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生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例

2019年3月31日 日曜日

《第52回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科36(3):394.398,2019c生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例太田浩一*1佐藤敦子*1千田奈実*1福井えみ*1菊池孝信*2野沢修平*3石井恵子*4*1松本歯科大学歯学部眼科*2信州大学基盤研究センター機器分析支援部門*3まつもと医療センター呼吸器内科*4岡谷市民病院病理科CACaseofCancer-associatedRetinopathywithPoorPrognosisKouichiOhta1),AtsukoSato1),NamiSenda1),EmiFukui1),TakanobuKikuchi2),ShuheiNozawa3)andKeikoIshii4)1)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,2)ResearchCenterforSupportstoAdvancedScience,ShinshuUniversity,3)DepartmentofRespiratoryMedicine,MatsumotoMedicalCenter,4)DepartmentofPathology,OkayaCityHospitalC癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy;CAR)症例は,癌を伴わない症例に比べ生命予後が良好との報告がある.抗リカバリン抗体強陽性で生命予後が不良であったCCAR症例を報告する.症例はC79歳,男性で,急激な両眼の視力低下にて発症した.初診時矯正視力は右眼(0.01),左眼(0.2),網膜動脈の狭細化,粗造な網膜所見を認めた.光干渉断層計では黄斑部網膜外層の著明な障害,網膜電図の平坦化,視野検査では大きな中心暗点を認めた.気管支鏡検査で原発性肺癌の診断となった.眼病変に対しステロイドの後部CTenon.下注射とパルス療法を行ったが,視力改善はなかった.化学治療により腫瘍の縮小傾向を認めたが,4カ月後に永眠された.血清抗リカバリン抗体が強陽性であった.免疫染色では視細胞内節・外節が強陽性となった.本例は視力予後に加え,生命予後も不良であった.CTheCprognosisCofCcancerCpatientsCwithCcancer-associatedretinopathy(CAR)isCbetterCthanCofCthoseCwithout.CWereportacancercasewithaworseprognosis.Thepatient,a79-year-oldmale,rapidlydevelopedvisualloss.AtC.rstvisit,hisbest-correctedvisualacuitywas0.01ODand0.2OS.Fundusexaminationshowedattenuatedretinalarteriolesandmottledretina.Thetotalretina,especiallytheouternuclearlayer,wasthinnedonopticalcoherenceimages.Hiselectroretinographyshowedanegativewaveform,andGoldmannperimetryrevealedlargecentralsco-toma.CPrimaryClungCcancerCwasCdiagnosed.CDespiteCtreatmentCwithCsub-Tenon’sCinjectionCofCsteroidCandCsteroidCpulseCtherapy,ChisCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CAlthoughCtheCtumorCsizeCdecreased,CheCpassedCawayCafterC4months.CAnti-recoverinCantibodyCwasCextremelyChighCandCphotoreceptorCwasCpositiveCwithCpatient’sCserum.CBothCvisualandlifeprognosiswerepoor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(3):394.398,C2019〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,ステロイド治療,肺癌,予後不良.cancer-associatedretinopathy,anti-recoverinantibody,steroidtherapy,lungcancer,poorprognosis.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は腫瘍随伴症候群の一つであり,急進行する視力低下,視野障害を特徴とする1).腫瘍随伴症候群とは,悪性腫瘍に罹患した際,腫瘍抗原に対する自己抗体が産生され,腫瘍とは異なる他臓器に障害が生じる病態である.まれな疾患であるが,CARにおいては視細胞に特異的な蛋白質が異所性に腫瘍細胞に発現して,自己抗体が産生され,視細胞の障害が生じると考えられている.原因となる蛋白質はリカバリン2)がまず報告された.他にもエノラーゼ3),抗Chsc704),TULP-15)などが報告されている.自己抗体のなかではCa-エノラーゼ抗体の検出率に比べ,抗リカバリン抗体の検出率は高くはない.3回の採血による検出を推奨する報告もある6).腫瘍随伴症候群の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後は不〔別刷請求先〕太田浩一:〒399-0781長野県塩尻市広丘郷原C1780松本歯科大学歯学部眼科Reprintrequests:KouichiOhta,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,1780Gobara,Hirooka,Shiojiri,Nagano399-0781,JAPANC394(92)図1眼底写真・光干渉断層像(COCT)Ca:右眼眼底写真,Cb:左眼眼底写真.網膜動脈の狭細化がみられ,網膜の色調は粗造である.左眼黄斑部上方には網膜色素上皮異常を認めた.Cc:右眼COCT,Cd:左眼COCT.網膜全層の層構造は崩れ,網膜外層の菲薄化,ellipsoidzoneの消失を認めた.良である.しかし,肺小細胞癌においては腫瘍随伴症候群を伴う症例のほうが伴わない症例より生命予後がよいとの報告がある7).CARにおいても生命予後不良な肺小細胞癌において抗リカバリン抗体を有する症例のC1年半以上の生存例の他,9年生存の報告がある8).今回,血清抗リカバリン抗体が強陽性かつ生命予後が不良であったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:79歳,男性主訴:両眼視力低下既往歴:63歳,大腸癌(1年後終診).喫煙10本/日(20歳から)現病歴:2017年C7月両眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.矯正視力は右眼(0.9),左眼(0.8)にて,左眼の白内障手術が予定された.2017年C9月左眼の水晶体再建術を施行するも術前矯正視力右眼(0.2),左眼(0.2)が術後矯正視力右眼(0.01),左眼(0.2)と改善はなく,右眼の著明な低下を認めた.視神経障害または脳疾患を疑い,脳神経外科病院に紹介されるも,原因となりうる病変はなく,精査目的に松本歯科大学病院眼科(以下,当科)に紹介となった.初診時眼科所見:瞳孔不同なし.対光反応鈍.RV=0.01(矯正不能),LV=0.1(0.2C×.1.5D).眼圧は右眼C8mmHg,左眼C9CmmHg.結膜,角膜に異常なく,右眼は軽度の白内障,左眼は軽度の前房炎症と眼内レンズ挿入眼.前部硝子体にごくわずかの細胞を認めるも硝子体混濁は認められなかった.両眼とも網膜は粗造で,網膜動脈の狭細化を認めた(図1).光干渉断層計では網膜の層構造が崩れ,とくに外顆粒層厚図2フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:右眼,Cb:左眼.明らかな血管閉塞所見はなく,網膜色素上皮障害と思われる過蛍光および一部の網膜血管壁の組織染を認めた.c図3全視野網膜電図a:フラッシュ,Cb:フリッカー,Cc:錐体,Cd:杆体.各網膜電図で著明な平坦化を認めた.の減少とともに外境界膜・ellipsoidzone・interdigitationzoneの区別がつかないほど障害されていた(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管への流入遅延を認め,ごくわずかの血管漏出を一部に認めた.両眼の黄斑部に網膜色素上皮障害と思われる過蛍光を認めた(図2).全視野網膜電図ではフラッシュ,フリッカー,錐体,杆体反応ともnon-recordableであった(図3).Goldmann視野検査では両眼ともにC30°におよぶ大きな中心暗点を認めた(図4).当科での全身検査ではCCRP0.69Cmg/dl,LDH468CU/lと上昇を認めた.胸部CX線写真にて右肺野異常(6Ccm径の腫瘍疑い)を認めた(図5).経過:肺腫瘍に伴うCCARと診断し,大腸癌治療歴のある総合病院外科に紹介した.当科への短期的な通院は困難になると判断し,右眼に対し,トリアムシノロン(約C20Cmg)の後部CTenon.下注射を行った.外科では大腸癌とは関係なく,原発性肺癌疑いの診断にてまつもと医療センター呼吸器内科に再紹介された.まず,CARに対し,ステロイドのパ図4Goldmann視野検査a:左眼,Cb:右眼.大きな中心暗点を認めた.図5胸部単純X線写真右下肺野に径C6Ccmの肺陰影を認めた.ルス療法およびプレドニゾロンC30Cmg/日からの漸減投与が行われた.呼吸器内科では気管支鏡検査にて肺癌の診断にて9月下旬からCCBDCA(カルボプラスチン)+CPT-11(イリノテカン)の化学療法C1コースが行われた.胸部CX線写真上は腫瘍の縮小傾向を認めた.初診後C1カ月にはCRV=(0.03),CLV=(0.2)にてステロイド治療による視力の改善は認められなかった.肺組織のCPCR検査でCEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性にて腺癌としてエルロチニブに変更した.しかし,肝障害にて中止となった.CBDCA+CPT-11へ戻す予定も全身倦怠感が強くなり,腫瘍の増大および筋転移もあり,当科初診からC4カ月後のC2018年C1月永眠された.免疫染色より,病理学的な最終診断は未分化の大細胞癌となった(図6).血清抗リカバリン抗体:初診時に採血した血清中の抗リカバリン抗体は強陽性(abnormalClevelsCofCantibodiesCdetect-ed)(AthenaCDiagnostics,CMarlborough,MA)であった.また,リコンビナントのヒトリカバリンを用いたウェスタンブロット法にて患者血清はリカバリンに陽性となった.CARの原因となりうるCaエノラーゼ,Cgエノラーゼ,トランスデューシンC1,ビシニンの網膜蛋白には陰性であった(非供覧).患者血清C1,000倍希釈で陽性であったので,4,000倍,32,000倍まで希釈しても陽性であり,強陽性を裏付けた(図7a).(錐体細胞の蛋白であるビシニンをコントロールとした.)血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色(図7b)では網膜色素上皮細胞を含む網膜全体が陽性となった.とくに視細胞内節および錐体と推測される外節および内網状層上部が強陽性となった.CII考按CARの臨床的な特徴としては両眼性の急激な視力低下,視野障害(輪状暗点,中心性狭窄),光視症,羞明の自覚症状がある.検眼鏡的所見では,網膜動脈狭細化,網膜色素変性様眼底があるが,眼底の所見に乏しいことも多い.血清中の抗リカバリン抗体の証明はCCARの確定診断には有用である.抗網膜抗体にはほかにも抗エノラーゼ3),抗ChscC704),抗CTULP-15)抗体によるCCARの報告もある.しかし,この抗リカバリン抗体の証明は容易ではない.CARを疑い,血清を調べても抗リカバリン抗体陰性の報告例も多い.横井らは初回の検査で抗リカバリン抗体が検出されなくても,3回測定を行うとC100%陽性が確認できたと報告した6).これらのことから,抗リカバリン抗体陽性のCCARにおいてもその発現量はきわめて少ないと考えられる.一方,肺癌,胃癌,大腸癌を含めた悪性腫瘍におけるリカバリンの発現率を検討したところ,10.40%での発現が報告されている9).Bazhinらの報告では肺癌患者C143例(小細胞癌C99例,非小細胞癌C44例)のリカバリン発現を検討した.リカバリンの発現率は小細胞癌でC68%,非小細胞癌でC85%×40図6経気管支鏡による生検(ヘマトキシリン・エオジン染色)大型核を有する異型細胞が散在性に出現.免疫染色の結果より大細胞癌と診断された.CabrRrVrRrVrRrVrRrV×1,000×4,000×32,000Control*患者血清(50倍希釈)図7ウェスタンブロット・免疫染色a:リコンビナントのヒトリカバリンに対する患者血清によるウェスタンブロット.rR:リカバリン蛋白,rV:ビシニン.32,000倍希釈でもリカバリン特異的に陽性.Cb:患者血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色.二次抗体はCAlexa488anti-humanIgG(MolecularProbes社).網膜全体に陽性.とくに内網状層,網膜視細胞内節・外節が強陽性であった(.).であった10).抗リカバリン抗体陽性率はそれぞれC15%,20本症例では通常検出されにくい抗リカバリン抗体が強陽性%であり,肺小細胞のみならず,非小細胞癌においても腫瘍であった.免疫染色でも網膜外層が染色され,抗リカバリン内のリカバリン発現および血清抗リカバリン抗体が確認され抗体が網膜組織を認識することを示唆している.実際,血清た.しかし,CARの発症はなかった.以上より,腫瘍内で中の抗リカバリン抗体を検出し,腫瘍内のリカバリン発現をのリカバリン発現,さらには血清中の抗リカバリン抗体の存証明したCCAR症例の報告がある11,12).本症例では残念なが在にもかかわらず,CARの発症はきわめて少ないという結ら気管支鏡検査による生検の検体量が少なく,肺腫瘍におけ論となる.るリカバリンの発現は確認できなかった(非供覧).これまでCCARの診断における抗リカバリン抗体の抗体価または定量化に関しての報告はほとんどない.血清の希釈度も報告により異なり,比較は困難と思われる.既報における“抗リカバリン抗体陽性”には,3回の採血後かろうじて陽性となるわずかな抗体量から,本症例のような高い抗体価まで広い範囲の“陽性”が含まれると考えられる.抗リカバリン抗体陽性CCAR患者における生命予後良好の報告例ではリカバリン特異的細胞障害性CT細胞の関与が示唆されている13).抗リカバリン抗体陽性のCCAR患者では細胞障害性CT細胞が腫瘍を攻撃しているという説である.しかし,臨床的には本症例だけではなく,抗リカバリン抗体陽性CCAR患者で,1年以内の死亡例も少なくない14.17).血清に検出される抗体はCB細胞が腫瘍細胞に対して産生されたものであり,細胞障害性CT細胞の活動性を示しているわけでない.本症例を含め,生命予後が不良であったCCAR症例での抗リカバリン抗体陽性例ではCT細胞性による腫瘍障害性を発揮することができなかった,もしくは抗原量=腫瘍細胞が多く,腫瘍障害まで至らなかったと推測した.抗リカバリン抗体が強陽性であってもCCAR患者の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後が不良であることが再認識された.また,本症例はステロイドの局所および全身治療にまったく反応せず,視力予後も不良であった.今後は症例の蓄積により抗リカバリン抗体の抗体価と生命予後および視力予後の関連性を検討する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:Blindnesscausedbyphotoreceptordegenerationasremotee.ectofcancer.AmJOphthalmolC81:606-613,C19762)ThirkillCE,FitzGeraldP,SergottRCetal:Cancer-asso-ciatedretinopathy(CARsyndrome)withantibodiesreact-ingCwithCretinal,Coptic-nerve,CandCcancerCcells.CNEnglJMedC321:1589-1594,C19893)AdamusCG,CAptsiauriCN,CGuyCJCetal:TheCoccurrenceCofCserumautoantibodiesagainstenolaseincancer-associatedretinopathy.CClinCImmunolCImmunopatholC78:120-129,19964)OhguroCH,COgawaCK,CNakagawaT:RecoverinCandCHscC70arefoundasautoantigensinpatientswithcancer-asso-ciatedCretinopathy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC40:82-89,C19995)KikuchiCT,CAraiCJ,CShibukiCHCetal:Tubby-likeCproteinC1asanautoantigenincancer-associatedretinopathy.JNeu-roimmunolC103:26-33,C20006)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科C21:987-999,C20047)MaddisonP,Newsom-DavisJ,MillsKRetal:FavourableprognosisCinCLambert-EatonCmyasthenicCsyndromeCandCsmall-celllungcarcinoma.LancetC353:117-118,C19998)KobayashiM,IkezueT,UemuraYetal:Long-termsur-vivalCofCaCpatientCwithCsmallCcellClungCcancerCassociatedCwithCcancer-associatedCretinopathy.CLungCCancerC57:C399-403,C20079)MatsuoCS,COhguroCH,COhguroCICetal:ClinicopathologicalCrolesofaberrantlyexpressedrecoverininmalignanttumorcells.OphthalmicResC43:139-144,C201010)BazhinCAV,CSavchenkoCMS,CShifrinaCONCetal:RecoverinCasaparaneoplasticantigeninlungcancer:theoccurrenceofCanti-recoverinCautoantibodiesCinCseraCandCrecoverinCinCtumors.LungCancerC44:193-198,C200411)SaitoW,KaseS,OhguroHetal:Slowlyprogressivecan-cer-associatedCretinopathy.CArchCOphthalmolC125:1431-1433,C200712)SaitoCW,CKaseCS,COhguroH:AutoimmuneCretinopathyCassociatedCwithCcolonicCadenoma.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:1447-1449,C201313)MaedaCA,COhguroCH,CNabetaCYCetal:Identi.cationCofChumanCantitumorCcytotoxicCTClymphocytesCepitopesCofCrecoverin,CaCcancer-associatedCretinopathyCantigen,Cpossi-blyrelatedwithabetterprognosisinaparaneoplasticsyn-drome.CEurJImmunolC31:563-572,C200114)SalgiaR,HedgesTR,RizkMetal:Cancer-associatedreti-nopathyCinCaCpatientCwithCnon-small-cellClungCcarcinoma.CLungCancerC22:149-152,C199815)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌C115:924-929,C201116)高坂昌良,石原麻美,木村育子ほか:前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症のC1例.あたらしい眼科C31:C443-447,C201417)浅見奈々子,澁谷悦子,石原麻美ほか:癌関連網膜症のC2例.あたらしい眼科35:820-824,C2018***