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開放隅角緑内障眼における自動静的視野検査前後の眼圧変動と関連因子の検討

2014年3月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科31(3):433.436,2014c開放隅角緑内障眼における自動静的視野検査前後の眼圧変動と関連因子の検討寺尾亮*1平澤裕代*2村田博史*2朝岡亮*2間山千尋*2相原一*3*1東京厚生年金病院眼科*2東京大学医学部附属病院眼科*3四谷しらと眼科ChangeofIntraocularPressureafterVisualFieldExaminationinPrimaryOpen-AngleGlaucomaRyoTerao1),HiroyoHirasawa2),HiroshiMurata2),RyoAsaoka2),ChihiroMayama2)andMakotoAihara3)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoKouseinenkinHospital,2)GraduateSchoolofMedicine,3)ShiratoEyeClinicDepartmentofOphthalmology,theUniversityofTokyo開放隅角緑内障眼における自動静的視野検査前後の眼圧変動と,変動量に関連する因子について検討した.正常眼圧緑内障を含む原発性開放隅角緑内障の34例34眼を対象として視野検査の直前および検査後20分以内の眼圧を測定し,眼圧変化量を従属変数,年齢,視野のmeandeviation値,他日に測定した眼軸長,前房深度を説明変数とした重回帰分析を行った.視野検査前の眼圧は14.9±2.7mmHg(平均±標準偏差),検査後の眼圧は15.4±2.9mmHgで0.5±1.4mmHgのわずかな上昇を認め(p=0.049,pairedt-test),眼圧変化量と前房深度の間に有意な正の相関が認められた(偏回帰係数=1.26,p=0.047).Changeofintraocularpressure(IOP)afterautomatedvisualfieldexamination,andthecorrelationsofassociatedfactors,werestudiedin34eyesof34patientswithprimaryopen-angleglaucoma,includingnormal-tensionglaucoma.IOPwasmeasuredbeforeandat≦20minutesaftervisualfieldexamination.Multipleregressionanalysiswasperformedtodeterminetheocularandsystemicfactors(independentvariables:age,meandeviationofvisualfield,anteriorchamberdepthandaxiallength)associatedwithIOPchange(dependentvariable).ResultsshowedthatIOPwas14.9±2.7mmHg(mean±standarddeviation)and15.4±2.9mmHgbeforeandaftervisualfieldexamination,respectively,IOPslightlyincreasingby0.5±1.4mmHg(p=0.049,pairedt-test).AnteriorchamberdepthwassignificantlycorrelatedwiththeextentofIOPincrease(b=1.26,p=0.047).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(3):433.436,2014〕Keywords:緑内障,眼圧,視野検査,前房深度,眼軸長.glaucoma,intraocularpressure,visualfieldtest,anteriorchamberdepth,axiallength.はじめに緑内障において眼圧変動は視野障害の悪化因子になりうると報告されている1).眼圧には身体的運動,アルコールやカフェインの摂取,喫煙,精神的ストレスなどの生活習慣も影響を与えるが,その変動には季節変動を含む長期的変動と日内変動のような短期的変動の要素が存在する.緑内障の診療においては変動を含めた眼圧の評価が重要になるが,特に長期的眼圧変動の評価には長期間の観察が必要であることに加え,経過観察中の生活習慣や点眼コンプライアンスも含めたさまざまな要素の影響を考慮しなければならないため,正確な評価は容易ではない.一方,短期的眼圧変動は外的影響を受けにくく,評価が比較的容易である.また,開放隅角緑内障眼は正常眼と比較し眼圧の日内変動や体位変換による眼圧の変動量が大きいことが報告されている2,3).開放隅角眼において,いわば狭隅角眼に対する負荷試験のような形で,短時間で特定の条件下での眼圧変動を評価することは,日常生活での眼圧変動を予測し視野障害の進行しやすい症例を短期間にスクリーニングする方法として有用な可能性がある.〔別刷請求先〕寺尾亮:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部附属病院眼科視覚矯正科Reprintrequests:RyoTerao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,UniversityofTokyo,7-3-1Hongo,Bunkyoku,Tokyo113-8655,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(129)433 自動静的視野検査は多くの緑内障患者で定期的に繰り返し実施されるが,原発開放隅角緑内障眼において静的視野検査後に眼圧が有意に上昇したとする報告があり4,5),視野検査後の眼圧上昇の原因としては暗室における散瞳状態や緊張状態の持続が推測されている6,7).これらの要素はいずれも緑内障患者が日常生活で経験しうる生理的なものであり,視野検査後に眼圧が変動する眼は日常生活でも眼圧変動が大きい可能性がある.視野検査は規定された照明条件の下で一定の作業を行うことから負荷試験的要素をもつため,視野検査前後の眼圧変動を評価することで,長期・短期の眼圧変動量と緑内障進行の危険を予測できる可能性があり,臨床上非常に有用な情報になると考えられるが,正常眼圧緑内障が多いなど欧米とは病型構成の異なるわが国での報告はみられない.本研究では,正常眼圧緑内障を含む開放隅角緑内障眼を対象として,自動静的視野検査前後の眼圧変動と眼圧変動量に関連する因子について検討した.I対象および方法本研究は東京大学医学部附属病院倫理委員会の承認を得て,ヘルシンキ宣言に従い以下のように実施した.平成24年1.3月の間に東京大学医学部附属病院緑内障外来を受診し,自動静的視野計で視野検査を施行した緑内障症例のうち隅角開大度が全周においてShaffer分類3度以上で本研究の趣旨に賛同し検査の同意が得られた原発開放隅角緑内障・正常眼圧緑内障患者を対象とした.調査対象日の視野検査が該当患者の1回目または2回目の視野検査である症例,過去3カ月以内に緑内障治療薬の内容を変更した症例,白内障手術や緑内障手術,レーザー手術,屈折矯正手術を含む内眼手術既往例は除外した.両眼とも基準を満たす症例では左右眼を無作為に抽出し1例につき1眼を選択した.視野検査はHumphrey視野計(HFA)を,測定プログラムは24-2SITA-Standardを用いた.眼圧測定はGoldmannapplanationtonometryを使用し,同一検者が同一の診察台にて視野検査の直前5分以内,および検査後20分以内に測定した.測定は続けて2回行い,2回の測定値に3mmHg以上の差を認めた場合は3回目の測定を行い,平均値を算出し表1対象の背景年齢(歳)62.3±11.6男女比(男/女)19/15眼軸長(mm)25.7±1.73前房深度(mm)3.50±0.50MD(dB).8.91±6.09MD:Humphrey視野計24-2SITA-Standardプログラムによるmeandeviation値.値は平均±標準偏差.た.また,他日にIOLMasterR(カールツァイスメディテック株式会社,東京)を用いて,眼軸長および前房深度を明所下にて測定した.視野検査後の眼圧値から視野検査前の眼圧値を差し引いた数値を眼圧変化量と定義した.眼圧変化量を従属変数,視野検査時の年齢,24-2SITA-Standardプログラムでのmeandeviation(MD)値,眼軸長,前房深度を説明変数として重回帰分析(ステップワイズ法)を行い,統計学的有意水準としてp=0.05を採用した.II結果34例34眼(右眼19眼,左眼15眼)を対象に検討を行った.患者背景因子を表1に示す.視野検査前の眼圧は14.9±2.7mmHg(平均±標準偏差),検査後の眼圧は15.4±2.9mmHgであった.眼圧変化量のヒストグラムを図1に示す.眼圧変化量は.3mmHgから3.5mmHgの範囲で,視野検査後に0.5±1.4mmHgの統計学的に有意な眼圧上昇を認めた(pairedt-test,p=0.049).34眼中14眼(41.2%)で1mmHg以上の眼圧上昇を認め,2mmHg以上の上昇は6眼(17.6%),3mmHg以上の上昇は3眼(8.8%)に認めた.また1眼(2.9%)に3mmHgの下降を認めた.眼圧変化量に寄与する因子に関し重回帰分析を行った結024681012頻度(眼)眼圧変化量(mmHg)図1眼圧変化量のヒストグラム表2眼圧変化量を従属変数としたステップワイズ法による重回帰分析の結果(n=34)説明変数偏回帰係数(95%信頼区間)p値年齢(歳)眼軸(mm)前房深度(mm)MD(dB).0.0047(.0.041:0.050)0.14(.0.21:0.50)1.26(0.0455:2.48)0.0088(.0.077:0.095)0.840.420.042*0.89MD:Humphrey視野計24-2SITA-Standardプログラムによるmeandeviation値.*:p<0.05.434あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(130) 果,前房深度が有意な正の相関をもって選択された(偏回帰係数=1.26,p=0.042)(表2).III考察視野検査による眼圧変化に関する過去の報告において,Niら4)は開放隅角緑内障眼109例109眼(平均年齢75.2歳)を対象に視野検査(HFA24-2または10-2SITA-Standardプログラム)を行い,視野検査後の眼圧を視野検査前の眼圧や次回来院日に測定した眼圧と比較し,視野検査後にはそれぞれ平均1.2,1.1mmHgの有意な眼圧上昇を認めたと報告した.またRecuperoら5)は点眼治療で眼圧21mmHg未満にコントロールされている原発開放隅角緑内障眼12例24眼(平均年齢50.8歳)に対し視野検査(HFA30-2full-thresholdプログラム)を行い,検査前と検査の7.21分後に眼圧測定を施行,検査後には平均約2.3mmHgの眼圧上昇を認め,眼圧変化量は年齢と正の相関を認めたと報告している.一方でMatin8)は緑内障眼40例,高眼圧症または緑内障疑い21例に対し視野検査〔HFASITA-FastまたはSITAStandardプログラムまたはhigh-passresolutionperimeter(HRP)〕直前と直後の眼圧を比較し,61例中14例(23%)は両眼または片眼に2mmHg以上の眼圧上昇を認めたが,全対象眼の平均値には両眼とも有意な変化は認めなかったと報告した.本研究では34例34眼の開放隅角緑内障眼を対象に自動静的視野検査前後の眼圧変化量を検討し,平均0.5mmHgのわずかな眼圧上昇を認めた.平均値としての変化量は既報と比べて小さく,臨床的に有意な眼圧変化とは考えられない.この結果を既報と比較する際には,対象の人種や背景因子の相違,視野検査測定所要時間の違いなどを考慮する必要がある.眼圧上昇の機序については,暗所での持続した散瞳状態による隅角狭小化に伴う房水流出抵抗の上昇や6),視野検査がもたらす精神的ストレスが交感神経系を介して毛様体の房水産生に与える影響が推測されている7).Niら4)は眼圧変化に関連する因子に関し,緑内障術後眼やb遮断薬,a1作動薬点眼症例では眼圧上昇が有意に小さく,眼圧変化量と年齢の有意な相関は認められなかったと報告している.本研究では内眼手術歴のある症例を対象から除外しており,また点眼薬使用の有無やその種類など,緑内障患者の多様な背景因子が眼圧変化量に与える影響を評価するには対象眼数が不十分と考えられた.対象眼のなかで視野検査後に3mmHgの眼圧低下を認めたものが1眼のみあったが,この眼圧下降の機序を推測することは困難である.視野検査後に眼圧測定を行うまでの間,対象患者は座位で安静に待機していたが,検査による眼精疲労のためか自分で眼球周囲を圧迫するようなマッサージを行(131)う患者もみられたため,そのような行為が一時的な眼圧下降を生じさせた可能性も否定できない.本研究では年齢,MD値,眼軸長と眼圧変動量の間に有意な相関がみられなかったものの,前房深度が眼圧変化量と有意な正の相関を示し,前房深度が深い眼ではより眼圧が上昇しやすいことが示唆された.超音波生体顕微鏡(UBM)を用いた検討によれば,明所-暗所間のangleopeningdistance(AOD)やtrabecularirisspaceareaの変化量は前房深度が深いほど大きく9),白内障術後眼ではAODの変化量が大きいほど眼圧の変化量も大きいことが報告されている10).狭隅角眼ではより前房深度が浅く,視野検査後に眼圧が上昇しやすい可能性があるが,本研究の対象は隅角開大度がShaffer分類3度以上の開放隅角緑内障眼であり,狭隅角眼は除外している.本研究の結果は,前房の深い開放隅角緑内障眼において,視野検査後により大きな眼圧上昇が生じる可能性を示唆すると考えられる.本研究では,開放隅角緑内障眼の視野検査後に統計学的には有意な眼圧上昇を認めたが,その変化量は平均0.5mmHgと小さかった.しかし一部の症例では3mmHg以上の眼圧変化を認め,開放隅角緑内障においても視野検査後の眼圧上昇に注意すべき症例のあることが示唆された.文献1)CaprioliJ,ColemanAL:Intraocularpressurefluctuationariskfactorforvisualfieldprogressionatlowintraocularpressuresintheadvancedglaucomainterventionstudy.Ophthalmology115:1123-1129,20082)HirookaK,ShiragaF:Relationshipbetweenposturalchangeoftheintraocularpressureandvisualfieldlossinprimaryopen-angleglaucoma.JGlaucoma12:379-382,20033)DavidR,ZangwillL,BriscoeDetal:Diurnalintraocularpressurevariations:ananalysisof690diurnalcurves.BrJOphthalmol78:280-283,19924)NiN,TsaiJC,ShieldsMB,etal:Elevationofintraocularpressureinglaucomapatientsafterautomatedvisualfieldtesting.JGlaucoma21:590-595,20125)RecuperoSM,ContestabileMT,TavernitiLetal:Openangleglaucoma:variationsintheintraocularpressureaftervisualfieldexamination.JGlaucoma12:114-118,20036)GlosterJ,PoinoosawmyD:Changesinintraocularpressureduringandafterthedark-roomtest.BrJOphthalmol57:170-178,19737)BrodyS,ErbC,VeitR,RauH:Intraocularpressurechanges:theinfluenceofpsychologicalstressandthevalsalvamaneuver.BiolPsychol51:43-57,19998)MartinL:Intraocularpressurebeforeandaftervisualfieldexamination.Eye21:1479-1481,20079)LeungCK,CheungCY,LiHetal:Dynamicanalysisofdark-lightchancesoftheanteriorchamberanglewithあたらしい眼科Vol.31,No.3,2014435 anteriorsegmentOCT.InvestOphthalmolVisSci48:intraocularpressurereductionafteruneventfulpha4116-4122,2007coemulsificationforcataract.JCataractRefractSurg38:10)HuangG,GonzalezE,LeeRetal:Associationofbiomet108-116,2012ricfactorswithanteriorchamberanglewideningand***436あたらしい眼科Vol.31,No.3,2014(132)

同名半盲の精査により58歳で発見された鉗子分娩による脳障害の1例

2012年9月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科29(9):1299.1302,2012c同名半盲の精査により58歳で発見された鉗子分娩による脳障害の1例西野和明*1徳田耕一*2吉田富士子*1新田朱里*1齋藤三恵子*1齋藤一宇*1*1回明堂眼科・歯科*2柏葉脳神経外科病院ACaseofForcepsDelivery-RelatedIntracranialTraumaDetectedbyLeftHomonymousHemianopsiaina58-Year-OldPatientKazuakiNishino1),KouichiTokuda2),FujikoYoshida1),AkariNitta1),MiekoSaito1)andKazuuchiSaito1)1)KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,2)KashiwabaNeurosurgicalHospital目的:同名半盲が発見動機になった,鉗子分娩が原因と考えられる脳障害の症例を報告する.症例:58歳,男性.眼鏡処方を目的として来院.緑内障様の視神経乳頭異常がみられ,かつ眼圧が両眼とも22.23mmHgと高かったことから,Goldmann視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が認められた.その後,脳神経外科の頭部MRI(magneticresonanceimaging)検査により,後頭葉の脳障害が発見された.問診上,患者の出生が鉗子分娩であったこと,幼少期から左側の運動障害などがみられたことから,原因は鉗子による物理的な圧迫と考えた.結論:鉗子など器具を使用した分娩の場合,無症候ではあっても脳損傷がみられることもあり,頭部精査が必要なことがある.Purpose:Toreportacaseofforcepsdelivery-relatedintracranialtraumaassociatedwithhomonymoushemianopsia.Case:A58-years-oldpatientwasreferredtoKaimeidoOphthalmicandDentalClinicforeyeglassconsultation.Goldmannperimetry,performedbecauseofhighintraocularpressureandglaucoma-likeopticnerveabnormalities,unexpectedlydisclosedlefthomonymoushemianopsia.Magneticresonanceimagingindicatedahigh-intensitylesionoftherightoccipitallobe.Themainreasonforthisfindingwasconsideredtobephysicaldepressionbyforcepsdelivery,childhoodleftmovementdisordershavingbeenrevealedviaquestionnaireonthecauses.Conclusions:Inafewcaseofinstrumentalbirth,skullradiographicsmayleadtothediscoveryofasymptomaticcomplicationsthatarenotclinicallysignificantandrequirenotherapeuticintervention.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(9):1299.1302,2012〕Keywords:緑内障検査,視野検査,同名半盲,鉗子分娩,脳障害.glaucomaexamination,Goldmannvisualfieldtest,homonymoushemianopsia,forcepsdelivery,intracranialtrauma.はじめに吸引・鉗子分娩は急速遂娩の方法として,しばしば施行される手技である.これらの適応は胎児側,母体側の両面から考えられる.前者は児頭の位置異常などにより分娩第2期が遷延化し,脳虚血による障害を避ける必要がある場合である.後者は母体側に重症な心臓疾患や脳血管異常がある場合などである.しかしながら,吸引・鉗子分娩が適切に施行されなければ,母児の生命予後にかかわる重篤な問題をひき起こすことがある1).吸引分娩による児の眼科的な合併症としては網膜出血が多く,一方,鉗子分娩の合併症としては角膜損傷,外眼部損傷が多いという2).このように眼科的な合併症は児の生命予後を左右するものではないが,生後の視機能に重篤な障害を残す場合もあり,理解しておく必要がある.一方,吸引・鉗子分娩による児の頭部や脳損傷は生命予後にかかわる重篤な問題をひき起こすことがあり,さらに熟知する必要がある.それらの合併症は出生後まもなく,あるいは遅くても幼児期あるいは小児期に何らかの症状で発見されることがほとんどである1).しかしながら,今回筆者らは58歳,男性で,眼鏡処方を目的として来院し,緑内障様の視神〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(123)1299 経乳頭の異常所見から視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,さらに脳神経外科の頭部MRI(magneticresonanceimaging)検査により,出生時の鉗子分娩が原因と考えられる後頭葉の脳障害が発見された症例を経験したので報告する.I症例患者:58歳(初診時年齢),男性.主訴:視力低下.既往歴:鉗子分娩.糖尿病,高血圧などの既往はない.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:眼鏡店で視力が不十分だったので,眼科を受診するようアドバイスされた.精査を目的として回明堂眼科・歯科(当院)を受診.初診時所見:2000年4月19日,上記を主訴として当院初診.視力は右眼0.05(1.0×.3.5D(cyl.1.75DAx60°),左眼0.06(0.7×.3.75D(cyl.1.25DAx140°),眼圧はGoldmann圧平眼圧計で右眼23mmHg,左眼22mmHg.細隙灯顕微鏡検査では軽度の白内障が認められる以外は,角膜の透明性など異常はみられなかった.また,角膜内皮細胞密度は右眼2,678cells/mm2,左眼2,690cells/mm2.中心角膜厚は右眼528μm,左眼532μmと大きな異常は認められなかった.周辺前房深度はvanHerick法でGrade4と十分深く,隅角鏡検査でもShaffer分類Grade3.4と開放隅角であった.眼球運動は10プリズム程度の外斜視,回旋性の眼振が認められた.斜視は幼少期から指摘されていたという.眼底検査では両眼ともやや蒼白な視神経乳頭が認められ,陥凹乳頭径比(cup-to-discratio:C/D比)は0.9以上であった(図1a,b).経過:緑内障様の視神経異常からHumphrey視野検査をab図1初診時の視神経乳頭所見(2000年4月19日)眼底検査では両眼ともやや蒼白な視神経乳頭が認められ,C/D比は0.9以上であった.a:右眼,b:左眼.ab図2Goldmann視野検査緑内障様の視神経異常からHumphrey視野検査を行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,Goldmann視野計でも同所見を確認した.a:左眼,b:右眼.1300あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(124) 図3頭部MRI検査T2強調画像により,右の後頭葉に脳梗塞として矛盾しない高輝度な陰影が確認された(矢頭).この梗塞部位は後頭葉視皮質の前方,中央部,後方のすべてが含まれ,それらが合計して同名半盲の所見を呈したと考えられる.行ったところ,左側の同名半盲が明らかとなり,Goldmann視野計でも同所見を確認した(図2a,b).その後脳神経外科へ頭蓋内精査を依頼し,頭部MRIのT2強調画像により,右の後頭葉に脳梗塞と思われる所見が確認された(図3).その原因は鉗子分娩によるものと診断された.その根拠として,まず患者が鉗子分娩の件を記憶していたこと,頭部外傷などの既往がないこと,脳梗塞を含む病歴もなかったことなどがあげられる.さらに小学校の頃,書道では下に書き進むほど左に曲がってしまう,野球のキャッチボールやバッティングなど距離感を必要とするものが苦手,ギターの左の握りなどが苦手であったという幼少時のエピソードが判明し,それらも脳障害と鉗子分娩を関連付ける参考になった.2012年2月9日現在,白内障は多少進行したが,現在の矯正視力は右眼(0.8),左眼(0.6)と問題なく,同名半盲以外の視野の異常はみられない.しかしながら,緑内障様の視神経乳頭の形状と,やや眼圧が22.23mmHgが高いことから,緑内障を予防する目的にて,ラタノプロストを点眼中である.II考按本症の脳障害は眼科的に同名半盲という明らかな障害を併発しながら,当院の初診つまり患者が58歳になるまで発見されなかった珍しい症例である.当初この脳障害の原因は明らかではなかったが,患者が鉗子分娩による出産であったこ(125)とを記憶していたことから,一番有力な原因と考えるようになった.もちろん成人してからの無症候の脳梗塞であるとの考えを否定することはできないが,患者には頭部外傷などの既往がなく,高血圧,糖尿病,脳梗塞などの病歴もみられなかったことや,脳血管障害を有する家族がみられないなど,脳障害の危険因子が少なかったといえる.さらにこの脳障害の発見を契機として患者が過去をさかのぼれば,確かに幼少期の運動障害などのエピソードが思い浮かぶという.それらのことから総合して,本症の脳障害の有力な要因は鉗子分娩であると推定した.鉗子分娩に限らず吸引分娩など器具が使用された場合,新生児の臨床的な問題点の有無は精査されるべきであるが,必ずしもそれらのすべての症例に頭部画像診断などがルーチンとして行われる必要はないと考えられている.その理由は鉗子分娩などの後の頭蓋内出血などの脳障害の頻度がそれほど多くはないためである.欧米の報告によれば,後遺症が残る頭蓋内出血の頻度は,正常分娩と吸引,鉗子分娩などを合わせた場合,10,000件の分娩に対して5.6件(0.05.0.06%)の割合とされている1).一方,吸引,鉗子などが使用された場合でも,報告者による多少の差はみられるものの,頭蓋内出血の頻度は0.11.0.34%と正常分娩に比べ数倍高い程度である3.7).わが国でも高木ら2)が,頭蓋内出血の頻度を正常経腟分娩では1,900件中1件(約0.053%)であるのに対して,鉗子分娩では664件中1件(約0.15%),吸引分娩では860件中1件(約0.12%)と報告している.以上の報告から,確かに鉗子分娩,吸引分娩は頭蓋内出血の危険因子ではあるものの,それほど高い頻度で発症するものではない.したがって,分娩器具を使用したすべての新生児に対して,MRIなどの頭蓋内精査を実施することは正しいとは考えられないが,新生児の頭部に陥没骨折などの所見や神経学的な問題が確認される場合には,もちろん積極的に頭部画像診断が行われるべきである1).鉗子分娩による頭蓋内出血のタイプは硬膜下出血,くも膜下出血などがある.近年その原因は,器具による圧迫というより,それ以前の胎児低酸素症に基づくものが多いとされ,吸引分娩,帝王切開術においても発生頻度は変わらないと報告されている5).本症の画像診断の所見は脳梗塞であり脳出血の所見はなく,梗塞周囲が萎縮している所見から古い脳梗塞巣と思われる.本症の鉗子分娩当時の状況は詳細不明であるが,仮に鉗子で頭部に大きな外力が加われば脳ヘルニアと同様,後大脳動脈が閉塞し同領域に脳梗塞をひき起こした可能性がある.このように本症の経験から得られる教訓は,鉗子分娩後に無症候であっても脳損傷が潜在する場合があるということや,視神経乳頭の異常が鉗子分娩の合併症の発見につながる場合もある,ということであった.眼科といえども問診は分あたらしい眼科Vol.29,No.9,20121301 娩にまでさかのぼらなければならない場合もあるということになる.また本症は,眼科的には同名半盲という大きな問題がありながら,幼少期には大きな自覚症状もなく生活することができた.これは幼いころの障害がいかに柔軟な代償機能によって支えられているか,ということを改めて認識するうえでも本症は貴重な症例と考えられる.本論文の要旨は第5回北海道眼科医会臨床懇話会(札幌)にて口演した.文献1)DoumouchtsisSK,ArulkumaranS:Headtraumaafterinstrumentalbirths.ClinPerinatol35:69-83,20082)高木健次郎,松村英祥,馬場一憲ほか:吸引・鉗子分娩による児の損傷.周産期医学39:1034-1036,20093)MaryniakGM,FrankJB:ClinicalassessmentoftheKobayashivacuumextractor.ObstetGynecol64:431435,19844)PlaucheWC:FetalcranialinjuriesrelatedtodeliverywiththeMalmstroemvacuumextractor.ObstetGynecol53:750-757,19795)TownerD,CastroMA,Eby-WilkensEetal:Effectofmodeofdeliveryinnulliparouswomenonneonatalintracranialinjury.NEnglJMed341:1709-1714,19996)WenSW,LiuS,KramerMSetal:Comparisonofmaternalandinfantoutcomesbetweenvacuumextractionandforcepsdeliveries.AmJEpidemiol153:103-107,20017)DemisieK,RhoadsGG,SmulianJCetal:Operativevaginaldeliveryandneonatalandinfantadverseoutcomes:populationbasedretrospectiveanalysis.BMJ329:24-29,2004***1302あたらしい眼科Vol.29,No.9,2012(126)

視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(117)831《原著》あたらしい眼科27(6):831.834,2010cはじめに東洋人における慢性閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の発症は,相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞など,眼球内部の構造的な問題が複雑に関与して発症すると考えられている1,2).また急性原発閉塞隅角症(acuteprimaryangle-closure:APAC)あるいは急性原発閉塞隅角緑内障(acuteprimaryangleclosure-glaucoma:APACG)〔以下両者を合わせてAPAC(G)と略す〕は,さらに何らかの要因が加わり急速に眼圧が上昇した状態である.原発である以上明らかな誘因がないことが条件となり,薬物や疾患などが眼圧上昇の候補と考えられる続発の場合3.8)とは区別される.しかしながら実際に何らかの誘因があるにもかかわらず,それが何であるか明らかでない症例をAPAC(G)と診断される場合もあると考えられ,原発であるか続発であるかの境界線は不明瞭である.今回筆者らは,視野検査後に両眼同時に発症していることが確認されたAPAC(G)を経験した.筆者らの知る限りにおいては「視野検査が誘因となり続発的に急性閉塞隅角緑内障が発症した」とする報告がないことなどから,視野検査を唯一の誘因と断定することはむずかしく,本症を基本的には原発のAPAC(G)としながらも,視野検査が要因の一つになった可能性のある症例として報告〔別刷請求先〕西野和明:〒062-0020札幌市豊平区月寒中央通10-4-1医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科Reprintrequests:KazuakiNishino,M.D.,KaimeidohOphthalmic&DentalClinic,10-4-1Tsukisamuchu-o-dori,Toyohira-ku,Sapporo062-0020,JAPAN視野検査後に確認された両眼同時発症の急性原発閉塞隅角緑内障の1例西野和明吉田富士子新田朱里齋藤三恵子齋藤一宇医療法人社団ひとみ会回明堂眼科・歯科ACaseofSimultaneousBilateralAcutePrimaryAngle-ClosureGlaucomaafterVisualFieldTestKazuakiNishino,FujikoYoshida,AkariNitta,MiekoSaitoandKazuuchiSaitoKaimeidohOphthalmic&DentalClinic目的:視野検査後に両眼同時に発症していたことが確認された急性原発閉塞隅角緑内障の1例を報告する.症例および所見:67歳,女性.右眼の視野検査(Humphrey30-2)の後,眼圧が右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇.頭痛や吐き気などの自覚症状や充血,角膜浮腫などの細隙灯顕微鏡検査所見がみられなかったものの,周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭かったため,両眼同時に発症した急性原発閉塞隅角緑内障と診断.同日虹彩レーザー切開術を施行.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定した.結論:眼圧が高く隅角が閉塞している症例では,視野検査後に眼圧を再検する必要がある.Purpose:Toreportacaseofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucomaaftervisualfieldtest.CaseandFindings:Ina67-year-oldfemale,intraocularpressure(IOP)inbotheyeselevatedafterHumphrey30-2visualfieldtestingoftherighteye;therightIOPwas44mmHgandtheleftwas42mmHg.Wediagnosedtheimmediateoccurrenceofsimultaneousbilateralacuteprimaryangle-closureglaucoma.Laseriridotomywaspromptlyperformedonbotheyes.Thenextday,bothIOPswerestable,at23mmHgintherighteyeand17mmHginthelefteye.Conclusion:AttentionmustbepaidtoIOPaftervisualfieldtestingincasesofangleclosurewithhighIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):831.834,2010〕Keywords:視野検査,誘発要因,両眼同時発症,急性原発閉塞隅角緑内障.visualfieldtest,inducingfactor,simultaneousbilateral,acuteprimaryangle-closureglaucoma.832あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(118)する.I症例患者:67歳,女性.初診日:2003年2月21日.主訴:健康診断にて緑内障を指摘されたため,精査を希望.既往歴:2003年1月6日健康診断にて上部消化管内視鏡検査を受けた.その際前処置として臭化ブチルスコポラミン(ブスコパンR)20mgが筋注された.家族歴:特記すべきことはなし.初診時所見:視力は右眼=0.6(0.8×+0.75D(cyl.0.5DAx20°),左眼=0.6(0.7×+0.5D(cyl.0.5DAx20°).細隙灯顕微鏡検査では周辺前房がvanHerick1/4以下とかなり狭く,眼圧は非接触型の眼圧計で3回測定し平均が右眼28.7mmHg,左眼22.3mmHgであった.未散瞳ながら右眼C/D(陥凹乳頭)比0.9,左眼C/D比0.8と視神経乳頭陥凹が大きく,さらに右眼の耳上側の網膜神経線維欠損を認めたため,すぐに右眼のみの視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1a).検査後に患者は眼痛,頭痛や吐き気などの自覚症状はなかったものの,視野検査時に記録された瞳孔径が6.6mmと中等度に散大していたことや,検査前に眼圧が高く浅前房であったことなどから,念のためGoldmannの圧平眼圧計で眼圧測定したところ,右眼44mmHg,左眼42mmHgと上昇していた.さらに同時刻に非接触型の眼圧計でも3回測定し平均が右眼48.0mmHg,左眼42.3mmHgと上昇していた.細隙灯顕微鏡では,周辺前房深度がほとんどvanHerick0/4と視野検査前より狭くなっていたことから,結膜充血,角膜浮腫などはみられなかったものの,発症して間もない両眼のAPAC(G)〔右眼はAPACG,左眼はAPAC〕と診断し,同日両眼にレーザー虹彩切開術を施行した.隅角検査では,両眼ともにSchlemm管レベルまでの周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)が約50%みられた.翌日には眼圧が右眼23mmHg,左眼17mmHgと安定し,翌日以降は2%ピロカルピンを使用しながら眼圧が両眼とも20mmHg以下で推移した.2003年2月21日に左眼の視野検査(Humphrey30-2)を行った(図1b).経過:APAC(G)の発症から約1年後,点眼をラタノプロスト1剤に切り替え,眼圧は両眼ともに11.17mmHgと安定して推移したが,白内障の進行により視力が右眼=0.3(0.6×.1.0D(cyl.0.75DAx40°),左眼=0.4(0.6×.1.5D(cyl.1.0DAx20°)と低下し,しかもやや近視化したため,2006年10月25日に左眼,10月31日に右眼の超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.術前の眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼15mmHg,左眼13mmHgと安定,角膜内皮細胞密度(TOPCONスペキュラーマイクロスコープSP-3000P)は右眼2,906/mm2,左眼3,103/mm2と手術を施行するには十分であった.ちなみに同時に測定した角膜厚は右眼0.476mm,左眼0.486mmで図1a初診日2003年2月21日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)検査のため暗室にいた時間は約15分.検査中は吐き気や頭痛などの自覚症状はなく,特に問題なく検査を終了したが,検査中の瞳孔径は6.6mmと中等散大していた.上下ともに鼻側に穿破する視野欠損が認められ,検査終了の時点では進行したPACGと診断したが,検査ののち右眼の眼圧が44mmHg,左眼の眼圧が42mmHgと上昇していることが確認されたため右眼の診断をAPAC(G)に変更した.図1b2003年2月28日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)鼻側などに孤立暗点が認められるが,視神経乳頭には緑内障による変化がはっきりせず,暗点は緑内障によるものと判断せず,発作当日の診断をAPACとした.この検査の7日前にはすでにレーザー虹彩切開術が施行されており(2003年2月21日),さらに2%ピロカルピンを使用しながら眼圧は両眼ともに20mmHg以下に落ちついている.(119)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010833あった.眼軸長角膜厚測定装置(TOMEY,AL-1000)による測定で,眼軸長(角膜厚を含む)は右眼23.03mm,左眼23.25mm,中心前房深度(角膜厚を含む)は右眼2.38mm,左眼2.23mm,水晶体厚は右眼5.41mm,左眼5.44mmであった.手術は前房深度が浅いことやZinn小体が弱いなどの難点はあったものの,大きな問題もなく終了した.最終診察日である2009年11月27日現在の視力は,右眼=0.4(1.0×.0.5D(cyl.0.5DAx165°),左眼=0.8(1.0×.0.25D(cyl.0.75DAx180°)と良好,眼圧はラタノプロスト単剤の使用で右眼16mmHg,左眼15mmHgと安定,角膜内皮細胞密度は右眼2,811/mm2,左眼2,909/mm2と減少がみられない.視神経乳頭所見(図2a,b)や,視野欠損も7年間でほとんど進行がみられない(図3a,b).II考按原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)あるいは原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の背景となる危険因子としては,女性,高齢者,東アジアなどの民族,浅前房,短い眼軸長,遺伝などがあげられる2).眼球内部の問題としては相対的瞳孔ブロック,プラトー虹彩形状,水晶体因子,虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞などがあげられ,それらのメカニズムが複雑に関与し発症すると考えられている1).本症は遺伝を除けば,その他の危図2a2009年2月27日に行った左眼の視野検査(Humphrey30-2)図1bにみられた孤立暗点はみられず,6年間の経過で悪化は認められない.図2b2009年9月4日に行った右眼の視野検査(Humphrey30-2)初診時と比較し大きな変化は認められない.図3b2009年11月27日の左眼の眼底写真C/D比は約0.8で上方のrim幅は下方に比べ狭いが,耳側のrim幅は十分である.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.図3a2009年11月27日の右眼の眼底写真C/D比は約0.9で上下のrim幅は狭い.経過中,視神経乳頭出血は認められなかった.834あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(120)険因子をすべて有し,レーザー虹彩切開術が奏効したことから相対的瞳孔ブロックのメカニズム,さらに白内障手術により眼圧が安定したことから虹彩水晶体隔膜の前進と隅角閉塞のメカニズムも有していたと考えられる.さらにAPAC(G)はPACあるいはPACGの危険因子やメカニズムのほか,何らかの要因が加わり発症すると考えられ,本症の場合も45日前に内視鏡検査が施行され,その前処置として臭化ブチルスコポラミンが使用されていたことから,この薬剤の抗コリン作用が,PACGとして緩やかに進行してきた本症を急性化させる要因の一つになったと考えられる.実際初診日にはすでに細隙灯顕微鏡検査で周辺前房がvanHerick1/4以下と極端に狭く,両眼の眼圧が25mmHg前後と上昇がみられ,さらに視野検査のあと周辺前房深度はvanHerick0/4と狭くなり,瞳孔は中等度に散大し,眼圧は45mmHg近くまで上昇したことから,本症を視野検査が最終的な誘因になったAPAC(G)と診断して問題ないと思われる.筆者らの知る限りにおいて「視野検査がAPAC(G)の発症要因になった」とする報告はないが,「開放隅角緑内障の患者に対して視野検査を行った直後に有意な眼圧上昇がみられた」とする報告はある9).その報告によれば緑内障眼の約半数で視野検査直後に2mmHg以上,平均で5.5mmHgの眼圧上昇がみられたが,健常者ではそのような眼圧変動はみられなかったという.その眼圧変動のメカニズムは不明であるが,緑内障患者にとって視野検査が何らかの眼圧上昇の要因になる可能性があることを示唆する興味深い報告である.一方,閉塞隅角緑内障に対する同様の研究報告はあまりみられないが,眼圧上昇の誘発試験としては,暗室試験,(暗室)うつむき試験,散瞳試験が知られている.ちなみに暗室試験は患者が眠らないように注意をしながら,60.90分間暗室にいて眼圧上昇を確認するもので,8mmHg以上の上昇をもって陽性としている10).本症では患者が視野検査のため暗室の中にいた時間は約15分間(視野検査自体は12分58秒)と暗室検査に比べれば短時間ではあったものの,視野検査は緊張を強いられるものであり,交感神経が優位な状態であったと考えられることから,結果的に視野検査は短時間ながら暗室試験と同等な誘発試験になり,APAC(G)をひき起こしたのではないかと考えている.本症ではたまたま初診時に眼底検査より視野検査を優先したが,もし仮にこの患者に通常どおり散瞳して眼底検査をしていたら,やはり同様に急性緑内障発作を発症していたであろう.むしろその場合,縮瞳処置や眼圧対策がより困難になっていたと考えられる.ちなみに当院で経過観察中のAPAC(G)は63例75眼で11),ほとんどの症例で誘因は明らかではないが,本症のように少数ながら最終的な誘因の候補がある.具体的には視野検査が本症を含めると2例3眼,白内障手術前の散瞳処置が1例1眼,また統合失調症の薬物治療が1例2眼である.いずれにしても本症は7年間という長期の経過にもかかわらず,視力,眼圧が良好なうえ,角膜内皮細胞密度の減少や視野の悪化が認められないなど,発症して間もない時期に適正な初期処置を行うことがいかに重要であるかを改めて痛感する症例であった.APAC(G)の発症直後あるいは発症しつつあるときの眼症状は本症のように眼痛,視力低下などの自覚症状が乏しく,充血,角膜浮腫などの客観的な所見も乏しいと考えられる.患者の帰宅後に眼圧がさらに上昇し,自覚症状を伴うAPAC(G)へと悪化するのを避ける意味でも,とりわけ初診時に眼圧が高い閉塞隅角の症例では,眼底検査後はもちろんのこと視野検査後にも眼圧測定を行うことが望ましいと考えた.内科的なコメントを下さった北海道社会保険病院の定岡邦昌先生に深謝いたします.文献1)WangN,WuH,FanZ:PrimaryangleclosureglaucomainChineseandWesternpopulations.ChiMedJ115:1706-1715,20022)AmerasingheN,AungT:Angle-closure:riskfactors,diagnosisandtreatment.ProgBrainRes173:31-45,20083)SbeityZ,GvozdyukN,AmdeWetal:Argonlaserperipheraliridoplastyfortopiramate-inducedbilateralacuteangleclosure.JGlaucoma18:269-271,20094)ZaltaAH,SmithRT.:Peripheraliridoplastyefficacyinrefractorytopiramate-associatedbilateralacuteangle-closureglaucoma.ArchOphthalmol126:1603-1605,20085)MohammedZS,SimiZU,TariqSMetal:Bilateralacuteangleclosureglaucomaina50yearoldfemaleafteroraladministrationofflavoxate.BrJClinPharmacol66:726-727,20086)PandyVA,RheeDJ:Reviewofsulfonamide-inducedacutemyopiaandacutebilateralangle-closureglaucoma.ComprOphthalmolUpdate8:271-276,20077)CerutiP,MorbioR,MarraffaMetal:Simultaneousbilateralacuteangle-closureglaucomainapatientwithsubarachnoidhemorrhage.JGlaucoma17:62-66,20088)KumarRS,GriggJ,FarinelliAC:Ecstacyinducedacutebilateralangleclosureandtransientmyopia.BrJOphthalmol91:693-695,20079)RecuperoSM,ContestabileMT,TavernitiLetal:Openangleglaucoma:variationsintheintraocularpressureaftervisualfieldexamination.JGlaucoma12:114-118,200310)栗本康夫:誘発試験の有用性.眼科プラクティス11,緑内障診療の進め方.p138-139,文光堂,200611)西野和明,吉田富士子,新田朱里ほか:急性原発閉塞隅角症または急性原発閉塞隅角緑内障の両眼同時発症例と片眼発症例の比較.臨眼64,2010,印刷中