欠損部の改善,左眼は比較中心暗点の縮小を認めている(図4b).2015年に策定されたLeber遺伝性視神経症の認定基準においてもLHON確実例と診断される6).II考察LHONの発病は20?30代に多く,女性に比べて男性に多い7).mtDNA点突然変異を有していても必ず発症するというわけではなく,喫煙や飲酒,頭部外傷などの環境要因が発症の誘因となるといわれている2).今回の症例はEB視神経症と当初は考えられていた.EB視神経症の発現はエタンブトール内服の用量依存性にみられる.体重kg当たり15mg以下では1%未満の発生率であるが,25mg/kgでは5?6%,60?100mg/kgでは50%に達するとされている.EBは生体内で銅や鉄,亜鉛などの金属に対して強力なキレート作用をもつ.銅はミトコンドリア電子伝達系における酵素複合体IVに作用するcytochromeCの補酵素であり,その欠乏によりミトコンドリアの呼吸機能が抑制され機能異常が生じ,網膜神経節細胞の障害をきたす.EB投与中止後,一般的に6?8週後に視機能は回復するといわれる.どの程度回復するかは,軽微な段階で投与中止できるかによって異なり,いったん視力が大きく低下した症例では視力が元通り回復するのは約半数に留まるといわれる7).一方LHONは,患者のもつmtDNA点突然変異により,酵素複合体Iが障害を受け,酸素反応分子腫(ROS)が過剰産生される.ROSはミトコンドリア膜透過遷移小孔を開口させ,アポトーシス誘導因子やcytochromeCをミトコンドリア内から細胞質へ放出させる.ROSの過剰産生は,LHON患者において網膜神経節細胞のアポトーシスを誘導する8)(図5).EB視神経症とLHONはともにミトコンドリア呼吸鎖の障害による疾患であることはわかっている.しかし,現在までにmtDNA遺伝子点突然変異をもつ患者が,EB内服によってLHONを発症する機序は明らかにされていない.今回の症例は女性であったが,LHONは男性の発症例が多い.男女比は11778番変異では5:9,14484番変異では5:5,3460番変異では3:2とされる4).このような発症の性差について,mtDNA変異のみで説明するのはむずかしく,環境因子や遺伝要因がLHON発症にかかわると考えられる.X染色体連鎖劣性遺伝子の影響が考えやすいが,このような遺伝子はまだ確認されていない9).性ホルモンが関与することも考えられているが,LHONの発症年齢は若年から中年にわたって幅広いことから,性ホルモン分泌が発症に強く関与するとはいえない.やはり複数の因子が発症に寄与するものと考えられる10).視力の自然回復例はあるが,LHONに対する治療についてコンセンサスは得られていない.臨床的にはビタミンB12,ビタミンC製剤の内服などが行われているが,有効とはいえない.コエンザイムQ10は抗酸化作用やミトコンドリア内エネルギー代謝改善作用を有するとされ,ミトコンドリア病の治療に広く使用されている.しかし,脂質親和性が高く,吸収性に難がある.近年,コエンザイムQ10の誘導体であるイデベノンRの大量投与により,視力障害の進行を抑えることができるという報告もある11,12).III結論EB内服によりLHONを発症したという報告は散見される13,14).EBは,結核や非結核性抗酸菌症に対する標準治療に含まれており,EBを内服している患者は多い.EBを内服している患者が視力低下をきたした場合,EB視神経症を疑うのはもちろんだが,眼底に特徴的な所見がない場合や家族歴がない場合でも,LHONを鑑別に入れことが重要である.文献1)RiordanEP,SandersMD,GovanGGetal:TheclinicalfeaturesofLeber’shereditaryopticneuropathydefinedbythepresenceofapathogenicmitochondrialDNAmutation.Brain118:319-337,19952)DonaldRJ,KatrinkaLH,NeilRMetal:Leber’shereditaryopticneuropathyclinicalmanifestationsof14484mutation.ArchOpthalmol111:495-498,19933)EdwinMS,NancyJN,NeilRMetal:VisualrecoveryinpatientswithLeber’shereditaryopticneuropathyandthe11778mutation.JClinNeuroopthalmol12:10-14,19924)SprijtL,KolbachDN,CooRFetal:InfluenceofmutationtypeonclinicalexpressionofLeberhereditaryopticNeuropathy.AmJOpthalmol141:676-682,20065)NancyJN,MarieTL,DouglasCW:TheclinicalcharacteristicsofpedigreeofLeber’shereditaryopticneuropathywiththe11778mutation.AmJOpthalmol111:750-762,19916)中村誠,三村治,若倉雅登ほか:Leber遺伝性視神経症認定基準.日眼会誌119:339-346,20157)KozakSF,InderliedCB,HsuHYetal:Theroleofcopperonethambutol’santimicrobialactionandimplicationsforethambutol-inducedopticneuropathy.DiagMicrobiolInfectDis30:83-87,19988)中村誠:レーベル遺伝性視神経症の発症分子メカニズムの展望.日眼会誌109:189-196,20059)SadunAA,CarelliV,SalomaoSRetal:ExtensiveinvestigationoflargeBrazilianpedigreeofItalianancestry(SOA-BR)with117788/haplogroupJLeber’shereditaryopticneuropathy(LHON).AmJOpthalmol136:231-238,200310)野崎令恵,宮永嘉隆,中井倫子ほか:レーベル遺伝性視神経症と診断した女性の一家系.あたらしい眼科25:1447-1452,200811)HongZL,ShunPH,TsaiRK:Treatmentofleber’sheriditaryopticneuropathy-AnUpdate.神眼31:89-94,201412)KlopstockT,YuWMP,DimitriadisKetal:Arandomizedplacebo-controlledtrialofidebenoneinLeber’shereditaryopticneuropathy.Brain134:2677-2686,201113)IkedaA,IkedaT,IkedaNetal:Leber’shereditaryopticneuropathyprecipitatedbyethambutol.JpnJOpthalmol50:280-283,200614)SeoJH,HwangJM,ParkSSetal:AntituberculosismedicationasapossibleepigeneticfactorofLeber’shereditaryopticneuropathy.ClinExperimentOphthalmol38:363-366,2010〔別刷請求先〕加納俊祐:〒879-5503大分県由布市挾間町医大ヶ丘1-1大分大学医学部眼科学講座Reprintrequests:ShunsukeKano,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu-shi,Oita879-5503,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(111)17891790あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(112)図1眼底写真(前医初診時)両眼の視神経乳頭の発赤・腫脹がみられた.図2aGoldmann視野検査(前医初診時)両眼に中心比較暗点を認めた.図2bGoldmann視野検査(前医再診時)視力低下を自覚したため再診.両眼中心暗点の拡大を認めた.(113)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161791図3眼底写真(当院初診時)両眼の視神経乳頭の萎縮を認めた.図4aGoldmann視野検査(当院初診時)両眼に中心暗点を認めた.図4bGoldmann視野検査(2年半経過後)右眼は耳下側の視野欠損部の改善を認め,左眼も比較暗点の縮小を認める.1792あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(114)図5ミトコンドリア電子伝達系と,LHON,EB視神経症について文献7,191頁,図1を参考に作成した.正常のミトコンドリア電子伝達系の概略を実線で示した.点線でLHONの,二重線でEB視神経症の発症機序を示した.LHONでは複合体Iの障害により酸素反応分子種(ROS)が過剰産生される.ROSがミトコンドリア膜透過遷移小孔を開口させ,アポトーシス誘導因子やcytchromeCを細胞質内へ放出し,網膜神経節細胞のアポトーシスを誘導する.EB視神経症では,EBが複合体IVで働くcytchromeCの補酵素となる銅をキレートするため,ミトコンドリアの呼吸機能が抑制され網膜神経節細胞の障害をきたす.(115)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617931794あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(116)