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糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを 実施した1事例

2015年2月28日 土曜日

290あたらしい眼科Vol.5102,22,No.3(00)290(118)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):290.293,2015cはじめに厚生労働省の「平成19年国民健康・栄養調査報告」によれば,「糖尿病が強く疑われる人」は約890万人(平成14年調査より150万人増),「糖尿病の可能性を否定できない人」は約1,320万人(同440万人増)と推定されており1),日本人の糖尿病患者数は増加を続けている.また,合併症がない場合でも糖尿病という事実は精神的に大きな負荷となり,心理的危機をもたらす2).糖尿病網膜症(網膜症)は視覚障害〔別刷請求先〕荻嶋優:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YuOgishima,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを実施した1事例荻嶋優*1黒田有里*1吉崎美香*1猪又麻美子*2佐野英子*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院PsychologicalCareofDiabeticRetinopathyPatientInvolvingMultidisciplinaryCooperationYuOgishima1),YuriKuroda1),MikaYoshizaki1),MamikoInomata2),EikoSano1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症の患者が解決困難な心理的問題を医師とコメディカルが連携して援助し,患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を報告する.症例:43歳,男性.30歳頃から糖尿病で内科治療を行っていた.眼科治療歴はなく40歳時に糖尿病網膜症にて西葛西・井上眼科病院を初診した.増殖網膜症による視力低下で不安が強く,看護師が心理面のケアを行った.経済的な問題に対して医療相談担当者が高額医療費制度を説明した.制度の利用により治療が継続可能となった.硝子体手術と同時にシリコーンオイルが注入され,携帯電話の画面が見えず不安が増した.視能訓練士が補助具の選定を行い,読字が可能となった.医師を中心に看護師,医療相談担当者,視能訓練士が心理面,経済面,視覚のケアを継続したことで,患者の不安は軽減した.結論:多職種が専門分野で患者に携わり支援内容を共有することで,患者に必要な情報の適時的確な提供が可能となった.Purpose:Toreportthecaseofapatientwhosufferedfromdiabeticretinopathywithseverevisualimpair-mentandpsychologicalproblems,whichwereresolvedwiththecooperationofophthalmologistandco-medicalstaff.Case:A43-year-oldmalewithdiabetesmellituswhohadbeentreatedfor3yearsbyaninternistvisitedourclinicwithcomplaintofbilateralvisualloss.Hewasnervous,withfearofblindnessfromproliferativediabeticretinopathyandeconomicproblemsrelatingtosurgicaltreatment.Withtheassistanceofanurseandamedicalconsultant,hispsychologicalproblemswereresolvedbeforetreatmentinvolvingvitrectomyinbotheyes.Botheyeswereinjectedwithsiliconeoil;best-correctedvisualacuitywaspreservedat0.6intherighteyeand0.1intheleft.Postsurgery,hehadaproblemofnearvisionfromhyperopiaduetosiliconeoiltamponade.Theorthoptistofferedopticalaidsforreadinglettersonamobilephone,whichsatisfiedthepatientinregardtocommunicationwithhisfamily.Consequently,cooperationamongophthalmologist,orthoptist,nurseandmedicalconsultantcom-prisedgoodcareforthepatient’spsychological,economicalandvisualproblems.Conclusion:Cooperationbymul-tiplespecialistscangeneratetimelyandaccurateadvicetoeyediseasepatientswhofearblindnessandsurgicaltreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):290.293,2015〕Keywords:糖尿病網膜症,心理的な問題,多職種の連携,適時的確な情報提供.diabeticretinopathy,psychologi-calproblems,cooperationbymultiplespecialists,timelyandaccurateadvice.(00)290(118)0910-1810/15/\100/頁/JCOPY《第19回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科32(2):290.293,2015cはじめに厚生労働省の「平成19年国民健康・栄養調査報告」によれば,「糖尿病が強く疑われる人」は約890万人(平成14年調査より150万人増),「糖尿病の可能性を否定できない人」は約1,320万人(同440万人増)と推定されており1),日本人の糖尿病患者数は増加を続けている.また,合併症がない場合でも糖尿病という事実は精神的に大きな負荷となり,心理的危機をもたらす2).糖尿病網膜症(網膜症)は視覚障害〔別刷請求先〕荻嶋優:〒134-0088東京都江戸川区西葛西5-4-9西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:YuOgishima,NishikasaiInouyeEyeHospital,5-4-9Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN糖尿病網膜症患者に多職種が連携して心理的ケアを実施した1事例荻嶋優*1黒田有里*1吉崎美香*1猪又麻美子*2佐野英子*1堀貞夫*1井上賢治*2*1西葛西・井上眼科病院*2井上眼科病院PsychologicalCareofDiabeticRetinopathyPatientInvolvingMultidisciplinaryCooperationYuOgishima1),YuriKuroda1),MikaYoshizaki1),MamikoInomata2),EikoSano1),SadaoHori1)andKenjiInoue2)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InouyeEyeHospital目的:糖尿病網膜症の患者が解決困難な心理的問題を医師とコメディカルが連携して援助し,患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を報告する.症例:43歳,男性.30歳頃から糖尿病で内科治療を行っていた.眼科治療歴はなく40歳時に糖尿病網膜症にて西葛西・井上眼科病院を初診した.増殖網膜症による視力低下で不安が強く,看護師が心理面のケアを行った.経済的な問題に対して医療相談担当者が高額医療費制度を説明した.制度の利用により治療が継続可能となった.硝子体手術と同時にシリコーンオイルが注入され,携帯電話の画面が見えず不安が増した.視能訓練士が補助具の選定を行い,読字が可能となった.医師を中心に看護師,医療相談担当者,視能訓練士が心理面,経済面,視覚のケアを継続したことで,患者の不安は軽減した.結論:多職種が専門分野で患者に携わり支援内容を共有することで,患者に必要な情報の適時的確な提供が可能となった.Purpose:Toreportthecaseofapatientwhosufferedfromdiabeticretinopathywithseverevisualimpair-mentandpsychologicalproblems,whichwereresolvedwiththecooperationofophthalmologistandco-medicalstaff.Case:A43-year-oldmalewithdiabetesmellituswhohadbeentreatedfor3yearsbyaninternistvisitedourclinicwithcomplaintofbilateralvisualloss.Hewasnervous,withfearofblindnessfromproliferativediabeticretinopathyandeconomicproblemsrelatingtosurgicaltreatment.Withtheassistanceofanurseandamedicalconsultant,hispsychologicalproblemswereresolvedbeforetreatmentinvolvingvitrectomyinbotheyes.Botheyeswereinjectedwithsiliconeoil;best-correctedvisualacuitywaspreservedat0.6intherighteyeand0.1intheleft.Postsurgery,hehadaproblemofnearvisionfromhyperopiaduetosiliconeoiltamponade.Theorthoptistofferedopticalaidsforreadinglettersonamobilephone,whichsatisfiedthepatientinregardtocommunicationwithhisfamily.Consequently,cooperationamongophthalmologist,orthoptist,nurseandmedicalconsultantcom-prisedgoodcareforthepatient’spsychological,economicalandvisualproblems.Conclusion:Cooperationbymul-tiplespecialistscangeneratetimelyandaccurateadvicetoeyediseasepatientswhofearblindnessandsurgicaltreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(2):290.293,2015〕Keywords:糖尿病網膜症,心理的な問題,多職種の連携,適時的確な情報提供.diabeticretinopathy,psychologi-calproblems,cooperationbymultiplespecialists,timelyandaccurateadvice. あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015291(119)を引き起こすさまざまな眼疾患のなかでも,視力の変化が激しい疾患の一つ3)である.急激な視力低下をきたした場合,日常生活に大きな影響を与えるだけでなく,心理的な負荷も多大なものになる.糖尿病患者は網膜症を治療していく途中で,見えなくなることやそれまでと同じ生活が送れなくなることなどに強い不安を抱くことが多く,治療と並行して心理面を中心としたケアが不可欠である.今回,治療過程において発生した解決困難なさまざまな問題を,医師とコメディカル(看護師,医療相談担当者,視能訓練士)が連携して援助したことによって患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:視力低下,飛蚊症.家族歴:父親が糖尿病.視覚障害があったとのことだった.眼科現病歴:2010年6月から両眼に黒い出血のようなものが見え,近医を受診した.増殖網膜症で硝子体手術を含む治療は困難と診断された.精査および治療目的で西葛西・井上眼科病院(以下,当院)を受診した.内科現病歴:30歳頃,糖尿病の治療を開始した.一時期,血糖降下剤を内服していたが,自己判断で中断した.38歳時,下肢蜂窩織炎を発症した際に血糖値が500mg/dl台であることが判明し,インスリン治療を開始した.インスリン1日2回・自己血糖測定を実施した.その他に高血圧,動脈硬化症,腎症を合併していた.初診時所見:視力は,右眼0.15(0.5×.1.50D),左眼0.08(0.4×.1.50D(cyl.0.50DAx5°),眼圧は,右眼17mmHg,左眼20mmHgであった.中間透光体には異常を認めず,眼底は両眼ともに多数の網膜新生血管と増殖組織がみられ,増殖網膜症(福田分類にてB5)であった.光干渉断層計(OCT)では,両眼に増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認めた(図1).網膜症に対してレーザー光凝固術は未治療,蛍光眼底造影検査は未施行であった.II経過1.治療開始初期の不安に対するケア当院初診時には,前医での説明から前向きな治療はできないという絶望感や,父親と同様に視覚的な症状が進行することへの不安などがあった.また,レーザー光凝固術や蛍光眼底造影検査を受けること自体にも不安があった.これらの不安を看護師が傾聴し,さらに治療と検査の詳細については補足説明を行った.残った不安には,再度医師が必要性や方法を説明し理解が得られた.看護師は,患者がこれ以降の検査・診察を安寧に受けられるよう,携わる職員間で情報を共有した.必要と思われる際図1初診時の眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像多数の網膜新生血管と増殖組織を認める.OCTでは,増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認める.(福田分類B5)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015291(119)を引き起こすさまざまな眼疾患のなかでも,視力の変化が激しい疾患の一つ3)である.急激な視力低下をきたした場合,日常生活に大きな影響を与えるだけでなく,心理的な負荷も多大なものになる.糖尿病患者は網膜症を治療していく途中で,見えなくなることやそれまでと同じ生活が送れなくなることなどに強い不安を抱くことが多く,治療と並行して心理面を中心としたケアが不可欠である.今回,治療過程において発生した解決困難なさまざまな問題を,医師とコメディカル(看護師,医療相談担当者,視能訓練士)が連携して援助したことによって患者のqualityoflife(QOL)が向上した1例を経験したので報告する.I症例患者:40歳,男性.主訴:視力低下,飛蚊症.家族歴:父親が糖尿病.視覚障害があったとのことだった.眼科現病歴:2010年6月から両眼に黒い出血のようなものが見え,近医を受診した.増殖網膜症で硝子体手術を含む治療は困難と診断された.精査および治療目的で西葛西・井上眼科病院(以下,当院)を受診した.内科現病歴:30歳頃,糖尿病の治療を開始した.一時期,血糖降下剤を内服していたが,自己判断で中断した.38歳時,下肢蜂窩織炎を発症した際に血糖値が500mg/dl台であることが判明し,インスリン治療を開始した.インスリン1日2回・自己血糖測定を実施した.その他に高血圧,動脈硬化症,腎症を合併していた.初診時所見:視力は,右眼0.15(0.5×.1.50D),左眼0.08(0.4×.1.50D(cyl.0.50DAx5°),眼圧は,右眼17mmHg,左眼20mmHgであった.中間透光体には異常を認めず,眼底は両眼ともに多数の網膜新生血管と増殖組織がみられ,増殖網膜症(福田分類にてB5)であった.光干渉断層計(OCT)では,両眼に増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認めた(図1).網膜症に対してレーザー光凝固術は未治療,蛍光眼底造影検査は未施行であった.II経過1.治療開始初期の不安に対するケア当院初診時には,前医での説明から前向きな治療はできないという絶望感や,父親と同様に視覚的な症状が進行することへの不安などがあった.また,レーザー光凝固術や蛍光眼底造影検査を受けること自体にも不安があった.これらの不安を看護師が傾聴し,さらに治療と検査の詳細については補足説明を行った.残った不安には,再度医師が必要性や方法を説明し理解が得られた.看護師は,患者がこれ以降の検査・診察を安寧に受けられるよう,携わる職員間で情報を共有した.必要と思われる際図1初診時の眼底写真と光干渉断層計(OCT)画像多数の網膜新生血管と増殖組織を認める.OCTでは,増殖組織による網膜の牽引と浮腫を認める.(福田分類B5) 表1入院中の手術および屈折変化(1)右眼左眼入院1日目0.1(0.3×.1.50D)0.1(0.5×.1.25D(cyl.1.00DAx180°)入院2日目硝子体手術+シリコーンオイル注入─入院6日目0.02(0.2×+5.50D(cyl.1.50DAx50°)0.1(0.3×.2.00D(cyl.1.00DAx170°)入院9日目─硝子体手術+シリコーンオイル注入入院15日目0.1(0.2×+5.50D(cyl.1.00DAx20°)0.05(0.1×+5.00D)眼鏡処方度数+5.50D(cyl.1.00DAx20°+5.00D表2入院中の手術および屈折変化(2)右眼左眼入院1日目0.02(0.6×+5.50D)0.01(0.15×+6.00D(cyl.1.50DAx150°)入院2日目シリコーンオイル抜去─入院7日目0.08(0.4×.3.50D)0.1(0.3×+6.00D(cyl.1.50DAx150°)入院9日目─シリコーンオイル抜去入院14日目0.1(0.3×.3.00D)0.08(0.2×.5.00D)入院15日目0.06(0.4×.3.50D)0.06(0.2×.4.00D)眼鏡処方度数.3.50D.4.00Dには検査や診察に同席し,不安の軽減を図ることとした.硝子体手術までに外来で計5回のレーザー光凝固術を実施したが,治療後には必ず看護師のところへ立ち寄り,不安な点や気持ちを訴えたため,その都度傾聴した.繰り返し対話を行うことで,糖尿病の治療の重要性を理解し,網膜症治療へ前向きに取り組む傾向がみられた.2.治療費に関する心配についてのケア患者の通院にかかる交通費は往復5,000円であった.患者は自営業で家具職人をしており,視力低下により就業困難な状態であったため,収入面での不安があった.網膜症の状態から,レーザー光凝固術は数回行う必要があり,治療方針を説明する際,医師は通院のしやすさと交通費に配慮し,レーザー光凝固術は近医でも施行可能であると説明した.患者は当院での施行を希望したため,医師の指示により,医療相談担当者から高額療養費制度についての説明をした.話をすると制度の利用により経済的な問題は解決することがわかり,「すごく気が楽になった」と笑顔がみられた.通院治療を継続し,予定どおりレーザー光凝固術を実施した.3.自宅での療養に関するケア患者に日常生活の聞き取りをしてみると,自己管理に不十分な点がみられた.内科から受けた説明や指導内容を理解もしくは実施していないと判断し,当院においても看護師がフットケアやインスリン注射を含めた指導を実施した.今後,視機能が低下しても自宅で療養を行えるよう,妻を同席させた.フットケアは爪の切り方や観察ポイントをイラスト入りの用紙を用いて説明した.インスリン注射は正しい手順で行っていなかったため,衛生的に正しく注射ができるようになることを目標に内科の指導を補足した.入院による硝子体手術が予定されていたため,指導内容は外来看護師と病棟看護師で共有した.4.手術後および入院期間のケア上記のケアを行ったのちに,入院2日目に右眼増殖網膜症に対し硝子体手術を施行し,シリコーンオイルを注入した.入院9日目には左眼の手術を施行し,両眼に屈折の変化が生じ遠視化した(表1).入院中,術前は遠方の家族との連絡に携帯電話のメール機能を使い,仕事に関する指示などを伝えていた.術後は遠視化のため携帯電話の画面が見えなくなり,視覚の急な変化と連絡が取れなくなってしまったことから,焦りと不安が増した.この変化に対し,患者は看護師に不安を訴えた.そして光学的補助具(拡大鏡)の選定を希望した.看護師が視能訓練士に相談し,視能訓練士から医師へ報告した.医師の指示のもと光学的補助具を選定し,貸し出しを行った.病室で拡大鏡(エッシェンバッハブラックルーペR)3.5倍(10D75×50mm)と4倍(16D70mmf)と検眼枠に検眼用レンズを挿入した仮眼鏡をともに使用することで,携帯電話の画面や測定した血糖値を見ることができた.しばらく使用してみると,「携帯電話の画面とボタンが同時に見えない」,「携帯電話画面以外の物もよく見たい」といった不都合や希望が生じたので,再検査をして補助具を変更した.術後の両眼遠視化については,退院後の生活に必要である眼鏡を退院前日に処方した.入院中に使用していた拡大鏡を貸出し,退院後に自宅で5日間試用した.つぎの来院日にクリップ式の拡大鏡(エッシェンバッハラボ・クリップR両眼用)3倍と比較し,日常生活と就業時の使いやすさや満足度を確認したうえでク(120) リップ式の拡大鏡を購入した.硝子体手術から約3カ月後,注入したシリコーンオイルを抜去した.手術後は,両眼とも遠視から近視に大きく変化したため,それまでより裸眼で近方が見やすくなったが,遠方は見えにくくなった.しばらくは屈折度の変化が予測されるが,これまでの眼鏡は使用できないため退院時に新しい眼鏡を装用して帰りたいと強い希望があり,眼鏡処方を行った(表2).装用感は良く,満足していた.術後の定期受診の際,眼鏡の装用感や屈折度の変化に合わせて,眼鏡を再作製した.III考按糖尿病と診断された患者のうち,網膜症の合併症があるのは1割で,そのうち治療を受けている人は7割である.過去のデータからは増加しており1),通院しているにもかかわらず,血糖コントロールがうまくいかないなどの問題から視覚障害をきたす場合も多い.QOLの低下が生じることにより,日常生活の援助や精神的なケアが必要となる.何より糖尿病自体の進行予防が可能になるよう,患者個人に合わせたケアも求められる4).また,受けたケアが患者の満足するものになるかどうかは,患者と医療従事者の信頼関係に大きく左右される.今回の症例は,当院受診当初は治療に望みをもっておらず,常に悲観的であった.しかし,患者自身が感情を発信する場を確立し,医師と看護師が傾聴した結果,患者に安心して治療を受けられる心理的基盤が完成した.かかわるスタッフへの信頼があったからこそ,自身の「不自由」や「不便」を訴え,それを受けて多職種で援助ができた.治療の継続において,経済的な問題は必然的に発生する.網膜症による視覚障害者の場合,合併症による全身状態が原因で就業が困難になり,再就職はきわめて困難な場合が多い5).経済的な面からも,仕事が継続できるような支援が必要で,必要に応じ早い段階からの介入を行う.現在の仕事を継続するという観点からも,ロービジョンケアや視覚障害に対する援助は,患者が必要とした時期に迅速に開始することが望ましい6).「見えなくなった」,「できなくなった」という不自由や不安を放置することで精神的に追い詰められるため,ケアの導入時期も大きなポイントである.本人へのケア以外に,患者を傍らでサポートする周囲の家族や関係者への情報提供も重要である.負ってしまった視覚障害により「読み書き」ができなくなるとQOLの低下が生じる.しかし,見えないことでインスリン注射や血糖値の自己チェックなど,糖尿病自体の管理が困難になると,腎症,神経障害や心筋梗塞などの合併症発症の危険度が増す.周囲の者に病態や管理上の注意点を早期から伝え,患者本人を適切に支えることで,全身疾患である糖尿病の正しい確実な管理が可能となる.網膜症の患者に限らず,患者一人ひとりの心理的ケアを進めていくには,専門職のチームによる総合的なケアが求められる7).とくに中途視覚障害者への援助は,ニーズを正確に把握し,それに対する情報提供をすることで患者のQOL向上をもたらす8).看護師,医療相談担当者,視能訓練士のほか,薬剤師や栄養士などを含めた多職種が専門分野で患者に携わり,その内容をチームとして共有することで,患者に必要な情報だけでなく,患者がそのときに必要としている情報を適時的確に提供することが可能となる.自ら発信ができない患者にも同様の支援を行うために,すべてのコメディカルが,患者の不安や問題点を診察や検査など在院中の様子から見出し,適切な声掛けと傾聴を行えるようにすることが今後の課題である.IV結論医師とコメディカルが連携を取り,医師の指示のもと心理的,経済的,視覚に関するケアをそれぞれ看護師,医療相談担当者,視能訓練士が継続して行ったことで,患者の満足が得られる適切な情報提供ができた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)厚生労働省健康局:平成19年国民健康・栄養調査報告2)石井均:糖尿病網膜症患者の心理と治療.眼紀47:22-27,19963)中村桂子:糖尿病によるロービジョン患者のものの見え方,見えにくさの評価.看護技術48:34-40,20024)諸橋由美子,杉田和枝,百田初栄ほか:視覚障害をもつ糖尿病患者への援助.眼紀48:36-40,19975)山田幸男,平沢由平,大石正夫ほか:中途視覚障害者のリハビリテーション第8報─視覚障害者の就労─.眼紀54:16-20,20036)山田幸男,大石正夫,土屋淳之:糖尿病のロービジョンケア─その実践と課題─.看護技術48:24-27,20027)荒井三樹:糖尿病網膜症による視力低下患者の自立支援─リハビリテーション─.眼紀56:311-315,20058)田中恵津子:眼科臨床における中途視覚障害者に対する対応.日視会誌31:83-88,2002***(121)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015293