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Horner 症候群による片側性の眼瞼下垂を発症し 肺癌縦隔転移の診断に至った症例

2022年5月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科39(5):682.684,2022cHorner症候群による片側性の眼瞼下垂を発症し肺癌縦隔転移の診断に至った症例米田亜規子*1上田幸典*2外園千恵*1*1京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学*2聖隷浜松病院眼形成眼窩外科CACaseofUnilateralPtosisCausedbyHornerSyndromethatOccurredDuetoLungCancerMetastasisAkikoYoneda1),KosukeUeda2)andChieSotozono1)1)DepartmentCofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoPrefecturalUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)SeireihamamatsuGeneralHospitalOphthalmicPlasticandReconstructiveSurgeryC目的:Horner症候群は片側性の眼瞼下垂,縮瞳,無汗症を主症状とする疾患で,脳幹梗塞や肺尖部・縦隔腫瘍など致命的な疾患を含むさまざまな原因に随伴して発症する.今回,肺癌治療後の患者において片側性の眼瞼下垂を認め,Horner症候群と診断し全身検索を行ったところ縦隔転移の診断に至った症例を経験したので報告する.症例:62歳,男性.肺腺癌の化学放射線療法後に寛解を得て呼吸器内科に定期通院中,片側性の眼瞼下垂を発症し紹介受診.同側の縮瞳も認め,1%アプラクロニジン点眼試験では眼瞼下垂の改善と同側の明所での散瞳を認めCHorner症候群と診断した.後日呼吸器内科で行った全身検索により肺腺癌の縦隔転移の診断に至った.右眼瞼下垂に対しては右眼瞼挙筋短縮術を施行し,眼瞼下垂の改善を得た.結論:片側性の眼瞼下垂をみた際にはCHorner症候群を念頭におき瞳孔所見や瞼裂にも注意し,Horner症候群と診断した場合には眼瞼下垂の治療のみならず原因疾患の検索も行うことが重要である.CPurpose:TopresentacaseofHornersyndromethatconsistedofunilateralptosis,miosis,andipsilateralfacialanhidrosis,CallCresultingCfromCdysfunctionCofCcervicalCsympatheticCoutput,Ci.e.,CbrainstemCinfarctionCandCaCtumorCofCtheClungCapexCorCmediastinum.CCaseReport:AC62-year-oldCmaleCwithCpulmonaryCadenocarcinomaCinCpartialCremissionCpresentedCwithCunilateralCptosis.CUponCexamination,CipsilateralCmiosisCwasCalsoCobserved,CandCpharmaco-logicCtestingCwith1%CapraclonidineCresultedCinCtheCdiagnosisCofCHornerCsyndrome.CFurtherCclinicalCexaminationCrevealedmediastinalmetastasisofthelungcancer.Conclusion:ThediagnosisofHornersyndromeshouldbecon-sideredCinCanyCpatientCwithCanisocoriaCandCunilateralCptosis,CandCwhenCHornerCsyndromeCisCdiagnosed,CtheCpatientCshouldundergofurtherclinicalexaminationtoidentifytheprimarydisease.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(5):682.684,C2022〕Keywords:Horner症候群,眼瞼下垂,縮瞳,肺癌,縦隔腫瘍.Hornersyndrome,ptosis,miosis,lungcancer,mediastinaltumor.CはじめにHorner症候群は,眼や顔面への交感神経遠心路が障害されることで縮瞳,眼瞼下垂,眼瞼裂狭小,無汗症などの臨床所見を呈する症候群である1.3).さまざまな原因により発症するが,延髄外側症候群(Wallenberg症候群)などの脳幹部の血管障害,内頸動脈解離,肺尖部腫瘍(pancoast腫瘍)や甲状腺癌,縦隔腫瘍といった致命的な疾患に随伴して発症していることも少なくないため,早期における原因疾患の診断が重要となる2,3).今回,肺腺癌治療後の患者において片側性の眼瞼下垂を発症し,外眼部所見では眼瞼下垂に加えて同〔別刷請求先〕米田亜規子:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:AkikoYoneda,M.D.,DepartmentCofOphthalmologyandVisualSciences,KyotoPrefecturalUniversityGraduateSchoolofMedicine,465Kajii-choKamigyo-kuKyoto602-0841,JAPANC682(132)0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(132)C6820910-1810/22/\100/頁/JCOPY側の縮瞳と瞼裂狭小も認め,1%アプラクロニジン塩酸塩(アイオピジン,日本アルコン)による点眼負荷試験を行いHorner症候群と診断し,全身検索により肺腺癌の縦隔転移の診断に至った症例を経験したので報告する.CI症例患者:62歳,男性.主訴:右眼瞼下垂.既往歴:肺腺癌(2019年C1月診断,化学放射線療法により寛解後).家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:2020年C5月頃からの右眼瞼下垂を自覚し,同年6月に呼吸器内科から聖隷浜松病院眼形成眼窩外科へ紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼C0.3(1.2C×sph.1.50D),左眼C0.3(1.2C×sph.0.75D(cyl.1.25DAx15°),眼圧は右眼15mmHg,左眼C16CmmHgであった.外眼部所見では右眼瞼下垂を認め,瞼縁角膜反射距離(marginCre.exCdistance1:MRD1)は右眼0mm/左眼3mmであった.また,右瞼裂狭小(下眼瞼縁の上昇),瞳孔径にも軽度の左右差(右眼C2Cmm/左眼C2.5Cmm)を認め,眼球運動は正常であった.挙筋機能(右眼C11mm/左眼C11図1a初診時の点眼試験前右眼瞼下垂および右下眼瞼縁の上昇による眼瞼裂狭小,右縮瞳を認める.右眼瞼下垂の影響で右眉毛挙上(眉毛代償)を認める.mm)には左右差を認めなかった.前眼部所見では両眼に軽度の白内障を認めたが,中間透光体や眼底には特記すべき所見は認めなかった.経過:初診時所見および肺腺癌の既往からCHorner症候群を疑い詳細な問診を行ったところ,右顔面の無汗症も認めた.1%アプラクロニジン塩酸塩点眼による両眼への薬剤点眼試験を施行したところ,点眼C30分後には右眼瞼下垂・眼瞼裂狭小の改善,および明所において右眼瞳孔の散大(瞳孔径:右眼C3.5Cmm/左眼C2.5Cmm)を認めたため,Horner症候群と診断した(図1,写真掲載に対する同意取得ずみ).その後,呼吸器内科での全身検索においてCPET-CTで肺腺癌の縦隔および骨への転移を認め,縦隔転移がCHorner症候群の原因と考えられた.縦隔転移および骨転移に対しては同科で化学療法が再開された.右眼瞼下垂については,化学療法再開からC1カ月後に眼瞼挙筋腱膜とCMuller筋をともに短縮する眼瞼挙筋短縮術を施行することで眼瞼下垂の改善を得た.右下眼瞼縁の上昇や縮瞳は眼瞼下垂術後も術前と同様に認め,肺腺癌の転移に対する化学療法再開後もこれらの症状に変化は認められなかった(図2).化学療法再開からC4カ月後に全身状態の悪化により緩和治療へ移行したが,右眼瞼下垂術からC6カ月後の診察においても右眼瞼下垂の再発は認めなかった.CII考按Horner症候群は眼や顔面への交感神経遠心路のどこが障害されても発症するが,本症例では肺癌の縦隔転移により脊髄から出て星状神経節を通過し上頸部交感神経節に終わる節前線維が障害されて発症したと考えられる2).Horner症候群による眼瞼下垂といわゆる退行性の眼瞼下垂との鑑別には,眼瞼下垂のみならず同側の縮瞳や眼瞼裂狭小4)といった眼所見を見逃さないことが重要である.その他の臨床所見として患側の虹彩異色症5),結膜充血,無汗症などを認める場合もある.また,本症例のように片側性で発症時期が比較的明確であることや,肺癌など全身疾患の既往を認める場合に図1b初診時の点眼試験後(点眼30分後)左眼と比較し右瞳孔の散大(瞳孔不同の逆転)に加えて,右眼瞼下垂と瞼裂狭小の改善を認める.右眉毛代償も改善している.図2眼瞼下垂術後2カ月右眼瞼下垂は改善している.Horner症候群自体が改善したわけではないため,右下眼瞼縁の上昇や右眼の縮瞳は術後も認めている.(133)あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022C683もCHorner症候群の可能性を念頭において診察を進めるべきである.本症例では初診時に外眼部所見および肺癌の既往からHorner症候群を疑い,1%アプラクロニジン塩酸塩点眼による薬剤点眼試験を施行し診断に至った.5%コカインやC5%チラミンによる薬剤点眼試験もあるが,近年では簡便な方法としてC1%アプラクロニジン塩酸塩点眼による評価が行われる6,7).一般にC1%アプラクロニジン塩酸塩点眼はレーザー虹彩切除術や後発白内障後.切開術後の眼圧上昇防止に使用されるCa2adrenergicCagonistである8)が,Horner症候群の場合は,瞳孔散大筋がCa1受容体の脱神経過敏性を獲得していることから同点眼の弱い刺激作用によっても散瞳し,一方,正常眼は点眼に反応しないことから瞳孔径の逆転が起こる9).また,患側の眼瞼下垂および眼瞼裂狭小においても点眼後に改善が確認される.点眼試験ではC1%アプラクロニジン塩酸塩をC5分間隔を空けてC2回両眼に点眼し,1回目の点眼からC30分後に瞳孔径の評価を行い,瞳孔径の逆転が起きた場合に陽性と評価する10).ただし乳幼児に対してはアプラクロニジン塩酸塩点眼後に傾眠傾向や反応低下などを生じたという報告があり11),小児や乳幼児に対してはコカインによる点眼試験がより望ましいとされている3).Horner症候群による眼瞼下垂は,原因疾患に対する早期の治療が奏効した場合には症状が減弱することもあるが,消失しない場合は交感神経作動薬の開大作用を治療に用いたり12),外科的治療を行ったりする.本症例では患者本人が肺癌の縦隔転移を認める状況を鑑みて,化学療法による眼瞼下垂の改善を待たずに手術による可及的早期の眼症状改善を希望したため眼瞼下垂症手術(眼瞼挙筋短縮術)を施行した.眼瞼下垂症手術の術式には眼瞼挙筋腱膜のみを短縮する方法やCMuller筋のみを短縮する方法などがあるが,本症例では眼瞼挙筋腱膜とCMuller筋をともに短縮する術式を選択した.Horner症候群の眼瞼下垂は交感神経の障害により生じるため交感神経支配であるCMuller筋が弛緩しており13,14),これを短縮する必要があると考えられる.また,眼瞼を挙上させる際は,十分に作動しないCMuller筋を眼瞼挙筋で代償する必要があるため,眼瞼挙筋腱膜の短縮も必要と考える.本症例の術中所見では,通常,眼瞼挙筋腱膜の瞼板付着部にみられる眼窩隔膜と眼瞼挙筋腱膜の移行部(ホワイトライン)が頭側へ後退していたことから挙筋腱膜の退行性変化も起きており,眼瞼挙筋腱膜とCMuller筋をともに短縮することで眼瞼下垂の改善が得られた.このようにCHorner症候群に対する眼瞼下垂症手術を行う場合は,Muller筋および眼瞼挙筋腱膜の両者を短縮することが望ましいと考える.Horner症候群では眼瞼下垂や眼瞼裂狭小といった眼所見からまず眼科に受診することも珍しくなく,眼科で適切な診断を行うことにより原因疾患の検索から迅速な診断・治療につなげることができる.本症例では紹介元が肺癌治療を行った呼吸器内科であり,Horner症候群の原因として肺癌の再発転移が第一に疑われたため,内科での全身検索により縦隔転移の迅速な診断および治療に至ることができた.Horner症候群の原因には肺尖部や縦隔の腫瘍のほかにも生命に影響する重大な疾患の可能性が存在するため,眼所見からHorner症候群と診断した場合は,眼瞼下垂の治療のみならず,原因疾患の検索のため他科への適切なコンサルトを迅速に行うことが重要である.文献1)JoanFriedrichHorner:Onaformofptosis.KlinMonats-blAugenheilkdC7:193-198,C19692)原直人:Horner症候群CupCdate.CBrainCMedicalC24:C59-65,C20123)KanagalingamCS,CMillerNR:Hornersyndrome:clinicalCperspectives.EyeBrainC7:35-46,C20154)NielsenPJ:Upside-downCptosisCinCpatientCwithCHorner’sCsyndrome.ActaOphthalmolC61:952-957,C19835)DiesenhouseMC,PalayDA,NewmanNJetal:AcquiredheterochromiawithHornersyndromeintwoadults.Oph-thalmologyC99:1815-1817,C19926)KardonR:AreCweCreadyCtoCreplaceCcocaineCwithCapra-clonidineCinCtheCpharmacologicCdiagnosisCofCHornerCsyn-drome?JNeuroophthalmolC25:69-70,C20057)BremnerF:ApraclonidineCisCbetterCthanCcocaineCforCdetectionCofCHornerCsyndrome.CFrontCNeurolVol.10-55;C1-9,C20198)SugiyamaK,KitazawaY,KawaiK:Apraclonidinee.ectsonocularresponsestoYAGlaserirradiationtotherabbitiris.InvestOphthalmolVisSciC31:708-714,C19909)MoralesCJ,CBrownCSM,CAbdul-RahimCASCetal:OcularCe.ectsCofCapraclonidineCinCHornerCsyndrome.CArchCOph-thalmolC118:951-954,C200010)前久保知行:主訴と所見からみた眼科8-3)瞳孔異常.眼科60:1313-1317,C201811)WattsCP,CSatterfuekdCD,CLimMK:AdverseCe.ectsCofCapraclonidineCusedCinCtheCdiagnosisCofCHornerCsyndromeCininfants.JAAPOSC11:282-283,C200712)北川清隆,柳沢秀一郎,山田哲也ほか:ジピベフリンの点眼が有効であった眼瞼下垂のC1例.富山大医学会誌C17:C27-29,C200613)AndersonRL,BeardC:Thelevatoraponeurosis.Attatch-mentsCandCtheirCclinicalCsigni.cance.CArchCOphthalmolC95:1437-1441,C197714)KakizakiCH,CMalhotraCR,CSelvaD:UpperCeyelidCanato-my:anupdate.AnnPlastSurgC63:336-343,C2009***(134)

生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例

2019年3月31日 日曜日

《第52回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科36(3):394.398,2019c生命予後が不良であった癌関連網膜症の1例太田浩一*1佐藤敦子*1千田奈実*1福井えみ*1菊池孝信*2野沢修平*3石井恵子*4*1松本歯科大学歯学部眼科*2信州大学基盤研究センター機器分析支援部門*3まつもと医療センター呼吸器内科*4岡谷市民病院病理科CACaseofCancer-associatedRetinopathywithPoorPrognosisKouichiOhta1),AtsukoSato1),NamiSenda1),EmiFukui1),TakanobuKikuchi2),ShuheiNozawa3)andKeikoIshii4)1)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,2)ResearchCenterforSupportstoAdvancedScience,ShinshuUniversity,3)DepartmentofRespiratoryMedicine,MatsumotoMedicalCenter,4)DepartmentofPathology,OkayaCityHospitalC癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy;CAR)症例は,癌を伴わない症例に比べ生命予後が良好との報告がある.抗リカバリン抗体強陽性で生命予後が不良であったCCAR症例を報告する.症例はC79歳,男性で,急激な両眼の視力低下にて発症した.初診時矯正視力は右眼(0.01),左眼(0.2),網膜動脈の狭細化,粗造な網膜所見を認めた.光干渉断層計では黄斑部網膜外層の著明な障害,網膜電図の平坦化,視野検査では大きな中心暗点を認めた.気管支鏡検査で原発性肺癌の診断となった.眼病変に対しステロイドの後部CTenon.下注射とパルス療法を行ったが,視力改善はなかった.化学治療により腫瘍の縮小傾向を認めたが,4カ月後に永眠された.血清抗リカバリン抗体が強陽性であった.免疫染色では視細胞内節・外節が強陽性となった.本例は視力予後に加え,生命予後も不良であった.CTheCprognosisCofCcancerCpatientsCwithCcancer-associatedretinopathy(CAR)isCbetterCthanCofCthoseCwithout.CWereportacancercasewithaworseprognosis.Thepatient,a79-year-oldmale,rapidlydevelopedvisualloss.AtC.rstvisit,hisbest-correctedvisualacuitywas0.01ODand0.2OS.Fundusexaminationshowedattenuatedretinalarteriolesandmottledretina.Thetotalretina,especiallytheouternuclearlayer,wasthinnedonopticalcoherenceimages.Hiselectroretinographyshowedanegativewaveform,andGoldmannperimetryrevealedlargecentralsco-toma.CPrimaryClungCcancerCwasCdiagnosed.CDespiteCtreatmentCwithCsub-Tenon’sCinjectionCofCsteroidCandCsteroidCpulseCtherapy,ChisCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CAlthoughCtheCtumorCsizeCdecreased,CheCpassedCawayCafterC4months.CAnti-recoverinCantibodyCwasCextremelyChighCandCphotoreceptorCwasCpositiveCwithCpatient’sCserum.CBothCvisualandlifeprognosiswerepoor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(3):394.398,C2019〕Keywords:癌関連網膜症,抗リカバリン抗体,ステロイド治療,肺癌,予後不良.cancer-associatedretinopathy,anti-recoverinantibody,steroidtherapy,lungcancer,poorprognosis.Cはじめに癌関連網膜症(cancer-associatedretinopathy:CAR)は腫瘍随伴症候群の一つであり,急進行する視力低下,視野障害を特徴とする1).腫瘍随伴症候群とは,悪性腫瘍に罹患した際,腫瘍抗原に対する自己抗体が産生され,腫瘍とは異なる他臓器に障害が生じる病態である.まれな疾患であるが,CARにおいては視細胞に特異的な蛋白質が異所性に腫瘍細胞に発現して,自己抗体が産生され,視細胞の障害が生じると考えられている.原因となる蛋白質はリカバリン2)がまず報告された.他にもエノラーゼ3),抗Chsc704),TULP-15)などが報告されている.自己抗体のなかではCa-エノラーゼ抗体の検出率に比べ,抗リカバリン抗体の検出率は高くはない.3回の採血による検出を推奨する報告もある6).腫瘍随伴症候群の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後は不〔別刷請求先〕太田浩一:〒399-0781長野県塩尻市広丘郷原C1780松本歯科大学歯学部眼科Reprintrequests:KouichiOhta,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,1780Gobara,Hirooka,Shiojiri,Nagano399-0781,JAPANC394(92)図1眼底写真・光干渉断層像(COCT)Ca:右眼眼底写真,Cb:左眼眼底写真.網膜動脈の狭細化がみられ,網膜の色調は粗造である.左眼黄斑部上方には網膜色素上皮異常を認めた.Cc:右眼COCT,Cd:左眼COCT.網膜全層の層構造は崩れ,網膜外層の菲薄化,ellipsoidzoneの消失を認めた.良である.しかし,肺小細胞癌においては腫瘍随伴症候群を伴う症例のほうが伴わない症例より生命予後がよいとの報告がある7).CARにおいても生命予後不良な肺小細胞癌において抗リカバリン抗体を有する症例のC1年半以上の生存例の他,9年生存の報告がある8).今回,血清抗リカバリン抗体が強陽性かつ生命予後が不良であったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:79歳,男性主訴:両眼視力低下既往歴:63歳,大腸癌(1年後終診).喫煙10本/日(20歳から)現病歴:2017年C7月両眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.矯正視力は右眼(0.9),左眼(0.8)にて,左眼の白内障手術が予定された.2017年C9月左眼の水晶体再建術を施行するも術前矯正視力右眼(0.2),左眼(0.2)が術後矯正視力右眼(0.01),左眼(0.2)と改善はなく,右眼の著明な低下を認めた.視神経障害または脳疾患を疑い,脳神経外科病院に紹介されるも,原因となりうる病変はなく,精査目的に松本歯科大学病院眼科(以下,当科)に紹介となった.初診時眼科所見:瞳孔不同なし.対光反応鈍.RV=0.01(矯正不能),LV=0.1(0.2C×.1.5D).眼圧は右眼C8mmHg,左眼C9CmmHg.結膜,角膜に異常なく,右眼は軽度の白内障,左眼は軽度の前房炎症と眼内レンズ挿入眼.前部硝子体にごくわずかの細胞を認めるも硝子体混濁は認められなかった.両眼とも網膜は粗造で,網膜動脈の狭細化を認めた(図1).光干渉断層計では網膜の層構造が崩れ,とくに外顆粒層厚図2フルオレセイン蛍光眼底造影写真a:右眼,Cb:左眼.明らかな血管閉塞所見はなく,網膜色素上皮障害と思われる過蛍光および一部の網膜血管壁の組織染を認めた.c図3全視野網膜電図a:フラッシュ,Cb:フリッカー,Cc:錐体,Cd:杆体.各網膜電図で著明な平坦化を認めた.の減少とともに外境界膜・ellipsoidzone・interdigitationzoneの区別がつかないほど障害されていた(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影検査では網膜血管への流入遅延を認め,ごくわずかの血管漏出を一部に認めた.両眼の黄斑部に網膜色素上皮障害と思われる過蛍光を認めた(図2).全視野網膜電図ではフラッシュ,フリッカー,錐体,杆体反応ともnon-recordableであった(図3).Goldmann視野検査では両眼ともにC30°におよぶ大きな中心暗点を認めた(図4).当科での全身検査ではCCRP0.69Cmg/dl,LDH468CU/lと上昇を認めた.胸部CX線写真にて右肺野異常(6Ccm径の腫瘍疑い)を認めた(図5).経過:肺腫瘍に伴うCCARと診断し,大腸癌治療歴のある総合病院外科に紹介した.当科への短期的な通院は困難になると判断し,右眼に対し,トリアムシノロン(約C20Cmg)の後部CTenon.下注射を行った.外科では大腸癌とは関係なく,原発性肺癌疑いの診断にてまつもと医療センター呼吸器内科に再紹介された.まず,CARに対し,ステロイドのパ図4Goldmann視野検査a:左眼,Cb:右眼.大きな中心暗点を認めた.図5胸部単純X線写真右下肺野に径C6Ccmの肺陰影を認めた.ルス療法およびプレドニゾロンC30Cmg/日からの漸減投与が行われた.呼吸器内科では気管支鏡検査にて肺癌の診断にて9月下旬からCCBDCA(カルボプラスチン)+CPT-11(イリノテカン)の化学療法C1コースが行われた.胸部CX線写真上は腫瘍の縮小傾向を認めた.初診後C1カ月にはCRV=(0.03),CLV=(0.2)にてステロイド治療による視力の改善は認められなかった.肺組織のCPCR検査でCEGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性にて腺癌としてエルロチニブに変更した.しかし,肝障害にて中止となった.CBDCA+CPT-11へ戻す予定も全身倦怠感が強くなり,腫瘍の増大および筋転移もあり,当科初診からC4カ月後のC2018年C1月永眠された.免疫染色より,病理学的な最終診断は未分化の大細胞癌となった(図6).血清抗リカバリン抗体:初診時に採血した血清中の抗リカバリン抗体は強陽性(abnormalClevelsCofCantibodiesCdetect-ed)(AthenaCDiagnostics,CMarlborough,MA)であった.また,リコンビナントのヒトリカバリンを用いたウェスタンブロット法にて患者血清はリカバリンに陽性となった.CARの原因となりうるCaエノラーゼ,Cgエノラーゼ,トランスデューシンC1,ビシニンの網膜蛋白には陰性であった(非供覧).患者血清C1,000倍希釈で陽性であったので,4,000倍,32,000倍まで希釈しても陽性であり,強陽性を裏付けた(図7a).(錐体細胞の蛋白であるビシニンをコントロールとした.)血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色(図7b)では網膜色素上皮細胞を含む網膜全体が陽性となった.とくに視細胞内節および錐体と推測される外節および内網状層上部が強陽性となった.CII考按CARの臨床的な特徴としては両眼性の急激な視力低下,視野障害(輪状暗点,中心性狭窄),光視症,羞明の自覚症状がある.検眼鏡的所見では,網膜動脈狭細化,網膜色素変性様眼底があるが,眼底の所見に乏しいことも多い.血清中の抗リカバリン抗体の証明はCCARの確定診断には有用である.抗網膜抗体にはほかにも抗エノラーゼ3),抗ChscC704),抗CTULP-15)抗体によるCCARの報告もある.しかし,この抗リカバリン抗体の証明は容易ではない.CARを疑い,血清を調べても抗リカバリン抗体陰性の報告例も多い.横井らは初回の検査で抗リカバリン抗体が検出されなくても,3回測定を行うとC100%陽性が確認できたと報告した6).これらのことから,抗リカバリン抗体陽性のCCARにおいてもその発現量はきわめて少ないと考えられる.一方,肺癌,胃癌,大腸癌を含めた悪性腫瘍におけるリカバリンの発現率を検討したところ,10.40%での発現が報告されている9).Bazhinらの報告では肺癌患者C143例(小細胞癌C99例,非小細胞癌C44例)のリカバリン発現を検討した.リカバリンの発現率は小細胞癌でC68%,非小細胞癌でC85%×40図6経気管支鏡による生検(ヘマトキシリン・エオジン染色)大型核を有する異型細胞が散在性に出現.免疫染色の結果より大細胞癌と診断された.CabrRrVrRrVrRrVrRrV×1,000×4,000×32,000Control*患者血清(50倍希釈)図7ウェスタンブロット・免疫染色a:リコンビナントのヒトリカバリンに対する患者血清によるウェスタンブロット.rR:リカバリン蛋白,rV:ビシニン.32,000倍希釈でもリカバリン特異的に陽性.Cb:患者血清を用いたマウス網膜に対する免疫染色.二次抗体はCAlexa488anti-humanIgG(MolecularProbes社).網膜全体に陽性.とくに内網状層,網膜視細胞内節・外節が強陽性であった(.).であった10).抗リカバリン抗体陽性率はそれぞれC15%,20本症例では通常検出されにくい抗リカバリン抗体が強陽性%であり,肺小細胞のみならず,非小細胞癌においても腫瘍であった.免疫染色でも網膜外層が染色され,抗リカバリン内のリカバリン発現および血清抗リカバリン抗体が確認され抗体が網膜組織を認識することを示唆している.実際,血清た.しかし,CARの発症はなかった.以上より,腫瘍内で中の抗リカバリン抗体を検出し,腫瘍内のリカバリン発現をのリカバリン発現,さらには血清中の抗リカバリン抗体の存証明したCCAR症例の報告がある11,12).本症例では残念なが在にもかかわらず,CARの発症はきわめて少ないという結ら気管支鏡検査による生検の検体量が少なく,肺腫瘍におけ論となる.るリカバリンの発現は確認できなかった(非供覧).これまでCCARの診断における抗リカバリン抗体の抗体価または定量化に関しての報告はほとんどない.血清の希釈度も報告により異なり,比較は困難と思われる.既報における“抗リカバリン抗体陽性”には,3回の採血後かろうじて陽性となるわずかな抗体量から,本症例のような高い抗体価まで広い範囲の“陽性”が含まれると考えられる.抗リカバリン抗体陽性CCAR患者における生命予後良好の報告例ではリカバリン特異的細胞障害性CT細胞の関与が示唆されている13).抗リカバリン抗体陽性のCCAR患者では細胞障害性CT細胞が腫瘍を攻撃しているという説である.しかし,臨床的には本症例だけではなく,抗リカバリン抗体陽性CCAR患者で,1年以内の死亡例も少なくない14.17).血清に検出される抗体はCB細胞が腫瘍細胞に対して産生されたものであり,細胞障害性CT細胞の活動性を示しているわけでない.本症例を含め,生命予後が不良であったCCAR症例での抗リカバリン抗体陽性例ではCT細胞性による腫瘍障害性を発揮することができなかった,もしくは抗原量=腫瘍細胞が多く,腫瘍障害まで至らなかったと推測した.抗リカバリン抗体が強陽性であってもCCAR患者の原疾患は悪性腫瘍であり,生命予後が不良であることが再認識された.また,本症例はステロイドの局所および全身治療にまったく反応せず,視力予後も不良であった.今後は症例の蓄積により抗リカバリン抗体の抗体価と生命予後および視力予後の関連性を検討する必要があると思われた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SawyerRA,SelhorstJB,ZimmermanLEetal:Blindnesscausedbyphotoreceptordegenerationasremotee.ectofcancer.AmJOphthalmolC81:606-613,C19762)ThirkillCE,FitzGeraldP,SergottRCetal:Cancer-asso-ciatedretinopathy(CARsyndrome)withantibodiesreact-ingCwithCretinal,Coptic-nerve,CandCcancerCcells.CNEnglJMedC321:1589-1594,C19893)AdamusCG,CAptsiauriCN,CGuyCJCetal:TheCoccurrenceCofCserumautoantibodiesagainstenolaseincancer-associatedretinopathy.CClinCImmunolCImmunopatholC78:120-129,19964)OhguroCH,COgawaCK,CNakagawaT:RecoverinCandCHscC70arefoundasautoantigensinpatientswithcancer-asso-ciatedCretinopathy.CInvestCOphthalmolCVisCSciC40:82-89,C19995)KikuchiCT,CAraiCJ,CShibukiCHCetal:Tubby-likeCproteinC1asanautoantigenincancer-associatedretinopathy.JNeu-roimmunolC103:26-33,C20006)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:癌関連網膜症の血清診断.あたらしい眼科C21:987-999,C20047)MaddisonP,Newsom-DavisJ,MillsKRetal:FavourableprognosisCinCLambert-EatonCmyasthenicCsyndromeCandCsmall-celllungcarcinoma.LancetC353:117-118,C19998)KobayashiM,IkezueT,UemuraYetal:Long-termsur-vivalCofCaCpatientCwithCsmallCcellClungCcancerCassociatedCwithCcancer-associatedCretinopathy.CLungCCancerC57:C399-403,C20079)MatsuoCS,COhguroCH,COhguroCICetal:ClinicopathologicalCrolesofaberrantlyexpressedrecoverininmalignanttumorcells.OphthalmicResC43:139-144,C201010)BazhinCAV,CSavchenkoCMS,CShifrinaCONCetal:RecoverinCasaparaneoplasticantigeninlungcancer:theoccurrenceofCanti-recoverinCautoantibodiesCinCseraCandCrecoverinCinCtumors.LungCancerC44:193-198,C200411)SaitoW,KaseS,OhguroHetal:Slowlyprogressivecan-cer-associatedCretinopathy.CArchCOphthalmolC125:1431-1433,C200712)SaitoCW,CKaseCS,COhguroH:AutoimmuneCretinopathyCassociatedCwithCcolonicCadenoma.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:1447-1449,C201313)MaedaCA,COhguroCH,CNabetaCYCetal:Identi.cationCofChumanCantitumorCcytotoxicCTClymphocytesCepitopesCofCrecoverin,CaCcancer-associatedCretinopathyCantigen,Cpossi-blyrelatedwithabetterprognosisinaparaneoplasticsyn-drome.CEurJImmunolC31:563-572,C200114)SalgiaR,HedgesTR,RizkMetal:Cancer-associatedreti-nopathyCinCaCpatientCwithCnon-small-cellClungCcarcinoma.CLungCancerC22:149-152,C199815)尾辻太,棈松徳子,中尾久美子ほか:急速に失明に至り,特異な対光反射を示した悪性腫瘍随伴網膜症.日眼会誌C115:924-929,C201116)高坂昌良,石原麻美,木村育子ほか:前立腺原発神経内分泌癌に随伴した癌関連網膜症のC1例.あたらしい眼科C31:C443-447,C201417)浅見奈々子,澁谷悦子,石原麻美ほか:癌関連網膜症のC2例.あたらしい眼科35:820-824,C2018***

前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例

2016年3月31日 木曜日

432あたらしい眼科Vol.6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY6103,23,No.3(102)4320910-1810/16/\100/頁/JCOPY《第49回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科33(3):432.434,2016cはじめに仮面症候群をきたす疾患として,成人では悪性リンパ腫と転移性腫瘍が多く,小児では網膜芽細胞腫と白血病が多い1).転移性腫瘍のほとんどは脈絡膜転移で,腫瘤を形成することが多い.一方,虹彩毛様体に転移している場合は前部ぶどう膜炎症状を呈することがある.今回,急激な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎と診断した症例が,腫瘤病変をきたさない肺癌転移による仮面症候群であっ〔別刷請求先〕岡部智子:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医療センター大森病院眼科Reprintrequests:TomokoOkabe,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPAN前房水細胞診で肺癌と同型細胞(classV)が検出された難治性ぶどう膜炎の1例岡部智子*1丸山貴大*2岡島行伸*1山口由佳*1鈴木佑佳*1若山恵*3堀裕一*1*1東邦大学医療センター大森病院眼科*2済生会横浜市東部病院*3東邦大学医療センター大森病院病理学講座ACaseofIntractableUveitisinWhichaCellTypeSimilartoLungCancerWasDetectedbyCytodiagnosisoftheAnteriorAqueousTomokoOkabe1),TakahiroMaruyama2),YukinobuOkajima1),YukaYamaguchi1),YukaSuzuki1),MegumiWakayama3)andYuichiHori1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter,2)SaiseikaiYokohamashiTobuHospital,3)DepartmentofPathology,TohoUniversityOmoriMedicalCenter目的:肺癌からの仮面症候群であった腫瘍性病変を認めない難治性ぶどう膜炎の症例を報告する.症例:78歳の男性.肺腺癌で化学療法中の2014年5月,左眼の視力低下にて近医を受診した.ぶどう膜炎,眼圧上昇に対して点眼薬および点滴を繰り返したが奏効せず,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時,左眼視力手動弁,左眼圧50mmHg,角膜全面の浮腫・瞳孔縁にフィブリン様の膜が付着し,眼底は透見できなかった.ぶどう膜炎による続発緑内障として,ステロイド系のTenon.下注射を行ったが改善しなかったため,緑内障治療用インプラント挿入術を施行した.前房中の細胞診にて肺癌の組織型と同じ腺癌細胞が検出された.片眼性の急激な高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎においては,固形癌による仮面症候群の可能性も留意する必要がある.Purpose:Toreportacaseofintractableuveitisinwhichaneoplasticlesionwasfoundtobeacaseofmas-queradesyndromefromlungcancer.Case:A78-year-oldmaleundergoingchemotherapyforapulmonaryadeno-carcinomahadpresentedwithblurringofvisioninhislefteyefromMay2014.Hewasdiagnosedwithuveitisandhadhighintraocularpressure.Herepeatedlyreceivedeyedropsandintravenousfeeding,butintraocularpressurecontrolwasbad.Medicaltreatmentsurgerywasperformed.Initialmedicalexaminationofhislefteyeshowedcor-rectedvisualacuityofhandmotion,intraocularpressure50mmHgandcorneaedema,fibrin-likefilmtopupilbor-derandnonvisiblefundus.Secondaryglaucomaduetouveitiswasdoubtedandsub-Tenon’scapsuleinjectionofcorticosteroidwasperformed,buttherewasnoimprovement.Hethenreceivedimplantforglaucomatreatmentofintraocularpressure.Adenocarcinomaofthesametypeaslungcancerwasdetectedbycytodiagnosisofananteri-oraqueousfloater.Inuveitiswithunilateralsuddenriseinhighintraocularpressure,thepossibilityofmasqueradesyndromeduetosolidcarcinomashouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(3):432.434,2016〕Keywords:難治性ぶどう膜炎,肺癌,仮面症候群,前房水の細胞診.intractableuveitis,lungcancer,masquer-adesyndrome,cytodiagnosisofanterioraqueous.432(102)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY 図1初診時の左眼の前眼部写真前房は深く,瞳孔は中等度散大.角膜浮腫が強く前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は不詳だが,瞳孔縁にフィブリンが検出していた.た症例を経験したので報告する.I症例患者は78歳,男性で,主訴は眼痛および嘔気である.2014年5月上旬に左眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.左眼のぶどう膜炎および眼圧上昇を認め,タフルプロストを処方された.その後も眼圧は下がらず,ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩・ベタメタゾンの点眼追加およびアセタゾラミド内服を開始したが眼圧下降せず,2.3日おきにグリセオール点滴を繰り返していた.6月5日,東邦大学医療センター大森病院に紹介された.初診時視力は,右眼0.08(1.2×.3.0D(cyl.0.75DAx100°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は,右眼18mmHg,左眼50mmHgであった.前眼部所見は左眼に強い角膜浮腫があり,前房は深く,瞳孔は中等度散大していた.前房内炎症細胞や角膜後面沈着物は角膜浮腫のため不明であったが,瞳孔縁にフィブリンを認めた(図1).眼底は透見できなかった.肺腺癌に対する化学療法中の末期で,前立腺肥大症,逆流性食道炎,糖尿病があった.眼科的には72歳時に両眼の白内障手術を受けた.初診時,前房水のPCR(polymerasechainreaction)検査では単純ヘルペスウイルス(HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),サイトメガロウイルス(CMV)のDNAは検出されなかった.ベタメタゾンリン酸エステルナトリウムのTenon.下注射を施行したが,眼所見は改善しなかった.その後も眼圧高値が続き,嘔気・嘔吐で体力を消耗していたため,6月7日左眼緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント使用)を施行した.術後眼圧は3.17mmHgで推移した.術後診察にて眼底には明らかな病図2緑内障インプラント挿入術後4日目の左眼の前眼部写真前房内全体に浮遊物を認めた.バルベルトチューブは前房内に挿入した.図3前房水の細胞診標本(Papanicolau染色,対物100倍)核腫大と核形不整を認め,核小体が目立ち,核偏在性で泡沫状の細胞質を有す異型細胞を小集塊状・散在性に認める.変はなかった.術後,前房内の白色・綿花状の浮遊物が次第に増加してきたため(図2),術後5日目に左眼の前房洗浄を施行した.前房水および前房内浮遊物の細胞診(図3)では,核腫大,核形不整,核小体の目立つ異型細胞(classV)が小集塊から散在性にみられた.これらの異型細胞は核小体が目立ち,核偏在性で細胞質が泡沫状であることから腺癌を考えるとの診断結果で肺癌の組織型(腺癌)と一致していた.その後,患者は7月上旬に死亡した.(103)あたらしい眼科Vol.33,No.3,2016433 II考按今回の症例は,急激で高度な眼圧上昇をきたす難治性ぶどう膜炎が肺癌転移の仮面症候群であった.仮面症候群をきたす原因疾患は,眼CNS悪性リンパ腫や全身性悪性リンパ腫を代表とするが,ほかにも,転移性眼内腫瘍や網膜芽細胞腫などがあり,良性腫瘍や眼内異物などでも仮面症候群となりえる2,3).仮面症候群の多くで硝子体混濁や前部ぶどう膜炎などの所見を伴っているが,眼圧が上昇している症例報告は少なく,眼内悪性リンパ腫による仮面症候群で新生血管緑内障が発症し,線維柱帯切除術を施行し改善した症例4)や,バーキットリンパ腫による仮面症候群で虹彩腫瘤・毛様体腫脹を生じ,眼圧47mmHgと上昇し放射線治療で改善した症例5)などの報告がある.今回の症例では,グリセオール点滴にて眼圧が一時的に下降しても同日の夜には眼痛・嘔気が出現しており,すでに癌末期であり体力がなく,連日の通院は困難であった.そのため,強い炎症がある状態で敢えて手術療法を選択した.緑内障手術の術式としては線維柱帯切除術も検討したが,術後の眼圧コントロールの煩雑性と患者の体力を考えて,より安定すると思われた緑内障治療用インプラント挿入術(バルベルト緑内障インプラント)を選択した.インプラント術後に前房内の炎症細胞の増加は目立たなかったが,次第に白色・綿花状の浮遊物が出現し,沈殿することはなく前房内全体に増加してきたため,前房洗浄とその細胞診を行った.前房洗浄では吸引にて容易に除去できるものもあれば,虹彩に張り付いているようで鑷子ではがすようなものもあった.この時点で初めて癌転移の可能性が強いと考えて細胞診を行った.病歴から仮面症候群についてもう少し検討するべきであったと痛感している.肺癌によるぶどう膜転移部位については,上野らは83%が脈絡膜,16%が虹彩,1%が毛様体と報告6)し,坂本らは85%が脈絡膜,15%が虹彩と報告7)しており,毛様体への転移はまれである.今回,前眼部超音波検査は施行しておらず,毛様体の詳細は明らかではないが,毛様体に転移していた可能性が考えられる.本症例における眼圧上昇の原因としては,毛様体の腫脹により虹彩が後ろから圧迫され隅角が閉塞されて高度の眼圧上昇を招いた可能性,腫瘍細胞による線維柱帯が目詰まりを起こした可能性が考えられた.改めて隅角鏡や超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscopy:UBM)での隅角検査の重要性を痛感した.片眼性の急激で高度な眼圧上昇を伴うぶどう膜炎において,腫瘍性病変を認めなくても,仮面症候群の原因として肺癌などの固形癌も考慮することが必要である.その診断には細胞診が不可欠である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)岩田大樹,北市伸義,石田晋ほか:仮面症候群.臨眼64:1650-1655,20102)中尾久美子:仮面症候群.臨眼68:66-72,20143)鈴木参郎助:仮面症候群.日本の眼科69:1155-1158,19984)降旗叶恵,仲村佳已,仲村優子ほか:仮面症候群と思われるブドウ膜炎に続発した血管新生緑内障の1症例.眼臨94:551-552,20005)菅原美香,園田康平,吉川洋ほか:造血器悪性腫瘍に伴い特異な虹彩腫瘤,毛様体腫脹を呈した仮面症候群2例.眼紀57:609-613,20066)上野脩幸,玉井嗣彦,野田幸作ほか:胞状網膜.離で発症した肺癌のぶどう膜転移例─本邦における各種癌のぶどう膜転移例についての考察─.眼紀37:560-568,19867)坂本純平,後藤浩:転移性ぶどう膜腫瘍28例の臨床的検討.眼臨101:180-182,2007***(104)

ゲフィチニブが著効した転移性脈絡膜腫瘍の1例

2010年6月30日 水曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(137)851《原著》あたらしい眼科27(6):851.855,2010cはじめに近年,癌患者の生命予後は改善し,転移性眼腫瘍の頻度は増加し従来にも増して眼科臨床の場で転移性眼腫瘍に遭遇する機会が増えてきている.悪性腫瘍による眼内への転移性腫瘍好発部位は,血管の豊富なぶどう膜,そのなかでも脈絡膜腫瘍が79.5.88%と大部分を占めている.その原発巣としては男性では肺癌,女性では乳癌が多いといわれて特に肺癌が原発巣の場合には,無症状である症例もあり,眼科受診をきっかけに原発巣が発見されることも少なくない1).肺癌脈絡膜転移の治療法としては放射線療法,光凝固療法,眼球摘出術,全身化学療法のほか,最近ではphotodynamictherapy(PDT)などがあるが,患者の予後やqualityoflife(QOL)を熟慮した選択が望まれる.今回筆者らは,眼症状を初発症状し発見された肺癌を原発とした転移性脈絡膜腫瘍に対して保存的療法の有力なオプションとなりうるゲフィチニブ(イレッサR)を主体とした化学療法を行い,原発巣とともに脈絡膜の転移病変が色素上皮萎縮を伴い瘢痕化した1例を経験したので報告する.I症例患者:69歳,女性.主訴:右眼視野欠損.現病歴:平成18年7月中旬より,右眼視野欠損を自覚し近医受診.脈絡膜隆起性病変を認めたため,当科紹介受診となった.既往歴:特記すべきことなし.家族歴:特記すべきことなし.喫煙歴:なし.初診時所見:VD=0.2(0.7×+1.5D),VS=0.3(0.9×+1.75D(cyl.0.75DAx100°).眼圧は右眼14mmHg,左眼20mmHg.前眼部に異常所見なく,中間透光体は両眼とも軽度白内障,眼底は右眼黄斑部耳側上方に5乳頭径大の隆起〔別刷請求先〕有村哲:〒143-8541東京都大田区大森西7-5-23東邦大学医学部眼科学講座Reprintrequests:TetsushiArimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine,7-5-23Omorinishi,Ota-ku,Tokyo143-8541,JAPANゲフィチニブが著効した転移性脈絡膜腫瘍の1例有村哲松本直飯野直樹杤久保哲男東邦大学医学部眼科学講座ACaseofMetastaticChoroidalTumorEffectivelyTreatedwithGefitinibTetsushiArimura,TadashiMatsumoto,NaokiIinoandTetsuoTochikuboDepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySchoolofMedicine69歳,女性.右眼視野異常にて当科紹介受診.右眼黄斑部耳側上方に5乳頭径の脈絡膜腫瘍とその周囲に漿液性網膜.離認め,全身検索の結果,肺腺癌を認め,患者の希望もありゲフィチニブをfirstlineで投与したところ奏効し,腫瘍部は周囲に色素沈着を伴い,縮小・瘢痕化した.肺癌脈絡膜転移に対し,ゲフィチニブの有用性を認めた1例を経験した.A69-year-oldfemalevisitedanearbyhospitalforabnormalvisualfieldinherrighteye.Abnormalocularfunduswasdetected,andshewasreferredtoourdepartment.Sizeofthechoroidaltumorwasapproximately5timesasmuchasopticnerve.Thetumorappearedintheupperlateralrightareaofthemacula,withserousretinaldetachmentaroundit.Systemicexaminationrevealedadenocarcinomaofthelung;Gefitinibwasusedasthefirstlineoftreatment,thepatientreadilyagreeing.Themedicationwashighlyeffective,thetumorareadecreasing/cicatrizing,withaccompanyingpigmentationinthesurroundingarea.Thiscaseconfirmstheeffectivenessofgefitinibinthetreatmentoflungcancermetastasistothechoroid.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(6):851.855,2010〕Keywords:転移性脈絡膜腫瘍,肺癌,ゲフィチニブ,上皮成長因子「受容体」.metastaticchoroidaltumor,lungcancer,gefitinib,epidermalgrowthfactorreceptor.852あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(138)AB図1初診時眼底所見(A:右眼,B:左眼)右眼に5乳頭径大の無色素性で黄色調の周囲に漿液性網膜.離を伴う腫瘤性病変を認めた.AB図2蛍光眼底造影写真A:右眼蛍光眼底造影写真においては,続発性網膜.離(矢印)に一致したフルオレセインの漏出と脈絡膜腫瘍を認めた.B:治療開始4カ月後においては,漏出は減少し腫瘍も瘢痕化し縮小傾向.AB図3超音波検査右眼の超音波検査においては,丈のある脈絡膜腫瘍(矢印)を認め(A),治療開始後4カ月においては消失していた(B).(139)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010853性病変とその周囲に漿液性網膜.離がみられた(図1).フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)では造影早期に腫瘍に一致した低蛍光を認め,後期には輪状の低蛍光のなかに斑状の過蛍光を認めた(図2).超音波Bモードにて腫瘤は実質性,内部反射は中等度,構造はやや不規則で高さは約2mm程度であった(図3).II全身所見胸部X線写真では左中肺野に約30mm大の結節影を認め(図4),胸部CT(コンピュータ断層撮影)では左肺S3領域に24.9×17.0mm大の胸膜陥入像を伴う結節影と両肺野に肺内転移が疑われる小結節影を伴っていた.採血にて腫瘍マーカーはCEA(癌胎児性抗原)4.7ng/ml,シフラ2.6ng/ml,NSE(神経特異エノラーゼ)8.9ng/ml,ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)20.9pg/mlであり血清KL-6高値であったが,間質性肺炎は認めなかった(図5).骨シンチでは左頭頂骨および,左第5肋骨に異常集積を認めた.肺生検組織所見では巣状ないし腺管状の異型細胞を認め(図6),中分化型腺癌と診断されその組織標本を用いた上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子検査(ダイレクトシークエンス法)ではexon21codon858CTG(Leu)からCGG(Arg)への遺伝子図4胸部X線写真入院時,胸部X線写真において左中肺野に腫瘤陰影(矢印)を認めた.ACBD図5胸部CTA,B:胸部CTでは左S3領域に胸膜嵌入像を認め,両肺野に散在する転移性小結節を認めた.C,D:ゲフィチニブ投与後,1カ月後の胸部CTでは転移性小結節は消失し,一次病巣は縮小傾向.854あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010(140)変異を認めた.III経過左肺S3原発の肺腺癌(T4N0M1)で,EGFR遺伝子変異が同定されていることなどから通常の化学療法よりゲフィチニブが強い抗腫瘍作用を期待されることや,間質性肺炎などの重篤な副作用などについてのインフォームド・コンセントを十分に行ったうえで,本人・家族の強い希望および呼吸器内科医の判断にてfirstlineでゲフィチニブ投与を行った.2006年9月上旬よりゲフィチニブ250mg/日投与を開始され,視野異常はゲフィチニブ投与後数日で改善傾向を示し,脈絡膜腫瘍に伴う漿液性網膜.離は縮小傾向を認めた.1カ月後の胸部CTでは左肺S3の原発巣も32%の縮小を認め,肺内転移もほぼ消失していた.投与4カ月後のFA所見では脈絡膜転移の造影効果と,色素漏出が消失していた.また,Goldmann視野検査においても感度低下は残存するも暗点は改善しており(図7),超音波検査においても腫瘍の縮小が認められた.2009年3月当科最終受診時において,右眼矯正視力は0.7,視野検査においても暗点の改善を認めた.現在,眼症状としては明らかな症状はなく,原発巣もさらに縮小し外来経過観察中である.IV考按本症例は前眼部に異常所見なく,眼底において右眼黄斑部耳側上方に5乳頭径大の隆起性病変とその周囲に漿液性網膜.離を伴っており,FA所見として造影早期に腫瘍に一致した低蛍光を認め,後期には輪状の低蛍光内に腫瘍血管によると思われる斑状過蛍光を認めた点や,超音波検査においても実質性の隆起性病変を認めたため,転移性脈絡膜腫瘍,無色素性脈絡膜悪性黒色腫,脈絡膜母斑などの脈絡膜腫瘍が疑われた.全身検索を行いその結果,胸部X線写真,採血,胸部CT,肺生検において肺癌と診断されたことから転移性脈絡膜腫瘍と考えられた.転移性脈絡膜腫瘍の症状は視野異常,視力低下,眼痛,飛蚊症などがあるが,眼症状が出現せずに死亡する患者も多いため,剖検して初めて発見される症例も少なくない.Blochら2)は230例の剖検で12%に眼転移を認めたと報告しており,また転移性肺癌も含む肺癌症例では7.1%に脈絡膜転移を認めたとする報告もある.転移性脈絡膜腫瘍の原発巣としてはShieldsら3)の報告では乳癌が47%,ついで肺癌は21%,矢野ら9)の報告では乳癌が64%,肺癌が13%と報告している.そのほかは消化器系,腎細胞癌などが数%ずつの頻度で,原因不明癌も約17%認めている.原発巣と転移巣の発見の時間的関係は肺癌,乳癌で異なり,乳癌は原発巣発見図6病理組織所見経気管支生検においては,中分化型腺癌を認めた(ヘマトキシリン・エオジン染色,×400).HE,×400AB図7Goldmann視野計A:眼底所見に一致した視野欠損を認めた.B:ゲフィチニブ治療開始後4カ月では視野改善傾向.(141)あたらしい眼科Vol.27,No.6,2010855から1.5年未満のことが多く,肺癌の場合は1年未満,もしくは本症例のように転移性脈絡膜腫瘍を契機として原発巣が発見されることも少なくない.肺癌脈絡膜転移の治療法としては放射線療法,光凝固療法,眼球摘出術,全身化学療法のほか,最近ではPDTなどがあるが,患者の予後やQOLを熟慮した選択が望まれる.一般に眼球摘出術が施行されることは少ないが,耐えがたい眼痛をきたした症例や二次性緑内障予防のために選択されることもある7).発癌メカニズムとして,EGFRの構造がレトロウイルスの影響や突然変異などで変化すると強いチロシンキナーゼ活性を示し,常に増殖のシグナルを送り続けて癌化することがあると考えられている13).ゲフィチニブはEGFRチロシンキナーゼを選択的に阻害し腫瘍細胞の増殖能生を低下させる.EGFRの遺伝子変異は本症例同様,女性,非喫煙者,東洋人,腺癌に多く認められることが知られている.現在,ゲフィチニブは非小細胞癌においてfirstlineにおける有用性および安全性は確立されていないため,secondline以降の既治療患者に投与されている.しかし実地医療においては,全身状態不良の理由から従来の化学療法が困難な症例や,患者本人・家族の希望によりゲフィチニブが投与され改善する症例も経験されている.本症例も,前述したようにEGFR遺伝子変異が同定されており通常の化学療法より強い抗腫瘍作用が期待されることや,間質性肺炎など重篤な副作用などのインフォームド・コンセントを十分に行ったうえで,本人・家族および呼吸器内科医の協議によりfirstlineでゲフィチニブ投与を行った.肺癌脈絡膜転移例は,2009年までの過去12年間で,本症例を含め19例報告されており6,7,11,12),ゲフィチニブ投与は2例のみと眼科領域におけるゲフィチニブの知見はいまだ乏しく,firstlineでゲフィチニブを投与した例およびEGFR遺伝子変異を同定しえたものは本症例が初めてあった.本症例ではゲフィチニブ投与後,原発巣および脈絡膜転移の改善を認めたが,ゲフィチニブを含む化学療法のみ脈絡膜転移の改善を認めたものは7例中6例であった.本症例を含めたゲフィチニブ投与2例はともに原発巣,脈絡膜転移に対して奏効した.本症例において視野異常がゲフィチニブ投与数日で改善を認めたことは,脈絡膜へ転移した腫瘍細胞にもEGFRが発現しており,その腫瘍の縮小とともに網膜.離が改善したためと思われる.また,19症例の生存期間中央値をみても12カ月とStephensら5)の5.2カ月より長く,これは新規抗癌剤やゲフィチニブなどの効果によるものと考えられる.転移性脈絡膜腫瘍に関して内科医との十分な連携を行い症例によっては今後,肺癌患者の増加や遺伝子変異検索の普及などに伴いその結果次第で,ゲフィチニブ投与は保存的療法の有力な選択肢となると考えられ,適切な投与法が確立されることで眼底所見の改善などにおいて治療効果を推定でき,そうすることにより精神的不安の多い肺癌患者の心的ストレスを少しでも軽減できるのはないかと考えられる.本論文における症例は,文献14)と同症例であり,多大なご協力をいただいた坂口真之先生,磯部和順先生らに感謝するとともに,ゲフィチニブの眼科領域における知見がいまだに乏しく長期経過例の報告も少ないことや,また呼吸器内科との連携の重要性にご考慮いただき眼科臨床の立場から同症例を報告させていただいたことに深謝いたします.文献1)石川徹,今澤光宏,塚原康司ほか:化学療法により他萎縮した転移性脈絡膜腫瘍の1例.眼科44:97-101,20022)BlochRS,GartnerS:Theincidenceofocularmetastaticcarcinoma.ArchOphthalmol85:673-675,19713)ShieldsCL,ShieldsJA,GrossNEetal:Surveyof520eyeswithuvealmetastasis.Ophthalmology104:1265-1276,19974)KreuselKM,WiegelT,StangeMetal:Choroidalmetastasisindisseminatedlungcancer:frequencyandriskfactors.AmJOphthalmol134:445-447,20025)StephensRF,ShieldsJA:Diagnosisandmanagementofcancermetastatictotheuvea:astudyof70cases.Ophthalmology86:1336-1349,19796)ChongJT,MickA:Choroidalmetastasis:casereportsandreviewoftheliterature.Optometry76:293-301,20057)AbundoRE,OrenicCJ,AndersonSFetal:Choroidalmetastasesresultingfromcarcinomaofthelung.JAmOptomAssoc68:95-108,19978)折居美波,中川純一,江原正恵ほか:血清KL-6高値を示し,Gefinibが著効した肺腺癌の4例.肺癌44:644,20049)矢野真知子,小田逸夫ほか:転移性脈絡膜腫瘍53例の検討.臨眼45:1347-1350,199110)ShieldsJA,ShieldsCL,EagleRCJr:Choroidalmetastasisfromlungcancermasqueradingassarcoidosis.Retina25:367-370,200511)木村格,児玉俊夫,大橋裕一ほか:肺癌を原発とした脈絡膜転移癌にゲフィチニブが奏効した1例.眼紀56:360-367,200512)金谷靖仁,吉澤豊久,鈴木恵子ほか:肺癌の脈絡膜転移1症例と文献的考察.眼紀48:1216-1224,199713)門脇孝,戸辺一之:チロシンキナーゼ1.チロシンキナーゼ癌遺伝子産物と増殖因子受容体.豊島久眞男,秋山徹編:癌化のシグナル伝達機構,p26-40,中外医学社,199414)坂口真之,磯部和順,浜中伸介ほか:ゲフィチニブが奏効した肺癌脈絡膜転移の1例.肺癌48:123-129,2008

腫瘍随伴視神経症と考えられた1例

2008年8月31日 日曜日

———————————————————————-Page1(121)11670910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(8):11671172,2008cはじめに腫瘍随伴症候群(paraneoplasticsyndrome)は,腫瘍の浸潤や転移によらない遠隔効果により,悪性腫瘍患者にさまざまな症状を随伴するもので,腫瘍に対する抗体が,交差反応を起こすという自己免疫機序により発症すると考えられている.眼科領域では網膜が障害される疾患として,上皮由来の〔別刷請求先〕古田祐子:〒453-0801名古屋市中村区太閤3-7-7名古屋セントラル病院眼科Reprintrequests:YukoFuruta,M.D.,DepartmentofOphthalmology,NagoyaCentralHospital,3-7-7Taiko,Nakamura-ku,Nagoya-shi453-0801,JAPAN腫瘍随伴視神経症と考えられた1例古田祐子*1,2中村誠*2熊谷あい*2西原裕晶*2青木はづき*3寺崎浩子*2*1名古屋セントラル病院眼科*2名古屋大学大学院医学研究科頭頸部・感覚器外科学講座眼科学教室*3一宮市民病院神経内科ACaseofPresumedParaneoplasticOpticNeuropathyYukoFuruta1,2),MakotoNakamura2),AiKumagai2),HiroakiNishihara2),HazukiAoki3)andHirokoTerasaki2)1)DepartmentofOphthalmology,NagoyaCentralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,NagoyaUniversity,3)DepartmentofNeurology,IchinomiyaMunicipalGeneralHospital68歳,男性が,2週間前からの右眼視力低下を自覚して受診した.初診時視力は右眼手動弁(矯正不能),左眼1.0(1.2)で,前眼部・眼底に視力低下の原因となるような所見を認めず,蛍光眼底造影,網膜電図,頭部コンピュータ断層撮影(CT)/磁気共鳴画像(MRI)上も正常であった.副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイドと略す)パルス療法およびプロスタグランジン製剤の投与を行ったところ,右眼視力は一旦(0.01)に改善した.しかし1カ月後には右眼視力は光覚()に低下し,左眼視力も20cm指数弁に低下した.左眼にも視力低下の原因となる所見はみられなかった.再度ステロイドパルス療法およびプロスタグランジン製剤の投与を施行したところ,一時的に右眼視力は指数弁,左眼視力は(0.3)に回復したが,発症約4カ月後には右眼光覚(),左眼手動弁となった.経過中,知覚異常,意識障害など原因不明の神経症状がみられ,発症約5カ月目には頭蓋内に異常を認めない小脳失調症状を発症した.精査にて肺癌と肝臓への多発転移が認められたため,これらの神経症状は,腫瘍随伴症候群による亜急性小脳変性症と考えられた.このことから,視力障害は腫瘍随伴視神経症によるものと考えられた.原因不明の急激な視力低下をきたす症例では,腫瘍随伴視神経症の可能性も考慮する必要があると考えられた.Wereportthecaseofa68-year-oldmalewithparaneoplasticopticneuropathysecondarytolungcancer.Thepatientnoticedprogressivevisuallossinhisrighteye;hisbest-correctedvisualacuity(BCVA)wasreducedtohandmotion(HM)OD.Noabnormalitywasfoundbyslit-lampexamination,funduscopy,uoresceinangiography,electroretinogramorbraincomputedtomography(CT)/magneticresonanceimaging(MRI).AftertreatmentincludingsystemicmethylprednisoloneandprostaglandinF2a,hisBCVAODimprovedto0.01;however,itreducedtolightsense(LS)()after1month.AtthistimehisBCVAOSwasalsoreducedtocountingingers(CF)from1.2.SystemicmethylprednisoloneandprostaglandinF2awereadministeredagainandhisBCVAtempo-rarilyimprovedtoCFODand0.3OS,butreducedtoLS()ODandHMOSafter2months.At5monthsheshowedcerebellarataxia;meanwhile,lungcancerandmultiplemetastasistotheliverhadbeenfoundbychestX-rayandCTscan.Hewasthendiagnosedwithparaneoplasticneurologicalsyndrome,hisvisuallossbeingduetoparaneoplasticopticneuropathy.Paraneoplasticneurologicalsyndromeshouldbeconsideredinpatientswithvisuallossofunknownetiology.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(8):11671172,2008〕Keywords:腫瘍随伴視神経症,腫瘍随伴小脳変性症,肺癌.paraneoplasticopticneuropathy,paraneoplasticcer-ebellardegenerations,lungcancer.———————————————————————-Page21168あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(122)家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成16年1月14日,2週間前から右眼の視力低下を自覚したため,近医眼科を受診した.視力低下の原因が不明のため,平成16年1月19日名古屋大学眼科を紹介され受診した.初診時所見:視力は右眼10cm手動弁(矯正不能),左眼1.0(1.2×+1.75D(cyl0.50DAx110°)で,眼圧は両眼とも13mmHg.前眼部,中間透光体には両眼とも異常がみられなかった.瞳孔反応は右眼の相対的瞳孔求心路障害(rela-tiveaerentpapillarydefect:RAPD)が陽性であった.眼底は右眼黄斑部にわずかな色素性変化がみられたが,他に異悪性腫瘍に合併する癌関連網膜症(cancer-associatedretin-opathy:CAR)と,悪性黒色腫に合併する悪性黒色腫関連網膜症(melanoma-associatedretinopathy:MAR),および視神経が障害される疾患として,腫瘍随伴視神経症(parane-oplasticopticneuropathy:PON)が知られている.今回筆者らは,PONと考えられる1例を経験した.I症例患者:68歳,男性.主訴:右眼の視力低下.既往歴:脳梗塞(50歳),腹部大動脈瘤(63歳).ab1初診時の眼底写真a:右眼,b:左眼.右眼黄斑部にわずかな色素性の変化がみられたが,他には特記すべき異常はみられない.ab2初診時の蛍光眼底造影写真a:右眼,b:左眼.特に異常はみられない.図3初診時のGoldmann動的量的視野検査右眼鼻上側に孤島状の残存が検出された.左眼は正常であった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081169(123)て抗生物質投与による治療をうけた.また失禁,しびれ感,意識消失発作,呂律障害などの神経症状がみられたため脳外科,神経内科を受診し,MRI,脳血流シンチグラフィーによる検索が行われたが,神経症状の原因は不明で,多発性硬化症の可能性も否定された.またLeber遺伝性視神経症の可能性を考え,ミトコンドリア遺伝子の11778番塩基の検索を行ったが,点変異はみられなかった.約1カ月後の4月17日,視力は右眼光覚(),左眼20cm手動弁と,改善が得られないまま退院となった.約2カ月後の平成16年6月6日,嘔気,嘔吐,歩行困難などの小脳失調症状が現れ,一宮市民病院に緊急搬送され入院した.髄膜刺激症状はみられず,髄膜炎の可能性はないと考えられた.頭部CT/MRIでは,この神経症状の原因となる病変を認めなかったが,胸部X線写真および胸部CTでは,左肺野S6領域に肺癌(腺癌)と考えられる異常陰影がみられ(図6),腹部CTでは肝臓内に多発性の転移巣を認めた(図7).これらのことから小脳失調症状は,腫瘍随伴症候群のうち腫瘍随伴神経症候群に属する亜急性小脳変性症(subacutecelleblardegeneration)1)と,同院神経内科にて診断された.亜急性小脳変性症は肺癌に合併したものが多く,PONを合併する場合もあると報告されているため1),これらの臨床経過より,本症例は腫瘍随伴神経症候群に属するPONにより,視力障害をきたしたと考えられた.経気管支鏡生検を施行したが,肺癌の組織像を明らかにすることはできなかった.同院呼吸器内科にて6月18日より3クールの化学療法〔カルボプラチン(CBDCA)+パクリタキセル常はみられず,視神経乳頭にも異常はみられなかった(図1).蛍光眼底造影でも異常は認めず,腕-眼時間は正常であった(図2).Goldmann視野では,右眼は鼻上側に孤島状の視野の残存を認めるのみで,左眼は正常であった(図3).網膜電図(electreoretinogram:ERG)の反応は,左右ともに正常であった(図4).光干渉断層計(opticalcoherencetomo-graphy:OCT)では,両眼とも黄斑部網膜厚は正常で,視神経乳頭周囲の神経線維層の厚さも全周にわたり正常範囲であった.頭部コンピュータ断層撮影(CT)/磁気共鳴画像(MRI)では,陳旧性の脳梗塞がみられたが,ほかに異常は認められず,占拠性病変や副鼻腔炎,視神経の炎症所見などはみられなかった.念のため脳外科,神経内科,耳鼻科を受診したが,特に異常はないとのことであった.経過:平成16年1月20日より名古屋大学医学部附属病院に入院し,ステロイドパルス療法(ソル・メドロールR1,000mg×3日間後,プレドニンR40mg/日から漸減)およびプロスタグランジン製剤投与(パルクスR10μg×14日間)を行ったところ,右眼視力は一旦(0.01)に改善した.しかしその後指数弁に低下し,2週間後退院となった(図5).退院約3週間後の平成16年2月23日,左眼の急激な視力低下を自覚し,翌2月24日再診した.このとき左眼視力は20cm指数弁で,右眼も光覚()となっていた(図5).両眼とも前眼部,眼底に変化はなく,視力低下の原因となるような異常はみられなかった.同日より再入院して再度ステロイドパルス療法およびプロスタグランジン製剤の投与を行ったところ,2週間後の3月8日に視力は右眼光覚(+),左眼(0.3)に改善したが,この回復は一時的で,その後再び徐々に低下した(図5).3月12日に測定された限界フリッカー値は,右眼は測定不可能,左眼は8Hzと著しく低下していた.右眼の視神経乳頭は徐々に蒼白化した.この2回目の入院中,発熱を伴う尿路感染症のため,内科および泌尿器科に図4初診時の網膜電図(ERG)左右とも正常であった.1,0001,0004040303020201010155メチルプレドニロン投与(mg)視力1/192/22/163/23/163/304/13パルクスR10μg投与1.20.30.01CFHMLS(+)LS(-)0.1:右眼:左眼図5経過表———————————————————————-Page41170あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(124)から否定的であり,症状を説明できる明らかな異常を認めなかった.このため当初診断に苦慮し,経過中は除外診断的に後部虚血性視神経症として,ステロイドパルス療法を主体とする治療を行った.しかし両眼に続けて発症したことなどから,この診断にも疑問が残った.その後肺癌が発見され,この症例でみられた原因不明の小脳失調症状は,腫瘍随伴神経症候群(paraneoplasticneurologicsyndrome:PNS)の古典的症候である亜急性小脳変性症と診断された.これにより初めて,視力低下の原因もPNSの一症状であるPONと考えられるに至った.PNSの診断に関しては,近年Grausらが診断基準を提唱している1).これによれば,PNSで起こるさまざまな症候群を,古典的症候と,非古典的症候に分けて考えており,それぞれに付随する状況から,deinitePNSとpossiblePNSの2段階の診断基準を設けている.古典的症候には,しばしば癌と関連があるとされるencephlomyelitisやlimbicenchep-hlitis,chronicgastrointestinalpseudo-obstraction,Lam-bert-Eaton症候群など8つの神経症候群が定められており,亜急性小脳変性症もこれに含まれる.発症した神経症状が古典的症候と考えられる場合には,ほかに考えられる症状の原因となる神経疾患などを除外したうえで,①神経症状の診断と原因と考えられる癌の発現が[5年以内で]ある,②明らかな癌の存在はないが,癌関連自己抗体のうちPNSと強く関連があるとされるもの[抗CRMP-5(CV2),Yo,Hu,Ri,Ma2,amphysin抗体]が検出されている,のいずれかであればdeinitePNSとするとされている.本症例は小脳失調症状発症直後に肺癌が認められており,ほかに神経症状の原因となりうる病変を認めないことから,deinitePNSに相当した.一方,PONやCAR,MARは古典的症候には含まれず,Grausらの診断基準のなかでは,現在のところ眼症状単独ではPNSの診断の根拠に用いることは推奨されていない.本症例の直接の死因となったイレウスの原因は,剖検が得(TXL)〕が施行されたが,1カ月後にイレウスを発症し,平成16年7月19日に永眠した.剖検は得られなかった.II考按眼底に異常を認めず急激な視力障害を生じる疾患には,①頭蓋内疾患(脳腫瘍・下垂体腫瘍・水頭症・癌の脳転移など),②鼻性視神経炎(後部副鼻腔の膿胞・副鼻腔炎による),③球後視神経炎(多発性硬化症,ウイルス性),④眼窩疾患(眼窩内腫瘍・眼窩蜂窩織炎・眼窩先端症候群など),⑤網膜疾患(acutezonaloccultouterretinopathy:AZOORなど),⑥遺伝性視神経症(Leber病),⑦後部虚血性視神経症が鑑別として考えられる.これらのうち本症例では,頭蓋内疾患,鼻性視神経炎,球後視神経炎は脳外科,神経内科,耳鼻科で否定され,眼窩疾患はCT/MRIで異常がないこと,網膜疾患はERGが正常であったこと,Leber病は遺伝子検査図63回目の入院時(平成16年6月)の胸部X線写真(左図)と胸部CT(右図)胸部X線写真(左図)では左肺野に肺癌と考えられる陰影(矢頭)が認められ,胸部CT(右図)では左肺野S6領域に肺癌と考えられる陰影(矢頭)を認めた.図73回目入院時(平成16年6月)の腹部CT肝臓内に癌の転移と思われる多発性の低吸収域が認められた(矢頭).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081171(125)症例と同様,急激な視力低下を生じ,視神経以外の中枢または末梢神経症状を伴っていた.またこれらのうちの多くは視神経乳頭浮腫を伴っており,PONでは視神経乳頭浮腫を伴う場合が多いと考えられるが,伴わない場合もある3).PONをきたす原疾患としては,肺小細胞癌が最も多いが,さまざまな原発巣から発症した報告がある(表1).PNSの多くでは,腫瘍の発見に先立ち神経症状が発症するため,これが腫瘍の発見に貢献するとされている8).眼科関連の腫瘍随伴症候群であるCARやMARでも,しばしば腫瘍の発見よりも眼症状が先行するが,本症例のように,PONでも原因となる腫瘍の発見に先立ち眼症状が発症することがある.このため原因不明の視力障害をきたした症例では,これらの疾患の可能性も念頭に置き全身的検索を進める必要がある.CARとMARではERGに明らかな異常が検出されることが診断に役立つ.しかしPONの場合には,視神経乳頭炎から重篤な網膜炎などを合併した場合にERGに異常をきたす場合もあるが,通常は必ずしもERGに異常をきたさない2).このため原因不明の視力障害では,ERGに異常がみられなくても腫瘍随伴症候群の可能性があることに留意する必要がある.PONでは経過中に小脳失調症状などの視神経症以外の神経症状を示すことが多く2),これが診断の一助になると考えられるが,本症例では視神経症以外の神経症状が遅れて発症したことにより,初期の診断がより困難であったと考られなかったため明らかにはされなかったが,PNSの末梢神経症状の一つに,先に述べた古典的症候のchronicgastro-intestinalpseudo-obstractionがあり,イレウスもPNSのために発症した可能性があると考えられた.PNSは腫瘍の浸潤や転移によらない遠隔効果によって神経系が障害される疾患群で,腫瘍が産生した抗原に対してできた抗体が,神経系と交差反応を起こすという自己免疫機序によると考えられている1).腫瘍の遠隔効果による視力低下をきたす疾患としては,網膜が障害されてERGに反応の低下をきたすCARとMARが広く知られているが,ERGに必ずしも変化をきたさないPONの場合もあることに留意すべきだと考えられる.PONはCARやMARよりも頻度は低いと考えられ,筆者らが調べた限りでは,PONは,現在までに,海外で30例前後25),わが国では3例の報告があった6,7)(表1).これらの多くは本表1腫瘍随伴視神経症(Paraneoplasticopticneuropathy)関連疾患症例数報告者肺小細胞癌18例Bennetetal.BrJChest,1986Watersonetal.AustNZMed,1986DelaSayetteetal.ArchNeurol,1998Crossetal.(9例)AnnNeurol,2003Sheorajpandayetal.JNeuroophthalmol,2006など肺腺癌1例大平ほか.眼科,1990悪性リンパ腫2例Coppetoetal.JClinNeuroophthalmol,1988Henchozetal.KlinMonatsblAugenheilkd,2003神経芽細胞腫1例Kennedyetal.PostgradMedJ,1987腎癌2例Hoogenaadetal.Neuroophthalmology,1989Crossetal.AnnNeurol,2003胃癌1例日下部ほか.臨眼,1994気管支癌1例Pillayetal.Neurology,1984喉頭癌1例日下部ほか.臨眼,1994鼻咽腔癌1例Hohetal.SingaporeMedJ,1991表3PONと関連のある自己抗体原因となる自己抗原症例数報告者CRMP5(CV2)10例Yuetal.AnnNeurol,2001DelaSayetteetal.ArchNeurol,1998Sheorajpandayetal.JNeuroophthalmol,2006Yo2例Petersonnetal.Neurology,1992表2腫瘍関連自己抗体合併症状原因疾患認識する抗原抗Hu抗体(ANNA-1,typeⅡa)脳脊髄炎,感覚ニュロパチー亜急性小脳変性症肺小細胞癌神経芽腫前立腺癌など中枢神経細胞核(HuR,Hel-N1,HuC/ple21,HuD)抗Ri抗体(ANNA-2,typeⅡb)オプソクローヌスミオクローヌス乳癌中枢神経細胞核(Nova-1)抗Yo抗体(PCA1)腫瘍随伴小脳変性症乳癌卵巣癌子宮癌など小脳Purukinje細胞抗CRMP5抗体(CV2)脳脊髄炎感覚ニューロパチー亜急性小脳変性症肺小細胞癌末梢・中枢神経細胞———————————————————————-Page61172あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(126)文献1)GrausF,DelattreJY,AntoineJCetal:Recommendeddiagonosticcriteriaforparaneoplasticneurologicalsyn-dromes.JNeurosurgPsychiatry75:1135-1140,20042)CrossSA,SalamaoDR,ParisiJEetal:ParaneoplasticautoimmuneopticneuritiswithretinitisdeinedbyCRMP-5-IgG.AnnNeurol54:38-50,20033)ChanJW:Paraneoplasticretinopathiesandopticneuropa-thies.SurvOphthalmol48:12-38,20034)SheorajpandayR,SlabbynchH,VanDeSompelWetal:Smallcelllungcarcinomapresentingasparaneoplasticopticneuropathy.JNeuro-ophthalmol26:168-172,20065)LuizJE,LeeAG,KeltnerJLetal:Paraneoplasticopticneuropathyandautoantibodyproductioninsmall-cellcar-cinomaofthelung.JNeuro-ophthalmol18:178-181,19986)大平明彦,井上泰,福田直子ほか:Paraneoplasticopticneuropathyの1例.眼科32:1519-1522,19907)日下部健一,池田博之,溝田淳:Paraneoplasticopticneuropathyと考えられた2症例.臨眼88:1354-1357,19948)田中正美,田中恵子:抗Yo抗体と傍腫瘍小脳変性症.医学のあゆみ201:185-187,20029)PetersonK,RosenblumMK,KotanidesHetal:Paraneo-plasticcerebellardegeneration,I:aclinicalanalysisof55anti-Yoantibody-positivepatients.Neurology42:1931-1937,199210)CalvertPC:ACR(I)MPintheopticnerve:Recogni-tionandimplicationsofparaneoplasticopticneuropathy.JNeuro-ophthalmol26:165-167,200611)GuyJ,AptsiauriN:Treatmentofparaneoplasticvisuallosswithinteravenousimmunoglobulin.ArchOphthalmol117:471-477,1999えられる.近年,PNSの原因と考えられるいくつかの腫瘍関連自己抗体が患者血清より同定されている(表2)が,PONでは抗CRMP-5(CV2)抗体が検出された例が最も多く報告されており2),他に抗Yo抗体が検出されたとの報告もある9)(表3).本症例では抗CRMP-5(CV2)抗体,抗Yo抗体,およびPNSで比較的高い頻度で検出される抗Hu抗体や抗Ri抗体1)についても検討したが,いずれも血清から検出されなかった.PONに対する治療に関しては,原因腫瘍に対する治療が第一とされ10),これにより視力が改善したという報告がある2,10)が,視力の改善が得られなかった症例も多い10).また,PONへの対症療法として,ステロイド投与や,g-グロブリン投与の行われた報告もあり,劇的に回復したとされる症例がある10,11).しかしこれらの薬物を投与しても効果が得られない場合もあり,現在のところ,PONに対する治療法は確立されていない10).本症例では,腫瘍に対する治療の前に2回ステロイドパルス療法およびプロスタグランジン製剤投与が行われたが,その結果,いずれの場合も一時的に視力の改善がみられた.その後再び視力障害は進行したが,これらの薬剤がPONに対し有効であった可能性があると考えられる.PONの治療法に関しては,今後の症例の積み重ねが必要であると考えられた.原因不明の急激な視力低下をきたす症例では,PONの可能性も考慮する必要がある.視神経乳頭浮腫がみられ,ほかには眼底に異常がみられず,中心暗点などの視野異常が検出されるといった,視神経炎様の所見を呈する場合は,PONの可能性を考える必要があるが,PONでは視神経乳頭浮腫もみられず,眼底にまったく異常を呈さない場合もあるので注意が必要と考えられた.***