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生後2カ月の乳児に生じた多発霰粒腫の1例

2019年3月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科36(3):407.410,2019c生後2カ月の乳児に生じた多発霰粒腫の1例中井浩子*1杉立有弥*2鈴木智*1*1地方独立行政法人京都市立病院機構眼科*2地方独立行政法人京都市立病院機構小児科CACaseofMultipleChalaziaina2-Month-OldInfantHirokoNakai1),YuyaSugitatsu2)andTomoSuzuki1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospitalOrganization2)DepartmentofPediatrics,KyotoCityHospitalOrganizationC目的:霰粒腫はマイボーム腺開口部が閉塞することによって生じる慢性炎症性肉芽腫であるが,乳児に多発することはきわめてまれである.今回,乳児の多発霰粒腫に対し,外科的治療なしに,抗菌薬全身投与の併用により寛解を得たC1例を経験したので報告する.症例:生後C2カ月,男児.左上眼瞼腫脹が出現し,近医で抗菌点眼薬と軟膏を処方されるも改善なく,発症C8日後に当院紹介となった.右下眼瞼にC2個と左上眼瞼にC3個の霰粒腫を認め,眼瞼腫脹が著明で開瞼困難であった.入院のうえ,セファゾリン点滴,ガチフロキサシン点眼,ベタメタゾン眼軟膏塗布にて治療を開始した.治療が著効し霰粒腫は自壊し縮小傾向となったため,1週間後に点滴を内服に切り替え外来観察となった.半年後にすべての霰粒腫が軽快した.結論:易感染性となる生後C3カ月未満の乳児にも多発霰粒腫を生じることがあり,抗菌薬全身投与により炎症所見は早期に改善し,外科的治療なく良好な治療結果を得られた.CPurpose:Toreportacaseofmultiplechalaziainaninfantwhounderwentsuccessfulsystemicantimicrobialtreatment.CCase:AC2-month-oldCmaleCwithCmultipleCchalaziaCwasCreferredCtoCourChospitalCfollowingCine.ectiveC1-weektreatmentwithantimicrobialeyedropsandeyeointment.Uponinitialexamination,theinfant’supperandlowereyelidsofbotheyeswerereddishandhighlyswollen.Hewasadmittedtothehospitalandtreatedwithanintravenousinfusionofcefazolin,gati.oxacineyedropsanddexamethasoneeyeointment.Oneweeklater,thecha-laziahadbecomesigni.cantlysmallerandtheintravenousinfusionwasswitchedtooralcephalexinfor1week,fol-lowedbyerythromycinfor1month.By6monthslater,completeremissionwasattained.Conclusion:IncasesofaccompanyingCacuteCin.ammationCcausedCbyCbacterialCgrowth,CsystemicCantimicrobialCagentsCshouldCbeCadminis-teredinordertocontrolin.ammationandpreventeyelidcellulitis,resultingincompleteremission.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(3):407.410,C2019〕Keywords:多発霰粒腫,乳児,抗菌薬全身投与,マイボーム腺.multiplechalazia,infant,systemicantimicrobialagents,meibomianglands.Cはじめに霰粒腫はマイボーム腺開口部が閉塞することによって生じる慢性炎症性肉芽腫であり1),一般的には思春期から中年期にかけて多くみられる.通常,10歳までの小児の眼瞼は成人と比較して薄く,マイボーム腺開口部の閉塞はみられないとされている2).臨床的には幼児期から小児期にも霰粒腫を生じうるが,乳児に多発することはきわめてまれである.今回筆者らは,生後C2カ月の乳児に多発霰粒腫を認め,外科的治療の必要なく,抗菌薬全身投与の併用により寛解を得たC1例を経験したので報告する.I症例患者:0歳C2カ月,男児.主訴:右下眼瞼および左上眼瞼の霰粒腫にて紹介受診.既往歴:39週C2日,3,860Cg,正常分娩で出生.軽度新生児仮死を認めたが,その後の発達に異常なし.家族歴:特記事項なし.現病歴:2017年C7月に左上眼瞼腫脹が出現し,2日後に近医眼科を受診した.ノルフロキサシン点眼を処方されたが,同日夜より右下眼瞼腫脹が出現.そのC3日後に点眼薬を〔別刷請求先〕中井浩子:〒604-8845京都市中京区壬生東高田町C1-2京都市立病院眼科Reprintrequests:HirokoNakai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoCityHospital,1-2Mibuhigashitakadacho,Nakagyo-ku,KyotoCity,Kyoto604-8845,JAPANC図1症例経過写真a:発症C8日後(当院初診時).右下眼瞼と左上眼瞼に霰粒腫を認める.眼瞼の発赤・腫脹が強く,角膜がわずかに観察できる程度であった.Cb:発症C9日後.CEZ点滴により眼瞼腫脹は著明に改善するも,皮膚の発赤が強く,ベタメタゾン眼軟膏に含まれるフラジオマイシンによる接触性皮膚炎が疑われた.Cc:発症C15日後.右上眼瞼にも霰粒腫の出現を認めたものの,すべての霰粒腫が徐々に縮小傾向を認めた.Cd:発症C23日後.霰粒腫に伴う眼瞼の発赤・腫脹は改善している.Ce:発症C180日後.両上下眼瞼のすべての霰粒腫が軽快した.セフメノキシムに変更されたが改善なく,症状出現からC6日後に前医を受診し,ガチフロキサシン点眼,オフロキサシン眼軟膏を処方されるも改善なく,発症C8日後に当院眼科を紹介受診となった.初診時所見:右下眼瞼にC2個,左上眼瞼にC3個の霰粒腫を認め,眼瞼の発赤・腫脹が非常に強く開瞼困難であった(図1a).角膜および球結膜には異常を認めなかった.経過:初診当日より当院小児科併診のもと入院とし,セファゾリン(CEZ)300Cmg/日点滴,ガチフロキサシン両C4回/日点眼,ベタメタゾン眼軟膏両C2回/日塗布にて治療を開始した.翌日に眼瞼腫脹は著明に改善したが,眼軟膏を塗布した部分の皮膚の局所的な発赤が強く,眼軟膏に含まれるフラジオマイシンによる接触性皮膚炎が疑われたため(図1b),軟膏をデキサメタゾン眼軟膏へ変更した.治療開始C2日後に左上眼瞼の霰粒腫は自壊し縮小した.CEZ点滴はC1週間で終了し,セファレキシン(CEX)210Cmg/日内服へ切り替え,外来観察となった(図1c).治療開始C7日後に右上眼瞼にも霰粒腫の出現を認めたものの,すべての霰粒腫が自壊し徐々に縮小傾向となった(図1d).初診時に施行した結膜.培養検査で左眼結膜.よりメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusCepidermidis:MRSE)が検出された.治療開始C2週間後に抗菌薬内服をエリスロマイシン(EM)210Cmg/日へ変更し,1カ月かけて漸減したのち終了した.治療開始C1カ月後にデキサメタゾン眼軟膏をプレドニン眼軟膏へ変更した.また,長期ステロイド塗布による皮膚の菲薄化を避けるため,治療開始C2カ月半後にエコリシン眼軟膏へ変更した(図2).すべての霰粒腫が軽快したため初診より半年後に終診となった(図1e).CII考察霰粒腫はマイボーム腺分泌脂のうっ滞によって生じる慢性炎症性の肉芽腫である1).すなわち,マイボーム腺の開口部の閉塞が生じ,続いてマイボーム腺の腺房およびその周囲の組織でうっ滞したマイボーム腺分泌脂に対して肉芽腫反応が起こったものである.典型例では,脂肪滴やマクロファージ由来の類上皮細胞,多核巨細胞の浸潤を中心に,リンパ球や形質細胞の浸潤を伴う慢性肉芽腫性炎症の組織像を呈する1).霰粒腫の発症における細菌の関与についてはいまだ明確な結論は出ていない.しかし,マイボーム腺炎角結膜上皮症(meibomitis-relatedkeratoconjunctivitis:MRKC)のフ全身投与CEZCEXEM300mg/日210mg/日2→1→0.5g/日眼軟膏点眼GFLX4回/日2回/日治療開始後(日)01715294578180図2投薬内容の経過CEZ:セファゾリン,CEX:セファレキシン,EM:エリスロマイシン,RdA:ベタメタゾン眼軟膏,DEX:デキサメタゾン眼軟膏,PSL:プレドニン眼軟膏,ECM:エコリシン眼軟膏,GFLX:ガチフロキサシン.リクテン型の臨床的特徴の一つとして,幼児期.小児期に霰粒腫の既往が多く,マイボーム腺炎の起炎菌としてCPropi-onibacteriumacnes(P.acnes)が関与していることから3),霰粒腫の発症についてもCP.acnesの関与が推測される.筆者らが知る限り乳児の霰粒腫の起因菌についての報告はこれまでないが,小児の霰粒腫の場合と同様にCP.acnesが関与している可能性が考えられる.霰粒腫は皮膚側もしくは結膜側への浸潤を認めるが,本症例のような乳児では成人に比べ皮膚が薄いための皮膚側への進展が生じたと考えられる.厳密には,霰粒腫の確定診断のためには病理組織学的所見が必要となるが,本症例では外科的摘出を施行しなかったので病理検査は行っていない.乳児の眼瞼腫脹を診た際の鑑別診断として,霰粒腫の他にアレルギー性眼瞼炎,眼瞼蜂巣炎,ヘルペス性眼瞼炎,まれではあるが皮様.腫などの眼窩腫瘍による眼瞼腫脹などがあげられるが,本症例ではマイボーム腺開口部の閉塞とその周囲の腫瘤性病変を認めたことから霰粒腫と診断した.霰粒腫の治療は,肉芽腫反応の元を絶つために霰粒腫を外科的に摘出することが基本となる4).しかし,幼小児では全身麻酔が必要となることが多く,両親が積極的に切除を希望しない場合も多い.保存的治療としては,生じている肉芽腫反応に対してベタメタゾン眼軟膏を患部の眼瞼皮膚にC1日C2回程度塗布しながら,抗菌点眼薬(ベストロンCR,ガチフロRなど)およびクラリスロマイシン内服の併用にてマイボーム腺内の常在細菌叢をコントロールし,経過観察を行う場合もある.ただし,その場合は治療期間が数カ月に及ぶこともあり,眼圧上昇の可能性を常に念頭に置いて管理しなければならない.霰粒腫の発症年齢は思春期から中年期が多く,生後C3カ月以前の乳児期に多発霰粒腫が生じることはきわめてまれであり,筆者らの知る限りこれまでに生後C3カ月未満の乳児の多発霰粒腫の症例報告はない.そのため,治療法の選択に難渋することがある.本症例は,初期の点眼や眼軟膏などの局所治療に対する反応が乏しく,当院へ紹介されたときには化膿性霰粒腫の状態であった.急性の重篤な炎症を伴う場合,眼瞼蜂巣炎への波及を予防するために全身的な抗菌薬投与を行い,早期に炎症をコントロールする必要がある.本症例において,急性炎症の起炎菌は黄色ブドウ球菌を想定し,第一世代セフェム系抗菌薬のセファゾリン点滴を選択した.セファゾリンが著効したため,抗菌薬点滴を内服に切り替える際も第一世代セフェム系抗菌薬であるセファレキシンとした.通常,セフェム系抗菌薬はCP.acnesに対する薬剤感受性もよいため,P.acnesの減菌にも有効であったと想像される.その後,マイボーム腺内の常在細菌叢のコントロール目的で静菌的抗菌薬であるマクロライド系抗菌薬(エリスロマイシン)に変更した.抗菌薬内服による下痢などの副作用は認めなかった.本症例では,細菌増殖による急性炎症を伴っていたため,小児科併診のもと速やかに点滴による抗菌薬全身投与を行ったことで炎症所見を早期に改善することができた.乳児に抗菌薬全身投与を行う場合,投与量の設定,静脈ルートの確保,全身状態の管理が必要であり,成人症例に比べ注意を払うべきポイントが多い.まれではあるが抗菌薬に対するアレルギー反応などで全身状態の急激な変化が起こる可能性もあり,小児科医との連携が重要である.乳児の大きな霰粒腫では形態覚遮断弱視や強い乱視を惹起するおそれもある5).本症例では,初診時に角膜がわずかにしか観察できない程度まで眼瞼腫脹が著明であり,形態覚遮断弱視を発症する可能性が十分に考えられた.速やかに炎症反応を改善し眼瞼腫脹も改善したことで,その発症を回避することができた.霰粒腫の治療においてステロイド眼軟膏の塗布は広く使用されているが,長期使用については,とくに小児では眼圧上昇に注意が必要である6).本症例では,毎回診察時に手持ち眼圧計(icareCR,M.E.Technica社)で眼圧測定を行い,眼圧の上昇がないことを確認した.手持ち眼圧計は乳児であっても眼圧測定が可能であるため,本症例のようにステロイド眼軟膏の長期使用が必要となった小児の眼圧管理には非常に有用である.今回の症例では,初診時に結膜.培養を施行し,4日後に左眼結膜.より増菌培養でCMRSEが検出された.薬剤感受性は,セフェム系抗菌薬にすべて耐性であったことから,今回の臨床経過から考えるとこのCMRSEが起炎菌であるとは考えにくい.新生児集中治療室(NICU)における結膜.常在菌は,弱毒菌の割合が高いもののメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(MRCNS)などの耐性菌が多いという報告や7,8),家族に小児や看護師がいる場合,MRSEの鼻腔内保菌率が有意に高いという報告9)を考慮すると,患児が出生時にCNICU入室歴があること,母親が看護師であったことが,耐性菌の検出に影響している可能性がある.初期に用いた抗菌薬が奏効しない場合,乳児であっても耐性菌が起炎菌となっている可能性は常に考慮する必要があると思われた.本症例のように,乳児でも多発霰粒腫が生じることはあり,細菌増殖による急性炎症を伴う場合,積極的に抗菌薬全身投与を併用することにより早期に消炎し,外科的治療なしに寛解を得ることができると考えられる.文献1)Duke-ElderCWS,CMac-FaulPA:TheCocularCadnexa,CpartI:Diseasesoftheeyelids.HKimpton,London,19742)HykinCPG,CBronAJ:Age-relatedCmorphologicalCchangeCinlidmarginandmeibomianglandanatomy.CorneaC11:C332-342,C19923)SuzukiT,MitsuishiY,SanoYetal:Phlyctenularkerati-tisCassociatedCwithCmeibomitisCinCyoungCpatients.CAmJOphthalmolC140:77-82,C20054)鈴木智:繰り返す多発霰粒腫の対処法について教えてください.あたらしい眼科33(臨増):169-172,C20165)DonaldsonMJ,GoleGA:Amblyopiaduetoin.amedcha-lazionina13-montholdinfant.ClinExpOphthalmolC33:C332-333,C20056)渡辺芽里,反田茉莉,小幡博人ほか:小児の霰粒腫に対するステロイド眼軟膏による治療.眼科57:1451-1456,C20157)桑原克之,太刀川貴子,讓原大輔ほか:新生児集中治療室における新生児結膜.常在菌叢の検討.眼臨紀C9:331-337,C20168)豊田淑恵,田爪正氣,武井泰ほか:NICUの環境中におけるメチシリン耐性ブドウ球菌の検出.東海大学健康科学部紀要11:29-35,C20069)小森由美子,二改俊章:市中におけるメチシリン耐性ブドウ球菌の鼻腔内保菌者に関する調査.環境感染C20:167-170,C2005C***