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壊死性強膜炎に合併した両眼性のPaecilomyces真菌性角膜炎の1例

2020年11月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科37(11):1444.1448,2020c壊死性強膜炎に合併した両眼性のPaecilomyces真菌性角膜炎の1例子島良平木下雄人森洋斉岩崎琢也宮田和典宮田眼科病院CACaseofBilateralPaecilomycesKeratitisAssociatedwithNecrotizingScleritisCRyoheiNejima,KatsuhitoKinoshita,YosaiMori,TakuyaIwasakiandKazunoriMiyataCMiyataEyeHospitalC目的:壊死性強膜炎の治療中に両眼性のCPaecilomyces角膜炎を発症したC1例を経験したので報告する.症例:59歳,男性.糖尿病網膜症の加療中に両眼の充血・疼痛を自覚し再診した.壊死性強膜炎と判断し精査を行ったが原因は不明,ステロイド点眼で治療を開始した.5カ月後に左眼の角膜穿孔・膿瘍を認め,塗抹検鏡で糸状菌が,培養検査でPaecilomyces属が検出され真菌性角膜炎と診断した.右眼は強膜の菲薄化が進行していた.入院のうえ,左眼はステロイド点眼を中止し抗真菌薬を投与するも増悪,角膜クロスリンキングを行ったが視力は光覚弁となった.右眼には免疫抑制薬,ステロイド内服を追加,軽快し退院となった.退院後の再診時に右眼にも膿瘍を認め,培養でCPaecilomy-ces属が検出された.抗真菌薬で加療するも右眼も光覚弁となった.結語:壊死性強膜炎の治療中には真菌性角膜炎の発症に注意すべきである.CPurpose:ToreportacaseofbilateralPaecilomycesCkeratitisinapatientundergoingtreatmentfornecrotizingscleritis.Casereport:A59-year-oldmanwhowasundergoingtreatmentfordiabeticretinopathypresentedwithhyperemiaandpaininbotheyes.Althoughdetailedexaminationsfailedtoidentifytheunderlyingcause,necrotiz-ingscleritiswassuspected,sotreatmentwithsteroideyedropswasinitiated.Fivemonthslater,weobservedcor-nealperforationandanabscessinthelefteye,andasmearexaminationandculturetestdetected.lamentousfun-gusandPaecilomyces,respectively.Finally,thepatientwasdiagnosedwithfungalkeratitis,withadvancedscleralthinningintherighteye.Afterhospitaladmission,theeye-droptreatmentwasstopped,andtheadministrationofanCantifungalCdrugCwasCinitiatedCinCtheCleftCeye.CHowever,CtheCconditionCworsened.CDespiteCcornealCcrosslinkingbeingperformed,hisleft-eyevisualacuity(VA)waslightperception.Therighteyewastreatedwithimmunosup-pressantsandoralsteroids,andthepatientwasdischargedafteralleviationofthecondition.However,anabscesswasobservedinhisrighteyeduringafollow-upexamination,andculturetestsdetectedPaecilomyces.TheVAinthateyewasalsolightperception,despitetreatmentwithantifungaldrugs.Conclusion:Strictattentionshouldbepaidwhentreatingnecrotizingscleritis,asfungalkeratitiscandevelop.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(11):1444.1448,C2020〕Keywords:壊死性強膜炎,真菌性角膜炎,Paecilomyces属,ステロイド,免疫抑制薬.necrotizingscleritis,fun-galkeratitis,Paecilomyces,steroids,immunosuppressants.Cはじめに壊死性強膜炎は前部強膜炎の一形状であり1),日本においては強膜炎全体のC10%程度を占めると報告されている2,3).強膜炎の原因は自己免疫疾患や感染であることが知られているが,原因不明であることも多い.そのため,治療方針を決定するうえではまず感染か否かの鑑別をするとともに,血算,生化学,血液像などの臨床検査により潜在する全身疾患を特定することが重要である4,5).壊死性強膜炎は臨床所見から原因を特定することは容易ではないが,両眼性であれば感染以外の原因が示唆され,結節病変を伴う場合には自己免〔別刷請求先〕子島良平:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町C6-3宮田眼科病院Reprintrequests:RyoheiNejimaM.D.,Ph.D,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPANC1444(112)疫性の可能性が高い.感染が否定された場合にはステロイドの眼局所投与を中心に,症状,重症度によりステロイドの全身投与や免疫抑制薬の併用による治療を検討することとなる.一方で,ステロイドの副作用である眼圧上昇の発現や,ステロイドや免疫抑制薬の長期の連用により免疫不全状態となることに注意が必要である.今回,壊死性強膜炎の治療中で免疫不全状態にあったと思われる患者に生じたCPaecilomyces真菌性角膜炎のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:59歳,男性.主訴:両眼の充血および疼痛.職業:養鶏業.既往歴:もともと両眼の糖尿病網膜症による黄斑浮腫に対して宮田眼科病院(以下,当院)で加療中.現病歴:2017年C6月に両眼の充血,疼痛を主訴に当院を再診,結膜炎を疑いC0.1%フルオロメトロン点眼を処方し経過観察としたが,改善なく,7月に再度受診した.7月受診時所見:矯正視力は右眼C0.6,左眼C0.7,眼圧は右眼C16CmmHg,左眼C14CmmHgであった.両眼ともに強膜の充血および菲薄化を認めた.前房内,眼底に異常はなかった.前眼部所見から両眼の壊死性強膜炎を疑い精査するも原因は特定できず,点眼をC0.1%ベタメタゾンに変更した.経過:0.1%ベタメタゾン点眼をC1日C4回で継続したが,強膜の菲薄化が進行した.10月中旬に左眼の視力低下を自覚し,また家族から左眼が白くなっていると指摘され,11月初旬に再診となった.矯正視力は右眼C0.1,左眼は光覚弁と両眼ともに著しく低下し,眼圧は右眼がC20CmmHg,左眼はC8CmmHgであった.左眼の瞳孔領やや下方に角膜穿孔と膿瘍が認められ,前房は消失していた.所見,患者背景,ステロイド点眼の長期使用から感染症を疑い,膿瘍から検体を採取しグラム染色・ファンギフローラCY染色にて検鏡した.グラム染色ではグラム陽性桿菌が認められ,ファンギフローラCY染色にて真菌は陰性であった.同日入院のうえ,0.1%ベタメタゾン点眼を中止,1.5%レボフロキサシン点眼およびC0.5%セフメノキシム点眼のC1時間毎頻回投与を開始した.その後,膿瘍が増大したため,再度の塗抹検鏡検査をしたところ糸状真菌(図1)が検出された.このため治療をC1%ボリコナゾール点眼,0.1%アムホテリシンCB点眼のC1時間毎頻回投与,1%ピマリシン眼軟膏およびC1.5%レボフロキサシン点眼C1日C6回投与に変更し,ボリコナゾールC400Cmgの内服を開始した.培養検査ではCPaecilomyces属が検出された.抗真菌薬による治療を開始するも反応せず悪化したため,11月中旬に角膜クロスリンキングを施行した.その後感染は鎮静化し,点眼薬を漸減することができたが視力は光覚弁となった.図2に左眼のC2017年C7月.2018年C5月までの経過を示す.右眼は,11月初旬の時点で強膜の炎症が遷延し,菲薄化も進行していたため,0.1%ベタメタゾン点眼を増量のうえ,0.1%ブロムフェナク点眼,0.1%タクロリムス点眼を追加した.11月中旬にメトトレキサートC8Cmgの内服を追加するも症状が悪化,さらにプレドニゾロンC30Cmg内服を追加した.これにより菲薄化は残存するものの軽快し,12月下旬に退院となった.2018年C1月初旬の再診時,右眼角膜のC7.8時方向に浸潤巣および上皮欠損を認め,塗抹検鏡検査にて糸状真菌が検出された.再入院のうえ,左眼と同様の点眼治療に変更し角膜クロスリンキングを施行した.培養検査では右眼からもCPaecilomyces属が検出された(図3).加療後も症状が悪化したため,メトトレキサート,プレドニゾロンの内服を中止し抗真菌薬の内服を開始した.その後,抗真菌薬の実質内注射を行うも角膜穿孔をきたし,2月下旬よりC0.025%ポリビニルアルコールヨウ素液の点眼を開始,感染は鎮静化した.しかしC2018年C5月には視力は左眼同様,右眼も光覚弁となった.図4に右眼の2017年7月.2018年5月までの経過を示す.CII考按壊死性強膜炎の合併症として強膜の菲薄化や周辺部角膜潰瘍などがあり,改善しない場合には強膜や角膜の穿孔をきたし予後不良となる5,6).そのためステロイド点眼による治療を中心に,改善が得られない場合には眼局所および全身の感染を否定したうえで,ステロイドの全身投与が長期間投与される.ステロイドの全身投与を行っても改善のない症例では,免疫抑制薬が併用されることもある.ステロイドや免疫抑制薬の投与により壊死性強膜炎の改善は得られる可能性があるものの,宿主の免疫反応は抑制されるため感染症に罹患しやすい状況となる.プレドニゾロンの全身投与では用量依存的に感染率が増加することが示されており,真菌による感染は大量に,かつ長期間継続された場合に生じやすい7).今回,壊死性強膜炎に合併した両眼性のCPaecilomyces属による真菌性角膜炎を経験した.わが国で実施された真菌性角膜炎多施設スタディにおいて,真菌性角膜炎から検出されたC72株のうちもっとも多くを占めたのはCCandida属でC32%,ついでCFusarium属C25%,Alternaria属8%の順であり,Paecilomyces属は3%と頻度は少ない8).Paecilomyces属は土壌や空気中など環境中に多く存在する糸状真菌である.眼感染症に関与するのはおもにCP.lilacinusであり,手術や外傷,コンタクトレンズの使用を契機とした角膜炎や眼内炎の起因菌と報告されている9.11).川上ら9)がCPaecilomyces属による眼感染症について既報および自験例をまとめたC18例C19眼の報告によると,P.lilacinusが起因菌と考えられたのが83%を占め,また患者背景では糖尿病の既往があったのは42%,ステロイドの点眼や内服が使用されていたのはC50%,眼手術歴や外傷があったのはC53%であった.経過中にはC42%が角膜穿孔をきたし,最終矯正視力はC60%で指数弁以下,11%で眼球摘出に至るなど一般的に予後は不良である.治療にはボリコナゾールが用いられることが多く9,12),アムホテリシンCBなどの従来の抗真菌薬よりも高い感受性を示すが,治療に反応しない症例では重症化しやすい.その理由として,P.lilacinusが産生するパエシロトキシンとよばれるきわめて強力な低分子毒素が関与していると考えられる13).このパエシロトキシンは眼感染分離株からも産生されることが確認されており,症状が重症化する一端を担っていることが報告されている14).図1左眼のファンギフローラY染色で検出された真菌像(×1,000)本症例では,壊死性強膜炎の症状が進行したため,ステロ図2左眼の前眼部所見a:2017年C7月.強膜の充血および菲薄化を認める.Cb:11月初旬.瞳孔領やや下方に角膜穿孔および膿瘍.前房は消失.のちに糸状真菌が検出された.Cc:11月中旬.角膜クロスリンキング施行前.Cd:12月中旬.角膜クロスリンキング施行C1カ月後.感染は鎮静化した.Ce:2018年C5月下旬.視力は光覚弁.イドの点眼・内服に加えて,免疫抑制薬の点眼・内服を長期に行っていた.経過観察中に発生した角膜穿孔および膿瘍から真菌感染の併発を疑い塗抹検鏡検査を実施したところ,糸状真菌が検出された.通常,ステロイドの投与下で発症しやすいのはカンジダなどの酵母菌による感染である15).糸状真菌が角膜に感染を起こすには角膜への外傷が契機となっている場合が多いが,本症例ではそのような事象は確認できなかった.患者が気づかないうちに角膜に傷がついて感染した可能性はあるものの,Paecilomyces属による感染では非外傷性の場合も少なからずあり,これらの症例では当初は強膜炎やぶどう膜炎,眼内炎などと診断されていることから感染は内因性のものである可能性が指摘されている16).しかし,血液検査などで菌体が特定されたものはほとんどなく,感染の図3右眼のファンギフローラY染色で検出された真菌像メカニズムは明確ではない.(×1,000)cf図4右眼の前眼部所見a:2017年C7月.強膜の充血を認める.Cb:11月中旬.強膜の菲薄化がさらに進行.Cc:12月初旬.プレドニゾロン内服により菲薄化は残存するも軽快.Cd:2018年C1月初旬.角膜に浸潤巣および上皮欠損.糸状真菌が検出された.Ce:4月中旬.その後感染は悪化,角膜穿孔をきたしヨード点眼を開始.Cf:5月下旬.視力は光覚弁.本症例の患者背景および治療予後は既報9)と同様であり,菌種は同定できていないがCP.lilacinusである可能性が高いと考えられた.また,本症例が難治性であり重症化した理由として,糖尿病の既往および壊死性強膜炎の治療のためステロイドおよび免疫抑制薬を点眼・内服している免疫抑制状態であったこと,Paecilomyces属には抗真菌薬が奏効しがたいこと,またこれは推測の域を出ないがCPaecilomyces属特有のエンドトキシンの毒性の強さなどが考えられる.本症例の経験から,免疫抑制状態の患者で真菌感染が疑われる場合は,早期の塗抹検鏡検査にて起因菌の予測を立て,治療に着手することが重要と考えられた.Paecilomyces属が原因の真菌性角膜炎はまれとされており,本症例ではこれに有効とされるボリコナゾールを用いたものの奏効しなかったが,こうした症例報告の積み重ねにより有効な治療アプローチが確立されることを切に望む.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)WatsonCPG,CHayrehSS:ScleritisCandCepiscleritis.CBrJOphthalmolC60:163-191,C19762)KeinoH,WatanabeT,TakiWetal:ClinicalfeaturesandvisualCoutcomesCofCJapaneseCpatientsCwithCscleritis.CBrJOphthalmolC94:1459-1463,C20103)TanakaCR,CKaburakiCT,COhtomoCKCetal:ClinicalCcharac-teristicsandocularcomplicationsofpatientswithscleritisinJapanese.JpnJOphthalmolC62:517-524,C20184)堀純子:強膜炎の診断と治療.臨眼65:354-357,C20115)山口沙織:壊死性強膜炎.眼科C60:675-680,C20186)目時友美:強膜炎.臨眼73:112-116,C20197)川人豊:リウマチ性疾患におけるステロイドの功罪.臨床リウマチC21:106-111,C20098)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibiotice.ectの比較.日眼会誌110:973-983,C20069)川上秀昭,犬塚裕子,望月清文ほか:Paecilomyces属による眼感染症における診断,治療および予後についての検討.日眼会誌116:613-622,C201210)MondenY,SugitaM,YamakawaRetal:Clinicalexperi-encetreatingPaecilomyceslilacinusCkeratitisinfourpatients.CClinOphthalmolC6:949-953,C201211)柴玉珠,山崎広子,渡辺哲ほか:眼内レンズ縫着術後に生じた外傷性CPaecilomyceslilacinus眼内炎のC1例.臨眼68:1631-1637,C201412)ChenCY-T,CYehCL-K,CMaCDHKCetal:Paecilomyces/Pur-pureocilliumkeratitis:ACconsecutiveCstudyCwithCaCcaseCseriesandliteraturereview.MedMycol58:293-299,C202013)新井正:免疫学的諸問題.真菌と真菌症C28:50-54,C198714)MikamiCY,CFukushimaCK,CAraiCTCetal:Leucinostatins,CpeptideCmycotoxinsCproducedCbyCPaecilomycesClilacinusCandtheirpossiblerolesinfungalinfection.ZentralblBak-teriolMikrobiolHygAC257:275-283,C198415)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌117:467-509,C201316)TurnerCLD,CConradD:RetrospectiveCcase-seriesCofCPae-cilomyceslilacinusocularmycosesinQueensland,Austra-lia.BMCResNotesC8:627,C2015***