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口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術後に生じた角膜炎の1 例

2020年5月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科37(5):624.626,2020c口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術後に生じた角膜炎の1例中尾功江内田寛佐賀大学医学部眼科学講座CACaseofSevereKeratitisafterUpperEyelidReconstructionusingHardPalatalMucosalGraftsIsaoNakaoandHiroshiEnaidaCDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,SagaUniversityC目的:自己口蓋粘膜移植による上眼瞼再建後に生じた角膜炎のC1例を経験したので報告する.症例:80歳,男性.左上眼瞼基底細胞癌に対し,形成外科にて自己口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術が施行され,再建術後C1カ月の眼科受診時に著明な前房蓄膿を伴う角膜潰瘍を認めた.角膜擦過物の培養より口腔内常在菌であるCStreptococcusCanginosusが検出され,肺膿瘍の治療に準じて加療することで感染は鎮静化した.口蓋粘膜から持ち込まれた口腔内常在菌により生じた角膜炎と推測された.結論:自己口蓋粘膜移植による眼瞼再建術後は角膜障害が生じうる.また,口腔内常在菌による術後角膜感染症に注意する必要がある.CPurpose:Toreportacaseofseverekeratitisthatoccurredafterreconstructionoftheuppereyelidbyautolo-gousCpalatalCmucosalCtransplantation.CCase:AnC80-year-oldCmaleCpatientCunderwentCeyelidCreconstructionCusingCautologouspalatalmucosaltransplantationforupperlefteyelidbasalcellcarcinomabyplasticsurgery.At1-monthpostreconstruction,keratitiswithmarkedanteriorchamberabscesswasobserved.Streptococcusanginosus,anoralbacteria,wasdetectedfromthecultureofcornealscrapings.Despitetheadministrationofgati.oxacineyedrops,cefmenoximeCeyeCdrops,CtobramycinCeyeCdrops,CandCintravenousCampicillin/sulbactamCtheCocularC.ndingsCfailedCtoCimprove.CHowever,CkeratitisCimprovedCbyCinitiationCofCintravenousCceftriaxoneCandCclindamycinCaccordingCtoCtheCtreatmentCofCpulmonaryCabscess.CWeCpresumedCthatCtheCkeratitisCwasCcausedCbyCoralCbacteriaCbroughtCfromCtheCpalatalCmucosa.CConclusion:AfterCeyelidCreconstructionCbyCautologousCpalatalCmucosalCtransplantation,CattentionCshouldbepaidtocornealinfectionscausedbyoralbacteria.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(5):624.626,C2020〕Keywords:眼瞼基底細胞癌,口蓋粘膜移植,角膜炎,口腔内細菌,日和見感染.eyelidbasalcellcarcinoma,hardpalatalmucosalgraft,keratitis,oralbacteria,opportunisticinfection.Cはじめに眼瞼悪性腫瘍が進行し,切除術により大きな組織欠損を生じる場合には再建術の併用が必要となる.一般に,眼瞼前葉は眼瞼,側頭,前額などからの皮弁で再建し,眼瞼後葉は自己口蓋粘膜や鼻中隔軟骨粘膜で再建される1.6).術後の眼瞼腫脹が強い場合は眼球の診察が困難となる.今回,自己口蓋粘膜移植による上眼瞼再建術後に,口蓋粘膜から持ち込まれた口腔内常在菌によると思われる重篤な角膜炎を生じたC1例を経験したので報告する.I症例患者:80歳,男性.主訴:左眼瞼腫脹.既往歴,家族歴:特記事項なし.現病歴:2004年頃から左眼瞼腫脹を自覚.徐々に増大傾向だったためC2009年C8月,近医眼科を受診した.左上眼瞼〔別刷請求先〕中尾功:〒849-8501佐賀県佐賀市鍋島C5-1-1佐賀大学医学部眼科学講座Reprintrequests:IsaoNakao,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,SagaUniversity,5-1-1Nabeshima,Saga849-8501,JAPANC624(122)0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(122)C6240910-1810/20/\100/頁/JCOPY腫瘍が疑われ,2009年C10月C23日当科へ紹介され初診となった.初診時所見:左上眼瞼瞼縁に内眼角から外眼角に至るC20C×9Cmmの腫瘍を認めた.睫毛はすべて脱落し,瞼縁には易出血性の潰瘍があり,一部黒色調の部分もみられた(図1).所見より上眼瞼基底細胞癌が疑われた.腫瘍切除により上眼瞼全体が全層欠損となり広範囲な眼瞼再建術が必要になると考えたため,当院形成外科へ紹介した.経過:2009年C12月C7日,左上眼瞼腫瘍切除,眼瞼再建術が施行された.上眼瞼全体と内眼角部の皮膚びらんを含め上眼瞼を全層で切除し,眼窩外側からの皮弁で眼瞼前葉を再建し,眼瞼後葉には硬口蓋からC2C×3Ccmの粘膜骨膜弁を採取し移植した.摘出腫瘍の病理検査より基底細胞癌と診断された.2010年C1月C29日,腫瘍切除後の眼科的評価のため当科再診となった.眼痛の訴えはなく,左上眼瞼は腫脹し自己開瞼はできなかった(図2).手指にて開瞼させると左眼角膜中央部に円形の潰瘍を認め,著明な前房蓄膿を伴っていた(図3).角膜潰瘍擦過物の鏡検で多数のグラム陽性球菌とグラム陰性桿菌がみられ,グラム陽性球菌は白血球による貪食像を認めた.グラム陽性球菌が主要な起炎菌と考え,アンピシリン/スルバクタム点滴静注C1.5Cg,1日C1回,ガチフロキサシン点眼C1時間ごと,セフメノキシム点眼C1時間ごとを開始した.改善がみられないためアンピシリン/スルバクタム点滴静注をC1.5Cg,1日C2回に増量し,トブラマイシン点眼C1時間ごとを追加したが角膜潰瘍は変わらず,前房蓄膿はさらに悪化し前房内C2/3を占めるほどに増加した.真菌感染も疑いジフルカン点眼,ボリコナゾール点滴を追加するも改善は認められなかった.その後,培養の結果,口腔内常在菌であるCStreptococcusCanginosusのコロニーが多数検出された.また,Corynebacterium属,Peptostreptococcusmicros,CFusobacteriumnucleatumの少数のコロニーを認めた.これらはすべて口腔内常在菌であった.StreptococcusCanginosus図1初診時左眼前眼部写真左上眼瞼瞼縁全体に腫瘍を認める.睫毛はすべて脱落し,瞼縁に易出血性の潰瘍を認める.黒色調に変化した部分がある.図2眼瞼腫瘍切除,眼瞼再建術後1カ月眼瞼は腫脹し自己開瞼不可.図3眼瞼再建術後1カ月の左眼前眼部写真角膜中央に円形の角膜潰瘍,著明な前房蓄膿を認める.図4眼瞼再建術後3カ月の左眼前眼部写真角膜潰瘍,前房蓄膿は治癒した.(123)あたらしい眼科Vol.37,No.5,2020C625は口腔内常在菌ではあるが肺膿瘍など病勢の強い化膿性病変の原因になるため,肺膿瘍の治療に準じて,点滴加療をセフトリアキソンC1Cg,1日C2回,クリンダマイシンC600Cmg,1日C2回に変更した.その後,角膜潰瘍と前房蓄膿はともに徐々に改善し,点滴変更後約C1カ月で消失した(図4).CII考按広範囲に浸潤した眼瞼悪性腫瘍の治療には,眼瞼全層切除が必要となる.眼瞼全層切除後の眼瞼再建術は眼瞼の前葉再建と後葉再建に分けて考える必要がある.眼瞼前葉の再建には局所皮弁や植皮が行われ,後葉の再建には瞼結膜と支持組織である瞼板の再建が必要となるため,口腔粘膜を含めた硬口蓋移植,耳介軟骨移植,鼻中隔軟骨粘膜移植,瞼板遊離弁移植などが行われる1.7).口蓋粘膜移植は,粘膜を結膜の代用,骨膜を瞼板の代用として用い,それらを同時に比較的容易に採取できる有用な手技とされる.眼科的な術後合併症としては眼瞼拘縮や兎眼,眼異物感,流涙,粘液分泌が報告されている7.9).このほかにも,口蓋粘膜移植後には粘膜上皮の角化が生じるとされ,眼表面を傷つける可能性がある.とくに上眼瞼再建においては眼表面が移植片から影響を受けやすく,口蓋粘膜移植では術後角膜障害がC13.3%にみられ,瞼板遊離弁移植では角膜障害がみられなかったという報告がある7).術後角膜障害の予防のため,眼瞼後葉の再建には眼表面に接触する部分の平滑さが求められる.その点からは口蓋粘膜移植は眼瞼後葉再建に不向きであり,瞼板遊離弁移植が推奨される.口蓋粘膜移植後に生じた角膜感染症の報告はみられなかったが,今回の症例は潰瘍部の擦過鏡検で複数の菌が多数存在し,好中球によるグラム陽性球菌の貪食がみられたこと,培養で多くの口腔内常在菌がみられたことから,口蓋粘膜移植により持ち込まれた口腔内細菌により生じた角膜潰瘍であったと考える.常在菌による日和見感染は,宿主と常在菌叢のバランスが崩れることで生じる.免疫力の低下などでもともとの場所で増殖して病原性を発揮する場合と,本来とは違う場所に移ることで異常に増殖し病原性を発するタイプに分けられる.今回のケースは後者に当てはまる.また,このような感染では病原性の弱い菌が複数増殖して混合感染の形をとることが多い.今回の症例での角膜擦過物の鏡検,培養で多数種の菌がみられたこともこれを裏付ける.検出されたCStreptococcusanginosusは口腔内常在菌ではあるが,皮膚粘膜,腹腔,頭蓋内,呼吸器系,泌尿生殖器などさまざまな部位で病勢の強い難治性化膿性病変の原因になることが知られている10,11).今回の症例も一般的なグラム陽性菌起因性角膜炎に対する治療では改善がみられず,膿胸の治療に準じて抗菌薬を長期間使用することで改善が得られた.形成外科の執刀医に確認したところ,口腔粘膜は赤黒く,通常より汚い印象だったので,念のためポビドンヨード液で拭いてから移植に使用したとのことだった.また,術後は生理食塩水点眼のみが使用されていた.患者が眼痛など眼科的異常を訴えなかったため術後の眼科受診が遅れ,受診時にはすでに重篤な角膜炎となっていた.口蓋粘膜移植により再建された眼瞼結膜面が不整である場合や,粘膜上皮に角化が生じれば角膜上皮障害が起こりうる.そこに多量の口腔内細菌が持ち込まれた結果,角膜炎に進展したと考えられる.口蓋粘膜移植を用いた上眼瞼再建術後は角膜障害に注意が必要であり,術後早期に眼科的精査を行う必要がある.また,口腔内常在菌が原因となる角膜炎の場合,通常の加療は奏効しないことがあり,適切な抗菌薬の選択が重要となる.文献1)兼森良和:眼瞼再建の実際.あたらしい眼科C20:1635-1640,C20032)柳澤大輔,岩澤幹直,加藤浩康ほか:口蓋粘膜移植を用いた眼瞼再建.日形会誌C33:402-409,C20133)土井秀明,小川豊:眼瞼再建への硬口蓋粘膜の使用.CSkinCanserC12:429-433,C19974)伊野法秋,奈良林定,土田幸英:耳介軟骨による下眼瞼再建.SkinCanserC6:431-434,C19915)石原剛,松下茂人,加口敦士ほか:巨大悪性腫瘍切除後の眼瞼再建法.SkinCanser20:19-22,C20056)MiyamotoJ,NakajimaT,NagasaoTetal:Full-thicknessreconstructionCofCtheCeyelidCwithCrotationC.apCbasedConCorbicularisCoculiCmuscleCandCpalatalCmucosalgraft;long-termCresultsCinC12Ccases.CJCPlastCReconstrCAesthetCSurgC62:1389-1394,C20097)LeibovitchCI,CMalhotraCR,CSelvaD:HardCpalateCandCfreeCtarsalCgraftsCasCposteriorClamellaCsubstitutesCinCupperClidCsurgery.OphthalmologyC113:489-496,C20068)KimCJW,CKikkawaCDO,CLemkeBN:DonorCsiteCcomplica-tionsofhardpalatemucosalgrafting.OphthalPlastRecon-strSurgC13:36-39,C19979)PelletierCR,JordanDR,BrownsteinSetal:Anunusualcomplicationassociatedwithhardpalatemucosalgrafts:CpresumedCminorCsalivaryCgrandCsecretion.COphthalCPlastCReconstrSurgC14:256-260,C199810)SinghCKP,CMorrisCA,CLangCSDCetal:ClinicallyCsigni.cantStreptococcusCanginosus(Streptococcusmilleri)infections:Careviewof186cases.NZMedJC101:813-816,C198811)FaziliCT,CRiddellCS,CKiskaCDCetal:StreptococcusCangino-susCgroupCbacterialCinfections.CAMCJCMedCSciC354:257-261,C2017C***(124)