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MIRAgel®による強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例

2015年9月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科32(9):1359.1362,2015cMIRAgelRによる強膜内陥術後20年以上経過した眼球運動障害の2例林理穂吉田達彌小野久子鷲尾紀章土田展生幸田富士子公立昭和病院眼科TwoCasesofImprovedEyeMovementafterMIRAgelRExtractionRieHayashi,TatsuyaYoshida,HisakoOno,NoriakiWashio,NobuoTsuchidaandFujikoKodaDepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital背景:強膜内陥術に用いられたバックル素材MIRAgelR(マイラゲル)は,術後に膨化・変性し晩期合併症をきたすことが知られている.今回,術後長期間を経て眼球運動障害を発症し,マイラゲルの摘出術を行った2例を経験したので報告する.症例:症例1は43歳,男性.1992年にマイラゲルによる左網膜.離手術の既往がある.2013年に複視を自覚し,紹介受診.左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼球運動障害は速やかに改善した.症例2は65歳,男性.1993年に同様の左網膜.離手術の既往がある.左眼の上転を自覚し,2014年に紹介受診.左上斜視および左眼球運動障害がみられた.マイラゲル摘出術を施行したところ,眼位・眼球運動障害は著明に改善した.結論:マイラゲルによる網膜.離術後約20年もの長期間を経過した眼球運動障害の2症例を経験したが,いずれも摘出術後早期に顕著な改善が得られた.Purpose:Toreport2casesofimprovedeyemovementafterMIRAgelRextraction.CaseReports:Case1involveda43-year-oldmalewhopresentedwithswellinginhisupperlefteyelidanddiplopiain2013.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryforretinaldetachmentinhislefteyein1992.AfterMIRAgelRwasextracted,movementinthateyerapidlyimproved.Case2involveda65-year-oldmalewhopresentedwithleft-eyehypertropiaandmovementdisorderin2014.Hehadpreviouslyundergonescleralbucklingsurgeryinthateyein1993.AfterMIRAgelRextraction,thestrabismusandmovementdisorderinthateyesignificantlyimproved.Conclusions:Thefindingsofthisstudyshow2casesofeyemovementdisorderthatoccurredmanyyearspostretinaldetachmentsurgerythatimmediatelyimprovedafterMIRAgelRextraction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(9):1359.1362,2015〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,眼球運動障害.MIRAgelR,scleralbuckling,eyemovementdisorder.はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は1980年頃にRefojoら1)により開発された強膜内陥術用のハイドロゲル性のバックル材料である.異物反応がほとんどなく化学的に安定していると考えられたこと,適度な弾力性があり均一な強膜内陥が作られるため死腔ができにくいこと,抗生物質を吸収しかつ徐放するため感染のリスクが低いと考えられたことなどから,当初理想的なバックル素材として使用された1.3).しかし1997年にHwangら4)によってマイラゲルを使用した強膜内陥術10年後に眼球運動障害と複視が出現した症例が発表されて以来,晩期合併症の報告がみられるようになった.わが国では1980年代後半から2000年頃にかけて一部の施設で使用されていたが,2000年以降に晩期合併症が多数報告されるようになり,日本眼科学会から使用注意喚起が行われた5).以後は使用されなくなったものとみられるが,術後長期間を経てエクストルージョン(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する状態5))をはじめとした晩期合併症の報告が相次いでいる6,7).症状としては複視,異物感,眼窩内充満感などがある8).今回強膜内陥術後20年以上経過した症例に眼球運動障害がみられたが,マイラゲル摘出後早期に著明な改善が得られた2例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕林理穂:〒187-8510東京都小平市花小金井8-1-1公立昭和病院眼科Reprintrequests:RieHayashi,DepartmentofOphthalmology,ShowaGeneralHospital,8-1-1Hanakoganei,Kodaira-city,Tokyo187-8510,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(131)1359 I症例〔症例1〕43歳,男性.主訴:左眼の異物感と右方視時の複視.既往歴:1992年に公立昭和病院眼科(以下,当科)にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けた.手術記録によると#906のマイラゲルが10時から2時方向に縫着されていた.現病歴:2013年頃より左眼の異物感と右方視での複視を自覚するようになり,2013年11月に近医を受診したところ左眼上眼窩部腫瘤と眼球運動障害を指摘され,精査・加療目的にて2013年12月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜位,視力は右眼(1.0),左眼(1.0),眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmgであった.左眼窩部の鼻側から上方に腫瘤を触知し,同部位の球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物がみられた(図1A).眼底には左眼の上方,特に上鼻側に非常に強い隆起を認めたが,眼内へのバックルの露出はみられなかった.Hess赤緑試験では左眼において全方向で眼球運動障害がみられた(図2A).Magneticresonanceimaging(MRI)ではT2強調画像にて,腫瘤を触知した部位と一致する左眼窩上鼻側から上耳側にかけて境界明瞭で内部が均一の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいた(図1B).図1症例1,2隙灯顕微鏡所見およびMRI画像(T2強調画像)A:結膜下に灰白色の隆起物を認める.B:眼窩内の上鼻側から耳側にかけて境界明瞭で内部が均一性の高信号領域が抽出され,とくに鼻側延長上で眼球に強く食い込んでいる所見がみられる.C:下耳側球結膜下に灰白色の隆起物を認める.D:境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿ってみられ,下直筋の外側まで伸展している.1360あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015ABCDA経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼上眼窩部腫瘤および眼球動障害と診断し,2014年1月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.マイラゲルは脆弱化しており,鑷子による把持が困難であったため,強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日より左上眼窩部腫瘤は消失し,術後2日目で施行したHess赤緑試験では,眼球運動障害が全方向で著明に改善していた(図2B).〔症例2〕65歳,男性.主訴:左眼の眼位異常.既往歴:1993年に当科にて左裂孔原性網膜.離に対し,強膜内陥術を受けていた.手術記録によると#907のマイラゲルが2時から5時方向に縫着されていた.現病歴:2012年頃より左上斜視を自覚するようになったため,2014年7月に近医を受診したところ,左上斜視を指摘され,精査・加療目的にて2014年8月に当科を紹介受診した.初診時所見:眼位は左上斜視,視力は右眼(1.0),左眼(0.4),眼圧は右眼8mmHg,左眼17mmHgであり,眼圧の左右差がみられた.左眼下耳側球結膜下にバックル材料と考えられる灰白色の隆起物を認めた(図1C).眼底は上耳側から下耳側にバックルの隆起と色素沈着がみられたが,眼内B図2症例1のHess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動障害がみられる.B:術後2日目.わずかに外転・上転の制限はあるが全方向で改善している.(132) へのバックルの露出はみられなかった.左眼の上斜視が強くHess赤緑試験は不可能であったため,9方向眼位を図に示す(図3A).内転・外転・下転障害を認め,とくに下転はまったくできなかった.MRIでは,T2強調画像にて境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って抽出され,下直筋の外側まで伸展していた(図1D).経過:網膜.離に対する強膜内陥術の既往・手術記録およびMRI所見から,本症例は膨化・変性したマイラゲルによる左眼球運動障害と診断し,2014年9月に球後麻酔下にて経結膜的にマイラゲルを摘出した.症例1と同様に強膜穿孔に注意しながら鋭匙と冷凍凝固プローブを用い断片化して摘出した.術後経過:術翌日には左上斜視および内転・外転・下転障害は著明に改善し(図3B),また眼圧は7mmHgに低下した.II考按マイラゲルを使用した強膜内陥術後の晩期合併症としてエクストルージョンや眼球運動障害がみられるが,その症状は顕著であるため5),過去に強膜内陥術の既往がある症例に著しい眼球運動障害がみられた場合はマイラゲルの使用を疑う必要がある.治療としてはマイラゲルの摘出がある.手術を行う際はマイラゲルの位置および膨化の程度を確認するためにMRI撮影が有効であるとされている3.5).今回の2症例はともに過去の手術記録が残っていたため,マイラゲルの位置を推定できた.しかしながら,膨化したマイラゲルは当時の縫着部位を超えて大幅に拡大していたことがMRIにて術前に判明しており,とくに症例2においてはマイラゲルが下直筋の外側を通り下鼻側まで伸展していた.このことが術前に確認できていたため,手術の際は摘出に適した切開位置を選択し,下直筋を指標としてマイラゲルにアプローチすることが可能であった.さらにマイラゲルは断片化していたが,取り残すことなく下鼻側の断端まで廓清することができた.長期間経過したマイラゲルは膨化・変性し脆弱化しており,摘出する際は鑷子で把持することができず,ちぎれて断片化してしまうため,鋭匙や冷凍凝固プローブを用いることが推奨されている9).また,マイラゲルと接していた強膜が菲薄化している場合や,マイラゲルが変性して強膜と癒着している場合があり,摘出の際に強膜を損傷する恐れがある3,8).今回の2症例では前述の器具を用いたところ断片化したものを一つひとつ確実に除去することが比較的容易となり,また強膜穿孔などの合併症を起こすことなく摘出することができた.マイラゲルの摘出術後に眼球運動障害や複視の残存がみられるとの報告もあるが10),今回の2症例は強膜内陥術後20(133)AB図3症例2の9方向眼位A:左上斜視が顕著で,下転障害を主とする眼球運動制限がみられる.B:術翌日.左上斜視,内転・外転・下転障害の改善を認める.年以上と相当長期間経過していたにもかかわらず,摘出術後早期に眼球運動障害の著明な改善が得られ,複視の自覚はみられなかった.他のバックル材料による眼球運動障害は結膜やTenon.に侵襲する脂肪癒着症候群がおもな原因と考えられているが11.13),マイラゲルにおいては膨化による容積増大に伴う機械的な可動制限が主因であるために,このような早期の劇的な改善が得られたものと推察される.強膜内陥術にマイラゲルを使用された患者は,現在術後10年以上経過していると考えられる.今回筆者らが経験した2症例も術後20年以上が経過していた.これほどの長期間を経過した症例でも,マイラゲルを摘出することにより眼球運動障害の改善が期待できるため,マイラゲルを使用した強膜内陥術の既往がある場合は長期にわたる経過観察を行い,可能であれば摘出を考慮することが望ましいと考えられる.あたらしい眼科Vol.32,No.9,20151361 文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,2)MarinJF,TolentinoFI,RefojoMFetal:Long-termcomplicationsoftheMAIhydrogelintrascleralbucklingimplant.ArchOphthalmol110:86-88,19923)江崎雄也,加藤亜紀,水谷武史ほか:MIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例.あたらしい眼科30:16331638,20134)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19975)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20036)OshitariK,HidaT,OkadaAAetal:Long-termcomplicationsofhydrogelbuckles.Retina23:257-261,20037)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgelR(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療法の検討.眼臨紀3:12411244,20108)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53:103-111,20119)LeRouicJF,BejjaniRA,ChauvaudD:CryoextractionofepiscleralMIRAgelRbuckleelements.Anewtechniquetoreducefragmentation.OphthalmolSurgLasers33:237239,200210)星野健,松原孝,福島伊知郎ほか:ハイドロジェル(MIRAgelR)を使用した網膜.離手術の術後晩期合併症とその発症頻度についての検討.臨眼59:47-53,200511)HwongJM,WrightKW:Combinedstudyonthecausesofstrabismusaftertheretinalsurgery.KoreanJOphthalmol8:83-91,199412)黒川歳雄,大塚啓子,渕田有里子ほか:網膜.離に対する強膜バックリング術前後での眼位変化.臨眼56:15571562,200213)WrightKW:Thefatadherencesyndromeandstrabismusafterretinaldetachmentsurgery.Ophthalmology93:411-415,1986***1362あたらしい眼科Vol.32,No.9,2015(134)

裂孔原性網膜剝離術後に黄斑円孔を伴い再発した2症例

2014年11月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科31(11):1723.1726,2014c裂孔原性網膜.離術後に黄斑円孔を伴い再発した2症例三野亜希子香留崇堀田芙美香仙波賢太郎三田村佳典徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部眼科学分野TwoCasesofRecurrentRhegmatogenousRetinalDetachmentwithMacularHoleAkikoMino,TakashiKatome,FumikaHotta,KentaroSembaandYoshinoriMitamuraDepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool目的:裂孔原性網膜.離(RRD)術後に黄斑円孔を伴う再.離を生じた2症例を報告する.症例1:54歳,男性,右眼.RRDに対して25ゲージ経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)を施行した24日後に黄斑円孔を認め,その23日後RRDの再発を生じた.症例2:57歳,男性,右眼.RRDに対して強膜内陥術を施行した2週間後に黄斑円孔およびRRDの再発を認めた.経過:いずれの症例に対してもPPVを施行し内境界膜.離も行ったが復位しなかった.PPVと輪状締結術,部分バックルを併用して行い復位を得た.結論:RRD術後に黄斑円孔を伴う再.離を生じ,PPV単独では治癒しなかったことから強膜内陥術の併用を考慮する必要があると思われた.Purpose:Wereport2casesofrhegmatogenousretinaldetachment(RRD)thatrecurredwithmacularhole(MH)aftertheinitialsurgery.Casereport:Case1,a54-year-oldmale,underwent25-gaugeparsplanavitrectomy(PPV)withSF6gasinjectionintherighteyeforRRD.At24daysaftertheinitialsurgery,MHwasobserved;RRDrecurred23daysafterthat.Case2,a57-year-oldmale,underwentsegmentalbucklingintherighteyeforRRD;2weekslater,hepresentedwithrecurrentRRDandMH.Findings:BothpatientsunderwentPPVwithinternallimitingmembranepeeling,butretinalreattachmentwasnotachieved.RetinalreattachmentwasachievedafterPPVcombinedwithencirclingandsegmentalbuckling.Conclusion:IncaseofrecurrentRRDwithMH,PPVcombinedwithencirclingandsegmentalbucklingmaybeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(11):1723.1726,2014〕Keywords:裂孔原性網膜.離,黄斑円孔,強膜内陥術,経毛様体扁平部硝子体切除術,再発.rhegmatgenousretinaldetachment,macularhole,scleralbuckling,parsplanavitrectomy,recurrence.はじめに裂孔原性網膜.離(RRD)に対する初回手術では約90%で復位が得られるが1),再発例は難易度が高い.再手術の術式については明確なコンセンサスが得られていないが,近年は結膜への侵襲の少ないスモールゲージ経毛様体扁平部硝子体切除術(parsplanavitrectomy:PPV)の普及と発達に伴いPPV単独が選択される傾向があると思われる.また,黄斑円孔(macularhole:MH)を併発して再.離したRRD症例の報告は少ない2,3).今回筆者らは,RRDの術後にMHを伴って網膜.離が再発した2症例を経験し,いずれもPPV単独では治癒せず,PPVと強膜内陥術の併用が必要だったので報告する.I症例〔症例1〕54歳,男性.主訴:右眼視力低下,下方視野欠損.既往歴:両眼前.下白内障.現病歴:平成24年5月より右眼の下方視野欠損を自覚し,翌日近医を受診し右眼RRDおよび左眼萎縮性網膜円孔を指摘された.左眼に網膜光凝固を施行されたのち,徳島大学眼科を紹介受診した.初診時所見:視力は右眼20cm手動弁(矯正不能),左眼0.15(0.8×sph.5.00D(cyl.0.75DAx140°).眼圧は右眼10mmHg,左眼13mmHg.右眼は12時方向の格子状変性辺縁に萎縮円孔と9時方向に弁状裂孔があり,1時から6時〔別刷請求先〕三野亜希子:〒770-8503徳島市蔵本町3丁目18-15徳島大学眼科Reprintrequests:AkikoMino,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InstituteofHealthBiosciences,TheUniversityofTokushimaGraduateSchool,3-18-15Kuramoto-cho,Tokushima770-8503,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(157)1723 の領域を除く耳側に黄斑を含む丈の高い網膜.離を認めた.硝子体混濁を伴っており,増殖硝子体網膜症gradeAと診断した(図1).治療経過:初診翌日25ゲージPPV,白内障手術を行った.液体パーフルオロカーボンは使用しなかった.20%SF6(六図1症例1の初診時眼底写真(右眼)上方の格子状変性辺縁に萎縮円孔と耳側に弁状裂孔があり,黄斑を含む胞状の網膜.離を認めた.ab図2症例1の初回術後24日の所見網膜は復位しているが,黄斑円孔を生じている.a:眼底写真.b:光干渉断層計像.フッ化硫黄)によるガスタンポナーデを行い手術を終了した.術後に網膜は復位したが,術後20日目の受診時右眼に黄斑円孔を認めた(図2a,b).術後41日目診察時,下方に網膜.離を生じており前回手術時に行った網膜光凝固斑に一致する小裂孔を複数認めた(図3a,b).初回手術後46日目に25ゲージPPVを行い,インドシアニングリーンを用いて黄斑周囲の内境界膜.離,シリコーンオイルタンポナーデを行った.術後黄斑円孔は閉鎖せず,下方に網膜.離も残存したため,初回手術後161日目25ゲージPPVおよび強膜内陥術を行った.輪状締結術および下方4時から8時にかけて円周バックルを縫着し,14%C3F8(八フッ化プロパン)によるガスタンポナーデを行った.術後網膜.離は治癒したが,MHは開存している.視力の改善は見込めないと判断し,追加手術は行っていない.最終手術1年後右眼矯正視力は(0.2)である.〔症例2〕57歳,男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:なし.現病歴:平成22年10月から右眼視力低下を自覚し,近医でRRDを指摘され,徳島大学眼科を受診した.初診時所見:視力は右眼30cm手動弁(0.01×sph+18.00D),左眼1.5(矯正不能).眼圧は右眼14mmHg,左眼18ab図3症例1の初回術後41日の所見黄斑円孔に加え網膜.離の再発を認める.意図的裂孔に対して行われた眼内光凝固が過凝固となっている.a:眼底写真.b:光干渉断層計像.1724あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014(158) mmHg.眼軸長は右眼22.92mm,左眼22.79mmであった.右眼に黄斑を含む耳側半周の網膜.離を認めた.耳上側周辺部網膜に硝子体が強固に癒着した部分があり,その周囲に小さな円孔を6つ認めた.後部硝子体.離は中間周辺部で止まっており,周辺部は広範に硝子体の癒着が観察された(図4).治療経過:初診2日後に強膜内陥術を施行した.冷凍凝固および排液を行い,10時から1時方向に円周バックルを縫着した.術後残存した網膜下液は順調に吸収された.術後13日目の受診時,初回手術時の原因裂孔部分を含む耳側の網膜.離再発を認め,MHも生じていた(図5a,b).初回手術後18日目に20ゲージPPV,白内障手術を施行した.インドシアニングリーンを用いて黄斑周囲の内境界膜を.離した.網膜光凝固を追加し,12%C3F8ガスタンポナーデを行った.術後MHは閉鎖したが耳側および下鼻側周辺部に網膜下液が残存した.初回手術後68日目の受診時,MHは閉鎖したまま黄斑を含めて.離していたため(図6a,b)初ab図5症例2の初回術後13日の所見a:眼底写真.耳側から上方にかけて網膜.離の再発を認め,黄斑円孔を伴っている.b:光干渉断層計像.黄斑円孔周辺には増殖膜や硝子体による直接牽引を認めない.図4症例2の初診時眼底写真(右眼)黄斑を含む耳側半周の網膜.離を認め,耳上側周辺部に小さな円孔を6つ認めた.ab図6症例2の初回術後68日の所見a:眼底写真.2回目の再.離を認め黄斑部を含んでいるが,黄斑円孔はみられない.b:光干渉断層計像.黄斑部に網膜.離が及んでいるが,黄斑円孔の閉鎖は保たれている.(159)あたらしい眼科Vol.31,No.11,20141725 回手術後74日目に20ゲージPPVおよび強膜内陥術を施行した.シリコーンタイヤによる輪状締結術および耳側の5時から1時にかけて円周バックルを縫着し,シリコーンオイルタンポナーデを行った.術後,網膜は復位しMHも再発しなかった.初回手術後319日目にシリコーンオイルを抜去し現在まで経過観察している.最終手術の2年後右眼矯正視力は(0.07)であるII考按網膜.離の術後再発に対してどのような術式を選択するかについて明確な基準は定められていない.PPV単独とPPV・強膜内陥術の併用では手術成績に差はないとの報告がある4)ものの,症例ごとの病態に応じ慎重に検討する必要がある.硝子体牽引力が強いと予想される症例や,多発する網膜裂孔,広範な変性巣がある症例については特に輪状締結術の併用を検討するべきという指摘がある5).RRDの術後,0.32.2.0%の症例で残存硝子体の有無にかかわらずMHが生じることが知られており,内境界膜.離を併用した硝子体手術により約80%の症例で閉鎖が得られたと報告されている6.8).しかし,MHと網膜.離の再発が合併した症例の報告は少なく,Girardらの報告2)では初回の硝子体手術または網膜復位術の後6カ月以降に再発した51例中の1症例,田中らの報告3)では初回の硝子体手術の後に増殖硝子体網膜症gradeCとなった症例27例中の1症例がMHと再.離の合併例であったと報告されている.症例1は硝子体手術後で,明らかな網膜前膜などを認めないにもかかわらずMHを生じ,その後新たな周辺部裂孔を伴って再.離した.初回手術時にアーケード内に作製した意図的裂孔に対する眼内光凝固が過凝固となり同部位に瘢痕増殖が生じ接線方向の牽引によってMHが形成された可能性が考えられる.再発時の原因裂孔がMHなのか,周辺部の裂孔なのかは不明である.MHの形成に意図的裂孔に対する光凝固部位の瘢痕収縮が関与したのであれば,その牽引が強くなりMHから再.離した可能性は排除できない.一方,周辺部裂孔が原因であった可能性を支持する根拠としては網膜.離術後に発生する黄斑円孔で網膜.離の再発が合併するのは稀であること,また,本症例は中等度近視眼であり後部ぶどう腫や網脈絡膜萎縮を伴っていなかったことなどが挙げられる.RRDが硝子体手術後に再発する原因には,周辺部硝子体の不完全な切除や,薄い硝子体皮質の取り残しが指摘されている3,9).また,下方周辺部にははっきりとした網膜上の増殖膜形成を認めなかったが,網膜下に色素沈着を伴っていたことから,網膜下に軽度の線維増殖が生じていた可能性もある.ただし,術中にはっきりした網膜下増殖はみられなかったことから,これらの軽度の網膜下増殖による牽引が1726あたらしい眼科Vol.31,No.11,2014原因となって下方周辺部の裂孔形成および網膜.離の再発に至ったかどうかは不明である.症例2は強膜内陥術後,初発時と同じ部位に再.離を生じるとともにMHを生じていた.術後早期に黄斑円孔が生じる原因として,黄斑.離に伴う黄斑部網膜の萎縮性変化や初回手術時の直接的な黄斑部への侵襲が挙げられている7).本症例の初発時には黄斑.離はあったものの,初回手術は強膜内陥術であり黄斑へ直接的侵襲は加わっていないこと,眼軸は正常範囲内であることから黄斑部網膜が脆弱となる要因は乏しい.そのため周辺部への硝子体牽引がバックル効果を上回って網膜.離が再発した際に,黄斑に周辺部網膜からの牽引が加わってMHを生じた可能性が高いと考えている.いずれの症例も,PPV単独での再手術ではMHは閉鎖せず,網膜.離も再発した.部分バックルと輪状締結術を併用したPPVが必要であった.輪状締結術は郭清しきれなかった硝子体牽引や網膜の収縮を緩和する効果がある.MH形成との因果関係は証明できないものの,これら2症例では硝子体の牽引が非常に強かったことが示唆された.RRD術後にMHを伴って再.離を生じた場合,再手術時にはPPVと部分バックル,輪状締結術を併用したほうがよい可能性がある.今後,類似症例の蓄積によって再手術の術式についてのより詳細な知見を得たいと考えている.文献1)田川美穂,大島寛之,蔵本直史ほか:天理よろづ相談所病院における10年間の裂孔原性網膜.離手術成績.眼臨紀5:832-836,20122)GirardP,MayerF,KarpouzasI:Laterecurrenceofretinaldetachment.Ophthalmologica211:247-250,19973)田中住美,島田麻恵,堀貞夫ほか:硝子体手術既往のある増殖性硝子体網膜症における残存硝子体皮質.臨眼63:311-314,20094)RushRB,SimunovicMP,ShethSetal:Parsplanavitrectomyversuscombinedparsplanavitrectomy-scleralbuckleforsecondaryrepairofretinaldetachment.OphthalmicSurgLasersImagingRetina44:374-379,20135)塚原逸朗:〔理に適った網膜復位術〕OnePointAdvice輪状締結は必要か.眼科プラクティス30:94-95,20096)ShibataM,OshitariT,KajitaFetal:DevelopmentofmacularholesafterrhegmatogenousretinaldetachmentrepairinJapanesepatients.JOphthalmol:740591,20127)FabianID,MoisseievE,MoisseievJetal:Macularholeaftervitrectomyforprimaryrhegmatogenousretinaldetachment.Retina32:511-519,20128)矢合隆昭,柚木達也,岡都子ほか:硝子体手術後の続発性黄斑円孔の3例.眼臨紀4:772-776,20119)池田恒彦:網膜硝子体疾患治療のDON’T硝子体手術.眼臨紀2:820-823,2009(160)

MIRAgel®除去を必要とした強膜内陥術後の1例

2013年11月30日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(11):1633.1638,2013cMIRAgelR除去を必要とした強膜内陥術後の1例江.雄也加藤亜紀水谷武史小椋俊太郎森田裕吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学ExtractionofMIRAgelRExplantl8YearsafterScleralBucklingSurgeryYuyaEsaki,AkiKato,TakeshiMizutani,ShuntaroOgura,HiroshiMorita,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences背景:MIRAgelR(マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたバックル素材であるが術後に高率に変性・膨化を起こし,合併症の原因となる.今回18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.症例:32歳,男性.14歳のとき,左眼強膜内陥術を受け,その後長期にわたり無症状であった.2009年頃から左耳側下方眼瞼隆起を生じ,2011年1月近医を受診,同月当院を受診.初診時,左下眼瞼耳側と球結膜下耳側の隆起を認め,左眼はバックルのためと思われる著しい眼球運動障害があったが,除去希望なく経過観察とした.しかし自覚症状が悪化し,術前のMRI(磁気共鳴画像)でマイラゲルが疑われたため,2011年12月に除去手術を施行.局所麻酔下にて斜視鈎および鋭匙でマイラゲルを除去した.術後MRIにて少量のマイラゲル残存を認めたが,自覚症状および眼球運動障害は著明に改善した.結論:MRIはバックルの種類,位置,残留物の確認に有用であった.膨化したマイラゲルは摘出が困難であるが斜視鈎や鋭匙は除去に有用であった.Purpose:ToreportasuccessfulcaseofMIRAgelRremoval18yearsafterscleralbuckling.Patient:A32-year-oldmalenoticedleftlowereyelidmassin2009.Scleralbucklingprocedurehadbeendoneforretinaldetachmentinhislefteyein1993;therehadbeennosymptomsovertheyears.HewasreferredtoNagoyaCityUniversityhospitalin2011.Highprotrusionwasobservedintheleftlowereyelidandbulbarconjunctiva.Themovementofthelefteyewashighlylimitedbyexplantedscleralbuckle.However,thepatientpreferredobservation.Oneyearlater,hevisitedusagain,seekingremovalsurgery.Magneticresonanceimaging(MRI)suggestedMIRAgelexplants.TheMIRAgelwasextractedcarefullyusingacuretteandastrabismushook.Aftertheoperation,eyemovementwasdramaticallyimprovedinalldirections.Conclusion:MRIwasusefulforidentifyingthematerialandbucklelocation.ItwaspossibletoremovethedegradedMIRAgelsmoothlyandsafely,usingsuchinstrumentsasacuretteandastrabismushook.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(11):1633.1638,2013〕Keywords:マイラゲル,強膜内陥術,晩期合併症,magneticresonanceimaging(MRI).MIRAgelR,scleralbuckling,latecomplication,magneticresonanceimaging(MRI).はじめにMIRAgelR(以下,マイラゲル)は強膜内陥術に用いられたハイドロゲルのバックル素材で,1980年頃から米国で使用され始めた1,2).異物反応が起こりにくいこと,化学的な安定性が高いこと,強膜びらんを形成しにくい適度な弾力性があること,その保水性により抗生物質を吸収して術後に徐放するためシリコーンスポンジよりも感染の危険が少ないと考えられたことなどから,理想的なバックル素材とみなされた.そのためわが国でも1980年代後半から2000年頃まで強膜内陥術に用いられた3.6).当初Tolentinoら7)は術後6.53カ月までの経過観察では特に問題となる合併症はないと報告していたが,Hwangら8)によってマイラゲル使用10年後に起きた合併症の1例が1997年に報告されてから晩期合併症の報告が散見されるようになった9,10).おもな症状は眼瞼皮膚の腫脹あるいは結膜の隆起,異物感,眼球運動障害,複視,充血などであり,これはマイラゲルの膨化変性,脆弱化することによるものであり3,11),改善のためにはマイラゲルの除去が必要となる.しかし摘出の際に,変性・脆弱化し〔別刷請求先〕加藤亜紀:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:AkiKato,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)1633 たマイラゲルが断片化し,取り出すことが困難であることが知られている.今回筆者らは,強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験したので報告する.I症例患者:32歳,男性.主訴:左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害.既往歴:1993年(14歳)に左眼の裂孔原性網膜.離に対し,他院で強膜内陥術を受けた.網膜は復位し,その後長期にわたり無症状であったため眼科を受診していなかった.現病歴:2009年8月頃に左眼下眼瞼耳側の腫脹と左眼眼球運動障害を自覚するようになったが放置していた.しかし症状が悪化したため2011年1月8日近医を受診した.精査・加療目的で2011年1月24日名古屋市立大学病院眼科(以下,当科)紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.1(1.2×sph.7.00D),左眼0.06(0.3×sph.6.50D(cyl.4.00DAx135°).眼圧は右眼11mmHg,左眼12mmHg.前眼部,中間透光体は特記する異常はなかった.左眼下眼瞼耳側に腫瘤を触れ,耳側下方球AB結膜下にバックル素材と思われる灰色透明な隆起物がみられた.左眼の眼底検査では,耳上側から耳下側にかけて著しく高いバックル隆起を認めたが,眼内へのバックルの脱出はなかった.また左眼の眼球運動は全方向において著しく障害されていた(図1A).経過:強膜内陥術に使用されたバックル材料による左眼耳側下方腫瘤と左眼眼球運動障害と考え,バックル除去を勧めたが,本人の手術希望がなく経過観察となった.2011年11月28日に自覚症状が悪化したため再び当科を受診した.左眼下眼瞼耳側の腫瘤(図2A),耳側下方球結膜下のバックル材料による隆起(図2B)は初診時と著変はなく,視力も変化なかった.眼底検査では初診時同様,著しいバックル隆起を認めた(図3A).バックル除去手術を予定したが,異常な隆起性病変からマイラゲル膨隆を疑い,術前にMRI(磁気共鳴画像法)を施行したところT2強調画像において直径8mmを超える帯状の境界明瞭な高信号領域が眼球耳側半球に沿って描出され(図4A.C),縫合部位と思われるところのみ極端に狭まっていた.強い蛇行と変形を認め,マイラゲルであることが示唆された.2011年12月15日左眼バックル除去手術を施行した.局所麻酔下で結膜およびTenon.を注意深く切開し,線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルを露出し右眼左眼上上下下外外内右眼左眼上下上下外外内図1Hess赤緑試験A:初診時.左眼は全方向で眼球運動が障害されている.B:摘出術後.わずかに内転・上転の制限があるが全方向で改善している.1634あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(142) ABAB図2左眼細隙灯顕微鏡所見(2011年受診時)A:下眼瞼皮膚および眼瞼耳側下方に腫瘤がみられる.B:結膜.耳側下方結膜下にバックル素材による隆起を認める(矢印).AB図3左眼眼底所見(OptosR200Txを用いた広角眼底撮影)A:術前.耳上側から耳下側にかけて著しく高く隆起している.B:術後.バックル除去により隆起が軽減している.た(図5A).マイラゲルは下方から耳側,上方にかけて半周以上存在していたため,半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない部分については斜視鈎で圧出し除去した(図5B).マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している部分は鋭匙で,強膜穿孔に細心の注意を払いながら除去(図5C)していった.術中に採取され摘出したバックル材料(図5D)の一部を,付着組織を含めて病理組織診断を施行した.術後経過:術翌日より左下眼瞼隆起は改善し,眼球運動はわずかに内転・上転の制限を認めるものの全方向で改善していた(図1B).左眼矯正視力は0.3と術前から改善はなかったが眼底検査ではバックルによる隆起は著明に軽減していた(図3B).術後のMRIでは下部から耳側,上方にかけて少量のマイラゲルの残存がみられたが,大きな断片は認めなかった(図4D,E).摘出標本の病理組織像では,細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部に石灰化がみられ,マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた(図6).術後6カ月(143)後までの視力・眼圧,その他の所見は著変なく経過良好であった.II考按今回筆者らはマイラゲルを使用した強膜内陥術から18年後に眼球運動障害をきたし,バックル除去に至った症例を経験した.ハイドロゲルを原材料としたマイラゲルは,化学的な安定性・弾力性から理想的なバックル素材とみなされていたが,術後の膨化変性によりさまざまな合併症が生じて除去が必要となることから2003年には樋田らの報告3)を受けて厚生労働省からは注意喚起の通達が出ており,現在は販売中止になっている.樋田らの報告以外でも2000年前半までは,おもにマイラゲルを用いて強膜内陥術を施行していた医療機関からの合併症の報告が多くみられたが4,6,9.11),近年では報告されることが少なくなった.そのためマイラゲルの販売開始後も従来どおりシリコーンスポンジを使用しマイラゲルを使用していなかった地域・医療機関ではバックル素材としてあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131635 AABCDE図4MRIT2強調画像A~C:術前MRI.A)前額断,B)矢状断,C)水平断.境界明瞭な高信号領域が眼球上方から耳側および下方に沿って描出されており,バックル素材はマイラゲルであることが示唆された.D,E:術後MRI.D)前額断,E)多断面再構成画像.下部から耳側,そして上方にかけて少量のマイラゲルの残存を認める.ABCD図5術中写真A:線維被膜に覆われ膨隆したマイラゲルと,圧排され薄くなった下直筋が観察できる.B:斜視鈎によりマイラゲルを圧出した.C:圧出できない部分は鋭匙で摘出.菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている(矢印).D:摘出したマイラゲル.強い変性,膨隆を認める.斜視鈎で圧出された断片は比較的形状を保っているが,鋭匙で摘出された部分は細かく断片化している.1636あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(144) 図6摘出標本の病理組織像(HE染色)細胞成分に乏しい線維性組織の他,一部(矢印)石灰化を認めた.マイラゲル周囲に形成された線維性の被膜と思われた.のマイラゲルに対する認知度が低い.手術後長期経過例では診療録が残っていないことも多く,バックルの膨化に伴い徐々に症状が増悪するような場合には,その経過により眼窩腫瘍と間違われたという報告もある12).今後さらに時間が経過し,若い医師では知らない者がさらに多くなると予側されるため,引き続きマイラゲルの晩期合併症に対する注意喚起が必要であると思われる.強膜内陥術の既往のある患者でマイラゲルに特徴的な所見であるバックルのextrusion(バックルが結膜下に突出ないし結膜を破って露出する)や眼瞼皮膚の腫脹,あるいは眼球運動障害などの症状がみられたときにはマイラゲルによる合併症を疑い,診断・位置把握のため積極的にMRIを施行することが望ましい.膨化変性したマイラゲルは水分を多く含んでいるのでMRIT2強調画像において,境界明瞭な高信号としてバックルが描出される.一方,シリコーンスポンジでは低信号を示す13).MRIからマイラゲルによる合併症と診断された場合は早期の摘出が望ましいが,術後長期を経たマイラゲルは変質してもろくなり,鑷子などで把持して除去しようとしても,断片化してしまい取り出すことが困難である.このように変性したマイラゲルの摘出方法として忍足4)は術野を大きく広げたうえで,斜視鈎などで少しずつ押し出すようにして除去することを推奨している.斜視鈎などによる圧出は手技が簡便であり,時間がかかる点や強膜を損傷する可能性はあるものの代表的な手技と言える.手術用の吸引管を用いた方法も効率が良く比較的強膜損傷の危険が少ないため広く行われているが13),マイラゲルの変性が強く,被膜の一部が石灰化し強膜と強く癒着している症例では吸引のみでは摘出は困難である.いずれの方法でも強膜穿孔は最大の合併症であり,マイ(145)ラゲルと接触していた強膜が菲薄化していたり,マイラゲルを覆う被膜が強膜と強く癒着している場合では,少しずつ強膜を確認しながら時間をかけて摘出を進める必要がある.今回の症例においても,術前に施行したMRIでマイラゲルは左眼球耳側半球に沿ってかなり広範囲に存在しているだけでなく,一部線維性被膜の石灰化所見もみられ,被膜を介して強膜とマイラゲルが癒着している可能性が示唆された.そのためこの症例においては,術野を大きく露出した後,長いマイラゲルを半分に切断し,被膜が薄く石灰化がない半分は斜視鈎でゆっくり圧出し,マイラゲルの変性が強く被膜の一部が石灰化し,強膜と強く癒着している残りの半分は鋭匙を用いて,強膜穿孔に細心の注意を払いながら少しずつ,ゆっくりとマイラゲルを摘出した.途中菲薄化した強膜から脈絡膜が透けている箇所を一部認め,強膜穿孔は容易に起こりうると思われた.時間がややかかる手技ではあったが,マイラゲルの大きな断片の残存はなく,全方向で,眼球運動の改善を得られた.今回の症例をまとめると,1)18年間無症状であったのちにマイラゲルの膨化を示した.2)術前の検査としてMRIが有用であった.3)マイラゲルの除去には斜視鈎と鋭匙を用い,比較的スムーズに除去が可能であった.4)術後に症状の改善がみられた.マイラゲルの膨化は長期間無症状であっても生じうるため,強膜内陥術の既往のある患者には注意が必要であると考えられた.文献1)RefojoMF,NatchiarG,LiuHSetal:Newhydrophilicimplantforscleralbuckling.AnnOphthalmol12:88-92,19802)HoPC,ChanIM,RefojoMFetal:TheMAIhydrophilicimplantforscleralbuckling:areview.OphthalmicSurg15:511-515,19843)樋田哲夫,忍足和浩:マイラゲルを用いた強膜バックリング術後長期の合併症について.日眼会誌107:71-75,20034)忍足和浩:マイラゲルの合併症.眼科手術17:45-48,20045)今井雅仁:ハイドロゲルバックル材料マイラゲルと晩期合併症.眼科53;1:103-111,20116)佐々木康,緒方正史,辻明ほか:強膜バックル素材MIRAgel(マイラゲル)を使用した強膜内陥術々後長期に発症する合併症および治療方法の検討.眼臨紀3:12411244,20107)TolentinoFI,RoldanM,NassifJetal:Hydrogelimplantforscleralbuckling.Longtermobservations.Retina5:38-41,19858)HwangKI,LimJI:Hydrogelexoplantfragmentation10yearsafterscleralbucklingsurgery.ArchOphthalmol115:1205-1206,19979)LaneJI,RandallJG,CampeauNGetal:Imagingofhydrogelepiscleralbucklefragmentationasalatecompliあたらしい眼科Vol.30,No.11,20131637 cationafterretinalreattachmentsurgery.AJNRAmJMIRAgelRの長期の合併症について.臨眼100:577-579,Neuroradiol22:1199-1202,2001200610)KawanoT,DoiM,MiyamuraMetal:Extrusionand12)古谷達之,堀貞夫:MIRAgelRを用いた網膜.離手術後,fragmentationofhydrogelexoplant11yearsafterscleral眼球摘出に至った一例.東女医大誌82:198-201,2012bucklingsurgery.OphthalmicSurgLasers33:240-242,13)荒木陽子,梅田尚靖,ファン・ジェーンほか:手術用汎用吸引管を用いた膨潤マイラゲルの除去.眼臨紀4:79611)本多宏典,増田光司,矢田清身ほか:強膜バックル素材800,2011***1638あたらしい眼科Vol.30,No.11,2013(146)

硝子体手術用眼内照明を用いた顕微鏡下強膜内陥術

2013年8月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科30(8):1177.1180,2013c硝子体手術用眼内照明を用いた顕微鏡下強膜内陥術櫻井寿也木下太賀草場喜一郎繪野亜矢子田野良太郎福岡佐知子高岡源真野富也多根記念眼科病院ScleralBucklingProcedurewithTwin27-GaugeIlluminationFibersforRhegmatogenousRetinalDetachmentToshiyaSakurai,TaigaKinoshita,KiichiroKusaba,AyakoEno,RyotaroTano,SachikoFukuoka,GenTakaokaandTomiyaManoTaneMemorialEyeHospital目的:これまで,裂孔原性網膜.離(RRD)に対する強膜内陥術は,顕微鏡と双眼倒像鏡を使い分けて使用する必要があった.そこで,双眼倒像鏡で行っていた裂孔の位置決めと冷凍凝固の工程を顕微鏡下で施行できれば,この手術方法を簡素化し,顕微鏡直視下で裂孔閉鎖を確実に施行できることが考えられる.今回,有水晶体眼内レンズ挿入眼にRRDが生じた症例を経験し,顕微鏡のみで強膜内陥術を行ったので報告する.対象および手術方法:36歳,女性.強度近視のため,1年前に両眼に有水晶体眼内レンズ挿入術を受けていた.1週間前からの右眼視野欠損のため,近医を受診し,RRDの診断を受け当院紹介となる.初診時所見として,前房に虹彩支持型の前房型アルチザンレンズが挿入されていた.眼底所見は上方からのRRDを認めた.VD=(1.0×sph.0.75D(cyl.0.5DAx65°).手術方法は網膜復位を得るため強膜内陥術を選択した.硝子体手術用27ゲージツインシャンデリア光源を下方強膜に設置し,顕微鏡下でマーキングおよび冷凍凝固を行い,顕微鏡下でのみ強膜内陥術を完遂した.結果:術後,網膜は復位し,術2カ月後にはVD=(1.0×sph.0.75D(cyl.0.75DAx160°)を得た.結論:前房型アルチザンレンズが挿入されたRRDに対する強膜内陥術施行時の硝子体手術用眼内照明を用いた顕微鏡下手術は有用であった.今後,適応の検討は必要であるが,今回の方法は強膜内陥術施行時に積極的に活用する手技の一つになる可能性が示唆された.Purpose:Itiscommonlyacknowledgedthatscleralbucklingprocedure(SBP)forrhegmatogenousretinaldetachment(RRD)requiresbothmicroscopeandbinocularindirectophthalmoscope.Useofthemicroscopealoneformarkingretinalbreaksandperformingcryopexy,however,mightsimplifythesurgeryitselfandefficientlyachievecompletesealingoftears.WereportacaseinwhichSBPwasperformedusingonlyamicroscopeforRRDinaneyecontainingaphakicintraocularlens(IOL).Case:Thepatient,a36-year-oldfemale,hadahistoryofphakicIOLsurgeryinbotheyes1yearbefore.Sheconsultedanophthalmologistbecauseshehadvisualfieldlossinherrighteyefromaweekpreviously.Diagnosedwithretinaldetachment,shewasreferredtoourhospital.Intheinitialobservation,aniris-fixatedArtisananteriorchamberIOLwasinserted.Fundusobservationdisclosedretinaldetachmentatthesuperiorportion.Visualacuity(VA)ofherrighteyewas1.0×sph.0.75D(cyl.0.5DAx65°.SBPwasperformedwithtwin27-gaugechandelierilluminationinsertedattheinferiorsclera.Markingattheposterioroftheretinaltearandcryopexywereconductedunderamicroscopewithchandelierillumination.Results:Retinopexywasobtainedaftersurgery;at2monthsaftersurgery,VAinherrighteyemaintained1.0×sph.0.75D(cyl.0.75DAx160°.Conclusions:SBPperformedusingilluminationfibersunderamicroscopewasefficientfortreatingRRDinaneyecontaininganiris-fixatedArtisananteriorchamberIOL.Althoughitisnecessarytoconsidersuchadaptation,itissuggestedthatthismethodmightbecomeanoptionforproactiveuseinSBP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(8):1177.1180,2013〕Keywords:裂孔原性網膜.離,強膜内陥術,シャンデリア照明.rhegmatogenousretinaldetachiment,scleralbacklingprocegure,chandelierillumination.〔別刷請求先〕櫻井寿也:〒550-0024大阪市西区境川1-1-39多根記念眼科病院Reprintrequests:ToshiyaSakurai,M.D.,TaneMemorialEyeHospital,1-1-39Sakaigawa,Nishi-ku,Osaka550-0024,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(133)1177 はじめに近年,硝子体手術機器の発達に伴い,特に顕微鏡をはじめとする観察系の進歩にはめざましいものがある1,2).これまで裂孔原性網膜.離(RRD)に対する強膜内陥術は術中に顕微鏡と双眼倒像鏡を使い分けて使用する必要があった.したがってこの手技は煩雑で,双眼倒像鏡を用いた眼底検査の熟練を要する.そこでこれまで双眼倒像鏡で行っていた裂孔の位置決めと冷凍凝固の工程を顕微鏡下でできることになれば,この手術方法を簡素化し,顕微鏡直視下での裂孔閉鎖を確実に施行しうることが考えられる.今回,有水晶体眼内レンズ挿入眼にRRDが生じた症例を経験し,術中に双眼倒像鏡を使用せず顕微鏡のみで強膜内陥術を行ったので報告する.I症例患者:36歳,女性.既往歴:強度近視のため,平成22年10月ごろに,両眼の有水晶体眼内レンズ挿入術を受けていた.現病歴:平成23年12月3日約1週間前からの右眼視野欠損のため近医を受診し,RRDの診断を受け,当院紹介となる.初診時所見:視力はVD=(1.0×sph.0.75D(cyl.0.5DAx65°),VS=(1.0×sph.0.25D),眼圧はRT=15mmHg,LT=17mmHg.前房に虹彩支持型の前房型アルチザンレンズが挿入されていた(図1).右眼眼底所見は上方2時方向格子状変性後極側に小さな弁状裂孔による胞状の網膜.離を認めた..離の範囲は上方アーケード血管近くまで認めたが,黄斑部に.離は及んでいなかった(図2).治療方法の選択は網膜を復位させ,可能ならば前房型アルチザンレンズと水晶体を温存すること,屈折度数の大幅な変化がないことが求められる.硝子体手術を施行すると術中視図1虹彩支持型の前房型アルチザンレンズ図2初診時眼底写真図3硝子体手術用27ゲージツインシャンデリア眼内照明図4顕微鏡下網膜冷凍凝固の様子1178あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(134) 認性の問題や,術後白内障の進行などの点から硝子体手術ではなく強膜内陥術を選択した.通常の強膜内陥術では虹彩支持型有水晶体眼内レンズのため散瞳もやや不十分であり,周辺部眼底検査が問題となる.この点を解決するため,今回,双眼倒像鏡で行う裂孔の位置決めと冷凍凝固を顕微鏡下で行う方法を試みた.眼底観察用の光源は硝子体手術用27ゲージツインシャンデリア眼内照明を用い,硝子体手術用レンズを通して裂孔の位置を観察する方法を考案した.経過:翌日にRRDに対し今回,考案した強膜内陥術を施行した.手術方法は球後麻酔の後,結膜切開,4直筋に牽引糸を付け,硝子体手術用27ゲージツインシャンデリア眼内照明を裂孔の反対側である下方(6時)に輪部から4mmの強膜に装着(図3).双眼倒像鏡を使用せず,顕微鏡下にて裂孔の位置決め,冷凍凝固を行った(図4).一旦,眼内照明を抜去し,刺入部は8-0バイクリル糸で仮縫合を行った.5-0ダクロン糸による強膜マットレス縫合を設置.マットレス縫合は上直筋,外直筋付着部を周辺側とし,幅約8mmで通糸した.その後,経強膜的に網膜下液を排液し,シリコーンタイヤ(#220)を仮縫合した.再度眼内照明を設置し,顕微鏡下で裂孔と強膜内陥の位置を確認した後,本結紮し,結膜を8-0吸収糸で縫合し手術を終了した.II結果術後経過は翌日には網膜下液は吸収され,裂孔の閉鎖を認めた.術2カ月後の視力と屈折値はVD=(1.0×sph.0.75D(cyl.0.75DAx160°)と屈折度数に関しては術前と大きな変化はなかった.術後9カ月,網膜.離の再発および合併症は認めていない.III考察これまで強膜内陥術を施行する際には双眼倒像鏡を用いるのが通常であった.しかし,この方法は顕微鏡との併用で手術手技も煩雑であり,双眼倒像鏡を普段から使用し熟練する必要がある.裂孔原性網膜.離に対する治療方法として,特に最近の硝子体手術の発展に伴い,主たる治療方法が硝子体手術に移行しており3.7),強膜内陥術は限られた症例に対する治療法となっている.双眼倒像鏡を用いた強膜内陥術は必ず習得すべき手術手技であることは言うまでもないが,その施行機会そのものが減少している傾向にある.すなわち,顕微鏡単独で網膜.離手術を施行する機会が増えている現状がある.今回の特殊な症例に対し,強膜内陥術を施行する際に硝子体手術用27ゲージツインシャンデリア眼内照明を利用し双眼倒像鏡を用いず,顕微鏡単独での強膜内陥術手技を試みた.この方法の利点は,1)網膜硝子体手術可能な装備であれば新たな器具は必要としない,2)顕微鏡単独の方法のため(135)従来の双眼倒像鏡併用方法に比べ術式が簡便である,3)顕微鏡広角観察システムを用いればさらに簡便になる可能性がある,4)硝子体手術に慣れた術者への強膜内陥術の教育などが考えられる.特に,若年者の格子状変性に伴った萎縮円孔による網膜.離など強膜内陥術の適応例は存在し,強膜内陥術の手術手技は,網膜硝子体術者では必ず習得すべき手術手技である.日常診療の場から双眼倒像鏡に慣れ親しむことにより,術中の双眼倒像鏡使用への抵抗はないが,今回の手技であれば,顕微鏡手術による硝子体手術を習得できた術者にとっては利用しやすい手技となっている.したがって,強膜内陥術の教育という点でも,今回の手技は術者だけでなく,指導医がアシスタントを行う場合,裂孔の位置決めや冷凍凝固の手技を顕微鏡下で確認しあえることは大変有用なことと考えられる.問題点としては,今回の顕微鏡下での強膜圧迫は接触型プリズムレンズを使用したことで,通常の双眼倒像鏡や広角観察システムを使用する場合に比べ,網膜周辺部観察にはより強い強膜内陥が要求される.さらに眼底観察の範囲が狭く,裂孔の同定や発見がしにくいことも考えられる.一度設置された眼内照明も,冷凍凝固後の強膜への操作,強膜通糸,網膜下液の排液,バックル材料の設置の際には一旦除去し,眼底観察の際に再設置しなければならないなど,手技の煩雑さや感染の懸念など問題点もある.今回の症例の場合,実際には,まず,双眼倒像鏡での観察を行ったが,前房型アルチザンレンズが挿入されていることで詳細な眼底観察が困難であった.広角観察システムも用いたが,開瞼器,広角観察用前置レンズ,冷凍凝固プローブの位置関係や不慣れな操作に問題があり,眼底観察時間の超過で角膜乾燥による視認性の低下をきたしたために,接触型プリズムレンズを最終的に使用した.今後は,広角観察システムを用い,開瞼器をより大きく開瞼できるものへの変更や角膜リングを設置し角膜乾燥予防に努めるなどの工夫を凝らすことで,より視認性,視野の点で接触型プリズムレンズよりも有用ではないかと考えられる.眼内照明の必要性については,顕微鏡照明では,まず光源から網膜,つぎに網膜からの反射光と前房型アルチザンレンズを光が往復2回通過することになる.けれども,眼内照明の場合には眼内からの光による片方向のみであることから眼内照明を用いることでより正確な観察が可能ではないかと推測した.眼内照明の種類の選択は,今回の症例では網膜.離の範囲から,トロッカーに挿入するシャンデリア照明ではなくツインシャンデリアを用いたが,結果的には,一連の網膜.離に対する強膜への操作や,眼球コントロールを考えると,トロッカータイプのほうが優れていた可能性は否定できない.最後に,あくまで一般的な強膜内陥術の適応症例には,双眼倒像鏡を用いた手術が行われるべきであるが,今回のようあたらしい眼科Vol.30,No.8,20131179 な症例に対する強膜内陥術施行時には,眼内照明を用いた顕微鏡下手術は有用であった.今後,広角観察システムの活用により,術者の経験や適応の検討は必要であるが,強膜内陥術施行時に積極的に活用する手技の一つになる可能性が示唆された.本論文の要旨は第82回九州眼科学会にて発表した.文献1)GeorgeAW:27-Gaugetwinlightchandelierilluminationsystemforbimanualtransconjunctivalvitrectomy.Retina28:518-519,20082)井上さつき,中野紀子,堀井崇弘ほか:ワイドビューイングシステムを用いた裂孔原性網膜.離の手術成績.臨眼63:1135-1138,20093)樋田哲夫,荻野誠周(編):特集裂孔原生網膜.離─硝子体手術vs.強膜バックリング.眼科手術12:273-303,19994)河野眞一郎:術式の選択.眼科診療プラクティス69,裂孔原性網膜.離(丸尾敏夫ほか編),p30-33,文光堂,20015)AhmadiehH,MoradianS,FaghihiHetal:Anatomicandvisualoutcomesofscleralbucklingversusprimaryvitrectomyinpseudophakicandaphakicretinaldetachment:six-monthfollow-upresultsofasingleoperation─reportno.1.Ophthalmology112:1421-1429,20056)荻野誠周:裂孔原性網膜.離の硝子体手術成績─強膜バックリング法との比較.眼臨82:964-966,19887)大島佑介,恵美和幸,本倉雅信ほか:裂孔原性網膜.離に対する一次的硝子体手術の適応と手術成績.日眼会誌102:389-394,1998***1180あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(136)

裂孔原性網膜剝離に対する強膜内陥術後に生じた交感性眼炎の1症例

2013年5月31日 金曜日

《第46回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科30(5):670.674,2013c裂孔原性網膜.離に対する強膜内陥術後に生じた交感性眼炎の1症例吉田淳*1原雄将*2佐藤幸裕*1川島秀俊*1*1自治医科大学眼科学講座*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野ACaseofSympatheticOphthalmiaafterScleralBucklingforRhegmatogenousRetinalDetachmentAtsushiYoshida1),YusukeHara2),YukihiroSato1)andHidetoshiKawashima1)1)DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine交感性眼炎(sympatheticophthalmia)は,その多くが外傷後の発症であるが,内眼手術後の交感性眼炎発症も報告が散見される.今回筆者らは,裂孔原性網膜.離に対する強膜内陥術後に交感性眼炎を発症した症例を経験した.症例は17歳,男性で,右眼の裂孔原性網膜.離に対し,全身麻酔下でシリコーンスポンジ(MIRA#504)による強膜内陥術,冷凍凝固および網膜下液排液を施行.網膜は復位し経過観察となったが,術後80日頃より,両眼の霧視を自覚.頭痛と耳鳴りの自覚症状があり,眼底検査で両眼の漿液性網膜.離がみられ,髄液検査にて無菌性髄膜炎が認められた.交感性眼炎と診断しステロイドパルス療法と内服漸減療法を施行した.治療開始後速やかに網膜下液は消失し,以後再燃はみられなかった.頻度はきわめて低いものの,網膜.離に対する強膜内陥術の際も,交感性眼炎の発症に留意した術後経過観察が必要であると考える.Sympatheticophthalmia(SO),occasionallycausedbyoculartrauma,canalsobecausedbyintraocularsurgery.Weexperienceda17-year-oldmalepatientwhodevelopedsympatheticophthalmiaafterscleralbucklingusingsiliconesponge(MIRA#504),cryopexyandsubretinaldrainageforrhegmatogenousretinaldetachmentinhisrighteye.Thevisualdisorderrecoveredafterscleralbuckling,but80daysaftertheoperationthepatientbecameawarethathisbinoculareyesighthadbeenfailing;healsohadaheadacheandhearingdifficulties.Fundusexaminationshowedbinocularserousretinaldetachment,andcerebrospinalfluidexaminationrevealedtheexistenceofasepticmeningitis.HewasdiagnosedasSO.Corticosteroidpulsetherapyandoralcorticosteroidmedicationwereadministered.Thesubretinalfluiddisappearedsoonafterthistreatment,andhasnotrecurred.ItisspeculatedthattheincidenceofSOafterscleralbucklingisverylownowadays,yetitdoesoccur.WeshouldthereforekeepinmindthepossibilityofSOthroughoutthescleralbucklingpostoperativeperiod.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):670.674,2013〕Keywords:交感性眼炎,強膜内陥術,裂孔原性網膜.離,ぶどう膜炎.sympatheticophthalmia,scleralbuckling,rhegmatogenousretinaldetachment,uveitis.はじめに交感性眼炎(sympatheticophthalmia)は,片眼の外傷や手術によって,ぶどう膜が傷口から外界にさらされて炎症を起こした後,数カ月経過して,その僚眼にもVogt-小柳-原田病(以下,原田病)と同一の漿液性網膜.離を伴う両眼性汎ぶどう膜炎が発症する疾患である.その多くが開放性眼外傷後の発症とされ,その頻度は外傷後の0.2.1%といわれている1).一方で,内眼手術後の交感性眼炎発症は術後0.01%前後2)とされ,硝子体手術後に限定すると,0.06.0.97%2.5)と高めになっている.検索しえた範囲では,わが国では硝子体手術後に発症した報告が散見されるのみである3,4,6,7).交感性眼炎は,眼外傷後や内眼手術後およそ2週間から数〔別刷請求先〕吉田淳:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学眼科学講座Reprintrequests:AtsushiYoshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversity,3311-1Yakushiji,Shimotsukeshi,Tochigi329-0498,JAPAN670670670あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(92)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY 年で発症するが,全体の約70%が受傷後あるいは術後3カ月以内に発症すると報告されている8).原田病と比べて,発症時に感冒様症状・頭痛や耳鳴りなどの眼外症状に乏しいといわれるものの,その治療は原田病と同一で,ステロイドパルス療法やステロイド内服漸減療法が一般的である.今回筆者らは,裂孔原性網膜.離の症例に強膜内陥術を合併症なく実施し,その80日後に交感性眼炎を発症した17歳,男性を経験したので,報告する.I症例患者は17歳,男性で,右眼視野欠損を主訴に近医受診.右眼の網膜周辺部10時方向の円孔を原因とする裂孔原性網膜.離を指摘された.手術治療目的にて自治医科大学眼科(以下,当科)を紹介され,2011年8月30日に初診した.既往歴としてアトピー性皮膚炎があったが現在は寛解している.当科初診時,視力は右眼0.05(1.2×sph.8.50D(cyl.0.50DAx45°),左眼0.06(1.2×sph.8.00D(cyl.0.75DAx170°).眼圧は右眼13mmHg,左眼15mmHg.外眼部,前眼部,前部硝子体に特記すべき所見はなかった.当科初診時の眼底検査にて,右眼眼底の上耳側に網膜格子状変性とその耳側に円孔があり,周辺に広範囲に.離がみられたものの,黄斑.離には至っていなかった(図1).なお,左眼眼底に異常所見はなかった.入院にて全身麻酔下でシリコーンスポンジ(MIRA#504)による強膜内陥術,冷凍凝固および網膜下液排液を施行.術後7日目に経過良好にて退院,以降は外来での経過観察となった.術後13日目の再診時,右眼視力0.05(1.2×sph.7.50D(cyl.1.75DAx45°),右眼眼圧17mmHgで,外眼部,前眼部,前部硝子体に特記すべき所見はなく,右眼網膜は復位していた(図2).以後も.離再発はなく,著しい術後炎症は認めなかった.その後,術後80日目頃より両眼のかすみを自覚,術後85日目に当科再診.視力は右眼0.03(0.8×sph.9.00D(cyl.0.75DAx25°),左眼0.02(0.7×sph.7.00D(cyl.0.50DAx160°).眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHg.両眼前房と前部硝子体には微細な炎症細胞がみられた.眼底検査にて,両眼とも後極部を中心に漿液性網膜.離がみられ視神経乳頭も軽度発赤していた.また,OCT(光干渉断層計)検査でも後極部を中心に漿液性網膜.離が確認された(図3).フルオレセイン眼底造影検査にて,造影早期に後極部主体に多数の点状蛍光漏出が,後期では蛍光貯留がみられた(図4).インドシアニングリーン眼底造影検査は施行しなかった.同日採血検査を施行したところ,Ca(カルシウム):9.9mg/dlと高値で,HLA(ヒト白血球抗原)-DR4陽性であったが,WBC(白血球):9000/μl,CRP(C反応性蛋白):0.27mg/dl,VZV(水痘帯状ヘルペスウイルス)-IgG:380IU/ml,ト(93)図1初診時の右眼眼底写真(合成)上耳側周辺部に格子状変性(白矢印)があり,その耳側に円孔(青矢印)がある.円孔から丈の低い網膜.離が生じているが,黄斑.離はない.図2右眼の裂孔原性網膜.離に対する強膜内陥術後13日目の眼底写真(合成)上耳側にシリコーンスポンジによる強膜内陥を認める.網膜下液もなく復位している.キソプラズマ抗体:<16倍,ACE(アンギオテンシン変換酵素):11.8mU/dl,Hb(ヘモグロビン)A1C(JDS):4.75%,赤血球沈降速度:5mm/h,尿Ca:11mg/dlと正常範囲であり,HSV(単純ヘルペスウイルス)-IgG,CMV(サイトメガロウイルス)-IgG,HTLV(ヒトT細胞白血病ウイルス)-1抗体,梅毒RPR(迅速血漿レアギン試験),抗核抗体は陰性であった.尿定性,胸部X線検査に異常所見はなかった.発熱はなかったものの,頭痛・耳鳴りの自覚症状がああたらしい眼科Vol.30,No.5,2013671 abcdabcd図3強膜内陥術後80日目の両眼眼底写真とOCT像a,c:右眼.b,d:左眼.両眼とも視神経は発赤しており,後極部に漿液性網膜.離がみられる.abcd図4強膜内陥術後80日目の蛍光眼底写真a,c:右眼.b,d:左眼.造影早期に後極部主体に多数の点状蛍光漏出が,後期では蛍光貯留がみられる.672あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(94) abcdabcd図5ステロイドパルス療法開始から23日目の両眼眼底写真とOCT像a,c:右眼.b,d:左眼.両眼ともに視神経の発赤がわずかに残っているものの,漿液性網膜.離は消失している.り,腰椎髄液検査にて,細胞数は168/3μlと増加し,無菌性髄膜炎の所見を示していた.以上の結果より,強膜内陥術後の交感性眼炎と診断し,術後89日目より3日間ステロイドパルス療法,以後ステロイド薬内服療法をプレドニゾロン60mgより漸減投与した.局所療法として,ステロイド点眼薬とトロピカミド点眼薬を開始した.ステロイドパルス療法開始8日目には漿液性網膜.離は消失し退院となった.ステロイドパルス療法開始から23日目の再診時,視力は右眼0.02(1.2×sph.9.0D),左眼0.02(1.2×sph.8.0D),眼圧は右眼19mmHg,左眼19mmHg.眼底検査およびOCT検査にて,漿液性網膜.離は消失していた(図5).その後ステロイド薬誘発性によると思われる眼圧上昇がみられたが,ラタノプロストの点眼追加により正常眼圧を維持できた.パルス療法開始から6カ月後の再診時点で,視力は右眼0.02(1.2×sph.9.0D),左眼0.02(1.2×sph.8.0D),眼圧は右眼14mmHg,左眼16mmHg.プレドニゾロン内服5mg継続中であるが,交感性眼炎の再燃はなく,明らかな夕焼け状眼底も示していない.また,ステロイド白内障もみられていない.以後,外来にて経過観察となっている.II考察英国において1997年に交感性眼炎の発症に関する大規模でprospectiveな調査が報告9)されている.これによると,交感性眼炎の発症頻度は人口10万人当たり0.03人と低いものの,交感性眼炎18例中10例(56%)は内眼手術が原因であった.調査の時期,国(人種)で頻度が影響されると思われるが,prospectiveな調査で交感性眼炎中の内眼術後の頻度は56%という高い値を示している.交感性眼炎自体の発症頻度が低いため,内眼手術後交感性眼炎の発症頻度も低いという印象があるが,実際は考えられている以上に高頻度に起こりうることをこの報告は示唆している9).しかし一方で,硝子体手術と強膜内陥術を併用した症例での報告がみられるものの,1回のみの強膜内陥術単独手術が原因で交感性眼炎に至った症例報告は,検索しえた範囲では見当たらない.一般に,交感性眼炎は開放性眼外傷や内眼術後に発症すると考えられているが,過去の報告では,鈍的外傷後に発症した症例もみられる10,11).本症例はアトピー性皮膚炎の既往を有しているが,重症のアトピー性皮膚炎患者では,.痒感から顔面の殴打癖がみられることが知られており,鈍的眼外傷から交感性眼炎が誘発されたとする考察も可能ではある.また,裂孔原性網膜.離の発症以前に交感性眼炎や原田病がすでに存在していたという可能性も完全には否定できない.しかし,本症例においてアトピー性皮膚炎は寛解しており,殴打癖の既往もなかった.外来初診時,右眼の裂孔原性網膜.離以外に,漿液性網膜.離や視神経乳頭の発赤,中間透光体の炎症所見は認めていない.仮に殴打癖などの鈍的外傷が過去にあったとしても,数年以上の経過が考えられ,交感性眼(95)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013673 炎の約70%が外傷3カ月以内の発症である8)ことを考えると,鈍的外傷による交感性眼炎の可能性は低いと思われる.偶発的に原田病が合併した可能性もあるが,本症例では,網膜復位術の約80日後に交感性眼炎が発症しており,3カ月以内の発症であることからも,網膜復位術によって誘発されたとするのが妥当と考えた.すなわち,本症例は1回の強膜内陥術後に生じたまれな交感性眼炎の症例と思われる.では,具体的に網膜復位術のどのような手技,処置が誘因となったのか.強膜内陥術は予定どおり約90分程度の手術時間で,硝子体切除やガス置換などは行われておらず,術中の合併症もなかった.若年のため全身麻酔下で施行されたが,全身麻酔が誘因となったとは考えにくい.術後網膜は復位しており再.離もなく,また著しい術後炎症もみられなかった.術中の手技で交感性眼炎を誘発する可能性のあるものを考えると,排液時の露出した脈絡膜に対するジアテルミー凝固か,脈絡膜への穿刺があげられる.そもそも,外傷や手術時にどのような因子が交感性眼炎を誘発するのかは厳密には解明されていないが,何らかの刺激が網脈絡膜へ浸潤した白血球の活性化を促し,自己免疫性炎症を誘発すると考えられている1).同様に網膜硝子体手術後に発症する交感性眼炎は,手術自体の侵襲が刺激となって末梢リンパ球が何らかの脈絡膜自己抗原に応答することにより発症するのではないかと推測されている12).硝子体手術後に比べて,強膜内陥術後に交感性眼炎の報告が少ないのは,両手術の間に手術の侵襲による自己免疫炎症の誘発に差があるからかもしれない.以上より,本症例は,強膜内陥術自体の網脈絡膜への物理的刺激により発症に至ったまれなケースなのではないかと考えた.III結語内眼手術後とりわけ強膜内陥術後に交感性眼炎が起きる頻度は非常に低いと思われるが,今回,強膜内陥術後に発症した症例を経験した.強膜内陥術において,たとえ術中合併症がなくても,交感性眼炎の発症にも留意した経過観察が必要と考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)MarakGE:Recentadvancesinsympatheticophthalmia.SurvOphthalmol24:141-156,19792)GassJDM:Sympatheticophthalmiafollowingvitrectomy.AmJOphthalmol93:552-558,19823)井上俊輔,出田秀尚,石川美智子ほか:網膜・硝子体手術後にみられた交感性眼炎の臨床的検討.日眼会誌92:372376,19884)久保町子,沖波聡,細田泰子ほか:硝子体手術後に発症した交感性眼炎.眼紀40:2280-2286,19895)KilmartinDJ,DickAD,ForresterJV:Sympatheticophthalmiariskfollowingvitrectomy:shouldwecounselpatients?BrJOphthalmol84:448-449,20006)HarutaM,MukunoH,NishijimaKetal:Sympatheticophthalmiaafter23-gaugetransconjunctivalsuturelessvitrectomy.ClinOphthalmol22:1347-1349,20107)田尻健介,南政宏,今村裕ほか:硝子体手術後に交感性眼炎をきたしたアトピー性網膜.離の1例.眼紀54:1001-1004,20038)AlbertDM,Diaz-RohenaR:Ahistoricalreviewofsympatheticophthalmiaanditsepidemiology.SurvOphthalmol34:1-14,19899)KilmartinDJ,DickAD,ForresterJV:ProspectivesurveillanceofsympatheticophthalmiaintheUKandRepublicofIreland.BrJOphthalmol84:259-263,200010)武田英之,水木信久:脈絡膜破裂を伴う鈍的外傷後に発症した交感性眼炎の一例.眼臨紀3:362-364,201011)BakriSJ,PetersGB3rd:Sympatheticophthalmiaafterahyphemaduetononpenetratingtrauma.OculImmunolInflam13:85-86,200512)ShindoY,OhnoM,UsuiHetal:Immunogeneticstudyofsympatheticophthalmia.Antigens49:111-115,1997***674あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(96)

強膜内陥術後にみられた続発緑内障の1例

2013年3月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(3):391.395,2013c強膜内陥術後にみられた続発緑内障の1例山本麻梨亜新明康弘新田卓也齋藤航陳進輝石田晋北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野ACaseofSecondaryGlaucomaDevelopedafterScleralBucklingMariaYamamoto,YasuhiroShinmei,TakuyaNitta,WataruSaito,ShinkiChinandSusumuIshidaDepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine半年以上経過した陳旧性の裂孔原性網膜.離の23歳,男性に対し,強膜内陥術を施行した.初回手術でエクソプラントを施行したが,術後再.離がみられたため,再度輪状締結併用インプラントを行い,復位が得られた.しかし,初回手術直後から眼圧上昇をきたし,再手術により網膜が復位した後も高眼圧は続いた.抗緑内障薬を使用し,さらにステロイド薬を中止しても眼圧下降が得られず,初回手術から3週間にわたり高眼圧が持続した.線維柱帯切開術を施行したところ,十分な眼圧下降が得られ,有効であった.A23-year-oldmalediagnosedwithrhegmatogenousretinaldetachmentthathaddevelopedforover6monthswasreferredtoahospital.Afterweperformedscleralbucklingwithasiliconeexplantmaterial,theretinadidnotreattach.Afterthesecondsurgery,inwhichweusedasiliconeimplantcombinedwithanencirclingband,theretinareattached.However,thepatient’socularhypertensiondidnotdecreasefor3weeksafterthefirstscleralbucklingprocedure,despitemaximumanti-glaucomatherapyanddiscontinuationofcorticosteroid.Wethenperformedatrabeculotomy,whichsucceededinreducingtheintraocularpressure,provingtheproceduretobeeffective.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(3):391.395,2013〕Keywords:裂孔原性網膜.離,強膜内陥術,続発緑内障,トラベクロトミー.rhegmatogenousretinaldetachment,scleralbuckling,secondaryglaucoma,trabeculotomy.はじめに裂孔原性網膜.離眼では,さまざまな機序により眼圧の変化が起こることが知られている.一般的に裂孔原性網膜.離眼では,50%の症例で術前眼圧が低下し,40%は不変,約10%で上昇をきたすといわれている1).眼圧下降の機序として,以前は毛様体機能の低下とされてきたが,近年の研究では,網膜裂孔部から脈絡膜へ流出するmisdirectedflowによる房水流量の減少もその原因と考えられている2).一方,眼圧上昇をきたす機序としては,外傷性緑内障の併発の他に,視細胞外節の前房中への移行によるSchwartz症候群などが知られている3,4).さらに網膜.離に対して強膜内陥術を選択した場合には,特に輪状締結の併用にかかわらず,眼圧上昇が起こる可能性がある5).裂孔原性網膜.離の場合,その緊急性から網膜.離手術が優先して行われることになるが,同時に眼圧に対しても注意を向ける必要がある.今回筆者らは,裂孔原性網膜.離の強膜内陥術後に持続性の高眼圧をきたした症例に対し,線維柱帯切開術(トラベクロトミー)を行い,良好な結果を得たので報告する.I症例患者は23歳,男性.近医を受診した際に左眼の網膜.離を指摘されたが,陳旧性のもので現在は落ち着いているといわれ,約半年間経過観察をしていた.その後本人が不安になり,手術治療を希望したため,当院を紹介された.外傷やアトピー性皮膚炎などの既往歴はなく,家族歴にも特記すべき事項はなかった.当院初診時の視力は,右眼0.3(1.2×sph.3.5D(cyl.1.5DAx10°),左眼0.02(0.07×sph.5.5D(cyl.2.0DAx170°).眼圧は,右眼16mmHg,左眼10mmHgであった.左眼の前房中に細胞がわずかにみられた.左眼眼底は,下方に網膜下索状物を伴った黄斑部にまで及ぶ丈の低い網膜.離があり,鼻上側に原因と思われる萎縮性の円孔と小裂孔がみられた(図1).右眼眼底には異常所見はみ〔別刷請求先〕山本麻梨亜:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野Reprintrequests:MariaYamamoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,N-15,W-7,Kita-ku,Sapporo060-8638,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(105)391 網膜下索状物黄斑部を含む丈の低い網膜.離原因裂孔?はっきりした毛様体.離は(ー)網膜下索状物黄斑部を含む丈の低い網膜.離原因裂孔?はっきりした毛様体.離は(ー)図1初診時の眼底チャート10時半の鼻上側に原因と思われる萎縮性の円孔と小裂孔がみられ,黄斑部を含む丈の低い網膜.離がみられた.6時から8時にかけて網膜下に索状物もみられた.られなかった.左眼の裂孔原性網膜.離と診断し,7.5×5.5mmのシリコーンスポンジ(#507,MIRA社)をトリミングして厚みを4mm程度までに減らし,上直筋の下を通して,筋付着部ぎりぎりに寄せて円周状にエクソプラントで置いた.経強膜的に裂孔周囲を冷凍凝固し,網膜下液の排出も行った(図2).手術時に圧迫して眼底を詳細に観察したが,他に裂孔は見つからず,毛様体.離もはっきりしなかった.手術終了時にはデキサメタゾン(デカドロンR)の結膜下注射とオフロキサシン(タリビッドR)眼軟膏と硫酸アトロピン(アトロピンR)眼軟膏の点入を行った.術翌日より40mmHg以上の高眼圧となり,D-マンニトール(マンニットールR)300mlの点滴を1日2回,アセタゾラミド(ダイアモックスR)3錠とL-アスパラギン酸カリウム(アスパラKR)6錠の内服薬を投与した.その他に,レボフロキサシン(クラビットR)点眼を4回,0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム(リンデロン液R)点眼を4回行い,さらに0.0015%タフルプロスト(タプロスR)点眼1回,0.5%マレイン酸チモロール(チモプトールR)点眼を2回,1%塩酸トルゾラミド(トルソプトR)点眼を3回追加した.しかし,40mmHg以上の高眼圧はその後も続いた.初回手術直後は角膜上皮浮腫のために眼底の透見性は不良ではあったが,小裂孔・円孔ともバックル上にのっているようにみえ,明らかな網膜下液の残存はなく,網膜は復位していた.しかし,術後1週間の時点で再.離がみられ,網膜.離は再び下方にまで広がっており,9時から11時にかけて毛様体.離も出現したため,毛様体裂孔の存在を疑った(図3).さら392あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013鼻側上方で排液裂孔を囲むように冷凍凝固#507を薄くトリミングして強膜に3糸マットレス縫合図2初回手術上直筋の下を通して,シリコーンスポンジを筋付着部ぎりぎりに寄せて10時から13時にかけて円周状にエクソプラントで置いた.経強膜的に裂孔周囲を冷凍凝固し,網膜下液の排出も行った.毛様体.離が出現バックルを超えて下方に網膜.離が広がってきた図3再.離時の眼底チャート術後6日目にバックルの範囲を超えて網膜.離が再び広がってきた.新たに9時から11時にかけて毛様体.離が出現した.に,前房中には細胞の浮遊がみられた.再.離後も眼圧は変わらず高いままであった.初回手術から10日後,前回のエクソプラントのシリコーンスポンジを除去し,内直筋下に9mm幅のシリコーンタイヤ(#277,MIRA社)を輪部から3mmのところまで強膜半層切開してインプラントを行った.さらに,輪状締結術を併用した(#270,#240,MIRA社).毛様体.離の部分には冷凍凝固の追加も行った(図4).手術終了時には,前回同(106) 様にデキサメタゾンの結膜下注射,オフロキサシン眼軟膏とれた.その後網膜は復位したが,なお40.60mmHgの高眼硫酸アトロピン眼軟膏の点入を行った.術中の所見として,圧は持続した.術後浅前房などはみられなかったが,炎症に10時半の位置に毛様体裂孔が確認され,原因裂孔と同定さよる高眼圧の可能性も考え6),4日間にわたりプレドニゾロン(プレドニンR)30mgの内服を行ったが,眼圧はまったく変化しなかった.術翌日からの急激な眼圧の上昇のため,ステロイドレスポンダーの可能性は低いと考えたが,この可能性も除外するためステロイド薬点眼および内服を中止したが眼圧は変わら図4再手術前回の手術から10日後に,前回エクソプラントしたシリコーンスポンジを除去し,内直筋下にシリコーンタイヤをインプラント,さらに輪状締結術を併用した.毛様体.離の部分にはさらに冷凍凝固の追加も行った.プレドニゾロン30mg内服0.1%ベタメタゾン点眼0.1%ベタメタゾン点眼マンニトールdivアセタゾラミド3T/3×内服0.0015%タフルプロスト1×0.5%チモロール2×0.0015%タフルプロスト1×1%ドルゾラミド3×0.5%チモロール2×強膜を半層切開し#277をインプラント#270を巻き#240で締める3mm毛様体.離の部分に冷凍凝固を追加図5線維柱帯切開術結膜の瘢痕部を避けるように,下耳側に4×4mmの2重強膜弁を作製し,金属製ロトームをSchlemm管に挿入して,Schlemm管内壁および線維柱帯を120°切開した.眼圧(mmHg)706050403020100前房洗浄線維柱帯切開術網膜.離再発網膜復位術②インプラント+輪状締結網膜復位術①エクソプラント010203040100150200経過(日)図6眼圧グラフ経過中の眼圧の推移を示した.初回手術後25日目にトラべクロトミーを,29日目に前房洗浄を施行して,その約4日後より眼圧下降が得られている.(107)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013393 図7術後眼底写真網膜は復位している.ず,中止後1週間以上経過しても眼圧は下降しなかった.この時点で高眼圧がすでに3週間以上持続していたため,これ以上の高眼圧は視神経に対して非可逆的な障害を起こす可能性があると判断し,手術療法に踏み切った.すでに2度の網膜.離手術で結膜切開を行っているので,線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)ではなく,耳側下方にトラベクロトミーを行った(図5).術後前房出血が多く眼圧が下降しなかったため,一度前房洗浄を行い,その後眼圧は下降した(図6).術後約半年経過しているが,現在のところ再上昇はみられない.なお,術後27週の最終受診時の視力は,右眼(1.2)左眼(0.1),眼圧は右眼18mmHg,左眼18mmHgで,網膜(,)は復位していた(図7).II考按本症例の眼圧上昇の機序として,①Schwartz症候群,②強膜内陥術による房水の流出障害,③ステロイド緑内障,④もともと緑内障を合併していた,の4つの可能性が考えられる.Schwartz症候群は,前房中に細胞の浮遊がみられ,ステロイド薬に反応しなかった点は一致するが,術前の眼圧上昇がなかった点や網膜復位後も眼圧が正常化しなかった点が異なる.それでもなお,あえてSchwartz症候群として解釈するなら,術前は網膜.離が鋸状縁まで.がれていなかったため,網膜視細胞外節がそれほど多く前房中に遊走せず高眼圧とならなかったが,1回目の強膜内陥術で復位せず鋸状縁周394あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013辺部まで.離が広がってしまったため,さらに多くの網膜視細胞外節が前房中に遊走し,線維柱帯閉塞が増強して眼圧上昇した可能性は否定できない.通常Schwartz症候群では,復位後数日以内に眼圧下降が得られることが多いが,数カ月間抗緑内障薬が必要な症例もあり,この場合も線維柱帯の閉塞が解消されるのにさらなる時間を要したためとも考えられる.また,強膜内陥術は強膜および脈絡膜を圧迫するため,Schlemm管以降の房水流出路(distaloutflowsystem)が障害され,眼圧上昇をきたした可能性もある.しかし,本症例では,線維柱帯およびSchlemm管内壁を切開して房水流出抵抗を減らすトラベクロトミーが奏効したことから,Schlemm管以降の流出路障害があったとは考えにくい.このことは,バックルを置いた象限が小さく輪状締結術を併用しなかった初回手術からすでに眼圧の上昇がみられていたことからも裏付けられる.ステロイド緑内障は,トラベクロトミーが奏効した点については矛盾しない7).しかし,ステロイド薬の内服および点眼中止後もまったく眼圧が下がらなかった点は一致せず,手術終了時のデキサメタゾン結膜下注射の影響が術後2週間以上持続したとも考えにくい.最後に,もともとの緑内障眼に裂孔原性網膜.離が合併した可能性である.つまり,緑内障の高眼圧眼に裂孔原性網膜.離が生じたため,.離が生じていた受診時に眼圧が下がっていた眼が,復位したことで高眼圧に戻った可能性が考えられる.実際,裂孔原性網膜.離眼では,原発開放隅角緑内障が合併している頻度が高いと報告されている8).さらに,発達緑内障の合併に関しては,横井らはSchwartz症候群で網膜の復位後に眼圧上昇をきたした症例を報告し,隅角の形態異常もみられたことから,Schwartz症候群に発達緑内障が合併していたと結論づけている9).筆者らの症例も20歳代と若く,緑内障とすれば原発開放隅角緑内障あるいは遅発性の発達緑内障の可能性が高いが,緑内障の家族歴はなく,両視神経乳頭に緑内障性変化もみられなかった.さらに,術後に確認した隅角にも異常所見がみられなかったことから,本症例ではこの可能性も低いと考えられた.本症例では,最終的に眼圧上昇の原因は特定できなかったが,2度にわたって結膜が切開され,特に2度目の手術では,全周の結膜が切開されていたため,結膜の状態が予後に影響するトラベクレクトミーによる濾過胞維持はむずかしいと考えた10.12).さらに,患者の若い年齢も考慮したうえで,最終的にトラベクロトミーを選択した.筆者らの研究13)では,トラベクロトミー施行例の約11%に前房洗浄を必要としたが,今回の症例でも術後前房出血が多く眼圧が下降しなかったため,前房洗浄を行った.その結果,トラベクロトミーが奏効し,眼圧が正常化した.しかしながら,今後とも注意深(108) い経過観察が必要と考えられた.本論文の要旨は,第21回日本緑内障学会(福岡)で発表した.文献1)宇山昌延:網膜.離と眼圧.眼科MOOK20,網膜.離,p62-68,金原出版,19832)大鹿哲郎:裂孔原性網膜.離患者における房水蛋白濃度の経時変化.日眼会誌94:594-603,19903)SchwartzA:Chronicopen-angleglaucomasecondarytorhegmatogenousretinaldetachment.AmJOphthalmol75:205-211,19734)MatsuoN,TakabatakeM,UenoHetal:Photoreceptoroutersegmentsintheaqueoushumorinrhegmatogenousretinaldetachment.AmJOphthalmol101:673-679,19865)田中住美:輪状締結術後のうっ血.眼科診療プラクティス60,p26,文光堂,20006)河野眞一郎:強膜バックリングと眼圧.眼科診療プラクティス30,p87,文光堂,20097)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:Externaltrabeculotomyforthetreatmentofsteroid-inducedglaucoma.JGlaucoma9:483-485,20008)PhelpsCD,BurtonTC:Glaucomaandretinaldetachment.ArchOphthalmol95:418-422,19779)横井由美子,大黒浩,大黒幾代ほか:発達緑内障にSchwartz症候群を合併した1例.眼科48:265-268,200610)TheFluorouracilFilteringSurgeryStudyGroup:Fiveyearfollow-upoftheFluorouracilFilteringSurgeryStudy.AmJOphthalmol121:349-366,199611)StomperRL:LateFailureofFilteringBleb.GlaucomaSurgicalManagement,Volume2,p239-242,SAUNDERS,UK/USA,200912)SalmonJF,KanskiJJ:Trabeculectomy.Glaucoma,ThirdEdition,p139-149,Butterworth-Heinemann,UnitedKingdom,200413)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodified360-degreesuturetrabeculotomytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglaucoma:apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,2012***(109)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013395