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カードラン点眼で誘導されるマウス結膜の病態生理学的変化の検討

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1667.1673,2014cカードラン点眼で誘導されるマウス結膜の病態生理学的変化の検討吉田圭稲田紀子石森秋子庄司純日本大学医学部視覚科学系眼科学分野InvestigationofCurdlanInstillation-inducedPathophysiologicalAlterationofBalb/cMouseConjunctivalTissuesKeiYoshida,NorikoInada,AkikoIshimoriandJunShojiDivisionofOphthalmologyDepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:カードランの点眼投与による結膜組織の病態生理学的変化の検討.対象および方法:Balb/cマウスを,PBSを点眼したP群,低濃度カードランを点眼したCL群,高濃度カードランを点眼したCH群に分けた.各群において,免疫組織化学による結膜下組織中GR-1およびCD68陽性細胞密度の検討,およびreal-timepolymerasechainreaction(real-timePCR)法による結膜組織中のtumornecrosisfactor-alpha(TNF-a),interieukin-1beta(IL-1b),interieukin-18(IL-18)mRNA発現の検討を行った.結果:GR-1陽性細胞密度はCH群(p<0.01)で,CD68陽性細胞密度はCL群とCH群(CL群:p<0.01,CH群:p<0.01)で有意に高値を示した.各群の結膜組織中サイトカインmRNAはCL群でTNF-amRNA(p<0.05)が高値,CH群でIL-1bmRNA(p<0.01)が高値を示した.結論:カードラン点眼投与は,点眼濃度の相違により結膜に惹起される炎症反応の病態が異なると考えられた.Purpose:Toinvestigatecurdlansolutioninstillation-inducedpathophysiologicalalterationofBalb/cmouseconjunctivaltissue.Subjectsandmethods:Balb/cmiceweredividedinto3groups,accordingtoinstillation:PBSinstillation(Pgroup),low-concentrationcurdlansolutioninstillation(CLgroup)andhigh-concentrationcurdlansolutioninstillation(CHgroup).Ineachgroup,GR-1-andCD68-positivecelldensityinsubconjunctivaltissueswasassessedbyimmunohistochemistry;tumornecrosisfactor-alpha(TNF-a),interleukin-1beta(IL-1b),andinterleukin-18(IL-18)mRNAexpressionwereinvestigatedbyreal-timepolymerasechainreaction(real-timePCR).Results:ThedensityofGR-1-positivecellsinCHgroupandofCD68-positivecellsinCLandCHgroupsshowedsignificantlyhigherlevelsincomparisonwiththeothergroups.RegardingcytokinemRNAexpressioninconjunctivaltissues,TNF-ainCLgroupandIL-1binCHgroupshowedsignificantlyhigherlevelsincomparisonwiththeothergroups.Conclusions:Thepathophysiologyofconjunctivalinflammationduetocurdlaninstillationappearstovarydependingontheconcentration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1667.1673,2014〕Keywords:カードラン,結膜組織,免疫組織化学,real-timePCR.curdlan,conjunctivatissue,immunohistochemistry,real-timePCR.はじめにカードラン(curdlan)は,食品添加物や整髪料の材料など日常生活でも広く利用されている土壌細菌由来のb-D-グルカン(BDG)であり,食品添加物として使用される際には,麺類などでは全原材料の約0.8%程度から,ゼリーや成型食品など粘性の高いものでは全原材料の約10%程度の質量を占めているとされている1).BDGは,1,3または1,6糖鎖を有する多糖体で,糖鎖の種類により,人体に対する生理学的活性が異なるとされている.BDGはおもに真菌,および一部の細菌の細胞壁構成成分として知られており,代表的なBDGには,酵母由来のザイモサン2),今回使用した細菌由来のカードラン3),シイタケ由来のレンチナン4)などがある.〔別刷請求先〕吉田圭:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:KeiYoshida,DivisionofOphthalmologyDepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-kamicho,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(101)1667 これらのBDGは,免疫賦活作用および制癌作用についての臨床応用が進んでいる5).BDGのレセプターは,マクロファージ,樹状細胞,好中球などの細胞膜上に発現するC型レクチン受容体の一つであるdectin-16)であるとさている.Dectin-1は細胞質内ドメインにITAM(immunoreceptortyrosine-basedactivatingmotif)構造を有しており,受容体刺激により細胞のtumornecrosisfactor-alpha(TNF-a)やinterleukin-1beta(IL-1b)7,8)の産生を誘導すると考えられている.また,BDGにはdectin-1を介した作用として,マウスにBDGを投与することで自己免疫性関節炎が発症することからアジュバント効果があるとする報告9)や免疫賦活作用についての検討10)も行われている.眼表面は,常に外界と接している組織であり,環境因子として存在するBDGに接し,角結膜組織に免疫学的な修飾が加えられている可能性がある.しかし,眼表面の免疫系に対するBDGの作用については不明な点が多く残されている.今回筆者らは,細菌由来のBDGであるカードランをマウスに点眼投与し誘導されるマウス結膜組織の免疫学的,組織学的変化を検討した.I対象および方法本研究は,日本大学医学部動物実験委員会の承認を得て行った.実験動物の取り扱いはAssociationforResearchinVisionandOphthalmology(ARVO)の取り扱い規約に準じた.1.対象マウス対象は,8週齢のメスのBalb/cマウス(オリエンタル酵母工業,東京)を用いた.飼育環境はspecificpathogenfree(SPF)環境下で食餌と水は自由に摂取させた.2.点眼処置および組織採取a.点眼処置Balb/cマウスは,点眼処置の内容により3群に分類した.点眼投与するカードランの濃度別変化を観察するために,phosphatebufferedsaline(PBS)を点眼したP群(15匹),低濃度カードランを点眼したCL群(15匹)および高濃度カードランを点眼したCH群(12匹)に分類した.カードラン(CurdlanfromAlcaligenesfaecalis,Sigma-Aldrich,StLouis,MO,USA)を,100μg/mlの低濃度カードラン点眼用水溶液と10,000μg/mlの高濃度カードラン点眼用水溶液を作製した.点眼処置は,P群,CL群およびCH群に対して,おのおのに対応する点眼用薬液を1眼に1回10μl点眼とし,両眼に点眼処置を行った.点眼処置は,12時間ごとに計3回行った.b.組織採取最終点眼から4時間後にマウスにペントバルビタール(ソムノペンチルR,共立製薬,東京)を腹腔内に過量投与して1668あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014安楽死させた後,眼球と眼瞼とを一塊として摘出した.摘出した眼球・眼瞼は,1)組織学的検討のための2%periodatelysin-paraformaldehyde(PLP)固定組織と2)レーザーマイクロダイセクション法に用いるための未固定組織とに分け,OCTcompound(TissueTecO.C.Tcompaund,サクラファインテックジャパン,東京)に包埋して.80℃で凍結保存した.3.組織学的検討組織用切片は,2%PLP固定後にOCTcompaund包埋したブロックから,約70μmの薄切切片を作製した.a.酵素抗体法好中球の観察は抗GR-1抗体を用いた酵素抗体法で行った.酵素抗体法は,まず内因性ペルオキシダーゼ阻止として0.3%過酸化水素加メタノールに30分間浸漬した後,5%ヤギ血清でブロッキングを行った.つぎに,1次抗体と室温で60分間反応させた.今回使用した1次抗体は,GR-1に対する染色には抗マウスGR-1ラットモノクローナル抗体(Ly6GandLy-6C,BDPharmingenTM,California,USA),CD68に対する染色には抗マウスCD68ラットモノクローナル抗体(Bio-RadAbDSerotecLimited,Oxfordshire,UK)を使用した.酵素抗体法の2次抗体以降の反応には酵素抗体法染色キットstreptavidin-biotin(SAB)法〔ヒストファインシンプルステインマウスMAX-PO(Rat),ニチレイバイオサイエンス,東京〕を使用し,添付の使用方法に従ってビオチン標識2次抗体およびペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジンを反応させ,3,3’-diaminobenzidine(DAB)・4HClで発色させた,核染色にはメチルグリーンを用いた.b.組織観察,細胞数カウント染色後の組織切片は,光学顕微鏡(BH2,オリンパス,東京)を用いて観察,写真撮影を行った.撮影したデジタル写真からパーソナルコンピュータの画像処理ソフトPhotoshopElements9(AdobeSystems,SanJose,CA,USA)を用いて結膜組織の総面積をピクセル数から換算した.つぎに,結膜組織中のGR-1陽性細胞数および結膜組織中のCD68陽性細胞数を測定し,GR-1陽性細胞密度(個/mm2)とCD68陽性細胞密度(個/mm2)を計算した.4.Real.timePCR法a.レーザーマイクロダイセクション法採取試料を未固定でOCTcompaundに包埋して急速凍結したブロックを用いて,約7μmの凍結切片を作製した.組織切片は,ただちに4℃に冷却した100%メタノールで3分間固定し,蒸留水で洗浄後,0.05%トルイジンブルー染色液に15秒間浸漬して,トルイジンブルー染色を行った.その後,LaserMicrodissection装置(Leicamicrosystems,LMD7000,Wetzlar,Germany)を用いて結膜上皮および上皮下から粘膜筋板までの結膜下組織を合わせて切り抜き,real(102) timepolymerasechainreaction(real-timePCR)用の試料とした(図1).b.Real.timePCR法レーザーマイクロダイセクション法で採取した結膜組織から,mRNA抽出キット(RNeasyRMiniKit,QIAGEN,Hilden,Germany)を用い,キットのマニュアルに従ってmRNAを抽出した.その後,HighTranscriptionKit(LifetechnologiesJapan,東京)を用いてcDNAに変換した.その後real-timePCR法による結膜組織におけるサイトカインmRNA発現の検討として,TNF-a,IL-1bおよびIL-18のmRNA発現量を測定した.real-timePCR法は,ABIPRISM7000(LifetechnologiesJapan)を使用したTaqMan法で行った.TaqManプローブおよびプライマーは,TaqManRGeneExpressionAssay(AppliedBiosystems,東京)のTNF-a:図1レーザーマイクロダイセクション法による組織切り出し範囲結膜上皮から粘膜筋板直上までの結膜組織(赤点線枠)をレーザーマイクロダイセクション法で切り出した.Bar=100μm.Mm00443258_ml,IL-1b:Mm01336189_ml,IL-18:Mm00434225_mlを使用し,内在性コントロールにはActb:Mm00607939_s1を使用した.Real-timePCR法の結果はΔΔCt法で定量的解析を行った.5.統計学的検討各検討項目は,ノンパラメトリックの多重比較法であるSteel-Dwass法を用いて統計学的に検討し,危険率5%未満を有意差ありとした.II結果1.結膜下組織中浸潤細胞の免疫組織化学的検討a.GR.1陽性細胞の検討光学顕微鏡による観察では,すべての群でGR-1陽性細胞が結膜下組織中にみられた.各群のGR-1陽性細胞密度は,*GR-1陽性細胞(個/mm2)NSNS300250200150100500P群CL群CH群図2GR.1陽性細胞密度GR-1陽性細胞密度はP群に対してCH群で有意に高値であった(Steel-Dwass法,p<0.01).*:p<0.01.NS:nosignificance.abc図3結膜下組織中CD68陽性細胞(酵素抗体法)a:P群,b:CL群,c:CH群.Bar=100μm.矢印:CD68陽性細胞.(103)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141669 P群76.8(43.7.114.5)個/mm2[中央値(レンジ)],CL群103.3(46.1.255.2)個/mm2,CH群197.8(148.0.226.1)個/mm2であった.GR-1陽性細胞密度はP群と比較してCH群で有意に高値であった(Steel-Dwass法,p<0.01)(図2).b.CD68陽性細胞の検討光学顕微鏡による観察では,すべての群で茶褐色に染色されたCD68陽性細胞が結膜組織中にみられた.CD68陽性細胞は,P群では結膜下組織中に散見される程度であったが,カードランを点眼処置した群では,CL群,CH群の両群と***NS7060もに結膜下組織中および粘膜筋板下にも多数みられた(図3).各群のCD68陽性細胞密度は,P群6.3(4.8.8.1)個/mm2[中央値(レンジ)],CL群37.2(16.9.46.5)個/mm2,CH群41.4(22.4.64.5)個/mm2であった.CD68陽性細胞密度はP群と比較してCL群およびCH群で有意に高かった(Steel-Dwass法,CL群:p<0.01,CH群:p<0.01)(図4).2.結膜組織中サイトカインmRNA発現の検討a.結膜組織中TNF.amRNA発現量の検討各群の結膜中TNF-amRNA発現量は,P群0.82(0.41.NS3**ΔΔΔCt)2.55022CD68陽性細胞(個/mm)40TNF-amRNA(1.5301200.5100P群CL群CH群0P群CL群CH群図4CD68陽性細胞密度図5結膜組織中TNF.amRNA発現量CD68陽性細胞密度はP群に対してCL群,CH群で有意に高TNF-amRNA発現量はP群,CH群に対してCL群で有意に値を示した(Steel-Dwass法,p<0.01).*:p<0.01.**:p高値を示した(Steel-Dwass法,p<0.05).*:p<0.05.NS:<0.05.NS:nosignificance.nosignificance,TNF-a:Tumornecrosisfactor-alpha.*NS*10NS0123456ΔΔIL-18mRNA(Ct)NSNSΔΔΔCt)IL-1mRNA(b9876543210P群CL群CH群P群CL群CH群図6結膜中IL.1bmRNA発現量図7結膜組織中IL.18mRNA発現量IL-1bmRNA発現量はP群,CL群に対してCH群で有意にIL-18mRNA発現量は3群間で有意な差はなかった.NS:no高値を示した(Steel-Dwass法,p<0.01).*:p<0.01.NS:significance,IL-18:interleukin-18.nosignificance,IL-1b:interleukin-1beta.1670あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(104) 1.61)[中央値(レンジ)]に対して,CH群0.76(0.27.1.67),CL群1.45(0.52.2.55)であった.TNF-amRNA発現量はP群と比較してCL群で有意に高値を示し(Steel-Dwass法,p<0.05),CH群と比較してもCL群で有意に高値であった(Steel-Dwass法,p<0.05)(図5).b.結膜組織中IL.1bmRNA発現量の検討各群の結膜中IL-1bmRNA発現量は,P群1.45(0.70.3.57)[中央値(レンジ)]に対して,CL群1.12(0.43.3.32),CH群3.19(1.26.9.16)であった.IL-1bmRNA発現量はP群,CL群と比較してCH群で有意に高値を示した(SteelDwass法,p<0.01)(図6).c.結膜組織中IL.18mRNA発現量の検討各群の結膜中IL-18mRNA発現量を検討した結果,P群1.01(0.51.3.21)[中央値(レンジ)]に対して,CL群0.90(0.54.2.28),CH群1.13(0.46.4.92)であった.IL-18mRNA発現量はP群,CL群,CH群で差はなかった(図7).III考按今回の研究では,マウス結膜に細菌性由来のカードランを投与し,結膜組織での病態生理学的変化の検討を行った.今回の免疫組織化学検討では,好中球の指標としてGR-1を,マクロファージの指標としてCD68を用いた.今回用いた抗GR-1抗体は,Ly-6G/6Cに対する抗体である.Ly6G/6Cは骨髄細胞分化抗原GR-1のコンポーネントであり,おもに末梢好中球に発現していることから末梢好中球のマーカー蛋白質と考えられているため,本実験では好中球のマーカーとして使用した.また,CD68は,単球,マクロファージに発現するLAMP(lysosomal-associatedmembraneprotein)ファミリーの糖蛋白質であり,今回の検討ではマクロファージの動向を観察する目的で使用した.また,realtimePCR法を用いたサイトカインmRNA発現の検討ではレーザーマイクロダイセクション法で検体を採取することによって,結膜上皮から粘膜筋板直上までの結膜組織でのカードラン点眼投与による変化を局所的に評価することができたものと考えられた.一方で,採取した結膜組織から得られる検体量にばらつきが生じる可能性があるので,real-timePCR法による発現量の検討にはΔΔCt法を用いた.ΔΔCt法は,基準となる内在性コントロールと比較して相対的定量を行う方法であることから,検体の採取量に左右されずに評価が可能であったと考えられた.カードランを投与した群でproinflammatorycytokineであるTNF-a,IL-1bのmRNA発現増加がみられたことは,カードランがマウス結膜組織において炎症反応の惹起に関与している可能性が考えられた.しかし,結膜組織中TNF-amRNA発現量の検討においてP群,CH群と比較してCL群で有意に増加したこと,および結膜組織中IL-1bmRNA発(105)現量の検討においてP群,CL群と比較してCH群で有意に増加したことは,カードランの濃度により結膜に生じる炎症または免疫学的反応が異なることを示していると考えられた.BDGの受容体の特異的受容体としては,dectin-1が知られている.眼表面(ocularsurface)におけるdectin-1発現や分布に関しては,不明な点が多い.糸状真菌による真菌性角膜炎の角膜病巣部から得られた検体を定量PCR法で検討した結果,dectin-1,toll-likereceptor(TLR)2,TLR4,TLR9およびNOD-likereceptorprotein3が検出されたと報告されている11).また,筆者らは,健常成人の結膜上皮をimpressioncytology法で採取し,蛍光抗体法およびreal-timePCR法によりdectin-1発現を検討したところ,結膜上皮にdectin-1発現が認められたことを報告している12).したがって,角結膜組織にBDGの受容体であるdectin-1発現がみられる可能性が考えられ,点眼投与したカードランは角結膜局所に発現したdectin-1を介して作用した可能性が考えられた.しかし,今回の実験では点眼投与したカードランの詳細な作用機序に関しては解明されておらず,さらに詳細な実験を加える必要があると考えられた.今回のTNF-amRNA発現の測定結果から,カードランが他のproinflammatorycytokine産生に影響を与えず,TNF-amRNA発現に関与するためには指摘濃度が存在する可能性が推察された.TNF-aは,炎症反応または免疫応答においては,おもにマクロファージ,単球などにより産生され,アポトーシスの誘導,IL-1,IL-6といった炎症性メディエータ産生促進,血管内皮細胞活性化といった作用が報告されている13,14).また,カードラン溶液で血液を刺激し,wholebloodassayで解析した実験では,今回使用したカードラン濃度より低濃度である2.5μg/mlと低濃度であるが,カードランのproinflammatorycytokine産生に対する作用としては至適濃度の存在が報告されている15).したがって,今回低濃度群(CL群)に投与したカードランの投与量は,TNF-amRNAを増加させる至適濃度と一致していた可能性が示唆された.また,今回の免疫組織化学的検討の特徴としては,CH群で好中球数が増加し,CL群およびCH群でCD68陽性細胞数が有意に増加していたことである.CD68陽性細胞はおもに単球やマクロファージといった抗原提示,自然免疫に関与する細胞で,自然免疫は,粘膜組織におけるアジュバント効果に関与している16)とされている.これはアジュバント物質が局所にある種の炎症反応を惹起し,マクロファージなどの抗原提示細胞を遊走することで,抗原の貪食・抗原提示を起こりやすくするためとされている.したがって,カードランの投与によりCL群において結膜組織中に好中球が増加せず,CD68陽性細胞が増加したこと,およびTNF-amRNAが増加したことは,カードランの点眼によるアジュバント効果を検討するうえで興味深い所見であるとあたらしい眼科Vol.31,No.11,20141671 考えられた.一方,結膜組織中IL-1bmRNA発現量の検討において,P群,CL群に対してCH群でIL-1bmRNA量が有意に増加したことは,カードランの結膜投与によるIL-1bmRNA発現は濃度依存的に発現が増加する可能性が考えられた.結膜組織や他の粘膜組織においてIL-1bは,マクロファージから産生され,生体内の炎症に関与するとされている17).特に,疾患とのかかわりあいでは,敗血症患者の血清中,関節リウマチ患者の滑膜中でIL-1bの増加がみられると報告されている18,19).また,免疫組織化学的検討において,IL-1bの増加がみられるCH群において,好中球およびCD68陽性細胞の浸潤も増加していた.これらの結果は,今回みられたIL-1bmRNAの増加は,カードランによる炎症惹起作用による変化と考えられた.同様の現象は,マウス樹状細胞におけるザイモザン,カードラン刺激においても報告されており20,21),高濃度カードランは,結膜に対して起炎物質となる可能性が考えられ,真菌感染症の病態を検討するうえで注目すべき反応であると考えられた.すなわち,これらの結果でみられるカードランの濃度により発現が増加するサイトカインが異なることや浸潤する炎症細胞の程度が異なることは,b-D-glucanが真菌関連眼疾患において起炎物質として作用することや,アジュバント物質として作用する可能性を示唆するものであり,今後カードランの粘膜アジュバントとしての作用についても検討する必要があると考えられた.しかし,今回使用したカードラン濃度は,低濃度CL群で100μg/ml,高濃度CH群で10,000μg/mlである.今回使用した点眼薬濃度は,点眼で投与可能な点眼量を10μlとして,投与全量が低濃度CL群で1μg,高濃度CH群で100μgとなるように計画した点眼処置法である.既報では,カードランを経気道投与したマウスでのinvivo実験系では,カードランが4μg.4ngcurdlan/kglungwt.で投与されている22).また,invitroでは血液をカードラン溶液で刺激しwholebloodassayで解析した際に2.5μg/mlの濃度が使用されている15).既報と今回の点眼濃度を単純に比較することは困難であるが,単純計算では培養で使用されたカードラン濃度の40倍が点眼に使用されたことになるため,眼局所に対しては比較的高濃度を作用させた実験系になっており,高濃度カードランの濃度依存反応を検討する実験系であったと考えられた.また,ヒトマクロファージをカードランで刺激することで,dectin-1を介してIL-18産生が増加すると報告されている23).しかし,今回の実験では結膜組織中IL-18mRNA発現量はP群,CL群,CH群の3群間に差がみられなかったことから,結膜組織におけるIL-18産生については,dectin-1発現細胞の存在などを含めて,さらに検討する必要があると考えられた.また,カードラン投与によるアジュバン1672あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014ト効果はdectin-1を介し,NLRP3インフラマゾームが活性化され,IL-1bの産生を誘導する経路がアジュバント効果に重要であるとの報告がある20).今回の検討では,結膜にカードランを投与することで濃度依存的にIL-1bが産生されることが証明されたが,結膜における粘膜アジュバントとしての作用にIL-1bがどのように関与するか,実際にBDGの特異的受容体であるdectin-1を介した経路がアジュバント作用に関係しているのかについてはさらなる検討が必要である.文献1)中尾行宏,戸田準,寺崎衛:カードランの性質と食品への利用.調理科学22:164-172,19892)OlynychTJ,JakemanDL,MarshallJS:Fungalzymosaninducesleukotrieneproductionbyhumanmastcellsthroughadectin-1-dependentmechanism.JAllergyClinImmunol118:837-843,20063)KawashimaS,HiroseK,IwataAetal:b-glucancurdlaninducesIL-10-producingCD4+Tcellsandinhibitsairwayinflammation.JImmunol189:5713-5721,20124)XuX,YasudaM,Nakamura-TsurutaSetal:b-GlucanfromLentinusedodesinhibitsnitricoxideandtumornecrosisfactor-aproductionandphosphorylationofmitogen-activatedproteinkinasesinlipopolysaccharide-stimulatedmurineRAW264.7macrophages.JBiolChem287:871-878,20125)林良輔,落合武徳,渡辺一男ほか:レンチナン持続動注療法における胆癌患者の免疫学的検討.日消外会誌14:1192-1196,19816)BrownGD,GordonS:Immunerecognition.Anewreceptorforb-glucans.Nature413:36-37,20017)西城忍,岩倉洋一郎:生体防御機構におけるDectin-1の役割.臨床免疫・アレルギー科49:101-108,20088)SteeleC,RapakaRR,MetzAetal:Thebeta-gulucanreceptordectin-1recognizesspecificmorphologiesofAspergillusfumigatus.PLoSPathog1:323-334,20059)HidaS,MiuraNN,AdachiWetal:Cellwallb-glucanderivedfromcandidaalbicansactsasatriggerforautoimmunearthritisinSKGmice.BiolPharmBull30:1589-1592,200710)足立禎之,大野尚仁:真菌多糖の免疫系による認識とその活性化作用.日本医真菌学会雑誌47:185-194,200611)KarthikeyanRS,LealSMJr,OrajnaNVetal:ExpressionofinnateandadaptiveimmunemediatorsinhumancornealtissueinfectedwithAspergillusorfusarium.JInfectDis204:942-950,201112)吉田圭,庄司純,石森秋子ほか:結膜上皮細胞におけるdectin-1およびBAff発現の検討.日眼会誌,118:368377,201413)Kyan-AungU,HaskardDO,PostonRNetal:Endothelialleukocyteadhesionmolecule-1andintercellularadhesionmolecule-1mediatetheadhesionofeosinophilstoendothelialcellsinvitroareexpressedbyendotheliuminallergiccutaneousinflammationinvivo.JImmunol146:521(106) 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免疫組織化学的所見により毛包上皮腫と診断した1例

2012年11月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(11):1555.1558,2012c免疫組織化学的所見により毛包上皮腫と診断した1例木村徹*1,2児玉俊夫*1大城由美*3*1松山赤十字病院眼科*2市立宇和島病院眼科*3松山赤十字病院病理ACaseofTrichoepitheliomaDiagnosedbyImmunohistochemicalStudiesToruKimura1,2),ToshioKodama1)andYumiOshiro2)1)DepartmentofOphthalmology,MatsuyamaRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,UwajimaCityHospital,3)DepartmentofPathology,MatsuyamaRedCrossHospital目的:病理組織学的に基底細胞癌に類似した毛包上皮腫の1例を報告する.症例:85歳,女性.右上眼瞼に半球状を呈した淡紅色の腫瘤を認め,摘出した.病理組織学的所見として,腫瘍は表皮から連続性に真皮表層に位置しており左右対称で,腫瘍細胞が網目状に胞巣を形成していた.胞巣中には角質.胞や毛包構造が散見された.腫瘍細胞は基底細胞様細胞で,辺縁部で柵状配列を示しており基底細胞癌に酷似していた.免疫組織化学的検討では,Ki-67陽性細胞はわずかであり,bcl-2は腫瘍胞巣の外層のみに局在がみられた.CD34陽性細胞は腫瘍胞巣周辺の間質に分布していた.以上の組織学的所見から毛包上皮腫と診断した.結論:病理組織学的に基底細胞癌に類似する毛包上皮腫では免疫組織化学的所見が鑑別に有用であった.Purpose:Wepresentacaseoftrichoepitheliomathatwashistopathologicallysimilartobasalcellcarcinoma.Case:Thepatient,an85-year-oldfemale,hadaprotruding,slightlypinkishtumorinherrightuppereyelid.Ongrossexamination,across-sectionoftheremovedtumorshowedasymmetricalarrangementofcystsandtumornests.Histologicalfindingsrevealedcontinuityoftumornestswiththeepidermis;thereweresomehorncystssurroundinglamellarkeratinousmaterialsandabortivehairfollicles.Thetumornests,consistingofbasaloidcellswithperipheralpalisading,weredifficulttodistinguishfrombasalcellcarcinoma.Intheimmunohistochemicalstudies,afewKi-67-positivecellssuggestedcharacteristicsofbenigntumor.Theexpressionofbothbcl-2,stainedonlyintheoutermostlayerofthetumorcells,andCD34,stainedinthemesenchymalcellsadjacenttothetumornest,wasconsistentwiththecharacteristicsoftrichoepithelioma.Conclusion:Immunohistochemicalstudiesprovidethecorrectdiagnosisoftrichoepitheliomaandbasalcellcarcinoma,sincethosehavesomeoverlappinghistopathologicalfindings.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(11):1555.1558,2012〕Keywords:毛包上皮腫,免疫組織化学,Ki-67,bcl-2,CD34.trichoepithelioma,immunohistochemistry,Ki-67,bcl-2,CD34.はじめに眼瞼腫瘍をその由来で分類すると表皮,付属器,神経外胚葉および血管由来に大別される.付属器には毛器官,脂腺および汗腺があり,そのうち毛器官は毛とそれを取り囲む毛包よりなる.毛包系の良性腫瘍として毛包腫,毛包上皮腫,毛母腫(石灰化上皮腫)などの上皮性腫瘍があり,悪性腫瘍としては基底細胞癌があげられる.基底細胞癌は真皮内に腫瘍胞巣を作って増殖し,表皮の基底細胞に酷似しているためにその名があるが,最近では免疫組織化学的および遺伝子学的研究より毛包の毛芽細胞から分化した腫瘍と考えられている1,2).毛包系良性腫瘍のうち,毛包上皮腫はまれな腫瘍で成人の顔面に好発する.毛包上皮腫の病理組織学的特徴として,腫瘍は基底細胞様細胞より構成されるため,ときに基底細胞癌との鑑別が困難なことがあるという点である3.6).今回,筆者らは眼瞼縁に発生した毛包系腫瘍に対して免疫組織化学的検討を行い,毛包上皮腫と診断した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕木村徹:〒798-8510愛媛県宇和島市御殿町1番1号市立宇和島病院眼科Reprintrequests:ToruKimura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UwajimaCityHospital,1-1Goten-cho,Uwajima,Ehime798-8510,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(105)1555 I症例患者:85歳,女性.主訴:右上眼瞼腫瘤.既往歴:原発性胆汁性肝硬変.家族歴:特記事項なし.現病歴:約20年前より右上眼瞼の腫瘤を自覚していたが,最近大きくなったために近医を受診して当科を紹介された.初診日:平成22年9月.初診時所見:右眼視力=0.1(1.2×sph+2.5D(cyl.1.0DAx110°),左眼視力=0.2(1.2×sph+2.75D(cyl.1.0DAx80°).眼圧は右眼眼圧=8mmHg,左眼眼圧=10mmHg.両眼図1右上眼瞼腫瘤の細隙灯顕微鏡写真とも前眼部,中間透光体,眼底に特記すべき所見は認められ右上眼瞼に表面平滑で半球状の腫瘤がみられる.abcd図2摘出腫瘤の病理組織学的所見a:摘出腫瘤の病理組織(HE染色,弱拡大).腫瘤は表皮から連続性に真皮表層に位置しており,左右対称であった.腫瘍細胞は網目状の胞巣を形成していた.バーは1mm.b:摘出腫瘤の病理組織(HE染色,強拡大).腫瘍細胞は基底細胞様細胞からなり,胞巣周辺部で柵状構造(黒三角)を示していた.バーは50μm.c:腫瘍内の角質.胞.腫瘍胞巣中に小角質.胞が散見された.バーは50μm.d:毛包への分化.腫瘍胞巣中に毛包構造に類似した部位が存在していた.バーは50μm.1556あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(106) ababcなかった.右上眼瞼外側に直径5mmの半球状で弾性硬,色調は淡紅色の腫瘤を認めた(図1).腫瘍中心部に潰瘍形成は認められなかった.なお,体幹など他の部位に同様の腫瘤形成はみられなかった.経過:初診日と同月に右上眼瞼腫瘍摘出術を施行した.腫瘍周囲は1mm離して腫瘍切除を行い,上方より皮弁を作製し移動させて皮膚欠損部を被覆した.術後は紹介医療機関にて経過観察を行っているが,再発は認めていないということであった.病理組織学的所見:腫瘍は表皮から連続性に真皮表層に位置し,左右対称性で境界明瞭であり(図2a),表皮下に腫瘍細胞が網目状の胞巣を形成していた.腫瘍細胞はN/C比(核/細胞質比)の高い基底細胞様細胞で胞巣辺縁部において柵状配列を示していたが,周囲組織への浸潤性増殖は認められなかった(図2b).なお,腫瘍細胞の核異型性や核分裂像は明らかではなかった.腫瘍胞巣中には小角質.胞が散見され(図2c)毛包構造を示している部位も存在していた(図2d).免疫組織(,)化学的検討として,細胞周期において休止期には存在しないために細胞増殖能の指標として用いられるKi-677),アポトーシス抑制の癌遺伝子で悪性腫瘍において(107)図3摘出腫瘤の免疫組織化学的所見a:Ki-67の局在.Ki-67陽性細胞(矢印)は少数であった(5%以下).バーは50μm.b:bcl-2の局在.bcl-2は腫瘍胞巣の外層のみ局在が認められた(黒三角).バーは50μm.c:CD34の局在.CD34陽性細胞は腫瘍胞巣周辺の間質に分布していた(白三角).バーは50μm.過剰発現するといわれているbcl-27),造血前駆細胞の指標で毛包系腫瘍の鑑別に有用といわれているCD348)の局在について調べた.Ki-67陽性細胞が少ない(5%以下)という結果は悪性である基底細胞癌とは考えにくく,良性腫瘍を示唆した(図3a).bcl-2は腫瘍胞巣外層のみに局在がみられ(図3b),CD34陽性細胞は腫瘍胞巣周辺の間質に分布していた(図3c).bcl-2とCD34の染色パターンが毛包上皮腫における局在と同様の所見を呈していたために7.9),本症例は孤立性毛包上皮腫と診断した.II考按毛包上皮腫はまれな腫瘍で家族性,遺伝性を示す多発性毛包上皮腫と単発的に発症する孤立性毛包上皮腫に分類されるが,病理組織学的に差異はない.毛包上皮腫の発症頻度であるが,Simpsonらは過去30年間で毛包由来の腫瘍は基底細胞癌2,447例に対して毛母腫(石灰化上皮腫)94例,毛包上皮腫18例,毛包腫1例と報告しており,毛包由来の良性腫瘍自体まれな腫瘍であることがわかる6).毛包上皮腫は左右対称性,境界の明瞭な腫瘍で,真皮表層に発生する.毛包上皮腫の特徴は角質.胞を中心にして,基底細胞様細胞からなあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121557 る腫瘍胞巣および未熟な毛包構造より構成されることである.角質.胞は毛包漏斗部への分化を示していると考えられている.同じ毛包系腫瘍である基底細胞癌は正常表皮の基底細胞に類似した腫瘍細胞が増殖することからその名前があるが,増殖しているのは胎生期の毛芽に類似する細胞である.基底細胞癌と毛包上皮腫の鑑別は毛包分化の程度によると考えられるが,基底細胞癌では正常の毛包を模倣する構造は出現しないことで毛包上皮腫とは異なっている.毛包上皮腫はまれに基底細胞癌を併発することがある.その解釈として①毛包上皮腫と基底細胞癌の偶然の併発,②毛包上皮腫と基底細胞癌が同一病変内に混在,③高分化型の基底細胞癌が組織学的に毛包上皮腫に似る,④劇症型の毛包上皮腫が存在する,⑤毛包上皮腫が基底細胞癌にトランスフォームした,との可能性をあげている10,11).そのうえで木村らは毛包上皮腫と基底細胞癌の関連について,基底細胞癌は毛包上皮腫から脱分化した,あるいは基底細胞癌は毛包上皮腫様に分化したという可能性を示唆している10).すなわち,基底細胞癌と毛包上皮腫の間には共通する発症機序が存在すると推測される.上述のようにヘマトキシリン・エオジン染色(以下,HE染色)による病理組織学的所見では毛包上皮腫と基底細胞癌の鑑別が困難な場合があるが,適切な抗体があれば免疫組織化学的手法により鑑別診断が可能となる.本報告でも免疫組織化学的検討を行って毛包上皮腫の診断を進めた.そのうちbcl-2とCD34の毛包上皮腫における診断意義について述べる.Ponieckaらはbcl-2とCD34が毛包上皮腫と基底細胞癌の鑑別に有用なマーカーになりうることを報告している12).bcl-2は毛包上皮腫では腫瘍胞巣の最外層に局在が認められるのに対して基底細胞癌では腫瘍胞巣にびまん性に分布することで鑑別できるとしている.bcl-2はアポトーシス抑制の癌遺伝子で悪性腫瘍において過剰発現することが知られており,毛包上皮腫での限定された局在は最外層の腫瘍細胞がより幼若であることが考えられる.CD34は造血幹細胞の表面に発現する抗原であり,血管内皮細胞のマーカーとしても利用されるが,さらに未分化な間葉系細胞にも発現し,ヒト正常毛包周囲の紡錘型細胞に局在が認められると報告されている8).毛包上皮腫の間質細胞は正常皮膚の毛包周囲の細胞と類似していることより,腫瘍胞巣の辺縁部の間質においてCD34免疫染色で強い染色性を示すことが考えられる.一方,基底細胞癌では染色性がみられないことより毛包上皮腫と基底細胞癌の鑑別に有用なマーカーであると報告されている8,9).毛包上皮腫は,病理組織検査で基底細胞様細胞からなる腫瘍胞巣がみられるために基底細胞癌が鑑別診断にあげられ,個々の腫瘍細胞の形態のみで病理診断を下すのは困難なことがある.その確定診断には免疫組織化学的所見が有用で,HE染色の所見だけでなく総合的に判断する必要がある.文献1)安齋眞一:基底細胞癌─basalcellcarcinomaに関する臨床病理学的ないくつかの問題─.皮膚病診療31:144-149,20092)LeBoitPE:Trichoblastoma,basalcellcarcinoma,andfolliculardifferentiation.Whatshouldwetrust?AmJDermatopathol25:260-263,20033)扇谷晋,斉藤博,平形明人ほか:基底細胞癌が疑われた上眼瞼毛包上皮腫の1例,眼臨96:1228-1230,20024)郷司みちよ,鈴木茂彦,伊藤埋ほか:基底細胞上皮腫との鑑別が困難であった孤立性毛包上皮腫の1例.日形会誌22:215-220,20025)SternbergI,BuckmanG,LevineMRetal:Trichoepithelioma.Ophthalmology93:531-533,19866)SimpsonW,GarnerA,CollinJRO:Benignhair-folliclederivedtumoursinthedifferentialdiagnosisofbasal-cellcarcinomaoftheeyelids:aclinicopathologicalcomparison.BrJOphthalmol73:347-353,19897)AbdelsayedRA,Guijarro-RojasM,IbrahimNAetal:ImmunohistochemicalevaluationofbasalcellcarcinomaandtrichoepitheliomausingBcl-2,Ki-67,PCNAandP53.JCutanPathol27:169-175,20008)KirchmannT-TT,PrietoVG,SmollerBR:CD34stainingpatterndistinguishesbasalcellcarcinomafromtrichoepithelioma.ArchDermatol130:589-592,19949)NaeyaertJM,PauwelsC,GeertsMLetal:CD34andKi-67stainingpatternsofbasoloidfollicularhamartomaaredifferentfromthoseinfibroepitheliomaofPinkusandothervariantsofbasalcellcarcinoma.JCutanPathol28:538-541,200110)木村俊次,稲積豊子,江守裕一:基底細胞腫と思われる病変と孤立性毛包上皮腫の併発例.臨皮57:558-562,200311)WallaceML,SmollerBR:Trichoepitheliomawithanadjacentbasalcellcarcinoma,transformationorcollision?JAmAcadDermatol37:343-345,199712)PonieckaAW,AlexisJB:Animmunohistochemicalstudyofbasalcellcarcinomaandtrichoepithelioma.AmJDermatopathol21:332-336,1999***1558あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(108)