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残存水晶体囊が再発性硝子体出血の原因と思われた1例

2020年1月31日 金曜日

《第24回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科37(1):89?93,2020?残存水晶体?が再発性硝子体出血の原因と思われた1例西野智之山本学河野剛也本田茂大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学RecurrentVitreousHemorrhageduetoaContractionofResidualLensCapsuleTomoyukiNishino,ManabuYamamoto,TakeyaKohnoandShigeruHondaDepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine再発性硝子体出血(VH)の一因が白内障手術後に残存した水晶体?の収縮と思われた増殖糖尿病網膜症(PDR)の1例を報告する.症例は57歳,男性.他院で右眼外傷性白内障のため15歳時に水晶体?外摘出術,34歳時に眼内レンズ(IOL)縫着術,また両眼ともPDRに対し汎網膜光凝固術の既往がある.右眼の再発性VHのため大阪市立大学附属病院眼科を受診.初診時右眼視力は(0.15),IOLの耳下側偏位と水晶体?の残存がみられた.経過中にVHの再発を繰り返したため,初診時より3カ月後に右眼硝子体手術を施行した.初回手術後もVHは再発・消退を繰り返し,初回手術より1年後に前房出血を伴い視力は手動弁に低下,眼圧も58mmHgと上昇したため,硝子体手術を再施行し,残存水晶体?の切除を行った.術後右眼視力は(0.2)と改善,眼圧も10mmHgと低下し,VHの再発はなく,IOL偏位も不変であった.今回の症例では,残存水晶体?が初回手術を契機に線維化・収縮を生じ,再発性VHの増悪を引き起こしたと考えた.Wereportacaseofproliferativediabeticretinopathy(PDR)withrecurrentvitreoushemorrhage(VH)likelyduetoacontractionoftheresiduallenscapsuleaftercataractsurgery.A57-year-oldmalepresentedwiththepri-marycomplaintofrecurrentVHinhisrighteye.Hehadpreviouslyundergoneanextracapsularcataractextrac-tionfortraumaticcataractinhisrighteyeatage15,followedbytranssclerallysuturedintraocularlensimplanta-tionatage34andsubsequentpanretinalphotocoagulationforbilateralPDR.SincetheVHrecurredfrequently,weperformedvitrectomyonhisrighteyeat3-monthsaftertheinitialexamination.Postsurgery,theVHrelapsedandoccasionallydisappeared,yetat1-yearpostoperative,severehyphemaoccurredandintraocularpressure(IOP)increasedto58mmHg.Thus,weonce-againperformedvitrectomyandremovedaresiduallenscapsule.Afterthesecondoperation,theIOPinthepatient’srighteyedecreasedto10mmHgandnorecurrenceofVHwasobserved.Inthispresentcase,wetheorizethatthecontractionoftheresiduallenscapsuleresultedintheexacer-bationoftherecurrentVH.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(1):89?93,2020〕Keywords:糖尿病網膜症,硝子体手術,水晶体?収縮,前部硝子体線維血管増殖.diabeticretinopathy,vitrecto-my,capsularcontractionsyndrome,anteriorhyaloidal?brovascularproliferation.はじめに増殖糖尿病網膜症(proliferativediabeticretinopathy:PDR)は,糖尿病の晩期眼合併症であり,世界的にも重篤な視力低下の原因の一つとされる1,2).その増殖期の特徴としては,硝子体出血(vitreoushemorrhage:VH)や牽引性網膜?離(tractionalretinaldetachment:TRD),虹彩血管新生を引き起こし,進行すると神経網膜を障害し失明に至る.進行したPDRに対する唯一の治療法は硝子体手術であるが,再手術を必要とする割合は低くない.再手術の原因としてはVH,TRD,血管新生緑内障,前部硝子体線維血管増殖(ante-riorhyaloidal?brovascularproliferation:AHFVP)によるとされる3,4).また,近年の白内障手術後の合併症として,水晶体?が原因で引き起こされる水晶体?収縮(capsularcontractionsyn-drome:CCS)がある5?11).CCSに伴う合併症として,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の偏位や毛様体?離の報告〔別刷請求先〕山本学:〒545-8585大阪市阿倍野区旭町1-4-3大阪市立大学大学院医学研究科視覚病態学Reprintrequests:ManabuYamamoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,OsakaCityUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-4-3Asahi-machi,Abeno-ku,Osaka545-8585,JAPANも見受けられる.今回は,再発・遷延性VHの原因が過去のIOL縫着術時に残した水晶体?の収縮によるものであったPDRの症例を報告する.I症例患者:52歳,男性.既往歴:糖尿病罹病期間20年,腎不全により透析導入,脳梗塞.眼科既往歴:16歳時に右眼外傷性白内障に対して水晶体?外摘出術,34歳時に右眼IOL縫着術を施行.この頃より両眼糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)を認め,右眼VHのため前医で汎網膜光凝固術の治療歴あり.家族歴:特記すべき事項なし.現病歴:前医で両眼のDR,右眼のVHに対し治療が行われていたが,2016年よりVHは再発・消退を繰り返すようになったため,精査加療目的に2017年3月に大阪市立大学附属病院眼科を紹介受診となった.図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両眼ともに汎網膜光凝固瘢痕を密に認めた.図2初回手術時の術中所見と術後翌日の前眼部写真手術中,眼底に増殖膜や網膜新生血管は認めなかった(a).内境界膜?離を施行し(b),眼内レーザーを追加施行し終了した(c).残存水晶体?はIOLの固定の悪化を招く可能性を考え温存した(d).初診時所見:右眼視力=0.15(矯正不能),左眼視力=0.6(0.8×sph?2.25D(cyl?0.50DAx100°),右眼眼圧=17mmHg,左眼眼圧=19mmHgであった.右眼前眼部はIOLの耳下側偏位と残存水晶体?を認め,左眼は異常を認めなかった.当科初診時には右眼VHは認めなかった.眼底は両眼とも全周に光凝固瘢痕を認めた(図1).経過:初診時より2週間後に右眼はVHを再発し,視力低下を自覚したが,その1週間後には消退し,視力はVD=(0.15×sph?0.5D)と回復していた.さらに2カ月後に右眼VHが再発し,視力は10cm/指数弁(矯正不能)まで低下していた.このため,初診より3カ月後に硝子体手術を施行した.手術は27Gコンステレーション?ビジョンシステム(アルコン社)を使用した.術中,眼底に増殖膜や明らかな網膜新生血管は認めなかった.残存水晶体?はIOL縫着の偏位もあり,固定の悪化を招く可能性を考え温存した(図2).術後,右眼VHの再発なく,右眼視力も0.1(矯正不能)まで改善した.しかし,術後19日目に右眼VHが再発し,右眼眼圧30mmHgと上昇を認めた.ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩液を処方し経過をみたところ,術後26日目に眼圧は正常化し,術後2カ月でVHは吸収された.術後4カ月で右眼VHは再発し,右眼視力1m/手動弁(矯正不能),右眼眼圧32mmHgと視力低下および眼圧上昇がみられた.ビマトプロスト点眼液,リパスジル塩酸塩水和物点眼液を追加処方した.術後5カ月でVHは吸収され,眼圧も15mmHgと低下した.この数カ月の間に,残存水晶体?縁は直線化し瞳孔の中央部への移動を認めていた(図3).術後10カ月で右眼の前房出血を伴うVHの再発がみられ,眼圧は58mmHgに上昇した.このため,前房洗浄術と硝子体手術を施行した.術中,収縮した残存水晶体?の付着部を中心に血塊を認めたため,水晶体?を硝子体カッターで切除・除去した.IOLの偏位は不変であった(図4).眼底には明らかな増殖性変化は認めなかった.2回目の硝子体手術以降,VHはみられず,IOLの偏位の悪化もみられなかった.a図3初診時と初回手術5カ月後の前眼部写真初診時(a)にみられた残存水晶体?縁は瞳孔縁に沿って弯曲していたが,初回手術5カ月後(b)には直線化し,瞳孔中央へ偏位している.下(a'およびb')はその模式図を表す.bcd図4再手術直前の前眼部写真と再手術時の術中所見術前,前房内に多量の出血を認める(a).硝子体手術にて残存水晶体?を切除・除去した(b).残存水晶体?の付着部位には多量の出血塊を認めた(c).眼内レーザーを追加施行し手術終了とした.図5再手術1カ月後(初回手術11カ月後)のフルオレセイン蛍光眼底造影a:右眼,b:左眼.両眼とも無血管野や網膜血管新生はみられず,汎網膜光凝固瘢痕も密に認めた.再手術より1カ月後(初回手術より11カ月後)の右眼視力は(0.15)と改善した.また,確認のために行ったフルオレセイン蛍光眼底造影では両眼ともに無血管野や網膜新生血管を認めなかった(図5).II考按PDRが進行しVHを発症する機序としては,おもに網膜血管の虚血により網膜や虹彩毛様体に血管新生が生じることによる1).血管新生の予防にはレーザー光凝固や,最近では抗血管内皮増殖因子薬(抗VEGF薬)が有効とされる.しかしながら,VHを発症した場合,遷延することが多く,その治療には硝子体手術が有効とされる.硝子体手術後に再発を繰り返すVHの原因としては,残存増殖膜の存在,TRD,隅角新生血管が主であるが,AHFVPを形成しているものもある3,4).また,今回の症例では残存水晶体?はIOLの前面にあり,水晶体?が膨隆したことによって,虹彩との物理的接触が起こり,出血を増悪させた可能性も否定はできない.一方,白内障手術後に水晶体?が原因で引き起こされるCCSは,従来連続前?切開を施行した白内障手術後に起こるとされ,そのリスク因子として,加齢,強度近視,落屑症候群,ぶどう膜炎,網膜色素変性,硝子体手術の既往,糖尿病の関連がいわれている6?11).組織学的検討では,水晶体上皮細胞の変性により起こるとされる.今回の症例でも,水晶体上皮細胞は水晶体?に残存しており,CCSと同様の機序で線維化を伴う変性が起こり?収縮を引き起こしていたと思われる.糖尿病の既往があり,硝子体手術を施行していることも,CCSを発症する高リスクであった可能性がある.今回の症例を総合すると,初回および再手術時に,増殖膜やTRD,隅角新生血管は認めなかったこと,初回手術後に残存水晶体?の収縮がみられ,その後高眼圧を伴うVHを再発したこと,残存水晶体?を切除することでVHの再発がみられなくなったことより,以下の考察を行った.つまり,20年近く以前のIOL縫着術の際に残した残存水晶体?が徐々に収縮し,(手術顕微鏡では検出困難であった毛様体新生血管が牽引されて)再発性VHが生じた.初回の硝子体手術をきっかけとして?収縮や膨隆が誘発され,さらに高眼圧を伴うVHを引き起こし,再手術における水晶体?の除去によって牽引が解除され,状態が治まったものと考えた.本症例はPDRの管理において,白内障手術後の水晶体?の収縮にも注意を払う必要性を示唆するものと思われる.文献1)CheungN,MitchellP,WongTY:Diabeticretinopathy.Lancet376:124-136,20102)SivaprasadS,GuptaB,Crosby-NwaobiRetal:Preva-lenceofdiabeticretinopathyinvariousethnicgroups:aworldwideperspective.SurvOphthalmol57:347-370,20123)YorstonD,WickhamL,BensonSetal:Predictiveclinicalfeaturesandoutcomesofvitrectomyforproliferativedia-beticretinopathy.BrJOphthalmol92:365-368,20084)LewisH,AbramsGW,WiliamsGA:Anteriorhyaloidal?brovascularproliferationafterdiabeticretinoathy.AmJOphthalmol104:607-615,19875)AssiaEI,AppleDJ,BardenAetal:Anexperimentalstudycomparingvariousanteriorcapsulectomytechniques.ArchOphthalmol109:642-647,19916)HayashiH,HayashiK,NakaoFetal:Anteriorcapsulecontractionandintraocularlensdislocationineyeswithpseudoexfoliationsyndrome.BrJOphthalmol82:1429-1432,19987)DavisonJA:Capsulecontractionsyndrome.JCataractRefractSurg19:582-589,19938)SudhirRR,RaoSK:Capsulorhexisphimosisinretinitispigmentosadespitecapsulartensionringimplantation.JCataractRefractSurg27:1691-1694,20019)MatsudaH,KatoS,HayashiYetal:Anteriorcapsularcontractionaftercataractsurgeryinvitrectomizedeyes.AmJOphthalmol132:108-109,200110)KatoS,OshikaT,NumagaJetal:Anteriorcapsularcon-tractionaftercataractsurgeryineyesofdiabeticpatients.BrJOphthalmol85:21-23,200111)HayashiY,KatoS,FukushimaHetal:Relationshipbetweenanteriorcapsulecontractionandposteriorcap-suleopaci?cationaftercataractsurgeryinpatientswithdiabetesmellitus.JCataractRefractSurg30:1517-1520,2004◆**