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視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)831《原著》あたらしい眼科27(6):831.834,2010cはじめに東洋人における慢性閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の発症は,相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞など,眼球内部の構造的な問題が複雑に関与して発症すると考えられている1,2).また急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangle-closure:APAC)あるいは急性原発閉塞隅角緑内障(acuteprimaryangleclosure-glaucoma:APACG)〔以下両者を合わせてAPAC(G)と略す〕は,さらに何らかの要因が加わり急速に眼圧が上昇した状態である.原発である以上明らかな誘因がないことが条件となり,薬物や疾患などが眼圧上昇の候補と考えられる続発の場合3.8)とは区別される.しかしながら実際に何らかの誘因があるにもかかわらず,それが何であるか明らかでない症例をAPAC(G)と診断される場合もあると考えられ,原発であるか続発であるかの境界線は不明瞭である.今回筆者らは,視野検査後に両眼同時に発症していることが確認されたAPAC(G)を経験した.筆者らの知る限りにおいては「視野検査が誘因となり続発的に急性閉塞隅角緑内障が発症した」とする報告がないことなどから,視野検査を唯一の誘因と断定することはむずかしく,本症を基本的には原発のAPAC(G)としながらも,視野検査が要因の一つになった可能性のある症例として報告〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例西野和明吉田富士子新田朱里齋藤三恵子齋藤一宇医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科ACaseofSimultaneousBilateralAcutePrimaryAngle-ClosureGlaucomaafterVisualFieldTestKazuakiNishino,FujikoYoshida,AkariNitta,MiekoSaitoandKazuuchiSaitoKaimeidohOphthalmic&DentalClinic目的:視野検査後に両眼同時に発症していたことが確認された急性原発閉塞隅角緑内障の1例を報告する.症例および所見:67歳,女性.右眼の視野検査(Humphrey30-2)の後,眼圧が右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇.頭痛や吐き気などの自覚症状や充血,角膜浮腫などの細隙灯顕微鏡検査所見がみられなかったものの,周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭かったため,両眼同時に発症した急性原発閉塞隅角緑内障と診断.同日虹彩レーザー切開術を施行.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定した.結論:眼圧が高く隅角が閉塞している症例では,視野検査後に眼圧を再検する必要がある.Purpose:Toreportacaseofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucomaaftervisualfieldtest.CaseandFindings:Ina67-year-oldfemale,intraocularpressure(IOP)inbotheyeselevatedafterHumphrey30-2visualfieldtestingoftherighteye;therightIOPwas44mmHgandtheleftwas42mmHg.Wediagnosedtheimmediateoccurrenceofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucoma.Laseriridotomywaspromptlyperformedonbotheyes.Thenextday,bothIOPswerestable,at23mmHgintherighteyeand17mmHginthelefteye.Conclusion:AttentionmustbepaidtoIOPaftervisualfieldtestingincasesofangleclosurewithhighIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):831.834,2010〕Keywords:視野検査,誘発要因,両眼同時発症,急性原発閉塞隅角緑内障.visualfieldtest,inducingfactor,simultaneousbilateral,acuteprimaryangle-closureglaucoma.832あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(118)する.I症例患者:67歳,女性.初診日:2003年2月21日.主訴:健康診断にて緑内障を指摘されたため,精査を希望.既往歴:2003年1月6日健康診断にて上部消化管内視鏡検査を受けた.その際前処置として臭化ブチルスコポラミン(ブスコパンR)20mgが筋注された.家族歴:特記すべきことはなし.初診時所見:視力は右眼=0.6(0.8×+0.75D(cyl.0.5DAx20°),左眼=0.6(0.7×+0.5D(cyl.0.5DAx20°).細隙灯顕微鏡検査では周辺前房がvanHerick1/4以下とかなり狭く,眼圧は非接触型の眼圧計で3回測定し平均が右眼28.7mmHg,左眼22.3mmHgであった.未散瞳ながら右眼C/D(陥凹乳頭)比0.9,左眼C/D比0.8と視神経乳頭陥凹が大きく,さらに右眼の耳上側の網膜神経線維欠損を認めたため,すぐに右眼のみの視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1a).検査後に患者は眼痛,頭痛や吐き気などの自覚症状はなかったものの,視野検査時に記録された瞳孔径が6.6mmと中等度に散大していたことや,検査前に眼圧が高く浅前房であったことなどから,念のためGoldmannの圧平眼圧計で眼圧測定したところ,右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇していた.さらに同時刻に非接触型の眼圧計でも3回測定し平均が右眼48.0mmHg,左眼42.3mmHgと上昇していた.細隙灯顕微鏡では,周辺前房深度がほとんどvanHerick0/4と視野検査前より狭くなっていたことから,結膜充血,角膜浮腫などはみられなかったものの,発症して間もない両眼のAPAC(G)〔右眼はAPACG,左眼はAPAC〕と診断し,同日両眼にレーザー虹彩切開術を施行した.隅角検査では,両眼ともにSchlemm管レベルまでの周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)が約50%みられた.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定し,翌日以降は2%ピロカルピンを使用しながら眼圧が両眼とも20mmHg以下で推移した.2003年2月21日に左眼の視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1b).経過:APAC(G)の発症から約1年後,点眼をラタノプロスト1剤に切り替え,眼圧は両眼ともに11.17mmHgと安定して推移したが,白内障の進行により視力が右眼=0.3(0.6×.1.0D(cyl.0.75DAx40°),左眼=0.4(0.6×.1.5D(cyl.1.0DAx20°)と低下し,しかもやや近視化したため,2006年10月25日に左眼,10月31日に右眼の超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術前の眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼15mmHg,左眼13mmHgと安定,角膜内皮細胞密度(TOPCONスペキュラーマイクロスコープSP-3000P)は右眼2,906/mm2,左眼3,103/mm2と手術を施行するには十分であった.ちなみに同時に測定した角膜厚は右眼0.476mm,左眼0.486mmで図1a初診日2003年2月21日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)検査のため暗室にいた時間は約15分.検査中は吐き気や頭痛などの自覚症状はなく,特に問題なく検査を終了したが,検査中の瞳孔径は6.6mmと中等散大していた.上下ともに鼻側に穿破する視野欠損が認められ,検査終了の時点では進行したPACGと診断したが,検査ののち右眼の眼圧が44mmHg,左眼の眼圧が42mmHgと上昇していることが確認されたため右眼の診断をAPAC(G)に変更した.図1b2003年2月28日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)鼻側などに孤立暗点が認められるが,視神経乳頭には緑内障による変化がはっきりせず,暗点は緑内障によるものと判断せず,発作当日の診断をAPACとした.この検査の7日前にはすでにレーザー虹彩切開術が施行されており(2003年2月21日),さらに2%ピロカルピンを使用しながら眼圧は両眼ともに20mmHg以下に落ちついている.(119)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010833あった.眼軸長角膜厚測定装置(TOMEY,AL-1000)による測定で,眼軸長(角膜厚を含む)は右眼23.03mm,左眼23.25mm,中心前房深度(角膜厚を含む)は右眼2.38mm,左眼2.23mm,水晶体厚は右眼5.41mm,左眼5.44mmであった.手術は前房深度が浅いことやZinn小体が弱いなどの難点はあったものの,大きな問題もなく終了した.最終診察日である2009年11月27日現在の視力は,右眼=0.4(1.0×.0.5D(cyl.0.5DAx165°),左眼=0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx180°)と良好,眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼16mmHg,左眼15mmHgと安定,角膜内皮細胞密度は右眼2,811/mm2,左眼2,909/mm2と減少がみられない.視神経乳頭所見(図2a,b)や,視野欠損も7年間でほとんど進行がみられない(図3a,b).II考按原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)あるいは原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の背景となる危険因子としては,女性,高齢者,東アジアなどの民族,浅前房,短い眼軸長,遺伝などがあげられる2).眼球内部の問題としては相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞などがあげられ,それらのメカニズムが複雑に関与し発症すると考えられている1).本症は遺伝を除けば,その他の危図2a2009年2月27日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)図1bにみられた孤立暗点はみられず,6年間の経過で悪化は認められない.図2b2009年9月4日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)初診時と比較し大きな変化は認められない.図3b2009年11月27日の左眼の眼底写真C/D比は約0.8で上方のrim幅は下方に比べ狭いが,耳側のrim幅は十分である.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.図3a2009年11月27日の右眼の眼底写真C/D比は約0.9で上下のrim幅は狭い.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.834あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(120)険因子をすべて有し,レーザー虹彩切開術が奏効したことから相対的瞳孔ブロックのメカニズム,さらに白内障手術により眼圧が安定したことから虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞のメカニズムも有していたと考えられる.さらにAPAC(G)はPACあるいはPACGの危険因子やメカニズムのほか,何らかの要因が加わり発症すると考えられ,本症の場合も45日前に内視鏡検査が施行され,その前処置として臭化ブチルスコポラミンが使用されていたことから,この薬剤の抗コリン作用が,PACGとして緩やかに進行してきた本症を急性化させる要因の一つになったと考えられる.実際初診日にはすでに細隙灯顕微鏡検査で周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭く,両眼の眼圧が25mmHg前後と上昇がみられ,さらに視野検査のあと周辺前房深度はvanHerick0/4と狭くなり,瞳孔は中等度に散大し,眼圧は45mmHg近くまで上昇したことから,本症を視野検査が最終的な誘因になったAPAC(G)と診断して問題ないと思われる.筆者らの知る限りにおいて「視野検査がAPAC(G)の発症要因になった」とする報告はないが,「開放隅角緑内障の患者に対して視野検査を行った直後に有意な眼圧上昇がみられた」とする報告はある9).その報告によれば緑内障眼の約半数で視野検査直後に2mmHg以上,平均で5.5mmHgの眼圧上昇がみられたが,健常者ではそのような眼圧変動はみられなかったという.その眼圧変動のメカニズムは不明であるが,緑内障患者にとって視野検査が何らかの眼圧上昇の要因になる可能性があることを示唆する興味深い報告である.一方,閉塞隅角緑内障に対する同様の研究報告はあまりみられないが,眼圧上昇の誘発試験としては,暗室試験,(暗室)うつむき試験,散瞳試験が知られている.ちなみに暗室試験は患者が眠らないように注意をしながら,60.90分間暗室にいて眼圧上昇を確認するもので,8mmHg以上の上昇をもって陽性としている10).本症では患者が視野検査のため暗室の中にいた時間は約15分間(視野検査自体は12分58秒)と暗室検査に比べれば短時間ではあったものの,視野検査は緊張を強いられるものであり,交感神経が優位な状態であったと考えられることから,結果的に視野検査は短時間ながら暗室試験と同等な誘発試験になり,APAC(G)をひき起こしたのではないかと考えている.本症ではたまたま初診時に眼底検査より視野検査を優先したが,もし仮にこの患者に通常どおり散瞳して眼底検査をしていたら,やはり同様に急性緑内障発作を発症していたであろう.むしろその場合,縮瞳処置や眼圧対策がより困難になっていたと考えられる.ちなみに当院で経過観察中のAPAC(G)は63例75眼で11),ほとんどの症例で誘因は明らかではないが,本症のように少数ながら最終的な誘因の候補がある.具体的には視野検査が本症を含めると2例3眼,白内障手術前の散瞳処置が1例1眼,また統合失調症の薬物治療が1例2眼である.いずれにしても本症は7年間という長期の経過にもかかわらず,視力,眼圧が良好なうえ,角膜内皮細胞密度の減少や視野の悪化が認められないなど,発症して間もない時期に適正な初期処置を行うことがいかに重要であるかを改めて痛感する症例であった.APAC(G)の発症直後あるいは発症しつつあるときの眼症状は本症のように眼痛,視力低下などの自覚症状が乏しく,充血,角膜浮腫などの客観的な所見も乏しいと考えられる.患者の帰宅後に眼圧がさらに上昇し,自覚症状を伴うAPAC(G)へと悪化するのを避ける意味でも,とりわけ初診時に眼圧が高い閉塞隅角の症例では,眼底検査後はもちろんのこと視野検査後にも眼圧測定を行うことが望ましいと考えた.内科的なコメントを下さった北海道社会保険病院の定岡邦昌先生に深謝いたします.文献1)WangN,WuH,FanZ:PrimaryangleclosureglaucomainChineseandWesternpopulations.ChiMedJ115:1706-1715,20022)AmerasingheN,AungT:Angle-closure:riskfactors,diagnosisandtreatment.ProgBrainRes173:31-45,20083)SbeityZ,GvozdyukN,AmdeWetal:Argonlaserperipheraliridoplastyfortopiramate-inducedbilateralacuteangleclosure.JGlaucoma18:269-271,20094)ZaltaAH,SmithRT.:Peripheraliridoplastyefficacyinrefractorytopiramate-associatedbilateralacuteangle-closureglaucoma.ArchOphthalmol126:1603-1605,20085)MohammedZS,SimiZU,TariqSMetal:Bilateralacuteangleclosureglaucomaina50yearoldfemaleafteroraladministrationofflavoxate.BrJClinPharmacol66:726-727,20086)PandyVA,RheeDJ:Reviewofsulfonamide-inducedacutemyopiaandacutebilateralangle-closureglaucoma.ComprOphthalmolUpdate8:271-276,20077)CerutiP,MorbioR,MarraffaMetal:Simultaneousbilateralacuteangle-closureglaucomainapatientwithsubarachnoidhemorrhage.JGlaucoma17:62-66,20088)KumarRS,GriggJ,FarinelliAC:Ecstacyinducedacutebilateralangleclosureandtransientmyopia.BrJOphthalmol91:693-695,20079)RecuperoSM,ContestabileMT,TavernitiLetal:Openangleglaucoma:variationsintheintraocularpressureaftervisualfieldexamination.JGlaucoma12:114-118,200310)栗本康夫:誘発試験の有用性.眼科プラクティス11,緑内障診療の進め方.p138-139,文光堂,200611)西野和明,吉田富士子,新田朱里ほか:急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障の両眼同時発症例と片眼発症例の比較.臨眼64,2010,印刷中