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蘇生後脳症後兎眼に生じた角膜穿孔に対し保存角膜にて角膜移植を施行した1例

2017年1月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(1):120.123,2017c蘇生後脳症後兎眼に生じた角膜穿孔に対し保存角膜にて角膜移植を施行した1例小山あゆみ*1大松寛*1井上幸次*1川口亜佐子*2*1鳥取大学医学部視覚病態学教室*2鳥取県立中央病院眼科ACaseofCornealPerforationManagedbyKeratoplastywithPreservedCorneainPostresuscitationEncephalopathyPatientwithLagophthalmosAyumiKoyama1),YutakaOmatu1),YoshitsuguInoue1)andAsakoKawaguthi2)1)DivisionofOphthalmologyVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,TottoriPrefecturalCentralHospital症例:3歳,女児.生後2カ月より意識なく施設入所にて呼吸器管理中であり,両眼常時兎眼の状態である.右眼角膜下方にDescemet膜瘤を生じたとの診断で鳥取大学医学部附属病院を初診.初診時角膜下方で穿孔し,虹彩が嵌頓していた.徐々に穿孔部拡大を認め外科的介入が必要と考えられた.患児は今後も眼科医不在の施設で経過観察する必要があることから,管理が容易な眼球摘出も選択肢として示すも,家族の眼球温存の希望が強く,VEPで右眼に反応がむしろあり左眼にないことが判明したため,保存角膜による角膜移植に踏み切った.移植後9日で角膜上皮の完全被覆を認め転院となった.考按:今回の移植にあたっては小児でしかも周辺部の移植となり,かつ兎眼であることから透明治癒は困難と考え,保存角膜を用いた.これによりステロイド点眼使用の期間を短縮し,感染や眼圧上昇などの合併症を減らし,術後管理を容易にできると考えられた.今後はより厳重な兎眼管理が必要である.Introduction:Acaseofcornealperforationwithirisincarcerationinapostresuscitationencephalopathypatientwithlagophthalmosisreported.Thiscasewasmanagedbykeratoplasty(KP)withpreservedcornea.Case:A3-year-oldgirlwithpostresuscitationencephalopathy,unconscioussince2monthsofage,hadbeenman-agedbyanaspiratorinaneighboringhospital.Shehadsu.eredfrombilateralcompletelagophthalmos.Shewasreferredtouswithsuspecteddescemetoceleinherrightcornea.Microscopicexaminationrevealedperforationwithirisincarcerationinthelowerpartofherrightcornea.Sincetheperforationsitehadgraduallyexpandedwiththebulgeofirisincarceration,surgicalinterventionwasnecessary.Shewascompletelyunconscious,andpresum-ablytobefollowedinaneighboringhospitalnotsta.edbyophthalmologists,soweinitiallyrecommendedenucle-ation,whichwouldrendermanagementbyophthalmologistsunnecessary.Herfamilymembers,however,hopingtokeepherrighteye,.ashvisualevokedpotential(VEP)responsehavingbeenobservedonlyinherrighteye,wethereforeselectedKPusingpreservedcornea,insteadofenucleation.NinedaysafterKP,herrightcorneahadbeencompletelyepithelialized.Discussion:Inthiscase,consideringmultiplefactorswithpoorprognosisofKP,includingitsbeingachildcase,peripheralpenetratingKPandlagophthalmos,preservedcorneawasusedasdonor,givingupclearcornealhealing.Inthisway,durationofsteroideyedropusecanbeshortened,resultingindecreasedcomplications,suchasinfectionandintraocularpressureelevation;postoperativemanagementisalsorelativelyeasierthanwithfreshdonorcornea.Nonetheless,stricterlagophthalmosmanagementwillbeneeded.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(1):120.123,2017〕Keywords:角膜穿孔,蘇生後脳症,兎眼,保存角膜,角膜移植.cornealperforation,postresuscitationencepha-lopathy,lagophthalmos,preservedcornea,keratoplasty.〔別刷請求先〕小山あゆみ:〒683-8504鳥取県米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学教室Reprintrequests:AyumiKoyama,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishimachi,Yonago-shi,Tottori-ken683-8504,JAPAN120(120)はじめに意識不明で呼吸器管理中の患者においては,兎眼状態であることが少なくなく,その管理はむずかしい.兎眼の原因は顔面神経麻痺,外傷,手術後の瘢痕に伴うものなどがあげられるが1),兎眼状態の患者では角膜保護のため頻回点眼,種々の眼軟膏,眼帯使用,医療用ソフトコンタクトレンズの使用,フィブロネクチン点眼薬による上皮修復促進,そしてテープ固定などで対応することが多い1,2).しかしこういった方法は一時的なものであり,数カ月から数年といった比較的長期間持続する兎眼症例に対しては,一般的に瞼板縫合,眼瞼縫合,側頭筋移行術,血管柄付き遊離組織移植術,goldweightimplantによるlidloading法などの外科的な方法も選択される3).こういった兎眼管理に関する種々の報告はあるが,兎眼により重篤な合併症を起こしたときにどのような対応をすべきかについては,一定の見解はなくその報告も少ない.とくに角膜穿孔を起こした場合の対応はむずかしく,止むをえず眼球摘出をせざるをえない場合もあると考えられる.今回,蘇生後脳症後兎眼患児に角膜穿孔,虹彩嵌頓を生じ,家族の強い希望もあって保存角膜による角膜移植を施行したまれな1例を報告する.I症例症例は3歳,女児.生後2カ月時に心肺停止となり蘇生後脳症後遺症で意識なく,施設入所にて呼吸器管理中であった.両眼とも常時兎眼の状態であり,兎眼性角膜炎に対して,ヒアルロン酸点眼,エリスロマイシン眼軟膏,時に抗菌点眼薬を使用,夜間はサランラップ保護で対応されていた.平成25年8月に父親が患児の右眼に何かついていていると指摘.翌日鳥取県立中央病院眼科に搬送され,右眼角膜下方にDescemet膜瘤を生じたとの診断で同日鳥取大学医学部附属病院眼科(以下,当院)に紹介された.当院初診時,視力・眼圧は測定不能,常時開瞼した状態であり,右眼結膜は乾燥して充血,粘液性眼脂を認めた.角膜は下方で2mm×2mmの大きさで穿孔し虹彩が嵌頓しており下方から血管と結膜侵入を認めた.Seidel試験は陰性であり,前房は上方のみ浅いながら認めた.前房炎症の状態は判定不能であった.また虹彩後癒着も認められた.左眼結膜は乾燥,充血し,粘液性眼脂を認め,角膜は下方で一部点状びらんを認めた.穿孔の原因は不明ながら感染の関与を否定できないため,右眼結膜ぬぐい液を採取し培養検査に提出後,入院治療を開始した.なお,本患児は人工呼吸器管理中で,全身管理については当院脳神経小児科に併診を依頼した.レボフロキサシン0.5%点眼3回,オフロキサシン眼軟膏2回,セファゾリン全身投与を開始し,メパッチクリアRで強制閉瞼とした.しかしながら徐々に角膜穿孔部の拡大を認め,保存的治療での穿孔閉鎖は困難と考えられた.眼球摘出もしくは眼球内容除去術を行うことについて家族に説明するも,眼球をとることについて家族の精神的な抵抗が強く,角膜移植を第2の選択肢として提示した.本患児は蘇生後脳症後で意識不明の状態であり,視機能評価の一つの判断材料として.ashvisualevokedpotentials(以下,VEP)を施行した.両眼における検査結果はN75は129.0msec,P100は220.3msec,右眼での検査結果は,N75は135.6msec,P100は221.4msecと再現性のある波形を検出できたが,左眼では再現性を認める波を検出できなかった.3歳児の平均値はawakeの状態でN75は75±4.7msec,sleepの状態でN75は96±7.5msecであり,これと比較すると遅延は認めるものの,本患児は右眼の視覚神経機能が左眼よりもむしろ機能している可能性を示唆する所見を得た.なお,当院初診時に採取した右眼結膜ぬぐい液培養結果ではMethicillin-sensitiveStaphylococcusaureusを検出した.VEPの結果もふまえ,家族より眼球温存の強い希望があったことから,入院12日目に全身麻酔下で保存角膜による角膜移植術(ホスト角膜切除径6.5mm,ドナー角膜径7mm,端々縫合16針)を施行した.術直前の虹彩嵌頓部径は4mm×5mmまで拡大していた.術後点眼はレボフロキサシン0.5%点眼4回,ベタメタゾン点眼4回を施行した.座位困難であり眼圧測定は困難であったが術後前房形成は良好であった.術後9日目で下方Descemet膜皺襞を認めるものの,移植角膜部の上皮完全被覆化を認め,感染徴候を認めなかったため,自宅近くの入所施設へ戻り,鳥取県立中央病に通院する体制になった.この際ベタメタゾン点眼をフルオロメトロン点眼へ変更した.鳥取県立中央病院転院後,徐々に角膜混濁,Descemet膜皺襞は上方より軽快し,下方角膜で混濁と血管侵入は認めるものの,上方角膜は透明化した.なお,点眼薬は平成25年12月で漸減終了し,以後はオフロキサシン眼軟膏のみ使用している.また診察時に角膜縫合糸の緩みを認めた際は,本患児では角膜乱視の考慮が必要な状態ではなく,むしろ感染予防が重要であるため,その都度抜糸し,すべての抜糸を終了している.兎眼管理はパーミロールRでの強制閉瞼をしており,家族の面会時のみ開瞼している.術後およそ3年が経過した平成28年6月現在まで,感染徴候や拒絶反応はなく経過している.II考按今回の症例の治療方針として角膜移植,眼球摘出の2つをあげたが,それぞれのメリット・デメリットを比較する.角膜移植のメリットとしては眼球温存可能である点だが,デメリットとして,感染徴候の有無確認,緩んだ縫合糸の管理,拒絶反応の診断,眼圧管理といった術後管理を要し,入所施図1手術当日の前眼部写真4mm×5mmの角膜穿孔部に虹彩嵌頓を認める.設のみでの管理ができないため,眼科医のいる施設への通院が必要になる点があげられた.眼球摘出のメリットは管理が容易であり,眼科医不在の入所施設に戻りそこで管理ができる点であるが,デメリットとして視機能が完全に失われること,整容面での問題が考えられた.本患児は蘇生後脳症後遺症で人工呼吸器管理が必要であり,今後も眼科医不在の施設で経過観察する必要があることから,管理が不要な眼球摘出も選択肢として家族に提示した.脳神経小児科医師の見解では,将来この患児の意識が戻り,実際にものを見られるようになる可能性はきわめて低いというものの,その可能性にかける家族の思いは大変強く,そのときのために眼球を残してほしいと強く希望され,VEPで右眼のみに反応があったことから角膜移植に踏み切った.小児における角膜移植の手術適応と判断の参考になる論文として,角膜移植に至った原疾患によるgraftsurvival期間の比較や,graftsurvivalに負の影響を与えた因子についての報告がいくつかある.Al-Ghamdiらは角膜移植に至った原疾患を,先天性疾患(78.8%),外傷によるもの(10.9%),非外傷によるもの(10.3%)に分け,graftsurvivalを比較しており,先天性疾患のなかのCHED(congenitalhereditaryendothelialdystro-phy)に注目すると,他に比べ明らかにgraftsurvivalは長く,視力予後が良好であったと報告している4).Hovlykkeらも割合に差はあるが原疾患を同様に分け,graftsurvivalを比較しているが,こちらは先天性疾患(とくに病気は特定していない)でもっともgraftsurvivalが不良であり,非外傷でもっとも良好であったとしている.またgraftsurvivalへ負の影響を与える因子として角膜移植後の図2術後9日目の前眼部写真移植角膜のDescemet膜皺襞を認め,下方に比べ上方では透明化してきている.図3術後2年10カ月経過時の前眼部写真移植角膜の上方の透明化は変わらず,縫合糸の抜糸も終了している.追加の外科治療,若い年齢をあげている5).Huangらは1年後のgraftsurvivalは原疾患間で差がないとしているが,術前術後に緑内障を発症した群では,1年後のgraftsurvivalに有意差を生じたとしている6).こういった報告から小児の角膜移植の適応を考える際には,移植に至った原疾患,術前の緑内障併発の有無も判断の一つになると考えられる.また,術後合併症には,縫合糸トラブル,緑内障,白内障,網膜.離,虹彩癒着などの報告が多く,この点を踏まえて経過をみていく必要がある4.7).ただ,今回の症例はきわめて特殊な事例であり,これらの論文の見解をそのままあてはめにくい.今回の角膜移植では新鮮角膜ではなく保存角膜を用いた.保存角膜は視力面では新鮮角膜に比較し劣るが,拒絶反応が起こらない点が利点である8).本患児では穿孔部分の位置により周辺部の角膜移植となり,通常の中心部の角膜移植に比べ透明治癒が最優先ではないことから,保存角膜を用いることとした.これにより角膜確保が比較的容易であり,呼吸器管理中で全身管理のいる本患児に緊急手術による負担をかけず,予定手術とすることが可能であった.小児は生体反応が強く,5.6歳以下では拒絶反応がほぼ必発であるが9),保存角膜による移植では拒絶反応を生じにくく,ステロイド使用量を減らすことが可能であった.これにより感染を起こしにくくし今後の管理を比較的容易にする点,小児に生じやすい高眼圧を防ぎ,緑内障リスクを減らすことで先に述べたgraftsurvival延長にも有利であったと思われる.保存角膜には角膜内皮細胞がない点が新鮮角膜に比べ不利であるが,小児の場合は角膜内皮細胞数が多いので,残ったホスト側の角膜内皮細胞がグラフト側に移動して,内皮細胞密度は全体として減りながらもグラフト部分が透明化する可能性もあるのではないかと考えられる.実際,本患児では現在,下方角膜は混濁,血管侵入を認めるものの,上方角膜は透明な状態で推移している.本患児の角膜穿孔の原因と治療について考察する.一般的に角膜穿孔は外傷や,感染,非感染性の角膜潰瘍,神経栄養障害,兎眼症に続発するなどさまざまな原因で生じる.治療法としては治療用コンタクトレンズの装用+眼圧降下薬の併用,シアノアクリレートやフィブリン糊による穿孔部補.,結膜被覆,羊膜移植,全層ないし表層角膜移植術などがあげられ10),穿孔発生から1週間程度経過し,保存的治療に反応しない場合は外科的治療を検討する.本患児は当院初診時すでに抗菌点眼薬が使用されていたこともあり,明らかな感染による穿孔であると指摘する検査所見は検出できなかったが,兎眼による乾燥性角膜炎に感染が併発し穿孔した可能性がもっとも高いと考えられた.本患児は角膜移植が奏効しない悪条件が重なっていた.具体的には,①5歳以下の小児例,②周辺部全層移植,③兎眼という3条件である.①については,小児は生体反応が強く拒絶反応を生じやすい,高眼圧を生じやすい,感染予防など術後管理が困難である,また強膜がelasticであり,硝子体圧が高くオープンスカイになったときに虹彩・水晶体が押し上げられやすく,成人の角膜移植に比較し手技が困難であるといったさまざまな問題があり,移植の成績はきわめて不良である9).②については周辺部角膜では角膜中央より血管侵入が起こりやすく,生体反応が起こりやすい点で,角膜移植を奏効しにくくする.悪条件①②については,困難回避の工夫として保存角膜を使用することで,リスクを軽減することができた.また,この患児で一つ他の患児に比べて有利であった点は,もともと意識がないため,縫合糸の緩みに対応して逐次抜糸が可能な点で,実際鳥取県立中央病院にて複数回にわたって抜糸を行った.通常の小児ではその都度全身麻酔が必要となり対応がどうしても遅れてしまう.もう一つの条件③兎眼管理については,家族の希望もあり,面会時以外はパーミロールRによる強制閉瞼で現在まで角膜障害は生じていない.本患児のように意識のない兎眼患児に発症した角膜穿孔例に角膜移植した報告はなく,貴重な症例であると考えられた.文献1)若下万喜,小島孚充,石井清ほか:上顎形成術と角膜移植により治癒した兎眼性角膜潰瘍.眼科手術13:267-270,20002)松井淑江:疾患別:薬の使い方眼瞼・結膜・角膜.変性への対応(眼科診療プラクティス編集委員会編),神経麻痺性角膜症(兎眼性角膜症).眼科薬物治療ガイドp72-73,文光堂,20043)太根伸浩:麻痺性兎眼症の静的再建における長期間の検討.眼臨101:990-996,20074)Al-GhamdiA,Al-RajhiA,WagonerMD:Primarypediat-rickeratoplasty:indications,graftsurvival,andvisualoutcome.JAAPOS11:41-47,20075)HovlykkeM,HjortdalJ,EhlersN:Clinicalresultsof40yearsofpediatrickeratoplastyinasingleuniversityeyeclinic.ActaOphthalmol92:370-377,20146)HuangC,O’HaraM,MannisMJ:Primarypediatrickera-toplasty:indicationsandoutcomes.Cornea28:1003-1008,20097)LowJR,AnshuA,TanACetal:Theoutcomesofprima-rypediatrickeratoplastyinSingapore.AmJOphthalmol158:496-502,20148)外山琢:治療的角膜移植.臨眼66:181-186,20129)外園千恵:小児の角膜移植.PracticalOphthalmology20:141-142,200810)内藤紘策,鈴木宏光,豊島馨ほか:角膜穿孔例への治療とその効果についての検討.あたらしい眼科25:213-217,2008***

顔面神経麻痺形成術によって角膜混濁に対する角膜移植が施行できた1例

2008年11月30日 日曜日

———————————————————————-Page1(107)15770910-1810/08/\100/頁/JCLSあたらしい眼科25(11):15771579,2008cはじめに顔面神経麻痺による兎眼は,眼輪筋機能低下に伴う閉瞼機能不全と下眼瞼の下垂および外反によって発症する.眼科医による兎眼に対する治療はおもに点眼や眼軟膏などの内科的治療であるが,角膜表面の障害は慢性的に残存し,乾燥感や異物感の治療に難渋することも多い.眼輪筋麻痺によるlidwiping機能の破綻は角膜のバリア機能の減弱・喪失を意味し,慢性的な角膜上皮障害と角膜感染をひき起こすことがある1).角膜白斑は慢性兎眼性角膜炎のみでも発症することがあるが,特に角膜感染例では感染が消退した後でも重篤な視力障害が残存する.このような角膜白斑に対し角膜移植を施行するにあたっては眼表面が良好な状態であることが望ましいが,眼表面と眼瞼は密接にかかわっているため,開閉瞼を含めた眼瞼機能が正常であることが必要とされる.今回筆者らは,顔面神経麻痺と兎眼に伴った感染性角膜炎後の角膜混濁に対し,lidloading法と下眼瞼形成術を施行す〔別刷請求先〕鹿嶋友敬:〒430-8558浜松市中区住吉2-12-12聖隷浜松病院眼形成眼窩外科Reprintrequests:TomoyukiKashima,M.D.,DepartmentofOculoplasticandOrbitalSurgery,SeireiHamamatsuHospital,2-12-12Sumiyoshi,Naka-ku,Hamamatsu-shi430-8558,JAPAN顔面神経麻痺形成術によって角膜混濁に対する角膜移植が施行できた1例鹿嶋友敬*1嘉鳥信忠*1柳田和夫*2*1聖隷浜松病院眼形成眼窩外科*2やなぎだ眼科医院ACaseofKeratoplastyfollowingEyelidReconstructionforFacialNervePalsyTomoyukiKashima1),NobutadaKatori1)andKazuoYanagida2)1)DepartmentofOculoplasticandOrbitalSurgery,SeireiHamamatsuHospital,2)YanagidaEyeClinic緒言:兎眼による角膜混濁などの視力障害には角膜移植が適応となるが,兎眼の改善が必要である.筆者らは顔面神経麻痺再建術で兎眼の改善が得られたため角膜移植が施行できた症例を報告する.症例:53歳,女性.18歳時に左顔面神経麻痺による兎眼を発症.2年前に角膜潰瘍を発症し視力は光覚弁となった.角膜移植には兎眼の改善が必要であることから顔面神経麻痺再建術を施行した.上眼瞼はgoldplateを瞼板に縫着し眼瞼挙筋腱膜で被覆した.下眼瞼は耳介軟骨を採取し,内眼角靱帯と眼窩外側縁より後方の骨膜に縫着,挙上させた.結果:術翌日より閉瞼可能となり,整容的にも満足が得られた.3カ月後に角膜移植と白内障手術を施行し矯正視力(1.0)に改善した.考按:顔面神経麻痺による兎眼患者に対して手術を施行することで角膜障害のリスク自体を低下させることができた可能性がある.眼科医こそ眼表面の改善のために再建術を考慮すべきと考えられた.Lagophthalmoscausesvisualimpairment,followedbyinfection.Wereportapatientwithlagophthalmoswhorecoveredfollowingeyelidreconstruction.Shewasabletoundergocornealkeratoplastyafterresolutionofthelagophthalmos.Thepatient,a53-year-oldfemale,presentedwitha35-yearhistoryofleftfacialpalsy.Visualacu-itywaslightperception,asaresultofcornealinfection.Wetransplantedgoldplatetothetarsusoftheuppereye-lid;earcartilage,anchoredtothemedialcanthaltendonandperiosteumofthelateralrim,wasusedtoxandliftthelowereyelid.Thepatientwasabletoclosetheeyeonthefollowingday.Cosmeticsatisfactionwasachieved.Keratoplastyandcataractsurgerywerethenperformed,afterwhichthecorrectedvisualacuityimprovedto20/20.Thereconstructionoflagophthalmosdecreasestheriskofcornealdamage.Thepresentcasesuggeststhatsurgicalreconstructionoflagophthalmosisrecommended,inordertoprotecttheocularsurface.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(11):15771579,2008〕Keywords:顔面神経麻痺,兎眼,角膜移植,再建術,lidloading法.facialnervepalsy,lagophthalmos,kerato-plasty,reconstruction,lidloadingmethod.———————————————————————-Page21578あたらしい眼科Vol.25,No.11,2008(108)ることで兎眼の改善が得られたため,角膜移植を施行し良好な視力回復が得られた症例を報告する.I症例症例は53歳,女性.18歳時に脳腫瘍手術を施行され,その後左顔面神経麻痺による兎眼を発症した.兎眼性角膜炎に対し点眼や軟膏点入による加療を行っていたが,2年前に真菌性角膜潰瘍を発症した.角膜潰瘍は抗真菌薬で軽快したが,角膜混濁が残存し視力障害をきたした.兎眼があり角膜移植は適応外であったため,兎眼の改善とその後の角膜移植を目的に聖隷浜松病院眼形成眼窩外科を紹介受診となった.初診時,左眼矯正視力は光覚弁であった.顔面神経本幹の完全麻痺による眉毛下垂,上眼瞼皮膚弛緩を認めた.強閉瞼で閉瞼不全と下眼瞼下垂および外反のため,角膜中央部で4mmの兎眼を呈し,通常の瞬目では強度の閉瞼不全を起こしていた.細隙灯顕微鏡所見では,角膜全体に及ぶ新生血管侵入と実質混濁,乾燥による強度の結膜充血がみられた(図1).術前に重りを上眼瞼に貼布し,十分な開閉瞼機能の獲得に最適な重量と思われた1.4gのgoldplateを選択した.手術は全身麻酔下で施行した(図2).上眼瞼は重瞼線に沿って25mm幅で皮膚切開ののち,眼輪筋と瞼板前面のleva-toraponeurosisを切開し瞼板に到達した.そこから尾側に瞼板とaponeurosisの間を離,頭側にMuller筋とlevatoraponeurosisの間を離しgoldplate移植のための空間を作製した.Goldplateは眼瞼の形状に合わせて弯曲させた.これを瞼板に7-0ナイロン糸で縫着し,levatoraponeurosisでその前方を被覆した.睫毛内反の予防のため睫毛側皮下と瞼板を縫着した.下眼瞼の下垂・外反には,睫毛下2mmで25mmの幅で皮膚切開し瞼板まで到達した後lowereyelidretractorsを露出し,瞼板との境界で切離し,そのまま下方へ結膜から離した.耳介軟骨の一部を30×5mmで採取し,内側はmedialcanthaltendonに,外側は眼窩外側縁より2mm後方の骨膜に5-0ナイロン糸で縫着した.瞼板と耳介軟骨,lowereyelidretractorsと耳介軟骨を7-0ナイロン糸で固定した.最後に皮膚を縫合した.II結果術翌日からgoldplateによって上眼瞼が容易に降下し,下眼瞼下垂も矯正されたため,強閉瞼せずとも平常の瞬目でも完全閉瞼が得られ,兎眼は消失した.これらに伴い術1カ月図2手術所見(上:頭側,右:耳側)左上:上眼瞼切開の後,Muller筋と挙筋腱膜を離.右上:aponeurosisの後方にgoldplateを移植する.左下:耳介軟骨採取.右下:耳介軟骨をmedialcanthaltendonと眼窩外壁骨膜へ縫着.図1初診時写真上:開瞼時.左側眉毛下垂,下眼瞼下垂および外反症による下方強膜露出とそれらに伴う兎眼性充血を認める.下:閉瞼時.強く閉瞼するが,5mmの兎眼が存在する.右:前眼部.角膜全体に全層性角膜混濁と角膜輪部の新生血管がみられる.図3顔面神経麻痺形成術後写真上:開瞼時.下眼瞼下垂は修正されており下方強膜は露出していない.Goldplateは目立たない.下:閉瞼時.軽い閉瞼でも兎眼0mmへ改善した.Goldplateが軽度浮き上がる.右:前眼部.角膜移植+白内障手術後.移植角膜の透明性は保たれている.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.11,20081579(109)後には下方強膜の露出や結膜充血は改善された.Marginreexdistanceは3mmであり,goldplateの移植に伴う開瞼障害はなかった.また,goldplateは閉瞼時には上眼瞼の皮下にその輪郭が軽度浮き上がるが,開瞼時にはlevatoraponeurosisの運動ベクトルと同様に後上方の眼窩内に引き込まれるため外見上問題とならなかった.兎眼形成手術3カ月後に角膜移植術と白内障手術を施行し,最終的に左眼矯正視力(1.0)と大幅に改善した.下眼瞼下垂や結膜充血のため醜形となっていたが,手術によって改善されたため整容的にも満足が得られた(図3).頻回の内科的治療は不要となったが,就寝時にはgoldplateの重力がかからず兎眼が残存しているため,就寝前の眼軟膏は継続している.III考按顔面神経麻痺に伴う兎眼症例に対し,形成術を施行し,完全な閉瞼を得,後に角膜移植を施行し良好な視力を得ることができた.兎眼に対する治療には,点眼や眼軟膏を用いられることが多いが,これらは姑息的加療である.本症例のように完全麻痺の患者の場合,眼瞼形態の異常は重篤となり,眼表面の正常化は困難であることが多い.よって,顔面神経麻痺による兎眼患者に対しては,良好な視機能を維持するために兎眼矯正が選択されるべきであると思われた.本症例は18歳時の手術から33年間慢性的な角膜障害が存在するものの,その程度は軽度であった.しかしその後重篤な角膜障害を発症した.原因として,慢性的な角膜炎に加え,加齢による涙液・油脂分泌低下および眼輪筋の痙性低下や弾性線維などの支持組織の退行性変化による下眼瞼の下垂の増悪が考えられた.よって,手術を早期に施行することによって角膜障害発症のリスク自体も低下させることができた可能性があると思われた.顔面神経麻痺では眼輪筋および前頭筋の麻痺によって眉毛下垂や上眼瞼皮膚余剰,下眼瞼外反が起こる.その一方でlevatoraponeurosisやMuller筋は神経支配が異なるため正常である.顔面神経麻痺に対する再建術は眼瞼周囲の構造を吊り上げるのと同時に,goldplateの重量で閉瞼させるlidloadingという一見矛盾した術式であるが,眼瞼挙上が正常であればgoldplate1.4gの重量は眼瞼下垂を起こすような重さではなく,機能の回復を目指した理にかなった術式である.Goldplate移植の術後合併症としてgoldplateが露出すること2)や,乱視成分が増加することが知られている3).これはgoldplateの形状が眼表面と微細な差があるためであると考えられる.今回の症例では角膜移植を施行しており乱視についての検討はしていないがgoldplateの露出はなく,goldplateを眼表面の形状に合わせて曲げることでこれらの合併症を回避できると考えた.顔面神経麻痺による兎眼に対してはgoldplate移植29),platinumchain移植9),耳介軟骨移植10)やlateraltarsalstrip11)など多くの報告がある.しかしその多くは形成外科による整容面,開閉瞼機能面での報告であり眼科からの報告はわずかである4,5,10).眼表面の診察を行う眼科外来で内科的治療が行われていることも多く経験するが,角膜びらんや結膜充血などの前眼部所見やバリア機能の改善のためにも眼科医が率先して早期より兎眼形成術を選択すべきと思われた.本論文の要旨は第32回角膜カンファランスで報告した.文献1)KakizakiH,ZakoM,MitoHetal:Filamentarykeratitisimprovedbyblepharoptosissurgery:twocases.ActaOphthalmolScand81:669-671,20032)ChoiHY,HongSE,LewJM:Long-termcomparisonofanewlydesignedgoldimplantwiththeconventionalimplantinfacialnerveparalysis.PlastReconstrSurg104:1624-1634,19993)SalehGM,MavrikakisI,deSousaJLetal:Cornealastig-matismwithuppereyelidgoldweightimplantationusingthecombinedhighpretarsalandlevatorxationtech-nique.OphthalPlastReconstrSurg23:381-383,20074)太根伸浩:麻痺性兎眼症の静的再建における長期間の検討GoldWeightImplantによるLidLoading法について.眼臨101:990-996,20075)渡辺彰英,嘉鳥信忠:オキュラーサーフェスを考慮した眼瞼へのアプローチ─オキュラーサーフェスを考慮した眼瞼の形態的・機能的再建.眼科手術20:339-345,20076)AggarwalE,NaikMN,HonavarSG:Eectivenessofthegoldweighttrialprocedureinpredictingtheidealweightforlidloadinginfacialpalsy:aprospectivestudy.AmJOphthalmol143:009-1012,20077)TerzisJK,KyereSA:Experiencewiththegoldweightandpalpebralspringinthemanagementofparalyticlago-phthalmos.PlastReconstrSurg121:806-815,20088)SeiSR,SullivanJH,FreemanLNetal:Pretarsalxationofgoldweightsinfacialnervepalsy.OphthalPlastRecon-strSurg5:104-109,19899)BerghausA,NeumannK,SchromT:Theplatinumchain:anewupper-lidimplantforfacialpalsy.ArchFacialPlastSurg5:166-170,2003.10)丸山直樹,渡辺彰英,嘉鳥信忠ほか:耳介軟骨を用いた下眼瞼の形態的,機能的再建.あたらしい眼科24:943-946,200711)ChangL,OlverJ:Ausefulaugmentedlateraltarsalstriptarsorrhaphyforparalyticectropion.Ophthalmology113:84-91,2006***