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腺様囊胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1 例

2010年10月29日 金曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(133)1455《原著》あたらしい眼科27(10):1455.1458,2010cはじめに腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma:ACC)は唾液腺や気管などの腺組織から発生するものが多い1,2).眼科領域からの発生の報告は涙腺原発の患者が散見されるが,周囲組織から眼窩に波及する続発ACCはまれである.今回外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した75歳,女性の続発ACC例を経験した.画像診断および病理診断により,上顎洞原発のACCが眼窩先端部に波及したことがわかり,診断の注意点や鑑別点について考察を加え報告する.I症例患者:75歳,女性.主訴:複視,左内眼角部の痛み.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:平成18年4月3日初診.同年2月ころより物が二重に見えるようになり,3月28日に近医眼科を初診した.左外転神経麻痺の疑いで精査目的にて当科を紹介となった.この間,左内眼角部の痛みを自覚していたが,近医耳鼻科にて診察を受け,X線写真でも異常なしとのことであった.既〔別刷請求先〕長谷川英稔:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科Reprintrequests:HidetoshiHasegawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital,2-1-50Minamikoshigaya,Koshigaya,Saitama343-8555,JAPAN腺様.胞癌により眼窩先端部症候群をきたし,短時日で失明に至った1例長谷川英稔鈴木利根筑田眞獨協医科大学越谷病院眼科ACaseofOrbitalApexSyndromeCausedbyAdenoidCysticCarcinomaRapidlyLeadingtoBlindnessHidetoshiHasegawa,ToneSuzukiandMakotoChikudaDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversityKoshigayaHospital左外転神経麻痺で発症してその原因の診断に苦慮し,その後全外眼筋麻痺から短期間に失明した1症例を報告する.症例は初診時に虚血による左単独外転神経麻痺と診断された1症例である.初期にはCT(コンピュータ断層撮影)およびMRI(磁気共鳴画像)の画像検査で明らかな異常が認められず,診断までに1年を要した.経過中に同側の左全外眼筋麻痺,三叉神経麻痺,視神経障害(失明)が加わり,重篤な眼窩先端症候群をきたした.1年後の画像検査と病理検査により,副鼻腔原発の腺様.胞癌の眼窩先端部への浸潤と診断された.結論:眼窩先端部に腺様.胞癌が発症した場合は進行性の麻痺症状をきたす.眼窩先端症候群の原因として,まれではあるが腺様.胞癌も考慮すべきである.Wereportacaseofadenoidcysticcarcinoma.Initialexaminationdisclosedsolitaryleftabducensnervepalsy.Computedtomography(CT)andmagneticresonanceimaging(MRI)demonstratednoabnormality;thetemporarydiagnosiswasischemicabducensnervepalsy.Afteroneyearoffollow-up,thepatientexhibitedsevereorbitalapexsyndrome,includingipsilateraltotalophthalmoplegia,trigeminalpalsyandopticneuropathy(blindness).RepeatedMRIandhistologicalexaminationfinallyrevealedadenoidcysticcarcinomaarisingfromtheparanasalsinusesandinvadingtheorbitalapex.Patientswithadenoidcysticcarcinomadevelopprogressivecranialnervepalsyintheregionoftheorbitalapex.Adenoidcysticcarcinomaisrare,butisoneofthedifferentialdiagnosesfororbitalapexsyndrome.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(10):1455.1458,2010〕Keywords:腺様.胞癌,眼窩先端症候群,外転神経麻痺,失明,副鼻腔.adenoidcysticcarcinoma,orbitalapexsyndrome,abducensnervepalsy,blindness,paranasalsinuses.1456あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(134)往歴として47歳時にBasedow病,その他は特に認めなかった.当科初診時所見:視力はVD=0.5(0.8×+0.5D(cyl+2.5DAx175°),VS=0.5(0.9×cyl+2.0DAx180°),眼圧は右眼15mmHg,左眼14mmHgであった.眼位は30プリズムの内斜視を認め,著しい左眼の外転制限を認めた(図1).瞳孔径は3mmで不同なく,三叉神経領域に左右差や低下は認めなかった.前眼部・中間透光体には軽度白内障を認め,眼底は異常所見を認めなかった.初診時に行った頭部CT(コンピュータ断層撮影)では海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす器質的異常は不明であった(図2).経過:初診時の診断は虚血障害による左外転神経麻痺とし,メチコバールR内服,サンコバR点眼で経過観察することとした.しかし,その後症状・所見ともまったく回復傾向がみられず,発症2カ月後には左眼点眼時に感覚がないことを訴え,診察でも左三叉神経第1枝領域と第2枝領域の知覚低下がみられるようになった.このため発症2カ月後にMRI(磁気共鳴画像)を行ったが,眼窩先端付近などにやはり異常を認めなかった.その後さらに経過をみていたが,発症4カ月後には症状がさらに悪化し,眼瞼下垂が出現して,運動制限も全方向になった(図3).以後症状は持続し,左眼周囲のしびれ感も加わった.半年を過ぎて矯正視力はVD=(0.9×0.5D(cyl+2.5DAx180°),VS=(0.8×cyl+2.5DAx180°)と変化がなかったが,眼球運動所見は回復傾向がみられなかった.この間,脳神経外科への受診を勧めるも患者の協力が得られなかったが,神経内科の受診では橋付近の小梗塞という診断で経過観察となった.また,炎症性も考え治療的診断の意味も含めてプレドニゾロン内服を1日量20mgより漸減投与するも効果がなかった.発症1年後,瞳孔径が右眼3.0mm,左眼4.25mmで対光反応が消失し,色がわかりにくいとの訴えがあり,左眼視力障害が出現した.この時期に行ったCTおよびMRIで初めて左眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影がみられ,視神経付近で副鼻腔から浸潤する異常信号を認め,眼窩下方ではさらに広範囲な異常信号がみられた(図4).以上の所見から脳神経外科にて副鼻腔原発腫瘍の眼窩内浸潤と診断された.耳鼻科における左蝶左眼右眼図1初診時Hess眼球運動検査(平成18年4月3日)著しい左眼の外転制限が認められる.図3症例の各眼位の写真正面および垂直,水平5方向の眼位写真と,左下段は左眼瞼下垂.右下段は瞳孔写真である.左眼は各方向ともまったく動いていないことがわかる.図2初診時CT所見(平成18年4月3日)海綿静脈洞から眼窩先端付近,および橋付近にも異常はみられず,左外転神経麻痺をきたす異常は不明であった.(135)あたらしい眼科Vol.27,No.10,20101457形骨篩骨洞開放術による腫瘍生検の結果はACCの診断となり(図5),他臓器への転移は認めず放射線治療(60Gy)が行われた.初診より1年後の平成19年4月には左眼視力は光覚弁なしとなり,2年後の現在でも全外眼筋麻痺の状態である.II考按腺様.胞癌は,1859年にBillrothにより副鼻腔原発の円柱腫(cylindoroma)として最初に報告され,現在では腺様.胞癌(adenoidcysticcarcinoma)の呼称に統一されている3).40歳代に最も多く,女性のほうが男性よりもやや多い1,2,4).副鼻腔原発などの耳鼻科領域での報告が多く,眼科での報告は涙腺原発の症例が散見されるのみである5,7,8).涙腺原発のACCの臨床症状は他の眼窩部腫瘍と同様に,眼球突出のほか,眼球運動障害および偏位,眼瞼下垂および腫脹の頻度が高い1).今回は上顎洞から眼窩内へ浸潤したため,眼球運動神経麻痺,三叉神経麻痺および視神経障害という典型的かつ重篤な眼窩先端症候群をきたした.ACCの進行は比較的緩徐であるがきわめて悪性度が高く,浸潤性に周囲に増殖し眼窩骨壁の破壊や鼻出血や顔面知覚鈍麻を示し,神経周囲にも浸潤し局所の疼痛の原因になる.摘出手術後にも局所再発をくり返すことが多く,転移も多いことが知られている.転移する場合,血行性に肺やリンパ節,骨や脳にも転移しやすい1,4).今回のような高齢者の片眼性外転神経麻痺は,一般に虚血(微小循環障害)が原因の場合が多く約3カ月ほどで回復する良性の麻痺が多い.今回筆者らが体験した症例も,くり返し行われた画像診断にはじめは異常が認められず,そのような良性の原因を考えた.しかし2カ月を経過したあたりから眼球運動障害が悪化し,次第に全外眼筋麻痺に進行した.最終的には副鼻腔原発ACCの眼窩内浸潤の診断となり,視神経も障害され失明となった.このような高齢者でしかも画像所見に異常が乏しいものであっても,注意深く臨床経過を見守る必要があることが強く示唆された.頭蓋内腫瘍が外転神経麻痺を起こす病態としては,海綿静脈洞付近の病変による直接障害と頭蓋内圧亢進による間接的障害が考えられる.本症例は副鼻腔原発の腫瘍が伸展拡大し,眼窩先端部から海綿静脈洞付近に浸潤したと推定される.この部位でほかに鑑別されるべき病変としては非特異的炎症(Tolosa-Hunt症候群),その他の腫瘍(転移性,鼻咽頭腫瘍,リンパ腫),感染症(アスペルギルス,カンジダの真菌,ヘルペス),頸動脈海綿静脈洞瘻(carotid-cavernousfistula:CCF),血栓症などがある.本症例のように当初の画像診断で病変がみつからないこともあるので,症状の変化に注意しながらくり返し再検査する必要がある.図41年後のCTおよびMRI所見左:頭部CTにて眼窩先端から海綿静脈洞に広範囲の異常陰影を認める.右:MRI(T2強調画像)でも視神経の高さで副鼻腔から浸潤する異常信号がみられる.図5摘出組織の病理組織像スイスチーズ様またはcribriformpattern6)とよばれる,腺様.胞癌に特徴的な所見がみられる(原倍率30倍).1458あたらしい眼科Vol.27,No.10,2010(136)文献1)笠井健一郎,後藤浩:涙腺に原発した腺様.胞癌の臨床像と予後.眼臨101:441-445,20072)後藤浩,阿川哲也,臼井正彦:眼窩腫瘍の臨床統計.臨眼56:297-301,20023)FrishbergBM:Miscellaneustumorsofneuro-ophthalmologicinterest.ClinicalNeuro-ophthalmology6thed(edbyMillerNetal),vol2,p1679-1714,LippincottWilliamsWilkins,Philadelphia,20054)山本祐三,坂哲郎,高橋宏明:腺様.胞癌の基礎と臨床.耳鼻臨床84:1153-1160,19915)金子明博:腫瘍全摘出のみで長期経過良好な涙腺腺様.胞癌の2例.臨眼62:285-290,20086)小幡博人,尾山徳秀,江口功一:涙腺の上皮性腫瘍─多形腺腫と腺様.胞癌.眼科47:1341-1345,20057)AdachiK,YoshidaK,UedaRetal:Adenoidcysticcartinomaofthecavernoudregion.NeurolMedChir(Tokyo)46:358-360,20068)ShikishimaK,KawaiK,KitaharaK:PathologicalevaluationoforbitaltumoursinJapan:analysisofalargecaseseriesand1379casesreportedintheJapaneseliterature.ClinExperimentOphthalmol34:239-244,2006***