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市販多目的用剤とコンタクトレンズの組み合わせによる細胞毒性の比較検討

2011年3月31日 木曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY(113)421《原著》あたらしい眼科28(3):421.424,2011cはじめにわが国のコンタクトレンズ(CL)使用者は,1,500万人を超えるといわれており,ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用者のなかでは頻回交換ソフトコンタクトレンズ(FRSCL)の使用が最も多い1).一方で,多目的用剤(マルチパーパスソリューション:MPS)をはじめとするCL消毒剤の種類は,眼科医でもすべてを把握することが困難なほど増加している.特に,MPSはSCLに対して使用される消毒剤の約90%を占める2).MPSは1剤で,消毒,洗浄,すすぎ,保存ができる簡便性の高いケア用剤であるが,煮沸消毒や過酸化水素消毒などに比べ消毒効果が弱いといわれている3).近年,それぞれのMPSの消毒効果や眼表面組織への細胞毒性に違いがあることが報告されている4).このような状況のなかで,FRSCLとMPSの適合性によって発生したと思われる角膜〔別刷請求先〕伊勢ノ海一之:〒241-0811横浜市旭区矢指町1197-1聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院眼科Reprintrequests:KazuyukiIsenoumi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicineYokohamaCitySeibuHospital,1197-1Yasashicho,Asahi-ku,Yokohama-shi,Kanagawa241-0811,JAPAN市販多目的用剤とコンタクトレンズの組み合わせによる細胞毒性の比較検討伊勢ノ海一之*1工藤昌之*2松澤亜紀子*3井出尚史*1上野聰樹*3*1聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院眼科*2工藤眼科クリニック*3聖マリアンナ医科大学医学部眼科学教室ComparisonofCytotoxicEffectsofCombinationsofCommercialMultipurposeSolutionsandContactLensesKazuyukiIsenoumi1),MasayukiKudo2),AkikoMatsuzawa3),NaofumiIde1)andSatokiUeno3)1)DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicineYokohamaCitySeibuHospital,2)KudoEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine目的:各種頻回交換ソフトコンタクトレンズ(FRSCL)を用いて,各種市販多目的用剤(マルチパーパスソリューション:MPS)処理後のレンズからの抽出物の細胞毒性を比較検討した.方法:V79細胞にMPS製剤処理後のレンズからの抽出物を加え培養した.その後,ギムザ染色でコロニーを染色しその数を数えた.結果:レニューRマルチプラスで処理した2ウィークアキュビューRのレンズ抽出物100%では,他のMPS(エピカコールド,ピュラクルR,オプティ・フリーR)と2ウィークアキュビューRのレンズ抽出物100%に比べてコロニー形成率が有意に低かった.他のレンズ(O2オプティクス,アキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTM)と各MPSにおけるレンズ抽出物のコロニー形成率に有意差は認めなかった.結論:消毒剤とSCLの組み合わせにより細胞毒性が異なる可能性が示唆された.Objective:Tocomparethecytotoxicitiesofsolutionsextractedfromsoftcontactlenses(CL)processedwithvariouscommercialmultipurposesolutions(MPS).Methods:WeextractedsolutionsfromCLprocessedwithvariousMPS,addedtheextractsolutionstoV79cells,andculturedthem.WethenusedGiemsastainingtocountthecoloniesthatformed.Results:Platingefficiencywassignificantlylowerin100%extractsolutionfromamediumof2-weekAcuvueRprocessedwithRenuRMultiplusthanin100%extractsolutionfrommediaofotherMPSand2-weekAcuvueR.WefoundnosignificantdifferencesbetweentheplatingefficienciesofextractsolutionsfromotherlensesandfromlensesprocessedwithvariousMPS.Conclusion:TheresultsofthisstudysuggestthatdifferentcombinationsofdisinfectantsandCLmayhavedifferenttoxicities.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(3):421.424,2011〕Keywords:ソフトコンタクトレンズ,市販多目的用剤,細胞毒性,V79細胞.softcontactlens,multipurposesolutions(MPS),cytotoxicity,V79cells.422あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(114)障害の報告が散見される5,6).工藤らは,シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズ(SHCL)であるO2オプティクスのレンズケアに塩酸ポリヘキサニド(PHMB)を主成分とするMPSを使用すると,過酸化水素消毒や塩化ポリドロニウムを主成分とするMPSに比べて,角膜ステイニングの発生率が高いという結果を報告し,その原因は,レンズに残留しているMPSが影響していると考えた7).そこで今回筆者らは,4種類のFRSCLを用いて各種MPS処理後のレンズからの抽出物の細胞毒性を比較検討した.I方法試験レンズには,従来素材の含水性SCL(ハイドロゲルSCL)とSCHLを用いた.ハイドロゲルSCLはFDA(米国食品・医薬品局)グループIVレンズ(イオン型高含水レンズ)の1種(2ウィークアキュビューR),SHCLはFDAグループⅠレンズ(非イオン型低含水レンズ)の3種(O2オプティクス,アキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTM)を用いた(表1).MPSにはレニューRマルチプラス,エピカコールド,ピュラクルR,オプティ・フリーRを用いた.MPSの消毒成分とその濃度を表2に示す.ブリスターパックからレンズを取り出し,余分な水分を取って包埋カセット内に静置した.カセットに入れた16枚を100mlのHDPE(高密度ポリエチレン)滅菌ボトルに入れた.このボトルにMPSを添加し,25℃で48時間浸漬した後,MPSを破棄した.その後レンズを取り出し,各検体の表面積6cm2に対してM05培地を1mlの割合で加えて,37℃の5%CO2インキュベータで2時間抽出した.抽出した液を100%レンズ抽出物とし,M05培地で2倍希釈したものを50%レンズ抽出物とした.細胞株はJCRB0603(以下,V79細胞)を用いた.V79細胞をトリプシン処理して培地に播種した.培地を37℃の炭酸ガス培養器内に入れ,24時間静置した後に培地を破棄し,100%と50%のレンズ抽出物を加えて,さらに炭酸ガス培養器で7日間培養した.その後,10%ホルマリン溶液を加えて固定し,ギムザ染色でコロニーを染色しコロニー数を計測した.MPS処理していないレンズの抽出物で培養したものをコントロールとした.それぞれのレンズにおいて,各MPS群の平均コロニー数をコントロール群の平均コロニー数で除して100%換算しコロニー形成率とした.レンズごとに各MPSのコロニー形成率を比較検討した(n=3).統計解析はFisherのPLSD(protectedleastsignificantdiffence)検定を採用した.p値が0.05以下を統計学的な有意差があると判定した.表3各レンズとMPSの抽出物における平均コロニー数(コロニー数/ウェル)抽出液濃度(%)2ウィークアキュビューRO2オプティクスアキュビューRアドバンスTMアキュビューRオアシスTMレニューRマルチプラス5078.377.381.777.710059.372.077.076.0エピカコールド5078.382.380.078.010094.387.387.385.0ピュラクルR5071.780.377.374.310080.080.379.382.3オプティ・フリーR5077.076.379.372.710084.784.782.776.0M05培地5078.783.085.373.310087.082.085.371.3表1使用したコンタクトレンズの材質分類(米国FDA)低含水性高含水性非イオン性グループIO2オプティクスアキュビューRアドバンスTMアキュビューRオアシスTMグループIIイオン性グループIIIグループIV2ウィークアキュビューR表2各MPSの消毒成分濃度レニューRマルチプラスエピカコールドピュラクルRオプティ・フリーR販売メーカーボシュロム・ジャパンメニコン日油株式会社アルコン消毒成分0.00011%塩酸ポリヘキサニド0.0001%塩酸ポリヘキサニド0.0001%塩酸ポリヘキサニド0.0011%塩化ポリドロニウム(115)あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011423II結果実験結果を表3および図1.4に示す.レニューRマルチプラスで処理した2ウィークアキュビューRのレンズ抽出物100%は,他のMPSで処理した2ウィークアキュビューRのレンズ抽出物100%に比べてコロニー形成率が有意に低かった.他のレンズ(O2オプティクス,アキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTM)と各MPSにおけるレンズ抽出物のコロニー形成率に有意差は認めなかった.III考察MPSとSHCLの適合性による角膜障害の報告は,工藤らのO2オプティクスとMPSの組み合わせによって角膜ステイニングが異なるという報告7)や,植田らの各種MPSとO2オプティクスとの組み合わせのうちレニューRマルチプラスは角膜ステイニングが強く認められるという報告8)がある.今回の筆者らの実験でも,レニューRマルチプラスで処理したO2オプティクス,アキュビューRアドバンスTM,アキュビューRオアシスTMの抽出物は,他のMPSで処理した同じ3種類のSHCLの抽出物に比べて,コロニー形成率に有意差は認められないもののコロニーの大きさが小さく染色の程度が薄い傾向があった.さらに,今回の筆者らの結果では,レニューRマルチプラスで処理した2ウィークアキュビューRのレンズ抽出物100%は,他のMPSで処理した2ウィークアキュビューRのレンズ抽出物100%に比べて有意にコロニー形成率が低下しており,MPSとSCLの組み合わせによる細胞毒性の違いは,SHCLに限った変化ではないことが示唆された.レニューRマルチプラスで処理した2ウィークアキュビューRのレンズ抽出物が,他のSCLからのレンズ抽出液に比べてコロニー形成率が低く細胞毒性が高い原因としては,PHMBはプラスに帯電しているためイオン性のレンズは非イオン性のレンズと比べてPHMBがレンズ内に取り込まれやすいこと,レニューRマルチプラスのPHMBの濃140120100806040200レニューRマルチプラスエピカコールドピュラクルRオプティ・フリーR□:抽出物50%■:抽出物100%n=3コロニー形成率(%ofcontrol)図4アキュビューRオアシスTMと各MPSの抽出物におけるコロニー形成率(%)120100806040200**p*p**pレニューRマルチプラスエピカコールドピュラクルRオプティ・フリーR□:抽出物50%■:抽出物100%n=3*p<0.05**p<0.01コロニー形成率(%ofcontrol)図12ウィークアキュビューRと各MPSの抽出物におけるコロニー形成率(%)120100806040200レニューRマルチプラスエピカコールドピュラクルRオプティ・フリーR□:抽出物50%■:抽出物100%n=3コロニー形成率(%ofcontrol)図3アキュビューRアドバンスTMと各MPSの抽出物におけるコロニー形成率(%)120100806040200レニューRマルチプラスエピカコールドピュラクルRオプティ・フリーR□:抽出物50%■:抽出物100%n=3コロニー形成率(%ofcontrol)図2O2オプティクスと各MPSの抽出物におけるコロニー形成率(%)424あたらしい眼科Vol.28,No.3,2011(116)度が他のMPSに比べて高いことが関係していると考えられる.MPSの消毒成分には,PHMBと塩化ポリドロニウムの2種類があり,大部分のMPSにはPHMBが使用されている.PHMBの特徴としては広い抗菌スペクトルをもち,以前より点眼薬の防腐剤やプールの消毒剤として使用されていることから,人体への安全性が高いことが知られている9).MPSには,消毒成分以外にも界面活性剤,キレート剤,緩衝剤,等張剤,粘稠剤などの成分が配合されており,消毒成分の濃度はメーカーによって異なることから,MPSの種類により消毒効果や角膜上皮への影響が異なる可能性が考えられる.今回の結果からMPSとFRSCLの組み合わせによりレンズ抽出物の細胞毒性に差が認められた.消毒剤の細胞毒性により角膜上皮のバリアが障害された場合は,そのバリア破綻部から角膜感染をきたす可能性があるためMPSとFRSCLの組み合わせには注意が必要である可能性が示唆される.しかし,SCL使用時に角膜上皮障害を起こす原因は,消毒剤の毒性のほかに,SCLの機械的刺激,SCLの汚れ,角膜上皮の代謝異常,酸素不足などさまざまな要因が関係しており,実際には各因子別の評価はむずかしい.今回の筆者らの実験は,MPS処理後のレンズ抽出物を使用して細胞毒性を観察することにより,通常使用しているのに近い状態のMPSにおける細胞毒性を各レンズに対して比較検討できたと考えられる.しかし,invitroの実験であるため生体内での反応とは異なる可能性はある.ケア方法を選択する場合にまず消毒効果が重要であるが,今回の結果から消毒剤とSCLの組み合わせも考慮にいれる必要があると考えられた.今回は,invitroでの評価として各MPS処理後のレンズからの抽出物における細胞毒性を比較検討したが,今後はこの試験の結果と生体における影響との相関を検討する必要がある.文献1)日本コンタクトレンズ協議会:インターネットを利用したコンタクトレンズ装用者のコンプライアンスに関するアンケート調査.日本の眼科81:394-407,20102)水谷由紀夫:海外のマルチパーパスソリューションの現状.あたらしい眼科23:873-878,20063)水谷聡:MPS使用者にみられるコンタクトレンズトラブルについて教えてください.あたらしい眼科20(臨増):166-168,20034)柳井亮二,植田喜一,西田輝夫ほか:市販多目的用剤の消毒効果と細胞毒性の比較.日コレ誌49:13-18,20075)JonesL,MacDougallN,SorbaraLG:Asymptomaticcornealstainingassociatedwiththeuseofbalafilconsiliconehydrogelcontactlensesdisinfectedwithapolyaminopropylbiguanidepreservedcareregimen.OptomVis79:753-761,20026)KhorWB,AungT,SawSMetal:AnoutbreakofFusariumkeratitisassociatedwithcontactlenswearinSingapore.JAMA295:2867-2873,20067)工藤昌之,糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒との相性.あたらしい眼科22:1349-1355,20058)植田喜一,稲垣恭子,柳井亮二:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:187-191,20079)白石敦:マルチパーパスソリューション(MPS)の現状と問題点.日本の眼科79:727-732,2008***