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3D映画鑑賞後,内斜視を発症した1例

2011年9月30日 金曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(141)1361《原著》あたらしい眼科28(9):1361?1363,2011cはじめに急性内斜視は突然複視を自覚し発症する共同性内斜視で,自然治癒も期待できるが,改善傾向がなければ手術が必要とされている1).鑑別すべき疾患としては,開散麻痺や開散不全,外転神経麻痺,最近では強度近視が原因と考えられる開散不全2)などがある.昨今の3D技術の進歩により,多方面でこの技術が用いられるようになってきているが,筆者らは,3D映画鑑賞後に発症した急性内斜視と考えられる症例を経験した.今までに赤緑眼鏡を使用して発症した急性内斜視の報告3)はあるが,液晶シャッターを利用した時分割方式の3D眼鏡を使用して発症したと考えられる急性内斜視の報告はなく,今回筆者らの経験を報告する.I症例患者:58歳,男性.主訴:複視.既往歴:糖尿病,高血圧.右眼は円錐角膜にて,本人は物心ついたときから弱視だったとのこと.左眼は2008年に他院にて白内障併用硝子体手術を施行.家族歴:特記すべき事項はなし.現病歴:2010年1月16日,3D映画を見ている途中から,見え方に違和感があり,その後,物が二重に見えるとのことで,発症から1週後の1月23日海老名メディカルプラザ受診.〔別刷請求先〕橋本篤文:〒252-0374相模原市南区北里1-15-1北里大学病院眼科Reprintrequests:AtsufumiHashimoto,CO.,DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityHospital,1-15-1Kitasato,Minami-ku,Sagamihara252-0374,JAPAN3D映画鑑賞後,内斜視を発症した1例橋本篤文*1,2矢野隆*1,3藤原和子*2相澤大輔*1,3石川均*4*1海老名メディカルプラザ*2北里大学病院眼科*3海老名総合病院*4北里大学医療衛生学部ACaseofEsotropiaafterWatching3DMovieAtsufumiHashimoto1,2),TakashiYano1,3),KazukoFujiwara2),DaisukeAizawa1,3)andHitoshiIshikawa4)1)MedicalPlazaofEbina,2)DepartmentofOphthalmology,KitasatoUniversityHospital,3)GeneralHospitalofEbina,4)SchoolofAlliedHealthSciences,KitasatoUniversity3D映画鑑賞後に内斜視を発症した1例を報告する.症例は58歳,男性.3D映画鑑賞後,複視を自覚した.右眼は円錐角膜,左眼は人工水晶体眼であった.眼球運動は制限なく,斜視角は遠見8Δ(プリズムジオプトリー)の内斜視,近見4Δの間欠性内斜視であった.プリズム融像幅は遠見?4Δ?+16Δ,近見?14Δ?+2Δ,大型弱視鏡にて,融像幅は?4Δ?+4Δで立体視は確認されなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)にて異常なく,経過観察後,寛解時の眼位に内斜もなかったため,急性内斜視TypeIIと考えた.両眼視機能の浅く不安定な症例で,暗所で長時間の両眼分離を行う3D映画鑑賞は,急性内斜視発症の誘因の一つと考慮する必要があると考えられた.さらに発達過程にある幼小児のみならず両眼視機能の不安定な成人が3D映画鑑賞をする際も,今後注意が必要であると考えられた.Wereportonthecaseofa58-year-oldmalewhodevelopedesotropiaafterwatchinga3Dmovie.HesubsequentlyvisitedMedicalPlazaofEbinafordiplopia.Hehadkeratoconusinthelefteyeandpseudophakiaintherighteye.Heshowednormaleyemovements,esotropiaatfarwith8prismdiopters(PD)andintermittentesotropiaatnearwith4PD.CT(computedtomography)scanshowednoabnormalfindings.TheseresultssuggestedthatthiswasacaseofacuteacquiredcomitantesotropiaTypeII.Watching3Dmovieswithbinocularseparationforaprolongedtimeinadarkplacecanbeacauseofacuteacquiredcomitantesotropiainpatients;notonlyyoungchildrenbutalsoadultwhosebinocularfunctionsareincompleteandinsecure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(9):1361?1363,2011〕Keywords:急性内斜視,3D映像,両眼視機能,輻湊,調節.acuteacquiredcomitantesotropia,3Dmovie,binocularvisualfunction,convergence,accommodation.1362あたらしい眼科Vol.28,No.9,2011(142)初診時所見:右眼視力0.5p(0.6p×cyl?6.0DAx20°),左眼視力(0.6p×IOL)(0.7p×?0.25D(IOL).右眼の角膜形状に関して,Hartmann-Shack波面センサー(KR-9000PWTM,トプコン社製)で測定したところ,右眼の円錐角膜が疑われた(図1).眼底は両眼とも糖尿病網膜症による汎網膜光凝固斑を認めた.眼位はHirschberg法で正位?内斜視.眼球運動は正常で両眼外転制限は認めなかった.Alternateprismcovertest(以下,APCT)で遠見8Δ(プリズムジオプトリー)内斜視,近見4Δ間欠性内斜視であり,固視眼を変えても斜視角は変わらなかった.頭部CT(コンピュータ断層撮影)にて明らかな異常所見は認めなかった.眼位の変動に関しては図2に示す.発症から6週後の3月3日,APCTは遠見4Δ間欠性内斜視,近見0Δで眼位にやや改善を認めたが,まだ,暗いところで光源を見ると光源が二重に見えてしまうとのことであった.発症から13週後の4月20日,ほぼ症状が寛解し,輻湊近点(nearpointofconvergence)はtothenose.Titmusstereotests(以下,TST)にてfly(±),animal(0/3),circle(0/9).Circletestにて右眼に抑制がかかっていたため,中心窩抑制が存在するが,周辺融像は存在すると考えられた.APCTは遠見0Δ,近見4Δ外斜位であった.プリズム融像幅は遠見?4Δ?+16Δ,近見?14Δ?+2Δであった.大型弱視鏡にて,同時視の自覚的斜視角は+4Δ,融像幅は?4Δ?+4Δ,立体視は確認できず,他覚的斜視角は0Δであった.発症から31週後の8月25日,TSTにてfly(±),animal(0/3),circle(0/9),circleにて右眼に中心窩抑制がかかることは変わらず,APCTは遠見0Δ,近見10Δ外斜位であった.発症から47週後の12月15日の時点で,所見に大きな変化はなかったが,プリズム融像幅は遠見?3Δ?+8Δ,近見?14Δ?+14Δであり,輻湊幅が遠見はやや狭く,近見はやや広がっていた.症状は改善していたが,まれに,疲れているときなどは,暗所で遠くの光源が二重に見えるとのことであった.また,光干渉現象を用いた眼軸長測定装置(IOLMasterTM,Zeiss社製)にて眼軸長は右眼24.51mm,左眼23.94mmで,長眼軸は認められなかった.II考按急性内斜視は突然複視を自覚し発症する共同性内斜視で,自然治癒も期待できるが,改善傾向がなければ手術が必要とされている1).その分類はさまざまであるが,vonNoorden1)は3つのTypeに分類している(表1).また,鑑別すべき疾患として,開散麻痺や開散不全,外転神経麻痺,最近では強度近視が原因と考えられる開散不全2)などがあげられる.本症例は,遠見の内斜視角が近見の内斜視角に比べ大きかったが,寛解時の近見眼位は外斜であったため開散麻痺,開散不全は考えにくく,また,肉眼的には眼球運動に外転制限がなく,頭部に器質的異常がなかったため,両外転神経麻痺は否定的であった.眼軸長は右眼24.51mm,左眼23.94mmと長眼軸は認められなかったため,強度近視が原因と考えられる開散不全も否定された.複視発症の前に3D映画を鑑賞し,その途中から立体感はあったが見づらく違和感があり,3D眼鏡を掛けたり外したりしていた.その後,複視が生じたため,以上すべての所見を考慮し,急性内斜視と考えた.図1Hartmann?Shack波面センサーによる角膜所見右眼に円錐角膜を認めた.右眼:K1:50.25D,K2:61.25D,Axial:18°左眼:K1:43.25D,K2:43.75D,Axial:62°1週後(初診)6週後13週後31週後47週後20151050510内斜斜視角()外斜:遠見:近見Δ図2眼位の変動表1急性内斜視の分類(vonNoorden1))TypeI(Swantype):外傷や弱視治療による人工的な融像の遮断によるものTypeII(Burian-Franceschettitype):原因不明であるが,元々不十分な融像幅が精神的・身体的ストレスで緊張が失われた結果起こるものTypeIII:頭蓋内病変によるもの(143)あたらしい眼科Vol.28,No.9,20111363本症例は検査上TSTにてfly(±)が確認できたことと,本人より自覚的には3D映画鑑賞時に立体感があったとのことから,基礎に浅い立体視が存在すると考えられた.右眼は円錐角膜があり,もともと弱視であった点,また,左眼は人工水晶体眼であり,調節が働きにくい点が急性内斜視発症の要因として重要と思われる.ここで,急性内斜視の分類(表1)をみると,TypeIに関しては人工的な融像の遮断が発症原因となりうる.3D眼鏡の種類には,偏光フィルター方式と液晶シャッターを用いた時分割方式がある.本症例が使用したのは,液晶シャッターを用いた時分割方式の3D眼鏡であるが,融像成立過程は20Hz以上との報告5)がある.現時点の技術で20Hz以上はあり,意識下では遮断はされていないと考えられる.TypeIIに関しては,大型弱視鏡での融像幅が?4Δ?+4Δ,プリズム融像幅が遠見?4Δ?+16Δ,近見?14Δ?+2Δと不十分であった.また,精神的・身体的ストレスがあったかどうかは疑わしいが,暗所で長時間,3D眼鏡を装用し,3D映画を視聴すること自体,精神的・身体的ストレスであった可能性も否定できない.急性内斜視発症と3D映画との関係を考えると,本症例はTSTで右眼に抑制がかかり,中心窩抑制が存在するが,周辺融像は存在すると考えられ,また,融像幅は狭い.この弱い両眼視機能が基礎にあり,暗所で両眼分離を行う非日常視の条件が加わり,①調節性輻湊を補うために過剰な融像性輻湊が働いた,②映像を明視しようと過剰なインパルスが調節中枢とともに輻湊中枢にも与えられた6),③3D映画鑑賞時の同側性視差により奥の映像を見るときは不十分な開散が働き,その開散が自己の開散幅を越えたこと,または,手前の映像を見るときは近接性輻湊が働いた,という3つの原因を考えたが,いずれも推察の域を出ない.過去には,赤緑眼鏡装用にて立体映画を見て顕性になった内斜視の症例3)や,国民生活センターによせられた,60代女性が3D映画鑑賞後に数日間原因不明の上下複視が起こった例がある.最後に,今回筆者らは3D映画鑑賞後に発症した急性内斜視と考えられる症例を経験した.現時点で本症は,急性内斜視の分類からは,TypeIIに分類されると考えた.発達過程にある幼小児7)だけでなく成人でも両眼視機能の不十分な症例では,3D映像の視聴は注意が必要と考えた.文献1)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p338-340,CVMosby,StLouis,20022)河本ひろ美,若倉雅登:強度近視が原因と考えられる開散不全.神眼25(増補1):60,20083)筑田昌一,村井保一:立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例.日視会誌16:69-72,19884)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p505-506,CVMosby,StLouis,20025)畑田豊彦:立体視機構と3次元ディスプレイ.日視会誌16:19-29,19886)高浜由梨子,帆足悠美子,髙木麻里子ほか:調節麻痺剤点眼後に見られた内斜視について.眼紀33:109-116,19827)不二門尚:3D映像と両眼視.日本の眼科81:8-12,2010***